- 第二章「運勢」について
- Q11 表札や印鑑を作るときの大事なポイントなどを教えてください。
- Q12 大金持ちになる方法を教えて下さい。
- Q13 金運をよくするには。
- Q14 思わぬ大金を得たがこれで運を使い果たしたのか?
- Q15 姓名判断、運命鑑定をどう受け止めるか。
- Q16 受験生の息子にツキがない。どうしたらいいのか。
- Q17 悪い方角に住んでいる場合、引っ越さなければいけないか。
- Q18 古いで出た悪い運勢を良い運に変えることはできないか。
- Q19 顔のホクロを取りたいのだが、運勢が変わることはないか?
- Q20 運勢の善し悪しは生まれつき決まっているのか。
- Q21 神霊的な力で災害から身を守る方法はないのか。
- Q22 人の運勢にも、いい時と悪い時のサイクルがあるのか。
第二章「運勢」について
Q11 表札や印鑑を作るときの大事なポイントなどを教えてください。
一年前に家を購入したのですが、まだ表札をかけていません。表札にも良い相悪い相があると聞き、作りそびれているのです。
材質や形式はどんなものがいいのかアドバイスをお願いします。また印鑑についてもお教えいただければ幸いです。
(秋田市 K・Nさん/44歳・男性)
深見:表札あるいは看板などは、家や人格を表わすとして昔から大事なものとされています。
ただし「このようにすべき」という厳密な決まりはなく、人それぞれに個性があるように、気に入ったスタイル、気に入った形のものがあってよいと思います。
ご自分で作られても差しつかえありません。あえて神霊学的な面から挙げるならば、材質はツゲ、スギ、マツ、ホオノキなどの樹木がいいとされています。私はいつもツゲをお奨めしています。
字はやはり太くて力強いもの。
生命力にあふれた行書体などの字は、見た時に体の奥から力が湧いてきます。細くてしゃれた字体もたまに見かけますが、あまり弱々しいものは感心しません。
表札をかける日にもこだわる方がいますが、これも気にする必要はなく、自分の好きな数字の日にするとかで決める方が、運気を呼ぶことにもなりますが、どうしても気になる方は自分を発奮させる意味で、例えば末広がりの「八」のつく日を選ぶのがいいでしょう。
ユダヤ霊学であるカバラでは、8は天にあるものを地に写すラッキーな数とされています。
心にあるよき想いを、表札という形にして表に出すわけです。
よくわかりました。同様に、印鑑の場合もあまりこだわらなくてもよいのでしょうか?
基本的にはそうですね。ただし実印となると、その人の代りに法律的に文書で機能する訳ですから、ある程度運勢に深くかかわっていますので、表札よりは扱いを慎重にする必要があります。
ふちが欠けていたり、印影の薄いものは運気を下げますから、早めに交換すべきです。
材質としては、象牙や水牛が人気があるようですが、動物の骨などは往々にして邪気がこもっていることがあります。
印鑑でもお奨めしたいのはやはりツゲです。ツゲは神を宿す木の一つなのです。値段も手頃です。
一般には「印材に木を使うと、減ったり欠けたりするからよくない」といわれますが、欠けたらまた新しい印鑑を作ればいいのです。
印鑑は使う人の分魂を宿しますから、命をもっているのですね。だから、ある程度新陳代謝があったほうが、息吹が活性化してプラスにはたらきます。
家を買う時、新しいことを始める時など、気になる人は印鑑も新しく作って心機一転をはかるのもいいことです。
いい印鑑は、使う人の幸福を願いつつ製作されており、おのずと清々しい雰囲気を発しているものです。
新たに印鑑をつくろうという時は、周囲の人の良い印鑑などを見せてもらって、信頼のおけるお店に注文するのが間違いないと思います。
Q12 大金持ちになる方法を教えて下さい。
バブル経済がもろくも崩壊したこともあって、金儲けは悪、欲を出すとろくなことがない、といったような意見が勢いを得ています。それでも僕は、お金は幸福への大事な要素だと思っています。
何のとりえもない僕が、人に認められ、可愛い女性と結婚するには、何よりもまず金持ちになること。先生、大金持ちになる方法を教えてください!(東京都 Kーさん/学生)
深見:おっしゃる通り、お金、財産といったものは、より良い人生を送るために大切なものです。問題は、その財産をどのように築くか、ということです。
株式投資でも不動産投資でも、経済の動きをきちんととらえて、自分の身の丈にあった資産運用をしていれば何も問題はないわけです。
ところが、簡単に金儲けができるのだと錯覚して、「バスに乗り遅れるな」とばかりに、我を忘れて、とにかく金、金、金となってしまったのが間違いのもと。
法に触れないとはいえ、よほど悪どいことをしない限り「濡れ手に粟」などということはありません。
やはり地道に、真面目に、こつこつと蓄えていくか、正攻法のビジネスを人の三倍努力をしてやることです。これがお金持ちへの正道なのです。
「そんなことじゃ、小がつく金持ちにもなれない」とお思いでしょうが、金運も天からの授かりもの。
神様が「この人はもう財産を作ってもいいだろう」という時期が来れば、あっというまに蓄えも資産もできるものなのです。
もちろん人によって、その時期も違えば規模も違います。それは持って生まれた運勢で決まってくるわけですが、そういう努力次第でいかようにも変えることができるし、新たな運気も呼びこむことができるのです。
これらについては私の「大金運」(たちばな出版刊)という本に詳しく説明し、どうすれば爆発的な金運を得られるかまで書いておりますので、ぜひご一読いただきたいと思いますが、最も大事なことは、自分の幸せのためだけではなく、人の幸せのためにもお金を稼ぐ、財産を作りましょうという姿勢です。
そうでないと、金運も永続きせず、幸運のチャンスや春風のめぐりくるリズムも継続しません。
可愛い奥さんをもらいたい、という動機も「絶対にいかん」とは言いませんが、奥さんをもらった後は情熱が冷めてしまい、根気やビジョンのバネの大きさと永続性がありません。
もっと大きな、永続性のある目標を選んだ方が、結局は可愛い奥さんをもらうグレードも上がると思います。
いずれにしろ、「お金がすべて」ではなく、人生のための一要素と考え、正しい蓄財とそのプロセスを充実させ、楽しむという太い道を歩んでいただきたいと思います。
Q13 金運をよくするには。
給料が安い割に付き合いが多く、しかも独身の一人暮らしなので、金は出ていくばかり。もう30歳になりましたが、1円の貯金もありません。
最近は「宝くじに当たれば・・・・・・」などと夢のようなことを考える有様です。
やはり何か神様をおまつりして祈るべきなのでしょうか。(川崎市M・Cさん30歳)
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ボーナスで買った株は下がる一方、友人に貸した金も戻らず、競馬・パチンコも負けてばかり。いままでも予定外の金が入ったことなど一度もありません。よくよく金運に見放されているのだと思います。何とかならないものでしょうか。
深見:「なぜ、金運が悪いのか」については、普通の人か、それ以上に働いているのに、いつも金欠病で悩んでいる人は、改善策として、まず、収入額が一定している場合、例えば、公務員や人事、経理、総務などの仕事をしている場合は、余計な出費がないよう節約に心がけることと、副収入を得る方法を見つけるしかありません。
ここで威力を発揮する神仏とは、前者に対しては三宝荒神があり、よくお台所の家計を守ってくれます。
後者については、諏訪大社や、住吉大社、蔵王権現をおすすめします。
諏訪は無から有を開く神であり、住吉はそれに準じ、蔵王権現は地上に顕現する強力な頭脳の冴えを支える神だからです。
しかし、それにしても神頼みだけでは道は開かれません。何よりも神仏を動かし、世の中にそれらを具体的に結実させるには、強い意志力に加えて、やってみようとする勇気と行動力が必要です。
それが神仏に示す誠意であり、現実の社会や人間を動かす誠意なのです。これがまず第一の金運改善策。
次に収入額が変動する場合、例えば歩合制のセールスマンやセールスウーマン、また自営業や自由業の場合は、伊勢神宮、住吉大社、熊野大社、箱根神社、三輪大社、をはじめとする有力な各地の一宮、官幣大社ならどこでもOKです。
誠で祈れば、すぐに売上げや収入にはね返ります。
また、出雲大社や、仏界では三面大黒天は人脈の輪を広げ、そこから宝や富を与えてくれる存在です。
しかし、こういう人の努力プラス神仏のご加護を受けてもなお、金運が悪くて苦しんでしまう場合は、一言で言えば持って生まれたさだめ、自分の前世の業ということで、「大金運」をはじめとした私の著書にていねいに説明していますので、ここではあまりふれません。
そこであなたに必要なことは、金運がないという宿命を素直に受けとめることです。
ご先祖やお父さん・お母さんを恨まない。運命を呪わない、それは、自分の前世の業と徳のバランスに合った所にしか生まれてこないからです。そして自分を嘆かない。
腹を立てても、それでどうなるというものではないでしょう。金運がないならないで、とにかく前向きに考えるしかありません。
お金がない、けれども欲しい。ではどうするか。単純です。金運を呼び込む財徳を獲得すればいいだけ。
この方法も私の著書には様々な事例を挙げてくわしく述べていますが、あなたの場合だったら、まず明日から労働時間を三倍にしてください。
朝起きて会社に行く前に一仕事する。これは会社の仕事でもいいし、アルバイト的なことでもいいです。
会社を退いた後も同様に仕事をする。もちろん現在の会社の仕事をしてもいい。直接収入に結びつくことでなくともいいのです。
「稼ぐに追いつく貧乏なし」という言葉がありますが、体を使って働きまくることによって、金の流れ・金運の流れ、財徳をよくするのです。それが第一番の実践方法です。
金銭運がないため、人と同じにやってもお金が貯まらないならば、人並みになるには他人の三倍働けばいい。
三倍努力し、三倍苦しむのです。「業」という苦しみの素があり、どうせ今世でそれを解消しなければならないのなら、腹をくくって、苦しみを覚悟してチャレンジしてください。
人の三倍の労働を続けていると、苦しみが少しずつ、少しずつ減っていきます。
やがてある時、その苦しみの入っていた袋がパンと消える。すなわち「業」が消滅するのです。
身体的には、それは厳しい体行の中から出てきた叡知や人の引き立てによって切り開かれる機会が多い。
その臨界点を超えたらもう大丈夫。後はもう、それまでのことがウソのようにドドーッと金運がなだれこんでくる。大金運に変わるのです。
これは私が保証します。
前世のカルマを解消して、ターニングポイントを回ると、それまで苦労したことが強いバネになって、逆に少々の徳分を持っていた人よりも優れたことができるようにもなります。
「若い時の苦労は買ってでもしろ」というのは、そういうことを含めて言っているわけです。
問題は、途中でくじけないで完遂することができるかどうか。十年二十年かかるつもりでやらないといけない。
中途半端で終わっては何もなりませんから、できるだけ自分の得意な分野、好きな仕事をするほうがいいでしょう。
いずれにしても、暗くウジウジやらないで、明るく、前向きに取り組むこと。いったんカルマを超えてしまえば、死ぬまで幸運がつきますから、あきらめず、くじけずにがんばることが肝心です。
Q14 思わぬ大金を得たがこれで運を使い果たしたのか?
初任給で買ったジャンボ宝くじが当たり、前後賞合わせて何と一億円という大金がころがりこんできました。
もうラッキーというしかありません。
ただ気がかりなのは、私の運の全てを使い果たしてしまったのではないかということなのです。とすれば、これからの長い人生が不安です。(東京都調布市 H・Tさん/23歳・会社員)
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麻雀、パチンコ、競輪、競馬と、余暇をフルに活用してギャンブルを楽しんでいます。
四月頃からツキまくり、現在まで連戦連勝ですが、友人は「人間のツキの量が決まっているから、もうすぐ落ち目になる」といいます。本当でしょうか。(大阪市西成区 S・Kさん/35歳・自営業)
深見:ジャンボくじの一等は二五〇本~三〇〇本ですから、四〇万〜五〇万人に一人が当たることになります。
H・Tさんはその少ない幸運を射止めた人ですから、ひとまず、おめでとうといっておきましょう。
しかし、今の世の中で一億円というお金はどれほどの意味があるのでしょうか。
サラリーマンの生涯賃金を三億とすれば、その三分の一を一瞬にして手に入れたことになります。
確かにそのような機会は滅多にあることではありません。しかし、いざ使う立場となれば、首都圏のまあまあレベルの一軒家を買えばおしまいというぐらいの価値しかありません。
その程度のお金を手に入れることであなたの人生の運の全てが失われるというのは、情けないではありませんか。
人はさまざまな環境に生まれ、さまざまな人生を歩みますが、その一人一人に与えらえた可能性に大きな差はありません。
要はその可能性を認識できるかどうか、また、小さなチャンスをバネにして次へのステップや新たな精進努力への糧にすることができるか否かによって、人それぞれの生き方の違いや一生の成果の差となって現われてくるのです。
つまり、あなたの「気がかり」は、一億の金を過大評価する一方、自分自身の価値を過小に見積もることによって生じたものなのです。
ところで一億の金。もし、その金を自分の可能性に対して投資することができれば、あなたの運も、より大きく、より広く、開けるはずです。
自分自身が素晴らしい人間として成長するために、お金を使うのです。例えば、何年間か外国に留学して勉強するための資金として使うのです。
素晴らしい人間とは、自分のみならず、他人を思いやることのできる人であり、人々を魅了する個性の輝きを持つ人のことを指します。
まずこれを磨き、その上で他の人々を助けることができれば、一億円の金は、生きたお金として一〇億二〇億の価値を持つはずです。
そして、そのような活用ができる人の運は尽きることはありません。せっかく与えられたチャンスを、本来の可能性を拓くために拡大してみませんか。
さて、S・Kさんの質問です。あなたは、自営業を営んでいらっしゃるのですから、プロのギャンブラーではないはずです。
とすれば、「勝った負けた」に必死になる必要はないのではありませんか。レジャー、頭のスポーツと考えて適度に楽しむべきです。
のめり込んで、ギャンブルが本業になってしまえば、心にゆとりがなくなり、迷いが生じます。そして迷いこそ、勝負事の大敵。遠からぬうちに、あなたは連敗街道を走りはじめることになります。
また、努力せずして得た一時の快楽は、先天の徳分を減らします。営々努力して、苦と立て替えに得た進歩や利他の貢献は、先天の徳分を増やします。
だから、もし、ギャンブルで得た金で歓楽の時を徒らに過ごした場合は、一生の徳分を使い果たす故に、晩年は得てしてみじめな境遇となることでしょう。
汗水たらして努力して得た金が、本当の財徳となるものであり、晩年にも続く華をもたらすものであることを、肝に銘じて下さい。
Q15 姓名判断、運命鑑定をどう受け止めるか。
「マサシ」とか「タダシ」など、「シ」で終わる名前はあまりよくないと聞きました。
私の名前も最後に「シ」がつくので、何かこれからの運勢に悪い影響でもあるとイヤだなアと思っています。
「シ」で終わる名前は変えたほうがいいのでしょうか。(前橋市K・Yさん/学生)
深見:「シ」で終わる名前が絶対にいけないというわけではなく、あくまでも姓名判断の一つの要素として見ての話です。
その要素とはまず画数、これは重要です。次に木火土金水の五行、陰陽、それから字の意味、そして最後に音という順位です。
「シ」で終わる云々は、この音のよし悪しを言っていて、一般的には最後は伸びる音のほうがいいなどとされています。
ただし、運命鑑定では天命を中心にした総合的なバランスを問題にしますから、名前の、それも音がどうこうなどはほんの些細な要素でしかありません。
多少音が悪くとも、画数や意味など他がよければ、そちらの方でちゃんと補ってくれますから、気にする必要はないのです。
それでも、いつも胸にひっかかっているように気になるのであれば、姓名鑑定してもらうのもいいでしょうし、たとえば明良と書いて「アキヨシ」クンだったら「メイリョウ」と呼んでもらうようにするだけでもいいのです。
ふだんからどうもツキがなくて、鑑定してみたら、画数から五行、音、何から何まで悪かったとなれば、改名も考えなくてはいけませんが、音だけを気にして「悪いんだろうか、ダメなんだろうか」と心配していると、本来あるいいものまで悪くするおそれがあります。
人間の運勢は、持って生まれた天の命数がいちばん大事で、名前による強運・弱運は補運のようなもの。その証拠に、同姓同名の人でも、まった違う人生を歩むでしょう。
運を改善し強くするならば、推命学やホロスコープで査定した天の命数や命式を、方位、家相によって悪しき天の気を受けているところを改善してゆく方法がまず一番で、次に改名、次に子孫のことは墓相、次に印鑑などが積極的な開運方法として挙げられます。
しかし、全ての開運方法の究極であり、悪運の根源を改め、幸運の元を知って吸収できる方法は、天地と神仏を動かしうる正しい信仰力以外にありません。
それにより、因果の本を知り、進んで善徳を積むなど、積極的に切り開くようにしていただきたいと思います。
Q16 受験生の息子にツキがない。どうしたらいいのか。
私の息子は大学受験生ですが、昨年に続いて今年の受験にも失敗してしまいました。つまり2浪生です。
成績も中以上だし、普段もよく勉強しています。息子の友達は受験の時、ズバリと習ったばかりの問題が三つも出たといって一足お先に合格しています。
私の息子にもそのようなツキを呼び込むてだてはないものでしょうか。(京都市K・Mさん・会社員・5才)
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私の娘は今年大学受験に落ちてしまいました。娘よりもレベルの低かった子が何人も合格しています。受験にもツキのようなものがあるのでしょうか。(千葉県・Hさん・主婦・48才)
深見:世の中には何をやっても運よく成功する人と、いつも失敗に終わる運の悪い人がいます。
「何故あいつはついていて、自分にはツキがこないのか」失敗を体験した人ほど、「自分もツキを掴みたい」と願っています。
では、運をよくするためにはどうしたら良いのか。それはまず、人の運の大半は生まれた時点でほぼ決まっているものなのです。
それは、本人の前世の人に益した徳と逆の劫の絶対量にふさわしい運と不運の星の下に、それ相応の家に生まれます。
しかし、これは絶対的なものではないのです。善を思って善行をする時、それは徳と劫となって命運にはね返ります。
これが運命を根本的に変えてゆく直接的な原動力となり、少しずつ、少しずつ、運命を改善する転機を作ってゆく本となるものです。
それでは、善を思って善行をするとは具体的にどうすればいいのでしょうか。
儒教に「修身斉家治国平天下」という言葉がありますが、まずあなたが身を修め、それから家を調え、そして国家を治め、しかる後に天下を平らけくするという意味です。
つまり、善行のはじまりは己れを修め磨くことなのです。
こうして、善行の輪が広がることによって、大きな徳も積めるようになる訳です。
特に受験による運、不運は直接的には家代々の善徳や悪劫が原因する場合が多く、もっと直接的には水子霊の有無や、墓相の善悪や、先祖からの不成仏霊や強力な守護霊などの存在が、影響を及ぼす場合が多のです。
こういうものを地道に改善して行く親の努力が実を結ぶ場合もありますが、一年そこそこでガラリと全体の運気が変わるものではありません。ではどうすればよいのか。
結論から言えば、どんな不運な場合を想定しても、絶対にあるレベル以下には落ちないという実力を養えばよいのです。
受験ほど善行のはじまりの修身によって運を開けるものはありません。
刻苦勉励して、全国模擬テストの偏差値が、平均15点や80点ぐらい取れている人なら、どんなに不運でも、10校受験すれば7校から8校は合格するはずです。
不運なことに、自分の一番行きたかった大学には行けなかったが、それに匹敵する大学には行けるはずなのです。
幸運にも、思ってもみなかったあこがれ校にたまたま合格できた、という可能性を夢見なければいいだけです。
それから、自分よりもレベルが低かった人が合格したとか、当人は普段勉強しているというのは、全くあてになりません。
模擬の結果の最終は一月頃ですが、模擬を受けた時から入試当日までの2ヵ月間で、現役生の場合は特にグンと成績が上がります。
この時を適当に過ごした人とは追い込みで天地ほどの差が開きます。
だから、子供の言うことをそのまま鵜呑みにせず、冷徹に受験の現状や運不運を越える努力の姿勢を知らせ、温かくこの壁を越える試練の日々を見守ってあげるべきでしょう。
Q17 悪い方角に住んでいる場合、引っ越さなければいけないか。
方位によって運・不運が決まるといいますが、悪い方角に住んでいる場合、引っ越さなければならないのでしょうか?(堺市・タケダマリコさん/20歳)
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私は気学に興味を持ち始め、いろいろ本を読んだりしたところ、動く方位によって運が良くなったり悪くなったりすると知って、何だか心配になりました。
実は、今住んでいるアパートは、実家からみると、とても方角が悪いのです。一日も早く引っ越ししたい気持ちになっています。
深見:結論から簡単に申しますと、今住んでいて、引っ越しすることは、事情が許さないのであれば、それはもう方位を気にしない、ということにつきます。
たとえばサラリーマンの場合、会社から「○○へ転勤を命ず、この社宅に住みなさい」といわれると、気学をみて悪いなと思っても、普通それは変えられません。
そのように変えることのできない場合には、みないほうが吉。良ければ安心するでしょうが、もし悪かったら、もう気になって仕事にも打ち込めなくなってしまうでしょう。
良くないことがちょっとでもあると、「やっぱり悪方位だから」と、自分の努力が足りないことでも方角のせいにするようになる。
何でも気になるから、マイナスの運勢を引き込んでしまうのです。
そうして悪方位を取らざるを得ない時は、自分のアク出しであり、その苦労が素晴らしく前向きな場合は、守護霊があるレベルまで行くと、自然に吉方位に行かせてくれるものなのです。
ただし、変えられる可能性がある場合、自宅を建てるとか自分の会社を作って事務所を出すというケースでは、選択の余地があるわけですから、そういう時はなるべく吉方位を選ぶべきです。
特に大事なのは、距離の遠いところに家移りするとか大きく変わる場合。こういう時にびしっと吉方位を選んでおけば、運勢がいい方にいい方にと巡っていきます。
しかしあまり細かいことまで考え過ぎると、かえって逆効果になりますが。
Q 方角等の悪さよりも、気にしてしまうことによるマイナスの方が大きくなってしまう……。
深見:その通り。気学も、人の幸せを実現するためのひとつの方法論ですから、自分で選択の余地がある時は、よくみて決めれば、その分だけの吉運はまちがいなく獲得できますが、その奥にはもっと深い命運の法則があり、想念や霊界の働きの方が、もっと強く運不運の働きに影響力があるのです。
だから、なるべくプラスの部分だけを取り入れるのがいいでしょう。
Q18 古いで出た悪い運勢を良い運に変えることはできないか。
占いの本を見たら、この一年の運勢が「最悪」と出ていました。なんとかこの悪運を、良い運に変えることはできないのでしょうか。(愛知県宝飯郡・アサイタケシさん)
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ある占いの本で自分の運勢を見ると、「今年の運勢は最悪」と書いありました。これは一〇〇%信ずるべきなのでしょうか。また、本当に運が悪いとしたら、このような悪運に打ち勝つにはどうしたらよいのでしょうか。
深見:一般的に占いというものは、そこに出た結果、すなわち運勢等の良し悪しに対しておびえたり、また逆に有頂天になったりするべきではありません。
むしろそれを自分がどう考えるか。悪運なら悪運を、自分としてはどうとらえようとするのか、が大事なことなのです。
Q 信じる、信じないということではなく、自分の考え方次第でいいのですか。
深見:基本的にはそういうことです。ただ自分次第とはいっても、無分別や極端に自分本意の考え方では困りますよ。
悪運とか衰運、または幸運、盛運というのは、人間から見た尺度であって、神様の目、霊界の目から見たら、実は人間にとっては悪運の流れにある時のほうが、むしろいい時期なのです。
いわゆる盛運の時期とは、形あるものに表現していくと吉、という時であって、外へ出ていったほうがいい。
ところが衰運期というのは、陰と陽に分けると、陰、すなわち中身を充実させなければいけない時。充実させたものを外に出す盛運期に対して、中身を養う一時の休憩の間が衰運期と言われているわけです。
いわば、種まきと収穫の関係にたとえられます。
ただし衰運期は種まきをするのだから、この時期に収穫をする、あるいは外へ向かって出ていくことは、そうした運勢の流れに逆らうことになります。では衰運期にあってどう身を処したらよいか――。
その時期は来たるべき次の盛運期のために準備をする、つまり外へ向けて動くのではなく、自分の内面的なものを錬磨してください。
あまり新しいことをせずに、原点に帰って自分を顧みる。
そうして、基礎的な研鑽に打ち込むのです。
そうすれば次の盛運の勢いが大きくなり、結実する成果も偉大なるものとなります。だから、この時期は内なる自分を充実させる方向にエネルギーを向けたほうが、結局吉運を呼びやすくなるのです。
これをわかりやすく言いますと、悪運期の時は小さな失敗、苦労を繰り返す。
しかし、やがて盛運期を迎えるとこの経験が大きく活きてくる。実業界でも大成功を収めた人はほとんど皆、若い時に苦労や失敗を積み重ねているでしょう。衰運期の失敗の経験が大成のもとになるのです。
Q では占いで「悪運」と出た時は、自分にとっては内面を磨くチャンス、ということに・・・・・・。
深見:そう、内面的な幸運期、盛運期と考えればいい。「易経」ではそのように、盛運・衰運、あるいは吉凶は巡っているととらえています。
反対に盛運期だからといってあまり調子に乗ると、まっさかさまに落※※
やることなすことがスムーズに運ぶと、誰しも我と慢心が出やすい。すると衰運の度合もひどくなります。調子に乗りすぎないように気をつけなさいということですね。
衰運の時は、内面を養う時期ですから、調子が悪くてもあまり自分を卑下せず、前向きに、積極的におのれを立派にするために、生ける教えを与えられているのだととらえ、勇敢に全てのことに立ち向かって学んで下さい。
大きな強い守護霊が交替して加勢してくれるのも、この時期が最も多いのです。
占いで現われた運勢を人生のひとつの指針として、過去を顧み、そして未来を前向きに展望するこれが正しいとらえ方だと思います。
Q19 顔のホクロを取りたいのだが、運勢が変わることはないか?
ホクロをとりたいが、運勢まで変わってしまうので顔のホクロをとってしまいたいのですが、運勢が変わったりするようなことがあるのでしょうか。(甲府市 S・Kさん/24歳・女性)
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私の顔にはたくさんホクロがあります。雑誌で美容整形によってホクロをとることができると読み、ホクロをとってしまおうと考えています。
でも、ホクロの場所などが運勢にかかわっているといわれますので、その点を心配しています。
深見:まず、知っておいていただきたいことは、ホクロというのは、運勢を決めるというよりも、むしろ結果なんです。
人の運命、運勢のおおまかな枠組みができるのは、その人がオギャーと生まれてきた時、つまり生年月日がいちばん主要な影響をおよぼします。次に名前。このふたつが運勢をほぼ決めてしまう。
その結果で、人相ができ、ホクロの位置も決まってくるのです。ホクロが運勢を決めるのではなく、運勢を象徴するものがホクロ、と考えてください。
Q ホクロが自然に消えたり、できたりということもあるようですが・
運勢は、本人の物の考え方や努力や精進によって変わるものです。そして自分の精神状態が変化するよくなったり、悪くなったりに応じて、人相も変わったりします。
それと同じことなので、ホクロができたから悪くなる、消えたからどうなるということではなく、運がよくなったからホクロができる、運が悪くなったから消える……、そういう順序と、結果になるわけです。
ですから、ホクロをとることの影響は、それ程深刻に心配することはありません。
面白い例を紹介しますと、悪いところにホクロがあるということで、そのホクロをとってしまった人がいます。で、どうなったと思いますか?
ホクロは単なる象徴ですから、そんなに運勢がよくなるはずはないのですが、その人は「これで運がよくなる。絶対に幸運を呼ぶ」と信じこんでしまったのです。それで何事にも積極的になって、仕事もバリバリやりだした。もうあれよあれよという間に、やることなすことどんどん成功していったのです。
ホクロをとったことが、ひとつのきっかけになった、というわけです。
逆に、あまり気にしすぎて、かえって悪いものをひっぱりこんでしまうこともあります。
あなたのように、ホクロの数が多いといって悩んだり、しょっちゅう気にしていたりすることは、絶対にマイナスになります。
だから、そういう場合はホクロを思いきって取ってしまった方が、かえってサッパリするでしょう。
それと、素人判断って恐いんですよ。たとえば目の下にあるのは泣きぼくろといって、よくないホクロと考えられていますが、吉の場合もあるんです。
そういう微妙なことがありますので、人相の専門家にきちんと見てもらうようにしてほしいものです。
そして、もしとる時は、「運勢を良くする為にとるんだ。これで吉に向かって一直線だ!」というふうに開運効果を絶大に信じることが大切です。
Q20 運勢の善し悪しは生まれつき決まっているのか。
一人ひとりの運の善し悪しは生まれつき決まってしまっているものなのでしょうか。努力しだいで運はよくなりますか。(大阪市 N・Kさん/18歳・男性)
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よく「あの人は運がいい」とか「あの人は運が悪い」とか聞きます。個人の運が強いとか弱いとか決まっているとすると、運の弱い人はがんばるだけムダなような気がするのですが・・
深見:運の善し悪しは、生まれたときにほぼ決まってしまいます。
ただし、七割から八割までは決まりますが、残りの二、三割に変化、改善する余地があるのです。
この部分がいい方向に磨かれて積み重なっていきますと、運勢を悪い方向へ引っ張っていく力を弱め、吉の方向へグイグイ引っ張っていくようになります。
そして、その努力をするかしないかが、来世における運・不運のレベルを決定するのです。
そもそも、運とは何かというと、読んで字の如しで、運びです。運・不運というのは、「運ぶか、運ばざるか」。ならば、悪いものはできるだけ運ばないようにして、いいものをどんどん運んでくればいいわけです。
だから、目的に向かって一生懸命がんばることは決してムダではありません。ムダどころか、それによって弱い運が強い運に転化する原動力が生まれるのです。
また、運勢の良し悪し、盛運衰運を知るには、あなたもよくご存知の占星術や手相鑑定、姓名判断があります。
これらを組み合わせてだいたいのところを推測できますが、運を決める根源は、徳の量であり、徳とは、自分を含めて人を幸せにして益することです。
だから、自分の努力は人徳と考えて、徳の一つなのだと思ってください。
運を改善するための詳しいことは、私の著作「強運』(たちばな出版刊)を参考にしてください。
Q 自分の運勢が非常に弱いと判った場合でも、「いいもの」を運んでくれば好転するのですね。強い運勢に変えるには、どうすればいいのでしょうか?
深見:前述したことが基本ですが、その他に神霊によってもたらされる運があります。神徳と言っていいでしょう。簡単に言うと、ポイントが三つあります。
〜幸運を呼ぶ三ポイント〜
まず第一に、祈り。例えば「自分はこう生きるんだ、こういうふうになるんだ!」という、いわば、“魂の叫び”を発することです。非常に強い発願といってもいいでしょう。
その祈り、発願に対して本人が強いもの、素晴らしいものを持っていれば、神様や守護霊様、ご先祖様が、「そうか。よろしい、その発願にふさわしいだけの努力をすれば運んでやろう」といって、運が運ばれるというしくみです。
ですから、いい祈り、発願をたえず実行する。これを継続していくと、目に見えない世界からいい運びが沢山やってきます。
第二は、強運への想念を持つことです。
自分で「私は運がいいのに違い「ない」と確信する。「いいことが起きるに違いない」と、いつもいい想いを抱くのです。
いい想いとは、「すごく明るい」「前向き」「積極的」「楽天的」、そして「過去のことはくよくよしない」―― この五種類の想いが、いい想念ですから、常に心がけていることが大切です。
また、前述の徳につながる最上の想いがあります。「皆に喜んでもらえますように」「皆がハッピーになりますように」「すごく有意義でありますように」という想いです。
そして、これらの祈りや想念が具体的にどういう形で幸運となって表われるかというと、それは人を媒介とするのです。これが第三のポイントとなります。
例えば、友達、家族、親戚とか、ちょっとした知り合いもそうです。
それらの人から情報を得たり、耳よりな話を聞いたりします。
それが神霊の与えるいい運のしっぽですから、それをのがさずにパッととらえること。
すなわちチャンスをものにすることが大切です。
日頃、いい祈りといい想念を持っていると、人を通して出てくる言葉と方向に対して、「人の言うことだからどうしようかな」と思っていたものが、「あ、これは神様や守護霊様が、日頃私が祈っている答えを出してくださったんだ」ととらえることができる。
「人は運と宝物を運ぶ媒介な「んだ」という気持ちでいれば、人を大切にし、人の話を注意深く聞くようになります。
すると自然に「あ、これだ」というふうに運の端緒が直感で見えるようになり、数少ないチャンスでもしっかりつかむことができる。これが開運していく三つのポイントです。
この「いかに強い運を得るか」というビッグテーマについては、私の「強運」という本に、そのすべてが書いてあります。
詳しくお知りになりたい方は、ぜひ、ご一読ください。
Q21 神霊的な力で災害から身を守る方法はないのか。
極度に過密した都市事情が問題になっていますが、もしここに大地震が襲ってきたら・・・・・・と思うと、ゾッとします。
神霊的な力で災害から身を守るような方法はないのでしょうか。(横浜市 M・Sさん/25歳)
[類似の質問]
私は現在、地震工学研究室に所属する大学院生ですが、地震の資料がそろいはじめた一六〇〇年以降から調べてみると、大島の三原山が噴火して七年~九年後に大地震がおきる可能性が高いと思われます。
ということは数年後のことになるのですが、現在の日本の都市の状態を考えると、想像もできないほどの災害になるのではと、恐ろしい気がします。
深見:統計学的に見れば、日本において地震が、それもかなり大きなものがいつ起こってもおかしくない周期に入っています。
可能性としては非常に高いわけです。
また、このところの世の中の動きからいっても、ご存じの通り世界の各地で戦争や内乱が起こったりして不穏な情勢があります。
つまり世が乱れはじめている。このような時期には、地震、洪水、干ばつといった天変地異の起こる確率も極めて高くなります。
人為的なものと、大自然の力によるものとが合わさって、世界、地球を混沌とした状態に揺れ動かしていくわけです。
これらは、いわば天の意思によるものですから、人間の力ではいかんともしがたい。甘んじてその混沌に身を置くしかないのです。
かりに地震がくる時期が研究でわかったとしても、地震そのものは防げないでしょう。
人間ができることは、その事態にどう対処するかということだけなのです。ここがいちばん大事な点です。
天変地異から、いかに身を守るかいいかえれば、いかに立ち向かい、これを乗り越えるか。その要諦は、ひとことでいえば、いかなるときにも冷静であって、天災が人災にならないような天来の智恵や運やタイミングのいい身のこなしができる守護を霊界からさずかるかということです。
「備えあれば憂いなし」といわれるように、日頃から有形・無形の配慮や気の持ち方で、被害はまったく違ってくるものです。
そこで先生におうかがいしたいのですが、よく乗り遅れた飛行機が事故を起こしたとか、運がよくて助かるケースがあります。
そのように神霊的な力によって身を守る、あるいは被害を少なくするということはできるのでしょうか?
深見できます。地震を避けることはできなくとも、その危険を避けることはできます。それが表面的には“運のよしあし”とされているわけです。
飛行機に乗り遅れて、かえって難を避けるという場合もそうですし、たとえ目の前に地割れができても、上から大きいものが落ちてきても、危機一髪でそれを逃れてなんともなかったりする。
逆に運の悪い人は、家の中にいればよかったものを表に飛びだしてケガをしたりする。
これはやはり、ふだんの心がけもさることながら、信心や精進によって、強運を引っ張ってきているかどうかの差が表われる。大きな災害になるほど、この差は顕著になってきます。
しかし、明日にも大地震が起こるかもしれないわけですから、日頃の修養、精神の鍛練が大事といっても心配でしょう。
そこで災害から身を守るためのいい方法をお教えします。
突然、地震などが起こって、「あっ、大変だ!」と思ったときには、「ハルチ、ウムチ、ツヅチ」と唱え、「自分には何の禍もないのだ」と確信することです。
すると冷静な判断ができて、その結果自分の持っている力のベストが出せます。「危ない!」と思う瞬間に、「こうすればいいんだ」というヒラメキが必ず出る。
そしてさらに強運が働きますから、物が落ちてきても横に落ちて助かったり、地割れがする道を無事に車で通りぬけられたりするのです。
これをよく覚えておいて、そのうえで日頃から、強運を呼ぶ修業を積んでほしいと思います。それには、私の著作の「強運」(たちばな出版刊)で詳説しておきましたから、それをご参照して下さい。
Q22 人の運勢にも、いい時と悪い時のサイクルがあるのか。
「歴史は繰り返す」などといわれるように、人の運勢にも運がいい時→悪い時→いい時・・・・・・というサイクルがあるのでしょうか。(甲府市 A・Sさん/36歳・会社員)
[類似の質問]
経済の変動などを見ても、たとえば株価があるところまで上昇すると、次は下降に転じ、しばらくするとまた上がり始めるということがあります。
人間にもバイオリズムがあり、会社や国家も盛衰を繰り返しています。つまり上昇・下降のサイクルにしたがっているように思われるのですが、神霊学的にはどう考えられているのでしょうか。
深見:おっしゃる通り、たしかにこの宇宙にはある意味で循環的な法則が働いています。政治しかり、経済しかりで、そもそも人間の生そのものが、生まれて、死んで、また生まれ変わって・・・・・・という輪廻転生を繰り返しています。
人間の運勢をとっても、短いサイクルでの上昇・下降や中期的なサイクル、長期的なサイクルの上昇下降などが組み合わさって、一日一日が形成されているわけです。
もともと東洋ではこの考え方が色濃く、たとえば暦などでも、西暦では直線的に年数を加算していきますが、東洋では十干十二支の組合わせの年号を使ったりして循環的に数えていました。
「還暦」といって六十一年をひと区切りにしているのはその表われです。
中国の「易経』でも、森羅万象のことは陰陽の組合わせから割り出すことができ、すべて六十四の循環パターンにあてはめられるとしています。
神霊学的に見ても、前世→今世→来世の輪廻は、すなわち生のサイクルであり、そこに一定のリズムが生成することは疑いありません。
そこで重要なことは、それらのサイクルパターン、バイオリズムをどう見るか、どうとらえるかということなのです。
Q 運のいい時期、悪い時期をいかに見分けるかということでしょうか。
深見:むろんそれもありますが、より根本的には、そのサイクルは何のためのものなのかという問題です。
つまり、一周して完全に元に戻るのか、それとも別の展開になっているのか。答えを先にいうと、サイクルはあっでも、決して元の最初にあった状態に戻ってくるのではないということです。
花が咲いて、命が尽きれば枯れますが、一年経って春がめぐってくれば、また新しい芽が出てきます。
この新しい芽が出るということは、一見同じことの繰り返しのようですが、実はそうではない。前の年の花とはどこか違っているのです。
色がやや濃くなったとか、ちょっとだけ寒さに強くなった等の変化があるのです。突然変異で新種が出てきたりすることもあります。それが進化の歴史です。
それは、本当に目に見えないぐらいの小さな変化ではあるけれども、花が、確実に進歩していることを示しているわけです。
人類の歴史も、繰り返しのようではあっても、やはり進歩発展の道を歩んできているでしょう。それを逆から考えるとよくわかるはずです。
一咲いた花は、枯れなければ新しい芽をつくらない。人間は、死んで生まれ変わらなければ、真に進んだ存在とはなりえないということです。
滅亡も衰退も、ゼロに帰するのではなく、新しいものを生みだすための一時的な清算に過ぎません。
新たな進歩を導くための、いわば枯れであり、次へのステップのための学習なのです。サイクルというものは、こう考えなくては、萬物創造の神の御心に合わないのです。
ということは、一時的にひどく運が悪くなっても、それはよりよい運を呼ぶために、内的な反省を促すための通過点と考えるべきです。
落ちこんだ時は、新たな上昇のステップのために、足をかがめている時だと考えればいい。
単純なサイクル観にとらわれて、衰退することを恐れてしまっては、何事も成しえません。枯れることを恐れずに、前向きに、積極的に自己を発させるチャレンジをしていただきたいと思います。
