(6)盗難―煩悩とは~いかにふせぐ”心中の悪”
或値怨賊遶 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心 ⑨
賊の白刃のふすまに囲まれても
観音を念ずれば彼らの心も和らぐのである
泥棒は、外から忍びこむとは限らない。心の戸じまりを怠ると、盗人は内からのさばり出て、すべてを奪う。
弱者とほとけの同居「仏凡同居」
火難・水難につづく、七難の一つが「賊難」です。今日のように生活が豊かになっても、盗難は減るどころか、悪質の事件が続発して、生命までも奪われた例は昔と変わりません。
たとえば、雲居禅師(一六五九没、七十八歳)は、大坂城の夏の陣に親友の塙団右衛門(号・鉄牛)と大坂城内に踏みとどまったほどの勇ましいお坊さまです。後に家康に捕えられたが許され、さらに伊達政宗に迎えられて、松島瑞巌寺に住しました。
武勇でも知られているこの雲居が、旅の途中で山賊にとり囲まれたことがあります。しかし、雲居は少しも騒がずに持ち物を全部与えてしまいます。そしてフンドシ一つで出かけるのですが、途中でもどって来ます。山賊が驚いていると、雲居は「フンドシの中に路銀を分けていれておったのを忘れておった!」と差し出すので、盗賊たちは、はじめはあきれ、驚き、しまいには怖れを感じて許しを乞うたという逸話が残っています。
またヴィクトル・ユーゴー作の名作「レ・ミゼラブル」の主人公、ジャン・ヴァルジャンに対するミリエル司教の、あのふかぶかとした態度など、いくたび読んでも新たな感激を覚えます。
神仏に限りません。心に深く信ずるものを持つものは、災難にあったときに自由なはたらきができるのです。それは、何らかの形で自分をしっかりとつかみ、自分というものを解決しているからです。
私たちも「盗心」を持っているのです。さいわい、それが活動せずにすんでいるというだけです。すると、目前の盗賊は、私たちのあるときの相にほかならない… このことに気づくと、憎しみや恐れよりも、悲しみと苦しみとを感じます。また、一面、私たちの心中には「盗心」とともに、それを批判し、あわれみ、導く「ほとけのこころ」も共存しています。それを“仏凡同居(仏心と凡夫の心とが同時に併存する)といいます。
これが、自分の現実だと、まず確認します。そして“盗心〟が成長しないように、よい教えに親しみ、心の支えとなる仏を念じたくなります。
「観音経」なら「念彼観音力」です。「念」は、忘れずにということです。よく“念が足りぬ”とか、“念には念を入れよ〟というように念ずる上にも念じて忘れないように念じ続けるのです。坂村真民先生の詩「念ずる心」に、
善根熟するまで
念々怠らず精進して
自己を作っておこう
春風吹き来つた時
花ひらくことができ
春雨降り来つた時
芽を出すこともできよう(「自選・坂村真民詩集』)
と、うたわれるように、好ましい“芽”が育成してゆくのです。
観音さまを念ずれば、たとい賊が凶器を持っていても平気だとありますが、実際には前例と反対に、遭難した、しかも高僧が昔にもあります。
「苦しみ悶えて死ぬことも一段の風流」
中国の禅の高僧、巌頭(八二八~八八七)は、賊のために首を切られて亡くなりますが、そのときの叫び声が周囲にひびきわたったという事実が「高僧伝」に明記されてあります。
わが国の臨済禅の中興の祖といわれる白隠(一七六八没、八十四歳)は、この伝記を読んで嘆じて、「巌頭和尚ほどの高僧でも賊難が避けられないのなら、われわれに何ができるか?ほとけの教えなど頼むに足らぬ」と幻滅の悲哀のために、修学や修行の意欲をなくし、生きがいを失って懊悩します。
このとき白隠は十九歳です。そして、彼は「自分の好きなように生きよう」と文学にふけり書画に親しみます。経典や仏像を「見るたびに、うたた厭悪」との「年譜」の記事は、そのまま現代人にも通じるでしょう。
白隠は、この問題に十九歳から二十四歳まで、前後五年間を悩みます。たまたま、越後高田の英巌寺で徹夜で坐禅をしているとき、遠いところで鳴る暁の鐘声を聞いて、この疑問が解けました。白隠は高声で、”やれやれ、巌頭和尚は、まめ息災(元気で無事)であった!”と叫んだといいます。
亡くなっても無くならぬもの、目に見える現象は壊れてなくなっても、目に見えぬ真実は、生死をこえて、時間・空間をこえて「いま・ここ」にあるということがわかったのです。花びらは散っても、花は散らない”真実があるのです。
白隠が、この真実をさとったのは偶然ではありません。前にも記しましたが、彼は「禅関策進」の「慈明和尚」の伝記を読んで彼の人生は大転換をとげるのです。
白隠が、このとき「ほとけの教えが信ずるに足りないのなら、古人がどうしてこんなにまで苦心をしたか、早合点をしてはならぬ」と気づいて、文学や書画を遠ざけて努力した結果だったのです。
私たちも、目前の現象を早のみこみをしてはなりません。現代人は理解も早いが、失望し批判も急ぎすぎます。大切なのは、当面の現象でなく、どのような災難による死でもいい、どんな死に方であってもいい、すなおに死を受けとめる柔軟さをいつも念じつづけることです。
京都南禅寺の柴山全慶管長が“その人自身にとって一念の疑いがなく、悲喜好悪を超ゆる何ものかに、どしんと肚がすわっていれば、「苦しみ悶えて死ぬこと」もまた、一段の風流というべきではなかろうか”といわれます。
ここに「観音音を観る」はたらきがあります。ゴーンとなる暁の鐘の音は、鐘声であるがままに、巌頭和尚の最後のうめき声だと白隠は体験したのでしょう。白隠は、はじめは「ほとけの教えは頼むに足らぬ」と文学に逃避したが、後に逃避は解決でないと、まともにこの問題と取り組んだから、最後に心の安らぎを得たのです。
盗難とは、本能に理性が負けること
現代人は「不信」を感じると、すぐヤケになって「享楽」か「死」に走ります。それでは解決どころか苦しみをますだけです。逃避や妥協は問題をすりかえるだけです。白隠のようにじっくりとその問題に対決するのが、苦しくとも最後は心の安らぎを得ることができるゆえんです。
しかし、そこまで行きつくのはけっして簡単ではありません。こうした現代です。いつ・どこでどんな災難に遭うかわかりません。不慮の災難に遭わぬように守護を願わねばなりません。願わないのはどうかしています。
けれども、自分だけの世の中ではないから、万事都合よくものごとが運ぶとは限らないのです。それが世の中というものです。ほとけさまでもどうにもならぬものがあるのです。このどうにもならぬものは、いかんともしがたいとわかるのが、ほとけの知恵です。
「どうにもならぬもの」とは、「因果の理(原因縁・結果の法則)」です。この因果の理がわかるときが、こころの安らぐとき、救われるときです。
すると因果の道理がわかる知恵にめざめさせてください”と願うのが正しい信心ということになるでしょう。そしてどんな災難が待っているかわからぬが、“どうかそのときは安らかに受けられる柔軟心をお恵みください”と願うよりほかありません。この柔軟心が経典の「慈心」です。「慈(マイトレーヤ)」は、最高の友情を意味します。襲って来た盗賊の心中にも「仏心」のめざめを念ずるのも友情です。
越後の良寛さんは、五合庵(良寛の住んだ小庵)に忍びこんだ賊に、なけなしの品を全部与えます。そのときの句に「ぬすびとの盗り残しけり窓の月」があります。盗むことも奪うこともできぬ何かの存在にめざめよ!との願いです。この願いが自分のほうに向けられると上記の「柔軟心のめざめ」となります。
盗難は恐ろしいとともに不愉快です。しかし、確率の上からいえば盗難に遭わぬ人のほうが多いでしょう。しかし、百パーセントの目に見えぬ盗難にすべての人が悩まされている事実を忘れています。盗まれている事実に気がつかないのです。
誰もが、いつも受けなければならぬ盗難からの救いを願うのが、ほんとうの人間の生き方です。ところで、この恐ろしい盗難とは何でしょうか。「山中の賊は防ぐことはできても、心中の賊は防ぎにくい」といわれる“心中の賊〟です。自分の心に狂いを生ずると、常識も部理性も知性もすべてを奪われてしまいます。
煩悩(心をかきみだす精神作用)こそ、万人が第常に遭遇する盗賊・盗難です。昔の人の言葉に、「目・見聞これ外賊、情欲意識これ内賊、ただよく主人翁、惺々としてくらまさず、夜中堂に坐するとき、賊すなわち家人と化す」というのがあります。
私たちは周囲のことに耳や目を奪われがちです。この心の動揺が外賊です。本能が昂ぶると理性を奪われます。これが内賊です。ただ主人(本心)がちゃんとこころの目をさまして端坐する限り、この賊もよく飼育されて、家人(良心)の一人となる「賊も家人と化す」です。「自分がほんとうの自分になれる」のです。
物品を盗まれる賊難からの守護を念ずることから、最後は、わがこころを犯されないように――との願いがこの一句にこめられています。
(7)刀・囚難…「解説」ということ~絶望の底から抜けだす知恵
或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
暴政のために刑死しようとするとき
観音を念ずるなら刀はにわかに折れて命は救われるのである
~いかなる逆境にも、順境のときにはけっしてわからない別天地の風光がある。
七難よりも恐ろしい「王難」
「念彼観音力 刀尋段段壊」… かつて、三門博さんのヒット浪曲「唄入り観音経」で知られた句です。その意味も、三門博さんが語るように「王難の苦しみに遭い、刑場で命終わ 30 らんとするとき、観音さまのお力にすがれば、あたる刃物が、急に折れて命が助かる」という物語です。
史実では、日蓮聖人の「竜ノ口法難」があります。
これは、日蓮聖人の著わした「立正安国論」が、ときの権力者幕府の嫌うところとなり、鎌倉の竜ノ口で斬罪の刑に処せられることになりました。ところが、その執行にあたり、とつぜんの天候異変のために、聖人は難を避けることができたのです。
この話のように、専制時代の独裁者や国王の指令による受難が「王難」で、ときには「七「難」よりも恐ろしい場合があります。この王難を「法華経」の信心で、日蓮聖人も難をまぬがれられたのです。
専制時代の王難とは、現在では、一部の権力者や組織からの強迫や圧力にあたるでしょう。
また、専制の暴君は、私たちが、とかく陥りやすい「わがまま」の象徴でもあります。自分さえよければ他はどうでもいい、という身びいき、身がってのために、自他を傷つけるのが「王難」です。心に深く信ずるものを持ったら「内心の暴君」も暴力を封じられて、どうすることもできなくなります。「刀尋段段壊」です。
「王難」に準ずるのに、訴訟や戦難を「観音経」はあげています。
諍訟経官処 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散
役所で諍(あらそい)する怖れ戦陣の畏れにおののくとき
観音を念ずるなら多くの仇や恐れはおさまる
「鈴虫よ鳴け籠の月籠の露」
第二次大戦後「戦争犯罪人(戦犯)」として巣鴨プリズン(拘置所)に収容された人たちの中には、人違いや、誤審で処刑された気の毒な人も数多くあります。私は、そこへたびたび慰問にまいりました。
大きなホールの正面には阿弥陀如来と、観音・勢至の両菩薩の像を、その前には、すでに世界のどこかで処刑された”戦犯”の名を連ねた「過去帳(死者の名や法名を死亡年月日部別に記載した帳簿)」がまつられてありました。
ある日、その供養が終わったあと、私は「鈴虫よ鳴け籠の月籠の露」と題して、お話をしました。この句は慰問の数日前に何かの雑誌で見うけた句です。
鈴虫は、何も悪いことをしたこともないのに、小さな籠の中に閉じこめられている。短い露の命でも、全力をあげて鳴けば、人は、必ず耳をすますであろう。狭い籠の中とはいっても、そこにも美しい秋の月光はさしこんでいるのですと、この句を味わいながら、米軍 MP (憲兵)に気づかれぬように(あなた方も鈴虫です。
竹籠ならぬ、鉄の棒柱をはめこんだ狭い部屋だが、全力をこめて生きてください。禅語にも“壺中日月長し”とあります。いかなる逆境にも、必ず別天地の風光があるのですから……)と、私は心をこめて語りました。
あとの座談会で、ある人から「僕は、このプリズンを設計した技師の一人です」と自己紹介をされたのには驚きました。
心に深く信ずるものを持つなら、この苦しみが静まるのです。解脱とは、現実からの逃避ではありません。苦の中に沈みながらも、そこに心身のおちつきを実感することです。
よく「観音霊験記」に、にわかに「縄目が解けた」とあるのは、刑具の苦しみとともに、ときには刑具以上に自分の心身を苦しめる目に見えない縄がさらりと解けたことを意味するのです。拘置所に身体はありながら、その苦悩をやわらげる心の深さが「解脱」です。
漢訳には「釈然として解脱する」とあります。釈然は、一般には〈しゃくぜん〉と読んでいますが、さらっとした心です。そのときの必要に応じて、さらっと心を働かして行動するのです。暑ければ、着衣を一枚脱げばいいのです。
なぜ、自分は思うように動けないか?考えてみると着すぎだった、そこで上衣を脱いでシャツ一枚になる。そして、心身ともにそのときの必要の線に沿って行動するすがたです。
へいじょうしん
この釈然さらっとした心を「平常心」と申します。釈然としない心が刑具となって、私たちを拘束するのです。
獄窓にあっても、このこころにめざめると自由なはたらきができます。人間性の真実にめざめ、自分の中に埋みこまれているところの、人間を人間たらしめるこころを開発できたら、心身をがんじがらめにしている縄は自然に解けてさらっとなります。
“私の中のあなた” “あなたの中の私”
私は、かつて洋画の「夜と霧」という映画を見ました。第二次大戦のとき、ナチスドイツはユダヤ人を全部捕縛してアウシュビッツの収容所にほうりこみ、ガス室で大量虐殺しました。この映画は、そのときの悲惨な状況を主題にしたものです。
私が拙著『般若心経入門」に引用したオーストリアの精神科医のフランクル氏もユダヤ人であるために収容されたのですが、奇跡的に助けられた一人です。
氏は、この生き地獄にあっても、与えられたわずかのパンを病人にわけたり、逃げまどわずにガス室に従容として入ったり、中にはひそかに他人の身替りになって死んでいく人があるのを実際に見たのです。
フランクル氏は、こういうこころが、どこから生まれるかを、専門の精神分析学で研究しました。それは、氏の恩師のフロイトのいうリビドー(衝動的本能的無意識から出るものでないことは明らかです。
このリビドーの精神層の底に「超越的無意識」が埋みこめられてあり、それが何かが縁になって開発されて、この崇高な精神活動をすることを明らかにしました。
私は「夜と霧」を見、さらに米沢英雄博士の著『現代に忘れられたもの」を読んで、いろいろ教示を受けましたが、リビドーの底にこの真実の人間性が埋みこまれているのを、仏教的に表現するなら、前にも述べた「仏凡同居」であり「同行二人」です。横に並ぶだけが同行ではありません。前後に歩いても「同行」です。アベックです。
さらに深めれば、二人の同行が、ただ一人に吸収されることも考えられます。“私の中のあなた”あなたの中の私〟です。
もっと煮つめると、“自分の中のもう一人の自分”“自我の中の自己〟です。こうなると、一人がそのまま二人、二人がそのまま一人となります。観音さまと同行二人――とは、観音さまの中の私・私の中の観音さまです。醜いリビドーのままに行動する自分の中に、この純粋な人間性が宿されていると気づくのが「念彼観音力」です。
すると「釈然」として「解脱」の意味が、よく理解されるでしょう。
ある死刑囚の辞世に「この裸鬼と仏とあい住める」とありましたが、この心境には手を合わさずにはおれません。自分の罪に徹し切ると、この真実が身体で解読できるのです。ここまで行けば、罪悪のしこりも、あとをとどめないではありませんか。
「苦しみに泣いたおかげで……」
戦犯〟に問われて刑死した上野千里さん(栃木県出身・元海軍軍医中佐)が、生前の昭和十九年にトラック島に進駐していたときです。米軍の空襲のために収容中の米兵捕虜が二名負傷しました。上野さんは、彼らを治療しようとするのですが、上官は銃殺を命じます。
上野さんは「科学者として、医者として」の良心に忠実であれと自己を励まし、上官の命にそむいて彼らに外科手術を施します。
しかし、上野さんが知らぬ間に米兵捕虜はどこかへ運ばれて処刑されてしまいます。
戦後、上野さんは捕虜虐殺の責任を問われて犯罪が成立し、二十四年三月三十一日「グアム」島で刑死します。四十三歳でした。好子夫人への遺書に、「愛する妻子を捨て、愛する老母を捨てても、私には捨てられぬ日本人の魂があった。男のがありました」とあります。
上野千里さんは絞首刑で亡くなりました。しかし「花びらは散って」も「散らぬ花」があるのです。生き残っている私たちのお互いのこころの中に上野さんのこころを感じ取れたら、上野さんは、いま・ここに生きているのです。上野さんや私たちの「多くの仇は悉く退散(衆怨悉退散)」です。
上野千里さんには、また「遺詠-みんなに」という数篇の詩があります。
人の世の苦しみに泣いたおかげで
人の世の楽しみにも心から笑える
打たれ踏まれて唇をかんだおかげで
生まれて来たことの尊さがしみじみとわかる
醜い世の中に思わず立ちあぐんでも
見てごらん あんなに青い空を
みんな何も持ってないと人が嘲っても
みんな知っているもっと美しい本当に尊いものを
うつむいていればいつ迄たっても暗い空
上を向いて思い切って笑ってごらん
さびしくてどうしても自分が惨めに見えたら
さあ もっと不幸な無数の人々を考えてごらん
~『世紀の遺書」巣鴨遺書編纂会~
性欲、本能に溺れるのも「王難」の一つ
また「王難」は、こうした専制者や実力者からのいわゆる「官難」だけに限りません。どうにも抵抗できない絶対に近い苦しみという意味も「王難」にあります。
その意味での「王難」の一つが性欲です。タバコや酒を止めるのは骨が折れますが、タバコも酒も本能ではありませんから、強い意志力があれば、まちがいなく止められます。しか 38 し、性欲だけは動物の種の保存の生命力ですから、良心だけでは立ち向かえないのです。
制圧はできませんが、本能は飼育できるのです。「観音経」には「観音さまを念ずるなら、思いのままに、よい男の子でも美しい女の子でも授かる」とやさしくささやかれます。いわゆる「二求」です。それは、性行為も、美しい営みであれ、との人間の深い願いにほかなりません。
しかるに、現代は「ポルノ」時代です。人間の恥部をもっともらしく合理化するアクの強さに悲しみを覚えます。“泥棒にも三分の理がある”といわれますが、無明との安易な妥協を厳しく排撃しない限り、人間は急降下をつづけて墜落するほかないでしょう。
親鸞聖人が、まだ二十九歳で範宴といわれたころです。叡山を下りて六角堂に百日のおこもりをします。九十五日目の暁に、聖徳太子が偈を作って夢告をされます。
この点について、山折哲雄氏は「霊告とか夢告といわれるが、それは幻覚と紙一重の危い経験だったに違いない。幻覚を霊的体験にまで純化できたのは、親鸞の側にはげしい心の飢渇と必死の祈願があったからだ」(全青教「おしえの泉」八四号所載)と述べ、そして、この夢記に示された偈は「行者、宿報にて、たとい女犯すとも、われ玉女の身となりて犯せられん。一生の間よく荘厳して、臨終引導して極楽に生ぜしめん」というようなものであったといわれます。
むずかしい仏教用語の多い古文ですが、丹羽文雄氏は「ざっくばらんにいえば“お前のために、私が女になって抱かれよう”という意味である」と解説しています(「太陽」一七九号所載)。
愛欲の問題については、親鸞ほどつきつめて悩み考えた人はないようです。ごまかさず、妥協せずに真正面から取り組むのです。六角堂には観音さまがまつられています。聖徳太子と観音さまの教えが二重にかさねられたのが「夢告」の形で、親鸞の心に爆発を起こさせるのです。
「一生の間、よく荘厳して……」とは、妻となってあなたを一生美しく飾らせてもらいます、との誓いです。それは、釈尊がまだシッダッタといったころヤスダラ姫と結婚しますが、このとき姫も同じことを彼に伝えているのです。
「一生荘厳」の誓願に生きようとの願いが、どろどろの愛欲生活になるところを清浄に保つのです。よき子どもに恵まれたい、との一見気ままな願いも、この人間性が基底に必要であることを気づかしめる方便となります。
親鸞の夢告に見る、どろどろの愛欲の昇華が聖徳太子と観音菩薩によって導入されたことに、意味深いものを感じます。
(8)人間らしさということ~便利という名の不幸
或囚禁枷鎖 手足被杻械 念彼観音力 釈然得解脱
手かせ足かせの責苦にあっても
観音を念ずるときこの苦しみから脱しられる
~現代人は、自分たちが発明したさまざまの機械に責めなやまされている。この苦を解明しなければならぬ。
鈴木大拙「心は創造心を失う」
経典の「鎖」とは、首かせといさりで、昔の刑具の一つです。罪人の首や手足にはめて自由に行動できないようにした責め道具です。
この責め道具を人生にあてはめて考えると、人間の正しい自由を束縛する、いろいろの愛欲と、無明にあたります。「無明」については「般若心経入門」で詳しく話しましたから、ここでは現実的に「人間が、たんなる生物として生きるために、心の底からつきあげる本能を含めてやみくもの生命力」と受けとってください。
私は、現代の機械化は、ときには人間性を束縛する枷鎖になっていると思います。機械に拘束されて「人間らしさ」を失いました。私はこれを「機械の無明」と呼びます。
機械は、たしかに便利です。私たちの身近にある自動販売機など、黙って料金を入れただけで乗車券やタバコがつり銭とともに、これも黙々と出てきます。が、この「沈黙」のやり「とりが実は「曲者」です。自動販売機に対するごとく「だんまり」で人間に接して無明現象を起こすのです。“ありがとう”や“すみません”のあいさつ抜きの機械的人間関係は、誰も彼も人間性を束縛されているのです。
現代は、科学しなければならぬ時代だといわれながら、科学的な心を忘れています。機械を操作する心が人間の愛情に「ずれ」を生じました。
中国の道教の大家で、老子と並び称される荘子が自分の哲学思想を説いた、同名の書物『荘子』の外篇に次の話が載っています。
子貢(孔子の弟子)が、旅先で農夫が井戸から水を汲みあげては水田に運ぶのに出会います。そこで子貢は、労力を省くためにハネつるべの使用を教えます。くわしく説明を聞いた農夫は、はじめは感心していたが、話が終わると激怒して言うのです。
「わたしは、自分の先生からいわれたことがある。機械を使うと人間は機械的になる。機械のような心の持ち主となる。そして機械的に行動する。素朴さを失う。精神の制御心が不安定になる。すると、正しい思慮分別ができなくなる。私は、ハネつるべを知らぬことを恥じるより、それを使う人間になるのを恥じるのだ――」と言い切るのです。
子貢は雄弁家で知られた孔子の高弟です。この子貢でも、この農夫の頑固さをどうすることもできなかったのですが、これを聞いた孔子が「今の世にも、そうした尊い人間がいるの第か」と、かえって感に打たれています。
これは、二千五百年も昔のことです。この話を紹介されたのが、日本では故鈴木大拙博士です。博士は「機心」と名づけ「機心は創造心を失う」といわれます。
博士は、晩年に「宗教情操を創造心」と呼ばれたようです。創造心は、無から有をつくるのではなく、人生の苦の中に一つの安らぎのこころを開発してゆく創造心です。この創造心が機心で失われることを嘆かれたのです。
さらに、『荘子』の話に感じた人にウェルナー・ハイゼンベルグがあります。彼は二十世紀の著名な物理学者で、ナチスの弾圧下にありながら人間問題を探求しつづけた人です。近代科学者も『荘子』に注目せずにおれないところに、今日の機械文明の暴走を痛感します。
便利になって大切なものをなくす
最近、ある婦人が私に手紙をくれました。それによると「デパートで、おにぎりをつくる器械を買って来ました。まことに重宝で、定型のおにぎりがすぐに出来るのです。
子どもたちは、はじめは珍しがって喜んでいましたが、このごろは、「やっぱり母ちゃんの握ったほうがうまい」というのです。私のは形もまちまちで、かっこうも悪いのですが、このほうを喜ぶので、せっかく買って来た“おにぎり器”は戸棚の奥にしまったままです」
そして、この婦人は「ただおいしいというだけのものではない何かがある。器械ではできない何かがある」と、すっかり考えこみ、子どもから大切な点を奪いとっていたことに気がつくのです。私は、これを機械的愛情―機愛と名づけます。
この機愛は、現代では無明といっていいほど人間の本能的欲望になっています。便利になったが、大切なものをなくしているのです。
私たちは、現代の文明生活をしながらも、現代の無明と無常を凝視する必要があります。「凝視」とは「観」です。機械を使いながら機械を飼育する精神の深さと英知の高さを願わずにはおれません。ここに、現代に生き、現代を救う観音信者の行があると思います。
(9)鬼難…怨みと中傷~“執われた自分”を解き放つ
呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
ねたまれたり中傷されたりしてわが身が危機にさらされても
観音を念ずるなら怨みも憎しみもあとかたもなく消えてゆく
~何をくよくよ北山しぐれ思いなければ晴れてゆく
「還著於本人」とは自業自得のこと
「呪いや毒薬のために危難にさらされても」観音を念ずるなら必ず救われる。この救われた状態を漢訳では「還著於本人(還って本人に著きなん)」といっています。
人を呪い、世を呪い、あげくには毒を盛るという異常な行動は、現代でもよく見うけるところです。この目に見えない迫害を受けても、心配はいりません。必ず救われるのです。「還著於本人」です。
この還著於本人の五字は、いろいろの意味に解されるので、一つの問題点になっています。漢訳は前記のとおり「還って本人に著くであろう」で、加害者のほうに輪廻されようとの意味になります。いわゆる「人を呪えば穴二つ」ということのようでもあります。被害者側からすれば、「ざまあみろ!」といったような語感があるので仏教的ではない、といわれるのです。
しかし、釈尊はしばしばこの例をくり返されます。ある一群の人々が釈尊を烈しく罵ったとき、釈尊は、「逆風に塵茶を投げると、その塵は投げたほうに返って来るであろう」と、静かだが矢を報います。
「著」は落所です。自分の言動がどこへ落ちつくかを考えよ、というのですから、少しも問題はないと思います。釈尊はまた「天に向かってツバを吐くようなものだ」との卑近な例もとられます。これも「落所を知れ」という教えで、報復の臭みは感じられません。
クモラジュウがこの「法華経」を漢訳したことは、すでに申しましたが、彼はこの翻訳に大きな自信を持っていました。「私の死体を火葬にしてごらん。きっと私の舌だけが残るであろう。それは、私の訳述が正しい証拠だ」と臨終に言い残しましたが、果たしてそのとおりだったとの伝説があります。
自分の労作に、これだけの自信と誇りと喜びとを持ちたいものです。エンマさんに舌を抜かれたり、鬼どもにペンを折られたりするのでは、サマになりません。
この自信を持った漢訳文ですから、読者のほうで読み方を深めるべきです。「還著於本人」を「彼即去悪心(彼、即ち悪心を去る)」と解すべきだ、との中国の仏教学者の説もありますが、私はやはり忠実に「原文」に従います。
要するに、深い意味で加害者の「自業自得(自分でしたことの報いを、自分の身に受ける)」の教えです。被害者からすれば、観音さまを念ずれば、何ものからも犯されない安定感と、「断じて行なえば鬼神も避く」勇猛心が心中にめざめます。この信ずる力に生きよ――との語りかけのブロック・サインが出ているのです。
この普遍的な意味をふまえて、さらに認識を深めてゆきましょう。「還」は、〈また〉とも読みます。円周をぐるっと一周して、またもとのところへ還ってくる意味です。いちばん遠いところが結局は、いま自分のいるところとなります。
よく極楽は、十万億土のかなたにあるといわれますが、それは距離の長さでなく、幸福を遠いところに求める迷いの深さのことです。この意味で十万億土のかなたとは、はるかに遠い存在であるとともに最短距離にあたるので、私はこれを「直離」といいます。
観音のお浄土は、ここを去ること遠からずであり、近からずでもあります。中国の宋代の戴益の詩に、
尽日 春を尋ねて春を見ず
芒鞋踏みあまねし隴頭の雲
帰り来って却って梅花の下を過ぐれば
春は 枝頭にあって 既に充分
春にあこがれて東奔西走すること久し、ついにめぐり会えずしてわが家へ帰ってみれば、庭じゃ笑うよ梅一輪…とは恐れ入ります。安らぎの場を遠く探すのも一法ですが、いま・ここに開発するのも楽しいではありませんか。
道元禅師の歌に、「極楽はまみげのうえのつるしものあまり近さに見つけざりけり」とあります。まみげとは眉毛です。あまり近くにあると、かえって見つけにくいものです。真理も同じです。
一休禅師は、さらに、「極楽は西方のみかは東にもきたみちさがせみんなみにあり」と、例の「一休調」で深い真実を歌います。極楽は西方だけではない東にもあるのだ。きたみちは北とともに「来た道」、自分の現在までの行動です。みんなみは南ですが、また「みんな身」を指します。
これを「己身の浄土」「唯心の弥陀」と申します。己身とは「自己」で、唯心(唯とは、絶対の意味)とは、私たちの心底に埋もれている“ほとけのこころ”です。自分の中にあるとともに、自分を包んでいてくれるこころです。自分の中にあって、自分を自分たらしめてくれるとともに、外からも生かされて生きている絶対のこころであります。
西方という一点は超越の象徴であり、四方は絶対の象徴です。他をたずね、外に求めるとともに、「自己にたち還る」のが「還著於本人」だと私は信じます。観音経梵文の現代語訳に(観音を)心に念ずれば、その元のところに帰ろう」とあります。この、本人とは「本来の人間性」のことで、「元」を他人にするか、自分にするかですが、私は「自分」と受けとるのが、「観音経」のこころに適うと信じます。
還著於本人… ズバリといえば、自分で自分に「はっと気がつく」ことです。
中傷も怨みも一時的なものだ
この経のいう「呪詛」を、深刻に解さずとも、「悪口・非難」と受けとっていいでしょう。「毒薬」もまた「中傷』と解していいでしょう。こうした災難は、誰でも毎日のように遭遇しています。釈尊も、つねに体験されていたところです。
おもうのに、人間は逆境にあって失脚するのではなく、実は、順境のときに落伍に必要な種を蒔いているのです。恐ろしいのは、自分にツキがまわっているときの、一身の操作と積み上げをおろそかにすることです。
人に中傷された、ねたまれたと他を責める前に、そうしたキッカケを作ったのは、ほかならぬ自分にあったことを思い出しましょう。調子に乗って思いあがり、徳を汚していたからこそ呪われるのです。
「生意気な奴!」とのかげ口を耳にしたとき、立腹する前に自分の言動をふりかえることです。つねに観音を念ずるとは、大いなるものから守られたいとの願いであるだけでなく、自分で自分をつつしもうと、深淵からの誓いを呼び起こしてくださることになるのです。
東京の谷中(台東区)の南泉寺を開いた大愚和尚(一六六九没、八十六歳)のところへ、出雲の殿様、堀尾吉晴の愛妾、松虫・鈴虫という二人の美女が罪を犯して、ひそかに逃げこんで来ました。大愚は二人をあわれんで尼僧にして他へ逃れさせます。このことが世間にデマとなって伝わり、“一僧二女を抱くの図〟という絵に刷られて売り歩く者も出てくる騒ぎに、本寺の京都花園の妙心寺から「本寺出頭禁制」の処分を受けます。
大愚は、怒って真実を弁じようと江戸を旅立ち、あと数時間で京都に入るという鈴鹿峠手前の関村を過ぎるころ、ふと馬子が、
何をくよくよ 北山しぐれ
思いなければ 晴れてゆく
と歌うのを聞いて、ふっと気づくのです。そして目的地を目前にしながら、江戸へたち帰るのです。(自己弁解に貴重な時間をついやすよりも、自分の本来の使命に進むべきだ)とも考えられます。さらに、中傷も怨みも“北山しぐれ”のように一時的のものだ。本来、天は快晴である。しぐれという中傷にこだわることがなかったら、いつとはなしに晴れるのだと深められます。
しかも、このふっと気がつくのはけっして突然変異ではありません。平生の積み上げが、何かを契機として発火され、危ういところで自他を害わずに別天地を発見できるのです。
馬子は、大愚に気づかせようとして歌ったのではないでしょう。しかし、卑近な馬子唄をも「わたくし一人を救う教え」とキャッチできるのは、自分のこころのはたらきです。このはたらきが「観音の知恵」です。電波はたえず流されていても、受ける機能がなければ、声にも絵にもならないのと同じです。
みんなをしあわせにしようとの観音さまからの念波と、こちらの機能とが一体になって正しくキャッチされるのを「感応道交」と申します。人間の願いと、ほとけの誓いが相互乗入れをして融けあう状態のことです。
感応道交するから、私たちの醜い心もほとけのこころに帰るのです。“本人に還り”元にかえるのです。
私たちの心に住む「羅刹」とは?
つぎに「観音経」は、この「呪い」や「毒薬」を七難の一つとして、絵になるような譬喩で展開します。
或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害
羅刹や毒竜や鬼たちに出会っても
観音を念ずれば危害を受けずにすむ
~私たちは、いつも被害者であるとともに、いつも加害者である。
「羅刹」は梵語ラークシャサの音訳で、魔力を持ち、人間をとって食べる悪鬼です。のちに仏教の守護神に昇華しますが、ここでは本来の悪鬼です。また「毒龍・諸鬼」は、走ることも早いが力も強い食人鬼です。いずれも恐ろしい「羅刹国」に住むといわれます。
しかし、羅刹国は、フィクションとか、遠いところにあるとは限りません。人を傷つけ、人を殺してそれに代わろうとする悪心は、そのまま羅刹・毒竜・悪鬼です。私たちは、被害者となったときは、痛切に加害者の顔が鬼に見えます。しかし、羅刹国は自分の身中にも厳存していることを思い知らねばなりません。いつでも、私たちは被害者であるとともに加害者たり得る資格を、十二分にそなえているのです。
ここに大いなるものを見つめて、その加護を要請せずにはおれなくなります。自分を害しようとする敵の心中に棲息する羅刹を、私たちの心中にも見ぬくのです。私たちを怨んでいる人を怨み返そうとすると、怨みと苦しみは倍増される道理です。“怨みは怨みによって消えず〟と「法句経」に教えられるゆえんです。私は同経の一九七番、
怨みをいだく人々の中に
たのしく 怨みなく 住まんかな
怨みごころの人々の中に つゆ怨みなく住まんかな(友松円諦師訳)
を朗唱するのがすきです。「時悉不敢害」です。私は「害を受けなくてもすむ」と、訳しましたが、同時に、他に「害を与えずにすむ」の意がこめられているのです。漢訳を逐字読みをすると、「時に悉く敢えて害せず」となります。悉くですから敵味方や、自他の区別を超えるのです。
私たちに害意を加えようとする“敵”の心を救おうとしない限り、怨みは消えるわけはありません。このところを梵文現代語訳に「一本の毛髪さえ、害うことはな「い」と訳されています。観音を念じて、ほんとうの人間性が開発されたときは、自他ともに害されることなく救われるのです。怨憎のない「観音地帯」が設定されるのです。
「涅槃」とは寂けさ、平安なこころ
「法句経」百三十四番に、
いかなることばをきくとも
なんじ もし 毀たれたる鐘のごとく 黙しなば
いかりは 来らざるべし これすでに 涅槃に達れるなり(友松円諦師訳)
とうたわれます。「毀たれたる鐘」は、いくら打たれてもたたかれても音を発しません。黙すとは、黙秘権の行使ではありません。自分の心中に向けて声を出すのです。打たれた鐘の音が、内なる空洞に向かって流れるように、自分に呼びかけるのです。内に向かっての声ですから、自他の髪の毛を一本も害う”ことはないのです。
涅槃とは、こころの寂けさ、平和なこころの状態です。自他がともに救われてこそ、ご利益のご利益たるゆえんがあるのです。
かつて、坊秀男氏が厚生大臣在職中に、所管の事件について、不信任案が上程されました。激しい弾劾演説の中で坊氏は大臣席で手帳にペンを走らせています。後でわかったのですが、それはメモでなく「十句観音経」を何べんとなく書いておられたのです。
「十句観音経」は、「延命十句観音経」ともいい、文字通り十句四十二字の短編の経典で、「観世音菩薩を信じます。人間は、みなほとけ(仏)と、おしえ(法)と、信心をともにす友(僧)にめぐまれて正しい生活ができます。そして、安らぎと永遠のいのちに恵まれます。ゆえに、朝夕に観音を念じます。つねに念じつづけてまいります(観世音 南無仏 与仏有因 与仏有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念々従心起 念々不離心)」
と、いうのですが、この経は古来から信奉されて、白隠禅師にも「延命十句観音経霊験記」の著述があります。
坊氏は、昭和四十一年の夏に谷中の全生庵でこの経典にめぐりあい、中川宋淵老師のすすめによって、それからは毎日「百巻読誦」を続け、写経もしておられます。また、服のポケットに入れていつも黙読されています。
た。
このおかげで、弾劾演説の間も激怒することなくすごせてよかったといわれたと聞きました。
弾劾のことばが、弾劾者に返るのではなく、坊氏が聞きながら、自分のあるべきようを失わないのが「還著於本人元にかえる」ことだ、と私は信じるのです。観音さまを信じ、お守りを願うのは、そのまま自分の中に観音さまのこころの宿ることを信じ、自分を守ることにほかならないのです。それが、「時悉不敢害」(自他ともに)危害を受けずに、損害もなしにすむということです。
(10)怒りと欲望~なぜ、振りまわされるのか
若惡獸圍遶 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無辺方
猛獣にとり囲まれ 危難にさらされても
観音を念ずれば おそれをなして いずくにか逃げ去る
蛎蛇及蝮蝎 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自回去
毒蛇やまむしに襲われて 火畑の舌を吐かれても
観音を念ずれば 念仏の声とともに すがたをかくす
「爪牙」とは猛烈な我欲の象徴
サビは鉄から出て鉄をくさらせ、悪は心から出て、心を食う。
すでにお気づきのように「観音経」には、さまざまの悪獣が姿を現わします。昔は、旅といえば歩くより方法がないのですから、道中は楽しみ以上に苦しみと恐れに見舞われまし人生もまた旅です。目に見る災難のほかに目に見えない苦難も待ちうけています。経典にフィクションの毒竜や食人動物が登場するのは、人生旅程の精神的迫害を物語ります。
さまざまの悪獣が現われるのは、テレビの怪獣映画を見るようで興味がありますが、私たちの心を食い荒らす猛獣は、テレビの画面からは想像できません。それらに思想がこめられていないからです。
この章においても海と山の悪獣がはねまわりますが、同時に私たちの心中にそれらがはびこって、大切な人間性を脅かす景観を示します。
悪獣や毒蛇にとり囲まれても、一方の血路を開く方法もありましょう。しかし、内から爪をみがき、牙をむき出されたら自滅のほかありません。今は昔と違い、外部から猛獣に襲われる危険は減少しました。ところが、反比例的に心中の猛獣どもが、暴れまわっているのです。
爪牙は、我欲の猛烈さを示します。つかんだら離さないガメツイ心の爪です。釈尊は、サビは鉄から出て鉄をくさらせ、鉄自身を食うように、悪は心から出て心を食う”と語られます。人肉を食うのは猛獣だけではないのです。ここでいう悪は、貪(むさぼり)・瞋(いかり)痴(愚痴)の三つの煩悩で、これを「三毒」といいます。
釈尊は、また“猛獣は怖れなくとも、悪友は怖れなければならぬ。猛獣は身を破るだけだが、悪友は心をも破るからである”と、悪友を猛獣にくらべているのは注意を要します。善い友に会えば、心ずよき師にめぐり会える縁になりますが、悪友は、さらに悪友を呼ぶ縁となるからです。
毒蛇などが、火焔の舌を吐く(気毒煙火燃)のは、動物園で見てもあまり気持ちのいいものではありません。その害を受けるのはもとより恐ろしいが、加害者となるのはさらに恐ろしいことです。それは蛇のように執念深く人の成功を嫉む心情です。私たちは、とかく被害第者に自分を仕立てがちですが、加害者になる率のほうが高いことを忘れています。
ここに「南無観世音菩薩」…「念彼観音力」と念じて、悪から遠ざかる誓いが大切とな 100 ります。すると、(悪獣が)恐れて、いずくにか逃げ去る(疾走無辺方)のです。このいずくにか逃げ去る”という“いずくにか”に大きな意味があります。梵文現代語訳にはなき方に走り去らん」とあります。それは“どこかわからないが、どこかへ行ってしまった”というように軽く受けとってはなりません。
忽然として煩悩は起こり、忽然として煩悩は去ります。このことに、はっと気づくのです。はっと気がついたときが「疾走無辺方」――いずくにか、煩悩は去るのです。そしてやっかいなことにまた襲って来るのです。それが人生の悩みというものです。
さとりは煩悩の路ばたに咲く花〟
念彼観音力 疾走無辺方… 観音を念ずれば、どこか(無辺方)に去るので、猛獣が絶滅したのではありません。その場から去っただけで、どこかに生きながらえているのです。ということは、観音を念じたおかげで煩悩は、その場では消えたが、根強くどこかに残っているのです。煩悩は、人間が生きている限りあるのです。それをなくそうとするところに、新しい悩みが発生します。
煩悩はなくなるものではない、整理整頓すべきものであることは、「般若心経入門」でくり返し述べたとおりです。この整理整頓の方法として、“観音を切に念ぜよ念彼観音力)”と、「観音経」は私たちに呼びかけます。しかし、この“観音を念ずる声に尋いでどこかへ廻ってゆく(尋声自廻去)”とありますが、「絶滅した、なくなった」としない点がことさ大切なのです。
「声に尋いで」とは、声につづいてほどなく・まもなくです。私は「声とともにおさまる」と訳します。いずれにしても猛獣や毒蛇が死んで、それからは絶対に現われない――とは言っていません。漢訳に、声に尋いで「自ら廻り去らん」とあるのは興趣津々です。
まず「自ら」は〈みずから〉とも〈おのずから〉とも読みます。この場合、どちらでも意味が成立いたします。「南無観世音」と、観音を念ずる声を聞くと、たちまち自然におさまるのです。あるいは、追われなくても猛獣のほうから去ってゆくのです。
次に「廻り去らん(廻去)」は、廻が大切です。猛獣が猛獣であって、しかも猛獣でなくなるのです。煩悩が煩悩であって煩悩でなくなるのです。
存在がなくなるのではなく、存在しながら、その悪いはたらきが善いはたらきに「廻る」、つまり価値転換です。昔の人は渋柿の渋そのままの甘さかな”といっています。渋を摘出して甘味を注射するのではありません。渋柿の皮をむき、雨にあてぬように日かげに乾して丹精の結果、美しい白い粉がふいて甘い干柿になります。
渋がそのまま甘味に価値転換いたします。渋がなかったら柿は腐敗してしまいます。渋があって、しかも渋ではなくなるのです。ただ、丹精を怠ると渋がもどるそうです。煩悩があればこそ、さとりがあるので、友松円諦先生が“さとりは煩悩の路ばたに咲く花である”といわれてます。ですから、心に安らぎを得ても管理が悪いと、もとへもどってしまいます。
白隠禅師「腹は立てるが怒らない・・・・・・」
盤禅師(一六九三没、七十二歳)は、むずかしい漢語や禅語を一切使わず、そのころの庶民のことばで説法されたので有名です。
あるとき、この禅師に一人の男が「私は生まれつき短気で、怒りっぽくて困ります。なんといたしましたらば治りましょうか」と相談を持ちかけます。このときのやりとりを師の「かな法語」で伺いましょう。
「そなたは、おもしろいものを持って)生まれつかれたの、今もここに短気がござるか。
あらば、ただここへお出しやれ、なおして進ぜようわいの」「ただ今はございませぬ。なにとぞいたしましたときに、ひ(い)と短気が出まする」
「しからば、短気は、生まれつきではござらぬ。何とぞしたときの縁によって、ひよいとそなたが出すわいの。何とぞしたときも我(自我のこと)をでかさねば(出さなかったら)、どこに短気があるものぞ、そなたが身のひいきゆえに、向こうのものにとりあって、わが思わくを立てたがって、そなたが出しておいて、それをば生まれつきというのは、難題を親にいいかくる大不孝の人というものでござるわいの」(漢字・かなづかい・句読点一部変更)
短気は生まれつきではない、自我の強さ、わがまま、身びいきから発生すると教えられます。なるほどそのとおりで、一言もありません。実は、私も一人前以上の短気者なので、盤珪禅師のいわれる、「そなたは、おもしろいものを持って)生まれつかれたの、(短気を)ここへお出しやれ、なおして進ぜようわいの」は、私のための言葉です。
短気が常に実存するものなら出せます。突然、どこからか出て第来て無辺方へ去ってゆくのです。それも実は、私が「出した」ので、根無し草に過ぎません。短気のために、私は自分を害し、どれだけ他を害したかわかりません。短気は、たしかに猛獣毒蛇です。短気を起こしたときの私の発言は、まさに「火焔の舌」を吐く「気毒の煙火の燃ゆるがごとくならん(気毒煙火燃)」です。
盤珪禅師とならび称される、前にも述べた白隠禅師に、ある人が質問します。
「あなたの怒ったところを、私はついぞ見たことがない。いったい、あなたは腹が立たないのですか?」と。
まあふつうの人間だったら、「オレは修養を積んでいるから、腹の立つわけがない!」と、得意げに答えるでしょう。ところが、白隠禅師は違います。
「バカ言うな。わしは土の人形ではない。生きておるのだ。だから、一日のうち何べんでも腹が立つことがある」
「でも、あなたの怒ったところは、見たことがありません」「そうか、わしは腹は立てるが、お前のように怒らんだけだ!」
生きている限り煩悩はつきまといます。腹も立ちます。腹を立てるのは大切です。いや、腹の立て方が大切です。それがなかったら社会の不正を正す意欲も起きません。自分のだらしさに立腹してこそ奮発心も起きるのです。だから、白隠禅師は「腹を立てる」といわれます。ただ“怒らぬだけだ”の一言をよく聞かねばなりません。
私たちは、立腹と怒りとを直結してカッカしてしまうから大事になるのです。立腹と怒りとの間に一線を劃すというよりも、次元が違うと見るほうが、白隠禅師の教えに近いようです。
腹が立つ、いや、腹は立てねばならぬ。しかし、怒ってはならぬとは、腹は立つが、ここは黙って、じっと静かに相手を教えるべきか、相手をあわれむべきか、自分を反省すべきかと立腹をかみしめる「間」を持てば、怒らずにすむのです。念彼観音力-観音を念ずれば、この「間」が授かります。そして立腹を処理する知恵と、他者に対する慈悲が生まれるのです。
煩悩は無尽だが、人間を深める肥料
怒りは、すべての善行を焼きつくすとすでに申しました。火炎にたとえられた怒りをはじめ、多くの煩悩は観音を念ずることによって価値転回するのです。それが「尋声常自廻去」です。
煩悩を去勢する信仰であってはなりません。どこまでも価値転回の願いでなければなりません。仏道の修行者は「煩悩は尽くるなし、されど、断ぜんことを」と誓願いたします。
しかし、煩悩は尽きることは永遠にありませんから、ほとけの願いもまた無尽です。煩悩の尽きるときがあるのなら、ほとけの慈悲もまた有限となってしまいます。永遠と無尽の対決を実感するとき勇猛心がわきあがります。
煩悩は尽きないのはわかるが、不可能と知りつつ、なお断ちたいと、願わずにはおれないのも、また尊い人情です。ここに感ずる心のいたみが、人間性を深め、高める縁となるのです。他をあわれみ、自らも励むこころを自覚できるようになります。腹を立てるのは大切です。
禅者は“勇猛の衆生のためには、成仏一念にあり。懈怠の衆生のためには、涅槃三祇にわたる”と戒めます。勇猛心(勇気をふるい立たせる)を持つ人には、成仏(さとり)は、またたく間に得られるが、怠け者には、永久に心の安らぎは得られないということです。
勇猛心は、自己に対する腹立ちです。進歩も、理解も、同情も自己の深層からわきあがる大きな願いとしての腹立ちでありたいものです。したがって、「腹を立てるな」ではなく、「腹の立て方を学び、上手に腹を立てよ、自他を益するような腹の立て方を手に入れよ」ということになります。
怒りを爆発させてはならない。腹が立って怒りたくなったときは、私のように短気なお方は、こんなときにこそ観音を念ずるのです。その声とともに、その瞬間に必ず静まると「観音経」は証明します。やりましょう。ぜひやってみてください。
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観音経入門(VOL.4)
