一丸となるための史上最高のノウハウ ~神柱になれるシリーズ6~(Vol.3)

支部でお話しすべき内容とは

私の話を聞いて、スタッフも「はい、わかりました」と言っていましたが、皆さんも同じです。

お話をするときは、

・説教臭くならないために、準備のときには、「こんなこと言って」「あんなことを言って」と考えてよくお祈りをして他力を動かし、その場ではあれこれ考えないで、自ずから出てくる言霊に任せる。

・言霊の奥には、胸でいつもその人のことを祈っている。愛念を出さなければいけません。

救霊の法や九頭龍の法と同じです。言葉で言っているときも、胸では愛の波動を送りつづけていると、相手には気持ちよく聞こえます。相手の人を、生けるたたり霊、生ける浮遊霊に見立てて、救霊や九頭龍の法をしていると考えてもいいかもしれません(笑)。そのようにしていくと、相手の胸にすっと言葉が入っていきます。

また、お話のテクニックとしては、

・なるべく上から下へ頭ごなしに言うのではなく、自分の体験からにじみ出た、「学んだもの」「悟ったもの」「失敗談」「成功談」をお話しする。

自分が体験していなければ、人の失敗談、体験談でもいいです。

「何々さんという人がいてね……」

「こういう失敗をして、そのときは、こういうことがあったんですよ」とお話ししていく。人様の成功談でもかまいません。

ただし、その場合は、あまり人に聞かれるとまずいような失敗談は言わないようにしてください。

「あの人は、私の失敗談を来る人みんなに言っていて、恥ずかしい」と言われてしまいますし、「あの人が浮気したときにね、神様にとがめられて、夫婦は大変だったんですよ。でも、神様のおかげで、お互いがあきらめて今おさまっていますけど」というような話をしたら、その人を傷つけてしまいます。

誰かれかまわず、人様の失敗談を言えばいいというわけではありません。「ここだけの話」と言いながら言えば、全部に伝わりますから。

そういう場合は、「ある人が」と言わなければだめです。その場合でも、「名前は言えないんだけど、ここにいる、何歳ぐらいの人で、子供が何人いて、こんな仕事の人で」と言ったら、「ある人」が誰であるか、すぐにわかりますから、自分の支部の人のことでも、「他の支部であったことなんだけど……」と言ってお話をしていくようにします。

要は、誰の体験かということより、その体験から学ぶべきメッセージの中身が大事なわけです。

もちろん「良いこと」や「失敗を経てジャンプした」という良い話であれば、励みになりますから、「この支部のなんとかさんがね」と言ってもいいと思います。

このように、支部でお話をするときには、芸能ゴシップのくだらない話や、愚痴とか不平とか不満、「自分の健康がああでこうで」というような話、それは少しぐらいはいいですが、そういう話をするのではなく、中身のある話をしてあげなければいけません。

支部はご神域であり、神様がいらっしゃいます。そこでは言霊が生きていますから、くだらない話や世間話をするのではなく、そういう中身のある話をするように、お互いに努力をしていく必要があります。

冬神業で気をつけること

二つ目のお話をしたいと思います。やはり年末に近づいてきますと、魔が入ってきます。

まず、支部の中に、マイナス的なうわさや風評が出てきて、みんなの中に、不信感や疑心暗鬼、相互不信、不安感や迷いが生まれます。そういうみんなの中に生まれた不信感や疑心暗鬼、迷いや不安感といったものの中に、内的な魔物が入ってくるわけです。

支部同士やワールドメイト全体、または、植松愛子先生や私をはじめとする幹部の先生方や支部の代表者、ご神業そのものなどに対する不信感や疑心暗鬼、不安や迷いというものがはびこりますと、そこへ魔物がふーっと入ってきます。

よき御魂ほど狙われて、一本、また一本と、ご神業を続かなくさせようという魔物が、冬になると入ってきます。

そのようなときには、全国すべての支部が盤石に固まり、「疑心暗鬼、不信感、不安感というものがないように」という消極的な姿勢ではなく、もっと攻めの積極的な姿勢で、「積極的に安心し」「積極的に団結し」「積極的に信じて」「積極的に夢と希望を持って励む」というような、積極的な言霊群の発射が必要です。

魔物というのは、意思と想念を操ります。

ですから、悪いものは、小さい芽のうちにそれを刈り取っていき、いい芽をどんどん蓄え、与えてあげなければいけませんよね。

支部の役割を再確認しよう

支部の中を、いつもそうやって温め、目に見えない世界が合一して盛り上がっているようにしていく。静かなように見えていても、内なる世界が団結し、暖かい春風や温泉のお湯のようなものが流れていて、皆が盛り上がっているというのが本当です。

それでも、少し油断すると、すきま風が吹いてきますし、亀裂が起きてくる。みんなの中に寒い風が吹き、不信感や疑心暗鬼、不安感や迷いというものが出てきます。

「そういうものをなくし、いつも暖かい春風が吹き、温泉の湯がこんこんと湧き出てくるように、やる気に満ちている」というように、「内的なエネルギーと心を回復する」というのが支部であり、支部の役割です。愚痴のはけ口の場ではいけないわけです。

支部に行く前は、神の道一筋であったのに、支部に行くようになってから、「仕組がわからなくなった」「ワールドメイトが嫌いになった」というのではだめです。事実、そういうこともあると思いますが、そうであってはいけない。

支部が絶えずそのような場でありますように」という願いが、支部をあずかる人同士の共通の理念でなければなりません。

何のために支部があるのか。

支部は、そのためにあるわけですし、いわば、神様の出城です。ご神業におけるの分魂を受け、ご神業が弥栄えていくための場です。

そして支部は、「言霊の力によって、魂と信仰の道を回復し、温かいものが流れてきて、また、やる気と情熱と神の道を続けていこうという気持ちが持続していく」ためにある、神様のお城です。

支部へ来ることによって、「不信を募らせる」「やる気がなくなる」「愚痴と不満のはけ口」「批判と妬みとそねみ合いをする」「念を飛ばし合う」ということであれば、支部はない方がいいのです。

それでは、支部があることで、人が不幸になり、だめになってしまいます。支部がそのような場所になっているのであれば、完璧に魔物にやられています。

人数は少なくてもいいですから、そういう中身ができている支部でなければ意味がありません。

冬に近づいてきますと、必ず不信感や疑心暗鬼などから「意思や想念を操る」という形で魔物が入ってきます。そうしたら、「それを防ぐ」というところから、それを乗り越えて、今度は、「圧倒的にそこが勝っている」という姿勢が必要なわけです。

一丸となるためには

三つ目のお話は、「一丸となろう」ということです。いろいろな地方でご神業をし、それぞれのタマガキ会で私が言い続けたことですから、そこで聞いた人もいるかもしれませんが、これは大切なところです。

一丸となることが大事なわけですが、そのためには「具体的なスコアにしないと、一丸となれない」ということがあります。お神輿を作っていこうというようなときには、具体的な事柄がありますから一丸になれるのですが、やはり支部の中身が盛り上がっていくためには、具体的なスコアにしていくことが必要になります。

これは、ゴルフをやっているときに、河合一一会長から教わったことです。

「四十五で回る」「五十で回る」というかたちで、自分で具体的なスコアにし、目標を立ててやりますと引き締まっていくのですが、「練習だから」と思ってやると、がたがたと崩れて、五十で回ろうと思っていても、六十五とか七十になってしまいます。河合さんがそう言っていましたが、私も本当にそうだと思います。

やはり具体的なスコアにし、この数字で回ろうと思ってやりますと、引き締まって、一つ一つを大事に打ちますから、たとえ一打か二打失敗しても回復します。そして、結果として、大体そのスコアか、ちょっとオーバーするぐらいで回れるわけです。

ゴルフも単なる遊びですし、ゲームなのですが、それでもスコアをはっきり自分で明示して目標を立てないと、なかなか力が出ないということです。

同じように、それぞれのご神業でも、具体的なスコアにし、数値にすることで、目で見てはっきりわかりますから、みんな一丸となって気合が入ります。

しかし、会社で「売り上げ目標は……」などとやっているわけではありませんから、あんまりそれをやりすぎますと、その中身の「愛や真心」「献身」「祈り」という、中身の内なる霊界が乱れてきます。

反対に、具体的なスコアにしないまま、中身だけを考えていると、「愛と真心があればいい」「気持ちが清らかであればいい」ということになり、たらたらと緩んでしまい、引き締まりません。結局、両方必要なのです。

ですから、抽象的な「神人合一の道」という大前提と、「愛と真心を持って進んでいくことで、徳を積み、御魂を磨き、向上する」という一つの本質的な目標があるわけですが、それをしっかりとさせるためには、具体的な目標が要るわけです。

それが、人形・形代の枚数であったり、タマガキ会員の人数であったり、青山塾生の人数であったり、ご神事の参加人数だったり、タマガキ総会の参加人数であったり、弥栄の儀に一ヶ月で何人来たのかという人数であったりします。

これをしっかりと記録にとっておいて、折れ線グラフや棒グラフにして、「気持ちが緩んでいなかったか」「愛が足りなかったんじゃないか」「祈りが弱かったんじゃないか」というように、中身を反省する材料にしていくのです。そうすることで、初めて中身が引き締まり、一丸となれるわけです。

アイデアや知恵を引き出すためには

スコアにできるものは、全部スコアにしていく。そうすると、そのスコアをみんなが見て、「人数が伸びたね」「今回はやったね」というように、はっきりとわかるのですが、そうしていかないとどうなっているのかわかりません。

「今回はこれだけやったから、これだけ成果が出た」という場合、それが去年よりもよかったのか、先月よりもよかったのかということがわかるようにします。

たとえば、タマガキ会員の総数が何人で、毎回の総会に何人来るのか。何パーセントの人が来て、何パーセントの人が来ないのかということをスコアにすることで、「それじゃ、どうしたら全員が来てくれるようになるのか」と考えるようになります。

全体で何人いて、そのうち何人が来ているのかという数値を見たら、「その数値を上げるためにどうしたらいいか」というように頭をひねりますから、アイデアや知恵が出てきます。そうしないと、あれよあれよという間に、お互いが緩んでしまいますから、知恵も出てきません。

タマガキ会の総人数、総会やミーティングでの出席人数、神事の参加人数など、具体的なスコアにして、「前回と比べて何人減ったのか、増えたのか」をみていく。

そして、減ったのであれば、「原因はどこだろうか」と考える。「時間設定が悪かったんじゃないか」「場所が悪かったんじゃないか」「案内文に魅力がなかったんじゃないだろうか」「前回、嫌な感じのまま帰したからじゃないだろうか」というように、そのスコアが出てくることによって、反省が出てきます。

とにかくスコアにできるものは、すべてスコアにしていくということが大切です。そして、先月の数値や去年の数値と比較するために、折れ線グラフや棒グラフにします。みんなでその数値を見て、その数値の意味する奥の中身を考えるわけです。

そのとき、先ほど申し上げた「神人合一の道」「愛と真心」「英知、努力、精進」というところに戻って反省をします。

数値のための数値、スコアのためのスコアではいけませんが、それがないと一つ一つが明確にならないため、中身が甘くなってしまいます。

このように、全国すべての支部で「全部スコアリングをしていく」運動をしてほしいわけです。それは、数値を折れ線グラフや棒グラフ、円グラフにしていき、「はい」と答えた人が何パーセントという形で、タマガキ会員や一般会貝のアンケートの中にこんなものがありましたということがわかるための、何でもスコアにしていくというゲームです。

私たちは、「神様ゲーム」をしているわけです。そのゲームの中で楽しみながら、充実感を味わい、御魂磨きをしているのです。それには、やはりスコアにしていかないと、ゲームはおもしろくありませんし、技が冴えなくなります。

「数値を口に出してお祈りする

意外にも、このスコアにして明確化するということは重要です。弥栄の儀のときや、皆さんがご祈願するとき、または団体参拝するときに、そのスコアを口に出して神様にお祈りするようにしてください。

たとえば、三面大黒天さまには、「先月は○○人、去年は〇〇人の方にご参加いただき、□□人の方が人形・形心を××を××枚お書きになりました。

これもひとえに、三面大黒天さんが人から人へと行き渡り、お働きくださったお蔭でございます。今年は去年にいやまさるお働きをお願いいたします」とお願いします。三面大黒天さまは、人形・形代の神様ですから。

また、蔵王権現さまには、「蔵王権現さんが動かれたお蔭で、去年はこうでございました。今年はここまで肉薄しておりますけれども、去年に比べてこれだけ足りません。

どうぞ私たちの目標を達成するために、蔵王権現さん、お力添えをぜひお願いします」とお願いすると、蔵王権現さまも、そのとおり、びしっと動いてくださいます。

また、三宝荒神さまにも、「三宝荒神さん、たらたらとして、なかなか引き締まりませんけれども、財政も、何とかいくらいくら足りないのを、いくらいくらぐらいにしていただければ…。

もっとしていただければもっとありがたいですが、それではずうずうしいので、少なくともこれだけをお願いいたします」と、スコアを具体的に口に出します。そうすると、三宝荒神さまも「よしっ」ということで、その数値に合わせて、ばーんとやってくださいます。

三宝荒神、蔵王権現、三面大黒天というように、現実界に近いところで動いてくださる神様や仏様には、具体的にスコアを口に出し、お願いをしたり、反省をしたりします。

そして、「たとえばこれぐらい」というように口に出して言うと、そのように動いてくださいます。それは自分の意思と想念が具体化するからです。支部の人たちが、そのように具体的に言うことで、神様も具体的に動いてくださいます。これも神様の動かし方の訓練です。

おもしろいもので、そのように具体的にお祈りしたときと、抽象的に感謝して、お願いしたときでは、神様の動きが全然違います。人間も、スコアを見て、引き締まったり、頑張ったりしてやれるのと同じように、仏様もそうなのです。

これは、こちらが極まるから、あちらも極まるわけですが、会社経営の中や、会の運営の中で、私が長年にわたり何回も体験してきたことです。皆さんもやってみたらわかります。本当に全然違います。三宝荒神さまも三面大黒天さまも、おもしろいようによく動いてくださいます。ですから、私はいつも感謝しています。

神様は具体的にお願いすれば具体的に動かれる

産土の神様も同じです。神社の神様や「弥栄の儀」でも、そのように具体的にお祈りしていくと、神様も具体的に動かれるのです。

皆さんの先輩でも、これを体験した人がいます。

たとえば、Aさんは、会社を経営しながら支部をやっているのですが、忙しいものですから、「三十代前半くらいの男性が三、四人来てくれないと支部もやっていけないな」と思っていたそうです。

そこで、弥栄の儀のときに、「三十代前半ぐらいの若い男性が来て、なんとか支部を盛り上げていただきますように」と、毎日お祈りしました。

そうやって具体的に「三十代前半の男性」が「三人」というように、スコアにしてお祈りしたら、本当に、二~三週間して、三十代前半の男性がぴたり三人、ばたばたと支部に来て入会し、タマガキ会に入りました。

Bさんも、書道の先生で主婦の方ですが、ご奉仕してくださる人がなかなか集まらないので、一生懸命お願いしました。

「お手伝いしてくださる人が、六人ぐらい足りません」と言ってお願いしていたら、やはり、ぴたり六人が来たのです。

ここには生ける神様が降りています。ですから、支部を開くときでも、ご奉仕の人が必要なときでも、自分たちがお願いしたように、必要な数の分だけ、ぴったりと神様が用意してくださいます。

私たちが体験した「数値ぴったりの奇跡」というのは、当たり前というと神さまに失礼ですが、きら星のごとくあります。

先日の阿波踊りのご神業のときでも、本番前日に私が釣り上げたアジの数が百十九匹だったのですが、次の日の本番で阿波踊りを踊った人を数えてみると、ぴったり百十九人でした。

それは揃えた法被の数が百十九着だったのでわかったのですが、アジを釣っているときには、何人分の法被を用意しているの私も知りませんでした。本番で踊る人の数を、自分で釣った魚の数で証するなんていう器用な霊能者がいますか。そんな教祖さんはいませんよ。

そのときは、サバも釣ったのですが、そちらは八十八匹でした。最初は、八十七匹だったのですが、口の中から小さいのが一匹出てきまして、八十八匹になりました。これは、四国八十八カ所の札所と同じ数です。

四国八十八カ所の札所は、阿波の鳴門のところから一番の札所が始まります。だから、八十八匹なのです。

普通は、そんな「百十九匹」や「八十八匹」という半端な数を釣るのは、難しいことだと思います。それが、鳴門の神様によーくお祈りしてから釣りましたから、ぴったりと同じ数が釣れたのです。もちろん、揃えてやろうと思いながら釣っていたわけではありません。たまたま後で数えたら、数がぴったりと合っていたから驚いたわけです。器用なものです。

先日、Aさんの場合もそうでしたし、Bさんの場合もそうだったように、ご神前で神様に「これぐらいの年齢の人が何人ぐらい」とお願いすると、そのとおり、ぴたりと来ます。

「神様は、願わないものは絶対に動かない」というお話をしましたが、同じように「具体的にスコアにして神様にお祈りしたことは、そのとおりに来る」というのも、神を動かす極意の一つです。

ですから、スコアにしていくということです。そのスコアが伸びたのなら、それを感謝して、「来月度の目標は何人ぐらいです」と言えば、そのとおりに動いてくれます。

「タマガキ会員の数」「青山塾生の数」「集合したり会合をしたときの参加人数」「人形・形代の枚数」などをスコアリングして、棒グラフや折れ線グラフ、円形グラフにしていく。そして、一丸となって祈るときや、個々人で祈るときに、スコアを口にして具体的に祈るのです。

私が定例講演神業でお取り次ぎをしたり、お祈りをする場合でも、そのときの参加人数を必ず教えてもらいます。お祈りするときに「ここにおりまする何千何百何十何人の方々に・・・・・・」というように、その会場に来ている参加人数を必ず言うのです。

そうすると、そこにいる何千何百何十何人すべてにいきます。そうやって、必ず数を掌握し、そのスコアを神様へのお祈りの中に入れてお取り次ぎしますから、全員にぴたっといくわけです。このように数霊というものは不思議なものです。

そういう意味で、スコアにしていくという運動をしていただきたいと思います。スコアにできるものは、なるべくすべてスコアにしていくことです。その地域にいる一般会員さんでもそうです。言い忘れましたが、タマガキ会だけではなく、その地域に何人の会員さんがいるのかということも数値にしてください。

そして、その人数を見たら、「先月は○○人でしたが、来月には、また会員さんが増えますように来た会員さんがやめないで、納得し、感動し、誇りを持ってご神業をやっていただけますように」と具体的にお祈りをします。新しい会員さんが来たら感謝し、次にまた目標を設定してお願いすると、そのようになります。

重要なところですから、三つ目のポイントをまとめますと、

・なるべくスコアにできるものは全部スコアにして、祈りの中に入れていく。

・感謝から入っていって、次に向けて具体的な数値をあげてお願いをする。

・その数値から伸びない原因を反省したり、伸びた原因を考え、知恵を絞る。

・その数値を見ていくときには、「神人合一の道の中で、愛と真心を尽くし、知恵を磨き、精進努力する」という目に見えない世界の本質的目標に、いつも立ち返って考える。

このようにすると、「スコア、スコア」といって執着心と執念がぎらぎらとするということもなく、スカッとしているわけです。

「愛と真心でいく」ということも大切ですが、「スコアにして明確化していく」ということもなければ、本当の正しい意味での進歩になっていません。簡単なことなのですが、それができているところと、できていないところでは、活動の中身においても、伸び率においても随分と違ってきます。

伊勢の神事に向けて、もう少ししかありませんが、皆さんしっかりと、それぞれの支部で頑張っていただきたいと思います。

今、各地方のブロックで、タマガキ会員だけが集まってやる企画を進めています。そこでは、みんなの前で、「国宝スピーチ」をずっとしていただこうと思っています。

「自分はこういう証を得ました」というプロセスをお話しすれば、それを聞いて、みんなが感動します。証を得るまでのプロセスをお話しするだけで、一つのスピーチになります。その会合には、「証を得た人がいたら「来ませんか」と言って集まってもらい、なるべくそういう話をしていただく。

伝教大師の「山家学生式」の中で、「道心ありて、よくこれを語り、よくこれを実践する人」が、「国宝」、国の宝物なんだと。そして「一隅を照らす」という言葉があるように、「国宝」こそが、国や社会の中において、「一隅を照らす人」になるのです。そのためにも、やはり訓練が大事です。

魅力があり、なるほどというお話ができる人が、一人でも多くタマガキ会(現・エンゼル会)や青山塾から出てくれば、たくさんの会員さんに感動と喜びを与えることができますね。

今日は、最初に「国宝スピーチ」の話から入りましたが、それができるようになるためには、訓練や練習、長年の錬磨が要ります。

そうやって人を感動させた分だけ、その人にとっても、全部、徳分になります。

「積極的に人を育てていく」

「積極的に人の魂と心の扉を開いていこう」というように燃えていくと、本当に楽しいですよ。そういう苦の中での楽しみというものは、本当の楽しみです。私はいつもそうしています。

以上の三つのポイントと、「国宝スピーチ」の勧めということで、今日のお話は終わりにしたいと思います。