熱田神宮について 「神社で奇跡の開運」深見東州著より
意志と勇気をふるい立たせる戦勝の神
名古屋市の中心部、JR東海道本線熱田駅から少し歩くと、鬱蒼と生い茂る常緑広葉樹に囲まれた熱田神宮がある。本宮拝殿は、直線で構成された神明造り。境内には樹齢千年を超す楠の巨木がある。
神宮の祭神は熱田大神と呼ばれるが、これは、三種の神器、草薙神剣を御霊代とする天照大御神のことと考えてよい。
この草薙神剣は、日本の神代史において実に大きな意味を持っているので詳述しておこう。
草薙神剣は、素盞鳴尊の手によって、八岐大蛇の体内から取り出された。素盞嗚尊は、この剣を高天原の天照大御神に献上し、天叢雲剣と命名された。
その後、瓊瓊杵尊が、天孫降臨の際、天照大御神から授けられたこの神剣は、その後草葺不合尊の手を経て、神武天皇に渡り、三種の神器の一つとして宮中に祀られていた。
第十代崇神天皇は、皇女、豊鋤入姫を代理として立て、三種の神器のうち、剣と鏡を大和の笠縫に移して祀ることにした。
さらに垂仁天皇の代に、倭姫命が伊勢の五十鈴川の上流にそれらを移した。この地が伊勢神宮である。
景行天皇の御世に、日本武尊が東征するが、伊勢神宮に参拝した時、叔母である倭姫命が神剣を授けた。日本武尊は、駿河国で敵に襲われ、周辺の野に火をつけられて危機に陥った。そこで、神剣で草をなで切り、火を逆に返して難を逃れ、ついに戦いに勝つことができたのである。
これにちなんで、神剣は草薙神剣と呼ばれるようになった。
東国を征し、日本武尊は、尾張の国で宮簀媛と結婚し、この地にとどまりつつ、周辺を平定していた。そんなある時、伊吹山の神と戦うことになった。だが、日本武尊は、「いかなる時にも剣を離すな」という倭姫命の言葉を忘れ、宮簀媛に剣を預けたまま出陣した。
山中にかかると、突然、白い猪が現れ、それが伊吹山の祭神なのであったが、ご眷属だと審神の誤りをしたために、日本武尊に毒気を吹きかけた。戦いは日本武尊の勝利に終わったが、毒気に当てられた彼は間もなく亡くなってしまう。
天皇は皇子の死を嘆き悲しまれ、社を建て、その魂を鎮め、尾張氏をして、これを祀らしめた。これが熱田神宮の創始である。
時代は下がって天智天皇の御世(六六八年)、新羅の僧・道行が草薙神剣を盗み、逃亡したが、難波の浜で捕まり、剣は再び天皇のもとに返された。しかし、天皇が崩御された時、「神剣のたたりのためである」という神託が下り、天武天皇が剣を熱田神宮に再び奉納し、現在に到っている。
さて、熱田神宮は、昔から「大宮」「大神宮」「皇大神宮」と呼ばれていたが、伊勢神宮とともに、正式に神宮の号が下されたのは明治元年のことである。
熱田神宮を深く崇敬したのは、室町時代の将軍足利尊氏であり、また織田信長も永禄三年桶狭間合戦の折り、戦勝祈願をした。
この時、信長は一枚の銭を取り出し、
「表が出れば勝利、裏が出れば負け」と、部下たちに語りながら投げ上げた。地に落ちた銭は見事に表を上にしていたため、軍勢の意気は大いに上がったといわれるが、これは、簡単なトリックで、銭は両面とも表になるように貼り合わせてあっただけである。
それはともかく、無信仰の猛将として名高い信長ですら、「絶体絶命になった時には、熱田神宮の御加護を受けるしかない」と、この時ばかりは思ったのだろう。
つまり、剣の神は戦勝の神であるとともに、意志と勇気の神でもあるのだ。というのも、熱田神宮は、一般には「ゴタゴタしたことをスパッと解決した「い時」に行けばよい神社だからである。また、最後のドン詰まりに踏ん張って、強い意志力で天照大御神の光明を照らすことにより、本体を救うという働きがある。
戦さでも、しんがりを務めるのは難しいとされている。特に、味方が負けて引き揚げて行く時が、最も難しいとされ、余程力量がある武将でないと務まらないといわれている。
熱田神宮の影響下にある尾張出身のサルこと豊臣秀吉は、いつもこのしんがりを見事に務め、味方を安全に逃がしたのである。それで、天照らす太閤様になったのだ。
日本国の国政をはじめ、私たちも、大変な状況でしんがり的な役割を果たさなければならない時には、熱田の大神が、剣の意志力とねばり、そして周囲を従わしめる天照大御神の光明と御稜威を与えてくださるのである。
第一章 熱田と尾張の霊的解義 ~尾張名古屋しゃちほこセミナーより 平成3年3月2日~
熱田の霊的解義
「天叢雲剣」のあるこの名古屋の地は、霊的にいうと熱田と尾張と両方の意味があります。
まず熱田の意味を説明しますと、熱田は文字どおり熱いということですが、「田」というのは丸に十(
)と書きます。この(まるじゅう)という記号は、縦と横、陰と陽の働きを表し、縦と横がクロスするところが菊理姫様の働きで、チョン
です。
縦の働きと横の働き。これは火と水、天と地、陽と陰、男と女の関係を表します。
そして、真ん中のチョンは陽であるし陰でもあると同時に、でもなければ陰でもない。つまり、働きがないという働きでありまして、このチョン
を中心に綴と横が回り始めると卍になり、さらに回転すると(まるじゅう)、すなわち、「田」になります。
この「田」の神様というのは、実は菊理姫様のことなのです。田んぼから穫れるのは何かといえば、お米です。その「米」という字は陰と陽の働きを意味しておりまして、菊理姫様はお米によって、日本人の肉体と魂に力を与えてくださっているのです。
不思議なことにメソポタミアでは、この「米」の字にそっくりな古代文字が神を表しています。それを考え合わせても、「米」という字は非常に意味の深い、神霊界からの記号ということができます。
そのように、「田」という一字を取り上げてもとても深い内容があるのですが、熱田という地名の言霊解義に話を戻しますと、熱田の「あ」は、熱海の「あ」と同じで「天」。それから「開く」という意味と「閉じる」という意味があります。
「つ」は「凝結する」とか「津」、それから「つづまる」すなわち「要約する」という意味があります。あるいはまた、「通じる」という意味もあります。
「た」は、「高い」「貴い」「尊い」の「た」でありまして、熱田とは要するに、天なるものが開いて、それを凝結させて尊いものにする、という意味があるわけです。熱田神宮に納められている剣は何かと言いますと、天叢雲剣です。
天叢雲剣が熱田神宮のご神体なのですが、熱田神宮のご祭神は天照大御神の荒魂だと言われています。つまり、天照大御神の荒魂を映して光っているのが天叢雲剣であって、天照大御神の荒魂、天なるものをグーッと凝結させて高いもの、尊いものとしている。これが熱田の神様なのです。
白山菊理姫様の働きによって、大荒れに荒れたあのリクルート事件の一番最後に出てきたのは、熱田の守護なる海部俊樹さんでした。その「海部」の意味を解義すればいくらでもできますが、「海」は、ものごとを解いていく「解」がそうです。
また、「貝」の意味もありますし、「会」の意味もあります。「貝」というのは経済のことです。「会」は結びつける。「部」は二の働き。あるいは布教の「ふ」、吹き上げるの「ふ」、「富楼那の弁」の「ふ」で、バーッと吹き上げながら分析していく。要するに、剣と財政を合わせるわけです。
「海部」という音を聞いただけで、これだけの意味が読み取れます。
その海部さんが、尾張の熱田神宮の働きによって、リクルート事件の一番どん詰まりのときに出てきて自民党が立て直されていったように、この名古屋の地というのは、一番最後の終わりだから尾張というわけです。
何か語呂合わせのように聞こえるかもしれませんが、「言霊解」というのはその文字を見た瞬間、言葉を聞いた瞬間にパッと神様から教えられるものなのです。神霊界というのはそういう存在で、いちいち「それはどういう意味ですか。なぜですか」などとは言わない。
文字を見、姿を見、景色を見たその瞬間に意味するもパッとキャッチする。一瞬のうちに十二十、三十の情報や、咀嚼するものをパッとキャッチするというか、自然に流れ込んでくる。つまり、直覚力です。直覚力というのは直、パッとわかるのであって、いちいち頭で考えたり論理でわかるものではありません。
見た瞬間、聞いた瞬間に意味するものを理解する。これが正しい言霊解なのであって、言霊学ばかり勉強していても言霊を使いこなせるようにはなりません。
言葉はすべて、肯定と否定と両方の意味を内包しております。肯定か否定か。それは、そのときそのときの音の働きの神様に教えていただく。それが一番正しいのであって、言霊の神霊的な解義というのは、こういうものをいうのです。
繰り返しますが、熱田神宮の天叢雲剣というものは天照大御神の荒魂を映す剣であって、天が開き、それを凝結して、素晴らしいものにしていく。そういう「天叢「雲剣の働き」が、日本の国における「熱田の働き」であるわけです。
熱海というのは教えを布教していく。熱田は、そうして布教されたものを最後の踏ん張りどころで締めくくる。だから尾張なのです。
>歴史が証明する「熱田の働き」
もう一つ申し上げておきますと、「ものすごく素晴らしい御魂がこの尾張の地から出てくる、日蓮上人の御魂が出てくるんだ」と、何年も前から神様がおっしゃっておりました。きっと、日蓮上人のような働きをする人が出てくる、ということなのでしょう。
日蓮上人は千葉の小湊で生まれました。鎌倉時代は雨後のたけのこのようにいくつもの宗教が生まれた時代ですが、鎌倉時代の一番最後に出てきたのが日蓮です。
本武尊は叔母さんからもらった剣で草を払い、火打ち石で火をして迎え火を焚いたところ、風が吹いてねじ返したという話があります。
そこから、天叢雲剣は草薙剣と呼ばれるようになり、そこを焼津と言うようになったといわれておりますが、草薙の「くさ」というのは汚らわしいという意味ですから、汚れを祓うというふうにも考えられます。漢字で草薙とはなっていますが、汚らわしいものをパッと打ち払う。
そう考えてもいいでしょう。その剣を持って本武尊は東征に行ったわけです。
これに対して「日本書紀」では、日本武尊は西国を平定したあとで非常にくたびれておりますから、東征の命はお兄さんにしていただきたいと言った。
ところがそのお兄さん、蝦夷が怖いからと恐れて逃げてきてしまったものだから、景行天皇がお困りになる様子を見て、「私はくたびれておりますけれども、天皇様の命を奉じ東北におります蝦夷を平定して、皇国の命運と天皇様の威光を改めて輝かせたいと思います」と東征に出かけて行った、となっています。
いじめられて行ったのか、自らすすんで行ったのかの差なのですけれど、その他の点では共通項がたくさんあります。
そうして、日本武尊が東征を無事に終えまして、陸奥の国の金華山や仙台を本拠地にしていた蝦夷を平定して、それから神の国・飛騨高山へ行って戦わずして降伏させ、さらに秩父のほうに降りてきて、大和にお帰りになる時に尾張の地にいらっしゃった。
そして、宮簀媛というお姫様と結婚して、伊吹山の賊を退治しに行こうと思ったのですが、その時、倭姫が「日本武尊よ、慎みてゆめゆめ怠るなかれ」と注意をした。慎みて怠ることなかれと励ましたわけです。
しかし、結局、ちょっと油断をしてしまった。宮簀媛にボーッとしてしまったのかどうか知りませんが、剣を持っていくのを忘れてしまったのです。
剣がなくても大丈夫だ、伊吹山の神様なんかどうってことないと思って出かけていくと、白い猪が出てきました。それを見た日本武尊は、「あっ、これは伊吹山の「神の眷属だ」と審神したのですけれど、実際には、眷属ではなくご祭神だった。
剣を持って行かずに、その審神を間違えたから、伊吹山の毒気に当てられてしまい、その後、病没したのです。
その後、宮簀媛が日本武尊のことを偲んで、「あとに残されたこの剣をどうしようか」ということで、熱田神宮のご神体としてお祀りしたのが熱田神宮の天叢雲剣です。草薙剣、すなわち天叢雲剣が熱田神宮のご神体です。
世界に見られる熱田神宮の働き
そのように熱田の働きを中心にして、白山菊理姫様の大きな仕組が進んでいるわけです。
先ほどお話しした海部さんもその一つです。リクルート事件の締めくくりをした海部さん。その海部さんは白山様の祓いの働きを受けて、草津罪の一番の締めくくりをした。臭いものをなぎ倒していくという草薙の剣の働きで、自民党政権を最後の最後に支えたわけです。
次に、世界の政治を見てみますと、白山菊理姫様の世界的な働きで東欧諸国が瓦解いたしました。そのとき、何が出てきたかというと、日本では江副さんのリクルートが出てきましたが、世界ではフセインが出てきました。
フセインって面白いですね。「伏陰」、陰が伏せっている、と。「フセイン」と聞いたら「伏陰」かと思います。その陰から陽が出てくる。フセインを倒すことによって、ずっと伏せていた陰から陽が出てくる。
フセインは江副さんのリクルートみたいなものです。リクルート、すなわち「利狂人」(笑)。皆さん、笑うかもしれません。深見先生は、こじつけがうまいと言うかもしれません。けれど、フセインは要するにクウェートの油田の権利が欲しかったわけですから、フセインも利狂人です。
そのフセインが出てきたのは、油断していたからです。東欧諸国が瓦解し、戦後四十年の冷戦状態が終結して非常にハッピーな気分になっているところにフセイン、伏せっていた陰がワーッと出てきた。
けれど、そのフセインが倒されることによって陰から陽が出てきて、もうこんなことがないようにと、新しい世界の秩序づくりが始まります。
一度戦争が起こると、何百億、何千億という大変な出費を伴いますから、ソ連(当時)もアメリカも、「もうこんなことがないように、世界の秩序をちゃんと守らなくてはいけませんね」と動き始めるわけです。
あんなことはもうやめよう、フセインの陰が終わったのだから、これからは新し世界の秩序をつくっていかなければならない。
そういうふうに、世界の指導者たちが認識を新たにし、ちょうど海部さんが出てきて自民党が立て直されたのと同じように、世界秩序の立て替え立て直しが行われるようになります。
熱田の働きが世界中に出てきて、新しい秩序づくりに向けて真剣に取り組み始め、やがては世界連邦政府が樹立されます。
こういうふうに神様が仕組をしておられるわけでありまして、今回の湾岸戦争はそのための布石の一つと考えていいでしょう。
あの戦争がなかったら、緊張緩和の温かいほんわかムードの中にあるものの、お互いがわがままをああだこうだと言い続けていたはずです。湾岸戦争という一つの教材を通して、世界が一つになる方向に動き始めたわけです。
一つまた一つと、着実に神様の仕組は進んでいます。いっぺんにはやってきません。
お互い、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返しながら軍備を撤廃し、核兵器を全廃して世界連邦政府にしていきましょうよ、というふうになっていきます。
私が「大除霊」の中で、戦後世界の共産党や社会主義がどうなっていくのかということをちょっと予言的に書きましたが、あのようになっていきます。
「水ももらさぬ神仕組」、「神の申したことは、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横幅はども間違いは無いぞよ」という言葉が出口ナオ(大本教の開祖)の「お筆先」にもありますが、毛筋の横幅ほども違わないくらい、世界中の国々が反省し、試行錯誤を繰り返しながら世界連邦政府の樹立に向けて進んでいきます。
今日、このセミナーに参加された方はそんなに多くはありませんが、この尾張の地でご神業をするということが神霊界の大きな仕組の中で必要不可欠な大事な要素なんだ、ということを知っていただきたいと思います。
これが、熱田の神霊的な意義です。白山菊理姫様が表に出られたあとの国内の仕組と国外の仕組は関連しております。日本で起きたことが雛形となって世界に出ていきます。即、出ていきます。そんなに何年もかかりません。
いかにこの名古屋という場所、尾張というところが大事なのかということを、皆さん、ご理解いただきたい。だからこそ、尾張に支部をつくったのです。
つくったと言っても、人為的につくったわけではありません。神様が仕組んでおられることであっても、天の時と支部をつくりたいという人の和がピタッと揃わなければできません。人為の努力も必要ですが、天と地とのピタッと来る呼吸がいるわけです。
尾張の地と火之迦具土神との関係
以上が、白山の仕組と熱田の関係ですが、愛知県とか岐阜県とか、このあたりには「古事記」でいうとどういう神様がいるのかと申しますと、火之迦具土神様がいらっしゃいます。
伊邪那岐と伊邪那美の神様が神産みと国産みをしました。それは皆さんご存じですね。神産みと国産みをしたとき、一番最後にお産みになったのがこの火之迦具土神様なのです。
火之迦具土神様をお産みになったとき、伊邪那美大神様のホトが… ホトというのは表現しにくいような場所でございまして、どういうふうに表現していいのかホトホト困ってしまうというところからホトと呼ばれるようになったのではないかと思いますが(笑)、要するに赤ちゃんが生まれてくるところです。
「古事記」には、伊邪那美大神様が火之迦具土神様をお産みになったときにホトを火傷してお亡くなりになった、とあります。
伊邪那岐大神様と伊邪那美大神様は男神様と女神様、陰と陽です。この陰と陽が神産み国産みをした。
伊邪那岐、伊邪那美というのは「古事記」に書かれている神様であると同時に、宇宙空間の陰と陽の働きのことも言っておりますし、人間の体の体内のことも言っておりますし、世界の歴史がそういうふうになっていくという神霊界のテキストでもありますし、その映像フィルムでもあります。
それに合わせて光が当たって映像が映し出される。そのフィルムの公式が「古事記」に書かれているのです。
『古事記』の正しい読み方
「古事記」の読み方について触れますと、「古事記」に書かれている内容を、文学的あるいは歴史物語的にとらえると、これはもう神霊書としての「古事記」の読み方を外してしまいます。そうではなく、祝詞をあげて、ただわけもなく音読する。
これが「古事記」の正しい読み方です。
神霊界というのは、「古事記」に書かれているような、ああいう物語、ストーリーどおりなのです。ホトが焼けて、それから剣の先から滴り落ちた血が神様になったとか、あるいは目から神様が出てきたとか、そういうことは現実界ではあり得ないことです。しかし、神霊界では真実なのです。
夢の中の世界というのはそうでしょう。手がちょっとでかくなって化け物になったとか、隣にいるワンちゃんが人間の姿になって吠えたとか、夢の中ではよくあります。そういう夢の中の世界が神霊界の真実なのです。
現実界に住んでいる私たちは、「そんな夢みたいなこと」と言います。しかし、夢の中の方たちからすれば、「そんなこの世みたいなこと」となるわけで(笑)、神霊界では「古事記」に書いてあるような世界が真実なのです。
だから、この世的な時間と空間がすべてだと思い、理屈でしか考えない人は、「古事記」を読んでもきっとわからないでしょう。霊的なことは霊的なこととして受け取って初めて、意味が通じる世界なのです。
たとえば、童話とか詩なんかそうですね。
「君の涙は、宇宙の恵みを水滴にしたような輝かしい涙だね」
「そういうあなたの鼻は、七味唐辛子の天狗さんの鼻を少し低くしたみたいな鼻ですね」
文学的表現というのは全部、これです。ポエムなどは、とくにそうです。
「理想の鼻は何センチ。君の鼻はグッド、合格」というような物理的、科学的にいうものではありません。
「君一人を得るということは、あの銀河系宇宙を得たようなものだ」
「あなたと一緒にいるということは、アンドロメダ銀河を得たようなものでございますわ」
これなら恋のロマンスが始まりますが、「あなたと一緒になるということは、籍を入れるということだわ。籍を入れるということは実印がいるんだわ」(笑)
いったい、どこに恋が芽生えますか。恋人同士にとっては、情感がわきたつような童話とか「古事記」の中の世界が真実です。
詩の世界とか童話の世界、子どもたちが見ている世界が神霊界の真実なのです。
御魂の世界というのはそういう世界です。だから、「古事記」の世界こそが神の世界の真実なる出方なのです。
火之迦具土神をビシッと押さえる天叢雲剣
それはともかく、この尾張には火之迦具土神様がいらっしゃいます。
火之迦具土をお産みになってから伊邪那美大神がお亡くなりになった。
そして、伊邪那岐大神が「ああ、たった一人の子どもを産んだために、大事なお前を死なせてしまうことになるとは思わなかった。息子とはいえ、許せん」と言って、伊邪那岐大神様は火之迦具土神様を刀で斬った。
その刀を「十束剣」といいますが、伊邪那岐大神様は十束剣で火之迦具土神様をズバッと斬って殺したのです。
そうしましたら、剣の先から血がポタポタと滴って八つの神様が出ていらっしゃった。それで、この十束剣のことを別名、「天之尾羽張」というわけです。あるいは「厳之尾羽張」ともいいます。名前が変わると働きも変わってきますが、天之尾羽張、厳之尾羽張から出てきた地名が、尾張です。
それが雛形となって、あとで日本武尊の段になってきたとき、熱田神宮に天叢雲剣、つまり草薙剣を置き、ここにおりまする火之迦具土神様をバシッと押さえる、ということになるのです。
剣がある間は火之迦具土が押さえられておりますが、剣を取ってしまうと「火之迦具土だあ!」と出てきます。火之迦具土が出てきたら、日本中、いたるところで争いが起きてくるでしょう。
そうならないのは、熱田神宮の天叢雲剣が火之迦具土神様をビシッと押さえてくれているおかげでありますけれど、天叢雲剣の元は何かというと天之尾羽張、十東剣です。
伊邪那美大神が最後に産んだ火之迦具土を「ああ、たった一人の子どものために、お前を死なせてしまうとは思わなかった」ということで伊邪那岐大神が十東剣で成敗した。その成敗したのが天之尾羽張、十束剣。これが熱田神宮の天叢雲剣の元になっているわけです。
火之迦具土神は戦争の神
いま申し上げたことは、「古事記」に出てくる物語でありますが、「ああ、そうなあ、火之迦具土神様なのかあ」というふうに受け止めたら、単なる物語で終わってしまいます。それが、どういうふうな意味があるのかということを、よく見なければいけません。
「古事記」には、火之迦具土神様によってホトが焼けて伊邪那美大神様が死んだということが書かれていますけれど、では、いったい、この火之迦具土とは何か?実は、火之迦具土というのは戦争の神様なのです。
この近くには、天下分け目の合戦が行われた関ヶ原があります。しかし、天下分け目の戦いというのは昔から数えて十一回ぐらい行われています。ちょうど関東と関西の中間地帯、日本の真ん中に位置する関係で、この近くではしょっちゅう戦争がありました。
火之迦具土は、その戦争という意味なのです。
戦争によって伊邪那美大神様がお亡くなりになった。神なるものが死んでしまった。女性的でやさしくて、繊細な伊邪那美大神様。神を産み、国を産んでいく、素晴らしい神なるものが火之迦具土によって殺されてしまった。
剣であったり棒であったり、あるいは刀であったり槍であったりする火之迦具土が出てきたことによって、神なるものが死んでしまった。
その戦争というものを、「何だ、お前のために大切な神なるものが死んでしまったではないか!」ということで、伊邪那岐大神が十束剣で「エイッ!」と殺し、その剣から血が滴り落ちてきて、また神様が出てくる。こういうふうに考えるのが正しい「古事記」の読み方です。
叡智、文明を司る金山毘古、金山毘売
とにかく、戦争があったがために新しい文化というものが生まれてきたということを意味しているわけなのですが「古事記」をよく読んでみますと、伊邪那美大神が火之迦具土神を産んだことによってホトを焼き、思いの床についているときに苦しんで、もどし吐かれたものの中からも、金山毘古と金山毘売という神様が生まれています。
その金山毘古、金山毘売は、この近くにある南宮大社(岐阜県)の主祭神です。
金山毘古と金山毘売を祀っている一番有名な神社がこのすぐ近くにあります。金山毘古と金山毘売は鉱山の神様といわれているのですけれど、要するに金山という意味であります。
実際、南宮大社は刃物の神様として有名です。日本全国の刀鍛冶とか研師とか包丁メーカーの多くが南宮大社に寄進をしたり、ご祈願をしたりしています。
金山毘古、金山毘売は黄金を司る神様であり、包丁の神様ですが、包丁の神様であるということは、要するに武器の神様ということです。武器であり刃物であります。
ところで、役小角が開いた吉野に行くと、大峰山系の一つである金峯山があります。「きんぷさん」あるいは「きんぷせん」と読みますけれど、ここに役小角が道場を開きまして、蔵王権現が出てきた。
ですから、日本の蔵王権現は金峯山にあるわけですが、金峯山の金とは何かというと金山毘古、金山毘売なのでありまして、役小角が大峰山系の金峯山に蔵王権現をお祀りし、そこを修験道の道場にしていたわけです。
この金峯山の主祭神は何かというと、金山毘古、金山毘売です。これはみんな金龍神さんです。金龍神でありながら、武器、弾薬のことを司っています。
先にも言いましたように、金山毘古と金山毘売は火之迦具土のあとに出てきた神様です。伊邪那美大神様が火之迦具土神を産んでホトを焼き、病の床に臥せっているときに出てきたのが金山毘古と金山毘売なのです。
この金山毘古と金山毘売。この神様は刃物の神様であるとか、蔵王権現に化身す金龍神であるとかいわれていますけれど、実は智恵の神様なのです。
これはどういうことを意味しているかといいますと、火之迦具土神に象徴される戦争というものをバーッと断ち切ったのですけれども、戦争がなければ武器、弾薬というものは発達しません。
たとえば、私たちが常日ごろ利用している飛行機がありますが、あの飛行機はなぜ発達したのかというと、戦争があったからです。
もちろん、最初は鳥のように空を飛びたいということで、ライト兄弟が飛行機をつくったわけですが、その後、飛行機が飛躍的進歩を遂げたのは第一次世界大戦、第二次世界大戦のときです。
この大きな戦争を契機に飛行機は大きく進歩しています。お互い、生きるか死ぬか、命がけで戦っていますから、一生懸命に改良して、零戦だ、隼だ、グラマンだと、いろいろな飛行機を開発したわけです。
今日、ジャンボだ、コンコルドだという時代になりましたが、それほど技術が進歩したのもみんな戦争のおかげです。おかげといっては何ですが、戦争がなければこれほどまでに交通機関が発達しなかったのは間違いありません。
船もそうです。今の船はみんな、戦艦づくりの技術を応用しています。車もそうです。戦車や装甲車の技術を応用しています。
あるいはまた、通信技術もそうです。みんな戦争の産物です。交通機関、通信機関、土木建築技術。これら文明と呼ばれるものはすべて、戦争の産物として発展してきたわけです。
そして、こういう武器、弾薬をつくる技術を通じて文明を発達させてきた神様が、ほかならぬ金山毘古と金山毘売の神様であったのです。
「古事記」では、この金山毘古と金山毘売が出てきてから、伊邪那岐大神が悲しんで、「ああ、この火之迦具土が生まれたために、大事なお前が死んでしまった。一人の子どものためにお前を死なせてしまうとは思わなかった」と言って殺しています。
金山毘古、金山毘売が生まれてからです。生まれてから、この火之迦具土の首を十束剣、すなわち、「天之尾羽張、厳之尾羽張」でバーッと斬ったわけです。
殺したあと、またいくつかの神様が出てきました。十束剣から滴り落ちた血から出てきた神とか、あるいはまた手についた血から出てきた神など、八つの神が生まれていますが、この八つの神様というのは、戦争というものが終結してから出てくるものを意味しているのです。
そういう神々のなかでも、火之迦具土神を殺す前に出てきた金山毘古、金山毘売というのは、交通機関、通信技術の文明、文化を司る神様です。
文明、文化を司るからこそ金山毘古、金山毘売が、頭脳の神様の蔵王権現になります。
そして、火之迦具土神を終わりにさせた「天之尾羽張」は、意志の力を象徴しているのです。その雛形が熱田神宮になっているわけです。
すべてこの世の営み、人々の営みの歴史の中で出てくるプロセスは、ちゃんと「古事記」の物語の中に、その元の設計図がある。それをどう読むか、それをどう現実界に咀嚼するか。それが霊覚者の真価が問われるところなのです。
六甲に鎮まる「天之尾羽張」
ところで、天叢雲剣は、一応、熱田神宮にありますが、その天叢雲剣の元となっている神霊界の「天之尾羽張」は熱田神宮にあるわけではありません。
火之迦具土は十束剣でバーッと斬られた。そして、斬られた状態のまま身動きできなくなっているのは、熱田神宮に天叢雲剣が置かれているからなのですけれど、天叢雲剣は天叢雲剣であって、天之尾羽張は伊邪那岐大神様がお持ちになっている剣ですから、これはこれとしてまた別のところにあるのです。
この「天之尾羽張」は伊邪那岐大神様が持っていた剣なので、天の剣です。それに対して草薙剣、天叢雲剣というのは素盞鳴尊… 素盞嗚尊というのは天照大御神の弟です。
その素盞鳴尊が出雲の国で八岐大蛇を退治した時、八岐大蛇のしっぽから出てきた剣。それが天叢雲剣です。大蛇のしっぽから出てきた剣で、大蛇のような働きをやったわけです。
植松愛子先生がおっしゃるには、八岐大蛇というのは山の間に住んでいる山賊のことです。つまり、いつも人を襲ったり戦ったりしている輩であります。
その八岐大蛇のしっぽから剣が出てきたということは、山賊のようなどろどろした現実の中から天叢雲剣のような素晴らしい御魂、真実一筋に生きていく御魂が出てくるということを表しています。
だから、天叢雲剣すなわち草薙剣は天の剣ではありません。どちらかというと地の剣です。
では、十束剣の天之尾羽張と厳之尾羽張はどこにあるかというと、神戸の六甲山に納まっております。神霊界で言いますと、神戸は神戸。六甲は六つの甲亀甲の六つの働きが出てくる六甲です。亀の甲羅というのは、こんこんと湧き出てくる地の働きを意味します。
芸速日命様も、神戸の六甲山に降りてまいりました。四條畷のところに降りてきたなどといっている神社があると聞きますが、六甲山に選芸速日命も降臨して、それから奈良の石上へ行っています。
それはともかく、六甲山には「天之尾羽張」、「厳之尾羽張」が鎮まっている。形ある剣が鎮まっているわけではありません。あくまで、神霊界の話です。
「天之尾羽張」と「厳之尾羽張」。先ほども少し説明しましたように、名前が違うと働きが違うわけですが、天之尾羽張は伊邪那岐大神様がお持ちになっている剣です。剣は意志のことであり、働きのことをいっております。
南宮大社になぜ金山毘古があるのか、今日帰ったら、「古事記」の火之迦具土の段をもう一度見てください。普通に読んでいる人にはなかなか理解できませんが、これにはどういうふうな神霊界の意味があり、現実界の神仕組はどうなっていくのか、全部が今日お話ししたとおりになっております。
心眼が開き、神様の道に則って生きている人には、それがわかるはずです。
その土地の霊的解義をするのが最初のセミナー
この尾張のセミナーを、なぜ、「しゃちほこセミナー」と銘打ったのか。
実を申しますと、どこのセミナーでもそうなのですが、どんなテーマの話になるのか、この壇上に立つぎりぎりの瞬間まで私自身にもわからないのです。
この壇に立ったとき、上からスーッと降りてくる神霊の気と、「こういう話が聞きたい」という皆様の気を受けて初めて、その日のテーマが出てくるのですけれど、今、場合は、先ほどもお話ししましたように、湾岸戦争の終結を一途に祈っていたときに、この尾張の地の神霊的な意義というのがパッと浮かんできました。
それで、「あっ、そうか、それをお話しすればワールドメイトにしゃちほこが立つんだな」と直感したので、「しゃちほこセミナー」と銘打ったわけです。
天叢雲剣が出てきた八岐大蛇というのは、このあたりにもいっぱいいたのでしょう。神霊的に見ると、八岐大蛇は文字どおり八つの頭を持っていますが、現実界では山賊です。山の間に住んでいる山賊。山の又に住んでいるから八岐大蛇というわけです。
今日は、尾張とか名古屋の霊的な意義を解説いたしましたので、少し難しかったかもしれません。しかし、いつも難しい話ばかりではありません。冬には冬の神業があり、夏には夏の神業があって、面白いセミナーもいっぱいあります。
難しいばかりでは長続きしませんし、穏やかで面白いばかりでは引き締まらないし、文学的、芸術的だけでは宗教的使命とか霊的使命を忘れてしまうし、宗教的使命とか霊的な意義というのをあんまりやると抹香臭くなる。やはり、それぞれ一つに偏するというのはよくありません。
そうかといって、何でもいいかげんにやるのではなくて、やはり暑いときには思いきって暑く、寒いときには思いきって寒く、暖かいときには思いきってほのぼのとして、爽やかな秋風のときには思いきって芸術的に澄みきる。その時々の季節に一番正しく忠実に、というのがツボにはまるということなのです。
今日のような難しい話ではあっても、お聞きになった皆様が「ああ、なるほど」と納得すると、この地の神様が動き始めます。一回目のセミナーはそれでなければいけません。そうでなければ、霊的な意義が果たされません。
しかし、二回目からは、まったく違う話になります。たとえば、きしめんの正しい食べ方とか、ういろうの来歴はどうなのかとか、ういろうとワイロはどう違うかとか(笑)。
この名古屋は大きな都市であるにもかかわらず、天の時が来るまでセミナーもやりませんでしたし、支部をつくりませんでした。けれど、天の時が来ましたので、これからは、関東と関西にない、名古屋の味というものを出していこうと考えております。
