第二章 人は幸せになる義務がある
人は幸せになるために生まれてくる
「人は何のために生まれてくるのか」
これは人類にとって永遠のテーマである。
「オレは、幸せになりたくて生きてんじゃない」といったヘソ曲がりや、「生まれたくて生まれてきたんじゃない」「親が勝手に生んだんだから、勝手に生きているんだ」と言う人もいるが、大多数の人々は幸せになることを願っているものだ。
わたしは、「人は生まれてきたからには、幸せになる義務がある」
これが天命だと思っている。ただし、幸せにはいくつかの段階がある。
低い次元として、まず非常に即物的な快楽がある。これは、一般にいわれている性的な快楽、肉欲的な歓喜こそ一番楽しく、幸せであるとする、動物的で肉体的な欲求を満たす考え方だ。
少しランクが上がると、経済的、物質的豊かさの追求になる。おいしい食事を、はなやかな衣装を大きくて快適な住居を、そして名誉や地位や富を、ということになる。
しかし、このような低次元の即物的な幸せ追求(もちろん、それらも必要なものではあるが)には、基準も限界も真の豊かさもないから、いつでも人は飢えた餓鬼のように、つぎつぎと量のみを追い求めることになってしまうのだ。
そうして経済的、物質的な豊かさのみによる幸せは、求めれば求めるほどかえって真の幸せから遠ざかり、人の心を寂しくし、虚無を感じさせることになる。この真実をこそ、心せねばならない。
私の知り合いに、ピーターというデンマーク人がいるが、彼が世界中を旅行し、その結果分かったことは、「一番貧しい国の人々が最も優しかった」という事実であった。何故だろうか?
物質の豊かさでは、人は決して心まで豊かになれないということではないだろうか。むしろ貧しい人々の方が心優しく、美しい・・・・・・。
このことについては、二千六百年も前のインドのゴータマ・シッダールタ、すなわち釈迦もまた、同じ悩みを抱えていたことはご存知だろう。
王子として生まれた釈迦は、経済面はもちろんのこと妻も子どももいる何不自由のない生活をおくっていながら、いつも心に満たされない虚しさを感じつづけていた。
“人は何のために生まれて、なぜ生きるのか”といったテーマが、常に彼の心を悩ませていたのである。
そして、答えを求めてすべてを捨て、出家し、ついに大悟に達したのだ。
人の一生は変化の連続である。そして”少年老いやすく、学なりがたし”という。青年時代はハンサムでスポーツマンだった人も、中年になれば腹も出てくる。
肉体的なものはやがて老い、衰えてくる。女性も若い頃は人に振り向かれるぐらい美しかったのに、当然のごとく、年と共に醜くなり人気もなくなって寂しくなってくる。
それは、誰一人として避けられない。実に哀しい天地の法則ではないだろうか。
それだけに、人は老境に近づけば近づくほど、心のもち方が大切になってくる。それが上手に出来た人は、年とともに逆に幸せになっていくことが出来るのである。
心の持ち方(心の豊かさ)は、魂に物やことでは味わえない実に大きな悦びをもたらしてくれるからだ。その媒介が芸術であったり、信仰であったり、学問であったりするのだ。
自分の魂がほんとうに満足するときの悦びは、永遠のものである。人が再生転生し、生まれ変わっても死に変わっても、変わらない悦びが魂の悦びであり、それは全て記憶 68 されていくのである。
再生転生は魂の修業のため
ではここで、再生転生の真実について、少々ふれてみよう。
たとえば、今世は学者として生き、学問的要素を磨いて生涯を終えたとしよう。しかし、だから来世も学者かというと、そうとは限らない。
学者の要素をもった芸術家として生まれたり、その次は宗教家、その次は教育家というように、前世に磨いた要素を生かしつつも、少しずつ変化しながら再生転生することになる。
もちろん、それは人間が魂の修業を積むためで、観音様のような万能の人間になることを目指しているためでもある。
しかし、この再生転生にも変わらず受け継がれるものがある。それは真実の意味での学問と芸術、そして信仰力の三つの要素だ。
この場合の信仰力とは、神仏を尊ぶ心のことだけではなく、物事をやり貫く精神力のことを指す。
生まれながらにして芸術的感覚の鋭い子がいる。絵を描かせても非常にセンスがよい。ピアノを弾いてものみこみが早い。これは天賦の才として受け継がれたものだ。
生まれながらにして仏心の篤い人、慈悲の深い人もいる。あるいは生まれつき頭のよい子も、同じことだ。
ある生涯で権力者だったら、次はほんとうに庶民として、身分も地位も名誉もない人間に生まれ変わって、しいたげられた人達の気持ちを理解させられることもある。
反対に、豊臣秀吉や田中角栄のように、身分も地位も名誉もお金もない生まれであるが、苦労と努力を積み重ね遂に成功した人は、次には名誉や地位のある人や芸術家として生まれてきたりする。
このように人は、三十三相に化身できる観音さまのような、万能の人となるべく、様々な人生を経験する。
しかし、誰もが思い通りに生まれ変わるわけではない。前世で自らのカルマを減らし、人を幸せにするなど功徳を積んだ者については、ある程度自分の希望する環境に生まれてくることができる。
しかし、前世で欲望のままに生きていたり、自分を磨くことを怠っていた人間には選択権がない。強制的に、前世のあがないをさせられるような環境に放りこまれるのだ。
もっともそれは、なるべく早いうちに悪癖を矯正し、劫をあがなって幸せにしてあげようという、神様の大愛なのだが…..。
ともあれ、霊界(死後の世界)や来世で苦しまないためにも、また自らの霊的ランクを上げていくためにも、現世で、生きているこの世界で、功徳を残していく、ということが必要になってくる。
信仰力こそ幸せのためのバネ
人は、生まれ変わりながら、あらゆる要素を磨いて大自在となることを目指している。ひらたくいえば、観音様になることを目指しているのだ。
だから、どんな人にもこの世に生まれてきた人生のテーマがあるわけで、与えられた寿命を存分に生きなければならない。
たとえ体力が衰えても、目が見えなくなっても、耳が聞こえ手が動き、臨終をむかえるその日まで、学問と芸術と信仰力をみがいていくことが、正しい生き方だ。
臨終のその日まで、意欲をもって己の魂を錬磨する。
そして今世のテーマをまっとうしたら、また来世は別のテーマを持って生まれて来ることになるから、より充実した人生より神に近い人生、より豊かなる人間へと成長していく。そのように考えると、ほんとうの意味での積極的で明るい前向きの人生が訪れることになる。
このような考え方を念頭において、さて私たちは「どのように生きればいいのか」と考えてみる。
どうせ生きるなら、だれよりも高く、だれよりも大きく、力は機関車より強く、高いビルディングもひとっ飛び……という、スーパーマンのような大きさがあり、かつ広くて深くて豊かな幸せを求めたいものだ。
同じ生きるのなら、あらゆる次元で幸せになりたいに決まっている。
そして短期、中期、長期、あの世、来世、来々世と、あらゆる時期を通しての幸せを求めたいものだ。
幸せになることは、天の命による義務だといえる。しかし、幸せにもいろいろある。一時的な幸せでは意味がない。
天の命にかなう幸せとは、大きく、広く、深く、豊かで、しかも永遠に、あらゆる次元において幸せになることなのだ。
しかし、人間はその生涯で、何度かは挫折する。
そのときには絶望感が起こり、人生を捨てたくなったりする人もいるかもしれない。
信仰力という、本当の意味での人生の認識がないために、一度や二度の挫折ですぐに自信をなくしてしまうためだ。
ほんとうの意味での人生これを認識している人、すなわち信仰力のある人間は、挫折をしても信仰力をバネとして立ち上がることができる。
そうしてこそ、真に強い人間になれるのだ。
現世利益を求める信仰はニセモノ
「古えの学者は己の為めにし、今の学者は人の為めにす」と、孔子は「論語」に書いている。
昔の学者はエゴイストで、今の学者は他人のために奉仕するのか、と思われてしまいそうな一節である。
しかし、そうではないのだ。昔の学者は己のためというのは、エゴということではなく、自分自身というものを完成し、自分自身の魂を修養するために本を読み、学問をしたということである。
己の魂を完成させ、自分自身というものを完成させ、錬磨せんがために昔の人は学問をし、励んだということだ。
ところが、今の学者は知識とか、倫理というものを勉強して、オレはこれだけのものがあるんだという、能力を人に示さんがためにしている。
昔の学問と今の学問はこのように違っているんだ、と嘆いているわけだ。孔子の喝破は、現代においても、いやになるほど通用する。
見返りがあったら誰でもやる気が出てくるが、見返りがなければやる気がないというのは、本当の学問、本当の信仰がないからに他ならない。
孔子の時代のことではなく、まるで現代のことを言っているように思えるのは、人間の魂が、孔子の時代から少しも変わっていないということだ。
いくら勉強しても、いくら学問を積んでも、あるいは日蓮宗や天台宗、真言宗やキリスト教であっても、見返りがなくてもやれるという精神で、努力をしているのかどうかが、その人の信仰や学問が本物であるのか、ニセモノであるのかを峻別する不変の尺度なのである。
たとえ宗教者であっても、その生き様が、見返りを求めるような、現世利益だけに汲々としているようであれば、本当の信仰をしているとはとても言えない。
それよりは、死ぬまで自分の修業だ、自己との闘いだと思って生き続ける芸術家の人生の方が、はるかに正しい信仰に近いのである。
形ばかりの信仰、自分の欲望をみたすことを目的とした信仰、利益のための信仰、そうした信仰は、孔子が指摘しているような、今の学者の学問と同じものだ。
真実の信仰、それは形や利益のためではなく、自分の魂を磨くためのもの、修業のためのものなのである。
親鸞の、自分は仏の弟子だからと、生涯弟子を持たず、皆同じ弟子の仲間として修業し、ひたすら仏にすがる仏の弟子として平等なのだ、と言い続けて貫いた生涯の中にこそ、本物の信仰の姿があるのである。
地獄に落ちたエリートたち
ところで、以前、私が天眼で神霊界の様子をかいまみたところ、地獄界に一番多く行く職業は、坊さん、宗教家、宗教団体の教祖、医者、学者だった。と言ったら、「そんな馬鹿な」と思う人は多いだろう。
もちろん、宗教家、医者、学者で天国へ行っている人も多い。
だが宗教家、医者、学者といった人たちは、医者ひとりが選挙で百票にあたると言うように、その言動が人々に与える影響が大きいだけに、徳も悪も大きなものがある。
それだけによほど気持ちを引き締めないと、地獄に落ちやすくなる。そのかわり、自己を磨く、真に人助けの心で貫く人生を送れば、悦び溢れる天国へ行けるということになる。
人がこの世で自分の魂を磨き、修業を積み、徳を重ねていけば、自然に霊的ランクも上がっていくから、神様と相談した上で自分の再生転生を行なえるという、幸運な選択権が与えられる。
「おまえ、次はどうする」
「もう一回、学者で生まれたいのですが」
「だけど、もうそろそろ芸術の方へ、行ってもいい頃じゃないか」
「そうですね。う~ん、そうしましょうか」ということになる。
しかし、学者でありながら、純粋な学問の探求意識や社会に役立てようとする姿勢を持たず、女狂いに熱中したり、テレビにばかり出ていたり、金儲けや名誉、地位だけを求めて学問をした人は、当然霊的なランクも低いわけで、選択権は与えられず、「次は、ここで生まれなさい。しばらく力仕事をして汗をかくがいい」と神様に命じられたりすることになる。
また、こんなこともある。
卵を多食すると、コレステロールがたまるから健康に良くない、という学説を主張したかと思うと、しばらくして今度は、卵にはレシチンが含まれていて健康に良いので、大いに食べるべきだと主張する、といったように、肯定から否定へと極端に変わる学者がしばしば見られる。
これは、すでに述べたように、学者が自己の名誉や地位、金儲けを主に求めるために、十分な研究や努力をせずに、流行に乗り遅れまいとして社会の風潮に迎合したり、あるいは自分で研究も努力もせずに、他人の説に付和雷同したりするために起きてくることといえよう。
科学の進歩発展は日進月歩であるから、まだ十分に解明されていない学説をとりあえず発表する場合もあろうが、やはり学者というのは、多くの人々の考え方や思想に強い影響を与えるものだけに、善なる心で、社会のために役立とうという心が学者に求められるのは当然だ。
ましてある企業のある商品を宣伝するために、ハッキリしない学説を発表することなどはもってのほかなのである。
医者は人々の生命を直接扱う仕事だけに、いわゆる”医は仁術”というように高い倫理がいっそう求められている。
ところが現実には、金儲けのために不正医療や脱税を行なう医師が跡を絶たない。
こうした不良医師は、霊界ではよく天狗の姿になっているのを見かける。内面性がそのままに、霊界での姿となってあらわれるのだ。
彼らは霊界で、長い長い間迷うことになる。読者の皆様で医師志望の方があったなら、くれぐれも気を付けていただきたいところである。
死ぬまで情熱的に生きるのが義務
臨済宗中興の祖といわれる白隠禅師は、書道、文筆、教育、布教など、全ての面で抜群の才能を発揮された方である。
その白隠禅師が八六才の時カゼをひいたことがあった。そこで弟子が、「お師匠さん、身体を大切にして下さい。先生がいなくなったら、私たちは修業の途上で迷ってしまいます。
八六才の今日まで、もう十分に働いてこられたのですから、どうお身体を慈しんで下さい」と、師におすすめしたと言う。
「そうか、そういわれればそうだなあ」と、大事をとって白隠さんは奥の部屋で休んでいたが、いつの間にかうつらうつらと寝てしまい、夢を見た。
そこには自分の師匠だった正受老人や禅宗の大燈国師といった、歴史に残る大先輩がいっぱい並んでいる。
そこに自分も並んでいて、「わしは、まだまだお前たちの中には入らないからな」なんて気勢を上げている。
すると大先輩たちが、アハハ、アハハと笑いながら、「お前に大切なことを教えてやろう。人生で何が一番大切なことか、知っているか」なんだろうと、白隠禅師が考えていると、
「それは勇猛〟の二字じゃよ」
なるほど……と非常に感心した途端、つっと夢からさめた。
“いやあ、すごい夢を見たもんだ。あれだけの大先輩たちが居並んでいて、しかも良いことを教えてくれた。勇猛の二字か”と、暫く考えていたが、ハタとヒザを叩いて、「よしっ!わかったぞ」「か~っ!」と響いた。
途端に、ガバーッとフトンからとび起きて、お弟子さんたちを呼び集めると、ものすごく厳しい問答で問い詰めていった。
それからが又凄い。東に西に、講演活動や執筆活動、そしてお弟子さんの教育にと今まで以上に奔走するようになった。
そして、とうとう臨終を迎えることになったが、それはすごい臨終であった。その日、奥の部屋からものすごい大きな声が、「何だこの声は。お師匠が又誰かに気合いをいれたのか」
弟子たちは互いに顔を見合わせたが、それっきりだ。奥の白隠禅師の部屋からは、何の音も聞こえずシーンと静まり返っている。
そこで、おそるおそる部屋へ近寄って、「あのう、お師匠様。お師匠様」と呼びかけたが応答がない。
フスマをソッと開けて見ると、白隠禅師はフトンのなかで、カーッという声を上げたままの姿で、右手を振り上げて亡くなっていたのだ。これこそ、即身成仏そのものの姿であったわけである。
この白隠禅師の言葉に、「我大悟を徹底すること、七たび八たび。小悟を徹底すること、枚挙にいとまなし」というのがある。
大いに悟って徹底したことは七たびか八たびあり、小さく悟って徹底したことは、数えきれないほどだった、というわけだ。
五〇〇年に一度の天才と言われ、「駿河にはすぎたるものが二つあり、富士の山に原の白隠」と讃えられた人ですら、死の瞬間まで勇猛心で修業を続け、より深い悟りを求めて生き続けたのだ。
現在の日本は高齢化社会の門口に立ち、今後いっそう人口の高齢化が進んでいく。
今日、紅顔の美少年も、五〇年後には白髪の老爺となるのが人生の定めである。その時、どのような老いを迎えるのか、それを決めるのは、若い青春時代にどのように生きたか、ということだ。
90才近くになって臨終を迎えるその時まで、「大悟徹底七たび八たび、小悟徹底枚挙にいとまなし」というほど、勇猛に修業のなかで生き貫いた、白隠禅師のように生きたいものである。
年老いて、病んで寝込むようになっても、身体が動き、脳が働いている間、意識のある間は、白隠禅師のように勇猛に生きる。
ガンであろうと、脳軟化であろうと、結核であろうと、脳溢血であろうと事故であろうと、「かーっ」といって苦しみを乗り越えて死んでいけば、どんな病いも恐れることはない。
勇猛に魂を磨き続ける白隠禅師のように生きれば、最高に素晴らしい霊界に行けるのである。
そのための地ならし、種まきこそ、紅顔の青少年時代の内にしておかなければならないことだ。
明日は明日の風が吹くというのは、石原裕次郎の死と共に終わった時代の言葉だ。
この現代に生きる私達は、老後のために貯金することも大事ではあるが、それ以上に若い時に勇猛に生き、かつ自分の魂を鍛えておくことが必要なのだ。
孔子の言う、いにしえの学者のごとく、「己のために」である。欲得ずくで安楽な老年期を過ごそうと多少の蓄えをしただけでは、明日は風が吹くにしても、ろくな風が吹かないことになる。
子供は親を越えて生きろ
ヨーロッパのパスカルの「パンセ」に匹敵するのが、日本の兼好法師の「徒然草」であり、同じくヨーロッパのカントの哲学に匹敵するのが、道元禅師の哲学だと言われて、それほど道元禅師の哲学は、非常にレベルが高い。しかし、白隠禅師の神学のレベルは、三ランクも五ランクも道元禅師より上なのである。
道元禅師は鎌倉時代の人で、白隠禅師は江戸時代の人、という違いが、この二人を決定的に分けている。
道元禅師は、未開の分野を自分一人の力で開拓していかなければならなかった。そのために、どうしても“真実の求道〟ということに対して、頑固でなければならなかったのである。
それに比べると、白隠禅師の場合は、すでに道元禅師が切り拓いた足跡を辿ればよかったわけだから、道元の到達点までは比較的楽に到達できた。その差である。
いつの時代にも、親の歩いた道を子供は辿るわけだから、子供の歩く道は踏みならされている道なので楽なものだ。
だから大人たちは、「近頃の若い者は」と、自分たちの努力を認めようとしない子供たちを、白い目で眺めることになる。だが子供たちは「大人には若い者の気持ちがわからない」と、大人たちの古さを批判する。
しかし、大人を批判する若者たちは、批判するだけでなく、大人たちを乗り越える努力と修業を続けなければ、それは批判ではなく単なるグチになってしまう。
ところで、白隠が道元を越えたところは、その”自在性”にある。
白隠禅師は若い頃、法華経を読んだ時、どこを読んでも”例えば○○” “例えば” “例えば××”と書かれているので、何だこれは、「法華経は辣韮の実にさも似たり、むけどもむけども実はあらず」
だから読む価値がないとして捨てたと言う。
ところが四〇数才になったある秋のこと、白隠禅師は、法華経をもう一度研鑽して読んでみた。ちょうど白隠禅師の吸う息、吐く息にピッタリと合わせるように、庭のスズ虫やコオロギが、リーン、リーンと一緒に鳴いている静寂の中、虫の声だけが響いている。
その瞬間、白隠禅師は、”あ~”と悟った。
その瞬間から涙が滝のように流れてきて止まらない。三日三晩、嗚咽をもらしながら涙が止まらずに、泣き続けたとのことだ。
白隠禅師は、その時、頭ではなく魂で悟ったのだ。
”あー、お釈迦様というのは、これほどまでに、慈悲深い方であったのか。だから法華経に書かれているように、ありとあらゆる人に、例えば、例えば、例えばとありとあらゆるたとえをもって、仏法を説き続けられたのだ。
最高の身分の人から、最低の人たちまでの全てに行き渡るほど、その慈悲が広く、深かったために、これほどまでにしつこくも、例えばこの時は、例えばこのようにして、と法華経を説かれたんだ”と。
白隠はその瞬間に、法華経の精神と真髄を悟ったのである。
法華経の精神と真髄を悟るということは、その時のお釈迦様と同じ境地になったということだ。だから、もう自分で法華経を説けるようになったのである。
一度は捨てた法華経を、今度は自らの中に取りこんで活かすことができた。
すなわちこの瞬間、法華経を説いた釈尊のように、高貴な方には高貴なたとえ、庶民には庶民に合わせたたとえ…と、千変万化の説法で仏法を説くことを体得したのだ。自在性の開眼である。
白隠禅師は、道元禅師に勝るとも劣らない原理的なレベルの高い本から、「おたふく女郎粉引歌」に代表されるような、一般の庶民や無学文盲の人、子供にまでも楽しみながら理解できるような本まで沢山残している。
この自在性こそが白隠禅師の大きな長所なのだ。
どこまで”自在〟に生きられるか
白隠禅師の自在性というと、僧侶の話ということで、何か浮世離れして感じるかもしれない。
しかし、自在性という徳性は、人の世では実にその人の立場を分けることになる。結論から言うと、自在性が大きい人ほど上の地位に昇る。
その逆も真なのだ。例えば、会社の社長の有すべき資質として、「論語」では、「君子は器ならず」と言っている。
君子というのは器ではない、器を越えた器という意味だ。
ところが神様の場合は、器相応に、例えば大臣に神がかれば、神がかった分だけ大臣の役割で、世のため、人のためにものごとに功徳というものを与えることができる。
電気屋さんに神がかれば電気屋さんの仕事を通してのみ、人々に功徳を与えることができる、ということだ。
それぞれの能力、実力に合わせてしか、神様の功徳というものは世の中に下ろせない。器相応に神徳が出てくるわけだが、では最高の器とは何かと考えると、「論語」で書かれているように、器でない器、つまりいろんな器の人を自由に適材適所で活用し動かすことができる器、ということになる。
己がないだけでなく、いろんな器を活かすことができる。
最高のものというのは、己の一つのパターンを持たないで、なにものにも適応していけるような自在性がある。
そして無の状態で他を活かすことができる。それは、「働きのない働き」とでもいえるかもしれない。働こうと思ったら何でも働けるようになるのだ。
いろんな器の要素を極めて極めて、最後は器ではない器を作る。そうすることによって長の長たる器が遂にできる訳だ。
例えばこれを企業で見れば、経営者、社長というのは、オールマイティであり、自在性を持った会社の中で最高に偉い人、ということになる。
平社員は、一つの仕事だけすればいいのだが、課長、部長とポストが上になるにつれて、仕事の種類と幅が次第に広がっていくことになり、その頂点に社長がいる。
それは、平社員から一つ一つポストが上がるにつれて、器でない器、働きではない働きといった、自在性を身に付けていくことでもある。
だから、人生というのは、器でない器になるための、自在性を身につけるための成長の経過ということでもある。
能力がないから大能を発揮できる
漢の高祖劉邦は単なる風来坊だった。仕事は何もしないのに不思議な人間的魅力によって人を魅きつけ、戦国時代の風雲の中でいつの間にかのし上がった。
この人は、小さな戦いでは勝てても大きな戦いになると負けていたのに、いつの間にか最後の戦いに勝って、漢王朝の開祖となった。
その劉邦が、高祖となったある宴席で重臣たちを前にして、一人一人を見ながら、こう言った。
「物資の調達ということに関しては、Aよ、おまえにはかなわないな。策略の作戦計画に関しては、B、おまえにはかなわない。
財務とか懐具合の軍用金の調達ということで考えたら、C、おまえのやりくり頭には到底かないそうにない。兵の育成ということを考えたら、D、おまえには到底かなわない。
戦いに必要な要素のどれひとつをとっても、わしがおまえたちより優れた面はないのに、どうしてわしは漢という国を樹立し、ここに坐ることができたのか」と頭を傾けて言った。
この時、傍らにいた重臣の一人が、「いや、陛下は将の将たる器を持っているからです」と言った。
物資の調達に対してはオレ以上の人間はいない。乗馬や調教に関してはオレ以上の人間はいない。人を育てる能力ではオレ以上の人間はいない。
軍用金の調達に関してはオレこそ最高である……。といった一芸に秀でた人材というのは、探せばかなりいる。
しかし、そうした”オレこそは”といった自信と自負と個性を持った才能を、それぞれにもっともふさわしいところに、適材適所に配して、誰もがヤル気を持って一丸となってやれるよう指導していく。
それこそが、”将の将たる器”であるということだ。そして、それこそが、高祖が漢帝国を樹立する原動力となったのだ。
アメリカのケネディ大統領も、高祖劉邦と似て、ユニークな人材登用法で成功した。民間人や大学教授といった、政治のプロではない素人を側近に起用して、個々の能力をフルに発揮させ、後世に名大統領の名を残した一人だ。
政治家としてのキャリアを重視するよりも、能力本位の人事で適材適所に配し、個々の政策立案はスタッフ達に責任を持たせて、自分はオールマイティに全体へ目を配るようにしたのだ。
個々の問題は個々の器にさせ、自分は器ならざる器をして統括する。これが君子であり頭領のあり方であって、洋の東西、古今を問わない真理なのである。
「君子は器ならず」
君子というのは、器じゃない。器じゃない器である。
天の与えた無尽蔵に大きな器を持って、天の徳をもって地の人々を活かす、ということ。これこそ、三十三相に化身する観音様のはたらきというものだろう。
お姿はあるけれど、どれが本当の姿かわからないような自在性。どんな姿にでも化身できるということは、それだけ無限で無尽蔵でもあるのだ。
そして、人が生まれ変わり死に変わりし、様々な体験を積んで自らを磨きながら、最終的に目指す境地は、この「器ではない器」だといえよう。一つの器に偏らない、オールマイティな器。
その時人は、観音様のように、大自在で人を救えるし、世に本当に必要とされる人材になるのである。
