背後霊入門(Vol.2)

第一章 背後霊 入門編→神霊界からのバックアップ・システム

背後霊とは何か

私たち一人ひとりの背後にはさまざまな霊がついていて、私たちの運命にかなり大きな影響を及ぼしている――こういう話を仕向けると、大方の人が浮遊霊や地縛霊などのマイナスの霊的存在を思い浮かべるようです。

昨今のテレビ番組など、ほとんどがこの手の存在をテーマに扱っていますので、それも無理からぬことと思いますが、霊というのはマイナスの影響を及ぼすものばかりではなく、あなたを見守り、幸せに導いてくれるありがたい霊も存在することは、本書の読者なら誰でも知っているはずです。

それが背後霊であり守護霊であるわけですが、守護霊はまだしも、世間一般で背後霊という場合には、善霊も悪霊もいっしょくたに扱っているケースが少なくありません。

それに対して本書では、背後霊を基本的にプラスの存在と位置づけます。これをまず頭に入れながら読み進めていただきたいと思います。

さて、私たちには誰でも背後に善なる霊がついており、一日二十四時間、片時も休むことなく霊的なバックアップをしてくれています。

しかも、ついている善霊は一体だけではありません。標準的な人で十体~十五体、多い人では四十~五十体、あるいはそれ以上の背後霊に守護されている人もいます。

だから背後から守ってくれているのは、父方もしくは母方の霊格の高い先祖霊たちであるのがふつうです。

ここでいう霊格の高い先祖霊とは、この世に生きている間に学問、芸術、信仰などを通じてそれなりの境地を開いたり、あるいは布施業など善なる行ないを通じて徳を積んだご先祖の霊をいいます。

彼らはもちろん、一定のレベル以上の霊界に住んでおり、少なくとも低級霊界に住む先祖霊が背後霊になることはありません。

ちなみに、背後霊がチームを結成し、集団で守護にあたっている状態を背後霊団といいます。

昔からよくいわれる〝先祖のご加護〟とは、こうした背後霊の働きのことを指すわけですが、これらの背後霊たちを統率する役割を担っているのが実は、守護霊なのです。

背後霊のチームリーダー的存在が守護霊である、といえばわかりやすいかもしれません。

守護霊は責任者として絶えずその人を見守っています。しかし、常に直接的に守護しているわけではなく、前面に立ってお働きになるのは、その状況に最もふさわしい背後霊です。

課長という役職の守護霊は一人ですが、問題によっては係長が前に出たほうがいい場合もあります。

また、スペシャリティーを身につけた平社員が出たほうがいい場合もあるでしょう。このあたりを勘案するのが守護霊で、彼の判断と指示のもと、さまざまな状況に応じていろいろな背後霊が活躍されるわけです。

もちろん、本人が直面している問題が大きければ守護霊自ら前面に打って出たり、守護霊を中心に背後霊団が一丸となって守護に当たったりすることもあります。

一つの課に課長は一人であるように、一人の人間についている守護霊は一体というのが原則です。ただし、守護霊にもときに応じて人事異動があり、一般的にいって守護霊は一生の間に四~五回交替します。

その人間の前世の徳分と想念、志の大小、さらに、いま現在の魂の成長度合いや将来の目標などから判断して、これまでの守護霊ではちょっとふさわしくない、別の個性と霊格と霊力を備えている霊のほうが守護霊にふさわしいのではないか、ということになると守護霊が交替するわけです。

もちろん、守護霊が交替しても、守護霊を中心に多くの背後霊が本人を守護するという構図に変わりはありません。

したがって、言葉の定義としては、守護霊より背後霊のほうが広義のカテゴリーということになりますが、背後霊も含めて守護霊あるいは守護霊団という呼び方をする場合もあります。

以下、本書では窓口として働かれている守護霊に焦点を当てて述べていこうと思いますが、その後ろには多くの背後霊たちが存在することを忘れないでいただきたいと思います。

一人で生きていると思うな!

私たち人間は一人で生きているわけではありません。

家族や親戚、友人、知人、あるいはご近所や取引先など、たくさんの人々に支えられて生きています。と同時に、神霊界からのバックアップに支えられて生きているのが私たち人間の偽らざる姿なのです。

そのことをまず、私たちは強く認識する必要があります。

守護霊・背後霊は、本人の思想信条を問わず、誰にでも必ずついています。そして、状況に応じて、いろいろな形であなたの人生を支えてくれているのです。

一日二十四時間、一年三百六十五日、一日の休みもなく、社会保険も年金もなく、さらには給料もボーナスも有給休暇もなく、間断なく私たちを守護し続けています。

こんなにありがたい存在なのですが、この守護霊・背後霊の存在に気づいているのは残念ながらごくごく少数であるのが現実です。

なぜ、気づかないかというと、守護霊・背後霊が文字どおり「霊」なる存在であるからにほかなりません。

霊というのは、かぎられた特別の人にしか見えず、一般の人には見えないようになっています。その特別な人がいわゆる霊能者と呼ばれる人々なのですが、別に霊が見えるからと言って偉いわけではありません。

一口に霊能者といってもさまざまなランクがあるのです。

たとえば、霊能者によっては「あなたのお母さんが守護霊になって、あなたを見守ってくれていますよ」などと言う人もいるようですが、まだ亡くなって何年もたっていないお母さんが守護霊になっているということはまずあり得ません。

霊界の規則で、肉体を失った霊が人間の体につくことは厳しく禁じられており、たとえ先祖の霊でも、勝手に子孫につくことは許されないのです。

つまり、守護霊というのは自分の意志で子孫を守護しているのではなく、神様から特別な使命を受けてその任務を遂行するためについているのです。

したがって、「あなたのお母さんが守護霊になっている」などという霊能者がいたとしたら、その霊能者は霊界の基本的な法則を知らない人であるといわざるを得ません。

あるいはまた、「あなたには守護霊はついていない」とか「まぶしく光り輝いていて見えない」という霊能者もいるようですが、守護霊・背後霊たちのほうがその霊能者より霊格(霊的なランク)が高いから、そういうのです。

霊界では上から下は見渡せますが、下から上を覗き見ることはできません。ですから、邪霊・悪霊の類なら見えるものの、守護霊が見えない霊能者が少なくないのです。

でも安心していただきたい。どなたにも守護霊はついているのです。

守護霊は正神界へつながる窓口

前述したように、神霊界のシステムの中で神様の使命を受けて、私たちを幸せに導くべくバックアップの任務についているのが守護霊なのです。

もちろん、そうした役目に任命されるためのハードルは高く、先祖なら誰でもなれるというわけではありません。守護霊になるためには、世のため人のために尽くして第三天国以上の霊界に行った霊であることが条件になります(霊界の階層について詳しくは拙著「神界からの神通力」たちばな出版刊を参照してください)。

しかも、高度な見地から守護・善導するには、自分が守護すべき人物の前世(過去)、今世、来世まですべて見通せる能力を備えていなければなりません。

そのためには、霊界で特別な研修を受けることが義務づけられており、その修行にだいたい二百年~C三百年かかります。

わかりやすくいえば、守護霊というのは神様公認のライセンスを与えられた霊であって、そのライセンスがあってはじめて、霊界の存在でありながら現実界に降りて、人間につくことが許されるわけです。

一般には七代~十一代以上前の先祖で、生前、僧侶、学者、武士などだった人が守護霊になることが多いようです。

ただし、「つく」と言っても、背中にペタッと貼り付いているわけではありません。

ふだんは霊界から見守っていて、必要に応じてパッと降りてきて危機一髪のところを救ったり、道を正しく導くというのが守護霊のあり方です。

霊界というのは時空を超越した世界ですから、その間○○○○何秒という速度です。

一般の霊はお盆や回忌供養など特別に許された期間しか現実界に降りてくることはできませんが、ライセンスがあれば、霊界と現実界の間を自由に往き来できるのです。

さて、その守護霊の役目とは、一言でいえば、私たちの“魂の教育係”ということになります。ただ見守るだけでなく、必要に応じて手を貸し、わからないことは丁寧に教えてくれます。

マン・ツー・マンの個人教授と考えていいでしょう。具体的にどのように守護してくださるかは後ほど詳しく説明したいと思います。

ここで覚えておいていただきたいのは、守護霊が正神界の神霊システムの中で派遣され、役割を持って私たち一人ひとりについている存在だということで、逆に私たちの側から見れば、守護霊とは、正神界につながる最も身近な窓口だということです。

それはとりもなおさず、守護霊という存在を正しく理解し、上手に守護を受けるには、神霊界のシステムについてしっかりとした認識を持つことが大切である、ということを意味します。

産土神社の働き

日頃から「自分が守られている」ことを意識している方は、きわめて少ないのではないでしょうか。

しかし、私たちがこの宇宙をお創りになった神をはじめ、さまざまな働きのご神霊に状況に応じて守られているのは、疑いようのない事実です。

たとえば、襟を正して神社で祈願をすれば、その願いが真心から出たものであり、正神界のご神霊の御心に適うものであれば、証が得られることも多いはずですし、実際、そうした体験を持っている人は少なくありません。

少しばかり横道にそれますが、神社参拝のコツについてここで簡単に述べておきましょう。

読者のなかには、月の初めとか十五日とか日を定めて定期的に神社参拝をされている方も多いはずです。が、神社ならどこでも同じという考えで参拝しているとしたら、正直のところ、あまり感心できません。

というのも、神社の主宰神にはそれぞれ得意分野があるからで、祈願の目的によって参拝する神社を変える必要があるのです。たとえば、月末の資金繰りに困ったときには、

奈良県の大神神社(三輪大社)に参拝するといいですし、新しくことを起こすときには長野県の諏訪大社がお勧めです。

ここには、無から有を起こす建御名方神がおられます。また、会社などで重要なポストに就きたい場合には茨城県の鹿島神宮に参拝されるのがよいでしょう。

このように自分の願いによって、それにふさわしい神社を選ぶのが神社参拝のコツなのです。このあたりのポイントについては拙著『神社で奇跡の開運』『全国の開運神社案内』(ともに、たちばな出版刊)を参考にしていただきたいと思いますが、それとは別に、誰もが日常的に親しんでいただきたい神社があります。産土神社がそれです。

とはいっても、そういう名前の神社があるわけではありません。

生後まもない頃、はじめて両親にお宮参りに連れていかれた鎮守様が、あなたの「生来の」産土神社なのです。

産土神社の神様は、生まれてからあの世に旅立つまで、一生を通じてあなたを守り続けてくれる、これまた非常にありがたい神様なのです。

しかし最近は、生まれ育った土地を離れて暮らしている人も多く、参拝するのに、いちいち郷里まで帰るのは大変です。

そういう場合は、現在住んでいる場所の近くの神社に行けばいいでしょう。そこも産土神社なのです。

ただし、近くにあればどの神社でもいいかというと、そうではなく、ご神霊が神霊界に帰られて、邪気、邪霊が占領してい神社もあるから要注意です。

そういう神社を避けるには、境内に入るとすがすがしい気持ちになるかどうか、これが一つのポイントになります。

そのほか、いくつか注意点がありますが、拙著『強運』(たちばな出版刊)等を参考にして、実際にご神霊がいらっしゃる神社を選ぶことが大切です。

さて、生まれた土地の鎮守様も産土神社、現在住んでいるところの最寄りの神社も産土神社ということですが、どういうことかというと、産土神社というのは実は、全国規模のテリトリー制になっているのです。

それはちょうど松下電器の販売網のようなものと考えればわかりやすいと思います。

たとえば、山形の実家の近くの電機屋さんで買っ冷蔵庫の調子が悪くなっても、いま住んでいる近所のナショナルのお店に持っていけばアフターサービスを受けられますが、それと同じことなのです。

ですから、生まれた土地の産土様にお願いしても、最寄りの産土様にお願いしても大きな違いはないのですが、平素の願いごとは何でも近所の産土神社に頼み、困ってどうしようもないときは生来の産土神社にご祈願されるとよいでしょう。

たいていの問題は、これだけで十分解決できるはずです。とくに、人生の重要な節目に当たる「出産、入学、就職、結婚、死亡」の五つに関しては、産土神が大きくお働きになります。

この世に新たに生まれ出るとき、その魂を霊界から運んでくるコウノトリの役目を果たしてくれるのが生来の産土神社であるからです。

さて、この生来の産土神、鎮守様の仲介によって決まるのが守護神であります。守護神と守護霊はどう違うのかといえば、守護神は文字どおり「神様」で、守護霊は「霊」という違いがあります。

神様と霊では、もちろんランクが違います。背後霊の人事権を握り、その時期にふさわしい守護霊を任命するのが守護神です。

つまり、守護霊直属の上司が守護神という関係になっているわけです。守護神は誰でも一柱ずつついていて、こちらは途中で交替することなく、死ぬまで同じ神様が守護してくださいます。

守護神と守護霊

ところで、守護神は産土神の仲立ちで決まるわけですが、どういう神様が守護神になられるのでしょうか。これには次の三つのパターンがあります。

①本人が前世で崇敬していた神様がつくケース

②ご先祖様が代々崇敬していた神社であることで決まるケース

③本人の魂の系統で決まるケース

私たちの魂はこの世かぎりのものではなく、生まれ変わり死に変わり(輪廻転生)を繰り返しています。ただし、まっさらな状態で生まれ変わるわけではなく、その魂はいろいろな意味で因縁を背負っています。

だからこそ、生まれながらにして運不運があるわけです。

因縁と言うと、とかく悪い意味ばかりが強調されがちですが、そんなことはありません。

善因善果、悪因悪果という因果律(因果応報の法則)は、この宇宙をお創りになった神が定められた絶対法則なのであって、神様との縁(御神縁)も含め、すべては因縁によって生じているのです。

その視点に立って先の三つのケースを考えると、①は前世の因縁、②では家代々の因縁が大きく働いているといえるでしょう。

詳しくは後ほど述べますが、この「前世の因縁」と「家代々の因縁」というのは、いい意味でも悪い意味でも、神霊的な問題を扱う上で非常に大切なキーワードとなります。

①の場合、前世の記憶というのはふつう表面的には残っていないので、なかなか特定するのが難しいのですが、ただ、「なんとなくこの神様が好きだ」「○○神社に行くと懐かしく感じられる」というような場合、自分が前世でその神様を崇敬していたことが考えられます。

②の「ご先祖様が代々崇敬していた神社」というのは、氏神様であることが多いようです。氏神様というのは、その家を代々守護している神様です。

また、古くから同じ土地に住んでいる方の場合は産土神社と一致している場合もあります。つまり、産土神が自ら守護神というケースもあるわけです。

さて、③のケースですが、人間は誰でも神様の分魂を持っているということを知っていただきたいのです。

神道では「人は祖に基づき、祖は神に基づく」といって、日本の神様は私たちの大々先祖ということになっています。

別のいい方をすれば、私たちは昔、神様の子どもだった、というのが神道の基本的な考え方なのです。

その大本は一つですそれぞれ系統の異なる神様につながる魂の系統があります。その縁によって守護神が決定する場合もある、ということです。

ところで、仏教では生まれ年によって「守護神」が決まると説かれています。たとえば、卯年生まれは文殊菩薩、辰年と巳年生まれは普賢菩薩、としていますが、厳密にいえば菩薩様や如来様は守護霊の範疇に入ります。

霊界のかなり上のほうにランクする仏様ではあるものの、あくまで仏様であって神様ではないからです。

認識のレベルを高め、徹底した慈悲の心や現世を達観して精進する、深き悟りの念を持つに至った霊を菩薩位に達した霊といいます。

菩薩とは仏道に励む釈迦の姿と同じあり様を指していうものであり、さらに修行を深め、菩薩位の霊が一層揺るぎない想念の持ち主となり、おのずから不動の霊格と覚りの位を持つに至れば、それを如来位に達した霊といいます。

前世の徳分を備え「人類を救済するぞ!」という大きな志を持つ人には、こうした仏様が守護霊としてバックアップしてくれる場合もあります。

神界~霊界~現実界の構造

このように、私たちはありがたいことに神霊的に何重にもガードされているのですが、なぜこのような仕組になっているのでしょうか――。

神界~霊界~現実界がどのような構造になっているのかをきちんと理解しておくことは、守護霊の働きを知るうえでも非常に大切なことですので、ここで少し、神霊界の構造についてふれておくことにしましょう。

一口に神霊界といいますが、これは目に見えない世界を総称したいい方で、実際には神界と霊界はずいぶん異なります。

まず神界ですが、これは読んで字のごとく神坐す世界。次元界でいえば五次元以上の世界です。

産土神など一般の神社の神様がいらっしゃるのは五次元神界ですが、実際にその上に六次元、七次元と続く次元の異なる神界が広がっています。

といったところでなかなかイメージできないかもしれませんが、霊界とは一線を画した別世界であると理解しておけば結構です。

それから、人間と神界との関係についていえば、感性や直感が人間と神界とを結ぶパイプであるということ、これもきちんと理解しておく必要があります。

次に霊界ですが、これはいうまでもなく四次元世界です。霊界には天国も地獄も、その中間にある中有霊界も含まれますが、これらはすべて四次元の世界ということになります。

守護霊も悪霊もランクの差こそあれ、次元界というレベルでいえば同じところに住んでいるわけです。

もとより、私たちも死ねば誰でも霊界に行くわけですが、むしろ、霊界というのは、想いの世界だと理解したほうがいいでしょう。

感性の神界に対して想念の世界。それが霊界であって、生きているときの想いそのままの世界に死後、行くことになります。暗い想いを抱いたまま死ねば暗い霊界へ、明るく楽しい想いを抱いたまま死ねば明るく楽しい霊界へ行くことになるわけです。

さて、三番目は現実界ですが、これはいうまでもなく、私たちの肉体が存在する三次元の世界です。

ただし、私たちは三次元のみに生きる存在ではありません。「強運」にも書きましたが、人間の体は一番外側〟に肉体があり、その”内側〟に霊が存在し、〝中心”に魂があります。

つまり、人間の体は三重構造になっているのです。この場合の”外側” “内側”というのは立体的に見た意味ではなく、より次元が高まっていく度合いを表現したもので、肉体は三次元的な存在ですが、霊(心)は四次元的存在。

魂はさらに上級のランク(五次元以上)に存在している、ということを意味します。

ここで大切なのは、それぞれの次元に応じたバックアップがなされているということであって、たとえば神社で真心込めて祈れば五次元神界と交流することができます。

また、星に祈れば六次元神界に想いを届けることも可能です。

さらには、もっと上の神界に通じることもできますが、そうした多重構造の中で、比較的現実界に近い四次元レベルでの守護を担当しているのがほかならぬ守護霊なのです。

霊界がつなぐ役割

神界~霊界~現実界の構造について『神社で奇跡の開運』では、メーカー~問屋~小売店という流通機構にたとえて、神界、霊界、現実界はそれぞれメーカー、問屋、小売店に相当すると説明しました。

どういうことか、読まれていない方のために簡単にご説明しましょう。

小売店で売られている商品はすべて問屋から仕入れます。問屋にある商品はすべてメーカーから降りてきています。

つまり、上から下に流れてきているわけですが、それと同様に、神界で起きたことは霊界に反映し、そして現実界に波及します。私たちが生きている世の中を現世といったりするのも、実はそこに理由があります。

前述したように神界というのは感性や直感の世界であり、創造、発想、クリエイティブの世界でもあります。

その神界に相当するメーカーでは、さまざまなコンセプトのもとに商品開発が行なわれ、その告知と企業のイメージアップのためにコマーシャルを流す。

そして、出来上がった商品を問屋に卸す。これは、感性が心に影響を与える関係と同じです。

次に問屋はメーカーの意向を受けて、仕入れた商品を小売店に卸します。心が絶えず動き回るように、問屋も小売店への納品に駆けずり回ります。

しかし、小売店も問屋が提供するものをすべて受け入れるわけではありません。自分の店に合わない商品が納入されても、デッドストック(不良在庫)になるだけだからです。

小売店はまた、問屋に注文をつけたりもします。「お客のニーズはこうだから」「もっと売れるものが欲しい」「もっと値段を安くしろ」といった、実にさまざまな注文を出します。

一方、メーカーも問屋に注文を出します。「これこれこういうふうに小売店にいって、なるべく多くの商品を納入するようにしてくれ」「値崩れしないように売り方を指導「してくれ」と。

それに対して問屋は、メーカーの希望を小売店に伝えはするものの、あまり出しゃばらない。小売店の独立性を重んじますから、聞かれないかぎり”関係のない”情報を売り込んだりはしません。

そんなことをしても売上につながらないからです。しかし、お店の役に立つだろうと思う情報はどんどん提供します。それが小売店にとっての問屋の魅力でもあります。

さて、気づかれた方も多いでしょう。こうした問屋の役割を担っているのが霊界にいる守護霊なのです。

小売店で買い物をする際、どのメーカーの商品か、たとえばソニー製かナショナル製かということを気にする人はたくさんいますが、どこの問屋を流通してきた商品かということまで気にする人はまず皆無といってもいいでしょう。

そのように、私たちから見れば実体があるかどうかはよくわからないものの、とにかく存在し、現実界に強い影響力を持っているのが霊界なのです。神界のようにクリエイティブではなく、現実界のように直接、人々と触れ合うこともない。

しかし、問屋がなければ流通機構が成り立たないように、霊界がなければ神界も現実界も機能しないのです。

もちろん、ここを上手に活用することができれば、絶大なる現世利益を得ることができるのはいうまでもありません。

霊界問屋の引き立てを受ける方法

問屋の仕事というのは地味ではありますが、非常に大事です。デッドストックにハラハラして神経を尖らせながら、メーカーと小売店の間を多くの人手と品物がバタバタとせわしなく行き交います。

では、よい問屋とはどんな問屋なのでしょうか。

まずは、敏速な対応と納品体制。そして、豊富な品揃えと値段の安さ。これがよい問屋であることの最大の条件といわれています。

これを守護霊に当てはめると、子孫の悩みに対して敏速に対応し、幸福を納品して、才能と霊力に優れた背後霊を備え、快くご加護してくださる、ということになるでしょう。

ただし、問屋から引き立てを受けるためには、小売店もそれなりの態度で接する必要があります。「お前のところから買ってやっているんだ」みたいな態度はもちろん論外で、常に感謝の気持ちを忘れてはなりません。

何しろ、守護霊は幸せを納品しても別にお金を要求するわけではないのですから、支払いに代わるものとして感謝を示すのは当然でしょう。

支払いは速やかに、できれば前払いで――というのがこの世の商取引の鉄則です。それと同様、守護霊に対しても「いつもいつも守ってくださってありがとうございます」と、何もなくても前払いで感謝をする。

そして、何かうれしいことがあったら、「これも守護霊様がくださったに違いない。うれしいな。ありがとうございます!」とお礼をいってみる。

すると、幸せ問屋の守護霊としては、「こんなに感謝されているなら、幸せをもっと納品しなくちゃなぁ」という気持ちになるはずです。

また、霊界とは心の世界ですから、自分の心や想念が守護霊の想いに感応するように努力すること、これも守護霊の加護を受けるうえで非常に大切なことです。

つまり、守護霊のように高く貴い思いを抱けば抱くほど、守護霊は動きやすくなるのです。

たとえば、守護霊に「敏速な対応と納品体制」を期待するならば、自分自身が心の切り替えを速やかにできるようになること。

「豊富な品揃え」を望むなら、知識を深め、経験を積み、人の気持ちがわかる思いやりのある人になることです。

「値段の安さ」というのは、高慢にならず、謙虚な心で、誰にでも気安く受け入れられることに相当するでしょう。総じていえば、明るく発展的な気持ちで日々を過ごすこと、これが守護霊と感応する一番の基本です。

そうした気持ちを持ったうえで問屋に注文を出せば、きっとすぐに反応があるでしょう。それも自分が望むのはどんな商品なのか、なるべく具体的にハッキリと伝えることが肝要です。

それでもなかなか商品が納品されない場合もありますが、それは守護霊が本質的に商人ではなくて、最初に申し上げたように、”魂の教育係”だからです。

そのあたりのノウハウについては、次章で詳しくお話しすることにしましょう。

いずれにしても、問屋さんとはなるべく懇意にして取引を繰り返し、信用をつけることが第一です。

現実界に近いレベルでの働きがカギ

流通機構のたとえ話が長くなりましたが、商売を知らない方には少しわかりにくかったかもしれません。

そこで今度は、神界~霊界~現実界の関係についてもう少し別の角度から説明することにしましょう。

次元界というのは、上に行けば行くほど繊細な波動の世界になります。神様がいらっしゃる五次元以上の神界というのは非常に繊細な波動の世界です。

これに対して、私たちの肉体が存在する現実界、すなわち三次元は、物質的な荒々しい波動の世界であります。

神々は高次元の神界から私たち人間の営みを見守り、必要に応じて手助けしてくださるのですが、神界と現実界ではあまりに次元が異なるので、高級神霊が直接、手を差し伸べることはできません。

もちろん、私たちは神様に直接、祈ることができます。真心を込めた祈りを捧げれば、神力が発動され、その願いが現実界に顕現します。

私も常に祈りを捧げていますし、多くの皆さんにもお祈りすることを勧めています。

では、こうした祈りは、どのようにして現実界に顕現するのでしょうか。

一つには神様が霊界レベルに降りてきて、現実界に強い影響を与えているケースがあります。いわゆる権現様と明王様というのがそれで、神様が四次元レベルに降りてきて、お働きになるときのお姿をいいます。

たとえば、蔵王権現は天御中主大神の化身ですし、三宝荒神は天照大御神の化身です。こうした神様に直接、願いをかけると、現実界でバシッとした働きをしてくださいます。

また、守護霊が私たち人間をマン・ツー・マンでバックアップしてくれているのに対して、それぞれの神様に専属でお仕えしながら、より物質次元の近くに降りてきて働く存在もあります。それがいわゆるご眷族です。

眷族にもいろいろ種類がありますが、一般的なところでは、蛇、狐、天狗、龍といったものがおなじみでしょう。こうしたご眷族も、神霊界のバックアップ・システムのなかに位置づけられる存在であり、神様が現実界に証を現すとき、直接的にはこれらのご眷族が神様の手足となって働くことが多いものです。もちろん、そのかぎりではまったく問題はありません。

ただし、気をつけなければならないのは、ご眷族というのはあくまでも神様のお使いであって、高級神霊そのものではない、ということです。

ここを勘違いすると思わぬ弊害が出てくる場合があるから要注意です。その一番端的な例が、次に述べる稲荷狐のケースです。

眷族には注意が必要

稲荷狐は本来、五穀豊穣を司る神様の使者であり、悪いことはしないものです。

ところが、その現実界に対する強い働きに気づいた人間が邪な心を持って直接、稲荷狐を崇敬するようになってから、少しずつ神様の御心とズレが生じてきて、いわゆる”ハグレ狐”と化してしまい、全国いたるところで目にする稲荷神社のほとんどが、こうしたハグレ狐の住処になっているといっても過言ではありません。

自分の煩悩を満足させよう、私利私欲のために神様を利用しようというのが、いわゆる”お蔭信仰”です。

そのお蔭信仰で稲荷を敬えば、はっきりとした形で現世利益がもたらされるのは確かです。

商売繁盛、家運隆盛、家内安全、大願成就・・・油揚げをお供えして、稲荷をおだてればおだてるほど、いろいろな形でお蔭を与えてくれるのが稲荷です。

人間に尊敬されれば狐もプライドが満たされ、気分がいいわけです。

ただ、これはご眷族という働きから見れば、明らかな逸脱行為といわざるを得ません。

愛念と真心を持って「世のため人のため」という気持ちでなければ動かれないのが本来の正神界のご神霊であるはずなのに、私利私欲だけ、お蔭を求める気持ちだけで祈る人間に利益をもたらすというのは、どう考えても天の法則に合致しているとはいえません。

かくして稲荷はハグレ狐と化してしまったわけですが、それでもハグレ狐と人間が持ちつ持たれつで、一種の共犯関係が成立しているうちはまだいいでしょう。

ところが、人間というのは身勝手なもので、ものごとがうまく進みだすと、とかく感謝の心を忘れて自分の力だけで成功したかのように思い込みがちです。

もともと狐を崇敬していたわけでもなく、ただ利用しようとしていただけなのですから、なおさらのこと、稲荷から気持ちが離れてしまいます。

商売繁盛して忙しくなれば、ついつい足が遠くなり、そのうちお供えもしなくなる。これが狐にしてみれば「恩知らず!」と映るのはいうまでもありません。

それだけならまだしも、崇敬されなくなりプライドを傷つけられた狐は、必ず仕返しをします。それも霊力の強い狐を怒らせたら半端なことでは済まされません。

このあたりが眷族といえども動物霊たる所以でもあるのですが、うまく行っていた商売が急に傾いて無一文にまで追いやられることも珍しくなく、場合によっては子孫末裔七代まで祟られるといわれています。

稲荷狐とは、かくのごとくきわめて執念深い存在なのです。

日本古来の伝統的な信仰を基礎に置く私はこれまで、たくさんの人々に神社参拝を奨励してきました。

しかし、神社ならどこでもいいというわけでは決してありません。とりわけ稲荷神社に参拝することについては、厳重な注意が必要です。

その他、眷族の弊害については「神界からの神通力」や「神霊界』(ともに、たちばな出版刊)に詳しく述べましたが、稲荷であれ蛇であれ龍であれ、眷族信仰になると大き問題を引き起こしやすいことをしっかりと頭に入れていただきたいと思います。

とくに龍はパワーが強大で、龍がつくと守護霊や守護神がどこかに吹き飛ばされてしまう場合も少なくありません。

もちろん、本人が守護神、守護霊を尊び、ときと場合に応じて龍を使いこなせるだけの心の修養ができていれば問題はないでしょう。

しかし、龍を使いこなすのは実際問題、なかなかに難しいもの。龍を使っているつもりが、龍のパワーに振り回されてしまっているケースがほとんどといっても過言ではありません。

守護霊活用は安全性第一

ご眷族についていろいろ注意点を申し上げましたが、神霊界の力を使うということは、一歩間違うと大変危険なことなのです。

一口に他力といいますが、そこにはいいものも悪いものも含まれており、誤った姿勢で接近すると思わぬ大火傷を負うことになるということを知っておかなければなりません。

その点、守護霊は神様からライセンスをいただいた、私たちの魂の教育係であり、安心して頼ることができます。

ハグレ眷族のように思い上がることもなく、あくまで私たち一人ひとりの御魂の成長を願い、高い見地から導いてくださっているのが守護霊であって、配下にはいろいろな能力に秀でた背後霊がいますので、日常的な願いであればほぼオールラウンドにお働きくださいます。

しかも、上司には守護神がついているので、足りない部分はちゃんとフォローしてくださいます。

そして何より、守護霊は現実界に近い霊的レベルの働きをされるので、即効性があります。

たとえば、伊勢神宮に参拝して天照大御神にご祈願した場合、功徳が現れるのは早くて三ヶ月~六ヵ月、だいたい三年以内というのが一つのパターンになっています。

一般に大きな角度で見る神様であればあるほど、その準備に時間をかけられるので、功徳が現れるまで時間がかかるわけです。

それに対して守護霊にお願いすれば、その願いが正神界の法則に合致していれば、即座に答えてくださいます。

また、伊勢神宮に月末の資金繰りなど、あまり細々とした祈願をするものではありません。

もちろん、正神界のご神霊は皆、私たちを守ってくださる存在ですが、それぞれ役目があり、専門分野が異なります。

その点、守護神、守護霊というマン・ツー・マンのバックアップ・システムなら、細々とした願いごとから大きな願いごとまでオールラウンドに聞いてもらうことができます。

人によっては他力に頼らず、自分の力だけでものごとを解決していこうと考えている人もいます。

もちろん、自力による努力は大切ではあります。しかし、何でも自分一人で解決できると思うのは、あえていわせていただけば、いささか傲慢なのではないでしょうか。

いや、傲慢云々をいう前に、自力だけでは乗り越えられない壁に突き当たるのがふつうです。

頑張って体をぶつけてみても、自分一人の力で簡単に破れるものではない。そのときはじめて、人は他力に頼ることを知るのではないでしょうか。

神霊界の仕組を知り、守護霊の存在を知れば、無駄な努力をしなくて済みます。少なくとも、努力が徒労に終わることはありません。

努力したことは必ず何らかの形で結実します。ですから、ひとまず頑張ることを前提に、努力の方向を教えてもらうべく、守護霊に心を向けるべきです。

そうすれば、目の前の壁は必ず乗り越えられるに違いありません。というのも、神様はその人間のレベルに合わせて、乗り越えられる形でしか試練を与えないからです。

私たち人間のために神様が用意された、守護神・守護霊という神霊的なバックアップ・システム。

これをどんどん有効活用して、一人ひとりが幸せになることを神様は望んでいらっしゃるのです。そのためにはまず、いつも私たちの側にいる一番身近な存在である守護霊・背後霊と親しく付き合うことから始められたらいいのではないでしょうか。