強運(Vol.3)

第二章 運・不運を演出するもう一人の自分

”幸運の運び屋”守護霊にアタック

守護霊とは…漫画家・松本零士先生の場合

これまで、守護霊について、かなり記述してきた。しかし、まだピンとこない人もいるだろう。私は守護霊を描写できる、というより、私の手を使って守護霊が自画像を描くのである。

その具体的な一例を、著名な松本零士先生の場合で説明したい。先生には昭和六〇年の暮、私どもの事務所に来ていただき、守護霊と前世を鑑定させてもらった。

その日、松本先生のほかに出版社関係の人が数人同席され、松本先生の守護霊と前世がいかなる形で出てこられるのか、興味深げに見守っていた。

さて、松本先生の前に坐り、念を集中して自然トランス(入神)状態に入る…。

「見えてきましたよ。すごいですねー。ウーン、松本先生には六九人の大守護霊団がいらっしゃいますね。その中でも、チーフ的なのが、この人です」

私はこう説明しながらも、強い霊気によって、体中がポカポカと温まっていくのを感じた。

私の目の前に置かれたスケッチブックに、守護霊の顔を描き出す。私、ではなく守護霊が私の体を借りて自画像を描くのだから、間違いは少ない。

リアルな絵が可能だ。「そうですか。あ、ここはこうですね。耳はこれぐらいですね。髪は長いんですね」

私は、絵が完成に近づくにつれ、心が安まり幸せな気分になってきた。ときどき、エンピツが走りすぎて髪が長くなったりすると「もうちょっと短いよ」と守護霊のアドバイスがある。霊的波動から察すると、非常に高貴なお方のようだ。

描き始めて五分ほど経つと、一人の人物が完全に浮かびあがってきた。絵の仕上げは目の描き入れと、作者〟の名前。つまり自画像本人の名前だ。松本先生の守護霊のお名前は……。

「第一二代天皇景行天皇」」

なんと天皇の霊が松本先生を守護していたのだ。

景行天皇は、文献によれば日本武尊の父親で、九州地方を征討した人物とされている。なるほど、それで使命をおびて難辛苦を越えて戦う「宇宙戦艦ヤマト」を松本先生に描かせたのか。

ヤマトタケルの一生が象徴されていて、なんとなく関連性がわかるような気がする。

景行天皇の自画像が描きあがると、今度は守護霊からのメッセージが伝わり始める。メッセージの内容は「十七歳のころから守護している」「青少年に夢を与える仕事を今後とも頑張ってやるように」といったものであった。

松本先生の守護霊を出したので、今度は前世も見てみることにする。

ところが、今度は先ほどとは打って変わって非常に重苦しい霊波が私を包む。

一体、この苦しさはなんだ!私の口をついて霊が語るセリフは、低くしわがれていて、「皇帝め、皇帝め」と繰り返している。よほど、皇帝に対してうらみを抱いていたことをうかがわせるが、さてこの人物は誰なのだろうか。

全員が、かたずを飲んで見守るなか、二分、三分と時間が過ぎていく。

その間、私は必死に前世自画像を描き続ける。しかし、なんという苦しみだろうか。全身から血の気が失せてしまいそうだ。実際、顔色は青ざめ、唇が乾いてきた。

松本先生の前世に一体なにが起きたというのか。

五分ほど経った。人物像はほぼ完成に近く、最後に目を描き入れたところで、額のあたりから、非常に強い念波の放出も描く。が、この念波はとてつもなく強烈だ。

前世の顔は目がつり上がり、怒った表情が如実にあらわれている。

「この人は一体、誰だろう」と思っていると、霊が私の右手を借りて名前を書き込んだ。

なんと、松本先生の前世は、「史記」を書いた中国の偉大な歴史家・司馬遷だった。それを知って、一同驚いたのはいうまでもない。

「どうやら司馬遷は、暗くて狭いところに閉じ込められ、最後は刀で切られて死んだようですね。皇帝に対して非常に強いうらみを持っていたようです」

私はみんなにこう説明するのがやっとで、おもわず、疲労のためからか、「フーッと大きく息をついてソファーに腰をおとしてしまった。

このように、前世をみる力を潜在意識の同時通訳”あるいは潜在他心通力〟という。

「司馬遷がほくの前世だったんですか。フーン、知らなかったなあ。腰が抜けたなあ」松本先生は感慨深げに目を白黒させ、半信半疑といった様子だ。

司馬遷は今まで二度ほど生まれ変わり、三度目が松本先生。そして、今の松本先生には司馬遷だった当時の記憶が生きている。

もちろん、司馬遷と松本先生は厳密にいえば同一人物”ではない。ただ、松本先生の脳の奥底の潜在的記憶の中に、司馬遷が住んでいる”ということなのだ。

そういえば、松本先生は、古代文明や遺跡に、強い関心を持たれていると聞く。

前世、司馬遷の思いが、「古代の歴史にロマンを感じる」という形になってあらわれているのかもしれない。

また、松本先生は、マンガを通じて歴史上の人物の好き嫌いや、善悪をはっきりさせるのが好きだったとのこと。

あとでお聞きして、伝えられている司馬遷の性格とピッタリなので、一同再び驚いた。

私たちがよく感じる、「なんとなくこのジャンルに興味が湧く」とか、「この仕事が天職のような気がする」というのは、前世の思いが、そうさせている場合が多いようだ。

守護霊へのお願いは声に出すとよい

守護霊は心の中をすべてお見通しだから、改まって声に出して、願いごとを言わなくでも、きっと聞き届けてくださるに違いない、と考えている人がいるのではないかと思う。

確かに、守護霊は、頭の中で思いをめぐらした瞬間、その願いがどんな内容のものなのか、ちゃーんとわかっておられる。

しかし、守護霊も、もともとはわれわれと同じ人間。丁寧に声を出してもらったほうが、やっぱりうれしい。

ちょうど、子どもが親になにかおねだりするときと同じだ。親は、子どもの顔色や態度を見ていれば、どんなオモチャがほしいのか、だいたいの見当はつく。

子どもの「あれがほしい」と訴えている瞳の輝きを見逃したりはしない。

もじもじと、ほしそうな仕草をする子ども。「買ってやろうかな、どうしようかな」と迷っている親。

そんなとき、子どもが「お父さん、アレを買ってちょうだい!」と元気よく訴えれば「そんなにほしいのなら、買ってやろうか」という気持ちに親はなるだろう。

子ども=自分、お父さん=守護霊と考えてもらえばいい。自分と守護霊との関係はこうなっている。

それにもうひとつ、言葉に出して願いごとを頼むと、言霊から顕現パワーが発生し、自分自身の潜在意識にも呼びかけることになるし、守護霊に対する霊的確信も深まるわけである。

不思議なもので、「守護霊さん、願わくば、自分の運勢が一〇倍よくなるようにしてください」と口に出してしまうと、心の中からグォーンと自信が湧きあがってくる。

そうすると、「言ったからには、願いをかけたからには必ずそうなる!」と、全身に強烈な確信パワーがみなぎってくるからおもしろい。

ウソのような話だが、これは本当のことだ。そして、さらに内容をできるだけ噛みくだき、克明にイメージして逐一言葉に出してお願いすると、実現化の速度や度合が強くなる。

これは、一般に守護霊に限らず、神仏に願いをかける場合も共通している。また、後述する仏壇やご先祖に対してもあてはまる。できるだけ具体的に克明にして申し上げることである。

はっきりした功徳が約束されよう。たとえば「守護霊さん、明日一時から二時まで斉藤さんと見積もりのことで打ち合わせを行います。

できるだけ相手と、こちらが納得できるいい条件で結論が出ますように。

また、三時半からは、銀座の則子さんの婚約者のいいかげんさに、ぼくは忠告をしなければなりません。

ほくとのことを誤解されないように、しかも、両者の幸せにぼくが役立てますように、ちゃんと言わせていただきますように。くれぐれもよろしくお願いいたします」

おわかりいただけたと思うが、相手の実名、場所、その時間、内容、希望する結論などを、できるだけ具体的に申し上げるのがポイントになる。

そして、その中に、“相手よし、われもよし”の発想と、自分が向上しようという意気込み、それから守護霊の働きに対する信頼と感謝を言葉にする。

その際、できるだけ感情を込めるようにすれば、ほとんどの願いはかなえられるはずである。

ところが、いくら守護霊に願いをかけても、ぜんぜんかなえられないこともある。それはなぜであろうか。

まず第一に、自分に我と慢心および侮り、油断、怠慢等がある場合。これでは守護霊に見離されて、いくら祈っても効果はない。

次に、こうなってほしいという結果に対して、あまりにも執着心が強い場合だ。これは本人の出す執着心が黒雲をつくってしまい、守護霊の働きを鈍くしてしまうからだ。

最後は、守護霊が、祈りの内容をかなえないほうが、本人や相手にとって幸せであると判断した場合である。

ただ、これらのものを避ける方法がある。侮り、油断、怠慢に関しては問題外だが、それ以外のものに関しては、こうすればよい。

それは、祈りの最後の部分に工夫をして心を込めることである。つまり、「すべて守護霊様におまかせします」と最後を結ぶのである。

人間は悲しいかな未来のことはわからない。だから、もがき苦しんだり、目先の結果に執着してしまう。しかし、守護霊は違う。

霊界にいて先の先までご存じなのだ。今、自分の願っていることがすべて自分の将来の幸せであるとは限らない。

ところが、幸福は強く願わないと実現しにくい。

つまり、どこまで強く願い、どこから先を“ゆだねるか”が問題となるわけだ。答えは、八割は徹底して信じて願う。

あとの二割は守護霊の未来予測の価値基準にゆだねるのだ。こうすれば、過度な執着や我と慢心も避けられる。

とくに、いくら願っても逆方向に事が運び、いきづまるときには、「これは、守護霊様が先々を見通して、よくないと判断されているから、こんなに何度願っても、逆方向に事が運ぶのだ。

たぶんこの成りゆきのほうがベターなのに違いない。自分の執着心を捨てて、そう信じよう。きっとそうだ。守護霊様、私にはわかりませんが、きっとそうなのでしょう。ね」――と守護霊に心をおまかせしよう。

実はこの方法、神社の神様との交流にも当てはまる。よく、近くの神社へ祈願に行くと、賽銭箱の奥のあたりに「惟神奇魂たまち生えませ」と木に墨字で書いてある。

この惟神”は、「神様の御心のまにまに」という意味だ。たくさんのお願いごとをしたあとは、ちょうどお団子を食べたあとに必ずお茶を飲んでしまうように、この言葉を唱えるのが慣習になっている。

つまり、食べすぎると、あんこがしつこく口の中に残るように、お願いが強烈で過激すぎると、我が出たり執着心の黒雲が出て神様の口に残ったりする。

そこで、神様の喉のとおりをよくするために、唱えるのだと思ってもらえばいいだろう。守護霊に対する作法も、この神社のお参り作法の原則となんら変わるところがないこともおわかりいただけたと思う。

返事は夢や直感で

さて、具体的なお願いに対して、守護霊はどのような形で返事を与えてくれるのだろうか。

たとえば、ボーナスの使い道。家族旅行にしようか、それともオーディオセットの購入に回そうかなあと迷っている場合。

「守護霊様、家族と自分にとってよいほうを教えてください。お願いします」

まず、こうお祈りするのが普通だろう。霊的に研ぎ澄まされている人ならば、目を閉して願いを発すれば、その瞬間、パッと頭の中にオーディオルームで家族が美しい音楽を聴いている様子が浮かぶかもしれない。

あるいは、温泉につかっている姿が見えるかもしれない。イメージが浮かんだほうが、守護霊の答えである。

しかし、これはあまりないケースだといえよう。

次は夢で教えられる場合。日頃、夢などあまり見ないという人が、その夜に限って、家族そろって汽車に乗って楽しくおしゃべりしている夢を見たりする。

そういうときの夢というのはカラーではっきりと見え、よく覚えているものだ。朝、目醒めても、しばらくの間旅行気分が抜けない、などといった感じである。

逆に、守護霊が「旅行はやめたほうがいい」と教える場合は、飛行機や列車の事故などの夢を見させることもある。危険信号を発しているわけだ。そういうときには、旅行を中止すべし。

周囲の人の口を借りて指示することもある

直感力も弱く、夢も見ないという人に対しては、守護霊は別の方法でアプローチを試みる。こちらが真剣なら、守護霊はとても親切である。

なんとか願いを聞き届け、答えを伝えようとするわけだ。しかも間接的にやってくる答えは、たいてい三回以上伝えられる。

一回二回伝えたぐらいでは、どうせ気がつかないだろうし、信じないに決まっているとでも思っているのかもしれない。とにかく、鈍感な人間にでも悟れるように、三回以上答えを出してくれるのだ。

たとえば、こんな具合だ。

一回目。突然懐かしい友だちが家を訪ねてきて、先日家族そろって温泉旅行に行ってきたことや、女房子どもがものすごく喜んでいたことなどを、こちらが聞きもしないのに、ペラペラとしゃべりまくる。

普通の人なら「ハハァーン、守護霊さんの解答用使者”だな」と悟って、今度のボーナスは家族旅行に決めた!となるわけ。

しかし、それでもまだ疑う人もいる。それらの人のために、二回目のアプローチがなされる。

またもや突然、今度は電話が鳴りだす。相手は田舎の両親から。「たまには家族サービスでもしたほうがいいぞ。ワシラの近所で最近温泉が湧き出しての、家族そろって入りに来んか」などと言う。

こんな風に、直接的でなかったにせよ、新聞の折り込み広告に、温泉案内が二枚も三枚も入っていて、それらが妙に印象に残るというようなことがあるのだ。

これで九〇パーセント以上の人は、守護霊の働きを感じ取って、温泉行きに決めるだろう。

だが、残りの数パーセントの人のために、守護霊は三度目の最後のアプローチを試みる。守護霊もこんな疑い深い人につくと骨が折れて大変だ。

本人としてはまだ「たまたま、偶然が重なっただけ」と、守護霊の汗だくの苦労もどこ吹く風といった感じ。

三度目は、セールスマンが家に訪ねて来たピンポーン。

「ごめんください。わたし、守護霊です」などということはさすがにないが、このセールスマン、なんと旅行代理店の人で、温泉旅行をさかんに勧める。

「最近は、旅行会社も訪問販売をやるようになったのかな」などと思っている間にセールスマンの口車にのせられて、温泉旅行のクーポン券を買ったあと、「あ、これが守護霊さんの答えか!」と気がつく。

直感がダメなら夢夢がダメなら友人知人の口を通して、それでもダメなら誰かを直接派遣してでも、答えを伝えようとする。涙ぐましい守護霊の姿がそこにある。

しかし、守護霊にとってみたら、これはかえって好ましい態度なのである。何度も何度も問いを発し、疑って疑ってついに確信を得る。このほうが信じてゆるがないからだ。

とくに、一生涯の岐路に立たせられたときはそうだ。守護霊にお骨折りいただいて申し訳ないかもしれないが、徹底して問いを投げかけ、もう絶対に間違いがないと確信できるまで、その証を取り続けるのがよい。

守護霊は、喜んで骨を折るはずだ。

それから、直感や夢は、往々にして「こうなってほしい」という先入観が入ってしまって狂いが生じることがある。また、悪霊があざむくこともありうるので、直感的な解答と、間接的な証の両用をお勧めする。

大難は小難に、小難は無難に

お金をどう使おうか、どっちへ引っ越したらいいかなどといった、直接答えが返ってくる場合なら、心を素直にして守護霊の「声」に耳を傾ければいいが、どうしても避けられない災いもある。

守護霊にどうすることもできない災いもあるのだ。

天が、その人に災いを与えてどうしてもより大きな成長を促す必要があるときには、これは避けようがない。

しかし、これは悪意でやっているのではなく、天は自らの心を痛めながら、本人の成長のために、泣く泣く試練を与えるのである。したがって、この笑いは甘んじて受けなければならない。

ところが、悪霊がイタズラで災いをもたらすこともある。

病気になったりケガをしたり、あるいは、あと一歩で仕事が完成するという段階になって、思わぬアクシデントを生じさせて、全部パーにしてしまう、といった具合である。

タチが悪いうえに、こんなものにとりつかれると、運勢も坂道を転げ落ちるように急降下しはじめる。早いうちになんとかしなければいけない。

そこで、大事を成す前には必ず守護霊にお願いすることにしよう。

また、いつ思わぬアクシデントに巻き込まれないとも限らないので、日頃から守護霊のご加護をお願いしておいたほうがいい。

とくに、親戚や家族で悪霊狙われ型の人生を送る人が多い場合は、真剣にやったほうがいいだろう。

いうなれば、守護霊ガードマンといったところか。この守護霊ガードマンの日当はタダ。

ボーナス、厚生年金、社会保険、失業保険等、一切不要であるばかりでなく、年中無休、一日二四時間守っておられるのだ。

なんとありがたい、尊い存在ではなかろうか。お金はいらないし、労働条件にも文句はいわれない。

ただし、お金の代わりに「守護霊さんが、守ってくれる。いや、すでに守られている」という強い信念と感謝の気持ちが必要になってくる。

それさえあれば守護霊は満足してくださる。こんな方は、親戚はもとより、日本中、いや世界中探しても絶対いないはずだ。

そして、信念が強ければ強いほど、守護霊のパワーも強くなる。

それによって、自分に降りかかってくる災いが小さくなるのだ。本来なら大難が降りかかるはずなのに、それが小難になったり、小難ならば無難になったりするわけである。

悪霊のイタズラばかりではない。ときには試練さえも軽減されることがある。守護霊が「彼もこんなに一生懸命やっていますから、ここはひとつお手やわらかに」と、天に対してとりなしてくれるわけだ。

一〇〇の試練が八〇ぐらいになるかもしれないが、結局のところ、自分自身が行いをちゃんと改めて、自分を立派に磨き世のため人のために尽くすようになれば、天も守護霊の願いを聞き届けてくれるわけである。

大切なのは本人の努力

なんでも守護霊が聞いてくれるからといって、自分のやるべきことを怠ると大変なしっぺ返しをくらうことになる。

これは私の体験なのだが、一度痛い目に遭ったことがある。

私が大学生のときだった。試験が間近に迫っているのに、勉強がはかどらない。一生懸命机に向かって、ノートを広げるのに気はあせるばかり。

クラブに精を出しすぎて間がなくなったためだ。そこで、神様、守護霊様によくお願いして、ねじりハチ巻きで必死に勉強していたら、「このへんが出そうだな」というヒラメキが湧きあがってきた。

しかし、そのヒラメキに全部をゆだねるわけにもいかず、とにかく汗だくで勉強を終え、試験に臨んだのである。

するとどうだ。ヒラメキはピッタリ当たっているではないか。おかげで、試験は満点を取ることができた。しかも全教科がこの調子で過不足なく「ここだな」とヒラメクところが百発百中当たったのである。

「ほくのヒラメキはすごい。きっと守護霊さんがお教えくださったんだ。次もよろしく「お願いします」

ムシのいい感謝を述べておいた。

さて、数ヵ月後、試験の季節がまたやってきた。試験日が迫ってきても今回はそんなにあせらない。

なぜなら、私には強い味方、守護霊がついているから、試験問題はヒラメキでみんなわかってしまうという、確固たる自信と喜びがあったからだ。

その期待どおり、目を閉じると試験問題が明確に頭の中に浮かんでくる。「ほう、今回はこんな問題が出るのか、なるほどなるほど」という具合だ。

いよいよ試験当日。机に座り配られてくる問題と答案用紙を心待ちにしていた。「今回も満点解答をしよう」などと自信満々である。

パラリ。問題用紙を見た。「アレ?ちょっと変だな」と思う間もなく、全身から血の気が引いていく。な、なんと、自分の考えていた問題と中身がまったく違うのだ。

「裏切られた!だまされた!守護霊さんに見離された」などと考えるヒマもなかった。

真剣に勉強もせず、自分がやるべき最大の努力を怠った天罰に違いないとホゾをかんだが、時すでに遅しだったのである。試験の結果はもちろんさんざんなものだった。

それから猛烈に反省して、神様や守護霊にお詫びした。畳におでこがこすれて真っ赤になるくらいにお詫びした。

「前回は、自分以外の人々、つまりクラブのために精一杯やらねばならないことをやり通したために、時間がなかったので、特別に霊感を授けてくださり、普段以上の点数がとれたのです。

再び霊感を当てにすることは致しません。どうかお許しください」

このように、いくら守護霊といえども、強い私利私欲の願いやり、油断、意慢から出た願いごとを聞き届けるわけはない。

なぜならば、正神界の高級霊だからだ。

そんな願いを聞いていたら、世の中はナマケモノばかりになってしまうだろう。

本人が一〇〇パーセント努力してもどうにもならないとき、その願いが十分、天意(真にその人のためになるか)にかなうものであれば、守護霊があと押ししてくれるのである。

いや、前に立ってどんどん導いてくださることもあるのだ。

霊的に少し敏感になると、「オレは霊界が見える、予知能力が備わっている」と自慢する人を見かけるが、これは厳に慎まなくてはいけない。

霊的に敏感だから偉いのではないのだ。自分の力を一〇〇パーセント発揮して、世のため人のために尽くそうと、日々切磋琢磨する姿勢こそが真に尊いのである。

そして、天も守護霊も、そういう人に対しては全面的に協力を惜しまないのである。

感謝すれば守護霊も働かざるを得ない

もうひとつ、守護霊との関係で重要なことがある。それは礼節をわきまえる、ということだ。

正直にいって、守護霊は意外にそういうところにうるさい。というのは、守護霊たちが生きていたのは、封建制度がビシッと確立していて、礼儀作法はもちろんのこと、親や年上の人にきちんと孝行を積むことが当たり前の時代だった。

四〇〇年、五〇〇年以上も前の人が多いからだ。守護霊たちは、そういう時代に育っているから、礼節をわきまえないと、イヤな顔をする。

とくに武士の霊はそうだ。外国人やお坊さんの場合はそれほどでもないが、それにしても、神霊界は秩序正しいピラミッド型の厳然とした組織になっているので、礼節を重んじる心は、すべてに通ずる。

したがって、願いごとをするときは姿勢を正して、邪念にとらわれず一心に願うべきだ。

そして、願いが聞き届けられ解答が得られたら、ちゃんと感謝すべきである。

「守護霊さん、本当にありがとうございました。今後も一生懸命努力しますから、よろしくお願いします」

最低、これぐらいのお祈りは必要だ。そうすれば、「そうか、こんな少しの働きだけで、そんなに喜んでくれるのなら、次はもっと大きく助けてあげよう」ということになる。

つまり、リピートオーダーがきくわけで、守護霊の働きを継続して得ることができる。逆に、お礼も感謝もしなかったらどうなるか。

「せっかく働いたのに、なんてやつだ。ありがとうのひと言ぐらいは当然あって然るべきだ。まったく礼儀知らずでケシカラン」

なにも、お礼がほしくって守護霊を務めているわけではないだろうが、こんなふうにヘソを曲げたくもなるだろう。守護霊だって、昔は人間だったのだ。

今は肉体を持ってはいないが、心はわれわれと同じ。そのへんを忘れてはいけない。

ただ、霊格が高い方なので、黙認していて、「これも時代だから仕方あるまい」と辛抱しつつ、それでもわれわれの幸せのために日夜活動しておられるのだ。

こんな守護霊たちを感動させる秘法がある。ここでちょっとその奥義を授けておこう。

感謝の言葉を、守護霊の時代に合わせて述べるのである。つまり、万葉歌や古代歌謡、長歌短歌、祝詞の文などに合わせて作文する、なんでも候をつけて候文にするなどである。

生きておられた時代により、言葉も多少異なるであろうが、こちらから守護霊の世界に歩み寄るという努力を愛でていただこうというわけだ。

もちろん、テレパシーで通じるから、平易な言葉で十分なのであるが、だいたい無学文盲だった守護霊などは見たことがないので、教養レベルがピッタリ合うと、非常に感動される。下手でもいい、その姿勢と誠に打たれるのである。

これが、昔型人間の特徴だともいえる。

ちょうど、子どもが突然気の利いた大人言葉の表現を覚えて、「父上、誠に衷心より感謝致す次第です」と言い出せば、「ど、ど、どうしたのだ、どこで覚えたのだ」と感心したり、実家の両親に、丁寧でやや他人行儀と思えるような名文でお礼の手紙を書くと、「こいつも大人になったな」と昔気質の父親が、感激するのに似ている。

だから、このように絶えず守護霊に感謝していると、思わぬところで得をすることがある。

疲れ果てて電車に乗り込んだら、あいにく満員で座れる席がない。しようがなく立っていると、目の前の人がどういうわけか立ち上がって席を譲ってくれた。

「ああ、きっとこれも守護霊さんの働きに違いない。守護霊さん、どうもありがとう!」

ところが、これはあいにく守護霊の働きではなかった。目の前の人が駅を降り忘れ、あわてて席を立っただけだった。さあ、守護霊はどうする!感謝されたのに、それは違っていたのだ。

「よしよし、わかった。今度帰りの電車に乗ったら、お前のために席をひとつ確保して「おいてやろう」

相手が感謝しているのに、それを無視するほど無慈悲な守護霊はいない。「そんなに感謝してくれるのなら」と、先まわりしてでも、感謝に応えてやろうとするわけだ。これ私は「守護霊追い込みの秘法」と呼んでいる。

明治維新を演出した霊たち

時代の節目にはアクの強い霊がうごめく

日本の近代化の夜明けともなった明治維新の話をしよう。というのも、こういう、時代の大きな節目には、神様がいろんなところにいた強いパワーを持った霊を呼び集め、時代を築こうとしている人々の守護霊となるよう、命令を発するからだ。

先ほど、志の高い人にはそれなりの守護霊がつくと話をしたが、とくに明治維新では、己を捨て国家のために生きんとした志の高い若者たちが多数現れた。

そして、若き生命時代作りという大義のために散らせていったのである。

まさに、我を捨て志に生きた若者たち。こうした生き様は、守護霊たちが最も働きやすい状況だったはずだ。

しかし、なんといっても、これらの中心になったお方は、希代の指導者、明治天皇である。お祭神事が大好きであられ、その御製(御歌集)を拝察しても、慈愛にあふれ、高い境から詠んでおられ、読む者を感動させる。

いかにすばらしい真の意味の「天皇」であり、神のような方であったかが窺われる。

私がなぜこんなことを言うのか。それは、国家主義、国粋主義者がたたえる明治天皇像を支持するのではない。明治天皇の国を想う至誠が天に届き、それが神霊波として広がったことを知っているからだ。

だからこそ、国運があれほど盛りあがったのである。さて、明治維新の志士たちは多数に及ぶ。

その一人ひとりについて守護霊との関連を説明していったのでは、軽く一冊の本ができてしまうほどなので、ここでは代表的な数人に登場願い、歴史的な時代の節目で、霊たちがどのように関わっていたのかをみてみることにしよう。

六五〇人の大守護霊団がついていた西郷隆盛

薩摩藩の中心的人物だった西郷隆盛。あの堂々とした態度から、一体どんな守護霊を連想するだろうか。

最期は地元の城山で、桜島を見ながら悲運の死を迎えた西郷隆盛には、なんと六五〇人の大守護霊軍団がついていた。

その中でも中心的守護霊は、徳川家康、織田信長、豊臣秀吉の三人と楠木正成である。

上記三人は、明治維新までは、戦国時代に世の中を治めるためとはいえ、数多くの人々を死に追いやった罰として、地獄界で苦しい修業をしていた身だった。

しかし、明治という新しい時代が生まれるにあたって、強烈なパワーを持つ戦国の武将のこの三人を地獄界から恩赦によって引き上げ、西郷隆盛の守護霊となるよう神様が命じたのだ。

厳密には、信長は江戸中期からときおり守護霊として活躍している。

とくにこの三人は明治維新では大活躍している。というのも、江戸三〇〇年の太平はこの三人の努力によってつくられたので、それを壊すに当たっても、三人の力を借りたのである。

徳川家康は五人ほどを守護霊として導いたし、秀吉は七~八人、信長に至っては十三人ほどを導いている。

ところで、西郷隆盛は四人もの強力な守護霊と大守護霊団に守られながらも、なぜ官軍の手によって非業の死を迎えなければならなかったのだろうか。

どうやらその理由は、西郷隆盛のあの性格にあったようだ。こんなことを言うと、地元の人にお叱りを受けるかもしれないが、大将の器になる人は、どこかネジが一本抜けているようなところがある。

知らない人からみると、「アホじゃなかろうか」という一面が、かならずあるものなのだ。よくいう、超然として、泰然自若。悪く言うと「間の抜けたノンビリ屋」。

自ら死を決して不満分子をまとめ、義を貫いて国に迷惑をかけないよう、露と消えていこうとした、その死に様はすばらしいと思う。

欲をいえば、維新以降、もう少し国のために頑張ってもらいたかったと考えるのは、私一人ではあるまい。

西郷どんの死は善し悪しは別として、時代を先取りする智謀と世知に、少し欠けていたためのようだ。

しかも、彼が城山に兵を構えたとき、すでに時代は次なるヒーローを求めていたし、大守護霊軍団も彼のもとから離れようとしていたのだ。

役目が終われば消えていくヒーローたち

同じく非業の死を遂げたのが、坂本竜馬。彼には西郷隆盛のような大守護霊団こそついていなかったが、知恵と武勇の神様といわれている摩利支天が、守護神となっていた。

そして、守護霊としては、織田信長に明智光秀、新田義貞らが竜馬を導いていた。

どうやら、竜馬には智将としての信長らが一生懸命働いたようだ。だからこそ、あれだけ激動した日本国内にあって、悠々と世界の国々のことを考えたり、血気にはやっていた薩長など各藩を上手にコントロールして、幕府側と渡りをつけたりできたのだろう。

しかも、彼には後盾となるべき兵力もなかった。まさに、知恵と度胸と、そして守護霊の力のみで幕末を走り抜けた男だった。

明治維新の立て役者たちと、その守護霊の相関図は九五ページのようになっているが、激動の時代であればあるほど、同じような体験すでに何百年か前にした人物が、守護霊として選ばれていることが多いのに気づく。

そして、明治維新のときに守護霊として活躍した織田信長も、彼が生きていた当時は、なんと守護霊として、聖徳太子、楠木正成、比叡山の開祖・伝教大師や、弘法大師がついていたのだ。

これらが彼の天才をもたらしたのである。信長は一見すると抜けた雰囲気と残酷非情な雰囲気の両方を持った男だったが、本当の心は、「たとえ地獄に堕ちても、天下を平定する」というものだった。

そのためには無慈悲ともいえる殺りくをくり返した。

実をいうと、神霊界で見た信長は、実にヒョウキンで面白い人物である。冷酷そうに見せたのは、彼二流の芝居で、当時、どこの馬の骨ともわからぬ雇い兵を統率するために演出していたのだ。

しかし、それがいつしか本物の性格となっていったところに、彼の悲劇がある。性格が変貌したのは四二歳のころからだった。

冷酷な性格があらわれた例として、比叡山の焼き打ちもそのひとつに数えられるかもしれないが、これは、当時の比叡山の姿が、伝教大師の願いとは遠くかけ離れたものになっていたため、大師が信長に命じて焼き払わせたという一面もあるのだ。

ところで、信長にはなんと五〇〇〇人近い超巨大守護霊団がついていた。

メインはもちろん、先の四人だ。しかし、皮肉なことに守護霊団をさらに上回る七〇〇〇人ほどの霊が、霊障として信長を殺そうと狙っていたのだ。

信長の最初の心は「やらなければやられるだけだ。天下平定のため、地獄へ堕ちてもかまわぬ」というものだったが、やがては、天下が目の前にチラツキ始めると慢心してしまい、ついには大守護霊団からも見放されてしまったのだ。

実は、信長が死に至る前に三度ほど改心のチャンスがあった。だが、慢心には勝てず、ついに「本能寺の変」を迎えるのである。

本能寺での信長の最期は、彼の慢心の最大の結果としてとても興味あるものだが、それにもまして、本能寺を真赤に包んで信長を焼き殺した炎に、七〇〇〇人ものウラミがこもっていたのをはたして信長は知っていたのだろうか(なぜ私がこんなことを知っているのか、不思議に思っている読者も多いと思う。

実は、過去のすべての出来事は〝神界ビデオ”ともいうべきものに記録されており、許可をいただくと、誰でも霊的に見ることが可能なのだ)。

非情な霊界のルール

こうやって見てくると、歴史に名を残すような人々というのは、死に際がとてもドラマチックだ。

逆に、非業の死を遂げることによって、のちのちまで人々の心の中に残るということになるのかもしれないが、歴史を動かした人々の死には、ひとつのテーマが隠されていることに気がつく。

それは、本人のその時代における使命が終わったら、よほど生き様に注意しないと守護霊から見放されるという点だ。

歴史的に、大きな使命を背負って生きると、守護霊の守りも大きくなるかわりに、反対勢力も同時に強くなるのが、神霊界のオキテらしい。

これは、今、志を大きくして生きようと決心した人にもあてはまる。志が大きければ、それだけ妨害も大きくなると覚悟すべきだろう。

その妨害は神が試練として与えている場合もあるし、自分が弱すぎたり悪と符合する面があったために、文字どおり悪霊たちが邪魔しに来ている場合もある。

いずれにしても、この試練を避けて通ることはできないのだ。あくまでも、受けて立つ以外に道はない。

悪霊にやられないためには、次に説明するような方法を取るのもいいが、心の持ち方としては、善霊に愛されるよう慢心せず、油断せず、いつも先々を見通しながら前向きの方針を練っていくべきだろう。

そして、神霊界への感謝を忘れないことだ。

明治維新の若人たちから学ぶべき、志と守護霊の働きについてはまだまだたくさんあるが、その解説は改めて別の機会に譲ることとして、最後にひとつだけ、そっと教えておきたいことがある。

それは、今は明治維新にも匹敵するほどの時代の変動期で、神霊界では志の高い若者たちの出現を首を長くして待ち望んでいるということだ。

つまり、その気にさえなれば神霊界からの強い援助によって、ものすごい人物にもなれるのだ。コツは、一党一派、宗門宗派にこだわらず、広い心を持って国と世界を想い、人々への至誠の思いを持ち続けることだ。

この先祖供養ではかえってマイナス

仏壇から不幸のタネを取り除いて家庭円満に

「おばあちゃんと母親の仲がものすごく悪い」「父親はいつも母親の尻に敷かれている」こういった家庭は結構多い。

お互いの性格がそうさせている場合もあるが、中には先祖の霊同士の仲が悪く、その影響が家庭の人間関係にあらわれることも多い。

まさか、そんなことはあるまい、と思われる人もいるかもしれないが、そうなのである。

死んでしまったご先祖様は肉体を持っていないというだけで、心はちゃんと霊体となった後でもそのままである。

「なんとなく嫁いびりがしたくなる」「なんとなく夫に当たり散らしたくなる」という心の、なんとなくという部分が、実は曲者で、そこに先祖霊が働いているといえるのだ。

いや、働くというより、霊の心の波調を、人間の側が知らないうちに感じとってしまう、といったほうが正確かもしれない。

たとえば、ひとつの仏壇の中に父方と母方の先祖の位碑が同居している場合は、家庭の中にイザコザが起きやすい。食事がまずい、とささいなことで父親が母親を叱ってみたり、おばあちゃんが、母親をいじめたりする。

また、逆に嫁が姑に対して陰険な仕打ちをしたりする。兄弟ゲンカも多く、家の中はいつもトゲトゲしい雰囲気に包まれている、といった感じである。

原因は仏壇の中で、ご先祖様の霊同士がしっくりいっていないからだ。というのも、狭い仏壇の中で、四六時中両家の霊が顔をつきあわせているのだから、イライラするほうが当たり前。

こういう場合は、位牌を別個の仏壇の中に入れて、ご供養するとよい。

われわれだってそうだろう。六畳一間の部屋に、五人も六人も詰め込まれたら、息苦しくてしかたがない。

しかも、血のつながりのない者同士なら、なおさら大変だ。同じ現象が、狭い仏壇の中で起きていると考えていい。

父親方の位牌と母親方の位牌を別々の仏壇に移せば、ご先祖様もゆっくりできる、というわけだ。

ちょうど、妻の親戚のために、離れをつくって、個別のプライバシーを守りつつ、住むのに似ている。これで一応はおさまるはずだ。

明るく爽やかな場所に位牌を置くと先祖は喜ぶ

死んで肉体が滅びると、幽界という場所へ旅立つ。死後三〇年間、ここで訓練して人間界のさまざまな未練を断ち切ることになる。

この期間の、地上への仮の通い宿としての役割をはたすのが、位牌。したがって死んだ人の霊は、通常の場合は位牌についていると考えられている。

なかには、人の体につく霊もいるが、これは神霊界のルール違反である。

あとで、厳しく処罰されるのだが、この世の未練やうらみが大きすぎると、人の体につく。人間界でも、法を破って、人殺しや盗みをする者がいるのと同じである。位牌ではなく、物につく霊もいるが、これも許されない。

死んだ霊の務めは、まず霊界で修業することが第一だからである。

とにかく、人につくこと、悪いことをすることは、神霊界では禁止されている。

さて、われわれ人間も暗くてジメジメした場所に住みたいと思わないのと同様、位牌を仮の宿とする霊も、できるだけ小ざっぱりとした明るいところを好むものである。

「3LDK、庭つき一戸建て位牌」などと贅沢はいわないが、トイレの横とか物置きの隣りはかんべんしてほしい、と願っている。

そして、できれば薄陽が差し、四季折々の自然が感じられる場所ぐらいは最低限望んでいるだろう。子孫と共にいられるリビングが一番喜ばれる。

二週間も三週間も仏壇に閉じ込めっぱなし。掃除も二ヶ月に一度というのでは、霊も喜ぶまい。

真面目な霊ならば「しょうがない子孫たちだ」と、しかめっつらをする程度で許してくれるかもしれないが、そのかわり幸福をもたらすこともついためらいがちになろう。

ちょっとヘソ曲りで、しかも子孫をうらんでいたりすれば、「コノヤロウ」などと腹を立て、ゴツンとゲンコツを見舞うことも十分考えられる。

しかも、「こんな位牌に「はいられない」と霊がさっさと逃げ出すこともある。

すると、空き家になった位牌に、家の周りをウロウロしていた「宿なし浮遊霊」が、ちゃっかり住みつく危険性もあるわけだ。

浮遊霊によい霊はいない。よい霊ならば、ちゃんと位牌などにつき、霊界で一生懸命修業を積んでいるはずだから、浮遊しているひまなぞないのである。

「貧乏神」「疫病神」の使いともいうべき、浮遊霊たちに位牌が占領されると、その家にはロクなことが起きない。

病気、事故、火事、家庭不和…。

まるで不幸を絵に描いたような一家になってしまうこともあり得る。だから、仏壇位牌、神棚など、先祖霊の宿る場所はいつも清潔にしておく必要がある

いろいろな事情があって、位牌を置く場所が適当でないことがある。 2DKに一家五人、タンスや机で部屋が狭くなり、仏壇や位牌が押し入れの横などに追いやられている場合である。

あるいは、家を増改築するときも、やはり仏壇は隅に追いやられることがある。

事情が事情だけに、こういう場合はご先祖様の霊に誠意をもって説明して、許しを請うしかない。

「部屋が狭くて、こんな場所で無理をねがってすみません。よい部屋を作りましたら、そちらへ移っていただきますから、それまでしばらくの間我慢していてください」そのような場合、ご先祖様の霊は、「ダメ」とは言わないはずだ。

「ああ、いいよ。その真心だけで十分。お前たちも狭い部屋で大変だな。

幸運の神様に会ったら、部屋を広くしてくださるよう、わしからもお願いしてみよう」ということになるであろう。

狭いのはやむをえないが、先ほども言ったように不潔にしていてはいけないし、また位牌の順列を乱していいことにもならない。

位牌の順列とは、たとえば、母方の位牌が、父方より上位にある場合などだ。こうすると、母親の先祖が父親の先祖の上になるため、家庭の中は女性上位になってしまう。

父親が母親の尻に敷かれたりするのは、これが原因であることも多い。

以上、いろいろ説明したが、大切なことは、

①清潔
②真心
③明るくて雰囲気のいい場所
④順列と規則(ひとつの仏壇、あるいは神棚などに、直系以外の多数の位牌を並べない)

先祖代々と記した位牌と、死後三〇年ぐらいまでの直系の人たちのそれぞれの位牌を、墨塗りに金文字で書き、後者をやや小さめに製作してもらうのである。

これが最も霊たちに喜ばれる。あまり深刻に考える必要はないが、かといって軽く扱うことは厳に慎むべきだ。

また、浄土真宗や日蓮宗の信心を昔から行っている家では、仏壇はあっても阿弥陀如来の絵図や曼陀羅があるだけで位牌のな場合も多い。

先祖代々すべての人々が、それぞれの信仰で救われたい、と心から願って死に、浄土に行っているのなら、位牌がなくても、なんの問題もない。

しかし、不信心だった先祖はどうなるのか。命日になれば仏壇にやってくる。ところが、仏壇に位牌がなければ不信心だった先祖の霊は子孫の身体にくっつくしかない。

これが問題なのである。こうした状態を避けるには、次のように考えてはどうだろう。

宗門宗派の教理やしきたりもわからないではないが、霊界の実情からみれば、正式の位牌も置き、掛け軸も掛けるべきである、というのが私の持論だ。

「位牌を置く」というだけで、日蓮上人や親鸞の教えにそむくとは思えない。

形よりも、先祖霊のためを思っ宗祖の真の精神を受け継ぐことのほうが大切であると考えるからである。

また、神式については、先祖をまつっている場所はすがすがしくて明るいが、ランクの低い霊界へ行った先祖の場合、神霊の光がまぶしくて近寄れないことも多い。

そういう場合も、先祖霊は子孫の身体にくっつくのである。

こうしたことからいえば、神仏習合してオーソドックスな仏壇と位牌も置くべきである。

日本の神霊は、決してそれをおとがめになることはないので安心していただきたい。ただ、蛇や龍神などはおおらかさがないのでよく気をつけていただきたい。

ご先祖様の霊界修業を邪魔しない

霊界というのは、非常に多くの階級(霊層)にわかれていて、それらが秩序正しく厳然と定められている。もちろん上層に行けば行くほど気持ちのいい世界、つまり天国に近くなる。

だから、どの霊たちも少しでも上の階層に行こうと必死になる。

しかし、ランクを上げるためにはいわば無形の昇進試験のようなものがあり、これにパスしなければいけない。

そのためには修業を積む必要がある。とくに、死後三〇年間は、この世のアカを洗い落とし、未練を断ち切ることが、第一の修業となっている。

ところが、その修業を妨げるものが、この世の人々の心だ。

残された人が故人を懐しみ遺徳を偲んで学び、「精一杯頑張るゾ!」と積極的に生きるためのバネにするぐらいの気持ちがあればよいが「あの人がいてくれたら、こんなことにはならなかったのに」とか「どうして死んじゃったの!」と、いつまでも未練タラタラで故人を偲ぶことは、年回忌(しかも三〇年以内)以外はよくないことなのだ。

この世の人が、すでに霊幽界で修業をしている霊に対して、「あなたが生きていたら」と心に思うと、それは念となって霊に届く。思いが強ければ強いほど、強力な念となって、霊をこの世に引き戻そうとする。

つまり、霊のほうでも未練が断ち切れずに、修業に打ち込めないことになるわけだ。

霊界では、少しでも現世のことを回想すると、たちまち霊は現世のどこかに帰ってしまう。霊界は意志と想念の世界であるからだ。

仏壇や神棚に手を合わせ、死んで間もないご先祖様を拝むときは、「未練を断ち切っ霊界で修業を積んでください。

みんなのことは心配しないでください。大丈夫ですから」と念じるべきだろう。そうすれば、霊も安心して未練を断ち切ることができる。

いうなれば「成仏」できるというわけである。お盆と年回忌以外はあまり過度に先祖を思い出すのはやめよう。

曾祖父の写真なども、大切に飾っておくのは禁物だ。アルバムにしまっておこう。

そして、先祖代々の霊位にお鎮まりいただくように申し上げる。子孫が夜尿症であったり、ぜん息であったり、脳出血などになるのもこういう先祖霊が苦しみを訴える戒告”である場合が少なからずある。

供え物をいつまでも置いてはいけない

朝、お供えしたものを夜まで仏壇に置いておく、などということはないだろうか。これはよくないのでやめたほうがいい。

せいぜい二五分ぐらいが限度。われわれも食事の時間は三〇分前後が普通だ。位牌についている霊だって、食事時間は同じなのだ。

長い時間放っておくと、近所の雑霊が、まるでゴキブリかネズミのように、コソコソと寄ってきて食べる。

リンゴやミカンなどの果物、あるいはお菓子なども、やはり長時間置いておかないほうがいいが、こういったものは、霊が食べやすいように、なるべく皮をむいてお供えするようにしたい。

「ご先祖様、どうぞ召し上がってください」という気持ちで供え、二〇分から三〇分経ったら、雑霊に食べられないうちに人間様の胃袋に収めてしまう。

ご先祖様は食べ物の霊気を食べ、人間は物質を食べる、というわけである。

お酒が好きなご先祖様だったら、特級酒ぐらいのを供えたらよい。神様にお供えしたものは、神気〟が残るので、酒もその他のお供え物も、この神気のために若干だが味が向上しているはずだ。

ところが、ご先祖様の場合は逆で、特級酒が一級酒に、酒は二級酒に落ちる。先祖霊が供物を食べた証拠である。

ところで、お地蔵様などにお供えしてある食べ物だが、たいていは置きっぱなし、供えっぱなしだ。

だから、当然雑霊たちがそのあたりにウヨウヨしている。こういう場所で妙なお願いでもしようものなら、ワッと一斉にとりつかれてしまう。

古く汚くなってしまったお供え物が置いてあったら、きれいに片づけてあげたほうが、お地蔵様も喜ぶだろう。そのあと、持参したお供え物を置くようにする。

もし、手を合わせてお祈りするのなら、個人的な願いは避けて、「この道で事故が起きませんように」とか「町が栄えますように」と、みんなが幸せになるようなものにしたほうがよい。

そうすれば、雑霊などにとりつかれなくて済む。

なお、お供え物も同じように、二〇~三〇分ぐらい経ったら持ち帰るようにする。

命日は霊の誕生日

よく使う言葉に「生前」というのがある。「生前お世話になった」「生前やり遂げたかったこと」「生前の言葉」などと使う。

つまり、「生前」とは、死ぬ前のことを通常指している言葉なわけだ。しかし、これは考えてみるとおかしい。

死ぬ前だったら、当然「死前」ということになる。「死前は大変お世話になりました」とならなければ、辻つまが合わない。

それなのに、どうして「生前」なのだろうか。実は、この言葉は霊界から見た「死」を指しているのだ。

どういうことかというと、肉体が滅んでも、魂はちゃんと生きている。生きているどころか、肉体を脱ぎ去って、自由に空間を行き来できる四次元の世界へ新しく「生まれ変わる」とき、それが、肉体が死んだときなのだ。

だから、霊界から見ると、肉体が死んで霊が誕生するということになる。

それで、霊界からみれば、現世は「生前」ということになるのだ。「霊界へ生まれ出る前」ということなのだ。

肉体が死んだ日を命日といい、故人を偲んで、その日はご馳走をお供えするのが普通になっているが、霊界から見ると、その日はちょうど誕生日。

霊界の規則では、一日だ修業を休めることになっている。だから、霊は家に帰ってきて、ゆっくりくつろぎ、お供え物のご馳走に舌鼓を打っている。

ところで、われわれもそうだが、誕生パーティーに一人では行きづらい。親しい友人がいれば一緒に来ないか、と誘うのが常だ。霊もそう思っている。

「子どもたちが、ほくの好物だったマグロの刺身やお酒を用意しているんだが、どうだい、修業の手を休めてちょっと食べに来ないか?」という具合になる。

「それじゃ、お言葉に甘えて、一口だけ食べに行くよ」というわけで、故人の命日には、霊の友人たちも集まってくる場合が多い。

そういうわけで、命日のお供え物はある程度豪華に、故人の好物を中心に揃えたほうが、霊は喜ぶ。

ただし、祥月命日をこのようにすることは、霊界では許されてはいない。

その他、霊たちが「一時帰宅」を許されるのはお盆の四日間。やっぱりこの日も、あある程度ご馳走を用意しておいたほうがいい。

とくに、霊界でも地獄に近い低い階級にいる霊は、はっきり言うと毎日のお供え物を食べることも許されていないのだ。

いつもお腹をすかせながら修業し、命日とお盆の四日間を、一日千秋の思いで待っている。

だから、せめてその日だけは、思う存分に、おいしいものを食べさせてあげるべきだ。

仏壇、位牌を設けず、命日さえも、先祖供養をしなかったために、家運が傾くというのは、実は、このような霊が騒ぐことが原因している。

霊が喜べば家運は上向く

要約すれば、位牌についているご先祖様の霊が、安心して修業ができ、また悩み苦しんでいる霊には、少しでも楽になってもらえるようにすることだ。

すると、家の中の10 ざこざは自然と解消し、運勢も上向く。そうかといって、戒名と命日を何十年もさかのぼって探し、毎日お経をあげるのも考えもの。

前述したように、せっかく悟って霊界に行って修業している霊に対しても、毎日、現世に想いを引っぱり戻そうとしているのに等しいからである。

そういう修業に専念している霊にとっては、まことに迷惑なことであることがおわかりいただけると思う。

それでも、どうしても毎日供養をしたかったら、三〇年以内の霊だけに限るのがよい。

宗門宗派の教理を超えて、これは霊界の真実のに照らして述べていることなのである。

ところで、ここでちょっとペットの供養について述べておこう。最近は、ペット専用の墓もあり、お葬式も人間並みに行っている人も多い。

このペットの霊供養の正式なやり方は、今まで誰も説かなかったし、私も今回、神様にお伺いして初めて知ったのである。

それは、死後三年の間、偶数月の祥月命日に専心に供養して、あとは「さわらび地蔵尊」(ペット専用の地蔵尊。一般的な地蔵尊をイメージすればよい)にお願いし動物たちの行くべき霊界に送ってやるのが本当なのである。

それから、なるべく早忘れるよう心掛けたい。要するに生きている人間の心構えとしては、いかに死者たちの霊の修業を助けるかが大切となる。

生きている者たちだけが供養を含めて楽しくて、死んでしまった人やご先祖様の霊はどうでもいい、というわけにはいかないのである。

家の中に誰か一人でも落ち込んで辛い思いをしている人がいると、家全体が暗い雰囲気になってしまうのと理屈は同じ。ご先祖様の霊も、家族の一員と考えるべきなのだ。

ご先祖様の霊を、赤ちゃんにたとえて考えると、その存在がよくわかるだろう。

赤ちゃんは、ものも言わず、ミルクを飲んで寝るだけだ。自分からなにひとつできない、世話ばかりかかる存在だが、時々見せてくれる笑顔がたまらなくかわいい。

そして、不思議なことに、赤ちゃんが一人いるだけで、家中に笑いがあふれ、明るい雰囲気でみんなの心が満たされるようになる。

なんにもできない赤ちゃんだが、みんなが愛情を注いだ分以上の「お返し」を、ちゃんとしてくれるのである。

ご先祖様の霊を大事にするというのもまったく同じで、赤ちゃんの「かわいい笑顔」に匹敵する「幸運」を、ちゃんともたらしてくれるのである。

たとえば、家庭不和を解消するのもそうだし、入学試験や就職試験といった面でも、いい結果を与えてくれる。また、交通事故を未然に防いだり、病気などから守ってくれる。

ご先祖様の霊が、守護霊の統率のもとに背後霊の構成員となって直接働き、幸運をもたらす。

また、家族がご先祖を大切にしている様子を見て、守護霊や守護神といった霊的パワーの強い存在が、家族を守るようになるのだ。自分たちが大先祖にあたる場合が多いからである。

ほとんどの場合、守護霊は自分の父親か母親と直接血のつながった十数代前の、非常に徳の高い人がなる。

したがって、ご先祖様の霊を大切にするということは、とりもなおさず、守護霊も喜ぶのである。

親類の間で不幸が続くとか、家族の人間関係がどうもシックリいかないという場合は、一度ご先祖様の霊をそれまでどう扱ってきたか、真剣に考え直してみる必要があるだろう。

他の原因も多いが、案外、位牌の位置が違っていたり、あるいは仏壇などが隅っこに追いやられていたり、汚れていたという些細なことが原因だった、ということも多いのである。

肉体がないのでものを言えないのが霊だが(実際は色々としゃべっているのだが、人間のほうが鈍感になっていて聞こえない)、霊の気持ちを知って、正しく供養するのが、幸運をつかむ近道のひとつなのである。