聖徳太子は目標のために子孫根絶やしを選んだ!
先程も述べたが聖徳太子の場合、山背大兄王が戦を避けるために自殺して、自分の一族全部が死に絶えた。
梅原猛氏は「隠された十字架」などで、呪いがどうこうと言っているが、もっと別の聖徳太子研究の文献が真実を伝えている。
河内に聖徳太子のお墓があり、聖徳太子とお母さんと奥さんが祀られているのだが、聖徳太子はその墓を作るにあたって、子孫が根絶やしになるという墓相のお墓を作ってくれと言ったのである。
わざわざ、子孫が繁栄しないお墓を作ったというのは、どういうわけか。自分の子孫と家系が残ると、結局、門閥政治になってしまうことが太子には分かっていた。
それは聖徳太子の大目標に反するものだったのだ。
当時は豪族の門閥があるがゆえに、わざわざ「和をもって尊しとなす」と言わねばならないほど、和が保たれない状態だった。
それで、太子は冠位十二階制度を作った。それは家の閨閥、門閥に関係なく、有能な能力のある人を政治家にし、役人にして、取り立てようというものであった。
ところが彼には、山背大兄王をはじめ、子供が何人もいた。この人達は人望もあり、聖徳太子の息子さんだからということで、権力を独占することになるだろう。
それでは門閥政治、閨閥政治を否定して十二階制度を作ったのに、自分の息子が残ることによっ同じようにまた派閥ができることになる。
だから聖徳太子は、みずからの政治家としての使命と、真に日本を思う誠を果たさんがために、子孫が根絶やしになる墓相をわざと作ってお亡くなりになったのである。
子供がかわいそうといえばかわいそうではある。しかし、山背大兄王はそのあたりも理解していた可能性が大いにある。ああいう死に方をあえて選んでいるからだ。
私もそういうつもりでいるのだ。だから、ある程度本も書き、ある程度の会員も、狂奔にならない範囲で集めている。
それで救える人々がいる以上、やっぱり広めていく意味はあるわけで、将来の崩壊を恐れていたら何もできない。
世代がかわって、何かもめ事があって、揺さぶりがあって多くの会員がやめていってもかまわない。
組織がばらばらになっても、またそれも楽しい。誰かが反旗を翻しても、それもいい。私の死後にアレンジが加えられてもいい、またそのまま残されても、それが御神意であるなら、それでいいじゃないかと。
かくて、私はあくまで、明るく元気で前向きに今を生きているのである。
かくして私は形を残す道を選んだ
しかし最初は、先々のことを思うと本当に苦痛だったものだ。組織を作って神の道を広めるのはいいが、もし将来、正しいことを言わないようなお弟子が出てきたらどうしようかとか。
会社でも何でも、二代目、三代目には、ろくなものが出ないという方が一般的であるからだ。
古い川柳に「売り家と唐様で書く三代目」というのがある。唐様とは、当時流行していた、明の文明風の書体のことだ。
初代は立派な人だった。しかし二代目は甘やかされて、三代目はもう本当に放蕩三昧、芸事三昧にあけくれる。
書だ、小唄だ、芝居見物だと洒落こんで、それでとうとう身代をつぶしてしまって、お屋敷に「売り家」と自分で書かなくちゃならなくなった。
ところが、芸は身を助く(?)と言うべきか、あまりにも達筆の唐様で「売り家」と書いたものだから、そのギャップが何ともおかしい、というユーモラスな句である。
この川柳は、実に深くて、おかしくて良い。けれど唐様で売り家と書かれてしまう、初代としちゃたまらない、という心境なのだ。
それで、そんなになるぐらいなら組織など作らない方がいい、という気持ちにもなった。しかし、それは違う、私は小さかったと思うようになったのである。
より深く、神の大御心を考えた場合、また後から来る人たちのことを考えた場合に、壊れるかもしれないが残した方がいいんだというふうに、心の中で覚悟を決めたのである。
確かに野心も恐ろしい。しかし、野心がないからといって、自分一人で修業して、世に何の善なる影響が残るか。自分の修業三昧というのは、楽は楽だ。人を使うというのは苦を使うということでもある。
嫁さんや子供を持つよりは、ひとり者でいるのが楽なのと同じだ。人を使うは苦を使う。
お弟子を教育するというのが、どれほどストレスのたまるものなのか。
弟子にしてみれば、師匠につくことがいかにストレスがたまるものかと思うかも知れないが、私にすればお弟子に教えるこの時間を別に使えば、いっぱい本も書けるし、いろんなことができるのにな、と思う。
しかし、神様の御心や植松先生から出されたものが何も次期世代に残っていかないということは、神様に対して申し訳ないことだ。
そういう気持ちで、私は今の活動を行なっている。
会社経営者はこう心得よう
私自身の話が長くなったが、これを通して何を言いたいか、会社を経営していらっしる方ならわかるはずだ。自分なりに三十年、四十年やってきた会社というものは、どうしても五十歳以降になったら、息子に継がせたい。あるいはまた、自分がやってきたものを世の中に残したいとも思う。
野心ではないにしても、今まで積み重ねてきたものを、子供に継がせたい。苦労してきた人であればあるほど、何とかして世の中に残したい。何とかしてこれを存続させたいと、そう思うのが普通だ。
しかし、今言った道心、神心から見たら、壊れていくのを恐れちゃいけないということになる。
作るだけ作って、世に刺激を残して、後は好きにせい、とばかりに明るく元気に死んでいけばいいんだということだ。
何度も言うようだが、自分の死ぬまでの修養と信仰力、道心が立派であるならば、死んで霊界に帰ってから子孫を助けることもできるのだから。肉体があるときの活動だけが全てではないのだ。
また逆に、五十歳になっても、自分の継承者がいないというケースもある。娘が二人いるだけで、娘のだんなは放蕩三昧とか、音楽の道に生きてるとか、公務員でなにか消極的だという場合もあるだろう。
男の子をと思って七人産んだけれども、全部女だったという人もいるかもしれない。
その他でも、いくつになっても親のすねかじりしかしない息子だとか、今の時代は後継者がいなくて悩む人は多いのだが、こんな理由で一生懸命会社をやっていく意欲がないなんて思っている人にも、今のことが当てはまる。帝国を作ることを恐れてはいけないし、また帝国が崩壊することを恐れてはいけないということだ。
命ある限り、とにかく精進、努力して、六十代、七十代にはますます大きくしていけばいい。最後はもう財産分与は適当にして、従業員に還元すればいい。
とにかく、そこまでやったという自分が尊いわけなんで、後のことは心配し過ぎぬことだ。馬鹿息子かと思っていたのが、実際、跡を継がなきゃならなくなった途端、えらく頑張って、なに人格が変わったように事業をやることもある。
逆に、素晴らしい息子に恵まれたと思っていたのが跡を継いだ途端、お父さんの悪因縁まで継いでしまって、道楽に走ってしまったり、そこから立ち直ってまた事業欲が出てきたりと、先のことはわからないもの少なくとも自分が、前向きで明るく元気で神の御心に合うような人生を送っておけば、死んでもそれほど悪い霊界へは行かない。
そういう人は、たとえしばらく地獄に行ったとしても、すぐリカバリーする力があるから、大丈夫だ。
信仰心のある人は地獄からでもリカバリー
そこにいくと信仰心のない人間は、死んでからどうしていいのか分からないから、地獄へ行ったら行ったまんまだ。
正しい信仰のある人は神の道も、地獄のあり様も知っている。私が原作をしたコミック本「完全霊界マニュアル」(たちばな出版刊)などにも、死後の世界の真相をある程度記しておいた。
そういうものなどを通じて、霊界の様子や地獄からの脱出法を知っていれば、必ずリカバリーできる。一生懸命お祈りしたら、仏心ある人間はたとえ地獄にいても、必ずリカバリーできる。
一旦神仏の道を勉強してきた者は、死んだらそれを思い出すから、地獄へ行ったら、まずいぞ、あれとあれとあれが悪かったかと反省する。そうしたらまたリカバリーできる。
徳川家康や秀吉なども、今では立派な大守護霊となって霊界で活躍しているが、皆一度は地獄へ行っている。
そんな中で一番早く回復したのは織田信長だ。一番深い地獄へ行ったのは秀吉だったが、これも何百年後かにリカバリーしている。
しかし「地獄には行かなかったが大したこともない」という人間にだけはならないで頂きたい。
現世で何かを為し遂げ、その過程でやむなく多くの人を傷つけ、たとえ地獄に行くはめになっても、いっぱいお迎えが来るほどの大物であってほしい。
「さあ、待ってたぞ、おまえ。しごきのコースはAからZまでだ!」と言われて、「うわあっ」と言いながら、しかし、「要するにZまでやったら許されますね」と、リカバリーする気持を持って、前向きに乗り越えたらいいのだ。そうしたら帰ってこられる。
こういうやる気と覇気のある人は、ものすごい守護霊、非常に役に立つ霊になる。後が気になるなら、それからまた息子に神がかればいい。
だから、帝国を作ることや、まそれが滅んでいくのを恐れてはいけないのだ。栄枯盛衰は神心によるものだし、鬼と神の両方あって神様なんだから、鬼のほうを恐れてはいけない。
陰がなければ陽もない、滅亡は、新しいものを生むためにあるんだというふうにだけ、ものを考える。それがやっぱり陽の心だ。
息子や娘がどうしようもないとか、息子も娘もいないという場合も全く気にしない。
子供がいない、継承者がいない、それから、ろくな子供がいないとしても関係なく、今の仕事があくまで自分の修業であり、自分の神試しであり、やった分だけ自分の魂の糧になるんだと知る。
それで大いに頑張る。それが一番だ。
ガチャガチャな死に方こそ理想だ
自分が生きている間に、後のことを思ってなんて考えて、あんまり完璧な死に方をすると、かえって良くないとも言える。
私はもう最後はガチャガチャにして死んでやろうと思っている。後のことを考えて、きちーっとした死に方したら、その後の人は、することがなくなるからだ。
理想を言えば、私が死んでからミーティングとか反省会が開かれて、あの先生のこの部分は良くなかったとか、あんまりに楽しすぎて、真剣な神の道に生きる人が少なかったとか、あるいは、踊ってばっかりだから、踊る宗教みたいに誤解されたとか。それから、いつも歌ばっかり歌うから、歌謡曲とか、音楽をする人だけが来てしまって、絵画の人が少なかったとか、いろんな反省があっていいのだ。
それで、この収拾がつかない状態を何とかしなけりゃいけないという使命感に燃えて、「このままではワールドメイトは良くないんだー」
なんて言うような若い人が出てきたりする。
それから「植松先生が本当だ」、「いや、深見先生が本当だった」とか、両方本当だけども、いまいちだったから「いまいちの会を作ろう」なんてことになったら、それも面白い。
完璧なものを残していくというのは、後世の人に対してかえって申しわけない。精進、努力の余地がなくなってしまうからだ。
だから、通とか、おしゃれな人は、どこか変なところを残して死ぬ。自分が本当に正しく真実なものを会得していれば、死後は霊界の活動があるのだから、ちゃんと霊界で調節できる。それで一向に構わないのである。
少々トラブルを残して死ぬのがおしゃれ
自分が中途半端な人生のままで、子孫のことばかりあまり考えて、相続税をどうしようとか、子孫のことを考え過ぎたりするのは良くない。
そのことが心配で死んだら地縛霊になったり、屋敷因縁の霊になったり、浮遊霊や仏壇の背後霊になったりするだろうからだ。
そうなると、子供が仏壇でチーン、「お父さん、お母さん」と言った時に、「おまえ、元気にやってるか」と心配して子供にビタッとくっついたりする。
子供はなんだか体が重くなって、かえって元気がなくなったりする。
お父さんとお母さんが亡くなってからというもの、前はシャキッと歩いていた子供が、なんかばあさんぽく歩くようになったりする。
子孫のことをあんまり考え過ぎた親というものは、マイナスの背後霊となって子供についてしまう。
元来、人を守護するには相当の霊格が必要であり、神様の元で修業を積んで、資格を得なければ人につくことは許されない。ところが、子供を溺愛しすぎた親は、無許可で子供についてしまう。
これは、子供にとっては大変に迷惑なことなのだ。「おまえ、わしの気持ちを理解して」とか言うが、そんな人(霊)なんか理解しなくても、一万倍以上立派なお釈迦さんの気持ちを理解したほうがいい。
孔子の気持ちとかイエスの気持ちを理解したほうがいいのであって、何でお父さんとお母さんの気持ちなんか理解しなきゃいけないんだと、子供は先祖の霊に反発するのが望ましい。
親の子を思う気持ちはわかる。しかし、その気持ちが偉大なるものなのか、高貴なものなのか、尊いものなのかどうかだ。
子孫のことを思う気持ちはわかる。しかし、実際に無断で子孫に憑いている霊を何人も救霊した経験から言わせて頂けば、子供のことをあんまり心配する本人は、ろくな霊界へ行ってない。
いらぬ心配ばかりして、心を曇らせているからだ。だから生きている間から、子供のことをあまり悩まず、自らの為すべきことを精一杯することだ。
帝国を作ることを恐れず、崩壊していくことも恐れない。大いに作っていけ、生み出していけということを私は言いたいのだ。
それから、完成しないで何か子孫に問題を少し残して死ぬのがおしゃれだ。
哲学とか宗教、あるいは、理論でもそうだが、ちょっと粗っぽい、未完成なところを含んだものが、多くの人を惹き付ける。それと同じである。
子供たちは、お父さんを非難したり、先祖を批判したり何かしながら、それを元気と活力素にして生きていくのだ。
あんまりピシーッとして死んだら、「立派な方でした」と言われるだけで、子供たちはすることがない。
そうすると「売り家と唐様で書く 三代目」になるのだ。五十代からは、死後の霊界で子供に迷惑をかけないような自分作り、やっぱり考えていかないといけないのである。
そして、どこまでも前向きで明るく意欲的でなければいけない。これが、五十代から気を付けよう、というポイントだ。
私も真実なるものをより深く、より広く探求してい今の生きざまを、五十代から本物にしていかなければいけないと思っている。
野心がないことを至上の価値として、お弟子もとらず組織も持たず、世の中に何の感化力もないままというのは、結局は、後から来る人のことを考えたら、ちょっと薄情だ。
少しく問題を残しながら、しかし立派だったな、見習うべきところが多いし、反省すべきところも多いし、ちょっとアレンジすればいいんじゃないかといって、多くの方が参考にして下されば、それも世の中に残した影響力だ。
それは私だけでなく、五十代以降の皆さん一人ずつにも当てはまる。そのほうが、子供は立派に育つし、自分が死んでから霊界で立派な生きざまをすれば、また霊界から応援も送ってあげられるわけだ。
少なくとも、神様の許しもないのに、生きている人間にとりついて、迷惑をかけるようなことをしてはいけない。
自分が良い霊界に行けば、子孫を助ける力も授かるし、本当の意味で子孫のためになるのである。
子孫繁栄は陰徳の力
ところで、自分が死んだ後の継承をどうするか、といった外面のことよりも大事なことがある。また効果としても、よっぽど強力な法則だ。
それは、その人の「徳分」というものである。
徳分については、拙著「運命とは何だ」(たちばな出版刊)などに詳しいが、ここで簡単に触れておこう。生きている間に、より真実を深く探求し、広く探求した人は、自らの内なる御魂を向上させたという功を積んだことになる。この功を「徳分」という。
厳密にいえば、真諦の探求や上乗に至ることは「陰」の徳分となる。
陽の部分は、人を救済し、社会に残した功績だ。これも徳分になる。では、徳分を積むとどうなるのか。
自分自身の霊格や来世にも深く関係してくるのだが、ここでは子孫という面に限ってふれておこう。
上杉謙信と孔子さんを見たらわかる。たとえば孔子さんの子孫は今でも台湾に元気にいらっしゃる。
非常に福々しい顔で、人徳高く、人格も立派な方だという。こちらは介石の政府で重要な役職を占めていた人だ。
それから、上杉謙信の子孫も、今なお元気に生きている。宿敵だった武田信玄は血筋が絶えたが、上杉一族は謙信を先祖として敬って、ずっと血脈が続いていった。
さらに途中で「なせば成るなさねば成らぬ何事も成らぬは人のなさぬなりけり」といった米沢の上杉鷹山という人もあらわれ出て、上杉家を立て直し、今なお上杉一族は残っている。
つまり、子孫の命脈というのは、家の祖先が残した徳分次第なのだ。孔子の家系は、もう二千何百年も続いているのだからものすごい。上杉も戦国時代から直系の孫が残っている。
しかし、これらの先祖は形を残さなかった。子孫のために美田を残さずというくらいで、財産争いが起きてきて、人々がもめるだけだからだ。
それでは何を残すのか。美徳すなわち徳分である。真実を深く広く追求し、それを表現して、徳分を残してきた人々は、子孫に、大きな見えない運勢を与えることで役に立っている。
さらには、人々を少しく、あるいは多く幸せにしたという目に見えない徳分は、子々孫々まで残って、家を豊かに繁栄させていくものなのだ。
心でああしよう、こうしようと子孫を案じるより、この方がよほど確実である。
人も幸せになり、自らも幸せになり、子孫も幸せになるのだから、こんないいことはない。
この「徳分を積む」ということは、五十代のみならず、どの世代の人にも忘れてほしくないことである。(どんな活動や言動が徳分となるのかについては、ここでは書ききれないので、拙著「運命とは何だ」や「大創運』『神界からの神通力」などを参照されたい。)
こういう先祖の徳積みを感謝してくれる子孫がいるかもしれないし、いないかもしれない。
しかし、神々様の覚えはめでたい。ああ、これもご先祖さんが残された徳分のおだと、そう思ってくれる子孫が一人か二人いればいい。
このように神仏、子孫に至るまで、こよなく愛される素となる美徳は、真実な道をより深く、より広く探求した分だけ、また世のための貢献をやった分だけ残る。
死ぬまでに、自分が磨いた分だけは、一切無駄がないというわけだ。
やはり、ここに目を向けていかないと究極的に有意義な人生にはならない。
これは七十になっても八十になっても九十になっても百歳になっても変わらない、人として生まれてきた者全てが考えるべき真実である。
それを五十歳以降、ハッキリ目標としていくべきではないかと思うのである。
