- 第四章「霊」について
- Q39 ノストラダムスの大予言は、そのまま信じられるか。
- Q40 人間が再び生まれ変わるまでには、何年かかるのですか。
- Q41 才能が前世でほぼ決まるのならば、今世で努力してもムダ?
- Q42 カニの夢をよく見ます。何か特別な意味が。
- Q43 霊感を高めるために菜食主義にしようと思うのですが。
- Q44 兄に不幸なことが続いて起こるのだが。
- Q45 人は生まれ変わっているのなら、魂の数は同じハズなのにどうして人口は急増していくのか。
- Q46 徳を積むにはどうしたらいいのか?
- Q47 自分のお葬式の夢を見た。どんな意味があるのか?
- Q48 輪廻転生というが、来世についての希望は通るか。
- Q49 整形美容をすると運勢も変わってしまうのか。
- Q50 占いは本当に当たるのか?
- Q51 すぐカッとなって暴力をふるう性格を直せないか。
- Q52 霊障にやられない三原則。
- Q53 なぜ金縛りにあうのか。
- Q55 私を捨てた男性に不運が続いた。恨みの念は影響するのか?
第四章「霊」について
Q39 ノストラダムスの大予言は、そのまま信じられるか。
何年か前にもブームがありましたが、最近また、ノストラダムスの大予言が話題を集めています。
たしかに「なるほど」と思える部分もあるのですが、疑問に感じるのは、いったい何百年も前に占ったことが現代にも通用するものなのだろうかということです。
神霊学ではどのようにとらえているのか、お教えください。(浦和市 Y.Kさん19歳・学生)
深見:実にいいところに気がつかれたと思います。
バイブルの黙示録も、もう何千年も前にできています。それ以前は、紀元前一四〇〇年~一五〇〇年の時代に、ギリシャのデルファイというところで、オラクル、すなわち神託を下す占いがありました。
シーザーも、ネロ皇帝も受けたと言われています。以来さまざまな人によって、さまざまな予言が行なわれて来たわけですが、まずその仕組みを簡単に説明しておきましょう。
神霊界は、時間と空間を超越した次元にあります。ですから、どんなに遠い過去の出来事でも、およそ歴史として刻まれたことはすべて霊界に残っています。
同様に、未来もそこに存在しています。それを見た人が「やがてこうなる」と語る。そしてそれが現実になる。
未来を予知できる、あるいは予知能力に優れているといわれますが、実際は霊界にコンタクトして、そこで見たことを表現できる能力に優れているということになります。
ノストラダムスは十六世紀の人ですが、当時でも、未来のことをはっきりと告げてしまうといろいろ問題が起こるので、文学的な表現方法を用いています。
「大予言」と呼ばれていますが、正式には「諸世紀」という名を持った詩なのです。
オラクルの当時からそうですが、予言の場合ほとんどが、多様な解釈のできる詩的表現をとっているわけです。
だから、霊界に存在する未来の光景が、現実界でいうといつのものなのか、またどこのことなのか年月日や現実の地名などを具体的にあてはめることが、非常に難しくなるのです。
右という人がいれば、一方には左だと主張する人もいたりと、解釈が分かれるということも起こってきます。
というのも、予言というものは、言葉にしたことによるズレが必ず生じるものなのです。言葉にしてしまった時点で、すでに完全ではなくなっているわけですね。
時間的にも、空間的にもズレや誤差ができる。
はじめのご質問に答えると、単純に何百年経っているから、古いから信用できる・できない、という性質のものではなく、問題にするとしたら、表現のズレの部分とその度合なのです。
十六世紀当時と現代とでは、同じ事象でも表現が変わってきた部分がありますし、同じ言葉でも、それを使う感覚が違っているものなど、あらためて検討すれば少なからず見つけられると思います。
そのような意味で、古い予言の細かい表現そのものに一喜一憂することは、ほとんど無意味といえます。
予言とはそもそも宗教的には「預言」であって、神の意思を人間に教え、伝えるものです。
そしてその根底にあるものは、決して破壊ではなく、「救済」への導きなのです。
つまり、預言には時として恐ろしいことが暗示されるが、その真の意図は警告であり、そうなって欲しくない神のご意志や愛を感じ取る心が必要なのです。
つまり、予言が出されること自体の意味とは、「救済」への道、方法をさし示したものにほかなりません。
当たる当たらないをうんぬんしている間は、予言を受ける正しい心が出来ていないことになります。
そして、たとえば、信頼のおける預言で破滅的な未来が示されていれば、程度の差はあってもそれは現実に起こります。が、悲劇を大きくするか小さくするかは人間の努力次第なのです。
預言から、悲劇を回避せよ、克服せよという最高神の慈愛の意思を読み取り、大きくは人類全体の至福を願い、小さくは一人一人の平安を願って、雄々しく生き、かつまた神々への敬虔な気持ちを忘れない日々を過ごしていただきたいと思います。
Q40 人間が再び生まれ変わるまでには、何年かかるのですか。
人は、死んでも再び来世で生まれ変わるそうですが、それには死後どのくらいの年数がかかるのでしょうか。
また、みんな同じサイクルで生まれ変わってくるのですか。(東京都渋谷区 Y・Hくん/高校生)
深見:いわゆる「輪廻転生」にかかる時間は、平均して三百年前後。ただし長くかかる人もいれば、短い期間の人もいます。
なかには三十年以内で生まれ変わる人もいますが、こういう場合は特に”再生御魂”と言っています。
人間は、死んだ後三十年ほど幽界にいます。そこで現世でついた感覚を忘れ、心の深部が姿に表われて霊界へ行くための準備をします。
それは同時に、現世での人生を振り返り、反省をする時間でもあるわけで、自分が何のために生まれたのか、そしてその目的のために、自分の人生を完全燃焼させたかどうかなど、生きることの意義を自覚し、新たな生をめざす準備期間と言ってもいいでしょう。
ところが、不摂生で早死にしたり、自殺したり、あるいは人生でなすべきことをまったくしないで死んだ人というのは、そのやり残したことをもう一度やり直すために、早く生まる必要があります。
だから神様に「私はこれこれのことをすべきでしたが、やり遂げることができませんでした。
もう一度生まれ変わってきます」と申し上げて、二十年か三十年で転生してくる。
つまり、もともと八十歳の寿命を持っていた人が二十歳で死んだとすると、六十年分だけ生まれ変わらなければならない。
四十歳で自殺してしまったら、あとの四十年の人生修行を、再度生まれ変わってやり遂げる必要があるのです。そういう場合は、概して早死となる場合が多い。
私たちの身近にも、若くして死んだ親戚の人にそっくりの子供が生まれて、見ると同じところにアザがあったというケースがたまにあります。
それは死んだ人が修行のやり直しをするために、生まれ変わってきたわけです。
そういうことを考えると、私たちは魂を磨かんがために肉体を持って生まれてきているわけで、その天寿の間は、とにかく一生懸命自分を磨くしかないんですね。
自殺という手段で修行の道から逃れたとしても、結局もう一度やり直しをしなければならない。
ですから、どんなに苦しく、辛いことがあっても、逃げ道はないと思ってほしい。
覚悟を決めて、今、目前の出来事を思い切りぶつかって乗り越え、これを喜びとして生きてゆくことです。それが最上の生き方でしょう。こうして自分の天寿をまっとうしていただきたいと思います。
Q41 才能が前世でほぼ決まるのならば、今世で努力してもムダ?
先生のご著書で、個人の才能や能力は、前世から受け継がれるものと読みました。
私は画家になりたいと思っているのですが、もしも前世でそういう才能を身につけていないとすれば、ある限界以上はいくら努力しても、大画家にはなれないのでしょうか。(土浦市 B・Nさん/男性)
深見:たしかに才能や技能の素質の大部分は前世で備わったものですから、今世の生まれた時点で、ある程度のレベルに素地が養われて今になっているということになります。
ただし、才能、技術、あるいはさまざまな能力は、「ここまで上達したらもうよろしい」という最高到達点というものがありません。
どんなに技を磨いても、いや、磨けば磨くほど、上のレベルがあらわれてくる。
ですから前世でいかに芸術的才能を磨いてきてはいても、今世でもやはり通過点でしかない。
今世でレベルを上げて、それがまた来世に引き継がれるだけ。逆に前世で、色彩感覚、造形感覚を身につけていなくとも悲観することはない。
今世で努力して身につけ、来世に引き継げばいいのです。画家としての成功は、技と感性を磨く努力とは別の結果であり、〈才能がある〉イコール〈成功する〉ということではないということをわかってください。
Q では、芸術の努力とは別に、社会的成功への努力を同時にすればいいのではないですか?
深見:その通り。しかし、これにも「ただし」が付きます。今世で名誉を得て、尊敬を集めるのにも、実は前世が大きく影響しているのです。
その人が前の人生でどれだけのことをしてきたかこれを「徳分」と呼びますが、簡単に言うとどれだけ人を幸せにしたか〟の量です。
徳分は、蓄えられるもので、前世、あるいはその前の世、さらにその前の世…で、仁徳をほどこし、多くの人の幸福を願って生きてきた人は、今世に徳分をたくさん持って生まれてきます。
無論、今世でも人生の前半から中盤にかけてそういう人生を送った人は、晩年が幸運と幸せに恵まれるものです。
幸福の貯金をいっぱい持っていると考えればいいでしょう。
そういう人は、仕事でも学業でも、たいして能力がなくても、たいした努力もせずにスイスイと出世し、いつのまにか「成功者」といわれる立場にいる。
今世までに徳分をたくさん蓄えたから、今世でそれが開花しているわけです。これが幸運の運の本になっているものです。
反対に、人格高潔で才能もあり、人一倍の努力をする人が、不遇をかこつこともめずらしくありません。
徳分が少ないからです。だからもしかすると、今世では幸せな日にはあえないかもしれない。がしかし、その努力は必ず来世で報われる。
だから決して、今世でダメならとくさって、才能を磨き徳分を積む努力をやめてしまってはいけないのです。やめれば来世はさらに悪くなります。
それに、いくら生まれた時に徳分が少なくても、若い時から徳分を積むように心がけていれば、中年期、遅くとも晩年期には、その効果があらわれてきて、成功がもたらされます。
いま現在「ツイてない」という人も、徳分を積むことによって、次第に運が開けるようになりますから、
やはり日々、世の中の平和、人の幸福を願って、良い行ないを実践することが大事です。
あなたの場合も、芸術の技を錬磨する一方で、徳分を積み蓄えること。
その二つが両立すれば、才能も伸びるし、世に認められる機会も次々にめぐってきます。前世の才能があろうとなかろうと、自分が切に芸術を極めたいなら、それが今世のあなたの御魂の叫び。
迷わずにそれに向かってひたすら努力すればよろしい。積極的なチャレンジを期待しています。
Q42 カニの夢をよく見ます。何か特別な意味が。
最近、夢の中にカニがよく出てきます。ぼく自身は特にカニが好物というわけではないのに、カニ料理を出される夢や、冷蔵庫にカニがいっぱい入っている夢を見るのです。
これには何か特別な意味があるのでしょうか。(盛岡市 M・Oさん/学校職員)
深見:カニの夢はいいことの予兆ですね。神霊界では、カニは「勝負に勝つ」ことのシンボルとなっているのです。
だから、何か勝負ごとや紛争ごとにかかわっている時にカニの夢を見たり、現実にカニを見たりしたら、それは守護神様が「勝負に勝てるよ」と教えてくださっているわけです。
たとえば野球の試合に行く途中、「勝ちたいな、勝ちたいな」と思いながら魚屋の前を通りかかる。
そこで、おじさんから「このカニうまいよっ」などと声をかけられた。その声が心の中にビビーンと響いてくるわけです。
それで、試合には実際に勝てる。神道ではこれを「クシロを取る」と言って、お祈りをしている時に、神様から返される答えなのです。
あなたも意識して祈っているかどうかは別にして、現在何かの勝ち負けないしは競争にかかわっているはずです。
そしてその結果は、「勝つ」方に向いているよと、守護霊様か守護神様が教えてくれていると思っていいのです。
「カニ」イコール「勝つ」と言うと「サルカニ合戦」を思い浮かべるでしょうが、要するに「サルカニ合戦」という話は、神霊界の何らかの勝ち負けの物語を表わしており、超自然的な次元で「勝つ」という現象には、カニが深く関係しているわけです。
ということは、反対に「勝ちたい」という時は、なるべくカニに縁があるようにするといいのです。
試合、受験、裁判、はたまた出世争い… どうしても勝ちたい、という時、神様にお願いすると同時に、カニのアクセサリーとかを身に付けておくといいでしょう。
それで試合の前の日に家にカニが届いたとか、頼みもしないのにお母さんが「カニ弁当」を買ってきたらもうしめたものです。
「勝負に勝つからがんばれ」という神様の応援にほかなりませんから、自信を持ってことに当たってほしいと思います。
Q43 霊感を高めるために菜食主義にしようと思うのですが。
宗教家や芸術家に菜食主義の方が多いそうですが、神霊学的にも効果がありますか。(山形市 R・Sさん16歳・男性)
深見:霊感とはやや違いますが、菜食をする人の感性が敏感になることは、ある程度は正しいといえます。
神霊的に見ますと、たしかに初めのころはある程度影響があります。神仙道では、食べ物、寿薬などの効果を認めています。
しかし、あるレベル以上の悟り、または霊覚というものになると、食べ物はまったく関係がありません。
主義としての菜食は、どちらかというと、優しさ、繊細さだとか、物事に対する鋭敏さを求めるものであって、霊的な能力そのものを養う要素にはならないのです。
大きな意味での霊界への働きかけ、あるいは現実界での生命力を考えると、菜食だけではやはり力というものが生まれない。勇気、気迫、根性、瞬発力といった雄々しい「元気」は、やはり肉、脂肪など動物性の栄養をとらなければ、わきにくいわけです。
もちろんそれだけでもダメで、要するにバランスのとれた食生活をしなければならない。
優しさと雄々しさ、そのどちらが欠けても霊感は備わりません。特に若いうちは、自分の才能や可能性を開拓する時期ですから、菜食主義の温和主義よりも、ギラギラするぐらい勇ましく、自分の限界にブチ当たって行くぐらいの方が本当でしょう。
霊感もその上にくるのが正しいものであり、日常生活に応用できて、常識の世界に適応できるのが最上位のものなのです。
おどろおどろしいものがわかる霊感とは、低級霊がついてやらせているのであり、霊にあやつられているわけです。
そんな霊感を、菜食主義によって若い頃に身につけて何になるのでしょうか。
百害あって一利なしだと言えるでしょう。菜食主義は、どちらかと言えばコレステロールのたまった老人にすすめます。
若いうちは、何でもいただく、偏りのない食事を心がけてほしいと思います。
Q44 兄に不幸なことが続いて起こるのだが。
兄に不運なことが続いて苦しんでいます。今年四十六歳で飲食店を経営していますが、客足も落ち、体調もすぐれません。
実は昨年、兄の浮気が発覚し、義姉が自殺未遂をするという事件があったのです。そんなことも影響するのでしょうか。
現在、兄は相手の女性とも別れ、夫婦元通りに普通に暮らしているのですが……。(習志野市 S.Dさん/40歳)
[類似の質問]
足に原因不明の腫れ物ができ、苦しんでおります。お恥ずかしい話ですが、いままで結婚詐欺まがいのことを何回もやっているので、その報いではと心配です。
深見:原因がよくわからない体の不調、失敗続き、あるいは急に災難が続くようになった…。
これはまず家代々の怨念霊の仕業であると考えるべきなのですが、その他にも先祖の回忌供養の時期が来ているのに、何もしないことに対して、祖先が戒告を与えている場合があります。
しかし、このお便りのようなケースでは完全に生霊のしわざを疑ってみるべきです。
生霊というのは、恨み、ねたみ、そねみといった邪念を発する魂からの念波動で、生きている人間の悪い念力、念作用による霊的な障りのことです。
ご質問を見る限り、別れた女性と奥さんの怨念がとりついていると見て、ほぼ間違いないでしょう。
浮気も結構、と言うと語弊がありますが、基本的に、成人男女が自分の分別で恋愛をすること自体、どんなにだめだと言っても、抑制できるものとも思えません。
かりに遊びに近いかたちであっても、当人同士が割り切っていれば、それはそれで倫理的な問題は別として、それほど大きな問題とはなりません。
ただ、「可愛さ余って憎さ百倍」などと言われるように、昔から男女の仲ほど難しいものはなく、そこが既婚者や一人前の人間の条件として、知性や理性、また徳性といったものが求められる所以です。
それは交際の段階はもとより、その後、つまり別れる時にいっそう必要になります。
お兄さんが浮気相手の女性と別れたと言いますが、自分はさておき、相手は本当に納得して、わだかまりなく別れたのでしょうか。
きっとそうではないはずです。残念という気持ちか、あるいはひどい仕打ちだと思っているか、おそらく怒り、恨みをまだ持っているのでしょう。
この怨念のエネルギーは想像以上に強いもので、守護霊バリヤーを突破し、運気や体調いちじるしく弱らせます。
これを鎮め、解消する方法で、一番良いのは、もう一度よく話し合って、不倫の清算を納得してもらうこと。
もう一つは、相手の女性の幸福を祈念しつづけることです。怨念に相対し、解消するには、愛念しかないのですから。
いずれにしても、ご本人が神仏を敬う敬虔な気持ちで、真心こめて行なうことが大事。
私の著書も参考になさって、お互い心にしこりを残さぬよう、十分に誠意と手を尽くしていただきたいと思います。
Q45 人は生まれ変わっているのなら、魂の数は同じハズなのにどうして人口は急増していくのか。
人間はだれでも、死んだ後三百年ぐらいして生まれ変わるということを聞きますが、たとえば二千年前と現在とでは、まったく人口数が違います。
昔の人が生まれ変わってくるのなら、人口は変わらないはずで、こんなに増えないと思うのです。
それに一人一人に守護霊がついていると、魂の数も膨大になって、数が不足するのでは?(大津市 A・Kさん16歳・学生)
深見:学者のなかには、そのような論理で「だから生まれ変わり「なんかないんだ」という人もいます。
しかし、やはりだれもが抱く疑問でもあると思いますので、わかりやすくご説明しましょう。まず次の三つのことを考えていただきたい。
一つは、三百年というのは平均値であって、二百五十年で生まれ変わってくる人もいれば、五百年かかる人もいます。
世界中にはいままでに膨大な死者がいて、なかには何千年も地獄界にいて、ようやく生まれ変わってくる人もいます。
特に第2次世界大戦後は、地獄のフタが急にボッと開いたので、そうした人がたくさん生まれてきたということもあります。
人類誕生以来の何百万年という歴史のなかには“死者のストック”がいっぱいあるわけですから、単純に二千年前と現在の人口を比較しても、意味のないことなのです。
二つめに、大きい霊というのはいくつもの“魂”を出します。弘法大師でも、徳川家康でも、西郷隆盛でも、大いなる活躍をした人は、その霊の一部を持っている人が三人も四人もいたりする。
そういう分魂の仕組みがありますから、霊魂の数は増えることがあるのです。
三つめには、現世で人間が人間を生むように、霊界でも霊が新しい霊を生んでいるのです。
ここが重要な点なのですが、学問や芸術、あるいは信仰心といったものは、現世で積み重ねることができます。
修行や努力、学習によって悟りを開いたり、能力を身につけることによって、魂にそれらの要素のエッセンスが蓄積されるのです。
それが、次に生まれ変わった時の学問的才能や芸術的才能、あるいは宗教的な才能となるわけです。
ところが新しい御魂にはそれらの要素の蓄積がないので、三回、四回と生まれ変わっていくうちに、普通の人間として成長していくのです。
また、大自然の調節機能というのがあって、それでも急速に人口が増え続けて魂の霊界ストックが過度に不足すると、戦争や災害や天変地変があって、人口が減るように調節されるのです。
このように、輝く御魂となるためには、大自然の法則にもとづいた御魂磨きのステップを踏まなければならないのです。
たとえ地獄界におちた人でも、現世で長い間自分を磨いてきた人は、学問、信仰心、芸術のセンスがあるので改心すれば“救われる”可能性が大きい。
しかし、地獄におちるのを恐れて、あるいは来世というものを信じないで、何も努力しなかった人は、何回生まれ変わってもたいした霊魂にはなりません。地獄でも救われません。
自分が地獄へ行くのか天国に行くのかは気になりますけれども、現世で日々おのれを磨いた要素というのは、全部蓄積されて来世へとつながります。
ですから、今が不遇ではあっても、地獄へ行くことなどを恐れずに、自分を磨く努力を続けることが大切なことなのです。
人間というのはそう簡単に地獄に落ちる訳ではありませんから、一日一日をムダにせず、一生懸命生きていただきたいと思います。
Q46 徳を積むにはどうしたらいいのか?
幸運を自分にもたらすには「徳を積む」ことが大事ということですが、具体的にはどのようなことをすればよいのでしょうか?
深見先生のご本を何冊か読ませていただき、とても感動しました。私も努力を重ねて立派な人間になりたいと思っています。
そこで、先生は本の中でよく「徳を積みなさい」と書かれているのですが、具体的にはどのようなことをすればいいのかを、お教えいただきたいのです。(佐賀市 S.さん16歳・店員)
深見:昔、中国を明といった時代、袁了凡という人が書いた本に「陰鷺録」というのがあります。
陰というのは“陰徳〟ということ。陰徳というのは人に目立たないところで積む徳のことです。
他人が見て「ああ、立派なことだ」と感心するような、表に出る徳を陽徳”といいますが、人知れず行う陰徳のほうが陽徳よりずっと功徳が高いのです。
そこで徳とはどういうことか、何をもって“徳”とするのかというと、ひとことで言えば「世の中にプラスになること」社会や他の人にとって有益になる行いが“徳”であると考えてさしつかえありません。
具体的には、困っている人に力をかすとか、汚れている所があれば進ん掃除したりと、人が「ありがたい」「うれしい」「幸せだ」と思うようなことをすればいい。
要するに、徳を積むとは、人を幸せにする行いをつねに心がけ、かつ実践するということです。
ところで、自分を豊かに立派にすることも、自分も人々と世の中の一員であることから、徳の一つとして数えられるのです。それを人徳といいます。
ただし、徳を積むということで気をつけてほしいのは、偽善におちいらないようにすること。
「これをすれば一つ徳を積んだことになるか「ら」などと考えてやっているようでは、偽善に陥るのです。
本当の徳”とは、「人が喜んでくれたらいいな」ということを情感で思って実行する時に発する、魂の輝きや明るさのことを言います。
霊界の守護霊様も、目に見えない人の心を読んでいますから、情感が伴った上で実践することだけを「正しい徳を積んだ」と判断するのです。
そういう意味で、情感から生まれ出た真の徳を一つ一つ積んでいけば、守護霊や神々の応援があり、一石二鳥や一石三鳥で人が幸せになり、自分も幸せになるという方法が次々にわかってきます。
この叡智こそが、徳行によって自分の魂が進歩向上したという証しであり、神なるものが働かれたという証拠なのです。
こうするうちに、若い人なら中年から晩年にかけての運がグンとよくなります。中年から始める場合でも晩年や”来世〟の幸運につながります。
善行功徳の積み重ねによって招き寄せた運というものは、百パーセント、未来の幸運をもたらします。だから、ぜひ陰徳を積むように心がけてください。
Q47 自分のお葬式の夢を見た。どんな意味があるのか?
自分のお葬式の夢を見てしまいました。そんな夢を見たのは初めてなので、とても気になります。
先日見た夢がとても変な夢なのです。はじめは仲の良い友人のお葬式に参列していて、それがいつのまにか自分のお葬式に変わっていました。
私は参列してくれた人たちを高い所から見下ろしているのですが、声を出してもだれも気づいてくれません。
この夢はどんなことを意味しているのでしょうか。幽体脱離なのでしょうか。
もしもそれが正夢だったらと思うと、恐くて外を歩くのも気になります。(大分市K・Dさん24歳・OL)
深見:それは非常にいい夢を見ましたね。正夢になることはありませんから安心してください。
自分が死んだ夢とか、自分のお葬式の夢というのは、一身上に良いことが起きる前兆なのです。
必ず逆夢になって、「うれしい」「楽しい」と思うことがめぐってくるはずです。
それに“高い所から見下ろしている”というのも、夢としては上等の部類に入りますから、最高の夢です。
また、お友達のお葬式に続いてということは、その友達もなんらかのかたちで吉兆に関係しているわけです。
その友達が何かいい話を持ってくるとか、あるいは一緒に何かを行なうとすばらしい成果が上がるとかで、”いいこと”を招くうえでのひとつの役割をになうでしょう。
一つ補足しておきますと、魂が身体から抜け出て自分の姿を見る、いわゆる幽体脱離という現象がありますが、この場合も、たいていが自分の真上、高いところから見下ろしていることが多いのです。
しかし、この幽体脱離というのは、夜寝ているときに起きる現象ではなくて、逆に意識がハッキリしている時や、ちょっとまどろんだ時などの、いわば、普通の状態のときに起こるものですから、その点でも、あなたの場合まったく心配することはありません。
夢には、雑夢霊夢、神夢とありますが、いずれにしても夢の中で意味するものは、霊界のあり様のように象徴的に出て来るものです。
だから、この世的な尺度で判断すると、問違ってしまう場合も多いのです。
いずれにしても、その夢を見たからといって、具体的に前向きに対処できないことがほとんどなのですから、あまり夢占いを信じたり、恐れたりする必要はないと思います。
マイナスばかりで、プラスがないと思うからです。
だから、どんな夢を見ても、「きっとこの夢は吉夢に違いない」と信じ忘れてしまうのが一番です。
どうしても気になる人がいるのなら、「夢違い観音、この夢を吉夢とならしめたまえ」と、十一回となえて、あっさりと忘れてしまうことをおすすめします。
本当に吉に変わりますから。
Q48 輪廻転生というが、来世についての希望は通るか。
今度生まれるときは、ヨーロッパあたりがいいなと思うのですが、自分の好きな国に生まれ変わるなどということはできますか?
人間は輪廻転生するそうですが、日本人が、ほかの国や民族に生まれ変わるのには、何か基準みたいなものがあるのでしょうか。(横須賀市 A・Dさん/男性)
深見:たしかにあります。基準〟というより資格とでもいったほうがわかりやすいと思いますが、簡単にいうと、その一生涯における天命を果たすことにより、その時に修得せねばならなかっ御魂の修養を終えると、次はこちらを勉強しなさいと神様が決めるわけです。
「今世で日本に生まれて学ぶべきことを学んだら、来世ではフランスでこれこれのことを修めなさい」という具合です。
そのときにあなたの御魂が、霊界のレベルで1/3以上に到達していれば、来世ではどんなところに生まれ変わりたいという願望が、かなり高い確率で叶えられます。
「今度はヨーロッパに生まれ変わって理知的な面を「磨きたい」などというあなたの希望を神様が聞いてくださるわけです。つまり、選択の自由が与えられるのです。
しかし、 1/3以下の場合だと会社で突然辞令が下って僻地に転勤が決まったり、不本意なところに左遷されたりするように、自己の選択の余地はないのです。
Q 私がいま日本に生まれているということは、レベルは高いのでしょうか、低いのでしょうか。
深見:いま生まれている国が、ランクが高いか低いかということは、いちがいには言えません。
それは国、あるいは民族によって修業の目的が異なっているからです。
また同じ国でも、身分の高い両親の元に生まれたり、才能のある家柄に生まれたり、あるいは逆に、全く悪因縁や不幸の塊のような家に生まれたりします。
しかし、日本に生まれたことの意味を考えると、四季折々の自然があって、そこに育まれる細やかな情感緻密さ、繊細さ、創意工夫といった面を伸ばしたり、東洋芸術と東洋思想の宝庫である玄玄微妙の伝統精神や理屈を超えて素直さや勤勉さを尊重する国民性、そして、なによりも内的な自己を高める禅文化の教養の精髄が学べます。
ところが逆に、日本では例えば公的にも私的にも、白黒をはっきりさせるという観念が弱くなる。
賛成だか反対だかはっきりしないあいまいな態度、本音と建前の使い分け等々に見られるように、どうしても「理」というものの極めかたが足りない。
世界的な大きな視野や、ヨーロッパ芸術の精緻さ、また、キリスト教的な博愛精神なども足りません。
そこで来世の修業のテーマが出てくるのです。今度はイギリスに生まれもっと緻密に知性を磨きなさいとか、ドイツに生まれて合理的な精神を学びなさいと、神様がお命じになる。
そうやって一歩一歩、霊界のレベル(霊層)や自在なる魂の多面性を養うことにより魂を向上させていくのです。
Q 自分が、ある国に生まれ変わりたいと思った場合は、どうすればいいのでしょうか。
深見:それはひとえに「発願」して“自分を磨くことを約束するこれにつきます。
信念・理想を持ち、それに向かってひたすら努力する。御魂を磨き、霊層を上げる修業を積んでいくと、おのずと自分に足りないもの、欠けている部分が見えてきます。
つまり、来世でより高い霊層に達するためには、どんな国の、どんな環境に生まれればベストかがわかってくるわけです。当然ながら、神様もその希望をかなえてくださる。
その結果はあなたがいま漠然と「こんな国がいいなあ」と考えている国と一致するとは限りませんが、確固とした信念に発しており、かつ霊層が一定のレベルに達していれば、ほぼ行きたい国に生まれ変わらせていただけます。
ですから、あなたが今日本に生まれていることは、今世の修業のテーマにあった国として神様が選んでくださった訳です。
だから、日本の歴史、風土、文化、芸術そして国民性等々… 全部あなたの霊層をアップさせるために適し、幸せと満足と進歩向上を増幅させるための与件なのだと信じて、まず日本でしか学べないものを徹底して学ぶことです。
たとえ、あなたが国際舞台で活躍するにしても、黒髪と黒い瞳と日本人であることに誇りと自信を持たなければ、国際人とは成り得ないのです。
だから、日本の優れたところ、美しいところ、善なるところを積極的に吸収することを心がけてください。
Q49 整形美容をすると運勢も変わってしまうのか。
美容整形の手術を受ける女性が多くなっていますが、美容整形で美人になるのはいいけれど、運勢も変わってしまうとすると、ちょっとコワいようでふんぎりがつきません。
二重まぶたにしたり鼻を高くしたり、人為的に顔などを変貌させた場合、運勢が衰えたり、守護霊が代わるなど、神霊的な影響はないのでしょうか?(北見市 MUさん21歳・女性)
深見:顔のかたち人相というものは運勢に深くかかわっていますから、美容整形でそれを変えてしまうと、福運が失われるというケースはたしかにあります。
鼻でもあごでも、せっかく豊かな福相を持っているのに、ただ“きれいに”という理由で細くしたりする場合がありますが、人相学的にはあまりよくない顔になったりすることがあります。
そういう意味で、悪い相になると運勢も当然衰退するという関係があるのです。美容整形自体が悪いというわけではなく、もともとの良い相を悪い相に変えてしまうことがよくないということです。
それから、守護霊の交代ですが、これはまったく別の問題です。美容整形そのものが起因して守護霊が交代することはありません。
むしろ重要なのは整形による精神面の変化、躍動なのです。お化粧しても何してもあまり変わらない、極度の劣等感がぬぐいきれない・・・・・・。
それで整形によって「自分はきれいになったんだ」「明日から人生が変わるんだ」と思って心機一転する自分で人生をきり開くんだという意欲と自信を得ると、開運へと運気が好転していくのです。
そんなふうに自己の内面が劇的に変化したときに、守護霊はすぱっと交代します。
その積極的になった心、前向きの人生を成就させてあげようという力量のある守護霊に代わるのです。
整形そのものには神霊的なマイナス要素はあまりありません。醜女であることが死に値する程の不幸であり、悩みであるならば、整形は救いであり、善でありましょう。
それで本当に内面が輝き、明るい心が持てるのであれば、かえって吉だと思います。
しかし、それによって美を鼻にかけたり、男女交際のみに心が偏ったりすると、高慢で嫌味な人物となってしまいます。
その結果、人に嫌われたり、昔からの友を失ったりして、かえって不幸な人生を送ることにも成りかねません。
くれぐれも、本来あった性格のいい所や福相運が消えてしまわないように気を付けて下さい。
普通の顔の場合は、自分が思うほど人は顔のことは気にしていません。
むしろ、雰囲気や言葉のやりとりの楽しさや、気配りのあるなしの方を重視しています。だから、もともと運のいい人生を送っている人で、普通の顔の人は整形しない方がいいと思います。
Q50 占いは本当に当たるのか?
自分の運勢がどうかということに非常に興味があります。占いは本当に当たるのでしょうか。
私はいろいろな占いに凝っています。
星占い四柱推命、手相、タロット……どれも当たりそうな気がしますが、まったく違った結果が出たときは迷ってしまいます。
こんなときは、どのように判断すべきなのでしょうか。(千葉県 T・Nさん/24歳・会社員)
深見:おっしゃる通り、雑誌などの星占いは、その雑誌によって違うことがあります。さらに、雑誌ではだいたい魚座とか、さそり座、蠍座とか、ほとんど月盤だけのものですね。
Q 生まれた月ですね。
深見:これはある程度当たっていますが、本当に厳密なホロスコープでは年・月・日・時間、この四つの相関関係を見る算出方法がありまして、これで出した命式の占いと、四柱推命でぴしーっと出したものはほとんど狂いがありません。
Q 運勢はひとつ、ということですか。
深見:そうです。ところが、手相の場合では、過去の判断はみんなびたっと出ますが、未来ははっきりわかって三か月か六か月、一年ぐらい。
五年、十年となると、うっすらとは出ますが、正確にはわからない。もっとも、手相の達人のような人になれば、五年、十年先の事でもかなりの確立で当てることが出来ます。
しかし未来のことは非常に変動的なのです。マイナスのこと(相)があっても、本人の努力でいくらでも変えられる、ということをわすれてはなりません。
またタロットというのは、基本的に今はこうであって、先々の何年何月にどういう状態になるだろうということは、現在のその人が持っている気で見ますから、また少し違うわけです。
そのような違いをふまえて、それぞれに占いの結果を判断なされば、迷いがない。といえるでしょう。
Q ホロスコープなどで間違いなく当たるとなると、今度はなんだか恐いような気もします。
深見:そう。未来の可能性を見たらそうです。たしかに努力、精進する気がなくなってしまうでしょう。
Q 希望がほしいですね。
深見:いいことに気がつきましたね。誰もが盛運に向かうとはかぎりませんから。一方には開運策の占いがあります。
例えば方位学。日本では気学ですね。これは八門遁甲法の中から九宮と干支学易経を融合させて作った、メイドインジャパンの占いです。
園田真次郎という人が大正時代に作ったものですが、この気学がいちばん開運策として確実。
次に家相学、墓相学。姓名判断や印相学なども開運につながります。
これらは人の努力で及ばないところを補いますから、悪い兆しが出ていたら、それを改善したほうが希望が持てます。
推命とかホロスコープで問題が多いと思ったら、それらを活用して改善していけばいいのではないでしょうか。
占いや開運法というのは、うまく使えば、素晴らしい人生にするための非常に有効な武器になると思います。
Q51 すぐカッとなって暴力をふるう性格を直せないか。
ぼくはすぐカッとなって暴力をふるってしまいます。こういう性格は直らないものでしょうか。
友達と普通に話をしていても、少しムカッとくることがあると、すぐに頭に血がのぼり、いつもけんかをしてしまいます。
気がつくと相手をなぐりとばしていた、ということが何度もあり、あとから人一倍後悔するしまつ。
カーッとなった気をしずめるいい方法はないでしょうか。(岐阜県岐阜市Y・Oくん/高校生)
深見:これには霊的な原因があることも考えられますが、それはともかくとして、解決策をお話ししましょう。
まず実行してほしいのは、カーッときた時に、深呼吸を何回かする、そしてこれを習慣づけること。
Q 深呼吸だけ、ですか?
深見:そう。とにかく、「カーッときたら深呼吸」、これをふだんから自分に言って聞かせてください。
でも、息を大きく吸うとまたなぐりたくなるでしょうから、まず最初にハーッと息を大きく吐く。
吐いて吸って吐いて吸ってこれで気持ちがしずまってきます。ところが最初のうちは、感情がしずまっても、腹を立てた原因に対しては「ま、いいや」とはなかなか思えないものです。
しばらくすると、また怒りがわいてきます。そういう時には、こういう呪文を唱えて下さい。
「奇魂(くしみたま)、荒魂(あらみたま)、しずまりましませー」
深呼吸をして、呪文。これで荒ぶった気がおとなしくなります。人間の魂が動く時には、「奇魂、荒魂、幸魂(さきみたま)、和魂(にぎみたま)」という四つのかたちで働きます。
このうちの荒魂が順調に働いている時は、勇気となりますが、統制がとれなくなると、蛮勇といって、暴力が必ず出てくる。
奇魂のほうは発想とひらめき。その場の状況をパッと把握することができる。しかし奇魂があまり出過ぎると、神経が過敏になってイライラしたりします。
荒魂は陰に回ると忍耐力として働きます。だから陰の面で順調でないと、我慢というものができず、陽の面で順調でないと蛮勇を働く。
あなたの場合、まさにこの両方がうまく働いていないことと、奇魂も出過ぎのようなので、すぐにカッとなり、また暴力もふるう。
これを直すには、奇魂と荒魂をちょうどいい働き具合にすることが肝心なのです。
カッとなった時は、まず呼吸を整え、呪文を唱える。
そして、その呪文を腹にネジこむようにして手で押えながら強く言って聞かせるのです。この二段活用を続ければ、きっと性格も温厚になるでしょう。
Q52 霊障にやられない三原則。
交通事故多発の場所で写真を撮ったら、奇妙なものが写りこんでいました。いわゆる心霊写真でしょうか。
また、このような場所は通らないほうがいいのでしょうか。
これは友人と釣りに行ったとき撮った写真ですが、道端のお地蔵さんの前に、赤い光のようなものが写っています。
じつは、ここはよく交通事故が起こる場所で、何か霊がいるのかもしれないと、冗談半分で撮ったものなのです。(群馬県 M・Tさん/186歳・学生)
深見:みごとな霊写真です。これはお地蔵様を崇敬していた霊が、死んでから後も、お地蔵様にお参りしているのです。ここには女性が三人、男性が一人います。
そのうちの一人の女性が、お地蔵様を熱心に崇敬していたようです。その霊がこの方も事故で亡くなったのか「苦しい」「助けて」といっているのが、はっきりわかります。
交通事故にもいくつかのパターンがありますが、ほとんどの事故は霊障によって起こっています。
考えてみても、事故を起こそうとして起こす人はいないでしょう。この写真の場合、お地蔵さんの前を通りかかると、先ほどの女性の霊的な障りがフッときて、それに影響されて事故を起こしてしまうわけです。
Q そのような霊障がいろいろなところにあるとすれば、恐ろしくて車で走れませんが・・・・・
深見:そのとおりです。しかし、霊にやられない三原則というのがあります。
この三原則を実践していれば、霊障といっても特に影響を受けることはありません。
〜霊障にやられない三原則〜
一つは「決して恐れない」こと。恐怖に思っていると、そういう気のあるところへ霊がフーッとやってきます。
恐怖はマイナスの波動で、霊はそれに感応します。だから霊を避けるためには、第一に恐れないことが肝要です。
二つめは「気にしない」こと。何かを気にするということは、その相手、すなわち霊との間に気の架け橋ができてしまうのです。
電線を通じて電気が通ってしまうようなもので、気にすれば気にするほど、霊の存在が強くなる。悪霊と交流経路ができてしまったときに、その霊の力が強ければそれにやられてしまうわけです。
三つめが「同情しない」こと。「このかわいそうな霊を救ってあげたい」とか、「辛かっただろうな」などと霊のことを思うと、十中八九、その霊に憑かれてしまいます。
これも、強くて太い気の架け橋を作ってしまうからです。
この三原則の共通して語っていることは、自らマイナスの波動を起こさないことです。
マイナスの気があるところには、悪い霊がつけこんできますから、恐れない、気にしない、同情しないこの三つを守っていれば、悪霊といえども恐れることはありません。そんなものなんぞに、やられるわしではない、という強い意の覚悟をもつことです。
これが、霊界においては剣となり、霊を寄せつけない光明と霊威となるのです。
Q53 なぜ金縛りにあうのか。
毎晩、何度も“金縛り”にあいます。なぜ、金縛りにあうのでしょうか。これを避ける方法はないのでしょうか。
私は寝ている時、必ず金縛りにあうのです。それも一度ではなく、いつも三回以上襲われます。
そのため寝不足が続いて、昼間もボーッとした状態が続き、困り果てています。(千葉市 T・Fさん/3歳・男性)
深見:まず、金縛りとは何かを説明しましょう。金縛りには、大きく分けて三種類があります。
ひとつは、その土地や家についている霊浮遊霊がついて、体を動けなくする場合です。これは寝ぼけているような状態の、意識朦朧としている時にやってきてとりつく場合が多い。
魂の威光が弱くなっている時だかです。
次に生き霊。他の人の強い念などが、意識の中に入りこみ、一時的に束縛されてしまうわけです。
たとえばチャーミングできれいな女性なんかは、男性の恋焦がれる思いを一身に受けますと、夜の意識朦朧の時にそれが金縛りという現象になって現われたりします。
では私の場合は、浮遊霊が原因なのでしょうか。
深見:あなたはご長男とうかがいましたから、おそらく三つ目のケースでしょう。
三つ目に考えられる原因はご先祖様なのです。ご先祖様の霊が、子孫に知ってほしい、伝えたいということがあると、金縛りで知らせに来ることがあります。
一晩に三回以上ということからも、たぶん七回忌だとか十三回忌がきているのに、法事を行っていないということがあるのではないでしょうか。
その上、あなたがきまじめな性格で、敏感な体質であれば、伝えやすいのでよけい“狙われる”のです。
子孫が先祖供養のポイントをおろそかにすると、なぜご先祖様が金縛りをするのか。
詳しくは私の著書を読んでいただきたいのですが、簡単にいいますと、人が死んだ後三十年間は霊界に行く前に予備期間、猶予期間があるのです。
その間に供養をきちんとしてもらうと、ランクの高い霊界に入り易くなるのです。
霊界から唯一許されているお盆と回忌供養をしてもらえないと、故人は非常に淋しいし、子孫にもてなしを受けない悔しさから、非常にやきもきして、実際の行動を起こすというわけです。
あなたのケースも、ご先祖様が供養をやってくれと言っているんでしょう。
おそらく、おじいさん、おばあさんや親戚の方で必ず、七回忌、十三回忌にあたる方がいるはずですから、さっそく調べて、供養をしてあげてください。
そして、何月何日にやりますからと言えば、翌日からパッと金縛りが消えるはずです。
参考までに、浮遊霊や生霊のしわざによる金縛りの場合、それを解く方法をお教えしておきます。
「ノーマク、サーマンダ、バーザラダンカン」
この呪文を何回も唱えれば、金縛りが解けます。意識が朦朧となっている時でもパーッと払えます。
ご先祖の供養をしても、まだ金縛りにあうようでしたら、これを試してみてください。
その他にも、特殊ケースとして蛇神が突然憑依した時にも、金縛りにあいますが、この呪文で払えますから、是非試して下さい。
*金しばりのことについては、私の著作『心の金しばりがとける本」(たちばな出版刊)に詳しく書かれていますので、是非、お読みになることをお勧め致します。
守護霊が才能を伸ばす手助けをしてくれるといいますが、どうやったら自分にふさわしい守護霊がついてくれるのでしょうか。
将来を考えるとき、自分の希望する進路に精通した強力な守護霊がついてくれればと思います。
たくさんの守護霊のなかから、私をよく理解して、才能を開花させてくれるような守護霊がつくには、どうしたらいいのでしょうか。(千葉県 O.Mさん/19歳)
深見:自分にふさわしい守護霊とは、実は、もうあなたについています。さらに、守護霊がふさわしいかどうかを判断するのは、あなた自身ではなく、守護霊の奥にいる守護神様が決定します。
守護神様がこの人にふさわしいと判断されたからこそ、その守護霊が現在あなたについて守護しているのです。
いま現在、あなたが自覚しようが無視しようが守護霊はすでに居て、日夜あなたを見守っているのです。
Q すると、一度ついてしまった守護霊は一生代わらず、そのままなのでしょうか。
深見:これは基本であって、「守護霊の交替」というのがなされるケースがあります。それは「発願」によって交替する場合です。
先天的な約束ごとで、その時期に環境や素質が変わり始めると同時に、守護霊が天意によって交替する場合と、後天的な本人の自発的発願によっ交替する場合です。
例えば、自分は歌手になりたいとか、あるいはコンピュータの技術者になりたいなど、自分の進む道について強い願いを発したときです。
ただ願いを発するだけではなく、努力し、行動し、実践したときに限り、神霊界ではそれを発願とみなします。
しかも、その行動や実践が最低三年間続き、休むことなく発願が持続された状態ではじめて、守護霊の交替が完全になされます。
つまりその時、あなたのひたむきな姿勢を守護神様が見て、これは本当に進むべき道を新たに選ぼうとしているな、とご判断される。
そして、あなたが発願した方向にふさわしい守護霊を、新たにお選びなおしてくれるのです。
ただ、わけもなく都合のよいように守護霊の交替がなされるということは余程前世に徳を積んだ人以外はありません。
すべては、本人がどのくらい前向きに自己啓発、あるいは自己変革を遂げようとしているのか、
その努力と積み重ねの実績次第によるのです。
したがって、ひとたび発願したら、三年間は石にかじりついてでもがんばる必要があります。
それを守護霊たちや守護神様が常に見守っているということを忘れず、日々の努力と精進に励んでください。
Q55 私を捨てた男性に不運が続いた。恨みの念は影響するのか?
私を捨てた男性を毎日恨んでいたら、彼の身に不運なことが続くようになりました。私の恨みの念が影響しているのでしょうか。
彼からは何度も何度も交際を申し込まれ、最初はいやだったのですが、あまりにも熱心に求愛されているうちに、私も彼のことが好きになりました。
自然と体の関係に進んだのですが、しばらくすると彼は、「ほかに好きな人ができた」といって、一方的に去っていってしまったのです。
私は、裏切られた哀しさ、だまされたくやしさで、食事もとれないほど落ちこみ、頭に浮かぶのは、「あんなひどい男は、うんと不幸な目にあえばいい」というようなことばかりで、毎日彼を恨んで過ごしました。
そんな時に、彼が勤めていた大企業をやめ転職、しかも過労で入院してしまったことを聞きました。
もしかすると、私の恨む心が影響しているのではないかと、逆に心配になってきたのです。(岡山県N・Mさん/22歳・女性)
深見:それは十分ありえます。くやしい、残念という思いが膨らみ、それがあなたの霊体から飛んでいって、相手の男性の体にとりついたのでしょう。
これを生霊といって、ゆえなく殺された方が加害者を“呪う”というのも、この生霊と同じ原理ですし、男女の愛情のもつれから、ものすごい恨みの念、怨念が生まれ、生霊となって人を苦しめるケースもよくあります。
私はコミックスの原作もいろいろと書いており、そのなかの「守護霊が動けば運命は変わる」(たちばな出版刊)という作品にも書いたのですが、何代も前の呪いの生霊が、現世の人間を苦しめることもしばしばあるわけです。
Q やはり私の恨みが原因なのですね。実際に彼が入院したと聞いて、可哀想に思っています。もう許してあげたいのですが・・・・・。
深見:その前に、まずあなた自身への影響もあるのですから、そちらからお話しします。
魂は水晶の球のような形をしていて、生霊を出すと、それが欠けてしまいます。
生霊は魂の一部分であり、魂のマイナス的エネルギーが相手の頭の上に飛んでいって、重くのしかかっているわけです。
魂の欠けたところには、般若の面のような自分の顔ができて、相手に飛んで行ったり、戻ってきてくっついていたりします。
そうなると、些細なことで怒りっぽくなったり、自信喪失したり、ボーッとしていたりして、情緒不安定になります。
気持ちがフラフラフラフラしているので、当然のことながら、運勢は衰退していき、生霊を出した人も結局は不幸になってしまう。人を呪わば穴二つ”というのはこれを言います。
Q そんな恐ろしいことになるとは思ってもみませんでした。この“呪”を解く方法はないのでしょうか。
深見:自分の出す悪い生霊は、相手の幸せを祈ることによって消えていきます。
自分の魂の一角に生まれた般若の面――この恐ろしい形相が、相手の幸せを祈ると、次第に仏様、あるいは女神様のような顔に変わっていくのです。
あなたの中にまた、人を愛する気持ちが甦ってきます。すると魂が解放され、幸せを呼びこみ人を受け入れることのできる状態になっていくわけです。
ですから、以前のあなたのように、心の優しい自分に戻り、相手の男性を許すという気持ちになれば、ほとんど解けたも同然です。
なかには本当に辛い思いをし、殺したいほど相手を憎んでいる女性もいるでしょう。それでも少し酷だとは思いますが自分の感情に反しでも、強引に相手の幸せを祈ってください。
般若の顔が溶けて、仏様か女神様のような顔になるまで、その人の幸せを祈るしかないのです、
それが、自分自身を救う方法でもあるのです。そうして、自分も幸せになれる。
ひとたび生霊を生じさせた魂を救えるのは、その本人の発する愛念だけなのです。
繰り返しますが、人を恨んだり、呪ったりすれば、自分自身をも不幸にするということを、しかと胸に刻んでおいてください。
