第三章 守護霊と交流する秘伝 昭和六十年六月三十日の講演より
神界と霊界
本日は、「守護霊とのコミュニケーション」というテーマで、少しお話ししてみたいと思います。
皆様からの質問の中に、「守護霊の名前までわかるということは、どういうことでしょうか。祖霊の最も高い位置にある上級霊ともなると、人間との関わりはあまり持たないと聞いています。その高級霊が姿を見せ、あまつさえ、名前まで名乗るとは、いままでの霊界知識ではうかがい知ることができません。納得のいくご説明をお願いいたします」というのがありましたが、これについてお答えしたいと思います。
私は二十五歳くらいから、守護霊様の名前を写すとか、顔を描くということをやっておりますが、これは簡単なことでございます。なぜかといいますと、私の専門は高級神界であるからです。
この三次元世界の陰には、霊界がございます。
つまり、三次元世界と霊界とは表裏の関係にあるわけです。ですから、霊界にあることはすべて、この世の中にあることです。
地獄界の苦しみ、天国界の楽しみといいましても、現実界の苦しみや楽しみが表現されております。
岩石に押しつぶされる圧死地獄なんて、痛いだろうな、苦しいだろうなと思いますが、それはこの世のありさまが反映されているだけのことであります。地獄界というのはだいたい現実界のどこかにあるシーンなのです。それをドラマチックに盛りつけしているわけです。
霊界と申しますのは、一度肉体を持ってこの世の中に出てきたことのある、いうなれば、元人間が行くところです。
その霊界の上の方には、兜率天という、立派な方が行くところがあるわけですけれど、兜率天の上には、神社の神様などがいらっしゃる「神界」があるわけです。元人間がいる世界は、すべて四次元のジャンルに入ります。これが「霊界」です。
産土の神様や天照大御神様というのは、元人間ではなく、霊界の上にある神界の方々です。
ここは、八幡様や氷川様などの産土の神様、神社の神々様がいらっしゃる世界です。顕現神といいますが、お姿とか形をあらわす神様で、多神教で出てまいりますところの神様。こういう方々がいらっしゃる世界でございまして、五次元神界と申します。
こういうふうに、顕現神で出てくる神々様のことを、いわゆる「働きの神様」と呼んでおりますが、第六神界になりますと、最先端の洋服を身につけている非常にモダンな神様がいらっしゃいます。産土様は弥生時代のような服や、平安時代の冠束帯などをつけていらっしゃいますが……。
たとえば、乗用車などは、時代の進歩とともにモデルチェンジして、最新型は非常にきれいですね。初期のころのようなモッコリした感じではありません。それと同じように、神々様の世界も時代とともにモデルチェンジしているわけでございまして、第六神界には非常にモダンで、最先端の洋服を着ている神様がいらっしゃるわけです
さらにその上にも神界があります。次元界でいいますと、七次元神界、八次元神界、九次元神界、ということになりますが、この世界の神々様は顕現神というお姿をとらず、もう少し微妙なフィーリング、たとえば、波動とか気とか、あるいはエネルギーという形で顕現されます。これが、七次元、八次元、九次元神界で、それを日本の神道では「隠れみの神界」といいます。波動、紫の波動とかオーロラのような感じの、微妙な神界です。
そういうふうに、一口に神界といいましても、隠れみの神界とか第六神界というのがありまして、その第六神界から降りてきますと、産土様の世界があるわけです。
私どもの専門は、隠れみの神界とか、第六神界とか、せいぜい、降りて産土様、神社神道ですね。
ですから、守護霊様の世界より、もっと高い次元から降りてきますので、守護霊様の名前や姿などすぐにわかるわけです。次元が低いといったら失礼ですが、物質に近いです。何ごとも、下から上へ行くのはなかなか難しいですが、上から下に降りてくるのは簡単です。
守護霊が交替する理由
ところで最近、守護神、守護霊ということを、世間でも盛んに言うようになってきましたが、守護神様の命令で、守護霊様が交替なさいます。
なぜ交替するのかといいますと、守護神様はその人の前世、今世、来世までご存じでして、そういう長いスパンから見て、その時々にふさわしい守護霊をつけようとなるからです。
たとえば、本人が一段階から二段階へ成長したり、あるいは大きな志を持っ歩み始めると、それにふさわしい守護霊にバトンタッチするわけです。
それが、守護霊が交替する理由ですが、交替を命令する守護神様は、何でもご存じです。守護神様にお聞きすると、その人の前世、今世、来世もすべてわかってしまいます。しかし、あまり知り過ぎると、人としての努力をしなくなる恐れがあるので、ポイントのときしか出ていらっしゃいません。
ですから私も、説き過ぎないようにしておりますし、神様をお取り次ぎする場合も、本人にプラスになることだけ、本人の努力に結びつくようなことだけを言ってくださるよう、お願いしております。大事なのは、あくまで本人の幸せです。
こういう守護霊鑑定とか前世鑑定というものも、本人の幸せに結びつかなければ意味がありません。
その意味で、霊界のことは語り過ぎても、説き過ぎてもダメなんですね。予言にしても、聞かない方がよかったというケースもあります。「三年ぐらいで死ぬ」なんて言われたら、それからの三年間、地獄のような日々を送らなければなりません。同じ死ぬなら、何も知らずに死なせてほしかったと。そう思います。
それから、「どういう守護霊がつくのか」ということについて一言ふれておきますと、本人の御魂のレベルに合った守護霊がつきます。
たとえば、前世の徳分がある人とか、高いランクから生まれ変わってきた人の場合、それに見合った高級な守護霊様がついておられます。守護神様の命令でついておられます。
ただし、一人の守護霊が一生涯にわたって導くということは、滅多にありません。前述したとおり、守護霊はたいてい交替なさいます。その交替の時期も先に述べたとおりですけれど、とりわけ、想念の持ち方が変わったときによく交替されます。
志を持って、「日本の国のために生きるんだ」とか、「新しい音楽の世界を切り開くんだ。音楽の世界に生きるんだ」と決心したとき、「これじゃ少し、守護霊さんが弱いなあ」と守護神様が判断すると、守護霊がパッと交替なさいます。
要するに、その人の想念や志、そして前世の功徳に比例しまして、守護霊様というのは決定されるわけです。
高級な守護霊が守護するに値するような人の場合、霊的ランクの高いご先祖様が守護されるケースが多いようですが、そうでない人の場合は、それなりの霊的ランクの守護霊様がついて守っております。
守護霊を交替させる秘儀
ところで、私は最近、「守護霊早め交替祈祷会」というものを始めました。
どういうものかといいますと、私が中国霊界とか、ヨーロッパとかインドの霊界に飛んで行き、その人に最もふさわしい霊を探して、守護霊様になっていただく、というものでありまして、その際にはもちろん、神様に許可をいただきます。
守護霊には、血のつながっているご先祖様になっていただくのが一番いいのでしょうが、日本のために生きたい、人類のために生きたい、世のために生きたいという人には、それに見合う霊的なバックが必要ですし、その方が世の中がよくなります。
そういうことで、守護霊の差しかえというと失礼なので、「守護霊交替」と言っているのですけれど、それをやりますと、運勢が急にグンとよくなります。むろん、守護霊が交替しても、それに合った形で精進努力しなければダメですけれど、布施行の一つとして、いまはそういうこともしております。
守護霊の多い人、少ない人
守護霊様は、誰にもついています。
だいたい、父方のご先祖様、母方のご先祖様の両方から、守護霊になっておりますが、守護霊の数は、本人の前世の功徳と想念、志によって決まります。
すなわち、大きな志を持っている人は、守護霊様の数も多く、たくさんの守護霊様が守っています。
先だって、守護霊を見てもらいたいと、ある出版社の社長さんがお見えになりましたが、四十六、七人の守護霊様が守っておりました。四、五人が平均的なところですから、四十六、七というのはかなり多い方です。
やはり、それだけの責任と意欲と、徳分を持っておられるのでしょう。その分、守護霊様の方としても、何とかしてやらねばと思って、互いに協力して、四十人、五十人、六十人と増えていく。百人ぐらいの守護霊に守られている方もいらっしゃいます。
「あの人は何か大きさを感じさせる人だ」「あの人にはパワーがある」「あの人はすごく威勢がいい」「あの人には、圧迫するような迫力がある」という人がいますね。そういう人には、どれくらいの守護霊が守っているのかと調べると、たいがい数が守護霊というのは、そのように、われわれの志によって増えたり減ったりするわけです。
その守護霊の中にはチーフがおります。チーフ背後霊とでも申しましょうか、この方のことを、いわゆる守護霊といっているわけでありまして、この方がリードして、守護霊の数を増やしたり減らしたりしております。
たとえば、「子孫がこれだけ頑張っているし、これだけの志でやっていることを考えたら、ちょっと守護霊が少なすぎる」と守護霊が考えたら、「皆さん、ちょっと応援に来ていただけますか」とお願いする。
もちろん、守護神様の許可をいただいたうえでのことですが、そうやってご先祖の中から協力してくれる霊を集めるわけです。
守護霊に関しては、まずこういうふうにお考えいただきたいと思います。
守護霊と交流する秘伝
次に、「守護霊様と交流したい」「どうしたら、守護霊様にお言葉をいただけるようになるか」というご質問についてお答えしたいと思います。
守護霊様とのコミュニケーションですね。これについてちょっとお話しいたします。
皆様からの質問の中に、「名は体をあらわすと言われていますように、言霊で運命を左右し得るものでしょうか」というのがありましたが、これはできます。
まず、同じ言霊を出すのだったら、自分を守護している守護霊様に出した方がいい。それも、はっきりと口に出して言った方がいいです。
祈りというものは、心の中の言葉です。心の中で言語を発しない人は、祈りができないはずです。「こう思います」というセリフを分析すると、その前に、まずおなかの中で、胸の中でささやいていますね。これが祈りです。これを口に出すと顕現するわけです。
ですから、守護霊様に対しては、「守護霊様、これこれこうなんです」というふうに、なるべく口に出し、言霊に出して言った方がよく聞いてくれます。
コミュニケーションと申しますのは、まずこちら、私たちの方から出す。それに対して答えが返ってくるものであって、往復でなければコミュニケーションは成り立ちません。
こちらの方からの出し方としては、まず言葉に出す、言霊に出すことが大事です。
もう一つ大事なことは、「なるべく具体的に言う」ということです。
「明日、メンバーでセッションをしますので、よろしくお願いいたします。何時何分からスタジオに入って、何時何分にこういうふうな人と会いますので、よろしくお願いいたします」というふうに具体的に言えば、具体的に動いてくださる。
次元が現実界に近くなると、権現様や菩薩様なども同じで、具体的に言えば言うほど、神々様は具体的に動いてくださる。「日本の国のために生きるんだ」と抽象的に言えば、抽象的に動いてくださる。
「伊勢神宮の天照大御神様にお参りしても、あまり功徳はない。お稲荷さんの方がある」と言う人がいるようですが、天照大御神様は非常に大きな神様ですから、大きな気持ちで向かえば大きく動いてくださいます。
お稲荷様というのは、願い事には応えてくれます。言えば聞いてくれます。しかし、ひとたび崇敬しなくなったら、ゼロどころかマイナスになるまで仕返しします。
七代から八代まで仕返しします。あとが怖いわけです。お稲荷さんの信仰は諸刃の剣ですね。できたらやらない方がいいと思います。
それはともかく、「言葉に出して言うこと」そして、「具体的に申し上げること」
この二つが大切でございますが、さらに付け加えれば、ここ一番のお願いをするときには、「改まって、威儀を正して申し上げること」
これも忘れてはなりません。
たとえば、「ぜひお願いいたします。いついつこういうのがございますので、何とぞご助力を賜りたく存じます」、というふうに手を合わせて、威儀を正して改まった気持ちで申し上げると、守護霊様も、「だったら何とかしましょう」と言っ応援してくださいます。
人間が住む三次元世界と四次元世界は、表裏の関係にありますから、礼節ということに関してもまったく同じなのです。
この世的な地位のある人、実力のある人でも、威儀を正し、たとえば、スーツを2着るなりして、
「ぜひお願いいたします。いついつこういうのがございますので、ご足労とは存じますが、何とぞお足をお運びいただきまして、ご助力を賜りたく存じます」と礼節をもってお願いされると、
「そこまで言うのなら、協力しようか」という気持ちになりますよね。
守護霊様も同じでございまして、ここ一番というときには、ビシッと威儀を正し、礼節をもって深々と頭を下げ、真剣にお祈りして、慎んでお願い申し上げると、必ず聞いてくれます。
これを神道の言葉では、「こと分けて申す」といいます。
祝詞にもございます。神社で参拝すればわかります。
「こと分けて」というのには、「言葉を分けて」、あるいは「事柄を分けて」という二つの意味がございますが、こと分けて申し上げますと、守護霊様は強く動いてくださいます。
そういうふうにやることが、こちらから守護霊様にコミュニケーションを働きかけていくうえでの重要な約束事と、お考えいただいていいのではないでしょうか。
次に、守護霊様に投げかけた祈りや願いの答えは、どのように返ってくるのか。
これには二つの種類がございまして、一つは「直接内流」、もう一つは「間接内流」と申します。
「直接内流」というのは、直感や霊感を通して、直接的に守護霊様がパッと教えてくださるものでありまして、霊的に研ぎ澄まされていると、「あっ、これが守護霊様の答えだ」と直感的にわかります。
今日も何人かの霊能者の方が来場されているようですが、霊的に鋭い人は直感でパッとわかる。ふと、こうじゃないかと思う。あるいは、夢で見る。
霊感、直感、ひらめき、夢のお告げ。こういうのを「直接内流」と申します。
もう一つの「間接内流」というのは、人の口や新聞、テレビ、雑誌などの媒介を通じて答えを返す、というものであります。
守護霊様は形がございませんので、人の口などを通して答えを返すわけです。たとえば、守護霊様がお答えしようと思っても、その内容があまりに専門的すぎて、パッとひらめいても本人に意味がわからない場合があります。そういうときには、専門知識のある人に懸かって、その人の口を通して教えてくださいます。
これが「間接内流」。間接的にパッと流れてわかるわけです。
この「間接内流」は、だいたい三回ぐらいあります。一つのことを継続的にお願いすると、三回ほど間接的に教えてくださいます。
たとえば、車を買おうとする場合、「ちょっと奮発してベンツにしようかな。それとも、堅実に考えて安いカローラにしようかな。どうしようかな。ベンツもいいしな…」などと迷うことがあると思います。
そういうときには、真っ先に守護霊様にお伺いしたらいいのです。
「こと分けて申し上げます。ベンツがいいか、カローラがいいか、お答えください。願わくば知らしめ給え」
言霊に出し、慎んで申し上げます。すると守護霊様が、「そんなに真剣に祈るなら聞いてあげよう。答えはカローラじゃ」ということで、背後から働きかけて直感や霊感で教えようとするのですが、いくらひらめいても、「ベンツの方がいいかなあ~」という執着心があるので、なかなか伝わらない。
「本当はベンツが好きだから、できたらベンツだと言ってほしいんだ」と、初めかそう決め込んでいるのですが、カローラの方がいいかなという思いもある。だから、守護霊様にお聞きするわけですけれど、執着心がある場合は、守護霊様が「カローラ、カローラ、カローラ」と答えを送っても、なかなか伝わりません。
こういうときには、直接内流ではなく、間接内流で答えをくださるのです。
たとえば、ベンツにしようかカローラにしようか迷っているとき、突如としてお父さんから電話がかかってくる。
「あっ、おやじ。いまごろ、どうしたんだ?」
「いや、別に用事はないんだが。どうだ、最近は元気でやっているか」
「車を買おうと思っているんだけど…」
「えっ、車?どういう車を買うつもりなんだ?」
「ベンツにしようかと思ってるんだけれど、カローラの方がいいかなと思ったりもしているんだ。でも、どうせ買うなら高級な方がいいんじゃないかな」
「そうだよ。車は高くてもいいのを買うべきだよ。お父さんも昔、ベンツに乗っていたけど、ベンツはいいよ。とくに高速安定性には優れている。高速になればなるほど路面にピタッと張りつく感じがするしね。まあ、カローラもなかなかいい車だけど、お父さんはベンツの方がいいと思うけどな」
「そうか、ベンツの方がいいんだね。よかった!」
これなら自分の希望どおりなのですが、守護霊様がカローラの方がいいとお考えになっているときには、
「ベンツの方がいいと、お父さんは思っていたけれども、お前の仕事柄を考えても、カローラの方が合ってるんじゃないかな。カローラの方がいいよ、カローラの方
ついさっきまでベンツがいいと言っていたのに、急にカローラと言いだした。
でも、やっぱり本人はベンツの方がいいと。
そして、電話を切ったら、すぐまたお友達から電話があって、
「どうしているの、最近?」
「君こそどうしているの?」
「うん、いまからカローラに乗ってドライブに行くところなんだ」
「えっ、カローラ?」
「うん、大衆車だけど、わりかし軽快で、乗り心地もいいよ」
「あっ、そう。カローラって、そんなにいい車なんだあ」
「どうしたの、何を驚いているの?」
「いや、ちょっと……………」
友達との電話が終わって、駅前まで買い物に行こうとバス停でバスを待っていると、一台の乗用車がパッと目の前にとまった。
「やあ、元気、どうしている?」と声をかけられ、見たらカローラだった。
カローラ、カローラ、カローラ。ベンツの方がいいと思ったけれど、これはもうカローラで決まりだな。そう思っていたら、帰宅後、セールスマンがやってきて、「あのう、車、いかがですか。カローラなんかいかがでしょう。最近のカローラ、性能がよくなってとても人気があるんですよ」と、さかんにカローラを薦めるセールスマンまで来た。
これで証が四つ出ました。お父さんもカローラがいいと言ったし、友達もカローラに乗っているし、バス停で待っていたら、カローラがパッと目に入ってドキッとした。普段は目に入らないのに、そういうときにかぎって入ってくる。これは守護霊様が教えているわけです。そして最後に、セールスマンがやってきて、カローラを薦めた。
「守護霊様、わかりました。お返事、ありがとうございます。カローラにします。ベンツ、諦めます」
守護霊様からの答えは、こういうふうに返ってくるのです。
神道ではこれを「クシロを取る」と言いまして、いくつかの証を取ってご神意を確認します。その際には最低、三つを基準にいたします。たまたま、たまたま、たまたまということが続きまして、三つぐらい返事が来ます。
こういうふうにして、守護霊様とのコミュニケーションができるわけです。
感謝を忘れずに
ここで気をつけなければならないのは、答えをいただいたあとも礼節を忘れないことです。礼節を忘れていたら、その次にやってもうまくいきません。
たとえば、今度は家具を買おうというとき、前回は車でうまくいったから、今度もまた守護霊に頼めばいいんだとばかりに、横着を決め込んでいたら、何の答えもいただけないでしょう。
なぜかといいますと、感謝が足りないからです。
「慎んでお願いいたします」と言って、地位も位も名誉もある人に動いていただいたのに、そのままにしたら、相手はどう思いますか。
「あいつは頼むときだけ頭を下げて、あとは電話一本よこさない。お中元も来ない。別にお中元が欲しいわけではないけれど、礼儀というものがちょっとな。今度お願いされても動いてやらん」と。こう思いませんか。人間社会ではそうですよね。守護霊様も同じなのです。
守護霊様にお願いして、一つでもいいことがあったら、すぐにお礼を言わなければいけません。
「本当にありがとうございました。もしベンツを買っていたら、あとあと資金的に苦労しただろうと思います。守護霊様のお導きにより、カローラにしたら燃費はいいし乗り心地もいいし、本当によかったと思います。心から感謝いたしております。今後ともよろしくお願いいたします」と、感謝の言葉を述べると、守護霊様も、
「うん、うん、いいんだ、いいんだ。そういうふうに思ってくれればいいんだよ。
今度も守護しようかなあ。うん、守護しよう!」とまあ、こんな感じですよ。
そのように、一ついいことがあったら、ピシッと「ありがとうございました」と感謝すると、またリピートが効く。守護霊様のご守護のリピートを得ようと思ったら、ちょっといいことがあったらすぐに感謝するのです。
守護霊様から強い守護を受けるには?
さらに大きな守護霊様の応援を受けようとするなら、「感謝の先取り」という方法があります。
どういうものかといいますと、ちょっといいことがあると、「これも守護霊様のお蔭だ」と感謝してしまうのです。
たとえば、電車に乗っていて座りたいなと思った人が、目の前の人が「どうぞ」と席を譲ってくれたとします。そういうとき、「これも守護霊様のお蔭だ」と感謝してしまうのです。実際は、守護霊様が働いてくれたわけではなく、その人がたまたま席を譲ってくれただけなのですが、それでも、
「ああ、これも守護霊様のお導きに違いない。守護霊様、いつもいつも助けてくださいまして、ありがとうございます」
と感謝する。守護霊様の導きであろうと何であろうと、とにかく感謝してしまう。これが「感謝の先取り」というもので、そういうふうに言われると、守護霊様としても動かざるを得ない。
「別に、僕がやったわけではないんだけど、そんなに感謝してくれるなら、帰りの電車ではちゃんと席を確保してやろうか」と(笑)、そう思うのですね。
守護霊様の働きではなくても、「守護霊様、ありがとう。守護霊様、ありがとう」と感謝を先取りしますと、守護霊様も動かざるを得ない。守護せざるを得ない。そういうふうに追い込んでいくことができるわけでありまして、「感謝の先取り」のことを別名、「守護霊追い込み秘法」とも申します。
こういうふうに、常に感謝を先取りして、何でも「守護霊様のお蔭だ、お蔭だ」と言っておりますと、強い守護を受けることができます。
これが、「守護霊様とのコミュニケーションを密接にする方法」です。
こういうふうに心がければ、守護霊様に常に守られて、幸福な人生を歩むことができます。
もちろん、その人の志と日々の努力によって違いはありますが、守護霊様の応援を得ようとするなら、とにかく感謝すること。これを忘れてはなりません。
守護霊様は、人間の進歩向上のために守護する
ただし、ここで一つ気をつけなければならないことがございます。
守護霊様は、あくまで守護の霊でございますので、あまり守護し過ぎると神様からお叱りを受けるのです。
先ほども言いましたように、守護霊というのは高級霊界の存在であり、魂の教育係であります。したがって、人の道において、いかに徳を積ませ、いかに御魂を磨かせるかが守護霊の大きな役割であるわけでありまして、そこを忘れて、何でもかんでも守護していたら、守護霊の本分とかけ離れてしまうのです。
御魂を磨くには、二つの方法があります。
一つは、「胎蔵界曼荼羅」の要素。すなわち、真実を求め続けて、研鑽を積んでいく。
もう一つは、「金剛界曼荼羅」の要素。すなわち、体施物施法施の布施行を通して善徳を積んでいく。
この二つの要素で御魂を磨き、人としての向上を目指すのが人生の本義であり、そのためになる守護でなければ守護してはならないという、神霊界の法則があるのです。愛と真心ですね。
だから、何でもかんでも守護することはできないわけですが、守護し過ぎた場合の一番の問題点は、人としての精進努力を忘れてしまうことです。
たとえば、「南無阿弥陀仏」というのがありますね。あれも、何でも「南無阿弥陀仏」を唱えておけばいいんだ、ということで怠惰な人間になってしまったら、「南無阿弥陀仏」を唱えることが、かえってアダとなってしまいます。
それと同じで、何でも守護霊様にお願いすればいいんだということで、人として精進努力をしなくなったら、何のための守護霊かわからなくなってしまいます。
何かの目標を持って発願をし、「やるぞ!」という志で突き進んでいく場合には、どんどん守護してくれます。
しかし、何の志もなく何の努力もしないで、守護霊様にお願いだけする、守護霊様におすがりだけする、コミュニケーションだけする、というのではダメです。もちろん、コミュニケーションを密接にし、感謝する心を忘れなければ、守護霊様は聞いてはくれるでしょう。でも、動いてはくれません。礼儀正しく言えば、「うーん、わかった」とは言うでしょう。
しかし、自ら努力する姿勢がなければ、「だけれども、ちょっと待とう」と言って、決して力を貸したりはしないでしょう。
何にも努力しないのに、守護し過ぎたら怠慢になる。そうしたら、守護霊も神様に叱られる。守護はしてやりたいけれども、自分で精進努力し、苦労する中で何かをつかんでいかなければ、将来、頭打ちになってしまう。
人生、何事もそんなに甘くはないし、絶えず守護霊から応援してもらっていたら、大成できません。若いうちは苦労しなければダメです。
だから、「何とかこれができますように」とか、「スターになれますように」とか、「会社の売り上げが、飛躍的にアップしますように」などと、守護霊様にお願いしたらお願いするほど、「君、しっかり頑張るんだよ」「君、人をアテにしていてはダメだよ。自分でやりなさい」と言う人ばかりがやってくる。間接内流で、守護霊がそう教えているわけです。「しっかり頑張れ、しっかり頑張れ」だけです。それで、
「そうか。しっかり頑張ります。もう、守護霊がんかアテにしない。あんなにお願いしているのに、ちっとも動いてくれないんだから、もういいんだ。守護霊なんか、もういい。これからは俺一人の力でやっていくんだ」と言って動きはじめたら、パッと守護してくれるのです。
こういうことがいえるのも、私自身、体験があるからでございまして、もっともらしく言いますけれども、すべて体験に基づいております。
発願して、努力して、「やるぞーっ!」というときに守護するのが、守護霊でございます。
ここを間違えますと、人の道でミスしますし、あまり霊能というものを与え過ぎますと、本人のためによくない。この世にあるときも、あるいは死んだあとも、怠慢で努力しなかったらダメなんです。実力を磨けません。
守護だけで生きていたら、本人のご本霊魂の向上にならない。だから、守ろうと思っても、ちょっと控えている。聞いてはいるけれども、動かない。これが守護霊様が高級霊である所以ですね。
低級霊は、そんなこと一切関係ありません。
たとえば、蛇とかキツネなどの動物霊なら、お願いしたら何でも聞きます。魂の向上、死後のこと、一切関係ない。油揚げ何キロに比例して守護する。お神酒と卵を供えてくれれば守る。「卵、欲しい。お酒、欲しい。油揚げ、欲しい」。それだけで守るのです。
本当の守護霊様は、その人に益することのため、その人の幸福のため、魂の向上のために守護する。
それが高級神霊や高級霊でございまして、低級霊を守護霊に持つ人は、お蔭はいつでもあるでしょうし、奇跡も起きるでしょう。不可思議なことが多いし、売り上げも上がるでしょうし、霊能も磨けるかもしれません。
しかし、本人の魂の向上、人間的な進歩ということを考えますと、はなはだ問題があると考えざるを得ない。
そのあたりが、本当のご先祖様、あるいは高級霊の守護霊様を持っている人と、低級霊、タヌキとかそういう霊を守護霊だと喜んでいる人との違いです。
以上が、守護霊様ということに対して、気をつけなければならない要素です。そういうことで、守護霊についてのコミュニケーション、考え方を質問の答えといたしまして、終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
