前世の因縁と今世の幸、不幸
高山:そういう三角関係などのもつれは、全部が全部霊の影響とは限らないのですか。
深見:限りませんね。霊にやらされていることも当然ありますが、前世のカルマでそうなることもよくあります。
高山:彼女の場合、前世のカルマということなんですね。
深見:そう、前世のカルマです。だいたい、本人のもっている前世からの因縁というか、カルマ、運といった先天的なものが主です。
そして、それに合った因縁的霊障を取り除くと、自分個人のカルマが残るんです。それを、自分の意志の力で改めていけば、前世のカルマも改善されていくんですね。
高山:では、最初から前世のカルマのあまりない人や、家の因縁の軽い人は、そういう努力をしなくても、幸福になれるんですか。
深見:ハッキリいえば、そのとおりです。たとえば、たまたま浮気をしたけど子供もできずにすみ、しばらくしてからきれいに別れたとか、仕方なく結婚したんだけど、ものすごく幸せになるとか、結果としていいほうに運んでいくんです。
けれど、大きなカルマがあったり家の因縁が深いと、こうはいかない。すべてが裏目に出て、結果として不幸になっていくんです。
高山:じゃあ、結果を見ていけば、自分のカルマや家の因果がだいたいわかりますね。
深見:そう、わかる。プロセスを見ていてはなかなかわからないけど、結果を見ていけばわかります。
要するに、何をやっても幸福につながっていけば、カルマは少ないし、家の因縁も軽いといえます。逆に不幸につながっていけば重い、と。
高山:因縁が軽ければ、何をやっても大丈夫なんですか。
深見:そんなことはありませんよ。たしかにカルマが小さければ、何をやってもスイスイいくことが多い。けれど、人間は御魂を向上させるために生まれてきているのですからね。
その一点を忘れて享楽にふけっていれば、いつか必ずやり直さなければなりません。
いってみれば、前世の貯金を食いつぶしているようなものです。
だからそういう人は、今世は幸せに恵まれているようでも、晩年になって急に凋 落するとか、来世が、生まれながらに厳しい環境の中で育つとか、いずれにしても因果の帳尻合わせをしなくてはなりません。
異性に対する潔癖症も色情因縁
高山:さっきの質問と関連しますが、男女間のトラブルで不幸になるのは、すべて色情因縁のせいですか。
深見:そうとは限りませんね。むしろ、トラブルがないほうが色情因縁の強いこともあるくらいなのです。
高山:えっ?どういうことですか。
深見:たとえば、ものすごい美人でスタイルもいいんだけど、どことなく暗くて誰も近寄ろうとしない人っていますよね。
ああいう人は、いってみれば男女間のトラブルがないわけなんですが、あれも色情因縁なんですよ。それにホモやレズね、あれも色情因縁。さらには、異性に対して潔癖すぎるという人も色情因縁です。
高山:つまり、逆に現れたということですね。
深見:よくわかりましたね。そのとおりです。前世であまりにも極道をしすぎて霊界でひどいめに遭い、改心して生まれ変わってきた場合には、今度は女だけはやめようと、異常なくらい異性に対して潔癖になるんです。いわば、反動ですね。
高山:けれど、トラブルがないということは、世間に対しては聞こえがいいですね。
深見:そう、聞こえがいい。けれど、ちょっと聞くと石部金吉さんでまじめなようだけど、ほとんど間違いなく、それがその人にとっては不幸の種となっているはずです。
高山:色情因縁で、一番強烈なのは何ですか。
深見:それは、何といっても女郎屋に売られた女の霊です。男に騙されて女郎屋に売られ、いやでいやでたまらなくても、無理矢理働かされた女の恨みは、それは強烈ですよ。
霊界では全部が全部、蛇になっています。まっ黒な蛇。
しかもツノが生えています。少しのことでは改心しません。次に、親に女郎として売られた女の霊。これも強烈です。
「仕方ない、親のためだ」と思っていても、十年、二十年、三十年と続くと、仕方ないと思いながらも、心の中では親を恨むようになる。
もちろん、個人差はありますが、私が見た限りでは、大部分が強烈に恨んでいます。 特に、好きな男に売り飛ばされた霊はものすごいですよ。
高山:そういう霊は、やはり自分を売り飛ばした男と、その子孫を恨むのですか。
深見:基本的には、そういうことになります。けれど、あんまりやり方が酷かった場合は、女郎屋の経営者を恨むことも珍しくありません。
高山:その恨みは、どのような形で現れますか。
深見:ほとんど色ごとですね。これで子々孫々までやられます。
高山:具体的に、どのような形で?
深見:妻子ある男性のところへワッと走ってみたり、あるいは最低の男を好きになって不幸になるとか。
特に、定職もなくブラブラしている男と一緒になって、目一杯働かされるだけでなく、殴る、蹴るの乱暴を受け、その男から逃げ出して再婚したら、また同じような男と一緒になり、今度はそのうえ、ソープランドに売り飛ばされた、なんていうのは、まず間違いなく女郎の霊か稲荷のたたりか、一族郎党残虐に皆殺しにされた霊団の仕業です。
山本:そういう人、私知っています。その人にも、そんな霊がついているんでしょうか。
深見:ついていると思いますよ。結婚する前はすごくいい男に見えたんだけれど、結婚したら、競輪、競馬に酒、女。
それにしょっちゅう暴力を振るう。こんな男と一緒になって絶えず苦しんでいるのは、前述した霊たちがついて、自分たちの苦しみや境遇と同じようなめに遭わせて、その苦しみを味わわせることで復讐しているわけなのです。
高山:女性だけにつくんですか。
深見:いや、男性にだってつきますよ。恨まれている家系の中に入っていればね。
高山:男性がつかれる場合は、どのような形で?
深見:例をあげれば、結婚前はいい女性に見えてたのに、結婚後は人が変わったようになって、女のくせに大酒は飲む、バクチは打つで、夫を苦しみのどん底に突き落とす。
最悪の場合には、刃物を振り回して夫を追いかける。
このような女性と結婚した男性の先祖は、女郎屋を経営して何人もの女を苦しめていたり、女中奉公の女を手ごめにして自殺させたり、殴る蹴るの虐待をして病死させたりしていることが多いですね。
けれど一般的には、女の恨みは相手の家系の女性たちに出るようです。そして、とんでもない男と結婚させて、自分が味わったのと同じ苦しみを味わわせて喜んでいる、というケースが比較的多いといえますね。
高山:それが、色情因縁の中で最も強烈なたたりなのですか。
深見:そうです。けれど、同じ色情因縁でも、個人のカルマが原因となっているものもあるんですよ。
高山:個人のカルマが?
深見:そう、個人のカルマが原因で、たとえば、兄弟はみんな幸せな結婚をしているのにひとりだけ結婚に恵まれない、という人がよくいますね。
妹たちはいい配偶者に恵まれているのに長女だけがダメ。なぜか酒びたりで働くことを知らない男と関係ができ、子供まで生まれてしまった。
やっと別れたと思ったら、今度は犯罪者と一緒になっちゃった、なんてね。
そういう場合は、家代々の因縁だけではなくて、その人個人の前世からの相当強いカルマが原因となっているんです。
前世で男を苦しめたから、今世では苦しめられるわけです。もちろん、そういう場合でも、多少は怨念霊もあり、色情地獄に堕ちている先祖霊がその人と合体している場合も多い。
カルマ相応にマイナス霊がくっついているのが実情だからです。
守護霊にお願いして、意志力を強くする
山本:さっき、二十六歳で結婚する可能性が高いとおっしゃいましたが、相手の男性の方は今つき合っている人ですか。
深見:まあ、そうなるのは六五パーセントの確率ですね。
山本:その人、結婚している人なんですけれど……。
深見:ほら、どうしてもこういう傾向が出てきちゃうんだね。前世でそれだけのことをやってきているから。それ、よくないです。やめた方がいいです。
山本:そうですか…。でも、別れられないし……。
高山:こういうふうになるのも、やはりカルマに合った霊が憑依して、背後から引っ張っているからですか。
深見:霊がやっていることが多いですね。でも、霊の力より強い力をもっていれば、やられないんです。
高山:その力とは、意志の力ですか。
深見:そうです。でも、意志の力だといっても、何もないところから意志の力なんて起きてきません。
それにはやはり、学問と教養と正しい信仰力が必要です。それが 100 意志力の基礎を構成してくれるからなのです。
たとえば、色情因縁がワッと吹き出しかけても、「いや、待てよ。こんなことをしたら身を滅ぼすだけだ。やめておこう」となるわけです。
学問と教養と正しい信仰力に基づく強い意志力があれば。つまり、ギリギリのところで助かるんですね。
高山:要するに、学問を積んで感情をコントロールできるようになればいいわけですね。
深見:そうです。そのように、学問に裏づけられた意志の力をもった人間、感情を抑えられる人間になれば、守護霊がしっかり守ってくれるようになります。
ですから、そういう人間に対しては、悪霊も手を出せないんです。反対に、感情のままに動く人間は狙われやすいですね。
たたり霊にとってみれば、そちらの方がやりやすいから。
とにかく、意志の力を強くして守護霊の応援を受ければ大丈夫ですね。悪霊も「うーん、手強い」となって退散していきますから。
山本:でも、かえって別れて再婚した方が幸せになることも多いんじゃないですか。
深見:あなたのその思いが、客観的な彼の状況と自分の能力や性質から割り出したものなら、まだ、多少は聞くべき理もありますが、単なる感情に流されているのなら、なるべく早く諦めたほうがいい。
神感ともいえる高貴な感情ならいいのですが、煩悩と欲に引かれる感情は、自分自身を破滅に導くしかありません。
結局、両者が不幸になりますよ。その種の感情に流されていたら、特に、背後でその感情を悪霊が引っ張っているのに気づかなくっちゃいけません。
山本:でも、そうとばかりは限らない場合も多いんじゃないですか。実際に離婚して一緒になって幸せになる人も多いんですから。
深見:そういう方向にいっちゃうんだね。それだったら、早く離婚してもらうべきです。
相手の男性は、別れる別れるといいながら、ずるずる関係を続けていこうと……。
高山:そうですよ。あなたの彼氏がビシッと身辺を整理して、「別れたよ」といっているんなら話は別かもしれないけど……。
山本:そうなんですけど……。私がこのまま諦めれば終わっちゃうだろうし、待っていればどうなのかなと、いろいろ考えるとどうしても迷いが出てきてしまうんです。
深見:「今年中に離婚してください。そうでなければ別れます」って、はっきりと期限を切ることですよ。もし、相手の男性に誠意があれば、きちんと返事をしてくれるはずです。
山本:でも、相手の人にも事情があるんです。夫婦関係が冷えきっちゃったというのなら別ですけれど、そうじゃない事情があるんです。たとえば奥さんがすごい病気で、とにかく今すぐには離婚できないとか……。
高山:そういうよね。そんな男性は。
山本:でも、決してウソじゃないんです。まあ、そう思われるでしょうけれど…。
事実そうだったら、期限を決めて別れちゃうことが自分にとっていいことかどうか…。
深見:そうであるなら、その男性は誠意がないですよ。もちろん本当の愛情も。だって、病気の奥さんを放ったらかして、あなたの方にくるというんでしょ。奥さんがかわいそうですよ。また、あなたの幸せのことを考えたら、そんな関係をズルズル続けたりはしません。
高山:そんな男性なら、一緒になったって、同じことをやられますよね。
深見:そう、結婚相手としてふさわしくない。
だから「奥さんのことを思えば、私なんかと一緒になるより、ちゃんと家庭にいた方が幸せですから、そうしてください」と、スッパリ別れることです。その方が両者にとっていいはずですよ。
山本:たとえば、霊が関係している場合は、除霊をしてもらえば心が軽くなって突然、「あ、スッパリやめよう」という気になれますか。
深見:比較的なりやすい。
山本:だから、それにすがるような思いで、ここに来たんですけど。
深見:それはなれますよ。
高山:つらいことはつらいと思うけどね。
深見:つらいけれど、しなければと思ってやる。
高山:自分の中に意志の力が出てくればね。
山本:その霊を除霊してもらえば、スッキリしますか。
深見:そうね。でも、それは、一週間とか一ヶ月くらいの短い間だけ霊がついていた場合に限ってのことです。
一週間やそこら地縛霊や浮遊霊がついていたって、どうってことないですよ。
けれど、一年とか十年、あるいはそれ以上憑依していた場合は、たとえ除霊しても、その場でスッキリと全部が激変するとは限りません。中にはそういうケースも多々ありますが、一般的には難しいようですね。
山本:どうしてですか。
深見:たとえば磁石がありますね。あれが、自分についていると考えればいいんです。
三十分や一時間磁石がついていても、鉄はほとんど影響を受けませんよね。それが、一週間も一カ月もずっとついていると、磁石を取っても磁気が残りますね。
あれと同じです。だから、長年霊に憑依されていると、どうしても霊の影響を受けてしまうんです。
考え方とか性質に。いってみれば、人格の中、御魂の中にまで霊がくい込んでしまっていたわけです。
高山:そうなると、除霊をしても今すぐにとは……。
深見:そう、いかないわけです。念波が残っているから。
山本:じゃあ、どうしたらいいんですか。
深見:守護霊様に一生懸命お願いして、意志の力を強くするしかありません。プラスの霊を呼んで意志の力を強くし、自分の意志に加えて、守護霊団のプラスの磁気を補給していけば、比較的早く回復できるものです。
除霊後も、マイナス磁気の残像を努力して消していかなかったら、やはりその関係はずるずるといきますね。山本それは自分でできるわけですか。
深見:守護霊様によくお願いして、こうするんだといいながら、自分にも強くいって聞かせればいい。
高山:心の中で願えば、それは守護霊に通じているわけですか。
深見:いや、口に出してハッキリと。心の中だけで思っているのと口に出していうのとでは、十倍ぐらい威力が違います。
十倍、口に出していうほうが強いです。だから、守護霊様にいう場合だけでなく、神社仏閣で祈る場合も、何もいわずに黙礼するよりも、たとえブツブツとでも、口に出していった方がずっと通じますね。
必ず声に出して「私は一週間以内で別れるんだ」と、何度も何度もくり返して強くいうのです。それが、自らの意識と守護霊様にいって聞かすときのコツです。
山本:なるほど。
深見:でも、そうやって自分の気持ちがふっ切れればすべての問題が解決するかというと、決してそうじゃない。だいたい、そういう場合に限って魔がさすことが多いんです。やっと別れる気持ちになったら、「どうしている?」って電話がかかってきたりして……。
山本:そうなんですよね。
深見:「ボクは寂しくて、実はきのうもバーへ行って泣いていたんだ」って。それを聞いて「あ、そうなの」と、またじくじく泣くと…。
もう別れようと決意したとたん電話がかかってきたりするのは、全部たたり霊。救霊後はまあ大丈夫ですけどね。
「ああ、せっかく別れようとしたのに、結局別れられないのね」と、何か運命的なものを感じさせてしまうわけですね。自分のは取れても、相手の悪霊がやらせていることもあるから、要注意です。
恋人とは前世で兄弟だった
山本:また自分のことになってしまいますけれど、私の場合、相手の人と一緒にいると、とにかく愉しいんです。
深見:ハッキリいって、その人とは前世の兄弟。
山本:ああ、やっぱり。自分でも何となく思っていました。ホント相性いいんです。
深見:お兄さん。
山本:それ、信じられます。なぜこんなに相性がいいのか、もうこんな人現れないんじゃないかと思うくらい、一緒にいて愉しくてたまらないんです。一分一秒が。
深見:前世の兄弟なんですからね。でも、それをコントロールしなければいけませんね。
普通におつき合いをして、恋愛感情にまでいかないように感情をコントロールしなければね。相手の奥さんもかわいそうですしね……。
山本:けれど、その人、あまりにも不幸なんです。お母さんが寝たきりで、お父さんが突然亡くなって、奥さんが結核になって、子供さんが小児喘息にかかっちゃって。
深見:だからわかるでしょ。同じような家の因縁なんですよ。
山本:そうなんです。あまりにも悲惨なところがよく似ていて。
深見:家の因縁がよく似ていて、互いに引き合うんです。そうなると、相乗的にマイナスの方向に引っ張られますよ。
私もよく見ていますけど、たとえば二十数メートルの蛇になった、たたり霊軍団が山本さんについているでしょう。
すると、むこうはむこうで家代々呪っている軍団がいるわけです。そして霊界でときどき会うわけです。
「いや、おたくも恨んでいらっしゃるのですか。実は、うちも恨んでおりましてね」「では、ここはひとつ協力して、この二人をダメにしませんか」「そうしましょ、そうしましょ」といって、「お互い添い遂げられないなら死のう「じゃないか」という気にさせるわけです。
山本:そうなんです。
深見:特に、両方が病気になった場合に自殺する場合が多い。ただでさえ精神的に苦しいのに、不治の病になったら、もう不幸ばっかりで面白くないから、死にたいと。お互いの目がチカチカッと合って「私もそうなの。運命的なものを感じますね」といいながら、自殺する。
こうやって殺すんですね。恨んでいる霊同士が霊界怨念協同組合をつくって殺すんですよ。信じられないかもしれませんが、本当の話です。
高山:二人とも死んじゃう場合があるんですか。
深見:あります。恨み霊が協力しているから。
高山:心中なんか、そういうケースが多いのですか。
深見:多いですね。同じような悪因縁で一緒になって、合体してやられるわけですね。
山本さんの場合、下半身が病気で動かなくなっちゃって、家で寝たきりになったとき、「ああ、こんな人生なら死んだほうがいいわ」なんていいながら、ガス自殺ですね。死ぬんだったらガス自殺だと思っていませんでした?
山本:ええ、楽して死にたいと。ガスなんかいいなって……。
深見:ガスだと臭いから、睡眠薬を飲みながらガス栓をひねると楽だなあ、というようなイメージが浮かんできたり……。
でも、それは霊がやっているわけなんです。そのようにイメージさせて殺そうとしているんです。
山本:そう。最近、死にたくてしょうがない。生に対して淡白なんですよ。何が何でも生きていたいという執着がないんですね。
高山:…と思わされている。
山本:あ、そうかもしれない。別に死ぬことに対してそんなに大上段に構えていないんですよ。
ただ楽になりたいから。ちょっと眠りたいな、そういう感じなんですね。でも、先生はどうしてそんなことまでわかるんですか。
深見:怨み霊の他心通をしたからです。
高山:へえー。
深見:この取材がはじまる前に少しお話をしていた農薬で死んだおじさんも、それです。山本怖くなってきますよ……。
深見:最初は精神的に葛藤させ、次は病気、そして最後は死にたいという気持ちにさせる。こういうシナリオを書いているんです。頭のいい霊ですね。武将だから。
高山:今、深見先生が話しているのを、霊はみんな聞いているんですよ。それを承知でわざと話しているんです。半分説得しているんですね。
情的な人が狙われやすい
山本:そういうたたり霊は、男性につきやすいのですか。それとも女性の方ですか。
深見:いや、どちらにもつきます。けれど、女性の方がどちらかというと狙われやすいですね。というのも、一般的に女性は情感で動きますから。知的に動く人はあまりいませんものね。
高山:では、男性でも情的な人は狙われやすいとか……。
深見:そう、狙われやすい。男性でも情的で意志の力の弱い人、病弱な人、情の深い人、こういう人は危ないですね。
高山:じゃあ、意志の強い人は狙われにくいわけですね。
深見:そうです。少し頑固なくらい意志の強い人は、気魂が煌々として霊威を発揮していますから、霊の方が避けていくんです。
「こいつはダメだ」って。要するに、霊に狙われないためには、目標をもって一生懸命頑張っていればいいんです。
強い意志の力とは霊界では霊威を発する剣になっています。また、そういうときはご本霊も輝いて、霊明が周囲に広がるために、邪気も寄せつけないぐらいのパワを漲らせているものです。
高山:なるほど。
深見:気持ちが楽になったでしょう。
山本:そうですね。
深見:自殺をしたご先祖が、さっきのおじさんなんかがみんな聞いていて、「どうして自分は自殺したんだろう」っていう疑問をもっていたのです。それがわかったから、今、体から離れたわけです。
霊障必ずしも悪ならず
高山:ところで、先生が除霊をする場合、かなりエネルギーを消耗するんですか。
深見:まあ、消耗しますけど、それほどではありません。前にもいいましたように、除霊は自分でやらなければならない側面もありますけれど、基本的には他力、つまり神様にお願いしてやるわけですからね。そうでなければ、もちませんよ。
高山:そりゃ、そうでしょうね。
深見:でも、たいへんなんですよ。毎日毎日、マイナスの霊界ばかり見ているんですから。きれいな自然の景色を見ても、そこにふらふらしている浮遊霊なんかが見えたら、本当にいやになっちゃいますよ。霊能者っていうのはそういう点では不幸ですね。
山本:見えちゃうんですか。
深見:いや、見ようと思えば見えるんです。だから、普段は目のチャンネルを切り換えてなるべく見ないようにしています。けれど、除霊のときは見なきゃなりませんからね。美しい女の人でも水子が見えたら、あまりいい気分ではありません。その人の心の顔を見たら、もっとガッカリしたりします。
高山:そんなにハッキリと……。
深見:ええ、見えます。その気になれば。その人のうしろに、過去おつき合いしていた人の顔がずらっと並ぶんですよ。
ちょうどアルバムを見ているようにね。だから、「前つき合っていた人は眉毛が長くて、目が細くて、こんなこといってませんでした?」「えっ、どうしてわかるんですか」ってなるわけです。
守護霊様が見せているんです。まあ、相手の守護霊様が見せている場合と、相手の意識の奥にあるものが映る場合と、私の守護霊さんが見せている場合と、何種類もあるんですけどね。
高山:それが、『神界からの神通力」に書いてあった”他心通力”っていうわけですか。
深見:そう、他心通力〟と〝天眼通力〟の併用です。その他心通力”を使って、相手の思っていることをそのまま描写してあげるから、納得して忠告を聞くようになるんです。
もう、何でもお見通しなんだからって。そのあたりをピタッと明確にしてあげないと、忠告しても、さっきの山本さんのように、「やはり相手の事情を考えたら・・・・・」と、ああでもない、こうでもないとなっちゃうんですね。最近は、もうそんな機会も少なくなってしまいましたが……。
高山:まあ、先生の場合は、そういうことがわかるんでしょうけれど、われわれにはわかりませんよね。これは霊のせいなのかどうかって。そのへんを判断する方法って何かありますか。
深見:ありますよ。いろいろな現象を注意深く観察していれば、誰にでも判断できます。
たとえば、ひとつのパターンを何度もくり返しているのがあったら、それは霊のせいだと判断して間違いありません。
以前おつき合いしていた女性が病死し、今度おつき合いした女性は夫があったりと、ことごとく途中でダメになったなんていう場合は、霊がやっていますよね。だいたい二回、三回と同じパターンが続いたら霊のせいだといえます。
山本:まったく霊じゃない場合、ありますか。
深見:うーん、本人の怠慢や心おごり、また、さきほど申しあげた、本人の前世のカルマなどが大きな原因となっていることも多いですが、まったく霊の影響を受けていないというケースは皆無です。
複合的に、多かれ少なかれ、何らかの形で霊の影響を受けているはずです。
その霊には悪いものもあればいいものもある。強いものもあれば弱いものもある。だから、いいときがあったり悪いときがあったりと、善と悪が拮抗しているんです。
高山:いい霊の場合は、どんな影響が?
深見:何も現れません。平穏無事です。守護霊さんにしっかり守られていて、それほど悪いカルマのない人は平穏無事なんです。
だから、平穏無事というのは最高にいい状態であり、神様や守護霊様に深い感謝をささげなければなりません。
高山:平穏無事という人は少ないんじゃないですかね。
深見:ないんじゃないですか。皆何かしらありますよ。
高山:ただ、人によって極端に出ている場合とそうじゃない場合があるわけですね、事の起こり方が。
深見:そうです。大小、強弱いろいろあります。けれど、マイナスが強いからといって、決して悲しむことはないんです。
よく、「なぜ自分だけ、こんな不幸ばかり続くのか」って悩んでいる人がいますが、あれはよくありません。
そんなことばかり思っていると、ますます不幸が続きます。そんなマイナスなんかに負けないように、強い意志で自分自身を引っ張っていく努力が必要です。
そうすれば、幸を呼び込むことができます。問題は、そのとっかかりでしょう。私は、強い意志を発揮して、荒魂を前に出すひとつの方法として、「筋肉を鍛える」ということをおすすめします。
感性は奇魂、情は幸魂、内臓は和魂、筋肉が荒魂に相応するからです。
筋肉を錬磨する運動をすると、男性でも女性でも、「よしやるぞ」という強い意志の力が、比較的容易に湧いてくるものです。学問、教養、信仰力といっても、やはり、強靭な体力がないと長続きはしないものです。
高山:やりはじめはつらいけど……。
深見:そう、たしかにはじめはつらい。しかし、慣れれば、自分でも面白いように自分が変わりはじめるもの。
そして、前向きで明るくつらいことを越した分だけ、守護霊の霊力や霊智や霊運もさずかる。
カルマも苦と相殺されて消滅していくのです。昔の偉い人はみんな、そうやって自分を磨いてきたんですよ。特に、宗教的指導者、政治的指導者なんてそうですね。
あらかじめ、前世で一度も積み、死後いったん地獄へ堕ちて、そこからはいあがってきている人も多いんですよ。
高山:へえ、地獄に。偉い人というのは最初から因縁も何もない人ではないんですか?
深見:もちろん、中にはそういう人もいます。けれど、それでは人を導くことなんかできませんよね。人の悩み苦しみがわからないから。
だから、因縁が深いとか浅いとかで一喜一憂できないんです。因縁の深い家に生まれてきたら、それを乗り越えればいいんですよ。因縁なんかに負けるもんか、マイナスに引っ張る霊なんかにやられるもんかとね。
高山:なるほど。
深見:そうして頑張った分だけ、その人の蓄積になるわけです。信仰力の蓄積、学問の蓄積、人間性の蓄積となって、それが指導者とか宗教家とか、世のために生きるような練られた人間をつくるわけですね。
こう考えれば、カルマも肥料のようなものですね。
高山:じゃあ、因縁のあまりない人はかえって悲しむべきとか……。
深見:いや、そうではありません。因縁のない人は前世で徳を積んでいるから今世が幸せなんで、それはそれでいいんです。
けれど、あまりに幸せな人は因縁の深い人の苦しみが理解できないんで、人を救い導くといった指導者とか宗教家などには向いていない、というだけです。少なくとも除霊なんかあまりできないでしょうね。
高山:因縁のない人は、除霊できないんですか。
深見:絶対に無理というわけではありませんが、やはり難しいでしょうね。除霊といっても念力やパワーでやるなら、そういう人もできますよ。
けれど、本当に霊を救済するには、やはり地獄で苦しんでいる霊の気持ちがわからなかったらできませんよ。
相手の恨み、怨念がわからずに、いくら「恨むのはやめなさい」といったって、絶対にいうこと聞きません。
そこで、幸せに生きてきたお弟子が救霊師になって救済除霊をする場合、たたり霊の苦しみや地獄界の先祖霊の苦しみを体験させるために、強烈な霊をときどきプレゼントしてあげるのです。
これをたたり霊転送秘伝といいます。それで、どんな人でも立派にやれるようになります。
高山:さっき、昔の人はみんな因縁を乗り越えてきたとおっしゃいましたけれど、それ、本当ですか。
深見:昔の人といっても、みんながみんなそうしたわけではありませんが、偉い人はそうですよ。奥さんが死んでしまう。
子供が死んでしまう。病気で苦しむ。どうし苦しみが続くのかというと、本当はカルマ、霊障が原因なんだけれども、そうした苦しみを天が与えた試練と受け止めて、乗り越えてきたわけです。
高山:なぜ、昔の偉い人はそれができたのですか。
深見:学問があったから。学問といっても、今日のような暗記力と知力ばかり磨いてい学問とは違いますよ。
人生の根本に関わる学問、これがあったのですね、昔の人には。たとえば、不幸ばかり続くときには「孟子」の中の「天のまさにその人に大任を与えんとするや、その骨肉を痛ましめ・・・・・・」という一文を読んで、自らを励ましたわけです。
そのように、明治維新のときには吉田松陰先生の門下生たちも「孟子」を読んだり、陽明学を勉強して、すべての苦しみを天の試練と受け止め、あれだけの功を世に残したんです。
こういうふうに乗り越えた人は、悪いカルマ、霊障を善に変えている人であり、霊障を解決する模範を示した人といえるでしょう。
逆に、カルマも霊障もない人は、そういう試練もないので、人間を練れないということにもなりますね。だから、霊障必ずしも悪ならず、なんですね。
除霊後は一切迷うな
高山:そういうことができれば、必ずしも除霊を受ける必要はないわけですね。
深見:そのとおりです。しかし、神霊家の立場としては、目前に苦しんでいる人、恨んでいる霊がいれば、「自分で解決しなさい」と知らん顔をするわけにはいきません。かわいそうですからね。そこで、これを救済するために除霊をしているわけです。
山本:除霊をしてもらえば、病気なんかの霊障は全部消えちゃうんですか。
深見:即座に病気が治ってしまうこともありますし、すぐには治らないこともあります。高山その違いは、どこにあるのですか。
深見:憑依している霊の種類によって違いますし、恨みの強弱によっても違いますから、一概にはいえません。ただ、こういうことはハッキリしています。
つまり、除霊を受けて奇跡的に病気が治る人は、除霊を受けにくる前に、自分自身で劫をある程度抹消しているんです。
自分では気づかなくても、知らず知らずのうちに苦節を乗り越えてきたり、徳を積んでいるんですね。そうやって除霊を受けるから、長年患っていた腎臓病がウソのように治っちゃうんです。
いってみれば除霊は、最後の一押しといったところですね。また、病気に関して申しあげれば、こういうこともいえます。
強烈な怨念霊がついていたのが救霊された後は、肉体もかなり弱っていることが多いものです。
それを霊視すれば、その箇所がうす暗くなっているのが見えます。そこに、新たなる雑霊が入り込むことが往々にしてあるのです。
それで、何だかすぐれないという感じがしたりします。これは、その後数回除霊をしたうえで、その霊障による後遺症を医学的、物理的に解決すれば、その箇所のオーラが復元され、すぐに完治することになります。
それから、霊障だと思ってきた病気が、純粋に脊椎のゆがみからきていたり、交通事故の後遺症からきていたり、単なる不摂生からきていた場合は、当然のことながら、除霊しても何の効果もありません。
すべての病気が霊障が第一原因であるとは限らないのです。しかし救霊後、いい病院が見つかって今までわからなかった原因がわかり、すぐに全快したということも何度かありました。
高山:どんな病気でも治ると信じて除霊を受けた人たちはショックでしょう。
深見:道理をよく知ってくれば、問題ないですよ。除霊を受けたからといって必ずしもすべてが即全快するわけではありません。
けれど、たとえすぐに形に現れなくても、霊の世界ではコペルニクス的転回があるんですよ。
だから、自分さえしっかりしていれば、もうマイナスの霊に引っ張られることはないんです。
前にもいったように、長い間霊の影響を受けていたのだから磁気のようなものが自分の中に形成されてはいますが、それでも、時間がたてば霊的にスッキリするものなんです。
高山:時間が必要なんですね。
深見:そうです。何といっても、長い間霊に支配されていたんですから。それで、除霊を受けたら、すぐに病気が治ろうが治るまいが、気にしなければいいんです。
もうマイナスの霊は去っているんですから。霊のことなど一切気にせず、仕事や家事に一生懸命励んでいればいいんです。
そうすると、ふと気がついたら全快していたということがしばしばあります。その場で全快することも、むろんしばしばありますが。
高山:しかし、それがなかなかできない。
深見:そう。「まだ調子がおかしいんだけれど、これは稲荷じゃないか蛇じゃないか」と、あれこれ考えるから、また別の霊を呼び込んでしまうことも多いのです。
そうなると、せっかく除霊を受けても、効果が半減してしまいます。
しかし、実際のことをいえば、劫が深かったり、複雑怪奇な因縁と霊障のからみ合いがある場合は別です。初級救霊師がやっても、上級救霊師が何度やってもだめな場合があります。
高山:そういう場合はどうなさるのですか。
深見:最後は私がやります。冥王星という、悪因縁を断ち切る星へその人を星ツアーさせて、すべての直接的悪因縁をことごとく私が審神して、細かく因縁のからみをその人に説明してから除霊します。
高山:人間を・・・。星にツアーさせるとは……。
深見:もちろん、肉体を冥王星に連れていくのではなく、あくまで奇魂を連れていく霊的なトリップのことです。拙著『強運」で紹介したものの応用編です。
高山:それはすごいですね。
深見:神縁のある人たちのために行う、私の責任です。私ではない、それ専門の神様がなさるのであって、私は、単にそれをお取り次ぎさせていただいているだけなのです。
一口に除霊といっても、実は、誰でも受けられるわけではないんです。除霊を受けようと思っても、受けられない人がたくさんいるんですよ。
ちょうどお玉串のお金がなかったり、親から反対されたり、こちらの都合で予約が変わった …..。それは、神様のお許しがまだ出ていないからなんですね。
だから、霊が邪魔する以上に、神様や守護霊の働きがないわけなんです。霊にしてみれば、除霊をされるということは要するに、復讐の邪魔をされることなんですからね。
だから、よほど強い意志と神様への祈りの誠をもたないと、除霊を受けたくてもチャンスが消えちゃうこともあるんです。
高山:なるほど。そう考えると、除霊を受けられるということ自体、奇跡的なことといえますね。
深見:たしかに、そういう神様の導きが知らず知らずのうちにあって為されるようですね。
私たちとしては、人間が一生懸命になってやったつもりなのですが、孫悟空がどんなに頑張ってもお釈迦様の手のひらの中でしか飛んでいなかったように、神仏や神霊界の大きな導きと縁というものによって、ほとんどのことが動かされているということを実感せざるを得ないことが、本当にしばしばあるのに驚かされます。
第四章 カルマの克服法と水子救済供養の秘密
カルマの克服が最重要課題
人間は誰でも霊の影響を受けている。善霊であるか悪霊であるかは別として、霊の影響を受けない人はひとりもいない。
守護霊などの善霊の影響を強く受けている人は、ますます幸福になり、たたり霊などの悪霊の影響を強く受けている人は、ひたすら不幸になる。
したがって、できる限り悪霊に憑依されないよう務めなければならないし、すでに悪霊につかれている人は、除霊を受けたり、あるいは自分で除霊するなどの努力が必要である。以上が、ここまでの結論である。
本書のタイトルが『大除霊』であることを考えれば、これまで述べてきた内容で十分であると思うが、どうしても書いておかねばならないことがある。
カルマをどのように解消するかということがそれだ。その方法を知り、完全に解消しなければ、本当の意味での幸せにはなれないのである。
「除霊を受ければすべての問題は解決する」
世の中には、このように考えている人がたくさんいる。しかし、厳密にいうと、決してそうではない。
たしかに、除霊を受ければ、霊障などの一部の問題は解決するが、人生の問題のすべてが解決するわけではないのだ。
先にも少しふれたが、悪霊がつくには、必ず何らかの理由がある。何の理由もなく、偶然、唐突に悪霊が憑依することは絶対にあり得ないのである。
なぜなのか。まず第一にあげられるのが、これまで述べてきた家伝の因縁である。
かつて先祖が他人を苦しめたことがあれば、子孫がその報いを受けなければならない、というのが家にまつわる因縁、家伝の因縁であり、霊につかれる直接的な原因でもある。
だが、これとは別に、根源的な原因があることを忘れてはならない。個人が背負う宿業がそれである。すなわち、一人ひとりが前世から今世へもち越してきた因縁である。
前世で色情問題を起こしていれば、今世でも色情因縁の深い家に生まれてきて、その償いをさせられる。これが個人のカルマと家のカルマとの相関である。
つまり、憑依している霊はあくまでも表面的原因にすぎず、家のカルマ=宿業と個々人の抱えているカルマ=宿業がすべての不幸や不運の原因となっているのであり、本当の幸せを得るには、この二つのカルマを解消していかなければならない。
ところが、こればかりは除霊をしても解決できない。霊は取れてもカルマ=宿業は取れないのだ。いや、まったく取れないというわけではないが、一回の除霊の効果はわずかであり、数回くり返して表面に出ている霊障は完全にきれいになることが多い。
あとは、性格や性向の奥に深く内在している霊障(祖霊が多い)が残るのである。
これを取るには、本人が変わり、時間をかけて、自分の中にいる昔ながらの悪い自分を、徳功、徳化、徳明によって自然に追い出すしかない。
カルマをなくしていくとは、本来生まれたときに定められている天の命数を改めていくことでもある。
寿命も、性格も、命運も、正しい天真と天理にかなう努力によって改善することができる。
そして、これは今述べ沈澱、固定化霊障群を、自然に追い出していくプロセスと同じであると考えてよい。これらはよく関連し、連動し、相関しているからなのである。
ところが、もし除霊を受けることで家と個人のカルマのすべてが許されたとしたらどうだろう。
たとえば、五万、十万、百万などのお玉串で誠意を表すことによって、先祖が犯した罪、そして自分自身が前世から今世にわたって犯してきた罪がすべて許されるとしたら「神様は誠に不平等な存在である」といわねばならないだろう。
もし、お金ですべてが解決するなら、生きている間に勝手放題、やりたい放題やって、死ぬ間際にアルバイトでも雇って、「このお金で供養を頼んでくれ」といい残して死んだ方がいい、ということになる。
だが、神様はそれほど不平等でも理不尽でもなく、また、甘いこともない。
天地自然もまた同様である。宇宙の大法則である善因善果、悪因悪果の定めによって、万人が平等の立場に立てるようにされている。
だから、自分が蒔いた種は、自分できっちり刈り取らねばならないことになっている。
自分のカルマは、たとえ除霊を受けても、それだけでは根本的には解決されないのである。除霊は、カルマ脱却、因縁解脱、逆境はね返し、人格改善、悪運好転、幸運倍増の契機であり、大事なターニングポイントとなる神様の機であるととらえるべきだろう。それからの日々こそが大切なのである。
それでは、いったいどうすればいいのか。その方法については、「大天運」「大創運」(たちばな出版刊)ですでに詳しく述べたので、そちらを参照していただくとして、ここでは角度を変えて述べてみたい。
苦しみの五段活用
一般に、因縁を解消するには二つの方法が考えられる。
一つは「それに匹敵するだけの徳分を積むこと」であり、もう一つは「自ら苦しむことによってそれを贖うこと」である。
いわば、前者は積極的解消法で後者は消極的解消法である。すなわち、業とは、人を苦しめ悩ませた総量をさすわけであるから、業を解消するには、その分だけ人を喜ばせて幸せにするか、あるいは自ら悩み苦しむしかないのである。
もちろん、精一杯の努力や精進をすることなく来た災い、つまり、自らの怠りによって来たる悩みや苦しみは、カルマとはいわない。カルマ以前のものであり、今生の天地自然の法則によって、己が裁かれているにすぎない。当然の報いというべきものだろう。
それではまず、自ら苦しんで業を解消する方法から述べてみよう。
一口に人生の苦しみといっても、人によってさまざまな形がある。金がない。
良縁に恵まれない。病気が絶えない。成績が向上しない…..。いちいち数えあげていけばきりがないが、苦しみのレベルを考えると、大きく次の五段階に分類することができる。
一、死の苦しみ
二、貧乏の苦しみ
三、病気の苦しみ
四、人間関係の苦しみ
五、職業の苦しみ(女性は縁談の苦しみ)
この五つを、〝苦しみの五段活用〟と私は呼んでいるが、多種多様であるかに思える苦しみも、よくよく考えれば、現代はこの五つの中のどれかに必ず含まれてしまう。
人間は、ここにあげた五つの苦しみを味わいながら、自らのカルマと家の因縁を解消しているのである。
だが、普通の人は苦しみの意味がよくわかっていない。たいてい、苦しみを単なる苦しみと受け止め「なぜ私だけが不幸が続くのか・・・・・・」「私の家だけな運がないのだろう……」と嘆くだけである。
それでは、あまりにも空しい。せっかく因縁解消のチャンスに恵まれているのに、それを感知し、感謝するどころか、かえって想念を曇らせるだけに終わってしまうのだ。無理ないことかもしれないが・・・・・・
そこで、苦しみの意味を詳しく説明することにしよう。
最も手っ取り早い死の苦しみ
家族が次々と死んでしまう家がある。まるで死神にでもとりつかれたかのように、大黒柱ばかりか、生まれてくる子供も次々と死んでしまう家がある。
読者の周りにもそうした家があると思うが、当事者にとっては耐えきれないほどの苦 2 しみに違いない。
最愛の夫との死別、目に入れても痛くないほどかわいい子供との死別、兄弟との死別………愛する人との別れは”愛別離苦”といって、仏教でも四苦八苦のひとつにかぞえられているほどで、最もつらい苦しみなのである。
もし、死に瀕している家族がいたら、あなたはどう思うだろうか。「早く死んでしまった方がせいせいする」「財産が自分のものになるから嬉しい」、こう思うだろうか。
中には、そんな人がいるかもしれないが、正常な感覚のもち主なら、ひたすら悲しみの涙を流すばかりであろう。
「いくらお金がかかってもかまいません。どうか、最新の医学でお父さんの命を救ってください」
「神様、今までの親不孝をお許しください。これからは一生懸命親孝行に励みますから、お父さんの命を助けてください」というのが人間らしい感覚であって、家族の死に直面して心を動かされないというのは、どこか異常というほかはない。
それくらい、家族の死は大きな苦しみをもたらすものである。お金でも地位でも、名誉でも贖えないのが死なのだ。
このことを逆に考えると、死は最も手っ取り早い業の抹消法なのである。
お父さんが早死にしてしまうというのは、即、家が贖いをしているということであるし、子供の全部が死に絶えるというのは、業がそれから先の子孫にまで継承されないための唯一の方法なのだ。
家族が次々と死んでしまう家系は、それだけ業が深いということであり、天がその深い家伝の業を贖わせるときには、積極的に死という非常手段を行使するしかないからなのだ。誤解しないでいただきたい。
「そうか、家代々の深い業を贖うには、死が一番なのか。
それじゃ、前々から死にたい、死にたいと思っていた矢先だから、ここは一番、世のため、人のため、ご先祖様のため、ひいては子孫たちのために、至誠を傾けて思いきりよく、自殺しようか。
いや、一家心中した方が、もっとよく業が取れるかなあ」などと思っていただいたら困る。
自殺や一家心中は、人としてあらん限りの努力と精進の結果、それでもふり来たる苦しみではないので、決してカルマの抹消にはなっていない。
それどころか、本来、天かさずかった能力や寿命を十分に磨いて活用しなかったという、天津罪という罪に問われ、霊界では自殺の罪に問われて、周囲一メートル以外はすべてまっ暗闇で、断末魔の苦しみが永久に続くという、自殺者霊界に陥ることとなる。
天の法則からいえば、我と慢心と増長など、やりすぎによる罪の三倍以上も重い罪こそが、他ならぬ「怠けの罪」なのである。
なぜなら、やりすぎの罪は、反省して改心したら、そのときの経験なり知識なりが残るけれど、怠けの罪は、いくら反省しても何にも御魂に残らないからである。
だから、ここでいう死の贖いとは、人為的にどうしても避けることができなかった不慮の事故とか、懸命の治療と看護のかいなく、十九歳で若き命を失った長男とか、生まれながらに虚弱で、七歳で死んだ長女とかの場合をさすのである。くれぐれも誤解のなきように。
お金の苦労は因縁解消の一手段だった
死の次に苦しいものは、お金の苦労である。
赤貧洗うがごとき生活、借金取りの催促におびえる生活・・・・・・、世の中にはお金で苦労している人がたくさんいる。
彼らは毎日毎日、死に等しい苦しみを味わっており、いっそのこと、死んでしまった方が、どれほど楽だろうかという気持ちで日々を送っている。
事実、お金で苦しんだあげく自殺してしまうことは珍しくないし、最悪の場合には、一家心中におよんでしまうことさえある。
それほど、お金の苦労というのは人間の心を激しく痛めるものだが、ではなぜお金で苦しむのかといえば、相応の因縁があるからにほかならない。
「先祖がお金で人を苦しめた」「お金をためるだけで強欲すぎた」、あるいは「自分自身が前世において、同じようなことをした」、だから、その贖いを今世でさせられているのである。
しかし、その苦しみが結果として、家の因縁や自分自身のカルマを解消しているのである。
むろん、これも第一番目と同様、人様の何倍もの努力をしても、なおかつお金で苦しめられる場合のことである。
たとえば、夫の借金を妻が肩代わりするとか、お金がかか不治の病に子供がなり、生涯そのお金を捻出しなければならない場合などである。
