富士の頂上から神が降りるとき・・・・・・
神力と霊能力の違い、先天の修行と後天の修行の違いが、多少なりともおわかりいただけたろうか。
まだピンとこないという方もいらっしゃると思うので、今度は少し角度を変えてご説明してみよう。
たとえば「老子』の中に、「学する者は日に日に益し、道する者は日に日に損す」という有名な言葉があるが、この言葉は、神力と霊能力の違い、先天の修行と後天の修行の違いをものの見事に表現しているので、これについてお話を進めてみたい。
ここでいう「学する者は日に日に益し」とは、学問する人は日ごとに知識を増やし、「俺はああしたい」
どんどん利益になることを吸収していく、という意味である。
「あっ、これは非常に役立つことなので覚えておこう」
「これは有意義な書物だ。じっくり読んで二度と忘れないようにしよう」
こういう具合に、日々勉強を続けていけば、実際に役立つ知識を身につけ、同時に自分を磨くこともできるというわけである。
この「学する者」とは、実は孔子を始めとする儒家たちを指しているのであって、仁・義・礼・智・信を学びながら一歩一歩積み上げていけば、聖人の域に達し得るとするる儒教の教えを皮肉って、「学する者は日に日に益し」と老子はいっているのである。
これに対して、無為自然を説く老子は自らを「道する者」として「道する者は日に日に損す」といっているのであるが、この言葉の意味は、道を志す者は日に日に失っていくということである。
損をするといっても、お金を取られるというような意味ではない。
地位を捨て名誉を捨て、そして家族も兄弟もわが命まで捨てて、人為的なことは一切かなぐり捨てるということである。
「俺は何々になりたい」といった我利我欲を捨てていくので、「道する者は日に日に損す」というわけである。
では、日に日に損して、最後は何もなくなってしまうのかというと、そうではない。老子は「道する者は日に日に損す」のあとに続けて、こう言っているのである。
「損して損して無為と成す。無為にして為さざるはなし」と。無為とは、何もしないということではない。人為的なことを一切捨て去るということである。
つまり、人為的なものを全部なくしてしまえば、もともとあった潜在能力、もともとあった潜在知識、あるいは天地自然に内在する力が自然と現れ、逆に、どんなことでもできるようになるというのである。
この老子の立場は、いわば先天の修行と同じである。そして、儒教は後天の修行と同じ立場にあるといえよう。
しかし、もっと厳密にいえば、先の中にも”先の先”と”先の後”があり、後の中にも”後の先”と”後の後”があって、最も大切なことは、先、後をのり越えた玄々妙々たる大道に境涯の真を置くことである。
そうすれば、先後合一してあり、先のときは先、後のときは後というふうに、至妙の活自在性を会得することができる。
しかし、難しくなってしまうので詳細は避ける。
ところで、老子の考えは、前にも少しお話したように、あまりにも捨てることを強調しているため、これを実践すると隠遁者になってしまう危険性はあるものの、ある程度、神霊世界の事実を説いているように思える。
とにかく、我をなくせ、人為的なものを捨てよ、そうすれば本来あるべきものが現れてくるというのが、老子の教えなのである。
これくらい、神様というのは本当の愛と真心に徹するわけである。少しでも我が入ったり、人為的なものが混じっていれば、それは自分なりの愛、自分なりの真心となってしまい、結局、普遍的な神様の使者とはなれないのである。しかし、一般人はこんなに深刻に考える必要はない。
善と思ったことを信じて行い、常に神様という心の尺度をもって、見直し、聞き直し、誤りあらばその都度お詫びしつつ励めばいいのである。
これが信仰の基本姿勢であるからだ。だが、神人合一の道を極めようとする人には、神様も厳しい注文をつける。
すなわち、一身上のことは全て投げ捨てて、日本の国のためにとか世界のためにという気持ちを持ち続けて神と一体となり、自分ではない自分と神が合体して活動するという玄境を尊ばれるわけである。
これが先天の修行というわけである。
先にあげた中山みき、出口ナオ、ジャンヌ・ダルクは皆、家族を捨て、夫を捨て、自分の願いや自分の命までも捨てていたから、神様の方から訪ねてこられて終生一体であった。
先天の修行には、後天の修行のような長時間の訓練は要らない。捨てればいいのである、自分の欲を。
名誉欲、金銭欲など一切を捨てきれば、富士山の頂上の神様が、神様の方からいらっしゃるのである。
「ああ、いろいろやっているけど、あなたはなかなかよく捨てているね。先天に生きているね、生きようとしているね」という具合に来てくださるわけである。
これを菅原道真が、「心だに誠の道にかないなば祈らずとても神や護らん」と歌ったということは、「神界からの神通力」でもご紹介したとおりである。
誠の道にかなっているとはいかなることか。それは、権力欲などの我欲我心が全くなく、愛と真心に満ちていることである。
また、主に一にあって敬にいるのである。いわば、「無為にして為さざるはなし」という心の状態でもある。さらにいうならば、心に一点の曇りもなく、愛と真心を実践している、これが誠の道といえよう。
このような誠の道にかなった生き方をしていれば、祈らなくても神様のほうから守りに来てくださるというわけである。
したがって、先天の修行によって開けた霊能力や超能力は、人を不幸に陥れるようなことはしない。それどころか、生活に密着した形で活かしていくことができるのである。
決して摩訶不思議なことを見せびらかしたりせず、ごく自然に、ごく平凡な日常生活の中で活かせるわけである。なぜなら、神様は、特殊な場合を除いて決して異常なことを喜ばれないからである。
すなわち、”正法に不思議なし”というわけである。
素直で素朴は神人合一の一厘
ところで、あまりにも捨てろ捨てろ、地位も財産も家族も捨てろというと、「現実に家庭を持っている自分には、そんなことはできっこない」
とお思いになる方があると思う。あるいは、
「よし、神様と一体となれるなら、今すぐにでも全てを捨てて出家しよう」などと考える方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、ここではそんなに極端に考えないでいただきたい。あくまで境地、心境をいうのであって、日常生活の中で、少しずつ我利我欲を捨てていくように努力すればいいのである。曰く「心外悟道なし」と。
さらに角度を変えていうなら、捨てるということは素朴で素直に生きることといえる。素朴で素直。これは神道的な考え方であるが、生活実践の場においては、これが最も望ましい。そして最も先天の修行に近い生活態度といえる。
素朴で素直は神人合一の一厘である。これなくしては、誠の人も、天に通ずる道も何もない。神に通じる全ての道は、この素朴で素直な生活態度から始まるのである。
これは、恩師植松愛子先生の教えでもある。
しかし、読者の中には、
「そんな生活態度は、皇室や深窓の令嬢なら別だが、一般人にはとてもできない。それでは世間の人からだまされっ放しではないか」と思う人もいるであろう。
しかし、早まってはいけない。この素朴で素直とは、あくまで神様に対する姿勢を言うのであって、悪に対しても素直であれという意味ではない。
心観の相に神様に対する敬にして誠たる心境といえる「素」の状態を説明しているのである。浅く受け取らないでいただきたい。
少し余談になるのだが、素直という字は、神道の霊学では「主に糸が直に垂れている」と解釈される。
この場合の主とは、宇宙創造の主ともいえるし、自らに内在する主極ともいえる。その主から糸がスーッと垂れて直。素直とは、このように解釈されるのである。
だから、素直な人間には、守護神、守護霊などの高級神霊が、向こうから訪ねてくださるというわけである。
つまり、正神界の神霊に感応するには、素直な心を持っているのが一番いいというのである。
これでおわかりいただけたと思う。先天の修行といっても、日常生活を放てきして神に生きたり、出家をしたり、山にこもることではないのである。
むしろ、日常生活の中で、いかにして我利我欲を捨てて、ありのままの魂を顕現させるか、これが大切なのである。
そして、無私無欲に徹し、素朴(純粋でういういしい)で素直に生きる。これが神人合一への最も近道といえるのである。
朱子学と陽明学はここが違う
先天の修行、人としての誠の道というものがどのようなものであるか、くどいようだが、もう少しご理解いただくために、朱子学と陽明学をとりあげて述べてみたい。
ご存じのように、朱子学も陽明学も、ともに儒教の流れを汲む学問であるが、その解釈・主張はだいぶ趣が異なる。
孔子が教えた儒教は、漢の時代に入ると訓詁学が主流を占めるようになった。
つまり、教典の字句解釈、研究ばかりにエネルギーの大半が費やされるようになったのである。
そうして、時代がさらに下って宋代に至ると、そのような訓詁学を批判する四人の賢人が現れたのであった。すなわち周渓、程明道、程伊川、張横渠の四人である。
「儒教の形式ばかり見ていないで、もっと奥にある真実を見なくてはならない」
彼ら四人は、このように主張したのであるが、この四人の思想をまとめたのが朱子である。
朱子は、のちの東京大学の前々々身・昌平校学問所の教科書として取りあげられることになる「近思録」を著し、その中で、
「人間は、学ぶことによって聖人に至ることができる」と主張した。
これに対して、同じ儒教の流れを汲みながらも、陽明学の祖・王陽明が説くところはだいぶ違っている。彼はいう。
「聖人はもともとある。我々の天性に内在しているのだ。だが、人の欲望がこれをおおい隠してしまっているため、表に現れない。
だから、欲望をなくし続けて、眠っている聖人を出すことが大切なのだ。学問することで聖人に至るのではない。もともとあるのを引き出すのである」
と。ここらあたりが、朱子学と陽明学との決定的な違いといえるだろう。彼はさらに続けていう。
「人欲を捨てて聖人に至れば「良知」が自ずから現れる。この「良知」は普通の知ではない。聖人のみが持つ知であり、全て理にかなう方向を示す知である。
それゆえ、「良知」に従って生きるならば、いわゆる達人、聖人の生き方ができる」
さて、王陽明の下には弟子たちがたくさんいたが、彼らは早速、師の教えを実践しようとした。
すなわち、座禅を組んだり、瞑想にふけったりしたのである。それを見た王陽明は何と言ったであろうか。
彼は「何をやっているのか!そんなことはいとも簡単なことである。本当の修行とは、そんなことをするのではない!」と、弟子たちを一喝したのであった。そして、続けてこう語った。
「座禅なんかしたって、それだけで聖人にはなれっこない。瞑想したくらいで聖人になれるなら、これほどやさしいことはない。本当の修行とは日常生活の中で行うものなのだ
つまり、役人は役人という仕事の上において人欲をなくし、教育者は教育者という仕事の上において、本来の良知を出す修行をしなければならないのだ。
このように、日々の生活や仕事の中で人欲をなくし、聖人になる修行をしなければならないと、王陽明は説いたのである。
そして彼は、こうした日常生活の中での修行を「事上磨錬」と呼び、これこそが最も大切であると主張したのである。
ここが、老子の思想と根本的に異なるところである。すでにお話したように、老子も人欲を捨てて神人、聖人に至る道を説いた。
だが、老子はあまりにも捨てることに主眼を置いたためか、日常生活を放てきしてまで人欲を捨てる傾向を招いたのであった。
これに対して、王陽明は真っ向から反対する。彼は、山の中での修行は本当ではないと言う。
深山幽谷で瞑想にふけっても、あるいは滝に打たれ断食しても、日常生活に戻ったとたんに欲望にかられたり、みだらな妄想にかられたとしたら、何の意味もないではないか。
それより、日常生活の中で欲望を捨てるほうが、はるかに困難ではないか――このように、王陽明は説いたのである。曰く、
「山中の賊を征するは易く、心中の賊を征するは難し」
この言葉を残した彼は、日常どれほどの苦労と修道における努力をなしていたことか。察してあまりあるのである。
ここでお断りしておくが、厳密に彼の主張を述べれば、決して正座や座禅は否定してはいない。
これらを静の修行とし、今、私が述べた点を動の修行として、静動一致を説いたのである。しかし、当時は静と知の修行がほとんどであり、動の修行は彼によって初めて喧伝されたわけである。
王陽明のこの考え方は、神霊世界の真相に照らし合わせてみても、かなり本質的な部分を突いていると言えよう。
そのためもあってか、彼の思想は、わが国の幕末の志士、吉田松陰、久坂玄端、高杉晋作らの面々に多大な影響を与え、結果的に、幕藩体制を根底から揺がすことになったのである。
つまり、陽明学を学んだ吉田松陰らは、それぞれの仕事あるいは使命において、無私無欲に徹し、最終的には命を捨ててでも、今現在なされなければならないこと、すなわち尊皇運動と維新の貫徹をなし通したのである。
そうした事情があるためわが国では、陽明学というと、とかく革命思想のように考えられている面もあるが、そんな浅薄なものではなく、もっと深遠な内容を説いているのである。
「本当の修行は動中の静にある」
日常生活の中での修行の大切さを説いている人は日本にもいる。それは、江戸中期、臨済宗中興の祖といわれる白隠禅師である。彼はこのように言っている。
「静中の静に比べて、動中の静は百万倍難しい」
静中の静とは、山の中の静かなところで、心を律すること、座禅をすることなどである。動中の静とは、日常の俗世間で自分の心を律すること。
あるいは、活自在に動き、動く中での虚静玄妙たる禅定の境域のことでもある。
つまり、白隠禅師は、「山の中での修行は誰だってできる。だが、ひとたび俗界に下りてきて生活を始めたら、異性関係は乱れ、お金では欲望に目をくらませ、人間関係では激しく葛藤する。
これがもっぱらである。そのようなのは本当の修行ではない。本当の修行とは動中の静にある。
すなわち、日常生活の中で座禅をしているような、外相にとらわれない静かな境地を維持しなければならない」と説いているわけである。
全くそのとおりであると思う。白隠禅師のいう「動中の静」にこそ、神人合一の道が示されているのである。
職業を持ち、家庭を営む。この一日二十四時間の瞬間瞬間に修行があるわけなのだ。
たとえば、仕事の上でちょっとしたミスを犯し、上司に激しく叱責されたとしよう。このとき、あなたは心の中でどう思うであろうか。
「何を偉そうに!ふざけるな」と思ったら、御魂の成長を自らふさいでしまうことになる。
「あれほど激しく叱られる覚えはないが、これも何か天の計らいに違いない。甘んじて受けよう。
そして、言っている意味を咀嚼して、反省すべきは反省し、学ぶべきは学んで、明日の吾と仕事向上のための糧にしよう」と、自分の怒りを制することができれば、御魂は一段階成長したことになる。これが心のバネであり、御魂の弾力なのである。
あるいは、目の前に大金が落ちていたとする。このとき、
「誰も見てはいない。警察に届けなくてもいいだろう」
と、欲心にかられて行動すれば、御魂を曇らすだけである。やはり、誰が見ていなくても、天の法、地の法に照らし合わせて、しかるべき行動をとるべきである。
このように、考えてみれば、私たちの生活の一瞬一瞬は修行の連続ということができるのである。
この自己との闘いを二十四時間、三百六十五日続けるのは並大抵なことではない。
一瞬たりとも邪気邪霊の侵入を許さないように自分を律する。常に無私無欲に徹し、他の幸せを第一に考える。これは、最も困難な修行といえる。
これに比べたら、滝に打たれたり断食をしたりするのは、はるかに楽である。その瞬間はどんなにつらく、かつ厳しく感じたとしても、苦しみは一瞬にすぎないのである。
また、体や感覚がこれに慣れて、苦痛は徐々に緩和されてゆくのである。
これに対して「事上磨錬」や「動中の静」は、一瞬では終わらない。永遠に続くのである。
そうした「事上磨錬」や「動中の静」、つまり日常生活での修行をおろそかにしておいて、滝に打たれるなどの修行を行っても、高級神霊は降りないはずである。
一日二十三時間、好き勝手なことをしておいて、残りの一時間を瞑想に当てたりすれば、邪気邪霊が寄ってくるだけである。
それゆえ私はこれまで、くどいほど、
「日常生活がきちんとできていなければ、高級神霊はかかりません。生活が乱れている霊能者がいたら、それは邪霊が開かせた霊能だと思って間違いありません。
そして、日常生活がきちんとできないなら、霊能力を得ようなどと思わないほうがいい。ましてや、滝に打たれたり断食をするなどの修行は行わないほうがいいですよ」と訴えてきたのである。
かくいう私も、そのような荒行修行はただの一度もしたことはない。また、霊山、行場を渉したこともない。
毎日毎日、自分の生活の基盤である二つの会社の経営に専念するかたわら、本旨である霊的活動に一身を捧げているのである。それが、私の修行の場であると心得ているからである。
きちんとした職業を持ち、日々至誠で素直な気持ちで生き、無私無欲に徹するこれが先天の修行であり、神人合一の道なのである。
神仏をふまえ至誠を貫徹
以上でだいたいのところはおわかりいただけたと思うが、最後に、神人合一への道を神儒仏の観点から見てみたい。
わが国の精神文化を形成している要素は、大きく分けて、神道、儒教、仏教の三つであると前述した。このほかにも道教や回教、キリスト教、あるいは近代ヨーロッパイズムなども少なからぬ影響をもたらしているようではあるが、神儒仏に比べると、その歴史的影響力ははるかに小さいといわざるを得ない。
ところで、その神道、儒教、仏教のそれぞれの教えは、第二章でも申しあげたとおり、神様が創造されたこの宇宙森羅万象を次元別に象徴的に表現している。
つまり、大きく分けて神様は神界と霊界と現実界の三界を創造されたわけなのだが、この三つの世界について、神儒仏の三宗教がそれぞれ分担して教えているというわけなのである。
すなわち、理屈抜きで神霊や御魂の世界に重きを置いているのが神道であり、人間の想念世界と霊界のあり様に重きを置いているのが仏教であり、現実世界に生きる人の生き方、人の道を説いたのが儒教というわけである。
したがって、第二章で申しあげたことの繰り返しになるが、神儒仏をバランスよくとらえていくのが、主神の御心にかなった生き方なのである。
そして、日本の歴史上、これを最もうまく活用し、しかも見事に行うことにより、我が国の基を築かれたのがほかでもない、あの聖徳太子なのである。
彼が、如何に素晴らしい神道家であったかの論述は、またの機会にゆずろう。
ところで、私が、季刊誌「コスモメイト」(現在「月刊ワールドメイト」)に霊界小説「聖徳太子の日々」を連載していたのも、この理由による。
彼の立場を借りて、求道の糧となる主神の教えを敷衍するのが最も適切にして当を得ていると思えるからである。
ところが、神道家は神と神霊と日本意識に偏しており、霊能者は全ての原因を霊界と霊障に求めようとし、儒教は何でも常識と形式で判断し、神界や霊界の実相を無視する。これもやはり、独善と偏見に陥っているといわざるを得ない。
現世で解決しなければならないことは現世で解決し、霊界を見た方がいいときは霊界を見、神様にお伺いを立てるときは、祈ってお伺いを立てる。
これが、神儒仏のバランスのとり方である。そして、これこそが宗教次元における「中」の要諦なのである。
また、神儒仏のバランスを保ちながらこれを貫き通すには、誠の道ひとすじに生きるしかない。誠の道とは天の道であり、人の道であり、人の心の道である。全ての道を成らす一本のキーであるといえる。
四書五経の中でも最高位にある、「易経」と「中庸」のエッセンスを凝縮すると、この「誠」の一字に帰結するのである。
神道や聖徳太子の人生観に、最も影響を与えているが、「中庸」と「易経」の順ではないかと考えている次第である。
また誠とは、真心から発するところの口と心と行いの総称でもある。
この誠の道を貫き通せば、難行苦行をしなくても、神仏の方から霊能力や超能力を与えてくださるようになるのである。
これが、ほかならぬ先天の修行の奥義なのである。私の霊能力も、先天の修行によって神様から与えられたものである。おそらく、
「この男に少しでも霊能があれば、世の中が少しずつ良くなるであろう」
ということで、神様が与えてくださったのではないかと思う。
私は、別に欲したわけでもないのに神様から一方的に与えられたこの霊能力を、世のため人のために役立てるべく、たえず神儒仏をふまえて、至誠を貫徹しているつもりである。
たとえば、除霊や相談、講義、講演会、執筆などを行うときも、神儒仏をふまえて行うようにしている。
たとえば除霊のときは、憑依している霊が僧侶であれば仏教の真義を説いて聞かせ、神官がついていれば神式で神道の奥義を、そして儒家がついていれば人の道との関連性を説きながら除霊をするわけである。
さらには、クリスチャンの霊がついているならばキリスト教式で行い、外人の霊がついていれば英語で除霊をするのである。
いずれにしても、どのような宗門宗派であろうと、ある程度以上のレベルになれば、神霊世界では宗門宗派と教義の特色は異なる色どりにすぎず、宗祖の御旨は皆大道に共通しているのである。そして、正神界の法則も宗門宗派によって変わることはないのである。
そこを憑依霊たちに説いて、神霊世界を貫く法則と真理に対する自覚を促すわけである。
これが、私の除霊法の大きな特色といえるだろう。
少し横道をそれてしまったが、いずれにしても、日常生活の一瞬一瞬において我利我欲をなくす努力をし、同時に至誠を貫き、大愛で素直に生きる。これが神人合一の日々の道のりであるといえよう。
人類の歴史はどういう方向に進もうとしているのか。今後、世の中はどのようになっていくのだろうか。
果たして、人類は本当に滅亡するのであろうか誰もが将来のことには強い関心を抱いているらしく、私もこのような質問をしばしば受ける。
だが私は、予言の類は一切しないことにしている。なぜなら、自分の将来や世界の将来を知るということは人生の本義とあまり関わりがないばかりでなく、将来を知ってしまうと、とかく人間は努力を怠るようになるからである。
もっとハッキリいえば、神様から、「予言はなるべくしないように」との命令を受けているからなのだが、何も語らないのでは、かえって不安を募らせる結果にもなるようである。
そこでこの章では、これまで私が神様に直接教えていただいた神仕組、恩師植松愛子先生に降ろされた主神のご計画の一端をご紹介することとしよう。
だが、これから述べることは決して予言ではない。人類が進むべき方向を示唆するだけである。そのへんをご確認の上、読んでいただきたいと思う。
第五章 これからの神霊界・現実界
「生まれ変わって、再び苦しむのはご免だ」
さて、今後人類はどうなるかというお話をする前に、仏教のお話を簡単にしてみたい。仏教と人類の将来とどんな関係があるのだ、そんな話はどうでもいいから早く将来の話をしろ、という気の早い方もいらっしゃるだろうが、そう焦らずお読みいただきたい。
仏教を理解するには、お釈迦様が顕幽から働かれて残された大蔵法典を研究しなければならないが、詳しく説明するには、あまりにも莫大である。そこで、これを要約するだいだい次のようになる。
この世の中は変わり続け、変化し続けるのだ。常なるものは何ひとつとしてない。つまり諸行無常である。
そして、全てのものごとには実体がない。形あるものは必ずその形を失い、命あるものは必ず滅ぶ。そのように諸々の法には姿があるように見えても、実態はないのである。つまり諸法無我である。
この諸行無常、諸法無我を真に悟り得たならば、人間的欲心や執着がなくなり、心おだやかで世の迷妄に霊味自失することなく、また、本来の死生観に誤謬がなくなる。
そして、いよいよ本当に苦しみのない、永遠幸福至極な世界を求めなくてはいけない。
つまり涅槃寂静することを求めなくてはならない。
これら諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三つが仏教思想の根本となっており、一般に三法印と呼ばれている。
この三法印に、世間一切皆苦、つまり一切は苦しみだ、世の中は苦しみだという考えを加えて四法印と呼ぶこともある。
そして、苦諦、集諦、滅諦、道諦として、苦集滅道を説き、このための実践方法として、八正道を説かれたのである。これが四諦八正道である。
ところが、八正道のみを最重視する教えがあり、過度な潔癖沐浴主義に陥って、人間が小さくなっている。最重要の三法印からポイントがずれ、日本神道の中源からも要諦がずれているといえよう。
とにかく、お釈迦様は、全ての人が涅槃寂静して幸せになることを願って、あれだけ大蔵法典を残されたのである。
つまり、仏教の究極的目標は、涅槃寂静にあるわけだ。では、涅槃寂静するというのはいかなることであろうか。
第二章でも述べたが、それは、人間一度死んだら、死後永遠に幸せな霊界に行き、生まれ変わってきて二度と苦しむことがない、という意味である。
この世は一切皆苦である。肉体を持っていることは苦しみだ。だから、肉体を脱いだあとは、涅槃寂静して永遠に幸せに暮らし、二度と生まれ変わってきたくない――これが、仏教者の願いなのである。つまり、
「生まれ変わって再び苦しむのはご免だ」というわけだが、考えてみれば、これは情けない根性である。
だが、これもよくよく考えれば、インドという風土に根ざした考え方といえるだろう。お釈迦様の時代のインドには、今日でもあまり変わっていないが、カースト制度という厳しい身分制度があった。
バラモン、クシャトリア、バイシャ、スードラという四つの階級があり、スードラは何度生まれ変わってもスードラ、バイシャは何度生まれ変わってもバイシャになると考えられていた。それゆえ、
「また生まれ変わってもスードラか。ああ、生まれ変わってこなかったら、どんなに幸せだろう」という精神的風潮が支配的だったのである。
これがバックボーンとなって、六道輪廻、再生しない涅槃寂静という思想が生まれたものと思われる。
そして、もう一つのバックボーンとして、太陽がある。ご存じのように、インドは灼熱の国である。
日本のように温暖な国では、太陽は様々な恵みを与えてくれるまことに有り難い存在であるが、インドでは、人々を苦しめる憎らしい存在ではあっても、決し有り難い存在ではない。
「太陽め!地上をジリジリと焼きつける太陽め!お前がいるから、世の中は苦しみで満ちているんだ、こんちくしょうめ。
それに対して、月は何と安らかで静かなんだろう。できることなら、月のように安らかな境地に至ってみたいものだ」
夜空と死後世界が結びつけられる連想が起きるのである。
このように、太陽と現実の貧しくて苦渋に満ちた生活を憎み、月とあの世を慕う精神風土にも涅槃寂静という考えは根ざしていると考えられるわけだ。
いずれにしても仏教では、現実世界は一切皆苦であり、その苦しみから解放されて涅槃寂静し、二度と生まれ変わってこなくてもいい、というのが最大の眼目であり救いとなっていたのである。
マホメットやキリストは現世に再臨している
これに対して日本神霊界では、二度と生まれ変わって苦しみたくないなどという、ケチな根性はあまり見当たらない。
たとえば、かの楠木正成公。彼は仏教思想の人ではあったが、日本人の魂をもっていた。
そして、神道の源流を受けた修験道もよく学び、宋学を心のよりどころとしていたのである。
有名な「太平記』によれば、負けるとわかっていた戦、すなわち大義によって死地に赴いた湊川の戦いで、今や最後に残った七十三騎が自刃して果てようとしたとき、正成公はたずねた。
「聞けば最後にのぞんでの一念によって、来世の生の善悪が決まるということだ。この世界のうちにあって、お前の望みは何に生まれ変わることか」
弟の正季公は、カラカラと笑って、「七度生まれ変わっても、やはり同じ人間界に生まれて、朝敵を滅ぼしたいと思います」
これを聞いた正成公は、まことに嬉しそうに、「罪業の深い妄執ではあるが、私もまた同じ思いだ。それでは、さあ、同じように生まれ変わって、この本望をとげることにしよう」と約束して、兄弟、刺し違えて同じところに倒れ伏した、とある。
七生報国―これが、日本の惟神の道の本旨である。涅槃寂静を知り、罪業深い妄執であると充分知っていて、あえて勇を起こし、無私をも超えた苦患への大挑戦があったのである。
ここに大和魂の発露を感じることができるのである。決して、妄執の右翼思想家の一生涯などではない。
「生まれ変わって、また苦しまなければならないのか。できることなら、生まれ変わりたくないのだがなあ」などというのとは次元が違う。
自分の思い、自分の願いなどを乗り越えて、国のために生きたい、人々のために生きたいと願う。
これが至誠の道であり、日本人の魂である。なぜこのようなことを言うのかというと、現在生活をしているこの現世世界へ、かつての聖賢たちが少しでも世の中が良くなるようにと願い、神・幽顕、三界から大いに働いているからである。
たとえば釈尊やイエス、マホメット。彼らは現実界にあったとき充分すぎるほどの功徳を積み、カルマも全て刈り取っており、それゆえ、神霊世界においても非常に満たされて充実した世界を約束されていた。その歓喜に満ちた世界で、彼らはどう思うであろうか。
「肉体を持って再び生まれるのは非常に苦しい。自分たちは今、とても満たされているのだから、できることなら、このままずっと楽をしたい」とは思わないはずである。
それよりむしろ、「我々はすでに涅槃寂静したんだから、本来なら生まれ変わらなくてもいいのだけれど、神様の御心を考えたら、そんなことは言っていられない。
肉体を持って生まれるのは非常に苦しいでしょう。物質世界には物質世界の法則があるから、この清らかで美しい神霊世界に比べれば苦しいことばかりに違いないでしょう。
けれど、神々の御旨を考えるならば、苦しいのはあえて覚悟の上。再び生まれ変わって、神の取り次ぎ、使者として艱難辛苦の道を乗り越えて、もうひと働きさせていただきましょう」と言うに違いない。
涅槃寂静するような立派な魂の持ち主ならば、必ずやそう言って生まれ変わるに違いない。
実は、第二章でも述べたが、神霊界の角度から見れば、涅槃寂静にもいろいろとレベルがあるのである。
釈尊などは、極度に神霊化し、同魂系統の人々とその志ある人々と合体化したり、特命指導霊となったりして、幽々玄々のうちに大活躍しておられるのである。
それゆえ、釈迦の生まれ変わりというのは、今後とも実在せず、大いに神霊的に加勢を受けている人のうちの一人というのが正しい解釈なのである。
また、大聖霊たちの大活躍の背景と理由は、衆生に対する大愛であると同時に、主神に対する至誠であり、誉れであり、神霊世界におけるさらなる向上であり、功徳を積む満足と喜びなのである。
それらができないような人間だとしたら、涅槃寂静といってもたいしたことはない。
立派な御魂の持ち主とはいい難い。
このように、天の使命を受けて再び生まれ変わってくる御魂を再臨御魂という。
この再臨御魂は具体的には、文字どおり、その御魂が生まれ変わってきて働く場合もあれば、守護霊となって働いたり、あるいは、地上のある人物の肉体を借りて、つまり、その人物の御魂と一体となって働く場合もある。それは、前述したとおりである。
その地上の人物とは、名誉や地位そして命を捨ててまでも、神のため、人のために働こうという人物である。その絶対無私の赤誠に感応して、かつての聖賢たちがその人の肉体に降臨するわけである。
そして、このような再臨御魂は今日いま現在、世界のあらゆるところで神のご計画を推進するために働いておられるのである。
月神霊界の主宰神と合体していたお釈迦様の御魂
ところで、七たび生まれ変わっても国のため、人々のために尽くしたいという至誠の発露は、仏様の中にも見出すことができる。
どちらかというと仏教思想は、すでに述べたように、できることなら生まれ変わりたくないという願望がベースになっているのであるが、「地蔵本願嘱累品」という教典に、真の魂の発露を見ることができるのである。
それには、だいたい次のようなことが書かれている。
あるとき、お釈迦様はこのように語った。
「末法の世になったら、諸々がこのように苦しむんだよ」
これを聞いて、一人の人がスクッと立ちあがって言った。「わかりました。お釈迦様のお話を聞きまして、私はいま発願します。
末法の世になったら、必ず私が諸々霊を導きます。もし、どうしても私の力では救済できないのであれば、私が身代わりになってあげます。私が身代わりになってでも、その霊を救済させていただきたいと思います」
こう語ったのは地蔵菩薩であった。この発願を聞いたお釈迦様は、発願を受け入れて語った。
「善哉、地蔵よ、よくぞ申した。汝の発願を受け止めよう。末法の世で苦しむ諸々霊の救済の件、お前に全部譲り渡すことにする。頼んだぞ」
このやりとりを聞いていた普賢菩薩、文殊師利菩薩、観世音菩薩は皆、感動して涙を流しながら、
「今お地蔵さんのお話を聞いておりました。末法の世で苦しむ諸々の身代わりになってでもお地蔵さんが救済されるというのでしたら、私たちも、お地蔵さんの配下に下って、諸々霊救済のお手伝いをさせていただきたいと思います」と、次々に名乗りをあげた。
これを聞いたお釈迦様は、「善哉、善哉。みなさんも、末法の世で諸々霊が苦しんでいたら、お地蔵さんと一緒になって救ってやってください」といって満足された。
このような話が「地蔵本願嘱累品」という教典の中にあるのだが、今日、身代わり地蔵やとげぬき地蔵となって人々の苦しみを解いたたり、あるいは天上界、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道の辻に地蔵菩薩が立って諸々霊を導いているのは、以上のような理由からである。これこそ、至誠の発露というべきであろう。
地蔵尊のこのような心境と実践の情熱、およびその勇気をもって日本神道の「大和魂」と定義すれば、読者の方々によりわかりやすいかも知れない。
ところで、お地蔵様の正体は何なのか、かつてよく審神をして尋ねてみたことがある。
「お地蔵様、あなたはいったい誰ですか?」
私の質問にお地蔵様はこう答えられた。
「私は、国常立尊です」
国常立尊とは地球神霊界の主宰神である。人間を大地から創られた神でもある。その国常立尊が、お地蔵様に化身して、諸々霊を救済されているのである。また、阿弥陀如来の地変の化身仏ともいえる。
ついでながらいうと、不動明王も国常立尊の化身である。いや、そのものであるといったほうがいいかも知れない。
つまり、地球神霊界の主宰神である国常立尊は地蔵菩薩と不動明王その他に化身し、一方では地のすみずみまで救いの手を差しのべ、他方で
は、悪を許さぬ降魔調伏の相をもって諸々霊を導いているわけなのである。
では、地球神霊界の主宰神、国常立尊が化身した地蔵菩薩が、どうしてお釈迦様の配下に下って、発願したのであろうか。
本来なら、地球神霊界の主宰神の方が神霊界の秩序からいうと上であるのに、お釈迦様という一人の人間の配下に下っていたというのは、どういうことなのであろうか。それには、次のような事情があるのだ。
お釈迦様は確かに肉体を持った一人の人間であった。だが、肉体はお釈迦様ではあったのであるが、その御魂は、神様と一体となっていたのである。
そして、その神様とは何かというと、月神霊界の主宰神、月照彦神様である。月照彦神、つまり月読命とは、月の神霊界を主宰する十二神の働きを総称して「ツキヨミノミコト」と申しあげるのであり、月照彦神は、その代表取締役なのである。太陽神界の場合は、拙著「強運」を参考にされたい。
つまり、その代表取締役・月照彦神がお釈迦様と合体していたわけである。
では、なぜ月神霊界の主宰神がお釈迦様と合体していたのか。それは、お釈迦様の時代は月神霊界の時代だったからである。宇宙創造神が、全ての権限を月照彦神様に与えておられたからである。
それゆえ、地球神霊界の主宰神である国常立尊が、月照彦神様と一体となったお釈迦様の配下に下って、「末法の世に、地獄で苦しむ諸々霊を救う役目をお与えください」と発願したのである。つまり、仏の世であり、神が中心的活動を行うには時期尚早だったのである。
余談になるが、この月照彦神様と一体となったお釈迦様を、日蓮上人は久遠実成本仏のシャカムニブツといったのである。
これは「如来寿量品」という法華経の箇所に出ており、さらには日蓮上人が「開目抄」の中でも言っていることだが、お釈迦様と合体した宇宙の御本仏、法界の御本体、これが全ての中心なんだと日蓮上人は説いているわけである。
本仏とは主神のことであり、月の神霊界に、主の座と局が置かれ、主神の全権が月照彦神に委任されていたと考えればいい。
ついでに彼は、「南無阿弥陀仏なんていうのは御本仏の化身である。
だから、本体を拝まずして南無阿弥陀仏をいくら唱えても意味がない。化身なんか拝むんじゃない」と、念仏をはじめとする他宗を激しく攻撃したのである。
この日蓮の主張に対して、「そうじゃない。今は苦しんでいる衆生がいるんだから、何よりもまずこれを救うのを急務としなければいけない。
そのためには、「浄土三部経』にこそ釈尊の慈悲の真があるのだ。たとえ化身だろうが、苦しんでいる一切の衆生を救済するという阿弥陀如来を拝んだほうがいいんだ。
今は、それが真なのである」と主張したのが、法然や親鸞だったわけである。厳密にいえば、日蓮上人が最も後に生まれた人だから、互いに直接論争したわけではないが、彼らが言わんとしたことは、だいたい以上のようなことである。
明治維新は月神霊界と太陽神界の分岐点だった
さて、先に私は、お釈迦様の時代は月神霊界が中心になって動いていた時代であると述べたが、ではいったい、そのような時代はいつまで続いたのであろうか。
結論を言うなら、明治維新までである。明治維新まで月神霊界中心の時代が続き、明治維新を境に、太陽神界が中心となって働く時代に入ったのである。
もう少し厳密にいうなら、幕末から明治維新にかけては、ちょうど太陽が昇る前の、東の空が白々と明けてくるとき、つまり東雲のときだったのである。
宇宙創造神は、お釈迦様の時代から明治維新に至るまでの期間を、月神霊界の主宰神である月照彦神様に全権をゆだね、来るべき太陽神界中心の時代を迎えるため、着々と準備させていたわけである。
では、月神霊界が中心になるとは、どのような意味なのであろうか。
月とは、ツキかためるの月であり、肉月の月であって、一般には物質や仏教を意味する。それゆえ、月神霊界は物質的な働きを司る神霊界であって、地球全体が月神霊界世界に入っていたということは、物質的に人間社会がツキ固められていたことを意味するのである。
そして、宗教界、神霊界では、末法ギリギリの出口の所まで来ていたのである。
ちなみに、末法を締めくくり、神霊界の夜明けの出口を告げたのが、出口ナオと出口王仁三郎であった。名前もうまくついていたものだと感心する。
したがって、お釈迦様の時代から明治維新までの間、宇宙創造神は、人間社会を物質的により充実させようとされていたわけである。
そうして、月の時代が終わりを告げ、いよいよ太陽神界の時代を迎えるという時が、明治維新前後だったのである。お釈迦様が予言した、「弥勒の世」の幕明けである。
当時、わが国では新しい宗教が雨後の筍の如く誕生したのであるが、この一連の新興宗教の勃興は、幕末から明治維新にかけてのあの時代が、月神霊界中心から太陽神界中心へと移行しつつあるときであったことを如実に物語っているように思われる。
その新しい宗教とは、すなわち如来、金光、天理、黒住、大本の各宗教である。これらはいずれも教派神道に属するものであるが、天啓を受けて始まったことと新しい時代が来ることを予言しているという、二つの大きな共通性がある。
彼らは一様に、近い将来、神を中心としたすばらしい社会が実現すると予言しているのである。
どうしてあの時代に、神の国の到来を告げる新しい宗教が続々と誕生したのか。
これは、地球全体が月神霊界から太陽神界に入りつつあったことを抜きにしては、容易に説明できないことである。
ところで、これら新興宗教の中でも、時代の移り変わりをとくに象徴的に表している宗教が一つある。それは何かといえば、如来教である。
如来教は一七七九年、宇宙を創造した如来が使者として地上に遣わした金毘羅大権現が、教祖・きのに乗り移って始まったとされる教団である。
きのに乗り移ったとされる金毘羅大権現は、実は龍神なのであるが、この金毘羅大権現は琴平大権現ともいう。
そしてこの琴平とは、言霊学ではコトヒラケ行くと解釈され、全てのことが如来教から開いていくという意味になる。
つまり如来教は、それ以後誕生する宗教のヒナ型として、宇宙創造神が降ろされた宗教なのである。
それは、如来教のあとに誕生した黒住、天理などなどの宗教の教義などがよく似ているのをみても、充分うなずけよう。
そして、締めくくりが大本教であり、近代の宗教団体として、一応の完成をみた。新聞を活用した宣教や政治団体との結合をはじめ、今の宗教団体の一方の源流を作ったのである。
もう一方は、日蓮宗系の強力なグループである。
ところで、大本教は教えが莫大、深遠過ぎて、一般人にはなかなか受け入れ難くて、天理教ほど庶民的で簡潔でなかったために、今は、あまり信徒数は多くない。
しかし、それぞれの役割があるので、それでいいと思う。
そして、この大本教と提携し、ついに宗教団体という形体を乗り越えて、社団法人となり、宗教ではなく大道を提唱したのが、道院世界紅卍字会なのである。
しかし、この内容たるや、全てが漢文であり、大本教よりさらに深厳、より複雑、いっそう難解であり、中国的特色を生かして、主神の法と理の世界を見事に示唆しているのである。
少なくとも、神霊世界の基礎的内容を解説した私のこの本を難しく感じる人は、その入口にもたどりつけないであろう。
明治天皇即位は太陽神界時代を象徴
幕末から明治にかけての時代が、月神霊界中心から太陽神界中心へと移りつつあった時代であったことを象徴的に表している事象は、国体の面にも見られる。
その第一は明治天皇の即位である。鎌倉時代から幕末まで連綿として続いた武家社会が終焉を告げ、名実ともに天皇中心の近世封建時代を迎えたことを意味する明治天皇の即位は、まさしく、太陽神界の時代に入ったことを象徴しているといえる。
なぜなら、天皇が世の前面に現れたことは、太陽神界の主宰界である天照大御神が前面に現れたことを意味するからである。それゆえ、明治天皇の即位したときは、ちょうど太陽の上端が地平線上に現れたときといえるのだ。
そして、明治という年号。これも太陽神界の時代が来たことを暗示しているといえる。明治とはすなわち、明るく治めるということで、太陽の光で明るく照らしながら世を治めるという意味ととれる。
この年号ひとつにも、神霊世界の変化が反映しているのである。このあたりの一端をとらえて、世界救世教では「霊界の夜昼転換」といっている。
第二は、国旗の制定、つまり日の丸を国旗と定めたことである。どうして、咸臨丸につけた旭日昇天の日の丸を国旗と定めたのか、その経緯の実際についてはあまり知らない。
だが、結果的に日の丸が国旗として定められたということは、明治政府の当事者が、神霊世界の波動を知らず知らずのうちに受けていたものと思われる。
第三は排仏毀釈、すなわち明治初年に起こった仏教排撃運動である。これは従来の神仏混淆を分離しようという政策が激化したもので、このとき、多くの寺院、仏像、経巻などが廃棄された。
そのため今日では、国家神道非難の材料となっているようであるが、考えてみれば、これも神霊世界の変化をそのまま反映したものといえる。
というのも、仏教は月神霊界が司っているからなのであって、これを排撃して太陽神界の主宰神である天照大御神を日本の宗教とするということは、是非善悪は別として、日本神霊界が月の時代から太陽の時代に入ったことを意味するからである。
仏教は月神霊界が司っていると言うと、奇異に感じられる方がいらっしゃるかもしれない。
だが、これは事実なのである。先にも述べたように、仏教は、月神霊界の主宰神・月照彦神様とお釈迦様とが合体して起こした宗教なのだ。
さらに言うなら、仏教が起こったインドという国は国全体が月神霊界に包まれているのである。それゆえ、インドのことを別名、月氏国と呼んだりするわけだ。
以上、幕末から明治維新にかけての時代が神霊世界の移行期に当たることを、象徴的に表す事象をいくつかピックアップしてご説明したが、これでだいたいおわかりいただけたことと思う。
現実界はこのように変化する
さて、明治天皇が即位されたのと時を合わせて、太陽が東の地平線上にその一部を現し、それ以後、加速度的に明るさが増していくわけだが、太陽がその全体を現しきった時はいつかというと、昭和三十七年である。
どうしてそんなことがわかるのか、なぜそんなことが言えるのかと疑問に思う方もいらっしゃるだろう。
だが、これは神霊世界の事実なのである。今日まで誰も明かさなかった神霊世界の秘密なのである。
こればかりは信じていただくしかないのだが、とにかく、昭和三十七年を境に、月と太陽の関係は逆転したのである。
このあたりのことをとらえて「火の洗礼期に入った」とか、「霊障が吹き出す時代が来た」とかいって、盛んに霊障と精神文明の来ることを予言していたのが、真光文明教団の岡田光玉氏であった。
そして、これまでのつなぎと別次元からの予言を行っていたのが、岡本天明氏による「日月の神示」である。
そして、いよいよ我が師、植松愛子先生に引き継がれて、全ての神霊界の仕組みと展望が可能になったのである。
ところで、これは現実界にどのような形で現れるかというと、まず第一に、物質文明と精神文化の逆転があげられる。
すでに述べたように、月神霊世界は物質を司る世界である。これに対して太陽神界は精神を司る世界である。その月と太陽の位置関係が逆転したということは、昭和三十七年を境に、霊主体従の時代に入ったということなのである。
だがしかし、月と太陽の関係が逆転したからといっても、月の要素が全くなくなってしまうということではない。月の要素は月として残っており、それでいて太陽の要素が前面に出てくるのである。
つまり、日と月がともにあって、より一層明るく照らすということなのである。
たとえば「明」という字。これは本来「明」と書いて「あかるい」と読むのであるが、日本ではどういうわけか、日と月と書いて「あかるい」と読んでいる。
これはまさしく、日と月は本来ともにあって初めて本当に明るくなる、ということを意味していると思われる。
このように、太陽神界中心の世界になっても、月の要素は決してなくならないのである。ただ、どちらが主であるかというと、太陽の要素、つまり精神性が主となるということなのだ。
こうした兆候はすでに現れている。たとえば神霊ブーム。これなど、精神性が主となってきていることを物語る最たるものであろう。
近ごろは、本書のような神霊世界、あるいは心霊世界の内容を説いた本がたいへんよく読まれているということだが、それはとりもなおさず、より精神的なもの、より霊的なもの、より繊細なものを希求する人が増えていることを証明していることにほかならない。
月と太陽の関係が逆転したことによる現実界の変化の二番目としては、高級神霊が直接、現実界に降りられるようになったことが挙げられる。
月神霊界に地上が包まれていた時代は、精神より物質が主となっていたため、高級神霊は直接、現実界に降りることができなかった。
それゆえ、より物質次元に近い龍や天狗狐などの中間役の神々が、それぞれの使命に従って、人間界を導いてきたのであった。
しかし、現代は違う。すでに、龍や天狗などの中間役の神々を媒介としなくても、直接、高級神霊と交流できる時代に入っているのだ。
第一章で私は、龍神信仰はすでに時代遅れ、時代錯誤であるといったが、それはこういう意味でもあったわけである。
これまで何度となく述べてきたように、本当の神様、本当の高級神霊の世界はパワーではない。非常にかすかで繊細で、清涼感と芸術性と叡智に満ちた世界である。ここから流れ出る繊細にして静かな波動をキャッチするには、それを受け取る現実界もその波動に感応できるだけの繊細な霊的世界になっていなければならないのであるが、現代はまさにそういう時代に入っているのである。
その兆候は、すでに宗教界に現れている。すなわち、新・新興宗教と呼ばれる一連の宗教ブームがそれである。
ここ数年、従来の宗教団体とは趣きを異にする宗教団体が少しずつ現れているのはご存じのとおりだが、これら新・新興宗教と呼ばれる教団は、これまでの宗教団体のように信徒の獲得、教勢の拡大ということにこだわらず、ひたすら精神性や霊性のブラッシュアップに努めていると聞く。
これは、ちょうど東雲のときに如来教や金光教などが起こって新しい時代の到来を告げたのと同様、現代がさらに新しい霊的世界に入っていることを示していると言えよう。
東雲のときには、高次元な中間役の神である龍神が使者となって、各宗教を起こしたのであるが、現代では神様が直接降りられているのである。
三番目の現実界の変化は、前世で全ての修行を成し遂げ、悪因縁も何もない、生まれながらにして神様と直接交流できる人物が続々と生まれてきているということである。
こういう人たちは皆、天から特殊な使命を受けて生まれ変わってきているのであり、彼らが新しい神の国を具体的に建設する人である。
もしかしたら、本書を読まれているあなたが、その一人かもしれない。
神様が準備されたこれらの人々は、無私無欲に徹して、決して傲り高ぶることをしない。
それでいて、強いときには強く、弱いときには弱くという具合に中庸を心得ていて、ツボにはまった生き方をしている。
このような、生まれながらにして神様と直接交流できる御魂を持つ人が、いま現在、この地上に現れつつあるのだが、たとえ悪い因縁がないといっても、現実界に肉の宮をもって生まれてきた限り、人としての教育を受けなければならないのはいうまでもない。
その教育をするのが私の使命なのである。近い将来、神を中心とした世界が実現するのであるが、その建設の柱となるべき、これらの若い人々を教育しなければならないのである。これは主神から与えられた私の使命なのだ。
「神界からの神通力」を読まれた方は、私を除霊師だと思われたに違いない。たしかにそのとおりである。
私は除霊もする。しかし、それだけではない。
真心込めて除霊をすることによって、霊障に苦しむたくさんの方々のお役に立たせていただくと同時に、米るべき新しい時代を迎えるための準備をしなくてはならないのである。
それが、顕・幽・神一体となった真の教育である。神の国建設を先がけて推進する、大きな使命を持って生まれてきている人々を教育する。これが私に課せられた最大の使命である。
ところで、教育するにはある程度の場所や機関や資金も要る。
それが「ワールドメイト」であり、神霊総合研究所なのである。ここが私の奉仕活動の場である。私は除霊することによっていただいた寄附お玉串の全てと、この本の印税をこれに当てている。
先にも少し触れたように、私は除霊などの霊的活動を行うかたわら、会社経営にも携わってる。しっかりとした職業を持たなければ、先天の修行はできないからであり、常識の社会から逸脱しないストッパーにもなっているのだ。それはまた、金銭欲に走らないようにとの自戒でもある。
なぜなら、霊的活動だけに身を任せていると、霊能万能主義になったり、高慢になったり、カリスマ的な教祖になったりして、周囲の人々もいつしか金銭欲に走ってしまう危険性が多分にあるからだ。
自分の生活の基盤はきちんとした職業でまかない、霊的活動によっていただいた寄附お玉串は、全てご神業のために使わせていただく。
こうしなければ、結局、人としての道を踏みはずしてしまい、欲心で心眼が曇り、邪気邪霊に足を引っ張られてしまうのである。その恐ろしさは、私自身が充分知っている。
そして、ここまでしなければ、本当に霊的にも素晴らしく、実際の世の中にも役立ち、人々に愛され、支持される偉大な人材育成など、到底やれるはずがないのである。
前途洋々、未来はバラ色
終末思想とは、昔から時代の変動期には必ずあったものである。
平安時代も、鎌倉時代も江戸の末期も、困難なときには、「末法だ、末法だ、滅亡だ」と騒がれてきたのである。
苦しみの時期とは、陣痛の時期と考えるべきである。陣痛なくして出産はないように、人類の歴史や時代に、新しいものの誕生を迎えるときは、必ずや陣痛の時期も必要となる。
これが主神の大愛であり、自然の道なのである。
この見方のポイントがずれているのが、今日の終末思想問題であるといえよう。
惑星直列も、ハレー彗星も、ちょっと事故が増え、火山が爆発したくらいで、人類の危機というほどたいしたことはなかった。
予言の特殊霊空間より、未来の苦しみの時期を見て、騒ぎ立てるのは主神の真の御心ではない。
只今の己れの御魂を磨き、只今の家と社会をみつめ、より改善し、さらに改善し、前向きに努力を惜しまぬ赤誠こそ、主神が望まれるのである。
私の立場は、これしかない。人の恐怖をそそる予言は、たとえ克明に知っていても、一切口外はしない。道を八割、神通力を二割説いて、本当の救済と建設と育成を図るのみである。
大晦日の後には、めでたいお正月が来る。陣痛の後には、おめでたい出産があり、赤ちゃんの産ぶ声が聞こえるのである。
子供は、お正月を夢みて、ハラハラドキドキ、楽しみいっぱいで”奴だこ”作りに熱中している。正月用のファミコンの購入を夢見て、お父さんにおねだりし、今や遅しと、お年玉袋の厚みに期待している。
妊産婦はどうか。男子でも女子でもいい、無事に生まれてくれれば。この産ぶ着を着せれば、赤ちゃんはどんな顔をして微笑むだろう。
千々に乱れる心に赤子の顔が浮かぶ。夢を馳せ、じっと陣痛の来るのを待っているのである。期待しながら―――。
これが、神様のご計画に対する、私たちのあるべき態度であり、また真実、素晴らしき良き時代の幕明けが来ているのである。
立派な国造りと神人合一の高度な時代造りの時なのである。恐れるなかれ。迷うなかれ。暗黒予言に心奪われるなかれ。前途洋々、未来はバラ色である。
私と一緒に、是非、この良き時代を乗り越えていこうではありませんか。
