理屈を考える”顔”を捨てよ
「人間はつねに自由でありたいし、自在でありたい」というと、学習参考書みたいになってしまうが、われわれが自在であろうとするとき、もっとも大切なことは、「頭で考えるな」、「屁理屈を言うな」ということだ。
実例をあげよう。
一般の禅僧に座禅を教える学徳ある師家、関山慧玄が美濃(岐阜)の伊吹山に隠棲した。
ある日にわかに大雨が降りだし本堂に雨もりがはじまった。慧玄が弟子たちに、何か雨もりを受けるものを持ってこいと怒鳴った。
だが、赤貧洗うが如しの貧乏寺に、タライのごとき気の利いたものは何もない。弟子たちは、適当なものを探して走りまわり、探しあぐねてただウロウロするばかりである。
そのとき、小僧の一人がとっさに土間にあった笊をもってかけつけた。
雨もりに笊である。
あなたはこれを何と見るだろうか。なんとトンマな小僧と思うだろう。「笊で水をすくう如し」と言うが、気が利いて間が抜けているという典型なのだろうか。
が、そうではない。
師匠の慧玄は、このトンマな小僧をなみいる弟子たちの前でえらく賞識し、ウロウした弟子たちをこっぴどく叱ったというのである。
にわかの大雨に雨もりである。何か早く持ってこいという声に、すかさず差し出される笊。「これができないようでは禅は永久に体得できぬ」。そう慧玄は言うのである。
いかがであろうか、納得できたであろうか。
「そんなバカな、笊でどうして雨もりを受けられるのだ」、「それぐらいなら持っていかないほうがましだ」、「いや、そうじゃない、何もないより笊でも持ってかけつけたほうがいいにきまっている」……。
いろいろな理屈が出そうである。しかし、禅ではこの理屈をもっとも嫌うのである。
もし、ウロウロするよりは笊でも持っていったほうがましだと考えて笊を持っていけばどうなるか。
小僧は慧玄にもっとこっぴどく叱られたであろう。理屈が先行しているからである。
笊が役立つか、役立たぬかとかの常識や先入観や詮索を一切捨て切っていた小僧だからこそ、すっと行動にでたのである。
彼は頭でこねくりまわしたり、ひとつの考えにこだわったりしないで、一切自由であったことを師はほめたのであった。
日常生活の中で修業ができる
すでに私は、あれこれ頭で考えずに、「今現在の、目前でやるべきことをとにかくやるべし」と説いた。これは禅の修業と同じことなのだ。
しかし、特別に坐禅を組まなくても、われわれは日常生活の中で十分に禅の坊さんと同じような修業ができ、それなりの効果を確実にあげることができる。
「自力を伸ばそう、積極的で明るく頑張ろう、そして運を強くするんだ」と、いくら頭の中で考えても、今存在する悩みにわずらわされると、不安、焦燥、自信喪失の状態に陥ってしまう。
その結果、意欲は湧かず、集中力もなくなる。自力を伸ばすどころか、現状をどうしたら維持できるか。暗く落ち込んでいくのをどうしたらくいとめることができるか、といったことばかりにエネルギーを費やしてしまうことになる。
道元禅師がそんな状態のあなたに相談を受けたら、
「喝、只管打坐!」
大音声をただひと言残して立ち去るであろう。
「ゴタゴタ思うな、黙って坐れ!」
しかし、悩みいっぱいで黒雲が頭の中を覆っているときに、部屋の片隅に坐ったところでいかほどの精神集中ができ、また無になることができるだろうか。畳のへりをむしっていよいよ世をはかなむばかりであろう。
よしんば、何時間か坐って心がいくらか落ち着いたとしても、会社での行きづまった仕事のことを思い出したり、人間関係のもつれを思い起こしたり、失恋した相手のおもかげを見出したりすれば、一切はまた元のもくあみとなってしまう。
坐っている時間のみを大切にしても、残りの時間がマイナスであれば意味がない。
われわれは、坐禅とかメディテーション(瞑想)そのものが人生の目的ではないのだ。こんな相談を受けたことがある。
恰幅のよい中年紳士の前世や守護霊の鑑定を終えて雑談になったとき、「一人息子のことで困っているんですが」と言う。
仙台市に本社を持ち、東京、大阪、さらにはヨーロッパ各地に支社を持つ企業の社長である。
現役で東大に入学し、修士課程まで出た息子さんがメディテーションに凝って、朝一時間半、夜一時間半、毎日目をつぶって坐り続けているけれど、どうしたらいいだろうというのが相談の内容だ。
生活のサイクルは、すべてその瞑想を中心に行われ、しかも菜食主義に徹している。こんな状態が四年も続いているという。
親の目から見ても第三者の目から見ても、そういう修業を積んでいるからといって、才能が特別に伸びたとも思えない。
一応、自社の企画室に勤務しているが、目を見張るような業績をあげているわけでもない。
たしかに温和で真面目で(酒も煙草も一切やらない)、ものごとに熱心ではある。が、逆にいえば、二十七歳の青年らしい覇気に乏しく、人間的な厚みや幅に欠けてみえるという。
「先生、どうにかならないでしょうか。ま、四年も瞑想を毎日続けるというのは、それなりの良さがあるからでしょうし、息子の意志の強さにも驚いていますが・・・・・・」
自分の会社を東北でも屈指の企業にのしあげた父親としては、優秀な一人息子を、どうしても自分のあと継ぎにしたいのであろう。
そんな熱烈な思いが私にじかに伝わってしかもそれだけ資質のある若者であれば、確実に自力を伸ばす方法で鍛えてみたら、大きく成長するに違いない。
もちろん私は、瞑想がまったく効果がないといっているのではない。だが、心地よく、しかも楽にできる修業だけに、どっぷりつかるとなかなか脱けだせないということはある。
もし朝夕合計三時間もの瞑想の時間を、目前のことへ集中することにまわし、柔軟な心の切り換えやこだわらぬ心の養成を、日常の生活の活動のなかで行えばどうなるか。
彼の内に眠る潜在能力を有形の才能として一つでも二つでも表現できるはずである。
五百年に一人しか出ないといわれた禅僧が白隠禅師である。その白隠禅師がこう言っている。
動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す
ただ単に静かに坐っているだけでは、真の人間の能力の開発もなければ、働きも出てこないというのがこの言葉の意である。
白隠禅師は幼少のころひたすら臆病で、肉体もけっして強いほうではなかった。その白隠が五百年に一人現れるかどうかの大人物に変身したのは、この言葉の意を体得したからだ。
メディテーションに傾倒する多くの日本人は、インド系の聖者にしか目が向かないために、白隠の偉大さに気がつかないのである。
白隠の超絶したその存在は、古歌に、駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠と詠まれるほどである。
そんな話を目の前の社長にしたが、しょせん無理なことだと思った。社長は私から聞いた話を息子にするであろうが、それはいたずらに親子の対立を深めるばかりであることがわかったからである。
なぜなら私の霊眼には、社長の背後に一人息子の姿が浮かび、すっかりインド系のヘビに魅入られていることがとらえられたからである。
本人が自らそのことに気づくか、あるいは気づこうと努力しない限り、第三者のわれわれは手のほどこしようがないのである。それならば、黙っている方がこの親子にとってましだろう。
「何でもそうですが、ひとつのことに熱中し偏り過ぎると、何が真実かわからなくなるものですからね。
ま、ご子息も、何かでそのことにハッと気がつくときがあるでしょう ……。それまで根気よくお待ちになることですよ」と言うと、父親の社長は、なにやら納得がいったように深くうなずいたものである。
私は、その若者に言いたい。「瞑想よりもただ今に生きよ」と。
今の一瞬に体と心を動かして激しく集中するとき、五体からは一切の迷いがとり払われ、不安はかき消え、内から己の生命力の湧きあがりと、充実とをおぼえるはずだ。
それは、雑念だらけの瞑想を何年か続けたあげく時折体験するかすかな無の境地を、はるかにしのぐ無我の心境でもある。
訓練次第で強運になれる
しかし、このようなことをくりかえし述べても、本当に人間は変わるのか、この疑問を持っている読者もいるにちがいない。
そこで、実例をあげよう。専門の師について徹底して訓練、修業した男の話である。
鎌倉幕府の執権北条時宗がその人だ。
今でこそ北条時宗は、蒙古来襲のあの一大危機から日本を救った鉄の肝っ玉を持つ男として歴史にその名を輝かせているが、幼いころは女々しい男の子であり、親族や家来たちを嘆かせていた。
なにしろ臆病でヤル気がなく、乗馬、剣術、弓、槍といったおよそ武士がやらねばならぬものすべてが大嫌い。
好きなことといえば、草花を見たり、詩をつくり和歌を詠むことであった。手まりをしたり、ままごとやお医者さんごっこにうつつを抜かしていたかは知らないが、とにかく軟弱でナーバスな子供だったのだ。
とはいえ世襲制度が確立されていた時代であるから、いずれは、いやおうなく北条執権として全国の鎌倉武士たちのトップに立たねばならない。
時宗は、そのことを思うとぞっとして胸はうちふさがるばかりであり、なんとかその地位から逃げだせぬかと、細い神経をすり減らしていた。
なぜこんな時代に北条氏の嫡男として生まれあわせたのかと、その運命を呪い、夜も眠れないありさまである。
まったく自信を失った時宗は、思いあまってある禅僧に悩みをうちあけた。
禅僧の名は無学祖元である。
宋の国から来ていた祖元は、あるとき兵士に白刃を頭に当てられたときでも、神色自若として動じなかった人物であった。
時宗は、せつせつと訴えた。
「……私は執権としてはもちろん、武士の面目すら保つこともできません。本来なら女性として生まれてくるべきだったのではないでしょうか。
執権として全国の武士に号令をかけることなどとんでもありません。先のことを思うと、不安で、心配で、夜もオチオチ眠れません。どうしたらよいのでしょうか」
無学祖元は、話を聞き終わってから短く言葉を発した。
「ウム、その時宗を捨てよ!」
時宗、ポカンとして言葉が出ない。
「その時宗を捨てるのじゃ。女々しい時宗、心配と不安でなよなよの時宗、これまで生きてきたその時宗をきっぱりと捨てるのだ。さすれば一切問題はない」
そりゃたしかにそうだ。当たり前じゃないか。それができないから相談しているのではないか。時宗はおそるおそる聞いた。
「かくまで不甲斐なき己、捨てられるものなら今すぐにも捨てたい。いかにしたら捨てられるものでしょうか」
「真に捨てたいと望むか」
「ハイ、本当にそう望みます」
「ならば、ただ黙って坐れ」
「黙って坐る……?」
「しっかり、黙って坐るのじゃ」
それから時宗、来る日も来る日も師について坐り続けた。とにかく何も考えるなといわれてその通りにする。
とくに「昔は、ああいうことをした。こんなことをした」「これから先どうするのか、うまくやっていけるかどうか」など一切考えない。
考えると弱い時宗が顔を出す。ひたすら坐り続けて何年か過ぎた。こうして時宗は、過去の惨めな自分を捨て続けた。
蒙古襲来元寇のとき、時宗はまだ二十代の青年であった。
フビライは鎌倉幕府に使者を何回か送り、蒙古の属国になるようすすめる。
時宗は「降服や否やの返事を」とつめ寄る使者の首を、無言でハネさせた。
さらに使者が送られてくる。
時宗は「返事は無用」とばかり、何のためらいもなく五人の使者の首を次々斬ってすてた。
怒った元の軍勢が攻めてくる。日本中が上下に不安で大揺れに揺れているとき、この鎌倉に坐ったままでいる青年武将を見て、武士たちは大きな山を仰いだような気がしたという。
使者に対して即断即決、一切の迷いなく首をハネる。それは、国を守るか降服かの二つに一つしかないことを悟っていた時宗の、決定的な意思表示であった。降服はしない、
戦うのみ、今やらねばならぬことは何かに全神経が集約された決断であった。先々どうなるのか、蒙古が強いのか弱いのか、そんなことも眼中にない。
国を守るために、ただ今なさねばならぬことに全エネルギーが注がれたのである。
攻めてくるならばこちらから殴り込みをかけるほどの気概を示した時宗のこの気魄は、衰えかけた日本中の武士たちの士気を鼓舞した。
その結果、神風が吹くという他力をも呼び込んで、日本は大きな危機をハネのけることができたのである。
時宗のこうした様子を、天才詩人、頼山陽は相模太郎(時宗の通称)は、胆甕の如し”と表現している。
なぜ過去や未来にわずらわされるのか
時宗はためらいすぎたり、考えすぎたり、あるいは女々しさが先に立つ自分を見事に捨て切ることができたのである。
それからの時宗は、たえず、今やらねばならぬ最善のことに集中し、即断即決で実行に移していった。まさに時宗が体得したのは、君子としての心構え「迎えず送らず」の境地であった。
「迎えず送らず」
これは荘子のことばである。
迎えずとは、悲観的になるなということである。まだ起きもしないこと、まだやってもいない未来のことを、頭の中でひねくりまわして、「ああだこうだ」と、不安がって迎えるものではない、という意味である。
送らずとは、後悔するなということである。もう済んでしまったことを、「ああすればよかった」、「こうもできたかも知れない」、「やっぱりまずかったかな」、「いやまてよ、あのとき言わないでもいいことを言ってしまったから失敗したのだ。
ああ、言わなきゃ「よかった」などと、もはや取り返しのつかぬことを気にやむな、心を送るな、ということだ。
まだ来ぬ未来や、どうにもならぬ過去に心をわずらわせることの無意味さを知り、今、ただ今、此処……。今、この一瞬にしなければならぬことに没入せよということだ。
この言葉は、もう聞きあきたという人もいるだろうが、あえてくりかえす。それほどに重要なことであるからだ。とはいえ、同じ言葉をくりかえすのも芸がないので別の表現をすると、「覿面の今」ともいう。効果テキメンとかの、てきめんである。天罰テキメンのそれでもある。
今、すなわち目前の今に精いっぱい生きる以外に、自分を生かす道はない。そしてまた、そのことが強運をつかむポイントでもある。
その悩み、不安、心配はしばらくそのままに置いておき、まず、あなたの身近でやるべきことをやってみることだ。
やることがないとは言わせない。
先に述べたように、自分の部屋なり机の上なりを、整理・整頓・清掃・清潔にしてみたらいかがか。
また、尊敬する運の強い人に電話でもかけるか、会ってお茶でも飲んだらどうか。この理由は、冒頭にふれた公害人間のことを思い出していただければよい。
運の強いその人には申し訳ないが、公害人間とは逆のはたらきをあなたにもたらしてくれるだろう。このように、自分なりにすぐ実行できることや、やらねばならぬことは、必ずみつかるはずである。あなたの自力は確実に伸びていく。
自力を発揮するために待機せよ
自力をつけるために、これまで次のようなことをみてきた。
●公害人間になるな、近づくな。
●まず、現在の悩み・不安から解放されよ。
●日常生活の中で禅の境地を体得せよ。それが本当の力を養成する。
●そのためには、ただ今に生きよ。
これらのことをエピソードを交えつつ紹介してきた。
そこで、さらにもうひとつ、自力を得るために心得ておかねばならぬことをつけ加えておこう。
「善なる待機」
待つという忍耐力をつけろという意味である。才能の開花にはある程度の時間が必要であるし、開花した才能が社会に認められるには、やはり、その機が熟するのをじっと耐えて待つ必要がある。
中国の故事にある太公望のように、チャンスを待つ忍耐力を持たない人は自力を開花させることができないのだ。
太公望にちなみ、釣り好きの漫画家の経験したことについてふれよう。「釣りバカたち」「マタギ列伝」「釣りキチ三平」「おらが村」といったオリジナル作品を生み出した漫画家で、講談社出版文化賞を受賞した矢口高雄さんは、高校卒業後すぐに銀行に勤めた。
が、漫画家への夢を捨てきれず、十二年二ヶ月という銀行員生活に別れをつげ、秋田から上京してきた。漫画家としてはきわめて遅い三十歳の出発であった。
しかし当初、彼はツキについた。漫画家に転身して一週間もたたないうちに、大手出版社の一流少年誌から、長期大型連載の依頼があったのだ。
原作ものではあったが、四色カラーで大々的にスタートし、順風満帆な作家生活が開けたかにみえた。
ところが一年後、「人気がない」のひとことで連載を打ち切られてしまう。その後、原作つきの連載依頼が別の雑誌社からきたが、これも準備不足などで半年で終了し、ついに一本の読み切りの依頼すらなくなる。彼は銀行を辞めたことを後悔し、鬱々たる日々を送っていた。
そんなある日、心の中に「・・・・・・原点にもどって描こう。人の原作ものではなく、自分のオリジナルを描こう」という思いがひらめいた。
原作ものの漫画は、原作者との共同作業ということにはなっているが、実質的には、原作を忠実に絵にかえるだけのことにすぎない。
これでは漫画家に必要な創造力は養えない。その夜から彼はさっそくオリジナル作品に没頭した。売れるあてはないが、さしあたりやるべきことに全精力を集中したのである。
その結果は驚くべきものであった。持ち込んで行った出版社が大いに評価し、次から次へと作品が出版され、なおかつ売れまくったのだ。
ここには、幾つかの教訓がある。
まず第一は、矢口さんが自らの才能を信じていたこと。次に、才能を磨く時間を持ったこと。銀行員をやりながら漫画の勉強をするのを負担と思わなかったこと。
そして挫折のとき、自分のなすべきことを明確にイメージしたことだ。才能を訓練して開花するまでの長い時間、その時間なしにすぐ独立しても、漫画家として認められたかどうかは危うい。
さらに上京して幸運なスタートにもかかわらず途中での挫折、しかしその苦しい期間を通して彼は、自分の才能の鉱脈を探し当てるのである。
不安・焦燥にかられながらも、彼は目前のことに集中し、チャンスを待ち、そしてつかむのである。
もし、彼に待つ心がなく、短気を起こして田舎に戻ってしまったら、漫画家としての彼は永遠に誕生しなかったであろう。
矢口さんはこれまで三十人以上の弟子を採用してきたが、漫画家としてデビューする者はほんの数えるほどしかいないことをしっかりと認識している。
才能がないから漫画家になれないのではない。父親が急死したため家業を継がなくてはならず、やむなく戦列を離脱した若者がいた。
才能は豊かで、父の急死さえなかったら大成したかも知れない。しかしこんな場合でも、矢口さんは、「彼には漫画家になる能力がなかった」と断言する。
矢口さんは、自分の体験から幸運を次のように定義している。
「幸運はタナボタ式のものではなく、ひたむきな精進の結果である。だから、幸運とはイコール実力であり、ひいてはそういうものをひとまとめにしたものを才能と呼ぶのではなかろうか」
不運な人というのは、精進・努力をすることすらもできない立場の人なのである。そしてまた、幸運が巡るまで待つこともできないのだ。
待つ。
それは前向きで夢があり、飛躍のための機会を待つのであるから、”善なる待機〟というのである。
けっしてタナボタや、あるいはたんなる僥倖を待つのではない。精進必死の努力の結果を、心楽しく待つのである。
大きな幸運とそれを実現する才能、六ヶ月、二年、三年と、小さな運と能力な二、三日から一、二週間ほどと、やるべきことに精進・努力・集中していると、なぜ自然におおよその時期がわかってくる。
では一体どれほどの時間を待てばいいのか。本人の存在にかかわる重要な才能の開花、その開花をうながす幸運を得るには、一年から三年の間、ただ今やるべきことに集中・ 努力・精進することが必要だろう。
日常生活の中で幸運に恵まれないと思っても、とも心楽しく待ってみる。いつの間にやら、あなたは幸運に取り巻かれているはずだ。
この三つの要素で運が強くなる
自力を発揮し、運気を強くするために欠かすことのできない要素が三つある。
★精気
★気力
★神気
この三点をそろえる必要がある。かつてリクルート事件で話題になった三点セットではないが、これを後天の三宝という。
人間の生命とは何かと考えるとき、この精・気・神の三要素からみていくとわかりやすい。
精気が全部なくなってしまえば死んでしまうし、気力がまったくないとすれば、空気の抜けたタイヤみたいなものである。空気のないタイヤでは自転車も自動車も走れない。
さらに神気がなくなってしまえば、魂の抜けた人形さながらに、生きた屍になってしまうのだ。
もう少し具体的に三要素を説明しよう。
精気。
これは精力である。男性の場合は、性的能力そのものを指す。
人間を動物として捉えれば、性的能力が優れた者が繁栄するが、知的存在として捉えればその通りではない。
とくに二十代、三十代の男性は、性的生活に走らぬよう心がけ、内なる充実感を保ち続けることが大切である。
そのことが集中力を高め、自分の能力の壁を破って新しい才能を引き出し、運気を強大にすることに関わってくるのだ。
誘惑に負け、一時の快楽に日々身をまかせて自堕落な生活をしたり、刺激的なことばかりに目を向けると、精気はしだいにおとろえていく。
また、不快な人間関係の中にいたり、あるいは、金銭のやりくりに神経を使ったりしていると、いつの間にやら精力を減退させる。銀行員の戒めに「朝立ちせぬ男に金貸すな」という言葉があるが、真実を捉えている。
歪んだ心、悲しい心、怒りやねたみの感情などに支配される者は、すなわち、人間としての気力や活力を失う。
神気とは、自然界にある発展的な生命力のことである。人知では計り知れない霊験徴妙なひらめきとか発想とか天運というものは、この神気を受けることによって生ずるものなのだ。
したがって才能を伸ばし強運を得ようと思うならば、精・気・神を損なわないようにすることである。
経営の神様といわれた故松下幸之助氏も、精進努力とともに「神気を受ける」ことに注意を払っておられたという。
このような後天の三宝をより充実させるためには、四勿主義を知り、それを取り入れることもよいだろう。
四勿とは、孔子の弟子の顔回が固く守り、仁の道を成就した四つの戒めである。
礼に非ざれば視ること勿れ
礼に非ざれば聴くこと勿れ
礼に非ざれば言うこと勿れ
礼に非ざれば動くこと勿れ
礼にあらざれば、「見ざる」「聞かざる」「言わざる」、そして「行動せず」というのである。
礼にあらざること、つまり人としてやってはならぬ道からはずれたことに、一切関わりを持たなければ、結果的に、精・気・神気の充実がはかれるのである。
四勿主義の詳しい説明は、拙著『大天運」(たちばな出版刊)にゆずるとして、本書では、才能開発と強運を引き寄せるために、一歩踏み込んで次のようなことをおすすめしたい。
●目にもろもろの不浄を見て
心にもろもろの不浄を見ず
●耳にもろもろの不浄を聞きて
心にもろもろの不浄を聞かず
●鼻にもろもろの不浄を嗅ぎて
心にもろもろの不浄を嗅がず
●口にもろもろの不浄を言いて
心にもろもろの不浄を言わず
●意にもろもろの不浄を思うとも
心にもろもろの不浄を思わず
●身にもろもろの不浄を触れても
心にもろもろの不浄を触れず
これを「六根清浄の誓い」という。
現実社会で活動を続ける限り、現実的な汚濁、礼に非ざること、つまり不浄な局面をさけて通るわけにはいかない。人間として大切なことは、そういった環境の中で、公害人間とともに生き、仕事をしなければならないときに、「どう対応するか」ということなのだ。
バブル経済崩壊の中で、多くの経済犯罪が発覚、多数の逮捕者を出したが、その中には、能力的には優れた人も少なくなかったと聞く。
だが残念ながら「どう対応するか」という面で大幅に道を誤ってしまったのだ。もし彼らが四勿主義を拳々服膺していれば、捕われの身となることはなかったはずだ。
四勿主義を実践に移すためには、日本古来からあるこの六根を清浄にする誓いが必要である。
運が弱く、才能の伸びない人というのは、じつは自然の法則や宇宙の摂理のリズムに則りそこねているか、もしくはそれに反抗して生きている人のことでもあるのだ。
つまり、自然の法則や宇宙の摂理に生かされているという自覚がなく、自分だけの知恵と力で生きているというタイプだからこそ、たとえ一時は調子がよくてもすぐ行きづまってしまうのである。
仕事をまわしてほしいが、その相手のイヤな面ばかりが気になるということがある。
「短足で胴長で鼻の穴が大きくてギョロ目でブルドッグみたいな奴、いやだなあ……。ああイヤだイヤだ」と内心思っていれば、相手には確実にあなたの気は伝わる。
相手もあなたを、「何かイヤな雰囲気のやつだな、オレをまるで獣を見るような目つきで見とるな。けしからん、許せん、ひとつヤキでもいれてやろうか」と思いはじめる。
両方がこんな調子では、まとまる商談もまとまるはずがない。
もし、その人物をあなたが、「短足で胴長、ウムまるで布袋様みたいだ。こりゃ有難い、大幸運をもたらす布袋様だ」と思えば、「あの鼻のふくらみ具合いといい、何でも聞いてくれそうな大物の風格。ウン、大物主尊様の化身かも知れない」「これはますます幸運だ、こんな人なら今すぐに仕事がとれなくとも、何回も何回もお会いしてお話を聞くだけでも有難い」
「ありがとうございます。天に感謝、神様に感謝」と、感謝の雨あられでその人物に接することができるだろう。
その結果はどうなるか。あなたのそうした気持ちや態度は確実に相手に伝わっていくから、結果が悪かろうはずがない。
そういったあなたを人は「運のいい奴だなあ」と評するだろう。
運とはそういうものなのである。
とりあえずの目標を立てよ
「自力を発揮する」ということは一般的に努力する”とか”一生懸命頑張る”言葉で表現される。
といえば、あなたは、「そんなことは子供でも知っている。努力しようとしてもできないし、頑張ろうと思っても頑張れないから悩むんだ」と言うだろう。
「どうしたら努力し、頑張ろうという気になれるのかが知りたい」と言うはずである。
努力と人間との関係には、実は三つのタイプがある。
①努力しても、さっぱり成果があがらない人。
②努力しただけ結果が得られる人。
③努力すると他の人の何倍分かの好結果が得られる人。
「こうすればこうなる」ということはわかっているのだが、なかなかそこまでもっていく根性がない。
つまりねばり強く努力ができない、というタイプは、努力しても成果がさっぱりあがらないのタイプの人に多い。どこかでつねに挫折する体験を重ねていて、努力することが即苦痛という条件反射が体にしみついている人なのである。
努力という言葉から、空しさと苦痛の経験しかよみがえってこないために、最初から努力する気力や頑張ろうとする意欲が失せているのである。
一度もものごとを成就したという喜びを知ることなく、途上で挫折の苦い思いばかりを体験している不運な人である。阿含宗の主宰者、桐山靖雄さんならさしずめ中途挫折の因縁”という診断を下し、千坐行で開運しなさいとすすめるかもしれない。
しかし、私は毎日読経を千日間欠かさずやる行の代わりに、もっと日常生活に密着し、才能開発と同時に開運につながるという簡単な方法をおすすめする。
その方法とは”とりあえず”の目標・ビジョンを持つということである。
と若者たちに言っても、「でも、まだはっきりしないんです」
という返事しかもどって来ないのを、私はいやというほど体験している。
いや、若者なら将来に確たるビジョンが持ち得なくても仕方がない。それだけの情報、そして体験を持たないからだ。しかし、ある程度社会人として歩んできた人間が、同様答えを述べるのは困ったものだ。一流の中クラスの企業に勤める三十代の社員はこう言った。
「いろいろ考えるところはあるのですが、諸般の事情があって、まだ明確なビジョンが定まらないんです」
ビジネスマンとしての意欲を内に抱きながら、社内の人間関係のあつれきに悶々としていたり、独立や新しい分野への挑戦を考えながらふみ切れなかったり、結婚や趣味的生活への憧れを持ちながら何となく決断がつかず、漠とした目標・ビジョン”しか持てないというのだ。
こういうタイプは、おそらく一生、ためらいながら生きていくはずである。もし、人間として大成したいと望むなら、明確な目標・ビジョン”を設定することが何より肝要である。
目標があいまいであれば、目標に対する意欲がわかないのは当たり前であるし、意欲がなければどうして精進・努力ができるであろうか。
そしてまた精進・努力がないところに、どうして目標の成就があり得るだろうか。
そこで私が先刻述べた「とりあえず」という言葉が意味を持ってくるのだ。人生の大きな目標として最終的なビジョンがさしあたりはっきりしないならば、それはそれでしばらくわきに置いておき、まず、ごく身近な日常の中から”とりあえず”の目標を探し立ててみればいいのである。
どうか深刻に考えないでいただきたい。小さなもの、簡単なもので結構である。自分にできる目標をとりあえず立てていただきたい。
さあ、考えてないで、紙とエンピツを用意しよう。目標となりそうなものをアトランダムに、今すぐ書き出してみよう。
●あしたから毎朝、今までより十分早く起きる。よろしい。これをまず一週間続けてみてほしい。それができたら続けてもう一週間。成功したら三週目からもう十分早く起きよう。
●今週、お皿を六分で洗う。これを一週間続ける。それが達成できたらおかずを作る時間を五分短縮する。それを一週間続ける。
●会社に行ったら、同僚・部下・上司を問わず、まっ先に自分から挨拶しよう。けっして相手に先をこされないよう、こちらから姿を見つけて「おはようございます」と声をかける。一週間続けてみてほしい。
●通勤の電車の中で、毎日六十ページずつ読書をする。一週間続ける。そのあと百ページにふやして二週間続ける。
●恋人に会うたびに、一回一つだけ長所・美点を必ずほめよう。あしたは、髪の毛がキレイじゃないか、そうそう、額、おテコがいい、聡明で知性的な点をほめよう。
二回目は性格上の美点を、三回目は容姿のどこか良さを、四回目は人間性の長所を。だんだんなくなるかもしれないが、もう一度しっかり観察する。どこかにほめるべき所があるはず、ウンあった、立っている姿の雰囲気がなんと魅力的なことか。
怒りっぽい人なら、一日五回くらいムカッとくるのを一回減らして四回にしよう。それを一週間続ける。二週目から二回減らす。三週目から三回だけはどんなことがあっても我慢することにする。
思いつくままにあげてみた。自分の生活サイクルの中で、身近で実行可能な”とりあえず”の目標を見つけることはわけはない。
他人からみて、つまらないちっぽけな目標であっても気にすることはない。その目標を実現するために毎日実行していく過程のなかに、しだいに自力運が生まれてくるのである。
一週間、二週間と続けていくうちに運気が動きだしてくる。その運気が回転しだせばもうしめたもの。
次から次へといい運気を呼び込み、それからの運気がさらに大きな運気となってパワフルに動きだすのである。
目標が間違っていてもプラスになる
さしあたり目標を立てて頑張ったが、自分の一生から見てそんな目標は意味がないと思うこともあるに違いない。となれば簡単に目標など立ててはいけないのではないか、そんな不安や疑問が出てきそうである。
だが心配はいらない。
私の周辺にはいろいろな人たちがいる。有名なミュージシャンやトップクラスのモデルさんや、そして女優さん、あるいは国際的にも活躍する実業家、大学教授、芸術家から主婦、学生に至るまで、さまざまな人がさまざまな人生の断面を見せてくれるのである。
その中の一人に俳優志望の学生がいた。
好感の持てるスタイルのいい若者で、マスクもよい。「ワールドメイト」の会員でもあり、あれこれ相談にのっていた。
しかし、スターダムにのって俳優としての活躍をするには何かが欠けている。そこで私は問われるままに忠告をした。
講演会の合間の会話である。
「俳優修業なんかやめて英語を勉強したらどうですか」
「はあ、実は英会話やってますが……」
「どれくらいの実力ですか」
「いえ、まだ、海外にひとりで行くには無理でありまして………」
「じゃ、俳優修業のかわりに、英語を徹底してマスターすることをすすめるね。それには思い切って海外に行ったらどうだ。一年も行ってみっちりやればかなり力がつくよ」
「役者にもなりたいんで。でもなかなか劇団にも入れないし、就職もできないし…・・・・・」
「だから、俳優なんかやめて、英語をやるんだね。しかもカナダかオーストラリアかへ行って徹底してやったほうがいい。
うん、決まりだ、それでキミの運は開ける。以上だ」
私は開演ベルが鳴っている会場に入って行った。
青年は、唖然として私の顔を見ていた。
その青年のことをすっかり忘れて一年が過ぎたころ、一通の葉書が届いた。
ロサンゼルスからである。
「・・・・・・清水の舞台から飛び込む(原文のママ)つもりで、先生の助言通りしました。はじめバンクーバーに行き、それからロスに来ました。英語、英語、英語で頭がエイゴエイゴエイゴになりました。
俳優のこと捨てました。アメリカの子供でも英語がウマイので僕も頑張りました。できるようになりました。
すると驚くようなことが起きました。ハリウッドの映画にエキストラで出られるようになったのです。英語ができる日本の若者でチョイ役も来そうです。先生、ありがとうございます。
役者をあきらめて、当面とにかく英語をしよう(原文ママ)と頑張り、英語がある程度できるようになったとたんにこのラッキーです。本当にありがとうございます。
これまでと違って、いろいろなことに自信とヤル気が出てきました。頑張ることが楽しくなってきました。目の前がピンク色です。やがてバラ色になると思います。
先生、ありがとうございました。あと一、二年、ここで頑張ります……」
そんな内容の手紙である。こういう前向きで明るい手紙や報告をいただくと、神霊研究家として一人でも多くの幸せを祈る者の一人として、心の底から嬉しさがこみあげてくる。
神霊研究家冥利に尽きるとでもいうべきだろう。
この若者に必要だったのは、積極的にやろうとする強烈な意欲と自信であった。いつも不安でオロオロし、自信がないためにその容姿のわりに覇気が感じられなかった。
根は積極性を有し、その上剽軽で感性のいい青年なのに、そうした内なる力が表面に十分に出しきれていなかったのである。
ところが、私のアドバイスにより好きな英語に当面のところ徹底して打ち込むことができた。自信と実力が身につきだしたころに、運気が回転しだしたのである。
俳優志望の彼にとって、俳優修業を捨てて英語だけを学ぶことは目標設定のミスに思える。
しかし、結果としては、目標ミスがミスにならないのである。
たとえ最終的な目標と、さしあたりの当面のそれとが一致していなくても、そんなことはまったく心配いらない。
その努力とその成果は、必ず、最終的な目標達成のための養分、こやしとなっているのである。
失敗は失敗でなく、最終の目標を達成するための原動力であり、成功に必要な具体的な知識と技術を学ぶことであり、さらに成就するために必要な心のバネでもある。
一石二鳥どころではない、一石数鳥の効果があることに気づいてほしい。
これをもし、運勢好転、開運のためにと、毎日二、三時間の瞑想とか読経に一年間あけくれていたらどうなるか。ある程度の自己満足からくる心の安定と読経の技術は向上するだろうが、費やした努力と時間の割には効果が少ないことに気がつくだろう。
また、実行しているご本人は気がつかないだろうが、メディテーションや読経の種類によっては、マイナスの存在に憑依されていることが多い。神経の鋭敏な人はよくよく気をつけたほうがよい。
それはともあれ、とりあえずの目標が間違っていてもいささかも後悔することはない。いや、「悔いるな」というより、むしろ「喜ぶべし!!!」歓迎すべきことなのだ。
なぜか。間違っていたということを知れば、自分にとって真の目標は何かが明確になり、ゆるぎないものとなるからである。目標達成はそれに対するゆるぎない信念、思いの強さに比例するからであり、間違いによって迷いが一切なくなるという偉大な効用を持つのである。
もうひとつは、失敗をとりかえそうとする強い意欲がわくことだ。”とりあえず”の目標を次から次へと数多く作ることが、ますます教養の厚みそれが心のバネともなるのだが――をもたらすことになる。
「私の人生の真の目標は何か。私という人間は何なのか――」などと考え込み、暗く無気力な日々を送るより、今すぐできる”とりあえず”の小さ目標を立てることがいかに大切かが納得できたであろう。
気楽に目標を立てて、どんどん実現していこう。とりあえずの目標が間違っていたら、その分だけ、人間的幅と教養の厚みができたものと考え、大いに気をよくしよう。そして、さらに新たなる目標にチャレンジしていただきたい。
反省しすぎるのはよくない
ことを起こし、失敗したときは反省を求められる。求められたほうも素直に「襟をた「だします」などという。
どこかの政界によくある姿だが、「反省する」といってよい結果が生まれたことは少なくとも政界では一度もない。いや、政界だけではない。一般社でも同じことだ。そこで私はあなたに逆のことをすすめたい。
「あまり反省しなさんな」
反省はたしかに美徳のひとつである。
が不運な人、自力の出し切れない人は反省のの仕方がひたすら下手である。
自力の出しきれない人は、反省反省という言葉にこだわりすぎ、反省のための反省をしているにすぎないのだ。あの、日光猿軍団のスターたちは、反省の意味を知らない。言葉だけを知っているのである。
懺悔というのは反省のためにあるが、それも度が過ぎると、萩原朔太郎の処女詩集の有名な「月に吠える」になってしまう。
天上縊死
遠夜に光る松の葉に
懺悔の涙したたりて
遠夜の空にしも白き
天上の松に首をかけ
天上の松を恋ふるより
祈れるさまに吊されぬ
こうなってしまっては、反省、懺悔、それ自体が罪である。
むろんこれは、キリスト教的な雰囲気が色濃くただよっている朔太郎の初期の詩である。
キリスト教的な言葉を使って、詩に新鮮なイメージを与えて新しい感性の世界を拓こうとした作品であるから、観念的な縊死を表現しているともいえよう。
だが、不運な人というのはえてして反省といえばこの詩の表現する世界に共鳴しやすい傾向を持っている。
反省とは、自ら省みて改善点を見出し、次に備えることなのである。次を考え前向きに備えないのは反省ではない。愚痴であり、自己憐憫であり、甘えであり、ナルシシズムの裏がえしにすぎない。
終日、タベに惕若
「易経」にあることばである。朝目覚めたとき、天を仰ぎ大空に向かって思い切って背を伸ばし、”よし” 今日もやるぞ、全力を尽くしてやろう”と決意し、同時に他力発動のために天(神・仏)にも祈る。
一日が終わると、今日はどうであったかと惕若一日の言動、やり方をつつしんで改善点をチェックするわけである。
反省とは、一日意欲を燃え立たせる(乾乾)ために、夕べに一日を省みることにある。
反省し過ぎて自分をいじめ、嘆くようなことがないようにすることだ。反省という字は、少な目に戻ると書くのだからこうすれば心の切り替えはすぐにできる反省しすぎる人とはどんな人か。心の切り替えが下手な人がそうである。
反省しすぎるというのは、すでに述べたように、じつは真の反省をしているわけではない。とうに過ぎたことに、ああでもないこうでもないと常に心を悩ませ、こだわり続ける状態なのである。
坐禅やメディテーションは、そうしたこだわりからの解放のためにあることをすでに述べた。
普通の日常生活の中で、マイナスのいやな念が出てくるのを、パッと切り替えるための手段として考えられているのだ。
心外悟道なし
心の切り替え、心の持ちようが悟りへの道である。だから、いやな念が出たら瞬時にプラスへとパッと切り替えればいいし、その結果運も絶対によくなる。
心の切り替えが下手な人は、気になる過去や未来のことに注意を向けて、憂鬱になったり失望したり悔やんだりしてしまう。
ではどうするか。坐禅は師について坐らなければならないし、メディテーションは簡単だが効果が少なく、下手をすると憑依される恐れもある。
だが「方法がない」と心配することはない。
あなたのペースで展開する自分のライフサイクルの中に、心を切り替えるコツを組みさえすればいい。
臨済宗・曹洞宗・黄檗宗など、坐禅に参加しなくても効果のある方法は身のまわりに山ほどあるではないか。
たとえば茶道・華道・弓道・剣道、その他日本古来の文化の中から幾らでも取り出すことができるはずである。茶道に精進することは禅で得られる心境と一致する。茶禅一姫である。剣道をやり弓道をきわめていけば、剣禅一如であり弓禅一如だ。
ゴルフでも登山でも楽器の演奏でも何でもよい。碁、将棋、植木、書道、絵画から古典芸能まで、自分が没頭できるものはいろいろあるはずである。ゴルフを通してならゴルフ禅一如であり、パチンコならばパチ禅一如、麻雀なら雀禅一如か。
切手集めやテレホンカードなどでも同様だ。自ら没頭できることに心をパッと切り替えて集中する。ひとつのことに没頭すれば、禅や瞑想が目的とする無我の状態が体験でそのときあなたは、あなたの心をとらえて離さぬ問々としたこだわりの世界から、楽々と解放されているのである。
もっと高尚なものならなおいいだろう。たとえば歌ごころである。
劍魂歌心
ということばがある。剣に強いだけが武士ではないという日本古来からの考え方である。
平安時代や南北朝の時代には、「おそらく今度の戦いで自分は死ぬであろう、首を斬られたときにみっともない格好ではならぬ」と、老兵は自分の白髪まじりの髪を黒く染めた。
敵も黒髪の若々しい者ならば勇んで戦いを挑んでくるだろう。そんな心構えである。
首を斬られたときのために、そのときの境地を辞世の句として詠んで兜の中に入れておく。剣を持つ雄々しい魂の中に、生死を離れて歌を詠むという心のゆとりを持つ。それが剣魂歌心である。
この歌ごころをどんな状況でも忘れないというところに、勝負を超え、淡々としたもうひとりの不動の自分がいる。
現在は、人間の生命を賭ける戦いのかわりに経済戦争が展開されている。
しかし、激しいビジネスの戦場にありながらもその一方で、歌ごころ、そして音楽・絵画・書道や文学などの芸術への理解とそれを楽しむゆとりを持つ者が、最後には勝つ。
たえず目前のことに追われていればストレスで倒れてしまうだろうし、切り替えのきかない硬直した頭では、優れた発想、閃きも出ず、戦いに勝つことはできない。
功なり名をとげた経営者やオーナー、社長、一部上場、二部上場企業のトップに位置する人物は、多かれ少なかれ剣魂歌心を持ってビジネス戦線に臨んでいるのだ。
自己放下
自己を解放することをいう。そうすることによって真空妙有の世界が生じ、天から英知を受けることができる。一流の人物たちは、この自己放下のコツを、実生活の中から体得している。
やればできる。今あなたがもっとも関心がある身近なことをとりあげ、その中でも剣魂歌心につながるものに身を入れることだ。
ビジネスの戦場からただちに剣魂歌心に心を切り替えるのはなかなかにむずかしいが、錬磨していくうちにたちどころにできるようになる。
忙中閑ありというが、瞬時に心のゆとりを得ることができる。同時により高いレベルの歌ごころが得られる。そうすれば運気はみるみる向上していくだろう。
あなたはどんな人に会えばいいのか
これまでは、自分の力で道を開くことについて述べてきたが、「自分の能力は一体どの方向にあるのか」「努力もしているが今一歩のパッと花開くところがない」と悩んでいるあなたには、”出会いのチャンスを大切にせよ”とアドバイスしたい。
潜在する能力は、自己の内側を静かに眺めることによって開発されるものであると、多くの人々が信じ込んでいるし、信じ込まされている。
だが、それは違う。
才能は外部からの刺激によって啓発され、伸びるものなのだ。
私のところへは、色々な宗教団体を巡ってきたり、瞑想体験を長年積んできたり、数々の霊能者や能力開発グループと接触してきた男女が多数やってきて会員となっている。
それぞれの人は、過去、自分が所属した団体なり組織で教えられることを、「世界で「唯一絶対」だと洗脳されてきた人たちばかりである。
そんなことはないのだと、具体的に実証してみせても納得しない。はじめはポカンとし、次には疑ってかかる。しかし、「そんなことはないのだ」と、何回かくりかえしてみせるとまもなく、いかに自分の視野が狭かったかを悟る。
たとえば私たち「ワールドメイト」では毎年何回か星ツアーを行うが、これは二、三十人のグループから千人単位のグループで宇宙の星々を訪問することである。
この旅行によって意識が拡大し、新しい見聞と星々のよい影響によってすばらしい幸運と才能の開発・伸長が得られるのである。
ヨガや瞑想を長年やっていた人たちが、ほんのたまに体験する“幽体離脱”とか“目撃の体験”などとはくらべものにならない衝撃的体験らしく、一度そのすばらしさを経験すると何回でも参加したがる。
同じように、「才能は、自己の内部にいくら目を向けて瞑想しても開発されませんよ」と説明しても、はじめのうちはなかなか理解されない。
内に眠っている能力は、外部からの刺激によってはじめて引き出されるものだからである。
そのためにいろいろ学ぶべき科目がある。
しかし、ここでいう学習とは学校教育のそれではなく、自己の適性・才能と社会に認められる要素としての運気を学ぶことである。
西洋占星術や姓名判断、易で自分の能力を知ろうとする人が多い。親から受けた素質や、前世から受け継いでいる潜在したままの自力をどのように引き出すかもまた、占星術や易に頼ろうとする。
しかし、その成果はあまり期待できない。自らを取り巻く環境を考えてみることが一番の方法なのだ。
その環境のなかでも最も影響を与えるのが、人との出会いである。
たとえば、アイドルスターとして華々しいデビューをし、その後もバイリンガルの知的なタレントとして大活躍を続ける早見優さん。
十四歳のときエレベーターの中でスカウトされたことが、今日の彼女の第一歩であった。スカウトされるという出会いがなければ、どんな運命をたどっていたかわからない。
その彼女の前世と守護霊を鑑定してさしあげたが、前世からみれば、早見優さんの場合、いずれは実力ある人との出会いによって世に出る星の人ではあった。
また石原裕次郎さん。
これほどデビュー当時から騒がれ、五十二歳の幕を閉じるまで脚光を浴び続けた人物も珍しい。兄の慎太郎氏が一橋大学在学中に芥川賞を受賞して活躍しだして以来、弟の裕次郎もあっという間に世に躍り出て大スター街道をまっしぐらに突っ走った。
世に出る直前までは、慶応大学に在学中の品のいい不良であった。兄・慎太郎氏に連れていかれた東宝では、背が高すぎて肩幅が広すぎるなどと、難クセをつけられて銀幕への登場ができなかったといわれる。
が、その直後、遊びに行った日活撮影所で、プロデューサーとして鳴らしていた水の江滝子さんの目にとまった。その出会いから一世を風靡する大スターとしてつねに第一線に立った。
それまでの早見優さんも石原裕次郎さんも、その世界ではまったくの素人であったはずだ。しかし、出会いによって眠っていた才能が、次から次へ引き出されていったのである。
「営業をやってほしいんだ」
「とても、ぼくなんかに…、内気で人づきあいがヘタですから……」
「営業マンすべてが外向的で交際上手である必要はない。そういう図々しい人物が多いなかで、きみの持ち味の誠意とねばりと細かい気配り、万事控めな態度が、お客様に意外と大事にされるんだ。とにかく私の言う通り頑張ってみたまえ」
そう言われて保険セールスで好成績をあげ、以来セールスが大好きになったという男性もいる。これも上司との出会い。この上司のしごきによって、内気のためにセールスは向かないと思い込んでいた彼の眠っていた才能が引き出されたのである。
このように、外部からの刺激(人との出会い)によって、自分では気づかなかった才能や資質を発見され、成長させられることが多い。
それを、自分の才能は何だろう、とにかく自力を出そうと、自分ばかりを見つめていてもわかるものではない。
自力、才能や能力の発見の端緒というのは、たいてい人との出会いによってである。
その意味では、人との出会いは大切にしたい。再三述べてきたが、どんな人物に会うかによってプラスの影響を受けたりマイナスの影響を受けたりするか、注意深く観察すればその見分けはすぐつくはずである。
ある人物に会うと、お互いにジョークを連発しながら仕事のアイデアが次々に出てきたり、わけもなくヤル気が湧いてきたりする。
また、ある人物と一緒にいると、ちょっとしたことから大きいことまでいい事が起きるとか、自分のいい面がどんどん引き出されてくるといったことがある。
ときとしてきびしい忠告もあろうが、それは自分の反省点であったり、自分で見落としていた重大な仕事上のポイントや思い違いの点を指摘してもらっていると解すべきである。
このような人物は、きっとあなたによい運気をもたらしてくれる運の強い人である。誠意を尽くして大切にすべき人物なのだ。
といって、「運の悪い人物は近づけるな」などとケチなことをすすめているのではない。
運の悪い人もいい人も分けへだてなく、おおらかに、しかも真心をもって接するのが正しい人の道でもあるし、そのことが自分を磨き上げ、向上させ、より大きく育ててくれる。
だが、もし、あなたの運気がそれほど良くないのであれば、まず自分が公害人間からまっ先に変身、脱皮する必要がある。
自分が他にプラスの影響を与えるようになるまでのプロセスで、努力・精進してほしいと言っているまでである。
ともあれ、自力運をつけるためにも、初めのうちは自分にプラスを与える人に意図的に接近することだ。
そういう人物は、類は友を呼ぶの言葉通り、明るく、発展的で、それぞれの分野で何事かを成就している人たちと交友が深いからである。
