勇気をもって目前の困難に立ち向かえ
ところで、無形の目に見えない宝を積んでいけば、有形の目に見える宝に「化する」ということは、「易経」にある言葉、
「陰極まりて陽」と表現することができる。この場合、無形の宝はあくまでも陰で、有形の宝は陽である。
なぜなら、陰が主で陽が従だからである。その証拠に、「陰陽」といっても「陽陰」とはいわない。要するに陰が中心であって、陰から始まり、陽が出てくるのである(もっと詳しいことをいうならば、この陰は後天の陰であって、先天の陽が化して後天の陰となるのである)。
しかし、そう簡単に陰から陽が出てくるわけではない。あくまでも「陰極まりて陽」、陰が本当に極まっていよいよ熟して初めて、そこから陽が出てくるというのだ。「化する」と同じ意味であるといえよう。
ここで、もう少し易の話を突っ込んでみよう。
「易には「爻」という卦を表す横画がある。この「爻」は乾坤にそれぞれ三つずつあり、一が陽でが陰である。この六つの「炎」のバランスで、天地自然の象を六四のパターンに分けているわけである。
ところで、六月二三日ごろの夏至は一年で最も日が長いときで、乾の「爻」も坤の「爻」もすべて陽が極まっている。だから、六月二三日ごろが、易では夏の真っ盛りというわけだ。
そうして、陽が極まると今度は陰に入っていき、パッと坤に一陰が現れるのである。この夏至に対して、冬至は一二月二二、三日ごろ。
冬の至りで、最も日が短いときである。この冬至は易でいえば、乾も坤もすべて陰、陰の極まりということになる。
そして、陰が極まったこのときに、パッと坤に陽が出てくる。これが「一陽」である。この「一陽」が出ると、次第に陽の「爻」が増えてくる。ということは、一二月二三日の冬至あたりから、本当は春が始まっているわけである。
ただし、まだ形に現れる春ではない。無形の世界での春の訪れである。
こうして、「一陽」から始まった春の訪れは、無形の世界で徐々に積み重なって、「幾」という兆しが出てくるようになる。
だが、一月、二月のころでは、地上には現れない。兆しが徐々に長じて、やがて三月、四月ごろになってようやく、地上にも春がやってくるのだ。一月、二月は無形の春、三月、四月は有形の春なのである。
草木の芽がふき、いかにも春らしい風情となる前には、すでに目に見えない世界で春が始まっているのである。
したがって、夏真っ盛りというときにはすでに秋の訪れがきていて、冬真っ盛りのときにはすでに春の訪れがきているのである。
この「陰極まりて腸、陽極まりて陰」の法則は、何も天地自然の運行にだけ当てはまるものではない。
人間の運勢、国家の栄枯盛衰にも当てはまるのである。それゆえ、古来、君子はこの法則をもって、修身の鏡としたのである。
すなわち、自分の名声が高まっているとき、他人から評価されているとき、調子がいいときはすでに凋落が始まっている、だから、有形の宝が開花しているときにこそ、傲慢にならず、地道に目に見えない徳を積まなければならず、次の開花のための準備もしなければならない、と。
逆に冬が厳しくてつらいときには、すでに目に見えない世界では春がやってきている。
この苦しみ、悲しみ、絶望の冬の時代も、やがて暖かい春の陽光に包まれるのだ。だから、冬の真っ盛りでも絶望してはいけない。悲観してはいけない。勇気をもって、目前の困難に立ち向かうべきである、と。
これが、正しい人生の春の過ごし方であり、冬の越え方なのである。
無形の宝を積めば幸福の根が太くなる
ところで先に、冬の一二月二三日にはすでに春の訪れの「一陽」が出ていると述べたが、この「一陽」は「一陽来復」といって、非常にめでたいものとされている。なぜなら、これが人生の春の幸せの始まりだからである。
それゆえ、「一陽来復」と書いて部屋の角に貼って大切にする風習があるわけだが、この「一陽来復」の法則と同じように、私たちも、兆しが現れるまで無形の宝を積んでいかねばならない。
神の道に目指し、人の道に目指し、信仰の道に目指すのであれば、無形の宝を積むことに集中しなければならないのである。これが、孔子のいう「君子は「本を務む」の「本」なのだ。
とにかく、無形の宝を積むことである。無形の宝を積めば積むほど幸福の根が太くなる。だから絶対に滅びない。
地位、名誉をどこまでも永らえ、大道や信仰をどこまでも続けていくには、根が太くなくてはならない。どんなに幹が太くなり、枝が大きくなり、また花が咲き実が生っても、この根が太ければ、どんどん新しい芽が出て、どんどん新しい実が生り、永遠に朽ちることはないのである。
この法則は、人生すべてに当てはまるのである。絶えず天運に恵まれる人生とは、実はこういう人生のことなのだ。
善を実践して徳を積もう
さて、いよいよ、無形の宝とは何かについて考えてみよう。洞察の鋭い方はもうおわかりのことと思うが、無形の宝とは、神霊世界に当てはめていえば、「徳と功候」である。
徳だけでは無形の宝とはいえない。徳と功候がそろって初めて、無形の宝になるのである。
無形の徳を積み、功候を授かれば、これが「一陽」の「福」となる。そうして、無形の宝を積んで積んで積み重ねていくと、やがてそれは、「化する働き」によって人間の幸福、すなわち、有形の福宝に化するのである。
では、目に見えない徳を積むとは、どういうことなのであろうか。
功候については後述することにして、徳については、ひと言でいえば、「人に益する行いをすること」、これが善であり徳である。目に見える形で益するか、見に見えない形で益するかはともかく、人にプラスになること、人に益することをしてあげることが、徳を積むことになるわけである。
もっと厳密にいえば、これは「地徳」といわれるものである。
このほかにも徳には、自己を修養することで得られる霊光である「人徳」、天理と神霊世界の法則を織って太極の主神を動かし、至誠の信仰力にて諸天善神を動かし、才能を磨いて御魂に色彩を加える「天徳」などがあるが、詳細は省かせていただく。
さて、ひと口に人に益する行いといっても、一体何が人に益することなのか、という大問題が残っている。自分は相手のことを思ってやったんだが、逆に迷惑がられた。
自分は善だと信じて行ったが、結果的に甘やかし過ぎてダメになってしまった。
厳しくいったほうが相手のためになると思って忠告したら、それを苦にして相手が自殺をしてしまった……………こんなことは決して珍しくない。多かれ少なかれ、誰でも体験しているのではあるまいか。
では、一体何が人に益することになるのだろうか。結論をいえば、「人によかれ」という想いに裏打ちされた口と心と行いが、人に喜ばれ、いい結果になること、すなわち善となり、徳となることなのである。
だが、この善が曲者なのだ。その解釈を誤れば、先に述べたようなことにもなりかねない。一般に、善に関して失敗しやすいパターンが三つある。「独善」「偽善」「小善」の三つがそれである。
「独善」とは、自分ひとりが善だと思うこと、つまりひとりよがりである。これについては、改めてご説明するまでもないだろう。
広い知恵が足りないのである。「論語」にある「思いて学ばされば、即ち危うし」の危ういとは、この独善の危険を戒めているものにほかならない。
二番目の「偽善」とは、形の上だけ善で、心の中は善でないということ。「神界からの神通力」の第七章で述べた、天理教のおばあさんの話を思い出していただきたい。
あのおばあさんはたしかに生前、体施、物施、法施に徹していた。
死んで霊界へいったら、そこは真っ暗闇だった。そこで、闇の中で、「こんなはずじゃない、こんなはずじゃない」といっていたのだ。
では、なぜ体施、物施法施に徹していたのに真っ暗な霊界へいってしまったのか。
それは、心の発するところ、つまり動機が間違っていたからだ。あのおばあさんは、自分が救われたいがために、自分の因縁を切りたいがために、体施、物施、法施に励んでいたのである。この動機が、天の法に引っかかったわけである。
目に見えない無形の徳とは、まず無形の心、動機を善にしなければ、本当の善とはならないのだ。
それをしないで、形の上ばかり善、目に見える結果だけが善なのが「偽「善」というわけである。本当の善には、無形の真実である愛と誠がこもっていなければならないのだ。
三番目の「小善」は、自分なりに善だと思っても、より大きな目で見たら、むしろ悪になることもある、ということ。
つまり、口と心と行いのすべてが善であっても、それだけでは善にならず、大局から見ても善であって初めて、本当の善になるというわけだ。
本当に、人に益する行いをしよう、善を行おうと思うのならば、この三つの問題をクリアしなければならないのである。
失敗を恐れず至誠を貫け
このように考えると、善を行うのが怖くなってしまう。人によかれと思って行っても、独善になったり偽善になったり、あるいは小善になるなら、人に益することなど一切考えず、自分のことだけ考えようという気持ちになる。正直いって、私もずいぶん悩んだ。
いっそのこと、世のため人のためなどと考えるのはやめにしようと、何度思ったことだろう。
しかし、私はわかった。そんなことは、神様は先刻ご承知なのだ、ということを。
自分のやろうとしていることは独善かもしれない。小善かもしれない。叡智も足りないかもしれない。
だけど、そんなことは神様や守護神、守護霊様はすでにご存じのことなのだ。だから、自分としては、自分なりに精一杯の誠を尽くしていくよりほかはない、ということになる。
ここに惟神の道の救いがあるのである。
ついでながらいうと、日本の惟神の道では、次のようないい方がある。
「直毘の魂に見直し、聞き直し、身の過ちがありましたら宣り直し…………」
「直毘」とは「神様から直接受ける神性の輝き」と解釈すればよい。
もし間違っているところがありましたら、どうぞ神様、見直してください、勘弁してください。間違っていることをいったら聞き直して容赦してください。
私の身に過ちがありましたら、宣り直しさせてくださいというのがこの言葉の意味である。
つまり不完全を承知で、一歩一歩、善行を為す霊的位と咀嚼力が進歩向上していけばよい、というのである。
だから、あまりくよくよ迷う必要はないのだ。神様にもよかれ、人にもよかれという気持ちを満たした上で、至誠を貫けばいいのである。
だが、それが最高の善とは限らない。より大きな善から見たならば、小善かもしれない。
徳も知恵も至らないかもしれない。そのときにはどうぞ神様、許してください、勘弁してくださいと、素直にあやまり、わかったらその都度、改めていけばそれでよいのである。
これが、神様の御心にかなう、善行のすすめ方である。私は常日ごろ、「先生、一体何が善で、何が悪なのですか」という質問をよく受けるが、いつも、こんな調子で答えている。
「世の中に絶対の善も悪もない。本当の善悪は、万物創造の絶対神にしかわからないのです。科学の発達という視点から見れば、いまわしい戦争だって善となることもあります。
しかし、それでも私たち人間は、善行を為さねばならない。では何を基準にするか。今、当面、人が幸せになり、世の中にプラスになると思ったことを善と信じて、慈悲をベースにしてどんどん為せばよいのです。
そして、大局から見て小善だと悟ったら、そのとき、そのとき直していけばいいのです。
そこに、人間としての進歩があるのです。もし、このことがよくわかって善行に励むなら、少々善を施したところで、傲慢になったり善行を誇るなんてことにはならないでしょう。
かえって、絶対善は主神のみ知り、人間の為す善はすべて相対的だというほうが、謙虚であり、精進努力し、進歩向上する励みになっていいんじゃないですか」
読者の皆様方にも参考になると思う。合わせてお考えいただけば、さらに理解が深まることと思う。
ところで、キリスト教的な厳しい原罪観をもっている人には、こういう考え方はあまりにも大らかすぎて、拍子抜けの感じを与えるかもしれない。
だが、これでいいのだ。この「宣り直し」の考えこそが、日本人や日本文化をして、失敗からの立ち直りを早くしたり、どんなものでも受け容れる許容度の高いものとしているのだ。
過ちは素直に改めよう
ここでひとつ、ちょっと横道にそれるが、「宣り直し」の歴史を見ることにしよう。この「宣り直し」が歴史に初めて登場するのは応神天皇のときである。
もっと厳密にいえば、イザナギ、イザナミの尊の「あなにやしえおとめ」と「あなにやしえをとこ」の宣り方の順序が違っていたので、最初の神生みは失敗して、蛭子大神を生んで海へ流してしまった。
そして今度は宣り直しをして、正しい国生み、神生みができるようになった。このことから宣り直しが始まっている、といえなくもない。
だがしかし、ここでは、日本国始まって以後の歴史に的を絞ろう。
さて、応神天皇がまだ母君神功皇后のおなかの中にあったとき、皇后は新羅征討にいくことになった。だが、妊娠中ということでは士気に影響すると思い、
「おなかの子供はもう死んだ」とのおふれを回して出陣された。
その後、息子の応神天皇が生まれ、無事成長して、いよいよ即位するというときのことである。天照大御神に即位の旨言上すると、
「応神天皇、品陀和気命はすでに穢れている。「この子はもう死んだ」というおふれが回っているので、この御魂はすでに穢れている。だから即位できない」との神勅が下った。
「では、どうしたらよいのですか」とたずねると、
「気比神宮で誓約して、宣り直しをしなさい」とのこと。そこで早速、気比神宮に詣でて、「神功皇后の息子、応神天皇、品陀和気は生き返りました!よみがえりました!」と、大声でいったかどうかは定かではないが、宣り直しをした、という話が残っている。
以上が、「宣り直し」の起源といっているのだが、この話でも明らかなように、日本の神道では、過ちは垢や汚れのようなものと考えるわけである。
天地の法則を間違えたものが「積み」重なると「罪」となり、「気が枯れる」から「穢れる」のだというのが、神道の解釈である。だから反対に、神気が充実すると、気枯れ=穢れがなくなるわけだ。
それゆえ、たとえ穢れても、「宣り直し」をして神気を充実させれば、元に戻るというのである。
このへんが、キリスト教の永遠の贖罪観との決定的な相違である。そのよし悪しは別として、日本神道では、穢れや失敗は、みそぎをして償えば元に戻せると考えられているのだ。
だから、一つの失敗を、永遠に罪だ罪だと悩む必要はない。神様の大いなる御心、絶対の善の基準から見て「見直し」てください、「聞き直し」てください、身の過ちがあれば、品陀和気命が「生き返りました」といったように、「宣り直し」ますから勘弁してください、と真心をもってお詫びをすれば許していただけるのである。
もちろん、失敗した分の挽回は、自分の努力によって為さねばならない。
しかし神様は、そのときの挽回努力に対して応援し、神助を与えてくださるのだ。これが神様の愛であり救いなのである。
キリスト教では、罪を犯したり失敗をすれば神の裁きを受ける。また、何もしなくても、生まれながらに罪人でもある。もちろん、キリスト教にも、神に対してざんげをすれば許されるという「宣り直し」の道もあるのだが、日本神道ほど感覚が明るく、軽くないだけである。
さらには、人間関係でも「目には目を、歯には歯を」で、非常に厳格に対処するのが一般である。
だが、日本ではそうではない。本人が本当に反省すれば、それ以上責めないのが、日本の神霊界の構造なのである。
それは歴史を見ても明らかである。
たとえば、第二次世界大戦のとき広島と長崎に原爆が落ち、何十万人もの日本人が殺されたが、もう敵国を怨んではいないという、日本人の大らかさ、こだわりのなさは世界でも珍しい。
あれから五〇年以上の歳月が流れたが、今日もなお、アメリカを怨んでいるという人はいない。
「おのれアメリカめ!原爆を落としやがって!」という人がいれば、変人扱いされるのが普通で、「原爆はよくないけれど、あのときは日本も悪かったんだ。悲しい過去を忘れて、二度と戦争を起こさないようにしましょう」というのが一般的である。
これくらい、日本人は失敗や過ちに寛大なのだが、キリスト教文化のヨーロッパではこうはいかない。
かつて私の友人がこんな話を聞かせてくれたことがある。
彼がフランスにいったとき、フルーツショップで果物を買おうとした。すると、おばあさんが出てきて、こういった。
「あんたは日本人か?日本人なら売らない」
「なぜなんだ、理由を聞かせてくれ」というと、「私のおじさんはドイツ野郎に殺された。そのとき日本は、ドイツの同盟国だったじゃないか。だから、日本人には売らないんだ」と答えたという。
にわかに信じ難い話ではある。だが、ヨーロッパナイズされた頑固なキリスト教が、欧米人の精神的土壌になっていることを思えば、さもありなんという気がする。
イエス・キリストの原点に帰れば、「汝の敵を愛せよ」にならなければならないはずだが、ひるがえって、日本人を考えたとき、このおばあさんのような人は、一体どれくらいいるだろうか。
「アメリカ軍によって殺された多くの英霊、そして原爆によって亡くなった広島、長崎の多くの御魂を思えば、コカ・コーラなんか絶対飲めない。いや、飲むものか!」
なんていう日本人がいるだろうか。むしろ、コカ・コーラを飲んで、喜々としてアメリカ旅行に出かけるのが日本人なのである。
これを無節操ととるか、日本人特有の大らかさ、忘れっぽさととるかは各人の自由だが、私は、これこそ「直毘の魂に見直し聞き直し、身の誤ちは宣り直し」という日本神霊界の特色の反映であると思う。
徳積みが極まれば「功候」が立つ
いずれにしても、善を行うとき、人に益することを行うときは、あまりくよくよする必要はないのである。
「間違っていたら許してください。尺度が浅かったら勘弁してください。知恵が足りなければ正しい方向を教えてください」
神様とこんな関係をもつことが、神と人とが接近し、合一しているというひとつのいい状態となっているのである。
神様という存在を、こう祈りながら接近させておいて、至誠をもってどんどん無形の宝を積んでいくべきである。
私たちの知恵の浅いことは、神様は最初から知っておられるのだ。だから何ら恐れることはない。自分の心が誠に徹しているかどうか常に反省しながら、どんどん人に益するための努力をすべきなのである。
そうして、徳をどんどん積んでいって、その徳が極まると、やがて功候、つまり神様のほうから見た功が立って、無形の候となる。
この功候は神霊世界の帳簿にすべて記入され、私たちが死んで霊界へいくときの、いき先決定の判定資料となるわけだ。
「ああ、あなたはずいぶん徳を積んだようだけれど、この帳簿によると、悪いこともずいぶんしてきましたね」
「あなたは立派に徳を積まれました。どうぞ天国へいって、より一層精進努力して、人々のために働いて下さい」といった具合である。
つまり、徳は徳として認めるが、罪は罪としてひとつ漏らさず帳簿に記入されるわけだ。
そして、この帳簿によって、本人の行く霊界が決定されるだけでなく、子孫まで運勢的にも霊的にも影響を受けることになるのである。
たとえば、学問の分野では思う存分才能を伸ばしているのに、どういうわけか異性関係には恵まれないとか、あるいは、家庭運はすばらしくいいのにお金で苦しんでいる、などという人がいるが、これは先祖の積んだ徳と犯した罪に影響されてのことなのだ。
また、家代々の因縁因果を見ても、色情因縁で出てくる家、家族そろって才能はあるもののお金がない家、というように、徳を積んだところは積んだところ、悪かったところは悪かったところと、非常に厳密に出てくるのだ。
まさしく「天網恢々疎にして漏らさ「ず」といったところだが、よくよく考えれば、それだけ神様は平等なのだ。だから、人は自分の前世に合った家に生まれてくる。
このような話をすると、誰もが恐怖感を抱くようである。中には、厳密な因縁因果の法則を目の当たりにして畏縮してしまう人さえいる。
だが、何ら恐れることはないのである。悪を恐れてはいけないのだ。悪を積む以上に善を積めばいいのである。
企業の決算でも、赤字を出す以上に売り上げをあげ、利益率を上げれば黒字になるが、神霊世界の法則もこれと同じなのだ。
だから、善だと思ったことは、躊躇することなくドンドン行ったらいいのだ。そうすれば、
「ああ、あなたはたしかに悪も積んだようですね。けれど、あなたが積まれた徳の大きさに比べれば、それはものの数にも入らない。
どうぞ天国へ行ってください」ということになり、天から無形の功績をたたえられ、霊界での幸せが約束されるのである。むろん、無形とは、私たちから見てのことであり、霊界では生き生きとした、有形のものとなるのである。
この場合、神様から功候を授かったというのである。
では、功候とは何か。ひと言でいえば、要するにそれは天界における爵位であり、神様から見たご褒美や、手柄を立てた功績の度数のことなのである。
普通、神霊世界では誰でも平等に扱われるかのように考えられがちだが、実は、神霊世界にも階位、階層があるのだ。
地位、名誉、位といったものが厳然としてあり、その立て分けの厳しさは現実界のそれの比ではない。だから、決して誰でもイコールに扱われるというわけではないのだ。
つまり、絶対的尺度のまやかしのない基準に基づき、功績によって平等に神様から評価していただくので、一〇〇パーセント確実に報われる。その結果、外見上の不平等状態となるのである。
たとえば、ヨーロッパ神界のエンゼルにしても、みな同じ姿をしているように思えるものの、その実、上へいけばいくほど高貴なガウンやイヤリング、冠などを付けており、地位、名誉が峻別されているのである。
このように、死んで肉体を脱いだあとも名誉や地位があるのだが、これはどれだけ叡智と義に生きたか、愛を実践したかなどによって、天から授けられるものである。
つまり、神様の目から見て、よくよく神の御心に合っていた、天地自然の法則と大いなる道から見て、神の御心に服していたということが認められて、初めて授かるわけである。
現実界の会社でも、一生懸命に頑張って業績に貢献した人は、社長功労賞をもらったり、ボーナスの査定がよかったり、課長、部長、取締役へと出世していくが、これとまったく同じである。
御魂を磨き大善に至る
ところで、この功績は徳を積んだ本人にだけ授けられるように考えられているが、実はそうではない。私たちを守護している守護霊にも功候が授けられるのである。
「強運」にも書いたとおり、私たちには誰にも守護霊がついている。そして守護霊は、一日二四時間、一年三六五日、一日の休みもなく、社会保険も年金もなく、さらには給料やボーナスもなく、私たちを守護し続けている。
ではなぜ、守護霊は私たちを守護し続けているのか。それは愛と誠なのであるが、徳を積んで神様から功候をいただくためでもある。
つまり、守護霊として活躍することで、徳を積む修業をしているわけだ。そして、その修業に合わせた形で功候が授かり、神霊世界のランクも上がっていくのである。
だから、私たちが徳を積み功候を授かることは、同時に守護霊もまた功候を授かることになるのである。
さて、徳を積み、功候を積んでいってあるレベルに達すると、ひとつの悟りの境地に至れるようになる。
つまり、小善を積んでいたころに比べて、より大きな善からものごとを見ることができるように御魂が進歩、発展するのである。これを、御魂に智恵と証覚が備わってきたというのだ。
そして、ここからさらに大善を積んでいくと、より一層大きな徳と、功候を積むことができるようになるわけである。
このレベルに至って初めて、世に大いなる貢献ができるのである。大神人、大聖人とは、ここから上の人のことをいうのである。神人合一の境も、だいぶ深まってきているといえよう。
第二章 輪廻転生と才能開花の秘伝
学問、芸術、信仰は永遠の宝もの
前章では、無形の宝こそ幸福の源泉であり、それを積み重ねていけば、「化する働き」によって、いつか必ず有形の宝となって、現世の幸福として現れる、ということを中心に述べてみた。が、ひとつだけいい忘れたことがある。
それは、無形の宝は有形の宝に変化するばかりでなく、死んだあと霊界にいっても、自分の幸福を生み出す宝として残るし、さらには子々孫々にまでも伝えられる、ということである。
これをひと言で表現すれば「善因善果」ということになろう。あるいはまた、「易経」にいう、「積善の家には必ず余慶有り、積不善の家には必ず余映有り」ということにもなろう。
いずれにしても、善の種をまけば必ず善の実をみのらせ、その実は霊界へももっていけるし、子々孫々にまで残すことができるのである。
私たち人間は必ず死ぬ。寿命の長短はあっても、誰一人として死からのがれることはできず、誰もが霊界へと旅立っていく。
そのとき、この世で蓄えた財産や地位、名誉、家庭、あるいは肉体といった形あるものはすべて、置いていかねばならない。
たとえどんなに莫大な資産を成し、地位、名誉を得たとしても、霊界へまではもっていけないのである。
では、何ももっていけないのかというとそうではない。前述したように、この世で積んだ無形の宝はもっていくことができるのである。それゆえ、目に見えぬ無形の宝は永遠の宝でもあるのだ。
その無形の宝とは何か。前章では、徳と功候こそが無形の宝であると述べたが、別の角度から見れば、学問と芸術と信仰の三つが無形の宝ともいえる。つまり、学問、芸術、信仰の三要素は、御魂に焼きつけた善なる色であり、記録であり、力徳なのである。
財産や地位などの有形の宝は、いつかは必ずその形を失う。だが、学問、芸術、信仰の三つは自分の中に永遠に残る。
そして、恩頼として御魂の奥深く記録され、再び生まれ変わってこの世に出てくるとき、才能となって現れるのである。
たとえば、生まれながらにして非常に頭のいい子がいる。いわゆる天才児というわけだが、こういう子は、前世において、真理を探求する努力をかなり積んでいるのである。
あるいは、生まれながらにして音感のすぐれた子がいる。モーツアルトなどがこれに相当するが、やはりこういう子も前世において芸術の才を磨いているのである。
また、生まれながらにして、神様が好きだという子もいる。私なども、小さいころか神様に手を合わせるのが好きだったが、これもやはり、前世で信仰の道に生きていたからこそなのである。
このように、学問、芸術、信仰の要素はそれぞれ、人間の御魂の奥深くに記憶され、生まれ変わるたびに、才能という有形の宝となって顕現するのである。
だが、その才能はわけもなく誰にでも与えられるものではない。前世で努力し、無形の宝を養い肥やした分だけ、学問の素養、芸術の素養、信仰の素養という形となって、身に備わるのである。
「天才」と呼ばれる所以である。ちなみにいえば、「天才」とは、天から与えられた才というより、「先天の内に蔵している才」と解すべきであろう。
この才能をもっている限り、学問の道、芸術の道、信仰の道のいずれに進もうと、また、どのような道に進もうと、能力の優秀さはこの三要素にかかわっているので、大きく花開き、有形の宝、現世的な富と成功を生むことができるのである。これが幸せの元となるわけだ。
これら学問、芸術、信仰の才能は誰にも盗まれない。落とすことがない。
財産や地位などの有形の宝は他人に盗まれたり、失ったりするが、無形の才能は絶対になくならない。逆に、有形の富と幸せを生み出すのである。
しかし、もっと厳密にいえば、才能があっても徳分のない人はダメである。社会的に成り名を遂げて、富を築くという福徳がないのだ。
つまり、成功成就という結果につながらないわけだ。だから徳分のない人は、「才能はあるのだけれど、うだつが上がらなくてねぇ……」ということになりかねないのである。
才能は外からの刺激で開花する
では、そのように貴重な才能は、どのようにして現れるのだろうか。生まれながらにして、自然に開花するのであろうか。
いや、そうではない。一部の大天才は別として、自然に開花することはほとんどないのだ。
日本の言霊学では、宝は「他から」やってくる、と解釈する。つまり、有形無形は問わず、宝は自分で生み出すものではない、他からもたらされるのだ、というわけである。
たとえば商売にしても、自分でいくらもがいても、うまい話はなかなかやってこない。神様や産土様、あるいは守護神、守護霊様が他人の口を通じて、ポンともうけ話を運んできてくれるのである。だから、宝が他からやってくるような自分を創ることが、極めて重要な努力のポイントなのである。
才能も同じである。どれほど前世で学問、芸術、信仰を積んだからといって、それが開花するまでは、あくまでも可能性や素養として潜在的に眠っているのにすぎない。
他からの刺激を受けて初めて、花開くのである。
では、他からの刺激とは何か。それは、出会いである。すばらしい人、すばらしい書物、すばらしい環境との出会いである。すばらしい人と出会って初めて、人生の本義に目覚めたり、すばらしい書物や音楽などに出会って初めて、眠っている前世の才能が芽吹くのである。
それゆえ、すばらしい人との出会い、ふれ合いを大切にしなくてはならないのだ。そうしなければ、せっかく自分の中に宝があっても、眠らせたままになってしまうのである。
いわゆる“宝のもち腐れ”になってしまうわけだ。
本書の読者の中にも、眠れる才能をいまだに開花させていない人も多いのではないかと思う。そこで、そういう人のために、一つ昔のエピソードを話してみたい。そのエピソードとは、
「世に伯楽あり、然る後、千里の馬あり」という言葉で有名な、馬のききの名人、伯楽にまつわる話である。
人との出会いに人生の秘密がある
さて、中国の春秋戦国時代から秦の時代にかけてのことである。当時の中国のことと戦車も飛行機もなく、いざ戦争となれば、馬の善し悪しが勝敗を決するといわれていた。
それだけに名馬は大切にされ、その名馬を見分ける名人はそれ以上に貴重がられていた。
その馬の目ききのひとりに伯楽がいた。伯楽がちょっとふり返って馬を見れば、たちまちにしてその馬の値段が一〇倍にハネ上がるというほどの大名人である。
あるとき、伯楽は帝に呼び出された。何をいわれるのかと思っていると、帝はおもむろにこう語り始めた。
「伯楽よ、お前も年をとった。今までずいぶん世話になった。だがのう、国の安泰を考えると、いかによき馬を抱えておくかということが、やはり最も重要なことだといえる。
お前が死んだあとのわが国の将来を考えると、非常に不安になる。そこで、お前の後継者がいたら是非、推薦してほしいのだが、どうかね」
これを聞いた伯楽、しばらく思案にくれたのち、
「ふむ……。後継者ですか……。そう。もし… 私の後継者として帝に推薦できるとしたら、あの男しかいません。
私がちょうど、師匠のところで馬の目きき学をまなんでいたころ、九方皐というズバ抜けた才能のある男がおりました。もし、彼が生きているとするならば、今ごろは相当なものになっているでしょう。後継者を、といわれるのでしたら、彼をおいてほかにはおりますまい」
「そうか。お前がそれほどいうのなら間違いあるまい。早速、その九方皐とやらを呼び出そうではないか」
だが、九方皐はいつも諸国を流浪していて、そのときも城下にはいなかった。そこで人相書きを全国に手配して、九方皐を探し出すことになった。
しばらくすると、従者がやってきた。
「おりました。やっと見つかりました。九方皐が見つかりました」
こうして、九方皐は帝の前に呼び出された。
「お前が九方皐か。話は伯楽から聞いておる。早速じゃが、名馬を探してくれんか。金はいくらでも出す。国々のすみずみまでめぐってくれ」
「わかりました。仰せのとおり探しましょう」
帝から大金を受けとると、九方皐は早速、名馬探しに出かけていった。
それから一年ほどして、九方皐から手紙が届いた。それにはこう書かれてあった。「見つかりました。古今未曾有のすばらしい名馬が見つかりました。これこそ最高の名馬、一日に千里も走る名馬中の名馬でございます。栗毛の牝馬で、まことにすばらしい名馬でございます」
手紙を読み終えた帝、喜びに胸躍らせて、すぐさま従者を九方皐のもとへつかわせた。
それからしばらくして、従者は戻ってきた。そして、帝に報告した。
「帝様、九方皐というのは、とんだ食わせ者でっせ。伯楽のやつは、なんという人間を紹介したんだ」
「一体、どうしたのだ。何があったのじゃ」
「九方皐のいう名馬というのは、黒毛の牡馬なんです。色の区別、オスメスの区別もつかないんですよ、九方皐は」
従者の話を聞いた帝は、怒りを通り越して、大きく嘆息した。
「ああ、伯楽には馬を見分ける眼はあっても、人を見分ける眼はないのかあ・・・・・・」
そして、伯楽を呼び出して、こういった。
「伯楽よ、お前が推薦した九方皐というのは、色の区別、オスメスの区別もつかないというではないか。お前もモウロクしたんだなあ」
「む、む……。そうでござるか……。それはすばらしいのひと言に尽きる。ついに、九方もそれだけの人物になったのか。本当にすばらしい。もはや、私の及ぶ域ではありません。偉大なるかな、九方皐」と、しきりに感心している。だが、帝にはわけがわからない。
「一体お前は、何をいっているのだ。わけをいってみろ」
伯楽は語り始めた。
「いやあ、帝様。今、お話を伺っておりまして、改めて九方皐のすばらしさを知らされました。彼は偉大な人物になっております。私も、この年まで馬の甘ききをやってきましたが、いまだに馬を見るときには、どうしても形に目がいってしまいます。
体形とか脚の長さとか、あるいは腰の肉の付き具合、そして目つき、オスメスの別にとらわれてしまうのです。それでも、ちょっとした名馬なら、だいたい形を見ればわかります。「ああ、これは名馬でこれは駄馬だ」とわかります。しかし、本当に名馬中の名馬、いわゆる一日に千里も走るような馬というのは、見たところでは全然わからないのです。
平々凡々としていて、他の馬と異なるところがありません。それが、一日千里を走る名馬中の名馬なんです。それを発見できれば、馬の目ききの最高の域に達したといえるのです。私自身、そのような名馬を何頭発見できたかというと、まったく自信がありません。この年になってもまだ、馬の形にどうしてもとらわれてしまうのです。
ところが九方は違います。もはやオスメスなんて関係ない。栗毛か黒毛かなんて関係ない。そういうものは眼中にない。馬の生命力、本質を見ているんです。だから、実際とは違う報告をしてきたのに違いありません。おそらく、九方皐が探した馬は名馬中の名馬に相違ないでしょう」
帝は感心した。
「そうか。お前がそういうなら、間違いあるまい」といって、九方皐とその馬を呼び寄せた。
帝の前に引き出された馬は、見たところ、従者のいうとおりであった。手紙に書かれてあった馬とはまったく異なっていた。
「なんだ、この馬のどこがすぐれているのか」と、思わず帝がつぶやいたほど、平々凡々な馬でしかなかった。
ところがである。ひとたび調教すると、まさしく伯楽が予言したように、一日に千里も万里も走る名馬中の名馬に変身したのであった。
最高の人材は平凡の中にいる
私はこの話が大好きである。だから、講演会で何度話しても、そのたびに新たなる感動がわき起こってくる。
自分も、師、植松愛子先生と出会わなかったら、平凡なサラリーマンで終わっていただろうに……。また、何気なく見過ごした青年の中に、聖人の生まれ変わりがいたかもしれない……。
この話を絶えず思いだしては反省し、出会いに感謝をしている次第である。
ところで、このエピソードは、私たちに二つのことを教えている。一つは、人間の本当の才能とは、それを見いだしてくれる人物と出会って初めて、開花するものであるということ。
つまり、「千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」というわけであり、先に述べた他からの刺激によって自分でも気づかないような才能が開花するということである。これについては、のちほど詳しく述べたいと思う。
もう一つは、本当の名馬、すなわち最高の人材とは平凡な中にこそある、ということである。
どうしようもない人間とすぐれた人間は、ちょっと見ればすぐに見分けがつく。だが、一日に千里も万里も走る名馬にたとえられる最高の人材、最高の御魂をもっている人間は、見た目ではまったくわからないのである。
平々凡々で、どこといって特徴もない人間。
こいつはちょっと馬鹿なんじゃないか、どこか栓が抜けているんじゃないかと思えるような人間。こういう人間こそ、千人、万人、億人に一人の最高に傑出した人物であることが多いのである。
もちろん、数は少ない。だが、いるにはいる。いるにはいるのだが、それを発掘する伯楽や九方皐のような人物がいないために、みすみすその才能と天性とを眠らせ、開花させないまま終わってしまうことが多いのである。
そういう最高の人材は、再生転生をくり返す中で、あらゆる宗教、あらゆる学問をすべて探求し尽くし、体得してしまっている。いってみれば、生まれながらにして、すでに悟りの境地に至っているのである。
だから、どんな宗教教理を聞いても、あまり興味を示さない。
「ああ、大体そんなものだろう」と、軽く受け流す。
また、学問にしても、「まあ、そんなものか」
あまり熱心でなく、学歴にこだわったりしない。
要するに、平々凡々なのである。神様など未知なるものに対する崇敬はあっても、特に信仰をもったわけでも、宗教巡りをしたわけでもないという御魂。
こういう人物こそ、最高の御魂、最高の風根であることが多いのだ。
もちろん、真理を求め求めて、ありとあらゆる宗教団体を巡ってきたという人も、すばらしい御魂の持ち主であるといえよう。しかし、名馬中の名馬にたとえられる最高の御魂の持ち主は、全く普通の人間なのである。
だから、見た目ではわからない。本人でさえわからない。だが、神様によって九方皐のような人物と巡り会って初めて、その天賦の才を発揮し始めるのである。そうして、ものすごい神通力や才覚を駆使して、大いなる功を世に残すのである。
いわば「神霊界」で述べた天理教の中山みき、大本教の出口なお、あるいはフランスの救国の少女、ジャンヌ・ダルクなどが、こうした人物といえよう。
とにかく、最高の人物というのは平々凡々の中に生まれるのである。いかにも宗教的、いかにも秀才、いかにも世に役立つといった風貌ではなく、まったく目立たないのだ。
なぜか。それは、神様が守っていらっしゃるからである。いろいろと宗教巡りをしたりすると、御魂が傷つくので、凡庸を装わせているのである。
何度もいうように、こういう最高の御魂の持ち主が神人合一の道をまっとうして、人類の救世主、メシヤとなって、弥勒の世をつくっていく人材なのである。
ついでながらいうと、メシヤはひとりではない。キリスト教などでは、ひとりのメシヤが再臨して世を救うと説いているが、決してメシヤはひとりではないのだ。
それぞれの役割と働きとを担って、世を建て替え立て直していく人材がメシヤなのである。
勝海舟との出会いで目覚めた坂本龍馬
ここで、平凡な中に生まれながら、ひとりの人物と出会ったことで大いなる功を世に残した人物をご紹介しよう。
その人物とはほかでもない、あの維新の英傑、坂本龍馬である。周知のとおり、龍馬はたいした家柄の出ではなかった。
土佐の一郷士の倅として生まれ、平々凡々に育ったのである。そして、脱藩して江戸に上ってきてからも、女道楽はする、極道はする、大酒は食らうといった、でたらめな生活を送っていた。人間的にもチャランポランで、何をやってもダメな人間であった。
ところがである。ひとりの人物との出会いによって、彼は大きく変身したのだ。その人物とは勝海舟。たしか龍馬二七歳ごろのことである。そのとき海舟は、こう語って龍馬を諭した。
「今の日本は非常な危機を迎えている。まごまごしていれば隣国、清のように欧米列強に国土を侵されることになる。
だから、今こそ国を背負って立つ、本当の国士が必要なのだ」
このひと言で、龍馬はガラリと人生観を変え、己の命を投げ出して日本を国難から救う、大役のひとつを果たしたのである。
いわば、勝海舟という名伯楽との出会いによって、眠っていた彼の御魂が目覚めたわけである。もし、勝海舟との出会いがなければ、龍馬も普通の人間で終わっていたはず。歴史に名を残すような人物にはならなかったはずである。
メディテーションは本物ではない
今、坂本龍馬の話をしたが、私たちの才能の開花もこれと同じなのである。御魂の奥に眠っている前世の記憶は、ある人物との出会い、伯楽や九方皐、勝海舟といったような人物との出会いによって、ドーンと飛び出してくることが多いのだ。
ところで現在、自己の潜在意識を引き出すための瞑想術とかメディテーション、あるいは阿頼耶識、珈論といったものが、一部で盛んに行われているようだが、これは感心しない。
なぜなら、これらは自分で自分の意識を呼び起こそうというものだからである。
何度もいうように、前世の記憶は意識の奥に眠っているのである。深層意識の中にしまい込まれているのである。
だから、いくらメディテーションしても何もわからないのである。感覚が少し敏感になる程度だ。それが、社会に発揮できる本当の才能開花のための有効手段であるとは思えない。
前世の記憶や才能とかいっても、現実にあることがらに対応する自分の感覚のことを指すからである。
とにかく、深層意識ばかりを見つめても、自分ではわからないものなのだ。よく、「最近、自分がわからなくなりました」
という人がいるが、それは、自分ばかりを見つめているからである。自己の内面を見て、自分がわかるという人は、まずいないはずである。
自分を知りたければ、自分を見つめる周囲の人の眼を見ることである。そのほうが、はるかに簡単だし、正確である。
とにかく、前世の記憶は外からの刺激によって出てくるのである。その刺激は、人との出会いでもいい。あるいは音楽でもいい。書物や土地でもいい。何でもいいから、すばらしい刺激を受けることである。
私の知人に音楽家がいるが、彼もそうだった。中学生ごろまでは、あまり音楽に興味をもっていなかったそうなのだが、あるときビートルズの曲を聴いていたという。
「そうだ、ボクは音楽の道に生きるんだ!」
そうして、本格的に勉強し始めたのだが、やはり前世で芸術のセンスを磨いていたのであろう、それこそアッというまにプロの仲間入りを果たしたのである。
顕在意識の醸成度に比例して潜在意識が顕れる
このように、前世の記憶、前世で積んだ学問、芸術、信仰の要素というものは、外からの刺激がきっかけとなって、ドーンと飛び出してくるのである。
が、それにはひとつの条件がある。その条件とは顕在意識の醸成である。
というのも、潜在意識というものは、どんなに外からの刺激を受けても、ただそれだけでは外に出ないからである。
あくまでも顕在意識があって初めて、飛び出してくるのである。いわば、顕在意識が触媒となって潜在意識が働くということがいえよう。
たとえば、四、五歳の幼児に神霊世界の話を聞かせたらどうであろう。もちろん、深い話ではなく、ごくごく簡単な話だが、それを聞かせたらどんな反応を示すだろう。
「そうか、わかった。ようし、これからは無形の宝を天に積むよう、体施、物施、法施に励むぞっ!」などとはいわないはずである。
何をいわれたのか理解できず、ポカーンと口を開けているはずである。
それで当たり前なのだ。顕在意識、つまり、この世の学問や常識、経験などが醸成されていないのだから。
御魂の奥に眠っている前世の記憶、いわゆる潜在意識と呼ばれるものは、あくまでも顕在意識の醸成度合に応じて、飛び出てくるもの。それゆえ、どうしてもある程度の知識や経験が必要なのである。
だが、反対に顕在意識が強すぎても、これまた問題である。というのは、この世の知識をたくさん蓄え、豊富な経験をもってしまうと、今度は逆に顕在意識が殻となって、潜在意識を押さえ込んでしまうからである。
たとえば、一つの宗教教理を固く信じ込んでいる人。こういう人は、もはや多種多様な前世の記憶を引き出すのは難しいといえる。
前世で立派な徳を積んでいても、引き出せずに終わってしまうことが多いのである。
なぜなら、何を見ても、何を聞いても、自分の信じる教理教論で料理してしまい、その背後にある前世の才能の記憶を自らふさぎ、神様の声、守護神、守護霊の声を聞こうとしないからである。
こうなってしまっては難しい。せっかく、前世のすばらしい記憶を引き出すチャンスに恵まれながら、自ら放棄してしまっているといえる。
著書や講演などで私が、ことあるごとに「神様に対して素朴で素直でありましょう。
素朴で素直が神人合一の一厘なのですよ。
これを失ったら、自ら天来の道を閉ざしてしまいますよ。観念を捨てて素直な目をもとう!」と訴えていることの意味がおわかりいただけるであろう。
このように考えると、最も前世の記憶を引き出しやすいのは、だいたい二〇歳から二五歳、大学生か大学院生、あるいは社会に出てから一、二年の人であるといえよう。
この年代なら、顕在意識もそれほど固まっていないので、ちょっとしたきっかけさえあれば、すぐに前世の記憶が出てくる。そして、それを社会的実力の基礎として運用できるのだ。
実際、社会で成功している人、学問、芸術、信仰の分野で名を成している人を見ると、この年代にあるきっかけを得て、「俺は、この道をいくんだ」と決意した人が多い。
反対に、晩年に至って前世の記憶に目覚め、道を決意して大成したという人はあまり知らない。伊能忠敬くらいのものであろうか。
とまれ、できるものなら、なるべく若いときに神霊世界の真実を知り、前世の記憶を引き出したいものである。聖書にも、「汝の若い日に、汝の造り主を知れ」とあるように。
よきものに触れるのが成功の秘訣
さて、私たちの前世の記憶、前世で積んだ無形の宝は、他からの刺激によって飛び出してくるということがわかった。
イリュージョンを見ることはあっても、決して瞑想したり修業をしたりすることで、前世の記憶を出し、体現させることはできるものではない。あくまでも、何かと出会うことによって出てくるのである。
これがわかれば、人生を豊かにし、天運を招来せしめる秘法は、容易に解明できる。
要するに、すばらしい人、すばらしい書物との出会いを大切にし、俗悪なもの、醜悪なものを避けるようにすればいいのである。
よきものにふれれば、よき前世の記憶が出てきて、ますます人生が実りあるものとなっていく。
悪しきものにふれれば、悪しき前世の記憶が出てきて、ますます人生が暗く不幸になっていく。こう考えると、私たちの人生は、いかによき前世の記憶を引き出し、才能を開花させ、その才能で現世を実らせていくかという、ひとつの宝探しのようなものといえる。
これまで私は、前世のよい面だけを述べてきた。だが実際には、悪い面もあるのだ。
決してよい面ばかりではないのである。人を苦しめたり、あるいは殺したりしているかもしれないのだ。
そうした悪事も、私たちの御魂の奥にしっかりとインプットされているのである。
それゆえ、条件さえ合えば、至極簡単に前世の悪しき記憶が出てくるのだ。これは恐ろしい。
ひとたび、悪しき記憶が出てくると、よいものまですべて食い散らかされてしまうからである。
「悪貨は良貨を駆逐する」という、経済学者グレシャムの法則どおりの世界になってしまうわけだ。
だからこそ私たちは、ある意味では命をかけるくらいの気持ちで、よき人、よきものとの出会いを大切にし、俗悪なもの、醜悪なものを避けなければならないのである。
