大天運(Vol.5)

第四章 自分の前世を知る意義と目的

前世鑑定を受ける心構えについて

「先生、私の前世は誰だったんでしょうか。ひとつ教えていただけませんか」

こういう相談をもちかけてくる人は結構多い。そこで私は、定期的に「前世・守護霊鑑定の会」を開いて、希望者の前世と守護霊を鑑定してさしあげることにしている。

まあ、前世と守護霊を鑑定するのは、さほど難しいことではない。生霊の除霊や生前、霊能者であった憑依霊などを除霊するのと比べれば、はるかに簡単である。

だが、見逃せない問題がある。それは、鑑定を受ける人の心構えである。私は鑑定する前に、心構えをご説明しているが、それでも中には単なる興味本位だけで鑑定を受けようとする人もいる。

そこで、鑑定を受けるときの心構えについて少し述べさせていただきたい。

まず第一に、興味があるから申し込まれるのであろうが、単にそれだけの理由で受けていただきたくない。

それではまったく意味がないからである。世の霊能者の方々の中にも前世を鑑定する人が多い。だが、私の見たところ、そのほとんどが、

「あなたの前世は○○です」

「あなたの前世は××時代の△△です」で終わってしまっている。

しかも、それは単なる霊視だけによるものなので、あまりアテにはならない。前世を正しく鑑定するには、もっと複雑な審神のプロセスが必要であるからだ。

それは別としても、それでは、何のために鑑定しているのかさっぱりわからない。前世を知ったからどうなんだ。前世を知ったらどう生き方を変えればいいのだ。これが欠けているのである。

その本質的な部分を見忘れて、ただ前世を鑑定するだけでは空しいばかりである。

では、前世を知る意義と目的は一体何なのであろうか。結論をいおう。

一つは、悪い前世だったら、同じ轍を踏まないように反省し、努力すること。前述したように、自分の人生に出てくる悪い傾向を察知して、それらを改善の糧とすべきである。

もう一つは、よい前世だったら、自分自身にもっと自信をもつこと。自分はまだやれるんだ、前世であれだけやったんだから、努力をすれば最低でもあれくらいはやれるんだ、と自信をもって、今の努力の数倍の努力をし、目標を高い目に変えることである。この二つが、前世を知る意義と目的である。

悪い前世、よい前世のいずれであるかは、その人その人で異なるが、どちらに転んでも今の生活のプラスになるように考えなければ意味がない。

只今を前向きにするという一点で帰結しなければ、前世を知ったからといって、何の意味もないのである。

特に、不心得な霊能者に悪い前世を指摘されて、自分自身に自信をなくすことがないようにしたい。

具体的な改善策を示せない霊能者には、愛も知恵もないのであるから、信じないことだ。すべてを無視して、自分のやる気を大切に保つべきなのである。

自分の前世を自分で知る法

では、どうすれば自分の前世を知ることができるのであろうか。最も手っ取り早い方法は、私のような神霊能力者に鑑定してもらうことだが、自分自身で知る方法もある。とはいえ、一般の人ではあまりはっきりわからないのも事実だが、参考までにご紹介しておこう。

まず、守護神、守護霊に対して、こう発願するのだ。

「守護神様、守護霊様、私はいつの時代にどのような活躍をしていたのですか。どうぞ、私の前世をお教え下さい」

その後一週間ないし一〇日間、毎朝毎晩、お願いし続ける。と同時に、歴史を勉強する。日本史、世界史を必死に学ぶのだ。

すると、なぜか気になる時代、好きな時代が浮かび上がってくる。そして、霊感の鋭い人なら、その時代のページをめくると、背中や胸がジーンと熱くなったりする。

これは守護神、守護霊が教えているのである。

まあ、自分でわかるといってもこの程度なのだが、中には、ちょっと意識すればかなり明確に教えてもらえるケースもある。その一例をご紹介しよう。

かつて私のところに、ひとりの婦人が前世鑑定を受けにきたことがある。

鑑ると、その婦人は豊臣秀吉の正室、ねねの生まれ変わりであったのだが、国際舞台で地道に活躍するその婦人、聞けば小さいころから淀君のことが気になって仕方なく、淀君に関する史料をずいぶん集めていたのだとか。

これを聞いて思わず私はうなってしまった。そうか、それほどまでに前世の記憶は残っているのか、と。

淀君といえば秀吉の側室である。いわば、ねねにしてみれば夫、秀吉の愛を奪った敵である。それだけではない。

側室でありながら、秀頼という世継ぎまでもうけているのである。子を生めなかったねねは、さぞやくやしい思いをしたことであろう。前世の記憶は、このような形で現れる場合もあるのだ。

だから、心を研ぎ澄まし、常に守護神、守護霊の声を謙虚に聞くようにしていれば、おのずから前世がわかるケースもあるわけである。

いずれにしろ、前世を知ったなら今の生活にプラスになるよう、心がけなければならないのである。

さらにいうならば、前世を知らなくても何ら問題はない。

要するに、前世を知っていようがいまいが、只今只今を一生懸命に生きればそれでいいのだ。そうすれば悪いものは消え、よいものはより生かされるからである。

これまで、前世についてかなり突っ込んだ話を展開してきた。だが、まだピンとこない人もいるだろう。

そこで、各界で活躍されている著名人に登場していただき、その人たちの前世と守護霊を見ることによって、前世と今世の結びつきを追ってみることにしよう。

ここに示す具体例を通じて、人生いかに生きるべきかの参考にしていただきたい。

守護霊は天皇だった・松本零士(漫画家)

「男おいどん」「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」など、一人暮らしの男のペーソスから無限宇宙にくり広げられるスペクタクルまで、人生における愛とロマンをさまざまな角度からとらえ表現した漫画家・松本零士氏。

松本先生には昭和六〇年の暮、私どもの事務所にきていただき、守護霊と前世を鑑定させてもらった。

その日、松本先生のほかに出版社の人が数人同席され、松本先生の守護霊と前世がいかなる形で出てくるのか、興味深げに見守っていた。

さて、松本先生の前に座り、念を集中して自然トランス(入神)状態に入る……。「見えてきましたよ。すごいですねー。ウーン、松本先生には六九人の大守護霊団がいらっしゃいますね」

私はこう説明しながら、目の前に置かれたスケッチブックに、守護霊の顔を描き出す。

絵が完成に近づくにつれ、心が安まり幸せな気分になってきた。ときどきエンピツが走りすぎて髪が長くなったりすると、「もうちょっと、短いよ」と守護霊のアドバイスがある。霊的波動から察すると、非常に高貴なお方のようだ。

描き始めて五分ほどたつと、ひとりの人物が浮かび上がってきた。絵の仕上げは、目描き入れと、自画像本人の名前だ。松本先生の守護霊のお名前は……。

「第十二代天皇景行天皇」

なんと天皇様の霊が、松本先生を守護していたのだ。

高級神霊は微かで繊細な波動とオーラをもっておられるので、魔が入りやすい。特に、名前を正確に出すこの瞬間に、邪気邪霊が邪魔をすることが多い。それだけに、最も精神を集中しなければならない一瞬である。

ところで、景行天皇とはどのような方なのか。その場に居合わせた人は誰も知らない。そこで、人名事典をひもといて調べてみた。

景行天皇は、その文献によれば日本武尊の父親で、自らも熊會征伐に出かけて九州を一巡したと伝えられる人物である。

なるほど、それで使命をおびて艱難辛苦を越えて戦う「宇宙戦艦ヤマト」を、松本先生に描かせたのか。ヤマトタケルの一生が象徴されていて、なんとなく関連性がわかるような気がする。

★ 歴史家、司馬遷が前世
次は、前世である。ところが、今度は先ほどとうって変わって、非常に重苦しい霊波が私を包む。一体この苦しさはなんだ!私の口をついて霊が語る言葉は、低くしわがれていて、「皇帝め、皇帝め」と繰り返している。よほど皇帝に対して怨みを抱いていたことをうかがわせるが、さてこの人間は誰なのだろうか。

全員が、かたずを飲んで見守る中、二分、三分と時間が過ぎていく。

五分ほどたった。人物像はほぼ完成に近く、最後に目を描き入れたところで、額のあたりから非常に強い念波が放出されてくる。とてつもなく強烈な念波だ。前世の顔は目がつり上がり、怒った表情が如実に表れている。瞬間、霊が私の右手を使って名前を書き込んだ。

「司馬遷」

この瞬間、松本先生の守護神、そして私の守護神、守護霊に伺って審神をする。やはり間違いない。何と、松本先生の前世は、「史記」を書いた中国・前漢の歴史家、司馬遷だった。彼は晩年、武帝の怒りにふれ、不遇だった。

「どうやら司馬遷は、暗くて狭いところに閉じ込められ、最後は刀で切られて死んだようですね。武帝に対して非常に強い怨みをもっていたようです」

私はみんなにこう説明するのがやっとで、思わず疲労のため「フーッ」と大きく息をついてソファーに腰を落としてしまった。

「司馬遷がほくの前世だったんですか。フーン、知らなかった。腰が抜けたなあ」

松本先生は感慨深げに目を白黒させ、半信半疑といった様子だ。司馬遷は今まで二度ほど生まれ変わり、三度目が松本先生。もちろん、司馬遷と松本先生は厳密にいえば、同一人物”ではない。ただ松本先生の潜在的記憶の中に司馬遷が住んでいて、次のテーマの生涯を送ろうとしているのである。

守護霊といい前世といい、常に時代の流れを大所高所から見つめていた人である。今世の松本先生が、太古から未来に連綿と続く大和魂と平和への夢を、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」に託してたとしても、何ら不思議はないであろう。

また、松本先生から、歴史上の人物の善し悪しを、マンガでコキおろすのがご自分の隠れた趣味であることを伺って、一同もう一度感心したのであった。

次の転機は10年後・松村友規(小説家)

「私・プロレスの味方です」「時代屋の女房」などで有名な直木賞作家、村松氏は、その知的でナイーブな風貌からは想像もできないほどのエネルギーのもち主で、その仕事ぶりも一日五〇枚、六日で三〇〇枚も一気に書きあげる凄まじさである。

このエネルギーの秘密は、日常生活の中でどこからでもテーマを引き出せる能力と、書きながらストレスを発散させる気分転換法にあるらしい。

村松氏の魅かれる文学の世界は、江戸時代の鶴屋南北、近松門左衛門、黙阿弥などの世界で、特に黙阿弥の、障子を人差指で閉めるか中指で閉めるか、そういう微妙なところにかかわる美学やセンスがたまらなく好きだといわれる。

ところが、何という巡り合わせ、鑑定した前世は、他でもない河竹黙阿弥(一八一六九三。江戸演劇を集大成した脚本作家)だったのだ。さすがの村松氏も、
「そういわれると、ドキッとするなあ」とビックリされておられた。

鑑定によると、村松氏の物の見方や姿勢を決定したのは、一八歳のときである。聞けば、亡くなったとされていた母親が生きているという事実を周りの人から知らされたときという。

また、次の転機は二九歳のときだった。「中央公論」編集部にいたころ、ひとりでベトナムにいき、戦争の中にいるバーの女の子や兵士を見た瞬間、ジャーナリスト志望を捨て、完全に人間を見る側に立ったとのこと。これも大きな転機になっている。

実はそのときから、前世の黙阿弥が村松氏の中に復活してきたのである。

私の鑑定によると、次の転機は一〇年後となっている。

★ 守護霊は戦国時代のヒーロー、信玄公
守護霊は、武田信玄公(一五二―七三。甲斐源氏武田の惣領)であった。強烈な霊気が周囲に漂った。これが村松氏のスタミナの霊的バックだったのか。

聞けば、村松家の先祖は武田信玄の配下にあった重臣とのこと。おそらく縁戚関係だったのであろう。

これぐらい大活躍してきた霊ともなると、縁のある人に対して同時に数人、守護している場合が多い。

「驚いたなあ!」と村松氏。

もう一つ面白い話がある。プロレスシリーズの本の表紙には、ブッチャーの絵が載っていて回を重ねるごとにブッチャーの顔が大きく描かれている。そのブッチャーの顔と、私の描いた武田信玄の顔が、あまりにもそっくりだったのである。

本を並べてみると、徐々に大きくなったブッチャーが、ついに武田信玄にグレードアップされたという感じだ。猪木を慕い、唐十郎を慕う村松氏の心の奥に、この戦国時代のヒーロー、武田信玄の霊的存在があったのだ。

今後とも戦乱を呈する文壇にあって、信玄公以上のヒーローの座を獲得していただきたいものである。

建築の発想はご神業と同じ・磯崎新(建築家)

世界的建築家で、あの有名な、ニューヨークのディスコ・シアター、パレディアムを設計した磯崎新氏の建築の発想は、意外なことに、ご神業とまったく同じなのである。建築をする場合、まずその土地にいって、その風土や空気、光にふれて初めて、そこに何があったらいいのかということが自然に閃いてくるという。

「もちろん、それは最初のうちは、はっきりした形ではなく、何かもやもやとしたもので、明るいとか直接的とか、いわゆる形容詞的なもので出てきますが、それを今後は技術や材料を使っていろいろと試みを繰り返しながら、形にしていく」とのこと。

われわれのご神業旅行も、その土地にいくまでは何が現れるのかわからない。そこの空気にふれ、人にふれたりしていくうちにご神示が現れるのである。

その風土を形成する霊的エネルギーこそが産土神であり、天界の神霊を受ける窓口となっているからだ。役小角の山岳信仰の起源も、ここにあるといえよう。

まさに芸術は神より来るなのである。

このように超一流の磯崎氏の御魂は、どのような御縁であろうか。名前ミソギをして前世を鑑定した。

やはり、神様は、磯崎氏の今までの苦労、努力をすべてご存じであった。

磯崎氏の前世は、本阿弥光悦という超大物の芸術家だったのだ。光悦(一五五六〜一六三七)は熱烈な法華経信仰者。和漢の教養と独自の書風で、美術工芸面において金字塔をうち立てた。俵屋宗達の下絵に揮毫した歌巻、色紙、さらに蒔絵などは、当代の日本文化の華といわれている。

「この間、フランスの雑誌から、世界中で一番自分の好きな絵を一点選んで、その理由を書いてくれという依頼がありましてね。そのとき選んだのが、俵屋宗達の絵に光悦が字を書いたものだったんです。驚いたね…。それも、ほんのひと月前ですよ」と、磯崎氏はびっくりされたのである。

★ 守護霊も美術・建築の世界的権威
次に守護霊を鑑定すると、ビザンチン帝国の美術・建築の総合プロデューサーをしていたハウゼル。そのせいか、顔を自動書記しているときも、やれヒゲがもっと濃いとか、眉はもっと上だとか細かい注文が多かった。

さすがに世界を舞台に活躍される磯崎氏、前世、守護霊ともその道の世界的権威である。

顔を描き終ると、守護霊は磯崎氏に次のような建築の奥義を伝授してきた。

中空より形は出ずる
よく忍にして明
よく清にして斬
よく転にして覚
一切建築の妙境なり

素人にとっては難解な言葉も、磯崎氏には意味深げで何かを悟ったように何度もうなずいておられたのである。

磯崎氏にとって霊的体験は初めてであったそうだが、何か聞くものをつかまれたようである。

「今までこういうものがあるのかどうか、わからなかったんですが、今日は何かすべてがピタッとわかるような気がしましたね。名前ミソギの歌の一首一首が、光悦の歴史にピッタリと合っています。私の気持ちの奥にも、共通するものを感じます」今後とも、日本の風雅を魂とする、世界的建築家として、大活躍をされることを切に祈ってやまない次第である。

世界の陶芸界をひっくり返す・池田満寿夫(版画家)

池田満寿夫さん。三一歳で渡米し、ヴェネチア・ビエンナーレにおいて版画部門の大賞を受賞。四三歳のときに発表した小説「エーゲ海に捧ぐ」は、みごと芥川賞に輝いた。その後、映画監督として手腕を発揮したり、あるいはピアノのレコードを出すなど幅広く活躍。まさに天才的人物である。

池田さんの名前ミソギをすると、前世の生活が戦いの旅に明け暮れていたことがわかる。

平安前期、当時の中央政府は国家統一のため、最後に残った東北地方の平定に本格的に乗り出した。そのころ、この土地に住んでいた蝦夷”にとって、征討軍は神聖なる民族の平和な暮らしを脅かす狂暴な侵略者に思えたに違いない。その抵抗も予想以上に激しかった。

最初に遠征した大伴益立は征圧することができず、次に坂上田村磨呂が遣わされ、難攻不落であった数々の砦を落とし、ようやく東北地方を平定したのであった。

このとき、蝦夷の族長として獅子奮迅の働きをみせ、征討軍を悩ませたのが、ほかならぬ池田さんの前世、「アテルイ」である。

アテルイは知、仁、勇を兼ね備え、田村磨呂も助命を嘆願したほどの人物であった。

坂本龍馬、上杉謙信と同じく摩利支天を崇敬していたらしい。

★ パワーに満ち溢れた守護霊
守護霊は何と、和歌の神様と崇められた柿本人麻呂である。

私が守護霊を呼び出したときは、ものすごいパワーが周囲に満ち、その顔も紙からはみ出してしまうほどの大きさであった。ちなみに身長は五メートルであった。霊界は意志と想念の世界なので、そのパワーと意志力、霊力に応えて姿も大きくなるのである。目は独特の鋭い光を放ち、まぎれもなく霊眼であることを示している。

人麻呂の和歌の才能は尋常ではなく、数歩歩くうちに一首詠んだといわれるほどである。また菅原道真の天神様と同じく、神として人麻呂神社にまつられていることも有名。

池田さんが画家になろうと固く決意した一四歳のときから、この方が守護しておられる。

私との神霊交流により、人麻呂が蝦夷であったこと、また池田さんが前世・アテルイのときに行った善の功績によって守護霊として守っていることが判明した。神仕組みはなかなかドラマに満ちている。

≪柿本人麻呂からのメッセージの一部≫
一、新しいことをやるとき、もっと古いことを踏襲するべきである。

一人一人幸せにできずして、民を安んずることはできぬ。しかし、人一人によって、それ程悩むこともない。天地悠大なり。心を広く、ますます気宇壮大

一、大和の国より韓国に出て、

中華わたりてヨーロッパ、広がる名声地に広く、明年暮れには咲き開く梅。

普賢仏
青天樂日
方円器明
日源流名
正虚邁行

最近、今までまったく無関心だったシルクロードに魅かれ、これを縦横に走り総括したものをやりたいという池田さん。

四〇歳ですでに普賢菩薩の守りが加わり、今後、シルクロードを総括し、陶芸の世界を凌駕する日も遠くはないであろう。

焦るな結婚!才能開花はこれから・林真理子(小説家)

長い間の魂の歴史の中で、あるときは男性として生まれ、あるときは女性となって生まれ変わる。もちろん、人はその生涯その生涯にテーマをもち、学者となって智と真を極め、芸術家となって妙と美を極める、魂磨きの歴史をたどる。

これが神より見た、人生の本義なのだ。

「今度生まれ変わってきたら、男性になりたいな」

「来世も生まれてきて、夫婦一緒になろうね」などと、来世にあこがれと夢を託すのである。これが日本流の再生転生観だ。

林真理子さんも、このようにして日本に生まれ、作家など多方面に活躍している。これだけ前世に多くのものを蓄えられた方も珍しい。

一見したところ、ごく普通のお嬢さんである。ところが眼鏡をはずして見る瞳には、深い霊性と、再生転生を繰り返して今日に至っている、磨き抜かれた魂の歴史がうかがえるのである。

そこに不思議な神霊空間を感じさせる。林真理子さんの第一印象は、この目の不思議霊覚であった。

さて、前世の鑑定である。

林真理子さん。

一番近い前世は、フランスのラ・ブリュイエール。その場で人名事典を開けてみて、「なるほど、うなずけますね。共通していますね」

ラ・ブリュイエールはフランスのモラリストであり、弁護士兼貴族たちの教育者でもあった。また文筆家としても有名である。

そのラ・ブリュイエールとは、一体誰が生まれ変わったかというと、平安前期の歌人・凡河内躬恒なのであった。「古今集」の撰者の一人であり、紀貫之とならぶ延喜時代歌壇の雄であり、三十六歌仙の一人となった歌人である。

人名事典によると、その歌風は叙景の客観描写にすぐれ、「古今集」の六〇首をはじめ、勅撰集に一九〇首、「躬恒集」には四三二首を収めるとあった。

一同、ここでまた思わずうなずいてしまったのである。客観描写に優れ、勅撰集に数多く採用されている点などは、直木賞を受賞し、イメージを集約してみごとに気の利いたコピー文を作ってしまう彼女を彷彿とさせる。

なるほど、彼女のコピーライターとしての抜群の才能は、このときに磨かれていたのか。和歌はコピーライトに、長歌は切れ味のいいあざやかな小説類に。そして当時の名声も、今の名声へと受け継がれていたわけである。

★ 恋人橋を渡らせないのは守護霊の慈悲
守護霊は、一体誰なのであろう。

前世にこれだけのものを積み重ねてきた人の守護霊はえてして過酷なまでの試練を与え、小康に安んじさせないことが多い。前世の功をさらに磨き発展させるのが、今世生まれてきた目的であるからだ。

果たして守護霊は、パワフルな日蓮僧・寂一坊であった。寂一坊のメッセージは、

「まだまだじゃ。本来の才能はこれでも六割しか開花しておらぬ。四八歳で大僧正と交替するまで、わしは汝をグイグイ引っ張っていかねばならぬ。祖霊たちは皆々応援しておる。しっかりと精進して怠るな。結婚を焦るでないぞ」ということであった。

どうやら結婚がなかなか決まらないのは、この守護霊の愛のムチだったようである。

「私って、もう少しで恋人橋を渡ろうとすると、つい、その手前の友達橋を渡ってしまうの」と嘆かれるのも、才能開花を妨げる異性や、開花の時期を遅らせる早期の結婚から御魂を守る守護霊の慈悲であったのだ。

読者の中には、彼女の小説によって勇気づけられたり、同感の思いをもたれた方もいることであろう。守護霊のムチは厳しくはかないものかもしれないが、もう少し守護霊との友達橋を渡っていただいて、恋人橋を渡りきれない女性たちの心の橋渡しをしていただきたいと思うのである。

(編集部注― その後、林真理子さんは深見先生の予言どおり、予言された年に結婚されました)

前世で三〇〇人もの人を救う・早見優(タレント)

優さん:今この世にいるお友達と、来世でもきっと会いたいと思ったら、会えますか?

深見:残念ながら、それはわかりません。御魂のランクの高い人は、神様と相談して、来世何になるかを決められますが、低い人にはその選択権が与えられないので

優さん:生まれ変わったときに、前世の記憶がなくなってしまうのは、とても悲しい気がするんですが……。

深見:前世の記憶があったら昔の思い出に浸ってしまい、今世御魂に与えられた修業ができなくなってしまうのです。

早見優さん。一四歳のときにエレベーターの中でスカウトされ、その後華々しいデビューを飾り、今日に至るまでスターとしての地位を保ってこられたのは、単なる運のよさだけによるものだろうか。

彼女の前世は、イエル・ルシアーというイタリア人のシスター。一七世紀、牢獄に入れられた政治犯を強制労働から解放することに尽力し、三〇〇人もの人を救っている。人間は輪廻転生を繰り返し、善徳が花開く幸せの人生を送ったり、それぞれの生の中でさまざまな試練を受け、あがないとしてそれらを乗り越えることによって、御魂を向上させ、それと共に善根功徳を積み重ねていくのだ。

「積善の家には必ず余慶あり、積善の家には必ず余殃あり」

御魂も同じである。すなわち、積善の御魂の余慶として、今世幸運な彼女が登場したのである。

彼女の清楚なムードも、この前世の名残りであろう。前世はシスター、今世はシをとってスター。鑑定によると、二七、八歳ごろ、もう一つの分野でも大成功を収めるであろう。

★ エレベーターの中でスカウトされた
守護霊は、その数ざっと四〇人。前世のご縁のあった二三人。母方のご先祖一五人、

父方のご先祖二人である。チーフの守護霊はビザンチン・サルティバルで、一四歳の後半から守護されている。そのことをいうと、

「ちょうど、エレベーターの中でスカウトされたころだわ。やはり……」

とうなずくことしきりの優ちゃんである。

これらの守護霊の方々は、彼女がその知名度、実力、才能をフルに発揮し、世のため人のために大きく貢献する日を楽しみに導いておられる。その時期が、二七歳ごろなのである。

ビザンチンのメッセージは、次のとおり。

人救う。神は前世の功徳しり、幸の溢るる道さずけ、心楽しき道さずく

夢を忘れず、民安め、等しく人を愛すべし

ゆうろうの旅を重ねてきたけれど

人を助けてなぐさめて

いやしきれる徳ありて

三〇〇人に等しき人に愛されるかな

ちなみに、早見優さんは、この後、何度目かのトライアルである上智大学にみごと合格したのである。努力、実力、守護霊の三つがうまく合一できたようである。