中松義郎(国際創造学者)
フライング・シューズは頭によい!
深見:中松博士と初めてお会いしたのは、ディベート学会発足式のパーティーでした。
日本国内でドクター中松の名が広く知られるようになったのは、選挙に出られてピョンピョンおじさんと言われるようになってからですね。
テレビでお馴染みのフライング・シューズを履いて軽快に飛び回るお姿が印象的だったのですが、実は、それ以前から私は博士のことを知っておりました。
知人に弁理士という、特許の申請手続き代理や鑑定などを仕事にしている方がいまして、その方から「ドクター中松:さんという人がいてね、アメリカの学会で世界一の科学者に選ばれたほどの発明王なんだ。
日本が世界に誇れる天才だよ」という話を聞いていたんです。
一般の方々は発明家と聞くとつい、それまでの歴史を塗りかえてしまうよう大発明を目標にして、実験室の奥で一人黙々と研究を重ねる暗い人物を想像してしまうようです。
映画では偉大な発明が完成するのはなぜか雷鳴が轟く夜と相場が決まっていて、そうしたイメージが一般化しているという。
ところが発明家にとって真に必要なのは、明るく前向きで、発展的な性格なのだそうです。
発明の大御所ともなるとやはり普通ではない明るさがあって、跳びはねるお姿を目の当たりにしてそのことを実感しました。
中松:今日は深見:先生にも履いていただいて二人で跳びはねてみましたけれど、なかなかいい運動になったでしょう。
一見するといとも簡単にピョンピョン飛んでいるようで、その実かなりのエネルギーを必要とするんですよ。着用して十分間ジャンプすると、四〇分間走ったのと同じくらいの運動量になるんです。
深見:私も数分間やっただけで息切れしてしまいました。それにしても楽しい。スポーツ感覚と言うか、女性のダイエットには最適でしょうね。
中松:全身運動ですから、もちろんダイエットにも効果があります。特に注目郎していただきたいのは、足の運動であるということですね。
実は、足を動かす義と頭がよくなるんです。スポーツ選手は頭が悪いとよく言われますがそれは大松間違いであって、頭をよくするには手を動かすよりも足を動かした方が効果的中です。
足の運動と聞いてすぐ思い浮かぶのはジョギングですが、意外なことにフライング・シューズで入場した中松:氏に会場は大喜び。
ジョギングは頭に悪影響を与えるんです。
なぜ悪いかというと、走っている時、片足には体重の三倍の荷重がかかっていまして、そのうちの七五%が頭に衝撃を与えるんですね。
体重が七〇キロの人なら、七〇×三x 〇七五で一五七・五キロもの衝撃が頭にくる計算になります。そんな運動を毎日続けていたら一体どうなりますか?
事実、ジョギングを日課にしていて、四二歳で脳溢血により亡くなった人もいます。
脳に振動を与えるハードな運動なので当然頭によくない。それならば足を動かしても頭に振動が行かないようにすればよいということで、靴底にバネを取り付けた訳です。
このバネはジャンプするためだけのものではなく、着地の衝撃か脳を保護する機能があるんです。
開発初期の試作品では金属製のバネを使用しました。ところが履いてみるとこれが囚人の足枷のように重くて、とても使えたものではありません。
軽量化このためプラスチック製のバネを付けると、今度は体重で潰れてしまい、そこで素材そのものの開発から始めることにして、形状記憶プラスチックを発明したんです。
深見:形を記憶しているんですか?
中松:ええ。復元力が優れていて、形を覚えさせておくと荷重がかかっても元の形状に戻る性質があります。
ですから、ピョンピョン靴なんて言っているの郎は中身が全然解っていない人で、実際には非常にハイテクな発明なんですね。
義私が都知事選出馬の時にこれを履いたのは、従来の政治を飛び越えて新しい政松治を切り開こうという哲学を表現したかったからです。
なのに新聞記者の方々中はフライング・シューズに秘められたハイテクも哲学も理解できずに物珍しさだけを取り上げてピョンピョンなどと書いてしまった。困ったものです。
発明には心構えが大切
深見:フライング・シューズは一見単純な玩具のようでいて実はハイテクノロジーの結晶であるということで、思い出したことがあります。先程お話しした弁理士さんから聞いたのですが、発明家の人には、これは世界一の発明だ、
過去になかった素晴らしい発明だと自信をもって出願にくる方が多くて、しかしその人が「これは凄い」と自慢する場合にはえてして大したことのない発明であることが多いそうなんです。
別にどうということないように見えて従来とは違った新しい部分を含んでいる、本当に凄い発明とはそうしたものなのだそうで、弁理士の仕事とは思い込みを取り払った客観的な視点から、どこがどう新しいのかを指摘することなんですね。
そうは言っても、新しい何かを生み出すのは簡単なことではありません。
そこで博士が提唱する発明のヒント「ドクター中松:発明精神二十一世紀のための二十一箇条」についてお話をお伺いしたいのですが。
中松:皆さんが「何か新しいものを生み出したい。人のためになるような発明「品を創りたい」と思った時まず自覚していただきたいのは、発明の基本は精神、すなわち心構えであるということです。
私の「二十一箇条」はこの心構えについて説いたものですが、ものを逆さまにして考えろだの組み合わせて考えろだのという表面的なものではありません。
もっと奥が深く哲学的な、心の持ち方が大切なんです。では二十一箇条のうち特に重要なものを順に説明してゆきましょう。
第一条は「他人の創造を尊重すること」。よく人の発明を盗んだり、盗まないまでも、「なんだ、あんな発明は大したことないじゃないか」と見下す人がいるんです。
小さな発明を軽視することは根本的なところで間違っていて、真の発郎明家はどんな小さな発想・発見であっても必ず尊重します。
深見:なるほど。小さな発見に秘められた可能性や、物事の本質を軽んじてはいけないということですね。
中松:はい。尊重し注目することが、自らが発明する第一歩となるからです。
他人の創造を尊重できない人には発明はできません。
次に第二条「選難楽」。これはどういうことかと言いますと、「難しい道があった時、人間はどうしても易しい道を選んでしまいますね。
それでは いけないということなんです。必ず難しい道を行く。
ただし選難楽とは「難しい道か楽しい道かを選ぶ」ことではなく、「難しい道を楽しく行く」ことです。
嫌だ嫌だと思いながら歩いていると、素晴らしい景色に出会っても気がつきません。楽しんで行くからこそそこで新しい何かを発見できるんです。
深見:でも、楽しいとは言っても山あり谷ありで辛い道のりですね。
中松:その山あり谷ありというのが大切でして、これは第二十一条の「人生を三倍に生きる」ことにつながります。易しい道を選べば登り降りも迂回もなく直線的な最短距離で歩けますね。
ところが難しい道を行きますと、山や谷を越え大きく迂回して、その歩行距離は目的地までの直線距離よりも長くなります。
目的地とはつまり人生の終点ですよ。 A点とB点の間を、最短の直線ではなく、心電図のような曲線を描いて進む、その結果、歩いた距離は直線の三倍になるんです。
目的地が同じなら寄り道して歩くほうが楽しいじゃないですか。色々経験もできるし、困難を乗り越える力もつきます。
深見:第三条から第六条までの、「継続はパワーとなる。エキサイティングが創造の節。開拓また開拓。先制と集中」。この「先制と集中」というのは?
中松:何事も人の二番煎じではいけないということです。人の後を追わず、誰よりも何よりも先に率先して行わなくてはなりません。
その時に集中です。散慢になっていたら、いくら人より先にやっても駄目ですよ。自分の全ての力を集中して、しかも人より先にやる。これが「先制と集中」ですね。
深見:第七条の「努力と気力の粘り」にも通じますね。
では第8条「心から真面目に言動する」。これはどういうことなのでしょう。
中松:発明に限らず必要なことですが、不真面目であってはいけないということです。考え方というのは言葉に表れますから常に真面目な言葉を心掛け、口で言うだけでなく行いも一致させる。
自分は清く正しく生きるんだと言うのなその言葉通りに清く正しく行動しなければなりません。
次に第九条「準備を万全にする」。失敗するか成功するかのキーポイントは準備ですからね。結果とは様々な原因や過程の積み重ねから必然的に現れるものですから、準備を万全にしておけば必ず成功を掴めます。
試験や事業プロジェ郎クトでも、事前の勉強や準備が完璧ならば当日はセレモニーと同じですからね。
失敗するのは準備が完璧ではなかったからです。
そして成功しても失敗しても忘れてはならないのが第十条「フィニッシュをきれいに」。よく、自分の才能に溺れるあまり自己中心的になってしまい、後片 づけをしないなど後の人に迷惑をかけてしまうことがあります。
出来の悪い人は心配りができないのでやはり後片づけがきれいにできません。発明家ならば準備と同様に仕上げも万全にしなければいけませんよ。
深見:他の会社へ転職する時もそうですね。書類の整理や後任者への引き継ぎをしっかりとやって、フィニッシュをきれいにするべきです。
立つ鳥後を濁すでは信用を失ってしまいます。
ピカの五重塔
深見:第十一条に「論理と筋を通す」とありますが。
中松:私はよく、発明には「1スジ・2ピカ・3イキ」の三要素が必要だと言っています。
この「1スジ」が第十一条の「論理と筋」であって、正しく理に適っていない発明はインチキになってしまいます。
深見:博士が作詞した『創造道の歌」にもありますね。二番の歌詞です。「1スジ 2ピカ 3イキで基礎の理論を綿密に奇想天外ひらめきとがっちり忘れぬ実用性」
中松:ええ、その前にちょっと、発明に関する法律についてお話しさせてください。
発明を法的に認めてもらうのが特許法でして、これは工業所有権法の中に含まれます。特許というのは特許法で規定されているのですけれど、「発明」という概念に対してははっきりとした規定が何もないんですね。
そこで五歳から現在まで六〇年以上に亙る発明体験から考えた私なりの規定が「発明とは1スジ・2ピカ・3イキである」ということなんです。
「1スジ」が理論。「2ピカ」は従来の延長線ではない、既成の概念を打ち破るようなピカーッとしたひらめきを指し、「3イキ」はその発想が実際に世の中で生きるか否か、つまり実用性です。
スジがなければインチキ、ピカがなけれ郎ばただの延長線、イキがなければ机上の空論になってしまいますから、どれか義一つでも欠けていたら、それは本当の発明とは言えませんね。
深見:筋と理論はどう違うのでしょう。
中松:ほとんど同じものですよ。「筋=理論」と考えていただいても構いません。ただあえて違いを述べるとすれば、理論はアカデミックな部分での確かで、筋は世間で「筋を通す」と言うような説得力、つまり正しさということになりますね。
深見:なるほど。ところで、スジとイキは明確なものですが、二つ目のピカはどうも感覚的というか、天才の領域という感じがします。
三要素の中でおそらく最も重要なものなのではないでしょうか。どうすればひらめきを得ることができるのか是非お聞かせください。
中松:おっしゃるとおり「ぴか」は大変重要です。ひらめきを生むために必要な要素はさらに五つに別れていまして私はこれを「ピカの五重塔」と呼んでいるんですよ。
深見:イタリアの「ピサの斜塔」に引っかけて、ユニークですね。
中松:ええ、五重塔と言うくらいですから階層化されていて、第一層の「スピリット=精神」が先程の『二十一世紀のための二十一箇条」にあたります。
精神的な心構えで基礎をしっかりと固め、その上に建つ第二層が「ボティ健全な肉体ですね。
頭によい食べ物、頭によい飲み物、頭によい睡眠、頭によい運動が必要不可欠です。
深見:頭によい運動として最適なのがフライング・シューズという訳ですか。博士は確か、頭によい食べ物や飲み物、頭によい睡眠器具なども発明なさっていましたね。
中松:はい、頭をよくするために優れた効果があります。ハードウェアとしての頭脳を健康に保ちましたら、次に必要なのが第三層の「スタディー=勉強」です。
ポイントは文系理系両方をバランスよく学ぶ「ブンジニア的な勉強」をすることです。
これは私の造語で、文系のブンに理系のエンジニアを足してブンジニア。提唱するだけでなく、二十一箇条の「心から真面目に言動する」を守らなければなりませんので、私は東大工学部卒業後、今度は法学部で政治と法律を学び、さらにアメリカで医学を研究しました。
ちゃんと言葉と行動を郎一致させているんです。
そして第四層が「エクスペリエンス=経験」です。机に向かって本を読むこ松とも貴重な経験ですが、それだけでは駄目ですね。
やはり実践的な場での経験中を重ねなければいけません。そこで効果的なのが二十一箇条の「選難楽」ですよ。
いくつもの山や谷を越えることで経験が積み重なってゆきます。最後が第五層の「トリガ=引き金」。ひらめきを得るためのきっかけですね。
深見:またしても天才の領域という壁にぶつかってしまった。博士の頭脳からはまるでマシンガンの弾のように発明が撃ち出されてくるのですけれど、一体どうやって引き金を引いていらっしゃるんですか?
中松:私の場合は毎日一キロの水泳ですね。泳ぐと言っても潜水に近いものですが。水の中へ潜りますと呼吸ができません。水中で呼吸したら死んでしまいますし、ずっと潜っていたらやはり死んでしまいます。
深見:発想が浮かぶどころか、自分が沈んでしまう(笑)。
中松:いやいや、死んでしまったら発明ができない(笑)。息が続かなくなって、もうだめだ死んでしまうというその○五秒前にパッとひらめくんです。
ひらめいたら浮かぶ間も惜しんで、水中でメモを取ります。
深見:水中で、ですか?紙に?
中松:書けますよ。ドクター中松:考案の水中メモ取り器がありますから。
水中での酸欠状態は頭にいいんです。大体、人が死ぬのは酸素によってですからね。癌にしても、酸素によって癌になるんです。酸欠というのは非常に重要で、だから私は毎日潜っているんです。
酸欠で死ぬ直前のところでそれこそ「ピカッ」と発想が浮かんでくるんですよ。
深見:今のお話しで思い出したのですけれど、私もお風呂で髪を洗っている時にひらめくことが多いんです。ここ一番という時には頭を洗うことにしていて、しかも二時間三時間ずっと。ゴシゴシ洗っていると思考が冴えて、次々に発想が浮かんでくるんです。
神功皇后は海水に髪を浸してインスピレーションを得たと言いますし、武芸者が迷いを断ち切るために滝に打たれたりもしますね。もしかすると頭を濡らすことがポイントなのかも知れませんよ。
中松:「頭を濡らすとピカがくる」というのはよいアイデアですね。でも頭がピカの人はどうするんでしょう(笑)。洗面器に顔を浸けるしかありませんね。
深見:今度是非、共同研究しましょう。
発明は愛
中松:以前、イタリアの国立テレビから二時間番組の出演者として招待されたんです。
共産党がつぶれてフォルツァ・イタリアという政党から民間の大統領が誕生した時期でして、この政党はメディア戦略に優れているんですね。
滞在中にテレビをつけると、もう朝から晩までフォルツァ・イタリアのCMが流れていて、そのテーマ音楽が実に感動的なものでした。
胸を打たれたイタリア国郎民が各地にフォルツァ・イタリア・クラブを作ったほどです。フォルツァとい義うのはイタリア語で「頑張れ」という意味なんですよ。
以前のイタリアは、国民のほとんど全てがカトリック信者でありながら共産党の支持率が高いという、奇妙な国でした。
しかしもっと奇妙なのは、非合法 の反共産党団体などが、その活動資金を一般市民の寄付によって賄っていたとです。
事の善悪は別にして、街角のおじさんおばさんたち一般の市民が「頑張れ、この国をよりよくしておくれ」と援助を行うのは素晴らしいことです。
我々もフォルツァ・ジャポーネを作ってイタリアと提携しませんか?「頑張れ日本クラブ」がいいかな。
深見先生がキャップで「頑張れ日本・東州クラブ」。
深見:「頑張れ」の言葉には日本をよくしようという愛情が込められているんですね。結成した時には全員フライング・シューズを履くとよいかも知れない。話は変わりますが、博士の発明のルーツと言うか、この道を志したきっかけは何だったのでしょうか。
中松:私の祖父や親戚は皆発明や機械いじりが好きだったんです。
そういった環境で育ちましたから、三歳の頃には模型の飛行機やポートを作って遊んでいましたね。初めての発明は五歳の時、自動重心安定装置という、飛行機の揚力中心と重力中心を自動的に合致させる装置です。
深見:現在で言うオートパイロットですね。そんな高度なものを五歳で発明してしまうとは、いや、凄い。有名な灯油ポンプを発明なさったのも十四歳の時だそうですが。
中松:今ではどこの家庭にも必ず一つはあるものですが、原型は「醤油チュルチュル」と言って、醤油を一升瓶から卓上醤油差しに入れるためのものだったんです。
私が子供の頃は暖房器具がまだ整っていなくて、冬の水仕事などはとても辛いものでした。そんな冬の台所で母が、寒い中体を震わせ、かじかんだ手を息で暖めながら醤油を移し替えようとしているんです。
ところが上手く移し替えることができない。昔の冬はたったそれだけの事が重労働だったんです。
母の背中を見て、親孝行したい、苦労させたくないと心の底から思い、それで「醤油チュルチュル」を発明しました。
深見:「必要は発明の母」とよく言われますが、博士を発明へと動かしているのは愛だと言ってもよいのではないでしょうか。
中松:そうですね。一獲千金だの地位と名声だのを目的に発明家を志すのはあまりにも寂しい。それにそんな精神では素晴らしい発明はできませんよ。まし大金持ちになど絶対になれません。
私の発明の精神は愛です。「醤油チュルチュル」は母への愛ですし、宇宙エネルギーで回転する完全無公害のドクター中松エンジンは、環境を守るための、地球への愛。愛から発明が生まれるんです。
発明家志望の方々はお金儲けのためでなく、愛の心で発明をしてください。自分の発明が誰かの役に立つことが、発明家にとって無上の喜びです。
深見:ありがとうございました。
(平成六年八月十四日=大宮ソニックシティーより)
毒蝮三太夫(タレント)
二枚目だから三枚目ができる
深見:実は私、ウルトラマンの大ファンでして、アラシ隊員にお会いしたら「ウルトラマンは最近元気ですか?」とお聞きしようと思っていたんです。
毒蝮:三太夫さんと言えば、まず科学特捜隊、それとラジオ番組ですよね。毎日いろいろな場所に出掛けて行き、お年寄りと共に番組を作り続けてもう二五年。
万人に愛される魅力的な人柄がなければこれほどの長寿番組にはなりません。
毒蝮:そうか、二五年になるんだなあ。『ウルトラマン」の放映が一九六六年だから、二九年前。歳も取るはずだよ、もう三十路だもの(笑)。
深見: TBSラジオの「東食ミュージックプレゼント」の方が後なんですね。毒蝮:ええ、長く続けてりゃいいってもんじゃありませんが、聴いてくれる方がいらっしゃるならと続けていたら、いつの間にか二五年も経ってしまって。
ちなみにアラシ隊員を演じていた頃は本名の「石井」で活動していたんです。この間「面白いですねえ、本名が毒蝮:だなんて」と言った人がいて、そんな名前、区役所で受け付けるかっての。
「悪魔くん」じゃないんだから。深見:芸名は先輩の落語家さんか誰かが付けてくださったんですか?
毒蝮:「ウルトラマン」と同時期に「笑点」で座布団を配っていまして、その時に、地球の平和を守ってる奴に向かって「おいアラシ隊員、座布団一枚」もないもんだろう、何か別の人に覚えてもらえる名前を付けてやろうじゃないかと立川談志さんが……。
あの方ももうお亡くなりになりましたけど。
深見:マズイですってば(笑)。いますよ、本気にする人。
毒蝮:なあに、分かりゃしないんですから。で、談志さんや三遊亭円楽さん、林家喜久蔵さんが、とにかくインパクトがあって面白おかしい芸名をと考えてくれたんですけど、毒蝮:なんて変な名前、最初は嫌でしたよ。
深見:でも、役が当たり過ぎたせいで芸名で呼んでもらえない方もいるという夫のに、毒蝮:さんは役名も芸名もメジャーになられた。内心では「やった!」と太思われたんじゃないですか?
毒蝮:嬉しかないって。だって「毒蝮東州」なんて嫌でしょ?ハブとかコブラなんて名前じゃあ。
深見:うーん、考えてしまうかも。前にダンプ松本さんから伺ったんですが、自分が悪役を演じることになった時は嫌で嫌で仕方がなかったのに、リングで善玉レスラーを苛める度に凄い反響が巻き起こるのが、次第に快感になってしまったと言うんですよね。
毒蝮:そりゃあ、プロレスラーは役柄が固定されてるからねえ。それにあの娘は役と裏腹にとても可愛らしい性格でしょう。僕はね、最初は俳優として芸能界に入ったんです。
だから毒蝮三太夫と決まった時には「こんな名前じゃ、美人の女優さんと共演できないよ」って愚痴ったんだけど、そしたら談志さんが「元の名前だって共演できねえんだから、どっちでもいいじゃねえか」って、お馴染みの毒舌で。口が悪いねえ、あの人は本当に。
深見:でも、語呂がよくて綺麗なお名前ですよ。
毒蝮:綺麗?嬉しいなあ。いやいや、深見:さんこそ、今日初めてお会いしましたけれど、二枚目なんで驚きましたよ。
深見:そうでしょうか。照れますねえ。
毒蝮:そうでしょうかって、こら東州、腹じゃ思ってんだろ「いい男だ」って(笑)。まったくもう。でも俺、お世辞で言ってるんじゃないよ、本当にそう思う。
深見:もちろん謙遜ですけれど(笑)。でも私、三枚目で通してますから。
毒蝮:それがよくってね。三枚目というのは、本当は二枚目の奴がわざと崩して演じるからウケるんですよ。三枚目が二枚目を演じると逆にイヤミになっちゃうの。
だから僕たちっ共通点がありますね。実は二枚目。深見:正義の味方のアラシ隊員が毒蝮:という名前で出る、そのギャップがいいんですよ。
毒蝮:「ドクマムシ隊員」じゃあ、どちらが怪獣だかないものね。
愛のある憎まれ口
深見:毒蝮さんて、お年寄りのアイドルでしょう。あの憎まれ口が人気の秘密ですが、これだけ長く続けていると色々な逸話もあるんじゃないですか?長寿番組の裏話をぜひお聞きしたいと思うのですが。
毒蝮:今でこそ人気がありますけど、スタートしてから四年くらいはまるでウケなくて、一度真剣に辞めようかと思ったことがあるんです。
なにしろ放送時間が平日の午前十時半でしょう。勤め人や学生さんなど若い人がくるはずがなくて、公開番組だってえのに誰も集まらないんですよ。
ようやく集まるようになってもお年寄りばかりでねえ。こんなことのために毎朝早く起きなきゃならないのか、俺はお年寄りのために番組やってるんじゃないんだと思うと辛くなってしまって。
で、こうなりゃヤケだ、言いたい放題言って、終わるなら終わってしまえと開き直ったんです。
本番中に「きたねえババアばかり集まってきやがって、俺ぁ辞めたいよ!」って、これが最初の毒舌。そうしたら言われたお婆ちゃんが「うるせえ!お前だっていずれはジジイなんだ、この馬鹿!」(笑)。
俺より元気なんだもの、下町のお婆ちゃんの方が。結果的に番組が凄く盛り上がっちゃって、まさかああなるとは思わなかった。
放送後の反響は凄かったですよ。「面白かったぞ。もっとやれ!」というものや、「お年寄りに向かってあんな罵詈雑言を浴びせるとはけしからん!」というもの、賛否両論、投書やら電話やらが殺到して、TBSラジオがてんやわんやの大騒ぎになりました。その後、おふくろに言われたんです。
「お前ねえ、お客さんは義理人情できてくれるんじゃないんだよ。お前に会って話がしたいからくるんじゃないか。声の一つでもかけてやらなきゃバチが当たるよ」って。
深見:いいお母さんだなあ。
毒蝮:信心深い人でねえ。言った後ふっと後ろに倒れかかったんで、抱きかかえて首締めちゃったけど。
深見:また、すぐにオチをつける(笑)。でもお母さんのその一言で目が覚めたからこそ、このような長寿番組になったのかもしれませんね。
昔こられた方で今はお亡くなりになっている方も随分いらっしゃると思うと、感慨深いものがおありでしょう。そうした感慨も長寿番組ならではのものですよね。
毒蝮:多分、きたその日に亡くなっているでしょう(笑)。「蝮ちゃんに会えて、あたしゃもう思い残すことは何もないよ」って言ってくださるなら、それはそれで嬉しいことですけどね。
そう思えるようになったのもおふくろのお蔭ですよ。あの一言に心を動かされて、それからは声をかけたり肩を叩いたり、懐に手を突っ込んで財布抜き取ったり(笑)。
お客さんとの触れ合いを第一に考えるようになったら、人気も出てきてますますお年寄りが集まるようになりました。
「あそこに行けば蝮ちゃんと話ができる」ってんできてくれるのはありがたいんだけど、しかし汚いよー?(笑)。
この世のものとは思えないんだから。お年寄りがタタミイワシみたいに固まっちゃって、「ちゃーん」なんて黄色い声を上げながら追ってくるんだもの。
でも何だかんだ言いながら、ねえ。七〇年八〇年も生きてりゃいろんな経験があったでしょうよ。
そんな楽しかったこと、悲しかったことを話してくれて、俺は聞くだけで何の力にもなってあげられないけど、「聞いてくれただけで満足だよ」と喜んでくれるのが、やってるこっちも嬉しくて、我知らずお年寄りを励ましながらの二五年ですよ。
深見:信心深いお母さんの優しさを、どこかで受け継いでいるんですね。お年寄りって人と話したがるじゃないですか。
私ぐらいしか生きていなくても話したいことが沢山あるのだから、長く生きている人にはそれ相応に沢山のドラマがありますよ、きっと。話を聞くことが優しさなんです。
老いてなお麗しくあれ
毒蝮:深見さんは「ブラインド・ゴルフ」というイベントをやっているんです夫ってね。最初に聞いた時は、ブラインド会社の社長が集まるのかなと思ったん太ですが。
深見:タチカワブラインドとか。いやいや、盲人ゴルフですよ。一種の福祉毒活動ですが、毒蝮さんも「老年行動科学研究会」の特別顧問をなさっているそうで、これも福祉ですよね。
福祉に話が及ぶと目も真剣な毒蝮:さん。
毒蝮:肩書は物々しいけど、きっかけはやはりラジオだったんです。特別顧問になる前、五〇歳を過ぎたあたりから「自分に力があるのなら、それを人のために役立てるべきだ」と考えるようになりまして、ラジオの司会でも「お年寄りのために」という気持ちが強くなってきたんですね。
たまたまリスナーの中に井上先生という、筑波大学で老人学を専攻している精神医学者の方がいらっしやって、「毒蝮さんのやっていることこそ福祉だ。我々学者は机上の論理によって高齢化社会を研究しているが、彼は実践的な活動を行っている。
一つ仲間に加わってもらい、話を聞いてみようじゃないか」と声をかけてくれたんです。
それ以来「蝮流老年化社会」のタイトルで講演会などを行うようになりました。はじめて行った時お堅い場所なのにいつもの調子でしてね、ラジオそのままに憎まれ口を叩いたんですが、皆さんあっけに取られちゃって。でも真意は理解していただけたので大成功でしたよ。
深見:研究ではなく実践的な、お年寄りにとって身近な立場から老齢化社会を考えよう、それにはまずコミュニケーションを持たなければならない、これが毒蝮流なんですね。
普段から親しく接していなければ、お年寄りが何を求め、何を問題としているのか理解できませんから。
毒蝮:齢を取れば問題も色々あってねえ。深見:さんも遺産相続の準備とか、ちゃんとやっときなさいよ。
深見:あ、どうもご心配いただいて(笑)。
毒蝮:まあ俺が言うことじゃないんだけど。遺産相続だけじゃなく、病気や死、毒ストレス、それに老いそのものだとか、お年寄りを悩ませる問題は山積みで、そういったものに苦しむ人々のために何かできないだろうかと思って、自分なりに頑張っています。
深見:老齢化によって自分たちだけが社会から取り残されたような気持ちになっている方々のために、私も「五十上セミナー」というものを開いているんです。
数え年五〇歳以上の方を対象にした勉強会ですが、かなり有意義な活動を行っていると自負しておりまして、事実、若い人たちから「参加させてもらえませんか」という問い合わせが多くくるんですよ。
「悔しかったら齢を取りなさい」と答えていますけど(笑)。するとセミナー参加者の方が得意になってしまって、「どうだ、年寄りが羨ましいだろう」とね。
五〇歳を越えたお蔭でこんなにいい体験ができるんだと、自信を持っていただけるんです。来年は「五十上サーフィンクラブ」を作ろうと思っています。
八五歳からサーフィンを始めて、プロ顔負けの腕前を誇るお爺ちゃんがいらっしゃるんですよ。
八七歳から油絵を始めて、一〇七歳で県の絵画展に入選した方もいますし、そういう人たちを見たら「もう船だから」だなんて甘えていられませんよね。六〇歳を越えたからって、どうということはない。
頑張っているお年寄りは大勢いるのだから、もっと周りをよく見て、自分にもできるんだと新鮮な気持ちでいて欲しいんです。
毒蝮:永遠の青年ですね。そう言えば先日草野球の試合をやったんですが、対戦相手がシニアリーグという、五〇歳以上の方々で構成されたチームだったんです。
僕も年齢から言えばシニア入りなんだけど、うちのチームは若いメンバーが揃っているから試合は九対○で圧勝。
でも相手チームの選手も、出っ張っお腹で元気に走っていてね、とても若々しいんですよ。
深見:「まだまだ死にや(シニア)せん」と(笑)。
毒蝮:うまいなあ。でね、僕はそうやってお年寄りと野球をしたり、ラジオで話したりしているんだけど、本当はそうした活動を若い人たちに見てほしいんですよ。
僕とお年寄りの掛け合いを、若い人にぜひ見てもらいたいの。二〇代三〇代だって結局は老人予備軍なのだし、お年寄りと共存して行かなければな太らないんだから、人が齢を取ってゆく様をしっかり見て欲しいんです。
寂しいじゃないですか、イメージだけで「年寄りにはなりたくない」と悲観するなんて。勝手に思い込んで嘆くより、「あんな風に齢を取りたい。年寄りになったらあんなことをするんだ」と前向きに考えた方が楽しいでしょう。
深見:老後を醜くするも美しくするも自分次第ですものね。ちょっと目を向ければ映画監督さんとか、いまだにトップで活躍している方はいくらでもいるんですから。
それを忘れて「年寄りにはなりたくない」なんて弱気になるのは、大した若者じゃありませんよ。
自分が理想の年寄りになればいいんです。その能力がないことを自ら宣言してどうするんだろう。
そして気弱なお年寄りの方々にも、もっと若い人と張り合って欲しいですね。本当に格好いい老後を過ごしている人たちは、年寄り扱いされることを嫌いますよ。
毒蝮:そう、自分と年齢としっかり対峙しながらも、「老人社会」が普通の社会と別のものであることを認めないだけの自信があるんですよ。同じ社会で頑張っているんです。
ラジオをやっているとね、「蝮ちゃん、俺いくつに見える?」と質問する人がよくいるんですよ。大体八〇歳くらいだけど、自分では「六〇歳に見える」と言われたいんですね。
最初から答えを見越してネタを振ってるので、俺も意地が悪いから「おう、百を越したか?」ととぼけてやる訳(笑)。爺さんガックリして「八二歳だよ」なんて、不服そうな顔で(笑)。
してやったりという感じですね。僕、若く見えることをウリにするお年寄りは嫌なんですよ。小森のおばちゃまなんてもう、ミニスカートで歩いて、ねえ。嫌んなっちゃうよまったく。
深見:あの人、よく夜の麻布で木を抱き締めているらしいですよ。「木々さん、お元気?」と言いながら抱きついて、エネルギーを補給するそうなんです(笑)。
毒蝮:でもって、生気を吸われた木は枯れちゃうんでしょ?(笑)。吸血鬼じゃないんだから。まあ、永遠に青春気分を謳歌するってのも一つの在り方だけど、俺は嫌だなあ。
白髪になったっていいんだ。腰が曲がっても、禿げてもいい。その年齢を受け止めて、自分なりの八〇代九〇代を演出してね、格好いい爺さ夫んがいいね。
きんさんぎんさんがミニスカートでスポーツカーに乗ったって、太似合わないもの。和服をきっちりと着込んだあの姿だからこそ落ち着いた味が出てるんですよ。
齢に逆らうのでも、齢に負けるのでもなく、今の自分に合わせた魅力作りをして欲しいですよね。
ここにこんな詩があるんで、ちょっと詠んでみましょうか。
女あり
二人行く
二人行く
若きは
老いてもなお麗し
麗しさというのは老若とは関係ない、もっと別の魅力なんですよ。服や化粧華美を求めることではなく、こざっぱりとして清潔な、そして相手に違和感を与えないような、不自然ではない魅力。そんな麗しいお年寄りであれば、俺は口づけをしたくなってしまうね。
深見:うわ、格好いいなあ。
毒蝮:実際には嫌だよ。
深見:座布団一枚(笑)。
ウルトラマンはなぜ感動的なのか
深見:年齢との対決よりも調和を目指そうとする心はとても大切なものですね。「精神は身体に出る」との言葉もあります。毒蝮さんも心根の優しさが現れた素敵なお顔をなさっていますよ。
毒蝮:本当?そんなこと言われたの子供の頃以来だから、照れちゃうなあ。僕には兄貴が二人いましてね、父親は違うんですがとても優しくしてくれて、よく散歩に連れていったりしました。昔は可愛かったんですよ。
深見:いや、今も可愛いですよ。
毒蝮:お小遣いあげちゃおうかな、もう。
深見:マムシの中では美男子ですってば。
毒蝮:何だ、蛇にしちゃあってことか(笑)。でね、兄貴から「小さい時は可愛かったのに、何でこんなにゴツくなっちゃったの」って言われまして。
僕は十二歳の頃から芸能界に入って、いわば自分の顔を商売道具にしてきましたから、その顔を「ダイヤル一一〇番』のチンピラ役とか、迫力のある役柄に活かしてきました。
でも最近は若い頃の顔よりも今の顔が好きですね。鏡を見ながら「お、いい具合に皺が増えたなあ。こりゃあ捨てたもんじゃないぞ」と愛着を感じるんです。やっぱり心が顔に出てきたのかな。
そうだ、顔で思い出したんですけど、ウルトラマンのマスクって何がモデルになっているか分かりますか?
実はあれ、ギリシャ神話や古代エジプトの神々なんですよ。
深見:えっ、そうだったんですか?そう言えば確かに・・・・・・。どことなく謎めいていて、それでいてシンプルな、悠久の時代を超えて人々の胸に迫る普遍的な美がありますよね。
毒蝮:それともう一つ、日本の能面ね。能では何の仕掛けもない面をちょっとした加減で様々な表情に変化させるでしょう。
ウルトラマンの顔も、視線をふっと上向きにすると慈しみの表情になり、うつむくと悲しみの表情になる。あのマスク一つで喜怒哀楽全ての感情を表現できるんです。
深見:東西の美が融合しているんだなあ。仏像が浮かべるエスニック・スマイルにも似ていますよね。私もウルトラマンの大ファンなんです。
それで、なぜウルトラマンは感動的なのか真剣に考えたんですよ。あれは日本文化の中に脈々と受け継がれてきた「神がかり物語」の一形式だと思うんです。
危機が訪れるとどこからともなく現れて、怪獣をやっつけるとすぐに去ってしまう。
人知を超えた力によって事件がたちどころに解決するという物語は大昔からありましたよね。
毒蝮:新鮮な解釈ですね。興味深い。
深見:現実的に考えたら、ウルトラマンのやっていることってかなり無駄が多いじゃないですか。怪獣が出現したら即座に変身して、後ろからスペシウム光線を発射してしまえば一分でカタがつくんですから。
残りの二分で街の後片づけをして、「それじゃ私が全部やっておきましたから、地球の皆さんさようなら」(笑)。
ポイントはスペシウム光線までの過程ですよね。まず怪獣が現れて街を破壊する。そこで毒蝮さんたち科学特捜隊が出動して一生懸命戦う。でもかなわなくて、やっとウルトラマンが登場するんです。ただしこれは「第一の変身」。
ウルトラマンは最初の二分間は蹴ったり投げたりの取っ組み合いですよね。怪獣は手ごわい、時間も残り少ない、さあどうするんだというところでカラータイマーが青から点滅しだして、そこでようやくスペシウム光線を放つんです。
つまり二段変身しているんですよ。
始めから楽な手段を選ばないで、とにかく努力しなくてはならない。
その果ての極限状態になってやっと神がかり的な力を得られるんです。
だから感動的なんですよね。私は、毒蝮:さんたち科学特捜隊が必死に立ち向かう姿が大好きでした。
毒蝮:なるほどねえ。子供たちもどこかでそれを感じ取っているんでしょう。先日もね、三歳の女の子が僕に言うんですよ。
「ねぇアラシさん、ウルトラマンと知り合いなんでしよ?今度紹介してね」って。子供たちにとってウルトラマンは本物の神様であり、ヒーローであり、そして親しめる友達なんですね。
それと変身願望。「自分もウルトラマンに変身して皆を助けたい」という憧れがあるんですよ。
深見:ドラえもんは何でも望みをかなえてくれるから、「僕の家にもドラえもんが欲しい」としか思えませんものね。ドラえもんになりたがる子供がいないのは、姿形だけが原因ではありませんよ。
ところで、ウルトラマンとウルトラセブンの違いをよく理解していない人がいます。私はこの質問に対して、はっきりした答えを持っているんですよ。
いいですか、「ウルトラマンは怪獣。ウルトラセブンは宇宙人」です。
毒蝮:そうそう(笑)。セブンの敵って、宇宙からやってきた異星人が多いんだよね。
深見:しかもこれは、敵の違いだけじゃないんです。ウルトラマン自身も怪獣太と同じく、大自然から現れた「人外の偉大な力」の具現化なんですよ。だから三「シュワッチ」とか、人間的な言葉を一切喋らないんです。
セブンはもっと人間臭いと言うか、敵も人間並みの知能を備えた異星人で、巨大化せずに戦うことが多かったでしょう。
毒蝮:凄く詳しいんですねえ。じゃあウルトラマンの最終回もご存じでしょう。深見:確かゼットンという怪獣にウルトラマンが負けてしまって、代わりに科学特捜隊がやっつけるんですよね。
毒蝮:そう。負けちゃったウルトラマンの元へM78星雲からの使者がやってきて「お前の使命は終わった。
地球はもはや、お前がいなくても自分たちで自分を守ってゆくだろう。 M78星雲に帰ってこい」と言って、ハヤタ隊員とウルトラマンが分離するの。
そして空の彼方に去って行くウルトラマンを、科学特捜隊の僕らが「さようなら!ウルトラマーン」と手を振って見送るんですよ。
それにはちょっとしたエピソードがあってね、最終回放送のその時、テレビを観ていた子供たちが一斉に窓を開け、空を見上げたそうなんです。
帰って行くウルトラマンを探してね。
深見:ああ……。今、真剣に感動してしまいました。昔は素敵な子供たちがいたんですね。本当に感動的だ。
毒蝮:今は皆スレちゃったのかなあ。すぐに「ウルトラマンの中には誰が入ってるの?」
なんて聞くんだもの。
「ねぇオジさん、ウルトラマンに出てたでしょ」
「うん」
「ウルトラセブンにも出てたよね」
「うん、そうだよ。すごいだろう」っていうとね、
「バカヤロー、お前は脇役じゃねえか!」っているんですよ、そんな憎たらしいガキが(笑)。
深見:感動させておいて、すぐにオチを付けるんだから、まったく(笑)。
毒蝮さん、これからも子供たちやお年寄りに夢を与え続けてください。
(平成六年五月一日=大宮ソニックシティ=より)
