深見東州 爆笑対談(Vol.5)

庄野真代(歌手)

驚かなくちゃ料理じゃない

深見:どうも、ようこそ。明けましておめでとうございます。庄野:おめでとうございます。ことしもよろしくお願いします。

深見:よろしくどうぞ。以前、一度お会いしましたね。

庄野:ええ。あと、八八年のラ・リシュエの時に。

深見:ええ、そうでした、そうでした。

庄野:先生の意外な一面を知ることができました。

深見:ラ・リシュエイを見ましたっていう目を見たら、僕、何か恥ずかしくなりましたよ。

庄野:そんなー。ところでこちらは「楽しくなくちゃ料理じゃない」という、新年早々出た本です。本の交換ということなんですけれども・・・・・・。

深見:「深見先生へ、庄野真代。一九九〇年もよろしく」と。それでは私の本も見て下さい。

庄野:ありがとうございます。「おしゃべり太郎」。いろいろあるんですね。

深見:メッセージもあるんです。「天神舞愛にいずるなり」と。天神様のようなご守護とか知恵はね、憂いがあったらなかなか出てこない。よくとも悪くとも、最高だ、これしかないと思ってやっていると、どんどん、どんどん知恵が出てくる。あれかな、これかなと憂いを持っている人というのは、なかなか神様と一つになれなくて、叡智がわいてこないと。悩んだり……。

庄野:憂いを吹っ切って。

深見:憂いを吹っ切って、思い切ってぽーんと出たら、天神様が天神というのは、叡智の神様という意味でしょうね。

庄野:そうですか。ありがとうございます。深見:今がそういう時なんでしょう。

庄野:そう思います(笑)。きょうはずっと、先生のお話を伺ってまして、ほんとに力のつく話ばかりで。だから、きょう、ここで何をお話しようかと思ったんですけど、うーんと現実に戻って、先生の食生活の話なんかを伺ってみたいなと思ったんですけども。

深見:なるほど。「楽しくなくちゃ料理じゃない」、私は、「驚かなくちゃ料理じゃない」という感じなんですね。

庄野:ふだん、何を召し上がっていらっしゃいますか。

深見:いやー、もう、何でも食べますけども。

まあ、大体、日本でも外国でもおいしいといわれているところは、最低一回は行ってます。審神というのは神様をつまびらかにするということなんですが、味というものと神霊の審神というのは同じなんですね。

味覚のセンスと神様の気の区別というのは同じなんです。

それで、要するに、料理はおいしかったらいいのだ、というので、最終的においしくする技術ができたら、あとはもう、お茶漬けばかり食べててもいい。何でも食べますけどね。げてものはいただきませんが。

この間も、伊勢の神法悟得会の時に模擬店が出まして、全部、味つけは私がしました。私の喜びは、主婦の料理というものの観念をぶち破ると。

庄野:私もそれにちょっと近いです。

深見:ああ、そうですか。

庄野:料理は、こうでなきゃいけないというスタイルは全然ないので……。

深見:そうですよね。

庄野:これ、一番最初の前書きに、「これは料理の本ではありません」って書いたんですけども。

深見:おふろ上がりの料理とか……。

真庄野:何かすごく、つくるっていうことが楽しいなーって思えたら、すごくいい作品ができるんじゃないかなーと思うんですよね。

深見:同感ですね。私の楽しかったやつ、まず、だれでもできるのが甘酒ね。

庄野:甘酒、好きですよ。

深見:甘酒にマヨネーズを入れる。

庄野:甘酒つくる時、おなべの中に、マヨネーズを入れちゃうんですか!?!?!

深見:甘酒のインスタントの罐があるでしょう、あれ、どばどばって入れますでしょう、味が非常に浅いんです、深みがない。

庄野:ええ。

深見:まず、深みを入れるには何をするかというと、薄口しょうゆを入れるんですよ。

庄野:へえー。甘酒にですか?

深見:で、みんな、「先生、薄口しょうゆですか」って言うんだ。「合いますよ」って言ったら、「はー」。だけど最後になったらおいしいから、みんな驚くんです。

しょうゆを入れますと、味に深みが出てくる。多過ぎると、しょうゆの味が立っちゃうから、大体おなべ一杯に、小さなスプーン二杯ぐらいですね。そうして、ふわっときたら、もうしょうゆの味が消えて深くなる。

庄野:あと、薄口しょうゆは色があんまりつかないから……。

深見:つかないですからね。それから、マヨネーズを入れます。みんな、「お、マヨネーズ」(笑)、少し浮いてますけど、ぷかぷか。

庄野:おしょうゆプラス、マヨネーズ?

深見:主の味というのが甘酒でしたら、甘酒の味が変わると甘酒じゃないから、主の味が消えない程度にマヨネーズを入れて、それからインスタントコーヒーを入れて、クリープを入れて、生クリームを入れて、時々、ラー油を入れたりしますけどね。

庄野:で、マヨネーズですか?

深見:ええ、マヨネーズ入れて。みんなおそれて、徐々に後ずさりしていきますよね。

庄野:それは他人に食べさせました?

深見:ええ、それに、しょうがのパウダーを入れて、そして、味の素とお塩でぴっと味を引き締めて、「どうぞ」と言う。みんな、おそるおそる食べたら、素晴らしくおいしいんですね。僕のは、口に入れて二秒たってから、味がこう回転していく。回転味。

庄野:回転味ですか。じゃ、この辺から、右回りか左回りに・・・。

深見:そうそう、左回り。そして徐々に奥へ入っていく……。

庄野:しょうゆ、マヨネーズ、しょうがパウダーって回るんですか。

深見:ええ。それがあんまり量が多いと、立っちゃう。しょうゆの味が立つとか、お塩の味が立つとやっぱり「まずい」って言うんですね。

だから、素材の味はいいけども、しょうゆとかお塩の味が立たない程度の量にしておかないと、おいしいという世界じゃないんですね。

庄野:へえー、これは驚きですね。あたしもマヨネーズが好きでね、結構何でもマヨネーズでお肉を煮込んだりとかするんですけどね。

深見:マヨネーズ煮込み。僕はまだ、そういうことしたことないですね。

庄野:仕上がりがほんとに、何かフランス風のクリームソース煮みたいに見えるんですけど、実はマヨネーズ入れただけなんですよ。

深見:なるほど。私は、カレーライスに必ずマヨネーズ入れるんですよ。

庄野:で、ぐちゃぐちゃにして食べるんですか。

深見:いや、例えば、五度カレー、三度カレーってククレカレーがありますよね。

やっぱり、あれは、どうしても味に深みがないですね。ですからまずは少量薄口しょうゆ入れて深みを出して、マヨネーズを主に入れるんです。そうすると、ホテルオークラの二千三百円ぐらいのカレーライスに変貌する。

庄野:それがマヨネーズだけで変わったとは、だれも気づかない。

深見:あと、ミルクチョコレート入れたり、いろんなのを入れて、またコーヒ豆、インスタントコーヒーとかいろいろ入れるんですよね。それは少量です。量が多いと変な味になるので、少量入れる…..。それであと、コリアンダーとか、タイムとか、セイジとかね。

庄野:よくご存じですね。

深見:少しずつ入れると、これは五秒間隔、六秒・・・・・一秒間隔が大事、クックックックッって……。

庄野:どんどんプロの味になっていく。

深見:そうそうそう。だから、ブランデー入れたり、コアントロー入れたり、いろんなもの入れます。しかも少量ずつ入れると、何が入っているかわからないけど、おいしいと。

庄野:じゃ、お台所でちまちま、あれ入れたり、これ入れたりしている時間もわりとあるわけですね。

深見:いえ、もう瞬間です。

庄野:瞬間?

深見:ええ、あるのを全部入れますから(笑)。だから、ラー油入れてみたり、いろいろ何でも入れるんですけど、多く入れ過ぎない。主の味を考えて、主の味が消えないような量で、最後はもう、塩味です。

庄野:最後に塩。

深見:お塩の味でぴっと引き締めて、あとはもう数秒間隔で小皿に入れて、おいしくなるまでやる。ですから、おいしい料理を食べたら舌先が記憶していますから、舌を頼りにその味に何とか接近させます。

例えばスイスフォンデュ料理の時には、フォンデュのチーズが要るでしょう。あのチーズがないとできないと言われたんだけど、冷静に考えて、宇宙の神に問いました。

「神様、チーズだってもとは牛乳でできたんだろう」と。

だから、牛乳とバターを工夫して、チェダーチーズしかなかったけど、きっと本場のスイスフォンデュ料理の味になると考えて、それでつくったら、ほぼ同じような味が復元できました。

庄野:じゃ、先生だけの実力じゃないですね、その味になったのは(笑)。深見:まあ、どっちかというと、神々様にお願いして・・・・・・。

マヨネーズに肉まんはロマンの香り

庄野:話かわりますが、先生は鯨はお好きですか。

深見:鯨は好きですね。

庄野:どんなふうにして召し上がるんですか。

深見:大体、朝八時から一時間ぐらいたちますと、大体、九時らですね(笑)。

庄野:ハハハ。

深見:それで、九時らを二つで、ニクジラですね。要するに、コロが好きです。

庄野:白いところ。

深見:もう、全部好きです。

庄野:酢みそか何かにつけて食べるんですか。

深見:そうです。あとは、菊菜、水菜、菜っ葉を入れて食べます。いわゆるオーソドックスなもの。今の私だったら、必ずマヨネーズを入れますけどね。

庄野:マヨネーズ入れるって、新しい食べ方ですね。

深見:そう。何でもマヨネーズが合うと。肉まんにマヨネーズをかけて食べていたら、橘先生に、「何ですか、肉まんにマヨネーズは」なんていわれまして。それでも「マヨネーズ保存協会の会長といたしましては」と言って、私は肉まんにマヨネーズをつけた。おいしいですね。なさいます?

庄野:マヨネーズはつけない。からしじょうゆとか……。

深見:そうでしょう。それは観念ですね。からしじゅうゆもいとしい味がしますが、マヨネーズと肉まんは、ロマンの香りがします。ロマン・ロランとかいイネの味がいたしますね。

庄野:そんなに高級になっちゃうんですね。上品なインテリジェンスあふれる。深見:生クリームはどうですか。

庄野:生クリームはカロリーが高いので、あまり使いませんけども、ちょっと入れるとおいしいですよね。

深見:僕なんかは、うどんにカルピスと生クリームと、またマヨネーズとバターを入れるんですよ、製作プロセス見たらだれも食べないですけどね(笑)。

庄野:すごい。

深見:で、これが「スイス風札幌うどん」と言う。

庄野:それなら、私はね、カルピス入れるのがあるんです。黒豆の煮汁にカルピスを入れて、お湯で薄めて飲むんです。これ、どうだ!

深見:飲む?

庄野:飲む。のどにいいとか言うんですよね、黒豆のおつゆが。それで、豆だけは、おつゆがなくなっちゃうとしわしわになるので、いつもおつゆたっぷりで黒豆って置いておきますよね。そうすると、おつゆ余っちゃうんですよ。で、あれにカルピスを入れて飲む。

深見:やってみよう。

庄野:さあ、次。

深見:カルピスは、私はカレーライスに入れたり、あと、豚汁に入れます。庄野:豚汁ですか?

深見:はい。カルピスの原液をちょっと入れますと、コクがあるんですね、あの乳酸菌の味というのは。で、失敗したのは一つ、紅茶にケチャップを入れた時、これは失敗しました。これだけは皆さんにお勧めできない学生時代の嫌な思い出、合わないですね、これは。

庄野:ジャムは入れますけど、ケチャップねぇ……。

深見:ジャムは入れるでしょう、ロシアンティーね。で、いろんなの入れてみたんです。ハチミツも合うけども、ケチャップはどうかな合わないですね。まあ、失敗もありましたけども。

庄野:あとからし明太子とマヨネーズをぐちゃぐちゃに混ぜて、パンの上に塗って、オーブントースターで焼くんです。

深見:それ、やったことあります。

庄野:これはおいしいですよー。

深見:僕は、「梅じそ納豆強運だし巻」というのがあるんですね。

庄野:それは何ですか。

代深見:だし巻き玉子するのに、わざわざおだしとるの面倒だから、シマヤだしの素、これはかつお味、それにラミトップ、これ、昆布だしね。あるいはマルちゃんのだしの素を入れます。

庄野:ヒガシマル。

深見:ヒガシマルも、まあまあですね。

庄野:そうでしょう。

深見:でも好きなのは、シマヤだしの素のかつお味に、ラミトップの昆布を入れて、玉子に入れちゃうんですよ。それで、かたかたってやると、即だし巻でしょう。

庄野:ほんとに。

深見:で、そのだし巻き玉子をひいた上に、梅肉を等間隔におく。そうすると、切っても、何とかあめみたいに……。

庄野:金太郎あめみたいなの。

深見:金太郎あめのように、どこ切っても、等間隔に梅肉が出てきますでしょう。そうすると、玉子というのはどっちかっていうと、甘いですから、梅で引き締めるんですけども、そこに納豆を入れる、納豆はとかないで。

納豆だけじなくても入れますけど。すると、ノット(納豆)オンリーバットオールソ梅肉になる。納豆はあんまりまぜ過ぎないで、こういうふうに等間隔におく。

そして、そこに、しその葉っぱを細かく切ったものを入れてやると、だし巻き玉子の中にきれいに並ぶ。今の私でしたら、必ずマヨネーズ、生クリーム、インスタントコーヒーを入れますけども。

庄野:ケチャップは?

深見:ケチャップも入れるかもしれませんね(笑)。で、少し要するに、しょうゆ味で深くして、味の素としょうゆとお塩でひきしめて、おいしいだし巻にする。玉子だけでもおいしくして、これを巻くんですね。そうすると、玉子の全体の甘い味と納豆の甘みがあるところに、梅じその豊潤な香り、しかも梅肉がぴりっときいてる。これが……。

庄野:究極のだし巻きですね。

深見:梅じそ納豆だし巻きですが、その梅と梅との間に、からし明太子を敷き詰めるんですね、新幹線のレールみたいに。

庄野:随分、時間かかりますね、それ。

深見:ですから、究極の。梅肉がなければからし明太子、何でもぴりっとしたらいいんですよ。全体に甘い味がぴりっと引き締まりますから、からし明太子を入れてもいいんで、それを巻きますと、おいしいんです。

これ、全部入れたやつは、梅じそ納豆からし明太子青じそだし巻ですね。

庄野:長いタイトルになりますね。

深見:ですけど、これはバランスですので、やわらかくって甘いというのは、生クリームもどっちかっていったら甘めでしょう。

バターもそうですね。だから、引き締めるためにはそこに必ず、セイジ、タイム、コリアンダー、それかオールスパイス、ホワイトペッパー、ブラックペッパー、それから七味唐辛子。

そういうふうにぴりっとした味とやわらかい味とのバランスですね。

庄野:でも考えてみたら、お料理って、大体、だらだらするところを何かでぴっと引き締めてる部分がありますよね。

深見:そうですね。音楽でもそうですね。イントロとさびがあって、それからあと、この締めくくりと。

庄野:なかなか、うまいぐあいにみんなできてますね。

深見:うまくできてます。僕は書道をやってても、空間分割ですね。どっちかというと、わっと強いところがあったら、弱くでてくるところがあって、線の強弱。

必ず絵でも、どっかに強調するところがあって、弱いところがあります。

で、空間の分割ができるんで、ピアノをしてる人にも、「ピアノを弾くのでも、空間分割を考えるのですか」と。例えば、白い鍵盤だけ弾いて高音部だけやると、空間分割よくないから、時々黒いのも弾くと。で、右だけのほうだったら、空間分割がよくないから、左の低いほうも倍音が強いから、一本か二本ぐらいにしておいて、ほーんとしながら上のほうが倍音が小さいから、小刻みにやって。

それから、黒いのを適度にやると。空間分割を見てピアノのキーを弾きますと、それなりにバランスがとれてきれい。前半部分がこっちだったら、真ん中でこの黒鍵盤たたいて、後半部分も低くなって、また初めに戻るとか。

やはり、これ全部、起承転結、序破急、序論、本論、結論の能楽でいう序破急、初めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いてもふたとるな、別れたかったらすぐ別れろと。何かいろいろ……………。

そのバランスというのは、料理でも絵代でも書でもピアノでも歌でも、みんな同じだと思うんですね。

それがわかってたら、料理の味つけをしても、舌の味でおいしいというのを覚えてたら、自分野がおいしいと思うまで何でも入れていく。

庄野:そうですよね。大体、食べられるものを調理しているわけだから、失敗ってないんですよね。

深見:ああ、なるほどね。食べられないものは確かに入れませんね。

庄野:入れませんね。

深見:そう考えれば、料理が怖くないですね。

庄野:そうなんですよ。だから、「楽しくなくちゃ料理じゃない』というのは、その辺から。

深見:なるほど。僕はお料理楽しくてね。毎日やると面倒ですけどね、女の子に挑戦するんですよ。何で挑戦するかというと、単純なホウレンソウのバターいため、それから目玉焼き、みそ汁。

単純でしょ、塩あじのあんばいだけが勝負ですから。女の子は、料理の本で、何とかが何分の一、カップ何分の一といってはかりますけど……。

庄野:この本の料理はほとんど、つくり方一、二、三で終わるんですよ。

深見:それがいいですね、簡単で私にもできそうな感じがしますし。鯖は三枚おろし。

そういう単純な料理というのは、しょうゆ加減と塩加減の勝負ですから。庄野:これは勘なんですよね。

あと、母親の味みたいなのがあって。何か、実家に帰ってだらだらしていると、やたら食べ物がおいしいと思うんですけども、あれは、母が料理がうまいというんじゃなくて、長年なれ親しんできた味っていうのが……。

深見:安定食品。

庄野:あとは母パワーみたいな、ああいうの、あるんじゃないですか、「どうだ、母親だ」みたいな。

深見:なるほど、そうでしょうね。

庄野:やっぱり、ああいうところってかなわないなと思いますね。

深見:ということは、お母さんが味のセンスがよかったら、子供もそれになれてるから、どうしてもおいしくつくっちゃうと。

お母さんの味が何か中途半端な味だったら、どうしても中途半端になってしまうと。

庄野:素直に育ってれば、きっとそうでしょうね。

深見:あとは出身地別味覚変化というのを分析しましたら、南方系統の人は味がぼわーっとしてますね。それから東北の人たちというのは、けんちん汁でも、しょうゆが濃くってからいですね。

庄野:ありますね、それ。

深見:僕はそばが大好きなんですけどね。九州に行きましてがっかりしたのは熊本、鹿児島、宮崎では「これから、おそば食べるぞ」という時に、めんがばばらばらと分解するんですね。

庄野:ゆで過ぎ?

深見:いやいや。もうおそば自体、つなぎがないんですよ。つなぎがなくてもそば粉の変化で、おいしく食べるそばの打ち方もありますけども、こういうふうにしたら切れるんです、ぶつんぶつん……。

庄野:いいおそばは全部、焼酎になっちゃうの。あ、違うか。

深見:焼酎?

庄野:そば焼酎。

深見:なるほど。九州のほうのおそばというのはだいご味がなくて、ツーできない。ばらばらですから、こうスプーンで集めながら、食べるような。

庄野:ほとんど離乳食みたいな、そんな感じですね。

お料理の世界で東洋と西洋の融合をはかる

深見:特に好きな料理というのは、庄野さんはどういう料理なんですか。

庄野:私は、うま早安なんですよね。おいしくって、早くできて、経済的なものだったら……。

深見:何でもいいと。

庄野:うん、いいんじゃないかな。

深見:うま早安。

庄野:あとは、日本人ですから、御飯に合うおかずが一番好きですね、家庭の食卓においては。

深見:僕はそれを研究しました。日本というのは、結局、野菜でも魚でも豊富でしょう、鮮度のいいものが。だから大体、しょうゆ味とみそ味で味つけちゃえば、あと、素材が変化するからおいしくなる。

何でもしょうゆをつければおいしい。何でもみそ煮込みしたらいける。

しょうゆとみそというのは、アミノ酸の味なんですよね。日本人はアミノ酸の味に安心感と安らぎとうまみを感じる。

ですから、いろいろ料理の仕方はありますけども複雑じゃない。逆にヨーロッパはどっちかというと、牛とか馬とか羊とかですから、しばらくおいておくと腐っちゃうでしょう。

腐ってるから、においが出たものをいかに、においが出ないようにするのかということで、スパイス香辛料、グツグツグツグツ、なべで煮込んで。

庄野:ワインで煮込むとか。

深見:ワインで煮込んで、そして少々くさくっても、少々悪くなっても、最初に息子に食べさせて、あと自分が食べるとかね(笑)。

とにかく、そういうふうにして、結局、香辛料スパイスが発達した。ですから、欧米人にとっては、しょうゆというのは香辛料ですよね。

庄野:ええ、そうですね。

深見:フレイバー。

庄野:私、インドに行った時に、何を食べてもカレーに思えたんですけども、その時に初めて、おしょうゆというのは、インドのカレーに匹敵するくらい日本の味なんだと思ったんですよね。

で、インドの人に言わせれば、全部のお料理は違う料理なの。カレーじゃないって言う。これは豆料理、これは肉料理、これは芋料理で、これは何とか料理って、全部違う。

でも私が食べると、全部カレーだと思ったのね。それは、全部スパイスをミックスしたものがカレー味に感じちゃうんであって、もしかして、外国の方が日本でお食事をした時、きんぴらもおしょうゆ味、ホウレンソウのおひたしもおしょうゆをかける。

肉じゃがもおしょうゆ、全部おしょうゆで味つけるから、何食べても、きっと「おしょうゆだ」って思うんだろうなって、偉大さがわかりました。

深見:なるほどね。僕はまだ、インド行ったことないんですけどね。

庄野:インド、また行くんです、今月。

深見:インドね。どこに?カトマンズなんかはよろしいでしょうが。

庄野:今回行くのは、デリーの周辺なんですけども。

深見:インドね。僕もカレーは大好きですけども。

ヨーロッパというのは、ほんとに香辛料、それからブランデーとか、お酒をよく使いますね。リキュール、結局、お酒の香りですね。

庄野:でも、日本だって、味つけというか、調味にお酒を使いますよね。深見:使いますね。でも、香りとしてよりも、うまみでしょう、深み。

庄野:うまみですね。

深見:僕は、日本人のしょうゆ味とみそ味の伝統と、ヨーロッパ系統のクリーム、スープ、それから、香辛料の伝統を融合させようと、思っているんです。

いわばアレキサンダー大王が東洋に入ってオリエント文明をつくったみたいに、西洋と東洋の融合を目ざすという理想を持ってまして。だから日本料理には、西洋の生クリーム……。

庄野:マヨネーズ。

深見:マヨネーズ(笑)。それから、オールスパイス、ブラックペッパー、その他香辛料、牛乳から何から、ケチャップまで使うんですよ。

で、ヨーロッパ系統のカレーライスとかステーキとかに、全部しょうゆ、みそをつけると、ここに、東洋と西洋の融合があるという。

庄野:国際交流を図って。

深見:それがなかなかできないんですね。どっちかの味のほうに偏っちゃうんで。意外だなーという味は、西洋系統の味つけを東洋、日本料理に入れ、日本料理の味を西洋に入れるということが、意外なおいしさになる。その形を変えちゃえばいいんですよ、組みかえを。

庄野:多分ね、家庭料理は、これが大いに実行できる場だと思うんですよね。私も、ラーメンなんかにも牛乳入れちゃうし。

深見:牛乳ラーメン。

庄野:あと、なべも。要するに、なべありますよね。冬にみんなでつっ突いて食べる。あれも、牛乳なべなんかにすると、コンソメ入れてね、牛乳いれて、ちょっとおしょうゆ、薄口しょうゆ入れて。で、入れるものも、魚とかお野菜のほかに、ミートボールなんか入れちゃったりする。

深見:おいしそう。

庄野:ええ。

深見:今度、私は開発した新しい香辛料、インスタントコーヒーの粉、それとカレー粉、カレー粉があんまり多過ぎるとあれですけど、味に深みが出る。カレー粉というのは何でも合いますね。

ですから、インスタントコーヒーとカレ粉というのは、もう、どんな料理でも入れるんです、私は。うどんでもそばでも、隠し味。

庄野:へえ。私は、カレーをつくる時に、コーヒーの粉を入れるというのは聞いたことあるんですけど、その精神ですね。

深見:いや、僕はひらめきで、とにかく調理場にあったから入れちゃえというんで(笑)。

庄野:少し残ってたんですか、コーヒーが(笑)。

プロの仕上げのやり方

深見:僕はあんまり料理の本も見たことないし、自分でひらめいたことをその場でぱぱっとひらめいて、おいしかったらいいんだと。要するに何でもいいんだ、おいしかったらいいんだということで、あるものを全部入れますから。

ですから、最近は女の子も変なものを置きませんよ、キッチンに。「また入れられるから」と言って(笑)。だけども、食べたら、最後はおいしいと言うのは、主の味と副の味を考えて、主の味になるほど量を入れない、副の味に七種類ぐらい入れちゃう。

そうすると、主の味を食べておいしいなーと思ったままで副味に十種類入っているから、一秒、二秒、三秒って、味が左回転したり、右回代転したり、左右回転して奥へ入っていって、こういうふうにディスポーザーの真中に入っていく感じで、秒数計算で、胃に入っていくと。これが四秒たったら野変化しますっていうんなら、かっちかちかち、四秒から変化が始まる。

庄野:じゃ、すごい、食事楽しめますね。

深見:そう。ですから料理も、僕の秘法の一環でございます(笑)。

庄野:いやー、牛のように何度も何度も。

深見:でも、法則は、主の味と副の味のバランスで、主の味まで入れちゃうとがちゃがちゃになっちゃうから、その量を計算する。僕は、調味料というのは、絶対耳かきに盛り切り三分の一とかいう量で、お塩とか味の素を入れるんですよ。

今、大きいでしょう、穴が。ぱーっと入れると入れ過ぎちゃう。

庄野:そう、穴を大きくして、売り上げをのばしている。

深見:大きい穴の味の素に対してどういうふうに対応しておられます?

庄野:すいません、味の素は、うちは使わないんです。

深見:なるほど。お塩は?

庄野:お塩は使います、天然の塩。

深見:でも、お塩も穴が大きいでしょう。

庄野:つぼに入れて、スプーンでちょっと入れるようにしてます。

深見:それは賢い。僕は手のひらにのせて、こうやって……。

庄野:(笑)で、また、戻すんでしょう。

深見:ええ、ふた開けてまた戻す。塩味が出たらもう、取り返しつかないですから。

庄野:入れ過ぎた味になると、もう平気になって、今度ちょっと多く入れても、そんなに味の変化が気づかなかったりするんですよね。

深見:なるほど。特に何の味ですか、それは。

庄野:味の素とか、塩とかも。で、知らず知らず、すごく塩分を多く取っちゃってる家庭が多いみたいですね。

深見:なるほどね。

庄野:一度、思い切って薄味にして、で、ちょっとずつ、また、塩を増やして「やっぱり、これぐらいのほうがおいしいな」っていうので戻さないと、塩分取り過ぎになっちゃうそうです。

深見:少し塩分過剰かもしれないな。みんなは、ぱっぱっと振るという観念があるせいかもしれませんね。

僕は、まず、おいしく料理つくるのには、限界効用の法則の棒グラフを書いています。テニスでも、コーナーのそばに行きますと、素人は、ぱっぱっぱっと歩幅を大きくして打っちゃうから、フォームも崩れますでしょう。

で、プロが教えるテニスのやり方とは、コーナーのそばに来たら、歩幅を小さくして、チャチャチャって。そうすると、フォームが崩れないから、安定したショットが打てる。

ですから料理もお塩が足りないなというぐらいにしておいて、そこから、お塩でも、耳かき盛り切り半分ずつ、こう入れていく。

そして、小皿にとって少しずつ味見して、「もうちょっとだ」、「もうちょっとだ」と。これを「もうちょっとだ」と言ってから、五、六回労力を惜しまないで入れていくと、ぴたーっとくる。

この「ぴたーっ」が吉兆の味。それから、小川軒の味。みんなそこまで、プロの味は、ぴたーっの塩味をきめてる、この「ぴた」に限りなく近づく努力をしている、これ、ピタゴラスの定理というんですけどね(笑)。

絶対に、足りないぐらいにしてから、少しずつ少しずつ、僕は最低三回から四回に分けていくと。

すると塩味の微妙な繊細さというのが出てくるんで、これを女の子でも男の子でも、ばーっとやっちゃうものだから、「先生、ちょっとこれ、濃過ぎるな」とか、「足りないな」と。この「ぴた」がなぜこないかと見てたら、こういうふうに振っちゃう。

庄野:そのとおり、ばっと入れちゃうからね。

深見:そう、本なんて、スプーン何杯とか……。

庄野:それでもみんな、適量ですから。

深見:適量、それはよろしいですね。あとは、舌の・・・・・・。

庄野:「好み」でとか。

深見:絶対そうですよ。分量法ほど当てにならないものはありませんから。

庄野:味ってね、季節によっても感じ方は違うし、体調によっても違うんですって。

深見:体調がくたびれてたら、塩辛いのが欲しくなりますでしょう、どっちかっていうと。

代庄野:そうだったんですか。

深見:赤坂に知り合いの人がいまして、天皇陛下がヨーロッパに行く時、料理長として同行した方なんですが、吉兆さんに五年いたのかな。それでまあ、小さいお店開いているんですけど。

この人は、食べる人をぱっと見て、きょうは疲れてるなと思うと、やや塩分を多目に。で、きょうは元気そうだなと思うと、塩分ひかえめに自然に出して、会話を楽しみながら適度にお客さまにお出しする。

次が終わったなと思ったらこの次、次が終わったなと思ったら次とお出しして、楽しんでいる。

庄野:味な料理人って感じですね。

深見:これはもう、大したものですよ。あの集中力と、ぱっと顔色を見て体調を分析して、味の濃さを調節するなんていうのは、もうさすがだなーと思ってね。

そういうプロの味を見て、いつもいいところ見たら、この料理人はこの味を出すのに、一体どれだけの苦しみと研究と修業をしたんだろうなと思って、その味を見たら涙が出てくるのね。

感じるの、料理で、つくった人の心がす!っと。

時々、味の向こうに「これでどうだ」といって、この料理人が、「どうだ」という顔をしているのが見えるの。

それは見事という味ですね。

負けた、ここまではいかん、そしてまた、新しい秘法を開発する(笑)。「これでどうだ」という素晴らしいのをね。秘法も、主になる神様と副になる神様との、神様の調合なんですよ。

で、この神様とこの神様をこの程度入れてやると、こういう効果が出るというのと、料理の味つけのやり方と全く同じなんです。ですから僕は、「驚かなければ料理じゃない」そして「料理じゃなければ神法じゃない」と。

お料理が全ての基本

庄野:私は、料理って、すべてのことの基本になっているんじゃないかなと思いますね。

深見:なるほど。例えば――。

庄野:例えば、こんなゴロゴロのジャガイモの原型を、どうにかしてポテトサラダにしたり、ポタージュスープにしたり、肉じゃがにしたり変えていくわけ代でしょう。

そのプロセスっていうのは、仕事をする時に、こんな企画書を書いて、こういうふうに話をもっていこうとかっていう段階と似てますし。

あとは、音楽づくりなんかだと、例えば、材料選びというところで、演歌でいくかポップスでいくかという、まず素材選び。それから、楽器はどんな楽器 を使うか。

じゃ、ちょっと民族調に、エスニックなスパイスなんかきかせてっていう感じで、また音を重ねていきますよね。

で、音楽の場合は、全部音が仕上がったあと、レコードだったら、どんなレコードジャケットにするかっていうところまで、仕上げがある。

深見:盛りつけで。

庄野:盛りつけなんです、それが。だから、料理っていうのは、子育てもそうだし、何でもそうなんだけども、原型から作品に仕上がるまでのプロセスが一番よくわかる模型だなというふうに思いますね。

深見:私の師の橘先生というのが、料理とケーキの先生で、二千種類ぐらいつくれるんですよ、ケーキを。

ケーキをつくりながら、女性教育をし、料理を通して女性教育をしてこられた。橘先生の料理はものすごく速くて上品な味なんですけどね。

そして、男の子でも、今は時代が違うんだから、殿様然として、ふんぞりかえっちゃいけませんと言って手伝わされました。

特に、料理のプロセスでいつも橘先生に言われておったのは、料理もこの料理がすべてなんだというものの段取りね。

だから、アツアツを食べるためには、まず冷めないものは先に出す。

サラダ、それからお漬物、これ、冷めませんから。そして、サラダといったらドレッシングとフォーク、お漬物といったら取り皿としょうゆとおはしで、それからあえ物、これも冷めませんから。ぬたとか、こんなものは先に出してて、一番最後に、みそ汁、それから、煮込みのアツアツのものを持ってくる。

そしたら、アツアツのものがアツアツで食べられるわけですよね。それから料理を出す時に、女性がお台所に入ってて、ごそごそごそごそやってると一家団らんがないから、料理を出してる間にレンジをふく。

それから、もう最初のほうで、アツアツのが来るまでにあいたお皿があったら下げていって、洗い始めて、レンジも掃除、ディスポーザーのところも掃除、それから、お野菜の切ったやつもこうやってビニールに入れて、そしてアツアツのものを出す時には、もうレンジもきれいになってて、お掃除も全部できてる。

で、最代後にアツアツを持った時に、自分も行って、それで一緒に食べて楽しむと。そ真うすると、アツアツのが一番最後に来て、一家団らんで話しながら、奥さんも野子供もご主人も楽しんで、終わったら、今度はお片づけは一斉にやろうということで、男どもも女どもも一斉に、要するに系統立てて、スポンジを持って、てきぱきと、あれも割らないためのリズムですね。

私はお皿を割ったことがない、お茶わんも。急須は割りましたけどね。もう、万事休す(笑)。

庄野:リズムがいいんですね。

深見:リズムでやると、あんまり割れないんですよ。で、考え事をするとガチャですから。もうお皿がすべてという気持ちで。

庄野:じゃ、洗う人、スポンジ係、すすぎ係。

深見:ええ、それから棚に入れる係と。ですから、家族、兄弟がいたら、それを分担していけば、片づけものがすっと片づいちゃう。

そうすると、その後、一緒にテレビを見たり、団らんできるでしょう。

要領の悪い女性というのは、いつまでも台所でごそごそごそごそして、御飯だけ出して、ごそごそごそごそして、団らんしてる中で、「お母さん」と言っても、ガタガタ洗い物してる、頭が悪い。

で、橘先生は、「男性でも、もう時代が違うんだから、片づけものは一緒にやりなさい」ということで、最初のお弟子は二五人いましたけども、やってました。

みんな橘先生のおうちで、洗い物から料理の片づけまで、一斉に。そうしてやると、時間がとれて本も読めるし、団らんもできる、その料理のつくり方のプロセスの中に、やっぱり要領とか速度、起承転結、盛りつけが入っている。盛りつけのセンスのない人はだめですね。

それから、一流料理人は陶器、器を見て、ひらめくんですってね。見てましたら、日本料理の一流のところに行くと、必ず紺の器が出てきますね。

家庭ではあんまり、紺とか色のきついものは使いませんが、器を見たら、「あ、これにぬたを入れて、上のほうにこれを入れて、この上にお刺身を入れて、あれに盛りつけをしてこう」って。

料理人というのは、自分で器を買うんですよ。この器から料理のひらめき、盛りつけのひらめきが出るんですって。

それを聞いてから私も、どこに行っても器を買うようになりました。

もう、女の子の世界に没入です。たとえば、茶代道をやっていても十年一日のごとく、同じ食器で、盛りつけも全く同じじゃ何のために茶道をしているのか。

日常生活の中にやっぱり、楽しいひとときとか、語らいが要るんで、器を楽しむ、手で触れる、生活用品の器の楽しみから、この茶道というもののお道具の歴史が生まれているわけで。

例えば、喜左衛門のお茶わんというのは、要するに、朝鮮から来た普通の庶民が使っているようなお茶わんなんです。

茶人が持っているのを見て、松平不味公が、「これは面白い」。もう、欠けているし、傷がついているんですよ。

それをさわってみて、「面白いじゃないか」と言ったのが、今、名物ものとなっている最高の作品でお値段がつかない、何十億、何百億もつかないようなお値段。当時、松平不昧公は五百両で買ったんですが、もう、何の変哲もない食器です。だけど、面白いということで、茶人たちは生活の中で楽しんだわけですね。

茶道を勉強している人は、せっかくおけいこしているのに、なぜ食卓のお皿、お茶わんあるいは楽しい盛つけの器を買わないんだろう。

平凡な食器しか使っていない。高くなくてもいいんですよ、気をつけていたら面白いのがありますから、千円、二千円で。私は料理人ではありませんが料理は何にでも通ずるというので、そういうところまで、料理をやっていくと、もうそこに芸術があるし、茶道があるし、神様の世界のとこにカラーコーディネーションがある。

絵の世界もありますよね。やはり、白っぽいのに赤の一点、ぱーんとこの椿が光る、この盛りつけのお漬物の中に、椿の一輪。白いべったらの上に椿があるのは変かもしれないけども、白いものには赤と。

庄野:あと、緑も必ず添えますよね。

深見:緑も添える。緑はどんなの添えます?

庄野:インゲンとかね。

深見:インゲンね。梶の葉っぱは使います?

庄野:知りません。

深見:梶の葉っぱというのは、こういう格好している。梶の葉っぱはふたになるんですけどね。梶の葉っぱには虫がつくけれど、紫陽花には虫がつかない。

ということは、紫陽花の葉に毒気があるということなんです。ですから、梶の葉っぱをふたに使うんですよ。

だから、例えば、なべもののふた、小さなおわんの上にふたをかぶせるかわりに、梶の葉っぱを使う。

それから、何かを盛りつけするうちに、梶の葉っぱを置いて、これは安全で、しかもぴりっとしてて、形が崩れないですね、水をぽんぽーんと打って。

だから、梶の葉っぱを盛りつけに使うというのは、僕も一つ覚えまして、何かあったら、どっかの梶の葉っぱを使いたくて使いたくて、椿を覚えたら、ど つかでもう使いたくて使いたくて。もう、どっかで使わないと忘れちゃうでしょう、そういう感性。

おいしかった。素晴らしい盛りつけだと思ったら、おうちで絶対に今週中にやってやるぞと。強引に女の子がやってるのに割って入って、これは「どうだ」と。

ほんとは、きのう見て感動したから、もう、使いたくてたまんないんですね。これは、僕の発想の原点じゃないかと思いますね。

庄野さんはどういうような盛りつけをされます?

庄野:盛りつけですか?私はごちゃごちゃしているのが好きなんですよね。ごちゃごちゃというのは変だけど。

だから一緒に盛って、並べる時にも色とりどり、いろんなのを散りばめてって感じで。

深見:なるほど。ごちゃごちゃ、そういうのは業界用語では何か・・・・・・。

庄野:何というんでしょうね……。一人一人が、一種、一品ずつ、全部器に入れて、一人に十個ぐらい器を使っているのがありますよね。あれはもう、とにかく洗うのが面倒だから、一緒盛りに、おかずは、どんどん出して、少し大きめのお皿にとって食べたほうがいいかな。

深見:賢いね。片づけがありますものね、あとで。

庄野:テーブルも狭いし。

深見:なるほど、これはぜひやってみたい。やってみたいというのは、そのうちなんですよ、「というふうに「しなさい」と女の子に言って、また新しいことを考える、考えるのが好きなんですよ。

庄野:いいことですよね。

深見:でも、合理的ですね、それは、確かに。

庄野:味が混ざらないように気をつけて混ざるものは、ちょっと別のおわんとかに入れますけどね。

深見:一つ洗えばいいですものね。あとは小皿でね。確かにそうだ。

庄野:でも、もっと簡略化しようと思うと、学生食堂みたいな型抜きのプレー………だったらいいですね。ここにおかず、ここにあのおかずを入れて、ここに御飯を入れちゃったりすると、洗うの一枚で済む。

深見:ほう、これは確かにそうだ。一枚、ゴブゴブと洗えばね。今度、一度、型抜きプレートというのをつくって、ワールドメイトの神法悟得会に参加した人にあげるとかね。

庄野:そのあいた時間を有効に使いましょうと。

深見:それはいいな、型抜き、おわん、お皿、ぜひここにマヨネーズを入れる空間をいただきたいですね。

庄野:真ん中がいいですね。

深見:マヨネーズ空間が。

庄野:御飯にもつける。おかずにもつけるという感じで、いいと思います。

深見:そういうのを、この本の中に書いてます?

庄野:書いてないかな。料理はたくさん出てるんですけど、読物中心に書いたんで、何か昔の・・・・・・。

庄野:そう。

深見:そういう小説もお書きになっているんですか。

庄野:ええ、書きたいと思っているんですけどね。あと、私、出身が大阪なので、関西のほうで子供の頃の食の思い出というか、レトロフーズということで、一つ、章をつくったんですけど。先生、ご存じですか、ミルクせんべいとか。

深見:知ってます、知ってます。

庄野:縁日で、ふわふわのぺたんこのおせんべいに、練乳か何かで……。あれ、東京で……。

深見:練乳という、その言葉を聞くと、御魂が反応するんですよ。私は、この地上で最もおいしい食べ物、それは練乳と思ってますから。

深見:あれ、だいごという味、だいご味というでしょう、だいごというのは練乳の味ですね。

庄野:へえー。いや、それを東京で言ったら、だれも知らないと言うの。みんな、ソースせんべいしか知らない。だから、それはいけない、あれはミルクせんべいでなきゃいけないという話が出てたり……。

深見:南無妙ホウレンソウとか、意味は知らない、栄養はご存じのとおり。面白いですね、私、ぜひ、これを読ませていただいて、やがて私も、深見:東州の「神通力料理」という本を、将来、出そうと思います。

庄野:それ、いいですね。お手伝いさせて下さい、その時は。

深見:ええ、ぜひ。じゃ、そろそろこのあたりで。非常に楽しい会話でした。

私も料理好きのこういう方にお目にかかれて、日ごろ、一人で温めておった料理に対するロマンが、きょう、開花したような感じで。

庄野:私なんか、帰ってやってみようと思うことが幾つかあります。

深見:いや、私も帰ってやってみようと思ったことが幾つもありましたので、次回、お会いした時には、成果の発表会をしたいですね。

庄野:そうですね、「どうだ」という感じで、出し合う。

深見:「これでどうだ」という。

庄野:「これでどうだ」、「負けました」という……。楽しみですね。

どうもありがとうございました。

深見:どうもありがとうございました。
(平成二年一月七日=日比谷公会堂=より)

せんだみつお(タレント)

生活の中にギャグがある

せんだ:お会いしたのは今日が初めてなんですが、実は僕、以前から深見さんの著書を読んでいたんです。

ある方から薦められまして。それで「人を恨むと運が逃げる」など深見:さんの教えを心掛けていたら、お蔭様で仕事が増えるようになったんですよ。せんだみつおの第二黄金期到来です。

深見:いやいや、私のお蔭だなんてそんな。第二黄金期か。巨人軍みたいですね。

せんだ:それに、お会いして思ったんですけど深見:さんと僕って顔が似ていると言うか、同じ原アジア系の顔立ちですよね。

深見:あ、それは言われたことがあります。「せんだ:みつおに似ている」って。「高貴な顔だ」とも言われるので、そうするとせんだ:さんも本質的には高貴な二枚目ということになるのかな(笑)。

せんだ:なんたってスターですからね(笑)。でも本当の意味でスターと呼べる方なんて現代の日本には誰もいませんよ。

親戚の伯父さんなんかは「俺の甥っ子はスターだからねえ」とか自慢してくれますけど、今じゃテレビに出る人は皆「タレント」でしょう。普通の人たちと変わりませんもの。まあそうは言っても、僕をそんじゃそこらに溢れている並のタレントと一緒にしちゃあいけませんよ。

深見:どうしてですか、急に自信たっぷりになっちゃって。

せんだ:いやもう、今売れてる連中なんて、このせんだ:みつおから見たらどうってことありませんよ。僕はこう見えても並のタレントじゃありませんから。並よりちょっと下なんです。

深見:なるほど(笑)。

せんだ:なるほどってそんな、あっさり納得しないでくださいよ。自虐的なギャグで笑いを取ろうと思ったのに、深見:さんのリアクションの方が面白いんだから嫌になっちゃうなあ。でも安心しました。

本のイメージがあったので緊張してたんです。こんな凄い方にお会いして、いきなり「あなたが売れない原因は……」とか言われたら怖いなとか思っていたんですが、実際にお会いしたらニコニコしていらしてとても温和な方ですし、控室に入ったらスタッフの方がうちの子に鯉のぼりをくださったりとお優しくて。喜んでましたよ、うちの子。

深見:それはよかった。この講演会が端午の節旬の前日ということでして、五月生まれの方に何かおまけのプレゼントをと準備したものなんです。

せんだ:あんまり嬉しくて「外へ行って売ってくる」と飛び出していきました。

深見:(笑)逞しいお子さんですねえ。

せんだ:そういう家系ですから。真面目なことを教えてもすぐにギャグにするところまで僕に似てしまってるんですね。先生のお書きになった本に「ウムチ ツツジ」というおまじないが載っていらしたでしょう。

体操の具志堅選手が本番前に唱えていたエピソードが書いてあって、それを教えたら「ハルチ・ツムジ・コマネチ」なんてふざけて、語呂のよさが気に入ったのかしょっちゅう「ハルチ・ツムジ・コマネチ」と騒いでいるんです。おいこら、コマネチはお父さんのギャグだそ、横取りするなと叱ったんですよ。

深見:さすがは芸人のお子さんというか。でも赤や金ラメのブレザーに蝶ネクタイなんて衣装まで真似をしだしたら大変だ。

せんだ:担任から「学校は厚生年金会館ではありません」と怒られたり。

テレビでは派手な衣装やかぶりものも平気なのに、家族の前だとやっぱり気恥ずかしいですよね。ゴールデンウィークということで、たまには父親が働いている姿を客席から見てもらおうと連れてきたんですが、家内から「子供が見てるんだし、偉い先生と会うんだから地味な格好にしなさい」と言われたので、今日は珍しくグレーのスーツなんです。

芸能人としては地味でしょう。ただしネクタイはアルマーニ。

これは芸人のプライドとして一応言っておかないと。深見:アルマーニですか。なるほど、第二黄金期到来の実感が出ていますね。

せんだ:芸人たる者、ステイタスを示すためには高級品を身に着けなくちゃなりませんよ。玉川高島屋のローンで買ったんですけどって、ああ、どうしても自分の生活ネタでオチを付けちゃうなあ。僕、ビーグル犬を飼っているんですけど、これもローンだったんです。

深見:やはり玉川高島屋で。

せんだ:そうそう。あそこの屋上で、十七万円だったかな。で、名前がジョンなんです。フルネームは「ジョン・ローン」(笑)。

深見:ローンが終わるまで死ねませんね。

それにしても、芸人さんて生活全てをギャグにしなければ気が済まないんだなあ(笑)。

せんだ:生活をギャグにと言うより、僕の場合は生活そのものがギャグですから。苦笑するようなネタばかりなのがなんですけど。

芸能人という妖怪

深見:最近は芸能界の裏話をメインにした番組がウケていますよね。表の顔が 面白いなら裏の顔はもっと面白いはずだとつい興味をそそられてしまうのですが、せんだ:さんぐらい芸歴が長いと色んな話を知っているのではと思いまして、できたらちょっとお聞かせ願えませんか?

せんだ:うーん、本当はヤバイんですけどねえ。テレビでオンエアー時に「ピーッ」が入る場合でも躊躇するぐらいですから……。

深見:あ、まずいですか?

せんだ:まずいですねえ。でもばらしちゃいましょう(笑)。ある俳優さんですけどお齢を召していらっしゃるのに元気でして、奥さん以外に恋人がいるんですよ。

それで、普段はトランクスを履いているんですが、恋人と会う時はブリーフタイプの下着を履いて行くんです。

デートだから格好よくしようと。そのブリーフに細工があるんですね。真ん中の大事な所に切れ目が入れてあって、元気になると布地を裂いてバリバリバリっと出現するんですよ、アレが。

深見:はあ、『大金運」。

せんだ:またまた、さりげなく著書の宣伝しちゃって。この話はご本人からお聞きしたんで、間違いないですよ。名前は言えませんけどね。

深見:少しヒントを出してくださいよ。

せんだ:言えませんってば。それにしても元気なご老人ですよ、あの方も。いつもは手下にやらせてるのに、恋人が相手だと自分から「この印籠が目に入らぬか!」(笑)。分かっちゃいました?まずいなあ。

それとですね、芸人さんというのは縁起の善し悪しを非常に気にするんです。

靴下でもハンカチでも何か赤いものを一点持っていると縁起がよいと聞くとすぐに実行しまして、それが仲間内に広まるんですよ。これは流行で広まるのではなくて、派閥内での掟としてなんです。

深見:俗に森繁ファミリーとか森光子ファミリーとか言う、あれですか。

せんだ:ええ。芸人社会というのは先輩後輩の縦関係を重視しますからね。よく効く薬だとか、例えば随分昔に紅茶キノコが流行りましたでしょう。

それを仮に森光子さんが楽屋で「これはとてもいいのよ」と言うと、次の日には一座の全員が紅茶キノコを飲んでいるんです。「座長、僕も始めてみましたけど本当によく効きますねぇ」。「あらあら。あなた、ちょっと台詞を増やしてあげましょうか」なんて具合に、怖いくらい徹底してますよ。

深見:そうなるともう、ゴルフができないサラリーマンが出世できないのと一緒ですね。

せんだ:そう言えば「ゴルフで相手の人格が見抜ける」と主張する企業家もいますね。芸能人というのは自分を演じる商売ですから、画面以外の所でないと素顔が見えないんですよ。

特に楽屋とゴルフ場は凄くて、足の引っ張り合いになりますね。テイクバックした瞬間に「ヨイショ!」なんて野次を飛ばされたり、本来の性格がもろに出るんです。

あればビートたけしさんと片岡鶴太郎さん、それと僕の三人でやった時でしたけど鶴太郎さんが三回連続で空振りをして、普通は恥ずかしさで黙ってしまうのに「いやあ、たけしさん、ここのコースは難しいよ」と、平然と言うんですよ。これが普通の感覚として通用する世界ですから。

深見:普通の人と会う時の方が緊張してしまいますね。

せんだ:まったく普通だったり、とことん変わったりした方ならいいんですけど、ちょっとだけまともという人が一番怖いかなあ。ごくまっとうに受け答えしていただいても、この人たちとは溶け込めないんじゃないんだろうか、腹の底では俺を嫌ってるんじゃないだろうかと不安になるんです。

芸能生活を長く続けるうちに、その人が僕をどう思っているのか瞬時に見分けられるような、動物的な勘が鋭敏になりました。

深見さんにご挨拶した時も、この方は冗談を受け入れてくださる方だなって、ピンときたんですよ。

深見:私も色々な職種の方とお会いしましたけれど、第一印象で「これはウマが会わないな」と感じてしまうと、それを解消するのが一苦労ですね。

結果的に打ち解けられても、第一印象が気まずいものだと寂しいものです。だから初対面の相手には必ずフレンドリーな態度で接しないといけませんよ。

せんだ:全ての人が深見さんのようなひとだったら素晴らしいですよね。あれはパーティーの席で千代の富士関とお会いした時だったんですけど、僕の先輩である小野ヤスシさんの紹介で「どうもどうも、いつも小野さんにお世話になってます」と手を差し伸べたら、にこっと笑ったものの握手をしてくださらず、「小野さん、この人誰?」と聞いたんですよ。

本当は僕のことを知っていらっしゃるんで、もちろん冗談で言ったんでしょうけど、ほら、お相撲さんだから体は大きいわ筋肉は隆々としているわで、表情が笑っていても迫力があって怖いんです。

お相撲さんとしては大好きだっただけにショックを受けまして、嫌なこと言う人だなあ、ぶっとばしちゃおうかなあ、でも逆にぶっとばされちゃうんだろうなあって、頭を掻きつつ気弱な笑いで済ましちゃったんですよ。

世の中には悔し笑いというものがあるんだなと初めて知りました。芸能界は狐と狸の化かし合い、妖怪大合戦ですよ。化かし合いに負けた奴は悔し笑いするしかないんです。

弱さが魅力になる

深見:でも、弱者=敗者とならないのが芸能界の面白いところですね。ビートたけしさんのように初対面の人相手でも臆しない、強い心臓を持ったキャラクターが人気を得る一方で、それを引き立てる役と言うか、補完的な、気弱で腰の低いキャラクターにも需要がある訳じゃないですか。

強い人ばかりが集まっていたら鼻持ちならないところを、せんださんのように心根の優しいタレントさんが救っているんですよ。せんだ:さんって、ただ気弱そうなのではなく肌のつやつやした、運気のよいお顔をしていらっしゃいますよ。

せんだ:そう言っていただけると嬉しいですね。いい顔してますか?

深見:今年で四八歳だそうですが、とてもお若くみえます。

せんだ:照れちゃうなあ。いや、またお笑いにしちゃいますけどね、普通の人に会うとよく、テレビで見るよりスリムですねとか、以外と背が高いんですねとか言われるじゃないですか。

それで、五年前にゴルフへ行った時、キャディーさんが「せんださん、テレビで見るより若いわね。本当よ、実物は十五歳ぐらい若く見えるわ」と、真顔で言うんですよ。一体今まで幾つに見てたんでしょう。

深見:いや、気の強い芸人さんならそこで毒舌の一つも吐くところですけど、黙ってしまう気弱さ、よく言えば温和さがせんだ:さんの魅力ですよ。

太鼓持ちのように卑屈じゃないでしょう。自分の弱さをからっと笑ってしまえるのは、芯が強い証拠です。

ところで、今こうやってお話をしていてふと思ったのですが、三三歳で一つの変化があったのではないですか。守護霊が、三三歳から禅の僧侶に変わっています。

その時から、新しい自分を発見して、猛然と頑張り始めたはずなんです。

せんだ:三三歳。そういえば、その歳に上の子が生まれましたね。実際、そのことが精神的に大きな転機になったように思います。

確かに、この世界、本当に弱かったら十何年も続けられませんし。僕は昔のスケジュール表を大事に取ってあるんですけど、第一黄金期の頃は隅から隅まで仕事の予定がびっしりと書き込まれていて、真っ黒なんですよ。自分のことなのに、こいつはいつ寝ていたんだろうと思う程のハードスケジュールで、よくぞこれだけはたらいてきたなあと感心してしまうんです。

あの頃は子供も小さかったですからね。最近は家族で昔のスケジュール表を見ながら、ほら、お父さんはこんなに忙しかったんだよなんて子供に自慢しています。

それに芸人の見栄が加わりますから、うちの子供たちはビートたけしさんやタモリさんを僕の弟子だと信じていますよ。僕の方が先輩だっていうのは事実なんですけど。

深見:タモリさんのデビュー当時というと、イグアナのものまねだとか、それと「四カ国語マージャン」だったかな。ドイツ人や中国人を一人で演じて、それっぽい言葉をアドリブででっちあげるネタでしたよね。

せんだ:わりと過激なネタなんで、今じゃ滅多に見られませんけど、あれは僕のやっていた「噂のチャンネル」でヒットしたんです。

この番組からは所ジョージさんも出ていて、その後、東京で「銀座NOW」を始めると関根勤さんが人気を得るようになりました。

だから皆、私の弟子(笑)。こんな言い方は失礼ですけど、僕の芸を盗んで、そして踏み越えていきましたからね。なのに誰も手を差し伸べてくれないという、怖い世界ですよ。

深見:今は挽回を図っていらっしゃる訳だ。

せんだ:挽回と言うより、皆にバチが当たればいいなと思っています(笑)。思っちゃいけないんだけど、どうしても本音でしてね。

これは杉原さんというゴルフの名人がおっしゃっていたんですけど、試合で後のプレーヤーがパットを失敗すれば自分の優勝だという場面になると、情けないと分かっていながらも「どうぞあいつが外しますように」と願ってしまうそうなんですね。

仕方がないんですよ。全員が一位になれる訳はありませんし、芸能界のように「弱者のトップ」なんてポストはないんですから。

深見:芸能界にだって敗者はいるけれど、それを決めるのは美醜や貧富のような、一般社会の価値基準に基づいた優劣ではなく、イメージがどれだけ浸透しているかということなんですね。普通なら平凡な生活の中にも幸せを望めますが、平凡な芸人だったら成功できませんよ。

せんだ:だから、女性週刊誌のイメージ調査ってありますよね。ベストとワーストのランキングを発表するやつ。例えば「抱かれたいタレント/抱かれたくないタレント」のランキングだったら、普通の感覚では「抱かれたい」のベスト1になった方が嬉しいじゃないですか。

だけど「抱かれたくないタレント」で僕は九位だったんですけど、一位のタモリさんを羨ましく思うんですよ。

やっぱり名前のある人は違うなあって。夫として家内には悪いなと思う一方で、芸人の自分はワーストなりの一位に憧れてしまうんです。

そうは言っても「無教養なタレント」の一位に三年連続で選ばれた時にはさすがに落ち込みましたけどね。自分で演出しているイメージなのに。

深見:実際は勉強家だそうですね。

せんだ:本が好きなんです。あらゆるジャンルを片っ端から読む乱読派でして、うちにいらっしゃった方は部屋に本が沢山あることを意外だと言います。

特に好きなのは歴史もので、アフリカ大陸を探検したリビングストーンの伝記だと野口英世だとか。ある分野の開拓に一生を捧げた人の記録には心を打たれますね。

小学生の頃に読んだ、リンカーンが暗殺前日の夜に、自分が殺される正夢を見たという話は興奮しました。

深見:どこか遠い場所を目指す人への憧れと言うか。せんだ:さんの性格にも影響していますよ。自身が冒険のリーダーになるのではなく、開拓や航海に同行する牧師のような、旅の疲れを話によって癒したり元気づけたりするキャラクターがいるじゃないですか。せんださんはまさにそれです。

せんだ:遠い地への憧れは確かにありますね。これは本だけでなく、生い立ちにも関係があるんじゃないかと思います。

僕は日本領土だった頃の樺太、現在のサハリンで生まれたんです。父は樺太の真岡にあったパルプ会社に勤めていまして、旧ソ連の占領で捕まったりもしたんです。僕が生まれたのは終戦後の一九四七年で、本土に引き揚げたのは一歳の頃でしたから、記憶があるはずないんですけどね。

深見:幼い頃から聞かされるうちに、自分が生まれた異国へ郷愁が芽生えたんですよ、きっと。

せんだ:そのせいでいまだに「本当は樺太犬じゃないの?」なんて言われますけどね。そう言えば「隣の犬を見て頬を赤らめるなあ」なんて、これ、一応ギャグにしてるんで笑ってください(笑)。

「本をレジに持っていった時、店員さんの視線が気になるんです。「せんだ:はどんな本読むんだ」っていう(笑)」

芸人はつらいよ

深見:異国に憧れ、冒険者たちの伝記を読む一方で私の本を読んでいただいてるんですね。本当に趣味が広い。ところで、ご感想はどうでしたか?

せんだ:内容はとても素晴らしかったんですが、実は……。

深見:何か問題が。

せんだ:いやね、芸能人といえども本はレジで買わなくちゃならないでしょう。しかしテレビで顔が割れてるし、そうすると店員さんの反応が非常に気になるんですよ。

高尚な本を買う時だと「せんだ:の奴、こんな本を読むのか」と思われているんじゃないか、ビジネス本を買う時だと「お、やっぱり貧乏してるんだな」と思われているんじゃないかって、まあ被害妄想なんですけどね。

せんだ:がどんな本を買うのか注目されているんだと思って、本の内容に関わらず視線が気になるんです。例えば「私はこれで成功した」だとか「こうすればあなたの財産は二倍になる」、「まだまだ儲かる株式の秘訣」なんて本は、堅気の人へ向けて書かれている訳ですよね。

それを、成功した財産も増えていて株や土地のサイドビジネスも持っているはずの我々芸能人が買うと、どうも視線が痛いんですよ。だからいつもは家内に買い物を頼むんです。お金を渡して、この本を買ってきてくれって。

買うのが一番恥ずかしかったのは「うまい司会者になるコツ」(笑)。まずいですよねえ、本職がこんな本を買っちゃあ。

深見:普通の人ならよその街で買えば済むのに、芸能人だとどこへ行っても顔が知られていますものね。

せんだ:お蔭で、車をぶつけられても文句が言えないんですよ。

いつも笑顔ってイメージがありますから、ぶつけた方も「せんだ:さん、いつも見てますよ」と先手を打って、これをやられたらごたごたは起こせませんよね。

常に善意の人でいたいなと思います。情けは人のためならずで、自分自身を高く保つために。ただしそこでも世間の目が気になりますから、人が見ていないところで善行を積みたいんですよ。

冬の夜に車を走らせていたら道端にうちとおなじビーグル犬が死んでいまして、あまりに凄くて可哀想で、段ボールに収めて轢かれない場所に移してあげたんです。最近ではあれば一番の善行でしたけど、これって人に言ったら「善人ぶりやがって」とか思われるかなあ。

深見:いやいや、人知れず善行を積むのも素晴らしいことですけど、それを聞いた人が感銘を受けてくださるなら、話すのもよいことですよ。

私も自信のある行いはできるだけ人にお話しして、ご理解とご協力をいただこうと思っているんです。

現在はブラインド・ゴルフという、目の不自由な方々によるゴルフのイベントを手掛けていまして、日本盲人ゴルフ協会(現・ジャパニーズブラインドゴルフ協会)を設立しましたよ。

せんだ:僕がテレビの仕事をしているからかもしれませんけれど、目の不自由は手足や耳の不自由より辛いでしょうね。単純に比較してはいけないんですけど…。

また玉川高島屋での話なんですが、昔店内で親子の会話が聞こえたんですよ。「誰?」、「せんだみつおさんよ」って、何だ、僕を知らない人がいたのかなと思って振り向いたら、盲導犬を連れていたらしいんです。

握手してしばらくお話をしながら、ああ、僕はいつもテレビに出ているけど、その姿を見られない人がいるんだなと、複雑な気持ちでした。

深見:せんださんも盲人ゴルフに参加してみませんか?芸能人の方では菅原文太さんがご理解を寄せてくださってるんです。世界大会のチャンピオンだとドライバー・ショットで二八〇ヤードを飛ばすんですよ。それくらいの自信があるとコンプレックスも解消されて、「盲人は不自由ではあるが不幸ではない」と、胸を張って言えるんですね。

せんだ:凄いですねえ。スケジュールは空きっ放しですから、もし何かにご協力できることがありましたらいつでもおっしゃってください。

深見:ありがとうございます。やっぱり善意の人ですよ、せんださんは。

せんだ:自分が身を置いている芸能界を殺伐とさせたくないんです。僕はマネージャーのミスで仕事先にご迷惑をおかけしても、「いや、タレントの私が悪いんです」と責任を引き受けるようにしているんですよ。

深見さんの本でよく出てくる松下幸之助さんは社内の決定事項全てに自分のハンコを押していて、うまく行ったら社員のお蔭、失敗したら自分が悪いと言っていらしたそうですけど、芸人もそうした責任感を持つべきですね。

タレントとプロデューサーの板挟みになっているマネージャーにできるだけ迷惑をかけず、いつも感謝の気持ちでを持つようにしています。

いるんですよ、「こんな仕事を引き受けやがって、この無能マネージャーが!」と怒鳴ってるのに、プロデューサーがくると「どうもどうも、おはようございます」って態度を豹変させる人が。

深見:なんで鼻をこするんですか?

せんだ:ばらしちゃ駄目ですってば(笑)。

深見:松下幸之助さんはいつも「私は失敗したことがない」と豪語していたそうで、客観的に考えたら失敗だということも、試行錯誤の中での一段階なんだと、前向きに考える方でしたからね。

負けたと認めないうちは敗者ではありません。せんださんも負けない方ですから、いつか大成しますよ。

せんだ:「受けない。金ない。仕事がない」の三重苦でもギャグにしちゃってね(笑)

深見:(笑) ありがとうございました。
(平成元年5月3日=日比谷公園堂より)