徳川家康の座右の書「宋名臣言行録』
家康公は、『宋名臣言行録」を座右の書にして何度も何度も読み返した、と言い伝えられています。
「宋名臣言行録」というのは、宋の太祖が部下たちにどういうことを語ったのかという言行録ですけれども、平和な社会、および順調にいっている会社、順調にいっている組織を継承する者にとっての最良のテキストです。
宋の時代の太祖をはじめ、戦国時代を平定する英雄は偉いし、それだけの偉業をなし遂げるのは大変です。
しかし、平穏無事な社会、平和な社会を維持していくことは、動乱の世の中を平定していくよりもっと難しい。危機感や切迫感がなくなって、人々が平和に酔って緩んでくる、たるんでくる、だらけてくる、お互いの欠点や粗が見えてくる。
そういう平和な世の中、平和な社会を維持していくのは戦国時代を平定するよりももっと難しい。ということで、家康公も「宋名臣言行録」をずっと読み続けて、出来上がった社会をいかに平和に継承し、組織を整えていくのかということを絶えず考えていたわけです。
無から有を生むとか、動乱の世の中を治めていくというのはもちろん、一つの英雄像なんですけれど、ちゃんと治まった世の中をどう継承していくのか。これは本当に難しいことです。
神社で言うならば、無から有を生んでいくのは諏訪の神様。
スワ一大事のときにお出ましになって、この神様のお働きによって事業なり会社なりが確立するんですけれども、いったん出来上がったものを維持していくときに力を貸してくださるのは鹿島神宮の神様。剣に象徴される鹿島の神様のような実行力、権威、威厳、意志の力がないと、維持できないわけです。
ボクシングの世界でも、チャンピオンになるより、チャンピオンになってから防衛するほうが難しいと言われています。
チャレンジャーは、「チャンピオンを打ち負かして、タイトルを奪い取るぞー!」という気持ちでぶつかっていけばいいんですけれど、次々と挑戦を受け続けるチャンピオンは大変です。
だんだん歳を取ってきますし、マンネリ化して飽きてもくるでしょうから。
それに、チャンピオンになったら経済的に豊かになります。それでも挑戦者を払いのけるために力量を維持していくというのは、並大抵の努力ではできません。
やはり、剣のような強い意志力と精神力がなかったらできないわけです。「宋名臣言行録』には、そういう、チャンピオンが防衛を重ねていく秘訣が書かれているわけで、これを徳川家康公は座右の書にしていたのです。「宋名臣言行録」は、いまの世にも通じる古典の名著です。
家康公にしても松下幸之助にしても、いま申し上げた先代の原点に返っていくことによって、リーダーシップを維持できるんだ、と言っているわけですが、二代目、三代目になったら、優秀な忠臣たちとうまくチームワークをつくってやっていく。
これが一つの重要なやり方なのです。ただし、これはあくまでも社会がうまく機能しているときの話です。会社で言うならば、業績が上がっているときの心得であって、いわゆる官僚タイプでもやっていけるわけです。
時代の変化に対応せよ
ところが、もう江戸幕府が潰れるかどうかという、危機的な状況のときにはこういうやり方は通用しません。
幕府が倒れるか、会社が潰れるかという危急存亡のときにはもう、先代の遺訓を云々している場合ではありません。
たとえば十五代将軍徳川慶喜。彼もまた立派な名君です。歴代の徳川将軍の中でも何本かの指に入るほど優秀な人物でした。徳川慶喜がいなかったら、日本の国はどうなっていたか分かりません。
あの戊辰戦争のとき、慶喜が重臣たちの意見に賛同して、官軍と徹底的に戦う姿勢を示していたら、日本はフランスかイギリスに乗っ取られていたかもしれません。
幕閣の小栗上野介あたりは、北海道を担保にしてフランスからお金を借りて戦えば、薩長連合に勝てるから徹底抗戦するんだと言っていたわけです。
そういう戦略を立てられるだけの優秀な重臣がいたわけですけれど、尊皇攘夷の思想に共鳴していた徳川慶喜は、「いや、それはやらない」と言っ
て、主戦論を展開している幕閣とは会わないようにし、戦わずして禅譲しました。
慶喜がその気になれば、幕府側も戦えるだけの戦力があったわけです。江戸で官軍を迎え撃ち、これを撃破するだけの戦力はあったんですけれど、もし江戸が戦火にさらされることになれば、その隙に乗じてフランスかイギリスか、他の国に日本は侵略されるだろう、植民地にされるだろう。
しかし、それは何としてでも防がなければならない、ということで慶喜は禅譲したわけです。
そのように、徳川幕府が倒れるかどうなのか、松下電器が潰れるかどうなのかというときには、先代の遺訓を守る云々の話ではない。
先代のときとは時代が違うんだ、と。「宋名臣言行録」で語られているような平和な世の中ではない。動乱がくすぶっていて、国なり会社なりが潰れるかどうかという危機のときに引き継いだ二代目、三代目はどうしたらいいのか。
トヨタの場合も、トヨタの危機が叫ばれるようになったときに、奥田碩さんが抜擢されました。ソニーの場合はそれほどの危機ではありませんでしたけれど、新しい時代に向けて早めに対応しなければならない、ということで、盛田昭夫さんから大賀典雄さん、そして、出井伸之さんに引き継がれました。
もちろん、創業者の精神は生きているし、生かしていかなければいけないんですけれども、時代にマッチしたやり方に変えていかなければいけないわけです。
ときには必要なマキャヴェリズム
先ほども言いましたように、二代目、三代目の基本的心得は、先代の原点に返ることにありますけれど、事業がどんなに平穏無事であろうと、時代は絶えず変わり続けているわけです。
その変化に乗り遅れれば、たちまち経営は危機に陥ります。ですから、創業者の精神は守っても、やり方は時代に即して変えていかなければならないわけです。
そういう場合、最も典型的というべきか、最もマキャヴェリズムに徹したやり方をしたのがマイクロソフト日本法人の先代社長です。たしか成毛さんと言ったと思います。
この人は、うんと若いんですけれど、マイクロソフトの日本法人の社長として、シェアを何パーセントも伸ばすなど大成功させたのです。ところがある日突然、自分で会社を興したいからということで辞表を出した。
それで、ビル・ゲイツがわざわざやってきて、「君のような優秀な人材はほかにはいない。引き続きわが社でやってくれ。給料もたくさん出すから」と引き止めたんですけれど、「いや、私は自分の好きなように生きたいと思います」と断って、自分で会社を始めたのです。
それで、この人がマイクロソフトでどういうことをやったのかといいますと、三十代か四十歳そこそこでマイクロソフト日本法人の社長に就任すると、すぐにそれまでの重役やら秘書やら、前の社長の息のかかった人たちを、やりにくいからという理由で、クビを切ったり左遷したりして部署を替えてしまったんです。
まるでアメリカの大統領みたいです。アメリカでは大統領になりますと、大臣から官僚まですべてを替えます。
日本の場合は、大臣を替えても官僚までは替えません。ところが、アメリカの大統領になったら、官僚から何から、その人の系列に全部替わります。
日本の場合は、替わりましても、これはという人は残ったりしますし、官僚はほとんど替わりません。少しは替わることもあるでしょうけれど、アメリカみたいに左から右に替わりません。
なぜそういうことをやるのかというと、さっきも言ったように、自分がやりやすくなるようにするためなんです。前の社長の息のかかった人間を左遷したり、部署を替えたりするんです。
これは非常にヨーロッパ的なやり方ですね。勧めているわけではありません。
前の社長の息のかかっている人間、やりにくい人間を全部クビにするなんて、非常に極端な、悪の権化みたいなやり方です。
歴史上、このやり方である程度の成功を収めたのが漢の高祖です。漢の国を制定したときに、再び動乱が起こらないように、国が安定するように、才能のある忠君、重臣たちを全部、殺してしまったんです。
優秀な部下をそのままにしておくと、いつ謀叛を起こしたりするかも分からないので、才能のある自分の重臣、部下を皆殺しにしたんです。
そうすると、動乱の芽とか反乱の芽が全部摘めるでしょう。その結果、漢の時代の平穏がずーっと続くんだ、と。しかし、こんなやり方でいいんでしょうか。
たしかに国は落ち着くかもしれないけれど、地獄に行きますよね。
それに対して家康公や松下幸之助は、忠君たち、重臣たちと仲よくやりなさい、大事にしなさいと教えています。これは日本的なやり方ですね。
漢の高祖は違うんです。自分のためにすべてを捧げて頑張ってきた重臣たちを大事にするどころか、全部殺してしまうんです。
そうしておいて、自分の後継者に、「お前、跡を継げ」と。それは動乱の芽は摘むかもしれないし、社会がより安定するかもしれないけれど、そんな無慈悲なことは、日本人にはできないですね。
中国人だからこそできるんです。漢の高祖ほどではないにしても、マキャヴエリの考え方はこれに似ています。
マキャヴェリは「君主論」のなかで、新しく君主の座に就いた者は、前の君主の息のかかった者を皆殺しにしろ、左遷しろ、そして、自分の息のかかった者だけで国家を運営していけばうまくいく、と言っています。
これは極端な話ですけれど、マイクロソフトの成毛さんはマキャヴェリズムに徹していました。外資系企業はだいたいそんなものかもしれません。
その成毛さんや漢の高祖とまではいきませんけれど、マキャヴェリズムが薄まった感じだったのが、フジサンケイグループの鹿内ジュニアでした。
お父さんに仕えてきた重役たちが硬直化してしまっている。お父さんの代の忠臣、忠君たちが歳を取ってきて、考え方が凝り固まって、組織も縦社会で固まっている。
コスト削減を叫ぶあまり、仕事の多くを外注に回してしまって、番組づくりへの情熱が低下してしまっている。これでは沈滞ムードが漂うのも当然だというので、外注に出していた仕事の多くをフジテレビの社員にやらせて、組織を活性化したのです。
その結果、驚くほどの大躍進を遂げました。
鹿内ジュニアはそのとき、お父さんの時代から仕えてきた重役たちを全員左遷しました。だから、うんと怨まれました。
それでも漢の高祖ほどではありません。漢の高祖は、優秀な忠君たちをすべて殺してしまったんですから、これはすごい話です。「君主論」を著したマキャヴェリも、おそらく漢の高祖を勉強したんでしょう。
マイクロソフトの社長であった成毛さんは、そのマキャヴェリズムに徹して会社を成功に導いたわけです。
おそらく、ビル・ゲイツにとって失いたくない片腕だったんでしょうけれど、自分が主で、自分の才能だけがモノを言う実力社会では、優秀な人間はいつまでも同じ会社にいません。
会社への忠誠心はほとんどないといっていい。だから、欧米の場合、後継者というのは考えにくいのです。
とにかく、一番優秀で実力ある者がリーダーになればいいということですから、日本の場合とかなり風土が違います。
しかし、鹿内ジュニアは欧米の実力主義的なことをやりました。お父さんの代の重役たちを切って、自分に忠実な者に切り替えたわけですから。
それが可能だったのも、業績が悪かったからです。他のテレビ局に差をつけられて、フジテレビが落ち目になっていたから、思い切った改革が断行できたし、昔からの重役たちを切り捨てても、ある程度、受け入れられたわけです。
会社が順風満帆だったら、家康公とか松下幸之助がやったようなパターンでないといけないんですけれど、会社が危機を迎えているときはどうなのか。
危機を迎えているということは、事業内容、事業形態が時代の要請に合っていないということであり、多くの場合は、組織の硬直化、老朽化にその原因があります。
そういう場合は、鹿内ジュニアのように思い切って組織改革を断行する必要もあるでしょう。
トヨタの奥田さんも改革者ではありますけれど、トヨタの場合は、豊田家がちゃんと温存されているわけです。これは日本的です。
前述したように、豊田家は天皇のような存在で、首相に相当する社長が英断し、改革を遂行していくのを見守っている、と。創業一族である豊田家が大きな求心力を持ちながら、改革は他の者にやらせているわけです。
先ほども言いましたように、後継者は先代の精神に基づきながら、絶えず原点に返っていくことを第一の心得としなければいけないんですけれど、会社の業績が悪くなり、危機を迎えているときは英断が必要です。
業績が悪化しているのは、時代の変化に対応できなくなっている証拠だから、老朽化し、弊害化し、硬直化している組織を、思い切って刷新したほうがいい、と。
調子よくいっているときに組織改革をやると誰も支持しませんけれども、みんなが危機を自覚しているときに改革に着手すると、素晴らしい後継者だ、優秀な後継者だと言われます。
「易経」が教える改革成功の極意
しかしそれは、あくまでも状況によるんです。順風満帆ですべてが調子よくいっているときに改革に乗り出したら、誰も納得しないし、ついていきません。
それに対して、伸るか戻るかの危機を迎えているときは、後継者に求められるものが自ずから違ってきます。
まずは思い切ったリストラクチャリングが必要でしょうし、マキャヴェリの君主論的要素も必要でしょう。
漢の高祖みたいにはできませんけれども、鹿内ジュニアのように、度胸と覇気を持って先代の慣例を断ち切って、新しく蘇生していくように持っていかなければいけない。それは状況によるんです。
このことについては「易経』に書いてあります。改革というのはどういうものかというと、民衆の隅々から怨嗟の声が沸き上がり、民衆の不平と不満が頂点に達したときに、思い切って改革をすると成功するだろう。
大衆から支持され、革命は成功裏に終わるだろう。逆に、人々がそこまで思っていないのに、これでは問題が多いからということで、革命改革をやると、あちこちから反対の嵐が出てきて、革命は失敗するだろう、と。これ、『易経」の教えです。
それを象徴的に教えているのが、中曽根康弘さんの行った二つの改革です。中曽根さんは首相のときに国鉄の民営化と売上税の導入という、二つの改革に着手しましたが、その二つの改革のうち、国鉄の民営化のほうは成功したものの、売上税の導入は大失敗しました。
なぜ国鉄の民営化が成功したかというと、その当時、国民の誰もが国鉄のストに飽き飽きして、しかも、国鉄が膨大な累積赤字を抱えていることをみんなよく知っていたわけです。
誰もが国鉄総裁になるのを嫌がるほど、何兆円という赤字が累積されていたわけです。その累積赤字を解消するのが国鉄の取り組むべき第一の課題であるはずなのに、ことあるごとにストだストだ、と。
もう国鉄のストにどれだけ国民が泣かされたことか。国鉄がストをやるものだから、他の私鉄もやるし、ストをやればやるほど累積赤字がどんどん増えていく。
「もういい加減にしろ、この赤字をどうする気だ」「赤字のツケを国民に回しておきながら、ストばっかりやるなんて許せない」という、国民の不平と不満が極限にまで達したときに、中曽根さんが改革を断行したから、国民は大いに拍手し、支援し、喜んだんです。「よくやってくれた中曽根、天晴れ」と。
ところが、売上税のときはそうではなかった。国民の大部分が売上税導入の必要性を感じていなかったわけです。無論、大蔵(財務官僚は分かっています。
歳出が多くて歳入が少ないことを考えれば、売上税を導入するしかない、と。
イギリスに行くと、売上税は十七・五パーセントです。 VATと言いますけれど、欧米では何かモノを買うたびに十パーセントとか十七・五パーセントとかの間接税を取られる。海外旅行をした人はみんな知っています。
それから比べれば、三パーセントくらいは安いものだと思いますけれど、家計を預かる主婦は違います。
「何?モノを買ったら三パーセントの税金を取られるんだって。とんでもない話よ。絶対に許せない!」と。
それで、土井たか子さんが出てきて火に油を注いだものですから、日本国中の主婦が燃え上がりました。
そのあまりの怒りに、さしもの中曽根さんも音を上げて、法案を引っ込めてしまいました。
その後、竹下登さんが首相になって、消費税と名前を変えて法案を成立させました。
売上税から消費税へと名前を変えただけなんですけれど、法案が通ってしまいました。売上税と消費税、どこがどう違うのか。売上税を消費税と言い換えただけのことです。
しかし、間接税を導入しないことには国の財政がパンクしてしまうことは、大蔵官僚なら誰でも分かっています。
それに、欧米と比べて安いというのも分かっています。大蔵官僚だけでなく海外旅行をする人はみんな知っています。
ところが、ほとんどの人は必要性を感じていなかった。「売上を上げたら、その金額の三パーセントの税金がかかるなんて、なんで?」と、売上税を導入するということを理解していないわけです。そこに、あえてやろうとしたために、結局、売上税が中曽根内閣の命取りになったわけです。
イギリスのサッチャーさんの場合も、これが命取りになりました。人頭税ということで一人ひとりに税金をかけようとしたところ、国民の猛反発に遭いまして、結局、命取りになったわけです。
それで竹下さんは、売上税を消費税に名前を変えて、欧米と比べて日本の税制はこうなんだと、新聞とかテレビで消費税導入の必要性をキャンペーンして、それである程度の賛同を得ることができたわけです。売上税ではなく消費税なのだ、と。同じことなんですけれど、売上税を消費税と呼び名を変えたら通った、と。
その後、消費税は三パーセントから五パーセントにアップされました。二パセントアップするというのは、ふつうなら反発を食らうところです。ところあのときは、大した抵抗もなく法案が成立しました。
それというのも、十パーセント以上の国がたくさんあることを国民の多くが知るようになったからです。
まあ、それなら仕方ないか、と。これは革命が成功するか失敗するかの重要な要点です。
国鉄の民営化のときは大成功だった。売上税のときは大失敗だった。どこがどう違うのか。それは、みんながその必要性を実感し、「本当にそうしなければいけないね、問題が解決しないね」という意識が、隅々まで浸透しきったときに改革をすると成功し、そうでないときに改革を断行すると失敗するわけです。
鹿内ジュニアの改革にしても、奥田さんの改革にしても、社員全員が、「このままじゃ、わが社はダメになるんじゃないか。未来はどうなってしまうんだ?」という危機感を持って、「何とかしなきゃいけない。このままじゃよくない」という考えを共有していたからこそ成功したのです。
危機感が社内の隅々まで行き渡ったときにこそ改革すると、よかった、よかった、ということになるわけです。見事に改革を成功させた鹿内ジュニアはすごい、奥田さんはすごい、と。
多少、問題点はあるでしょう。あるいはまた、少しばかり血が流されることがあるかもしれません。しかし、危機感に満ちているときに改革すれば、まず成功します。
要するに、改革というのは、時期とタイミングと状況によるんです。ですから、会社の後継者もその時期とタイミングと状況を見ながら、マキャベリ的に行うのか、松下幸之助風、徳川家康風に行うのか、その二つの道から一つを選択し、その中で自分なりにどう会社を束ねていくのか、これを考えなければいけない。
こういうことが結論として言えるのではないでしょうか。
後継者はチームワークを創出できなければならない
ところで、後継者を養成するためには三つのポイントがあります。
その第一がチームワークの創出で、いかにチームワークを創出していくかということに、後継者は心を向けなければなりません。
チームワークというのは、それがあるとかないとかというものではなく、クリエイティブに生み出していくものであり、チームワークを創出できる人がリーダーなのです。
そのリーダーシップというのは、チャレンジ精神であったり、どんなときにも絶対にやれると信じて、決してあきらめないプラス思考、あるいはネバーギブアップ精神。
また、みんなの意見を聞いて、ああしようこうしようと衆知を集める力。それから、一致団結してやっていく力。こういうものがリーダーシップを支えるものだと思いますが、そのリーダーシップによってチームワークを創出していくことが、後継者にとって必要不可欠な要素です。
ただし、リーダーシップというものは、さっきも言いましたように、状況によって発揮する方向性が違ってきます。
平穏無事で社会全体がうまく治まっているときには、徳川秀忠のようなタイプの人がリーダーシップを取ったほうが、チームワークを創出しやすいんです。
あるいは、松下幸之助が言ったように、創業の忠君、忠臣たちがいっぱいいて、力をふるっているときには、言葉の端々に、創業者の遺訓をしのばせるとチームワークを創出しやすい。
反対に、危機が迫っているときとか、旧弊によって組織が硬直化してしまって、一丸とならなければやっていけないというようなときには、新しいチームワークを創出するために、思い切って殻を打ち破るなど、何らかの改革を行う必要があります。要するに、現場の若者を上に上げていくことも必要になるわけです。
日産のカルロス・ゴーンが行った改革はまさにそれです。硬直化している組織を蘇らせるために、中堅幹部をリストラクチャリングして、現場の課長クラスとトップダウンでつなぎ、現場の若手社員の声を経営の中に取り込んでいったのです。
そうすることによって組織を活性化させ、新しいチームワークを生み出していったわけです。改革ではありますけれども、現場の声、若い人材生き生きとした息吹というか、マーケティングによってキャッチした消費者の声をそのまま経営に生かすような、新しいチームワークを創出していったわけです。
ですから、後継者として自分が何をしなければならないのか、あるいはまた、後継者としてどんな人物を選ばなければならないのかという結論ですが、第一にチームワークを創出できる人、すなわち、リーダーシップのある人を選ぶ、ということです。
もちろん、後継者の立場にある人はチームワークを創出できる人間、リーダーシップを発揮できる人間になろうと努力しなければいけません。
そういう人を選んでいくことが求められるわけですが、それにはまず、会社の置かれている状況を考える必要があります。家康公や松下幸之助が言っているように、平穏無事なときには和を大切にし、先代からの重役たちとうまくやっていけるようなリーダーシップを持った人間を後継者にする。
逆に、危機が迫っていたり、現状打破を図らなければならないようなときには、船場の伝統にならって、商才のある人間を選ばなければいけない。
状況によって違ってくるんですけれども、いずれにしても、チームワークを生み出し、チームワークを創出するリーダーシップのある人間を選んでいく、あるいは、そういう人間になるように教育する。これが一つのキーワードになってきます。
誰からも尊敬される人間性を養え
それから、後継者に必要な要素の二番目は、みんなから尊敬される優れた人間性です。
ですから、そういう人間性を持つ人を選ばなければいけないし、後継者に指名された人は、みんなから尊敬される優れた人間になろうと努力しないといけません。
では、みんなが尊敬する優れた人間性とは何だろうかと考えた場合、やはり誰よりも働き者でなければなりません。遊び好きな人間をいったい誰が尊敬するでしょうか。
少しぐらいなら遊び心があってもいいんですけれども、遊んでばかりでは尊敬されません。従業員は汗水垂らして一生懸命働いているのに、二代目社長が今日はゴルフ、明日は芸者遊びというのでは、尊敬されるわけがありません。
仕事の合間に海外旅行、そしてガールハンティングやボーイハンティングをやって、それがあっちにもこっちにもいらっしゃって、またゲームにも凝っておられて、歌を楽しく歌っておられる、と。われわれはこんなに汗水垂らして頑張っているのに、社長はベンツに乗って、自分たちはリンカーンコンチネンタルという名前をつけた自転車に乗っているとしたら(笑)、これは腹が立ってきますよね。
だから私は、賃貸マンションの六畳間に住んでいますし、ずっとそれでいいと思っています。生活が豊かになると、人間はだんだん腐ってくるんです。
功成り名を遂げて、金があっても、そんなものは死んで持っていけません。ですから、生きている間にチャリティで使うし、遊んでいる暇があったら、絶えず芸術を磨き、福祉を奨励し、学問を探究し続けています。
学問を探究するのに場所なんか要りませんから、かえって狭いほうがいい。私にとっては、移動中の車のなかが束の間の休息のときですし、大切なお祈りの場ですから、車だけは高級車のセンチュリーです。
センチュリーはコイルサスペンションなんです。エアサスペンションの車ですと、お祈りしながら移動するものだから、顔面蒼白になってしまうんです。ムカムカして気持ち悪くなるんです。
その前に乗っていたクラウンのロイヤルサルーンでもよかったんです。コイルサスペンションだったらムカムカしないし、よくお祈りできますし、眠ることもできます。
それからキャンピングカー。あれはトヨタのコースターを改造したものですけれど、あれでもう地球を何周回ったでしょうか(笑)。
北海道にもキャンピングカーで行きましたし、沖縄にも行きました。しかも何回も行っているんですから、ものすごい走行距離です。
最近、エンジンのかかりが悪くなってきましたし、空調設備も怪しくなってきました。それに、すきま風も入ってきますが、それでもいいと思っています。
別に格好いい車に乗りたいとも思わないし、それよりも大切なのは、内面の創出です。
そういうふうに誰よりも休みなく働いていますから、従業員が尊敬しているかどうかは分かりませんが、少なくとも軽蔑はしていないはずです。
私と比べれば、全然働いてないなあと思って、つい反省しているはずですね。
土光敏夫さんはずっと作務衣を着て、食事は質素で、畑仕事に汗を流していて、どこにでもいるおじさんのようでした。
ふつうの家に住みながら行政改革に一生懸命に取り組んだのです。
だから、みんなが尊敬してついていったんです。そういう土光さんのような優れた人間性でないとダメです。少なくとも遊び好きではない、というふうでなければいけません。
だから、後継者になる人には遊ばせない。もちろん、少しは遊ばないといけませんけれど、遊びすぎないように育てていかなければいけません。
遊びより勉強のほうが好きだ、と。学校の成績はまあまあであっても、何でも謙虚に学ぶ姿勢を身につけることが大切です。
そういう人なら、誰もが尊敬します。逆に、傲慢で、学ぶことが嫌いな人を誰が尊敬するでしょうか。
船井幸雄さんが、「成功しているビジネスマン、経営者の三大特色を発見した」とおっしゃっていました。
何かというと、「素直」「プラス思考」「勉強好き」、これが三大特色だ、と。成功する経営者は、素直で、何でもプラス思考で、つねに勉強好きで一生懸命勉強しているんだ、と。
逆に、マイナス思考で、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ暗く考えて、傲慢で何も勉強しない人間はビジネスでも成功しないし、誰からも尊敬されないんだ、と船井さんがおっしゃっていました。
たしかにそのとおりで、素直な人は周囲の人にとってもやりやすいですから、成功する確率も高くなります。
人の意見を素直に聞いて、「ああ、なるほど」と悪いところを指摘されれば、「ああ、自分が悪かったな」と。そういう素直な人間はみなから愛されます。
では、どうやったら自分の子どもを勉強好きにすることができるのか。「遊「ぶな、遊ぶな」と言っても、子どもは遊びます。
遊ばせないためには、運動で鍛えさせるとか、外国に留学させるとかがいいですね。「留学してこい。お前は将来、立派な人間になるぞ」と言って留学させる。高橋尚子選手の小出監督ではないけれど、「お前、すごいな。すごい能力があるぞ。その能力を生かすために外国に行って、留学して勉強してこい」と。
留学するだけなら誰でもできます。しかし、留学して卒業するとなると、これはもう大変です。日本の大学生のように、勉強しないで遊んでばかりいたら、絶対に卒業できません。
欧米の大学を卒業するには、毎週、レポートを提出しなければいけません。そのために毎日毎日、必死になって勉強し、大学へ行ったら行ったで、ディスカッションして答えなければいけない。
そのうえ卒論を仕上げなければならないのですから、あまりのストレスで卒業をあきらめてしまう人もたくさんいるくらいです。
周りの人はみんな英語をしゃべるから、それでノイローゼになる人もいます。その壁を乗り越えた人しか卒業できないのです。
「一日五時間コンスタントに勉強していけば、外国の大学を卒業することだって、それほど難しくないよ」と言う人がいましたけれど、いまの大学生が毎日五時間勉強するのかと。留学して卒業するということは、それくらい大変な努力が要ることなのです。
とにかく、素直、プラス思考、勉強好きというふうに子どもを育てたらいいわけです。みんなが尊敬する優れた人間性を培うために、遊ばせない。そして勉強好きで、何でも謙虚に学ぶという姿勢、これを身につけさせることです。
親が行動で手本を見せろ
では、どうしたらそういう子どもに育つのか。素直でプラス思考で勉強好きになるのか。結論から先にいえば、親が手本を示すことです。
親が率先垂範し勉強し、勉強する喜び、学んでいく素晴らしさ、何でもプラスに発想していく楽しさ。これを身をもって教えることです。
それともう一つ、小さいときから甘やかさないこと、これも重要です。小さいときから、欲しいと言うがままに何でも与えていたら、何でも思いどおりになると思って、次々と要求してきます。
そうなったら、努力したり勉強したりすることが好きになるのは難しいんです。
三歳までが勝負です。自分の思いが通らないものなんだということを、三歳までにビシッと厳しくしつけなければいけません。
そうすると、素直な子になります。大きくなってから厳しくするとむくれますけれど、小さいとき、三歳までにビシッとしつけると素直な子になります。
それから、おもちゃは与えすぎない。ミルクもやりすぎない。だからといって、むやみやたらと厳しくするのではなく、母乳で育てながら温かい母親のぬくもりを伝えていく。
母乳が出ない場合はしようがありませんが、教育というものをきちんと考えながら、子育てする必要があります。
そういう親の子は、いい子に育ちます。あんまり教育ママ、教育パパになりすぎるのもよくありませんけれどね。
やはり、いい子に育てようと思ったら、親が自ら率先垂範しなければなりません。そうしないと、親の期待どおりには育ちません。子どもは親の背中を見て育ちますからね。
お母さんがいつも「テレビを見ないで勉強しなさい」と言う。
そのお母さんがテレビを見ている時間と、子どもがテレビを見ている時間を計算すると、お母さんのほうが圧倒的に長かった、という話があります。
それでは子どもは言うことを聞きません。子どもに勉強させようと思うのなら、やはり、お母さんがいつも本を読む習慣を身につけることです。
そのうえで、「本は楽しいわね。おもしろいわね」と言うと、子どもも、「そうか、本って楽しいのか」という気持ちになるはずです。
「テレビを見ないで本を読みなさい」と言っても、言っているお母さんがテレビばかり見ていたら、子どもが本を読むようになる道理がありません。
本当に教養があって、文化性の高い家庭の子は、自然にいい子に育ちます。甘やかしすぎない。ちゃんときちっと教育しているおうちの子は、みんな素直で、プラス思考で、勉強好きです。
私は予備校を経営していますから、そのことをよく知っています。勉強の伸びる子は、本当にしっかりしたお母さんに育てられています。
ご両親とも素直で、プラス思考で、勉強好きです。そして、本人も素直ですから、誰からも可愛がられる。「宿題をやってきなさい」と言えば、「はい、分かりました」と素直にやってきます。
「君、きっと入学試験に通るからね」「はい、頑張ります」。成績のいい子はみんな素直で、プラス思考で、勉強好きです。それは成績に表れるのでよく分かります。
それに対して、言っても言っても聞かない子は、お母さんが絶えず小言や文句ばかりを言っているというケースが多い。ぐちぐちぐちぐちと子どもを自分の感情のはけ口にしている母親も少なくありません。
そういう母親の下で育った子は耳タコ状態になっていて、学校の先生の言うことを全然聞かない。塾の先生の言うことも聞かない。ひとクラスのうち、だいたい十パーセントがそういう子です。
お母さんから絶えず小言を言われ続けている子は、もう、耳にタコができて、「分かった、分かった、まただ」と。
お父さん、お母さん、九分九厘まではお母さんですけれど、お母さんが絶えず小言ばかり言ったり、怒ったりしていると、子どもは学校の先生の言うことを聞かなくなるのです。
塾の先生の言うことも聞かない。何を言っても聞かない。耳タコ状態です。
しかし、こうなったら教育はできません。やはり考えて育てないといけません。考えずに育てたら、世の中に出てからその子が苦労します。
経営者でもやはり、お父さん、お母さんに素直に育てられた人は、いい素質を持っています。
もちろん、「われこそは」という思いはあるでしょうけれど、 素直にものを考えられるというのは、経営者にとって一番の財産です。
松下幸之助の有名な言葉があります。経営者にとって一番大事なのは素直さだ、と。松下幸之助が自分の工場へ出かけていって、製造されてくる真空管をつくづくながめては、「真空管というのは本当に不思議なもんだなあ。よくできているなあ」と、しばし感心していたというんです。
「真空管を発明した人は偉いなあ。本当によくできているなあ」と、素直に感動し、素直に言ってい松下幸之助。会社を継承する人も、それくらい素直でなければいけません。
素直で、プラス思考で、勉強好きな人が後継者になったら、みんなから好かれて、みんなから尊敬される。それが優れた人間性です。
もちろん、チームワークを創出する人、リーダーシップを持つ人も、こういう要素を必ず踏まえていなければいけない。そういう人はやはり、素晴らしいリーダーになります。
ところが、小さいころからいつも遊ばせていて、甘やかせて、勉強も全然させなかったら、謙虚に学ぶことを知らず、素直さのかけらもない人間に育ってしまいます。
そうなったらもうしようがないですね。こんな人が上に立ったら、その組織や会社の先は見えています。
ですから、後継者になる人は、素直になるように心がけなければいけない。目上の言うことも、同僚の言うことも、目下の言うことも素直に聞いて素直に考える。
ぐちゃぐちゃと気むずかしいことは言わないで、ものごとを素直かつプラスに考えていく。そして、勉強好きになる。そういう気持ちで修養しなければいけません。
勉強好きとは何かといえば、何でも謙虚に学ぶということです。学校の勉強はまあまあだったかもしれないけれど、経営者となったら、絶えず業界や商品に関する知識と情報を収集する。
いつも言うように、最低でも、販売管理、労務管理、財務管理、資金調達、税金対策の経営の五つの柱を学んでいかないといけません。
リーダーシップがあって、部下を統率する力に長けていても、この五つの経営の柱を初めとする経営の基礎を学ばない人、経営の基礎的技術を身につけていない人が経営者となったら、その会社はどうなりますか。業界はつねに流動しているわけですから、そういう会社は衰退していくだけです。
はっきり言って、勉強していない人には、会社経営は無理です。リーダーシップだけでは経営はできません。バカでは会社の経営はできないんです。
経営者であるかぎりは、最低でも経営の五本柱はきちんと学んでおかなければなりません。
若いときには多少、勉強不足でも許されるでしょう。
しかし、歳を取ってからも勉強不足、勉強嫌いであっては話になりません。歳を取ったら取っただけ素晴らしくならなければいけないわけで、歳を取るにしたがって、みんなから尊敬されるような優れた人間性を磨くために、幅広い学問と教養を身につける必要があるわけです。
一流企業の経営者は、少なくともそれだけの教養と知性があります。幅広い学問と知識を身につけているからこそ、大きな会社の舵取りができるわけです。
鹿内ジュニアにしても、ソニーの出井さんにしても、みんな知性と教養があります。ですから、ただリーダーシップがあって、チームワークを創出するだけでは、会社は経営できないのです。
そういう意味で、経営者はつねに勉強して、幅広い学問と教養を身につけていかなければいけない。
時代は変わり、マーケットもそれにともなって変わっていくわけです。また、たくさんの業務を覚えていかないといけないわけですから、しっかり勉強しよう、と。
勉強することは喜びだ、学問することは喜びだ、と。ねばならないからやるのではありません。
学問を喜びとする人間性、これが経営者には必要なのです。勉強ができるというのではなく、勉強好きでなければいけないということです。
これが二番目です。チームワークを創出できて、リーダーシップを発揮できて、みんなが尊敬する優れた人間性。
すなわち、素直で、プラス思考で、勉強好き。ある程度は遊びがあっても、何でも謙虚に学ぶ。幅広い学問と教養を身につけようと努力する。これが経営者に求められる第二の要件です。
体験実地主義を貫く働き者であれ
三番目は何かというと、体験実地主義を貫く働き者であれ、ということです。決断力があり、実行力がある人でないと会社の経営はできないんです。
どんなに販売管理、財務管理、労務管理、資金調達、税金対策を知っていて、勉強好きで、素直で、プラス思考であっても、決断力と実行力がないのでは困ります。
決断力と実行力がない人間が会社の経営にタッチしたら、まさにミッドウェー海戦のときの南雲中将みたいなもので、戦に負けてしまいます。
では、決断力と実行力はどうやったら身につくのか。決断力と実行力のある後継者になろうとするなら、あるいは、決断力と実行力のある後継者を育てようとするならば、いったいどうしたらいいのか。
もちろん親が、あるいはリーダーが率先垂範しなければならないんですけれども、それをひと言で言うと、体験実地主義を貫く働き者でなければならない、ということです。
体験実地主義とは、何でも体験し、実地にやってみるという主義です。
ですから経営者とは、体験実地主義を貫く働き者であり、かつまた勉強好きで、謙虚で、素直に学んでいて、幅広い教養と学問を持って、みんなから尊敬される人間性を持っていなければならないわけです。
学校の先生とか公務員の中にも人間性が立派で、多くの人から尊敬されている人がいます。
しかし、どんなに人間性が立派でも、決断力と実行力がなければ会社の経営はできません。決断力もなければ実行力もないという人が会社の後継者になったら、会社はすぐに潰れてしまいます。
もちろん、一番目に挙げたチームワークを創出する能力も必要です。リーダシップや統率力があるから、みんながついていくわけですし、それが広い意味ではチームワークを創出することになるわけですが、それと同時に、経営者にとって大事なのは、決断と実行なのです。
その決断力と実行力はどこから出てくるのかというと、体験実地主義です。
田中角栄ではありませんが、体験実地主義でなければ決断力や実行力は生まれてきません。実際に体験して実地にやってみる。
それを厭わない働き者でなければダメなのです。仕事嫌い、おサボりが上手な人は、絶対に決断と実行ができないし、もちろん尊敬もされません。
だから経営者は、体験実地主義で働き者でなければいけない。そういう経営者の下には、一生懸命に働く優秀な部下が育ちます。
とくに決断力に関しては、「雑用は判断のゆりかごなり」という言葉を肝に銘じておいていただきたい。
これは二十六年ほど前に、日本不動産銀行、のちの日債銀(現在のあおぞら銀行)の人事課長から聞いた話ですけれど、雑用を率先してやれる人、そういう人こそ決断力があるんだ、ということです。
雑用をこなしていくなかで、「あ、これはこうしたほうがいいな」とか、「あ、これはこういうのが本当なのに「な」ということがピーンと浮かんでくる。
反対に、雑用をせずに、「君、これをやっておいてくれ」と命じるだけの人間には決断力がない。
よしんば決断できたとしても、その判断はいつもピントが外れている。だからビジネスマンはすべからく、雑用を率先してやる働き者でなければいけない。
働き者とは、単に労働時間が長い人を指すわけではありません。雑用を率先してやれる人。これが働き者です。
ワールドメイトで言うならば、荷造り・発送とか封入、お掃除を率先してやる支部長さん、そういう人には判断力があります。
逆に、指示や命令を出すだけで雑用は一切やろうとしない支部長さんは、正しい判断ができませんし、誰もついてこない。
働き者がついてこないんです。決断力と実行力は、雑用を率先してやるところから生まれてくるのです。段取り、後片付け、お掃除という、そういう細かい仕事や人の目につきにくい陰の仕事。
これらを骨惜しみせずにやる人間が立派な経営者です。そういう経営者には働き者がついてきますし、正しい判断と決断ができて、実行もできるのです。
実行とは何を実行するのか。雑用を率先して、骨惜しみせずにやる。そうやって叩き上げてやってきたなかで培われる実行力と決断力。それがつねに現場
の実情に即していて、的を射ている。これが正しい決断力であり、体験実地主義ということなのです。
体験実地主義の働き者、雑用を率先してやっていく働き者でなかったら、生きた知恵が出てこないんです。
松下幸之助にはこんな有名な言葉があります。前にもお話ししたと思いますが、かつてE産業の社長が、「これからはアイデアの時代だ。企画の時代だ。知恵の時代だ。だから、社員はことごとく知恵を出せ。知恵が出せない者は汗を流せ。一生懸命労働しろ。それもできない奴は会社を去れ」と言った。それを伝え聞いた松下幸之助は何と言ったか。
「それは違うと思うわ。 E産業の社長の言っていること、違うと思うよ」と。
松下幸之助はゼロから創業した人ですから、雑用でも何でも自分でやってきた。私もそうですけれど、中小企業の社長、オーナー、要するにゼロから会社を立ち上げた人間は、人事から経理、仕入、販売、受付、広告、掃除に至るまで、何でも自分でやらなければいけない。
逆に言えば、何でもできるし、仕事の何たるかも知っているわけです。
ですから、E産業の社長が語ったという「いまは知恵の時代、アイデアの時代だから、社員は知恵を出せ。知恵が出せない奴は汗水垂らせ。汗も流せん奴は会社を去れ」という言葉を聞いて、即座に、「そうじゃない。わしだったらこう言う。
「社員はことごとく汗を流せ。その汗の中から出てきた知恵を使え。それができない奴は会社を去れ。こう言うべきだ」と言ったというんです。
知恵を出せと言うと、汗水垂らして働く者がいなくなる、と松下幸之助は言ったわけです。誰だって格好よくなりたいし、汗水垂らして働くよりも知恵を出すほうが格好いいわけだから、みんな企画をやりたいと言い始める。
しかし、アイデアばかり提案してきたら、いったい誰が働くんだ、と。誰が雑用だとか、裏方さんだとか、地味な仕事をやるんだ、と。
「そんなことを言ったら、みんなが格好いい仕事ばかりやって、地味な汗水垂らす仕事をやらなくなるから、その会社は潰れるよ」と言ったら、本当に潰れました。
また別の社長が再建しましたけど、松下幸之助の言ったとおり、その後、E産業は潰れてしまったんです。
さすが松下幸之助は、ゼロからあれだけのものを創業しただけのことがあります。彼の言うとおりです。
やはり、社員はことごとく汗を流して、社長が率先して汗水垂らし、努力して、一生懸命に働かなければいけない。
その汗の中から出てきた知恵が実際に役に立つ知恵なのです。実地の叡智。これは本当に役に立つ知恵です。
だから、「汗水垂らして働けない者は会社を去れ」と言わなければいけない。そうでなければ、働き者がいなくなる。
一生懸命努力している人間がバカらしくなってくる。努力するのがバカらしくなる会社が成功するはずがありません。そのような雑用を嫌がらずに率先してやる。
これがやはり後継者にとって必要な性質です。汗水垂らし、一生懸命努力する。これを忘れてはいけません。
