必ず奇跡の起きる経営 深見所長講演録11(Vol.4)

祈りを欠かさなければ必ず守られる

それを、さっき言ったX君は毎日毎日、毎日毎日やっているわけですよ。

九頭龍さんにお願いしながら、三千軒の書店の名前を全部読み上げているわけです。

X君は毎朝八時半に出社して、そして、営業から帰ってきてからも二時間ご祈願するんですから。

それを徹底して継続するということがいかに難しいことか。しかし、それをしているがゆえに、祈りと営業の両車輪でどんどん発展していっている。これが関西の奇跡の理由です。

それに対して、関東の社員はあまりにも平凡すぎる。

そんな、編集がどうのこうのとか、本がどうのこうのと屁理屈言うな、と。オナラが理屈を言うなんて変でしょ(笑)。

あれはもう、「ファット・イズ・ファット」でいいんだ、と。英語でオナラのことをファットと言うんですけどね。「ファット・イズ・ファット」。オナラとは何か。そんな理屈はないんですよ。

そんな、どうでもいいような理屈をガタガタ言っている暇があったら、御祭りをしよう、と。

そして、つねにお客さんによかれ、販売先によかれ、仕入先によかれ、社員によかれ、という気持ちで、「皆さんが心から喜び、感激し、納得して、また来ていただけますように」と、一日二時間祈ろう、と。実際に X君は朝礼でもやっているし、営業から疲れて帰ってきてからも二時間祈りつづけているんですからね。

私の背後霊団の数

そういうふうにしていると直感が冴えてくるから、「あっ、こういうふうにしたらいいな」とか、「あっ、これはダメだな」とか、「これはやばいな」とか、何となく思うことがみんなツボにはまっていくんです。

くだらない理屈をこねくり回したり、この世的に頭を使ったりするより、パッと直感ですべてが分かる。

もちろん理論も勉強するけど、私はお祈りしてからしか本は読まないし、お祈りしてからしか考えないから、自分の頭も考えてるんだけども、どこか違う次元も考えてて、この世の次元とあの世の次元と、何かどこか違うウルトラの次元が、三重奏、四重奏、五重奏で並行して考えています。

普通の人は、話を聞いて感動すると、「へえ」とか、「ほう」だけでしょ。

しかし私の場合は違うんですよ。もう私が感動して、「へーえ」とか、「ほうI」といったら、「へぇへぇへぇへぇへぇー、そうなのか!」とか、「ほうほうほうほうほうほう、なるほど!」っていう感じでエコーのようになって、誰かも同じように感動してるわけ。

「うーん、そうか」と私がいうと、「そうかそうかそうかそうかそうかそうかー」というエコーのように、ね。「いったい誰が聞いてたんだ?」という感じですよ。それは私の背後霊の方たちなんです。

だいたいその背後霊団の数は一万二千~三千人ですね。ここ一番でくわっと頑張ったときは一万二、三千人の守護で、ゆっくりしているときは三~四千人の守護ですけどね。

要するに、スタジアムのようなところで、背後霊の皆さんが私を見ておられるんですよ。で、一万五千人会場をびっちりの背後霊さんで埋め尽くした国立競技場とか大舞台で、私はずっとその背後霊の皆さんに見られていて、「おお、よく頑張っとるな」って拍手が来たり、「ああ、大丈夫か?」ってハラハラドキドキしながら見ておられるわけです。

ところが、ぼーっとしているときは、「ああ、たいしたことやっとらんわい」といって、背後霊の皆さんがぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ話してるんだけど、

ぐわっと頑張ると、「おおお、やっとるな」って、手に汗握って私を見ておられるんですよ。

つねに一万数千人ぐらいの、国立競技場に超満員の背後霊団がいて、その方たちに見られて毎日いるわけですから。だから私は、神様や背後霊団の皆さんと、普通に会話するようにいつもお祈りしているわけです。

やっぱり、御祭りをして、ちゃんと言上申し上げて、感謝の気持ちを言葉に表して祈ったら、神様は必ず受け取ってくれます。

こちらがピシッと向かったら、向こうもピシッと聞いてくれるんだけども、頭でくねくねくねくねと、「ああなのかな、こうなのかな」と考えていたら、向こうも、「うーん、真剣に祈れば守ってやるんだけど、祈らないということは、それほど困ってはいないようだから、いよいよというときまで様子を見ていましょうか」ということで、見てるだけですよ。

また、お祈りはするんだけど、全然実行しないというのもダメですね。

「まあ、もうちょっと、ぎりぎりまで待ちましょうか」と、やっぱり人の努力を見ていますからね。

そうではなく、目いっぱいの努力をつねにつづけて、さらに、ずっと祈りを欠かさずにいたら、神様は必ず守ってくれる。

そういう神様のご守護がなければ、これだけの広い範囲とジャンルにおいて、それからまた、ありとあらゆる問題において、私がこれだけの活動をするなんて不可能ですよ。

もう人間じゃありませんから。人間の部分もあるんだけども、ほとんどが人間離れしている。どこへ離れていっているのかというと、神様の世界のほうに離れていってるわけです。

九頭龍さんと三宝荒神さんに祈ったらどうなるか

で、師匠である私がそんな日々を送っているというのに、弟子である人間がくだらないことを考えるな、と。

「ああだろうか、こうだろうか」と、くだらないことを考えたり悩んだりする暇があったら、御祭りをしろ、と。

五のつく日は事業発展の日。八のつく日は三宝荒神の日。

六のつく日は布教の日。けれども、御祭りばっかりしていて仕事ができなくなったら、私が、 「ちょっと、御祭りのしすぎだよ」って注意してあげますよ。実際、スタッフには注意して祈りの数を少なくしたんですけれど、しかし、つねに御祭りをしご神気が上がっているというのは、清荒神方式の祈りの極まりですよ。

いま私が申し上げたことをX君は聞いておったものですから、毎日毎日、三千軒の書店さんの名前を上げて祈っているわけです。

ということは、予備校の先生だったらば、生徒の数が二千人であろうが三千人であろうが、全生徒の名前を読み上げて祈るべきですよ。

「みんなが心から喜び、感激し、納得して、勉強できて、希望する大学にことごとく合格し、お父さんやお母さんも喜んでいただけますように」とね。

それから講師の名前も上げて、「バカな講師は賢くなりますように、賢い講師はますます賢くなりますように」と祈るべきですね。あるいは、「何か、普通にちょっと言ったことが試験に出たりしますように」なんて祈ると、そのとおりになりますよ。

そうやって、神祭りを徹底的に毎日やらなかったら、やはりだんだん衰退していくんですよ。

皆さんなら、販売先を見てください。三千軒以上とお取引している人って、いますかね、この中に。取引先のお客様が三千人いる人だったら、とにかく三千人の名前を全部上げることです。

早口で言えば二時間で読み終わりますから。そしたらもう、一週間もしないうちに気運が変わってきますよ。

一ヵ月つづければ、もう冷蔵庫を開けたらウワーッとお客さんが来ますよ(笑)。

水屋を開けたら、現金がザバーッと出てくる。裏口を開けると銀行さんが、「ただで借りていただけませんか。利子を安くします。担保は要りませんから」と。たとえばの話ですよ。会社の入り口を開ければですよ、とにかくお客さんがずーっと鈴生りだと。

そういうふうに、結局なっていくんですよ。気を凝結させるだけの力を九頭龍さんとか荒神さんというのは持っているわけだ。現実界のパワーをね。

今年の箱根神業で皆さん、経験されたでしょう(笑)。

バババババーッと風が吹いたり、バババババーッと雨が降ったり、ガラガラガラーッと雷が鳴って物が吹っ飛んだり、テントの鉄の柱がグニャーッとなったりね。で、みんなが参加呼びかけのメールを打ち終わったら、パッと雷がやんで雨がやんで、風がやんだ。このお方がもし味方してきたら、どうなりますかね。

三千軒でも二時間あれば、全部読み上げられますから。ですから一度、自分の取引先の名前を全部読み上げてみたらどうですか。

毎日二時間ずつ祈ったら、もう余計なミーティングなんかやめて、祈りに徹したらどうかと思いますよ。くだらんミーティングなんかやめたらいいんです。

まあ、やるとしても十分ぐらいでいいんですよ。いろいろと解決しなければならない案件があったとしても、お互いが神懸かっていたら、「あ、こうしよう!」と瞬間に結論が出てきますよ。

それだけの霊智を動かし、龍神のパワーを動かし、荒神のパワーを動かせば、お客さんが向こうから飛び込んできますよ。そして、来たお客さんはみんな幸せになり、みんな喜ぶわけです。

そういう気運機縁端緒が生まれてくるのはやっぱり、神祭りをしているからなんです。

今日三千人を祈って、翌日また別の三千人の祈りをすれば、二日で六千人の祈りですよ。その翌日も三千人やれば、三日で九千人。三千人ず三日間折れば九千人。十日間ずっと折れば三万人分ですよ。

われわれ研会員さんも三千人いますから、これからは毎日、研会員さんの名前をずらずらと奏上して、みんな拝み屋になろう、拝み屋界の雄になろう、と(笑)。

そうすれば私の存命中、もちろん私が亡くなったあとでも神様はいますけども、ピカピカに神様が動いてくれます。今年の箱根神業のときのように、雷を鳴らしたり洪水にしたり、テントをクニャクニャにしたかと思ったら、みんなが呼びかけのメールを打ち終わったと同時に、ピタッとすべてがやむんですからね。

あんなことをしてくださるお方のご眷属が九頭龍さんですから。

ブラ龍だからね。あのブラと九頭龍が合体しているわけだからね。

ブラ九頭龍、頭は十一個で(平成十七年六月現在では頭の数が十八個)、胸は二十二個あるかどうか分からないけども、ブラブラがついてるんですよ、ブラが(笑)。ブラ付き九頭龍だから。半端なものではないんですよ。

この中で、九頭龍師でない人います?九頭龍師でない人、手を挙げてください。わあ、そうですか。

ね、お祈りだけしても聞いてくれます。九頭龍のお札だけでも聞いてくれます。ちょっと、菱研会員さんは九頭龍師になる必要がありますね。九頭龍師でない人、もう一度、手を挙げていただけます?

わあー、損するねえ。もったいないですよ。九頭龍さんがその気になっているのに、ね。売り上げ二倍とか三倍なんて言わないでくださいよ。

売り上げが十倍、二十倍と考えてくださいね。実際、奇跡がつづいている原因はそれなんですから。

まあ、九頭龍さんがいいと思うんですけれども、九頭龍さんと三宝荒神さんの両方をお祭りしましょう。

お水とするめと卵とお酒を供えてね。するめがなかったら、お酒でも卵でもいいですからお供えしてください。

だから、六のつく日には九頭龍さんに祈る。そんなの当たり前のことで、われわれは六のつく時間に毎日祈る。

そして五のつく日には事業発展のことや会社のことを祈るんです。

五のつく日だけではなく五のつく時間、五時、十五時。

だから、午後三時から二時間かけてずっと取引先の名前を言うんですよ。まあ、取引先の数によってかかる時間も違うでしょうけれど、一回上げてみたら何分かかるか分かりますよね。

そうやって、経営者が率先して祈っていたら、社員全員みんなが神懸かって、見違えるほど働くようになるでしょうし、業績も見違えるほどよくなる。

奇跡、奇跡が起きつづけますよ。リバウンドで太り始めた人も、ガーンと痩せたりして。

一発で八キロぐらい痩せますよ(笑)。ここに龍がぎゅっと取り巻いて、うわっと言ったらもう、すぐに絞られるからね。大丈夫じゃないかと思うんですよね。

菱研の会社経営の本当のテーマ

「この鏡を我のごとく拝せよ」という神道の世界観に基づいて、神祭りを専らとするかぎりにおいて、天壌窮まりなかるべしです。

会社もそうなんですよ。清荒神さんは毎日四時間祈ってますけども、清荒神方式で毎日二時間ずつ祈ることです。

とにかく、六のつく日はそうやって九頭龍さんにお願いする。それだけでなく、六のつく時間は毎日やろうと思っております。

予備校はもう、全生徒の名前を上げる。大変に思うかもしれませんけれど、数千人でしょう。どうってことないですよ。

余計なことを考えたり、ああじゃこうじゃと考えるよりも、御祭りをする。そうすれば、すべてがいいほうにいいほうに行く。

余計なことをしなくても、最短距離で行けますよ。結局は早道なんです。

時間のロスが省け、資金のロスが省け、余計な人件費も省ける。手間隙、労力、時間、すべてが省けて、最短距離で、最小限度の労力で、最大の効果が現れ出てくるわけですよ。

やっぱりここは、神人合一の道が降ろされていて、それに基づくところの会社経営というのがテーマですからね。

一般的な経営の話も大切ですけれど、そんなのは誰でもやっていますよ。ご利益をいただくために、清荒神さんに参拝する経営者も世の中には多いですよ。

たくさんいます。しかし、清荒神のように祈っているという経営者は、われわれぐらいじゃないかと思いますね。

そうやって抜群に業績を上げていって、いつもその原点を忘れないことですよね。

明治天皇様のように、御祭りをすることを喜びとする。「ねばならない」からやるのではなく、喜びとしてやっていく。そうすると一体感ができ、神気と気運がわーっと動いていくわけですよ。

そして、直感が発達してくるから、「あっ、こう来るな」、「あっ、こうしたほうがいいな」とすべてが分かる。

気運が動き、端緒が開くけど、機知も授かりますね。それから予感もしますね。

「あっ、こう来るな」と。もちろん努力もしなければいけないんですけれど、努力しようという気持ちも出てきます。根気も出てくる。

そういう霊智に基づくところの、現実界の智恵との両方融合したものが、ほんとの智恵ですね。

だから、この世の中で成功している、無から有を生んだ経営者って、みんな機縁と気運があり、あるいはまた、霊智と直感があり、機知があって、経営の危機を乗り越えていっていますし、経営のヒントを生み出しています。やはり、そういうふうな素質の人が一生懸命やったら必ず成功するわけです。

人間、誰しも努力はしているんだけども、優劣の差があまりにも現れ出てきたり、あまりにもスイスイスイスイ行く人の場合、もちろんいろいろな原因があります。

一つや二つじゃない、多くの原因があります。それについては、これまでにもたくさん講義してきましたけれど、現実界の努力もさることながら、神道の世界観に基づいて御祭りをする。

これが大切なわけです。その一つが清荒神方式であり、それを皆さんに今日、お話ししているんですけれども、もっそれを極めたのが関西奇跡方式。われわれが実行しなければならないのはこれだと思うんです。

経営者は祭司王であれ

ですから経営者は、五のつく日にすべての販売先、仕入先、社員の名前を全部読み上げる。

やはり、経営者自ら、祭司王のように、ダビデ王のように祈らなければダメですよ。人にやらせたらダメなんです。

祭司王。これが天皇であるように、経営も祭りごとなんですよ。そのかぎりで祭司社長でなければいけない。

なかなか攻略できなかった書店の担当者さんが、いつの間にか会員さんになっていたり、たまたま担当者が留守で、何でもかんでもハイハイと言いすぎていつも叱られている人が代わりに応接してくれて、OKをもらった、と。

そういうふうに、行く先々でうまくいくトップセールスマンというのは、みんな、努力以上のものを持っていますよね。

ゴルフでもそうです。メジャーを制して優勝するような人はもう、

アルバトロスとかは連続バーディーとか、あるいはここ一番のときにチップインバーディーが二つつづくとか、十六メートルのパットが入るとかね。別に十六メートルじゃなくても、ずっとパットが入ってる人もいるけどね(笑)。この中にはいないと思いますけれど、そういうふうな奇跡的なパットが必ずありますね。

林に打ち込んだけれど、次のショットは神業みたいで、見事にリカバリーした、

と。そういう人がやはり、世界チャンピオンになっていますよ、ゴルフの世界でもね。

そういうふうな気運を持っている人は結局、松下幸之助さんでも誰でも、どこかで神道的な世界観を持っていますよ。

大きな事業を成し遂げた人は、みんなそうですよ。あんまり人に言わないだけで、内面的には神仏に対する心構えがきちんとできていますよ。

伝記を見ていても、じつは何か信仰を持っていたとか、こんな不思議なことがあったんだとか、夢で見たんだとか、そういうことがいろいろ書かれていますよね。

普通にやっていて成功している経営者もいるでしょうけども、神懸かり的に成功している人も多いですよ。

我々はどっちの道を選ぶかと考えたらやはり、馴染みの多いほうに向かうしかないですよね(笑)。

楠木正成公、上杉謙信も諸葛孔明も、みんなそうです。

とくに上杉謙信の軍なんか、戦いに行くまで、ずっと不動明王のお堂にお籠もりで、その次に毘沙門天のお堂にお籠もりで二ヶ月ですよ。

神懸かるまでずっと祈$79B1していて、それで「神懸かったあ!」と言って、右の槍には不動明王が神懸かり、左の槍には毘沙門天が神懸かり、不動明王や毘沙門天の懸かった槍や刀を持って、ダダダダダーッと戦場へ行くわけですよ。上杉謙信は先頭を切ってうわーっと行っても、鉄砲の弾は一発も当たらないし、矢も一本も当たらないんですよ。

完璧に神懸かるまで何回もご祈祷をやっているんですよ。お堂に籠もって、ずっと護摩を焚いてるんです。

だから、「あっ、これは大丈夫だな」とか「相手はこう来るな」ということが全部読めるわけです。

川中島の戦いに見る上杉謙信の霊力

あの川中島の戦いでもそうですよ。

あの川中島の戦いは、上杉謙信が武田信玄を懲らしめんがために行ったんですからね。欲望のための戦をしない、義のためにやる、と。特に、第四次川中島の戦いが有名です。

武田信玄を一発懲らしめるためということで妻女山に陣取って、「さ、どうだ!」という形で問答を仕掛けている。

武田信玄も考えて、川中島を隔ててずっと両方が相対峙している。何日たっても動かない。どっちが先に手を出すかというとき、武田信玄の参謀、山本勘助がキツツキ戦法というのを提案したんです。

キツツキっていうのはコンコンコンコンと木を叩きますが、あれ、何をしているかと言うと、木に巣くっている虫の穴の横を叩いているんですよ。

すると、うるさくてかなわんからと虫が出てくる。その出てくるところを待ち構えていて、パクンと食べるわけ。

あれ、木を叩いて遊んでいるわけではないんですよ(笑)。

エサを捕っているんです。虫の穴の上から叩いたらますます奥へ入るでしょ。だから、横をコンコンコンコンと叩いて虫を追い出して、出口で待ち構えているんです。

山本勘助、このキツツキの戦法で上杉軍をおびき出そうと考えたわけです。つまり、山本勘助が率いる隊ともう一つの隊が左右から上杉軍に襲いかかり、出てきたところを待機していた本隊が叩こうとしたわけです。

ところがその前日の夕暮れ時、上杉謙信が琵琶を弾きながら瞑想しておったところ、敵陣から昇る煙がいつもより多い、という報告が入った。

ははーん、煙の量がいつもより多いということは、いつもより多く飯を炊いているということだ。

ということは、明日の朝、仕掛けてくるつもりだな。しかも、信玄のことだからバカ正直に正面から突いてはこないだろう。

きっと、二手に分けてわが軍をおびき出し、出ていったところを武田の本隊が我々を壊滅しようという作戦を立てているに違いない。だったら、こっちから出ていって、手薄になった敵の本隊を襲うしかない、と。

そういうことで謙信は、夜中のうちに軍を移動させたわけです。もう、全部分かるんです。敵の手の内がすべて見えている。

だから、山本勘助の軍が到着する前に移動させたわけですけれど、その晩はちょうど濃い霧がかかっていて、大軍を移動させるにはもってこいだった。

天が味方してくれたわけです。で、馬の蹄にわらじみたいなものを履かせて、音が出ないようにして川を渡る。

鞭も静かに叩く。「声粛粛夜河ヲ過ル」という頼山陽の漢詩にあるように、真っ暗な中を静かに静かに渡っていったわけです。

一方の信玄は、謙信がおびき出されて出てくるのをいまかいまかと待っていたのですが、夜明けのころ、霧がサーッと晴れたと思ったら、目の前に上杉の大軍がいるわけですよ。

「うわー、上杉謙信の軍だー!」。意表を突かれた武田軍はさんざんに打ち負かされて、信玄の弟や重臣がたくさん死んだんですね。

ところが、信玄の首を取ったという報告はなかなか上がってこない。謙信としては、妻女山に行った山本勘助の軍勢が戻ってくる前に何としてでも決着をつけなければならなかったんです。

そこで謙信は単身、馬を駆って敵の本陣に乗り込み、信玄に切りつけたわけです。

「あの戦国時代に、大将が直接、敵の大将を切りつけるなんてあり得ない。二人はすれ違っただけだ」なんていう説もありますけれど、上杉謙信は神懸かっている人間だから、真っ正面から武田信玄を討ちに行ったんですよ。

そして、謙信が刀を振り降ろしたら、信玄は手にしていた鉄の軍配でこれを防いだという話は有名ですね。

それでも肩と腕に傷を負ったんですけど、「信玄様が危ない」と駆けつけた、原大隅守という足軽大将が槍で謙信の馬を突いたことで信玄は難を逃れたんです。

そうこうしているうちに、陽動作戦で妻女山に行っていた山本勘助の軍勢が戻ってきたので、上杉謙信は撤退を命じたわけです。

だから、最後は引き揚げていったのだから、上杉謙信の負けだと言う人もいますけれど、上杉謙信は最初から占領をしに行ったんじゃないですからね。

武田信玄を懲らしめるために妻女山に陣取って、攻撃しないでじっと待っていたわけですから。

やってみろ、と。

要するに、囲碁の勝負みたいなもんですよ。で、武田信玄が動いたとき、相手の作戦を見破って上杉軍の損傷はもうほとんどない。武田信玄は弟を失ったし、重臣と言われるような武将がたくさん死んだんですよ。

上杉謙信はほとんど無傷です。上杉方の損傷はほとんどなく、妻女山に行っていた敵の部隊が戻ってきたら、さっと逃げた。懲らしめるために行ったことなんですよ。

川中島でどっちが勝ったとか負けたとか、背中を見せて逃げていったから武田信玄の勝ちだとか、いろいろ説はあるんですけれど、上杉謙信は別に領土を奪おうと考えていたわけではない。

初めから、信玄を懲らしめんがために行ってるわけですよ。だから、懲らしめたからパッと帰った、と。ただそれだけのことです。

考えたら、圧倒的に上杉謙信のほうが勝っていますよ。謙信の軍勢はほとんど損傷がない。武田方は重大な被害を被りましたからね。

冷静に考えたら上杉の勝ちですよ、どう考えても。最初から懲らしめるためだけに行って、懲らしめたから帰っただけのことですからね。

それは別として、信玄の作戦をすべて見通していたんですから、すごいですよ。

煙がいつもより多い。あっ、飯を多く炊いているんだな。

明日来るな。多分、キツツキの戦法で来るな。

みんな分かっているんですよ。

それならば、ということで灯と旗竿をそのままにして、陣があるように見せかけておいて、馬の足音や鳴き声を立てないように、静かに川を渡っていった。

そして、霧が晴れたら上杉軍が目の前に何千騎もいるわけですから、武田軍は驚きますよね。

一斉に飛びかかっていくわけでしょう。見事なもんですよね。これが歴史に残る第四次川中島の戦いの実際の話です。

みんな分かるんです。六十六たび戦をして、一回も負けてないんですから。その代わり、出陣するのに二カ月もかかる。

不動明王のお堂にずっと籠もって護摩ばっかり焚いて、次は毘沙門天のお堂に籠もってずっと護摩を焚いてですよ、ここの槍に不動明王が懸かり、この刀に毘沙門天が懸かりといって、神懸かるまで軍隊の一人ずつに全部やるから、それはもう忙しいですよ。

そうやって戦場に出ていったら出ていったで、またまたずーっと護摩を焚いているわけですから。

武田信玄のほうは天台宗。武将でありながら天台宗の僧侶。それにたいして、お坊さんがたまたま武将をやっている、これが上杉謙信ですね。上杉謙信は六十六たび戦って一回も負けてない。無敗です。そんなこと、人間の智恵でできっこないですよ。

上杉謙信もこのようにしていらっしゃったんですよ。

だから、上杉軍には神祭りの戦しかない。戦も欲のためじゃない。義のためにやるわけだから、それが仏様の道を貫く道だ、と。

上杉謙信は戦国時代に生まれてきたけど、何回も出家しようとした。

そのたびに重臣が止めたんですね。「お兄さんは戦には合わないし、その息子さんもあれだから、景虎さんがいなくなったらもう、上杉の民はみんな滅ぼされてしまう。

お願いだから出家だけはやめてくれ」と。それで謙信は、出家もできないのかと歎き悲しんだんですが、それでも二度、三度と出家しようとし、そのたびに連れ戻されたわけです。

それで謙信は、戦国の世に生まれた自分の運命と闘ったわけですよ。だから、出家するのは諦めよう。

しかし、出家はしなくても仏道を極めよう、一生涯妻帯するのはやめよう、と。

そして、自分の次にはお兄さんの息子を後継ぎに立てたんです、上杉家の正統の跡取りだから。

その代わり、戦をやったら一度も負けなかった。だから、謙信存命中、上杉の民はずっと守られたわけです。

それに、子々孫々まで上杉家はつづいていますけど、武田家は三代で絶えましたね。

勝頼で終わりました。

上杉家が今日まで連綿としてつづいているということはつまり、それだけの徳分を残したわけですよ、謙信が。あのやり方を見れば分かりますよね。

いろいろなタイプの武将はいるし、いろいろな戦い方もあるし、いろいろな経営者もいるし、上杉謙信ではないやり方で成功する人もいるんだけれど、われわれはどういうのに馴染みやすいか、ということですね。

やはり上杉謙信のやり方ですよね。それから諸葛孔明、楠木正成。松下幸之助さんもそういう人ですよ、弁天宗の宗祖に導かれておったわけですから。

皆それぞれね、易者さんとか霊能者さんとかに大事なところを聞いています。

しかし、上杉謙信とか楠木正成とか諸葛孔明は誰からも聞いていません。自分で両方を兼ねていたんですからね。易者と拝み屋と武将。本人が一人で全部を兼ねていたわけです。

要するに、自給自足してたわけです。拝み屋さん、占い師さん、霊能者さん、武将。本人が、全部、兼ねてたんですから。

教誠神通力の原則を忘れずに

だから、下手の考え休むに似たりで、くだらんことを考えている暇があったら、神様をお祭りしなさい、と。

五のつく日に、取引先の名前を全部読み上げるんですよ。具体的に言えば言うほど、具体的に霊力が出てきます。

会社数が少なかったら、取引先と取引先の社長の名前をフルネームで言って、「喜んでくれて、感激してくれて、あそこにまた仕事をあげたいな、と取引先が思うようになりますように」と祈ったら、必ずそうなりますよ。これがよそにない、われわれの独自な経営です。

しかし、神道の世界観、われわれの生きている神霊空間はこうですし、清荒神もそうですし、さらに極めた私たちのやり方は神祭りの経営しかない。

「♪そいつがぼくのやり方。ギンギラギンにさりげなく、そいつがぼくのやり方」ですよ(笑)。

これを皆さん、徹底的にやっていただきたい。ものすごい直感力が出てきます。

「あっ、こうだな。こうなるな」ということが、パッと分かりますよ。ポイントがすべて分かる。その頭というのは、学校の勉強の頭とか数学の頭じゃないんです。

「要するに、こういうことでしょ」、「ああ、そうなんですよ」と。あまり予感とか直感をあてにしていたら外れることもあります。

だから、努力ももちろん大切ですが、努力をしているプロセスの中でふと、「こうじゃないかな」と思ったことはだいたいツボにはまっています。

教誠神通力の原則。人間として努力し、努力したうえでさらに努力し、そのうえ一層努力するときに出てくる直感力。

それを研ぎ澄ましたものがほんとうの神通力なんだ、と。神通力のある経営者、守られている経営者。気運と機縁と機知と予感をいただき、霊智も霊覚も湧いてくる。しかし、誰にでもできるんですよ。

このお腹のほかほかは、ちょっと前のぽかぽかと種類が違いますね。

阪急電鉄を創設した小林一三さん。あの人は直覚力があった人だと言われています。小林一三さんは阪急電車をつくって、宝塚歌劇団をつくった人です、ね。

小林一三さんのお葬式っていうのはもう最高でしたね。私もあこがれているんですけれど、卒業式で着るような衣装を身につけた宝塚歌劇団の人たちが一列に並んで、順番に棺をこう、運んでいった。何と華やかな葬儀なんでしょうね。

もちろんお葬式ですから「♪おお、宝塚、それでは皆様、この世はさようなら、これから、あの世の星空の世界に」なんて歌わなかったでしょうけど(笑)。

宝塚歌劇団の女性たちがずっと棺を順番に持っていったのが印象的ですが、小林一三さんは直覚力があったと言われている。

いつも半眼に目を開いていたんです。目茶苦茶カリスマ的な人です。宝塚温泉を開いて、宝塚パークもつくった。

とにかく、そこに鉄道を引いたんですよね。人が来るようにするには鉄道を引けばいいじゃないか、と。

要するに、その時代の人たちが考えもつかなかったようなことを考えて実行した。

それが小林一三さんです。阪急電車をつくり宝塚歌劇団をつくった。

戦後の経営者の中では目茶苦茶カリスマ性がありましたね。

阪急グループをつくった人ですけどね。宝塚歌劇もそうですし、宝塚パークもつくった人ですし、そこに鉄道を引いたんです。西武グループなんかは、球場とかスキー場とか、何かをつくって鉄道を引くということをやっていますけれど、そのルーツは小林一三さんですね。

いつも半眼に目を開いていて、頭で考えているとか、思考をめぐらすということではなく、もう直覚力。瞬間にバッと答えが出てきた。

しかも、普通の人間が考えることとは違っていたというんですよ、小林一三という人は。

皆さんもなれますよ。別に、電車を引かなくてもいいんですけどね。頭でこねくり回すんじゃなくて、人が思いもつかなかったようなことが、努力している中で自然に浮かんできて、そういう気運が出てくる。

アイデアが浮かんできても大事なのはそれを実行できるかどうか、なんですけれど、人、物、金がそろってくるんです。

我々の道はもう、それしかないんじゃないかと思うんですね。

そういうことで、ぜひ実行していっていただきたいと思います。本日はこれで終わります。どうも。(拍手)