あなたはきっと副社長になると思うのよ! 菱研 深見所長講演録24(Vol.2)

「関西流優れた人材とは何か」~平成16年1月6日 西宮神社会館~

優れた人間性とは粘りである

今日はまず廣田神社に参拝しましたが、その際、廣田の神様がこの一年の指針として、皆様に、「優れた人間とは何か、優れた人材とは何か。それは粘りのある人間である」ということをおっしゃっていました。

粘りについてのご神示なので、関西ならではのご神示だと思うんですけれど、ビジネスを行う人間にとっては、とても大事なことです。

優れた人材とは何か、あるいは、優れた人間とは何か。それは「粘りのある人間である」ということです。

「優れた人間性とは何か、粘りである」と。そういう角度で、廣田の神様から何度も出てきました。

それで、ここ西宮戎の西宮戎たる所以は何か、西宮戎のエッセンスは何かというと、「ならぬ堪忍、するが堪忍」です。

忍耐力、辛抱の大切さを教えていますけれども、廣田神社の神様は粘りについて教えてくださったわけです。

「優れた人間とは粘りのある人間である」「優れた人材となるためには何が大切かというと、それは粘りである」と。

それを受けて西宮戎の神様は、「粘りとは何か、それは反復である」と。「転「石苔を生ぜず」ということわざがあります。

「何事も腰を落ち着けてあたらないと、身につくものがなく大成できない」という意味ですが、コロコロコロコロ転がっている石には苔が生えない。

苔が生えなければ綺麗でいいんじゃないかと思いますけれど、苔寺(京都・西芳寺)の苔のように綺麗で上品で厳かな緑の苔は、コロコロコロコロと転がっていてはできませんよ、と。

転がるのではなくて、じっと動かない。忍耐強くじっとしている。一カ所に止まって、辛抱している石の上に綺麗な緑の苔が生えてくる。

そういう石の上には生えるんですよ、ということなんです。

英語だと、 A rolling stone gathers no moss.と言うのでしょうか。要するに、粘りというのは反復です。

何回も何回も反復してずっとやっていく。転石ではなく、一ヵ所に止まってじっと辛抱していく。一カ所に止まっているだけでなく、さらに大切なことは反復することだ、と。

語学の習得も、考えてみれば、まさに反復です。何回も何回も何回も何回も辞書を引いて、知らない単語を覚えていく。また知らない構文も、こういうときにはこういうふうに表現していくとか、あるいはヒアリングも、なかなか思うように聞き取れないのが、こういうところをこういうふうにしゃべっているんだということを、何回も何回も反復して聞くことによって習得できていく。

結局、ヒアリングもスピーキングもライティングも文章読解も、みんな反復練習することによって、初めてものになるわけです。

ですから、粘りとは何かというと反復だ、と。何回も何回も何回も何回も反復できるかどうかによって、粘りがあるかないかが決まってくるし、粘りがあるかないかが、優れた人間かそうでない人間かの大きなターニングポイントなんだ、ということです。

人材の教育もそうです。優れた人材を輩出する優秀な企業のオーナーは、やはり教育的見地に立って社員たちに接しています。

それは何かというと、やはり反復です。一回や二回や三回や四回の失敗を苦にせずに、何回も何回も何回も何回も、社員が分かるようになるまでずっと何回も反復してやるんです。

その反復するということが根気なんだ、と。

人を育成するのには何が必要かというと、それは粘りであり、粘りとは何かというと、それは反復である、と。

だから、若い人たちには何回も何回もやってみせて、何回も何回も注意していかなければなりません。

ただし、あまりガミガミ言いすぎると避けるようになります。ですから、納得できるような形で何度も何度も反復する。

二回や三回ではダメです。習得させるためには、四回、五回、六回、七回、八回と、「勉強していかなきゃダメなんだよ」と繰り返し言ったら、「ああ、そうか」と。その分だけ勉強して、体験を重ねていくわけです。

子どもの教育も人材の教育も同じです。間違ったり未熟だったりしたところがあれば、教えて、やってみせて、さらにもう一回やってみせる。

何回も何回もやってみせる。それでも、「あ、また忘れた」と。そうしたらまた、「これはこうだったでしょう」「ああ、そうでした」と。

そうやって何回も何回も反復 しているうちに、人は覚えていくんです。できなかった人ができるようになっていくんです。

それはやはり、反復しかありません。ですから、人を育てるという意味においても、粘りのある者が優れた人物だ、ということが言えると思うのです。

集約深耕で取引先を開拓したトヨタ

それから、取引先を開拓する場合も、やはり粘りです。「お願いします」「いや、うちはちょっと間に合っているよ。もう全部業者が決まっているからいいんだ」と言われても、「ああ、そうですか」と引き下がったらいけないわけです。

よく、「営業は断られたときから始まる」と言います。断られたときから営業が始まるんだ、と。そう考えなければいけません。

営業戦略もどうやったらうまくいくかというと、これもやはり反復なんです。

「お願いいたします」「いや、うちは間に合っているよ」「そうおっしゃらず、そこを何とかお願いいたします」というように、何回も何回も何回も何回も言うと、「もうキミの根気と粘りには負けたよ」と。

関西では粘りのことを根性と言いますけれど、粘りプラス度胸プラス気力を繰り返して、何度も反復してやり遂げるまでやる。

反復してやれる人は根性がある人だ、と。

「あんた、ええ根性してはりますなあ」と。度胸があって、粘り強くやり遂げるまでやるんだという精神力のある人のことを「根性がある人」というふうに言うのではないかと思うんです。

何かの本に書いてあるわけではないですけれど、関西の人はどういうところに根性を感じるのかなと思って分析していたんですけれど、きっとそうだと思います。

取引先も、そういうふうに何回も何回も反復することによって、開拓していく。たとえば、「トヨタの集約深耕」というものがあります。

集約深耕の集約というのは、「集める、約す」。

深耕は、「深く耕す」です。これが集約深耕。蛇の目ミシンもそうです。

集約深耕というのは、トヨタ自販(現・トヨタ自動車)の神谷正太郎さんが考え出したんだろうと思いますが、これは何かというと、トヨタの営業マンは、「キミはこのテリトリーだ」ということでテリトリーを決めるんです。そのテリトリー内を、何度も何度も何度も何度もぐるぐるぐるぐる反復して反復して反復して、巡っていくわけです。

そうやって反復して家や駐車場を巡っていき、自分のテリトリー内に置いてある自動車のフロントガラスをそっと覗いて確認するんです。

そうすると、次の車検がいつなのかが分かる。「ははあ、三ヵ月後に車検だなあ」ということで、頭の中にもノートにも、次の車検がいつなのかがきちんと入っている。

そして、そろそろ車検だなというタイミングに、その家に行ってピンポーンするわけです。

「はい、何でしょう」

「トヨタのセールスマンの何々と申します」

「はい、何かご用ですか」

「お宅の車をちょっと拝見させていただいたんですが、三ヵ月後に車検ですね」

「あら、もう車検が来るの?」

「はい。でも車検は思いのほか時間がかかりますし、お金もかかりますので、この際、トヨタの自動車に買い替えてグレードアップされてはいかがでしょうか。

いまのお車を下取りさせていただいて、さらにローンを組みますから、月々いくらのお支払いで新しい自動車に乗れます。

この車種は人気ナンバーワンで品薄なんですけど、うちは数台確保してあります。この車検の替わり目にトヨタの車に乗り替えてみてはいかがでしょうか」

「そうか、車検は費用がかかるから、車を下取りしてくれると言うんなら、この際、新しい車に替えてみようかな」というふうに持っていくわけです。

そういうふうにテリトリーを決めて、そのテリトリーを隅々くまなく、何度も何度も反復して回っていると、車検がいつ来るのかが分かる。

それを全部ノートにメモしておいて、アプローチしていくわけです。

これがトヨタの販売方式「集約深耕」です。集約して深く耕す。蛇の目ミシンもそうです。テリトリを決めて、一人の営業マンが、同じ場所を何度も何度もぐるぐるぐるぐる回る。

あっちもこっちも行かないで地域を限定する。すなわち、集約して深く耕していく。これが集約深耕です。

蛇の目ミシンもこのやり方でミシンを売ってきたわけです。やはり、何度も何度も反復することが大事です。語学の勉強でも、人材の育成でも、何度も何度も反復しながらやり直していくと、いつか必ずやれるようになります。

販売もそうで、お客さんに品物を買っていただくときにも、やはり反復してお願いすることが大事です。通常のルートセールスでしたら、ラウンド回数というように、ラウンドという言葉を使います。

上得意さんだったら週に一回ラウンドしていく。まあまあのところなら二週間に一回ラウンドしていく。

ちょっとしか買ってくれないところだったら、月一回ラウンドしていく。

お客さんによってラウンド回数を決める。重要であればあるほどラウンド回数を増やす。週に一回、あるいは二回行ってもいいでしょうが、それだけ行けば、ちゃんと注文いただけて、売上げが上がる。

そういう経験則から割り出した、ちゃんとした意味があるわけですけれど、とにかく重要なお客さんには、何回も何回も反復しラウンドする。

そのラウンドが途絶えていたり、サボったりすると、ライバルが来て、そこのお客さんを取られてしまう。

あるいはラウンドが少ないと、「最近、来ないじゃないの、お宅の営業マン。せっかく注文しようと思ったのに……」というふうに言われます。

そうやってラウンド回数を決めて反復する。その途中で電話がかかってきて、「おい、来てくれよ」と注文が入ったときには、すぐに行く。

「次にお宅さまのところへ行くのは何日の予定ですから、今日は行けません」なんて言うと、お客さんから「しばきあげるぞ」というふうに怒られるわけです。

ところで、「しばきあげる」と言えば、「マクドしばくど」とか「ミスドしばくど」と言っても、どんな意味なのか、関東の方は分かりかねるでしょう。

「マクドナルドに食べに行こうか」ということを、関東では「マックに行こうか」なんて言います。

しかし関西では、「マクドしばきに行こか」と言うらしい(笑)。ミスタードーナツなら、「ミスドしばきに行こか」と。

「しばきに行く」ってどういうことか。バチンと殴りに行くことですが、これはどこから来た表現かと言ったら、「お茶飲みに行こうよ」というときに、私たちの年代では「お茶飲みに行こう」とか「喫茶店行こうよ」なんて言います。

そこからだんだんと変化してきて、現在では「お茶する」とか言います。

「お茶する」なんて聞いたら、お茶会でお点前でもするのかと思ってしまいますけれど、喫茶店へ行ってコーヒーでも飲もうかというのを「お茶する」と。

たしか京都かどこかで起きた言葉らしいんですが、ある人が、その「お茶する」という言い方を、「茶しばきに行こか」と言ったらしい。

バチン、バチン、バチン、バチンとお茶しばいてどうするんかと思うんですけれど、面白おかしく、「茶しばきに行こか」と言ったら、これが一世を風靡したらしいんです。

私は、もちろんこの西宮、神戸に近い文化圏で、関西でも大変お上品なところに生まれ育ったものですから(笑)、そんな下品な、大阪の下町の人間が遺うような言葉は遣いません。

河内に行きますと、「われー、どたまかち割って血い吸うたろか」というような上品な言葉がありますけれど(笑)、一人称と二人称が同じで、ふつう「あなた」と「私」を使い分けるところを、ここでは、「自分、元気にやってんの」のあなたのことを「自分、自分」と言う。

自分は自分じゃないかと思うんだけれども、相手のことも「自分、自分」と言うんです。

関西では、自分のことは「われ」なんですけれども、相手のことも「われ」と言うんです。

イントネーションがちょっと違って、「われー」と言う(笑)。「わりゃー」とも言いますね。

それで、「われ」は一人称と二人称で同じで、「われーどたまかち割って血ぃ吸うたろか」という、そういう上品な言葉がありましたけれども、われわれ西宮とか神戸では、そういうような言葉は遣いません(笑)。

今言ったのは河内の言葉ですね。

まあ、とにかく、「茶しばきに行こか」というのが変化しまして、「マクドし「ばきに行こか」「ミスドしばきに行こか」というふうになった、と。

「しばく」というのは「殴る」ことです。

関西では「どつくど」とか「どつきあげるぞ」とか、頭をバコーンと殴るみたいなニュアンスで、「しばきあげるぞ」などと上品に言います(笑)。

それで、「茶しばきに行こか」「マクドしばきに行こか」「ミスドしばきに行こか」などという言い方をするんだということが分かったわけです。

「しばく」「かます」「茶しばきに行く」「茶かます」という、西宮とか神戸にはなかったような下品な言葉が最近流行っているらしいんですが(笑)、私はもう関東に二十七年住んでいます。

それに、そんな品の悪い言葉がはびこる前に東京へ来ましたので、関西出身の人間ですが、私の中では上品な言葉しかありません(笑)。

まあ、話がかなり逸れましたけれども(笑)、何回も何回も反復していくことが粘りなんだ、と。語学の習得も反復です。

基礎力というのは問題集を何度も何度も反復することで初めて、身につくものであって、頭で理解するのと身につくというのは違うわけです。身につけるためには反復練習しかありません。

人材を育成するのも反復が大事です。何度も何度も反復して初めて身について、人が育っていくんです。

それから、販売先のお客様にお取引いただくためにも、何度も何度も反復してラウンドしていく。

集約深耕していく。あるいはお客様の新しいところに、何度も何度もお願いして、足を運んでいく。そういうことが大事であって、何度も何度も足を運んで反復して攻め落とした実例はたくさんあります。

戦後最大の呼び屋・神彰の奇跡

その実例の一つに、神彰という人に関する話があります。

彼は「北の家族」という居酒屋チェーンをつくって一世を風靡しましたけれど、実は、戦後最大の呼び屋としても有名な人なんです。

その神彰は、ある日ボリショイ・バレエを見て、「こんな素晴らしいバレエを日本人は見たことがないから、ぜひ日本に呼びたい」と思って、毎日毎日、朝九時ピッタリにソ連代表部(当時)に行ったらしいのです。

「ボリショイ・バレエを日本に招聘したいのですが」と呼び屋として、ボリショイ・バレエを呼びたい、大使にお目にかかりたい、と。

そこで、ソ連代表部に行ったんですけれど、「面識もない人間はダメです」と断られます。

しかし、次の日も朝九時ピッタリに行って、「神彰と申しますが、ボリショイ・バレエをぜひ日本に呼びたいので、大使にお目にかかりたい」と言うのですが、

「大使は不在ですので、お目にかかれません」とにべもなく断られます。

「そうですか」ということで帰ります。

しかし、次の日も朝九時ピッタリに行って、「あの、ボリショイ・バレエをぜひ日本に呼びたいんです。あんな素晴らしいバレエを日本人は見たことがないから、ぜひ見せてあげたいんです」

「いま大使はおりませんし、面識のない方とはお会いしません。いきなり来られても困ります」

「そうですか」と言って帰りますが、また次の日も朝九時に、「あの、ボリショイ・バレエを呼びたいのでやって参りました神彰と申します」

「何度も来られても困ります。お目にかかれないと言ったらお目にかかれませんので、もう来ないでいただけますか」

「はい、分かりました」と言って帰ります。ところが、また翌朝九時になったら、「あの、神彰と申しますが、ボリショイ・バレエを呼びたいので、ぜひ大使にお目にかかりたい」

「いや、何度も申し上げたように、お目にかかれないと言ったらお目にかかれないんです。来られても困りますから、もう来ないでください」「はい、分かりました」

そういうことを、何日も何日も朝九時ピッタリに続けたんです。そうしたところ、たしか二十一日目だったと思うんですけれど、「あなたをお待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」と言って、案内されたんだ、と。

私の英語の先生である大井孝先生から聞いたことがある話です。

大井先生は、日米会話学院の院長であり、東京学芸大学の教授(現名誉教授)でもあります。十九歳で英語とフランス語の通訳をしていた人ですけれど、大井先生がアイゼンハワー大統領の就任演説のスピーチの研究をしていまして、そのときに、「深見さん、こんな話があって、神彰の通訳をよくしたんだよ」と。

「本人から特にかわいがってもらったので知っているんですけど、こんなことが実際にありましてね」ということでお聞きした話なんですけれど、たしか二十一日目だったと思います。

とにかく、雨の日であろうと風の日であろうと、朝九時ピッタリに通い続けたらしいんです。

そうしたら、たしか二十一目に、「ああ、あなたをお待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」と言って、戸を開けてくれて、

「いま、大使がお待ちですので、どうぞこちらにお越しください」と、代表部のみんなが直立して神彰を通してくれたらしいんです。

そして、神彰が中へ入ったら、ロシアの芸術を海外に紹介する仕事をしている人が本国から来ていて、その隣にいたソ連の大使から、「いや、あなたが毎朝九時に日参していたのは聞いておりました。そこまで熱心に、わがソ連の宝とも言うべきボリショイ・バレエを理解していただき、愛していただき、日本人に絶対見てほしいという、あなたのその情熱には大変感動いたしました。

本当に素晴らしいことであり、ありがたいことです。

ですから、本国に打診してボリショイ・バレエを日本に呼ぶことにいたしました。その際、すべての興行権をあなたに差し上げますし、あなたに全部をお任せします」

と言われたんだ、と。神彰なる者がどんな人物で、どんな素性で、神彰に財力があるのかないのかなどは何も調べないで、興行権を与えると言ったわけです。

毎朝九時ピッタリに、来る日も来る日も同じ時間に通い続けたことで、結局、相手の心を動かし、ボリショイ・バレエの日本における公演のすべての権限をもらったんです。

その後、実際にバレエを興行するための資金集めについても、彼はものすごい実行力を発揮して、大成功を収めたんです。

それでボリショイ・バレエを初めてやったら、あまりにも素晴らしく、あまりにも感動的なバレエだったから、来る日も来る日も来る日も来る日も人、人、人、人で、常に満員状態だった、と。

結局、この大成功によって神彰は戦後最大の呼び屋と言われたんです。神彰という名前は、姓名判断でも成功実例としてよく使われていますよね。

その神彰が、何回目かの結婚をして、あの「北の家族」という居酒屋を出したんです。

まあとにかく、数奇な人です。ものすごい度胸と根性があります。

終戦後、抑留されてシベリアにいたころ、ボリショイ・バレエを何かで見たらしいんです。

それで、ぜひ日本人に見せたいと思ったらしい。そして、シベリア抑留から帰ってきて、ゲートルを巻いたまま何回も何回もソ連代表部に行った。毎朝九時に行き、何回断られてもずっと通い続ける。

それくらいの根性で向かっていくと、相手が「もう参りました」ということで、門を開いてくれるわけです。

これは粘り、すなわち、反復の最たるものです。神彰という人は、そうやって成功した人です。まったくの無一文で、裸一貫からそこまでのし上がったんです。

銀行もその情熱で攻め落とした、と。最初に融資してもらった五百万円でキャデラックを買ったというのが凄いですね。

これは普通の人ではなかなか思いつかないでしょうし、もし思いついたとしても実行できないことです。

神彰はそれを思いつき実行したんですから、やはり凄い人です。

大井先生は、その神彰にかわいがってもらったそうですけれど、なぜ私にそういう話をするのかを、いつだったか尋ねたところ、「いや、深見さんを見てると神彰みたいな人間になるような気がするんだ」と。

バレエを呼んでどうなるんかいなと思いますけれど、「いや、若いころ神彰にかわいがってもらったけど、そういうふうなものを深見さんに感じるんだよ」とおっしゃるんです。

たしかに私も粘り強くしつこい。四日も五日も同じ場所で神事をやったりします。

粘りと反復でまんじゅうを「そごう」に卸した私の祖母

もう一つの実例として紹介するのは、私の母の母、つまり私のおばあちゃんのことです。

私のおばあちゃんは、あるとき、腕のいいまんじゅうの職人さんを、「あんた、本当に腕のいい職人さんだね」と言って引き抜いて、おいしいまんじゅうをつくった。つくったんだけれども、売りにいかなければならない。

それで私のおばあちゃんは「そごう」に行ったんです。その当時の一番有名なデパートだったんですけれど、そごうに行って、

「うちの、すごく腕のいい職人がつくったまんじゅうで、味はどこにも負けません、ぜひ、このまんじゅうをそごうで売らせてほしいんです」

「いや、うちにはもう、古くからお付き合いのあるまんじゅう屋が何軒も入っています。それに売り場は全部決まっているから、新しいところは無理です。

せっかくですけど、ちょっとこれはご要望にはお応えできかねます」

「ああ、そうですか。ではまた明日来ます」と言って、翌日、「本当においしいまんじゅうなので、ぜひこれを試食してください。おいしいですよ。これをそごうに置いたらどれだけお客さんに喜ばれるか」

「昨日申し上げたように、新規の取引先というのはお断りしている状況ですので、何回来られても、できないものはできないんです。申しわけないですが、お断りしますから、いらっしゃらないでください。何回来ても同じですから」

「はい、分かりました」と言って、また翌日も行くわけです。

「昨日も言ったように、本当に腕のいい職人がつくったおいしいまんじゅうなんです。ぜひこのそごうに置かせてほしいんです」

「いや、昨日も申し上げたように、うちはもう、新しいものは置けません。スペースも全部決まっています。古くからの取引先があるので新しい取引先は無理なんですよ。何回来られてもダメなものはダメですから、もう来ないでください」

「はい、分かりました」と言って、また翌日になったらそごうに出かけていき、

「あの、そごうにぜひ、私どものまんじゅうを置かせてください」

「いや、何回来ても同じです。何度来ても、もう置けませんからお帰りください」

「分かりました」と言って、また翌日そごうに行く。

そうやって毎日、毎日、結局六カ月間、一日も休むことなく、そごうに通い続けたんです。六カ月間ですから百八十日ですね。

おばあちゃんは六ヶ月間、何と言われても、「私どものまんじゅうを、ぜひそごうに置かせてください。お客様は絶対喜ぶと思います」と言い続けたわけです。

そして何回断られても、「分かりました、また明日来ます」と言って、来る日も来る日も来る日も来る日も、何回断られても、六ヵ月間一日も休むことなく、その担当者のところに行ったらしいんです。

そして、六カ月経ったある日、

「もう分かりました。あなたの根気には負けました。どこでもお好きな所に置いてください。お宅のその自慢のまんじゅうとやらを、そごうのどこでも、あなたの好きな所に置かせてあげます。もう参りました」と、相手もとうとう根負けした、と。

うちのおばあちゃんは六ヶ月間一日も休まずに、合計百八十回、何と言われても通い続けて、結局、六カ月目に担当者が根負けして、「もう、参りました」と言って、そごうの一番いい場所にまんじゅうの店を出させてもらって、大繁盛したらしいですね。

味は最高だし、そごうの一番条件のいい売り場におまんじゅう屋を置いたわけだから、ものすごく成功したらしいんです。

さらに、まんじゅう屋はまんじゅう屋で続けながら、京都帝国大学の助教授を引き抜いたんです。

それで、今度は何をしたかというと、西洋マッシュルームの栽培の研究です。

早川電機工業(現・シャープ)の工場がある所には、昔、陸軍の練兵場があって、馬をたくさん置いていたらしい。

だから、馬糞がたくさんあります。陸軍の馬の馬糞が山のように積まれている。

馬糞が豊富にあるわけです。その馬糞を使って、西洋マッシュルームを何とか栽培できないかということで、京都帝国大学の助教授を引き抜いて、まんじゅう屋とか果樹園とかいろいろな仕事をやりながら、五年間、西洋マッシュルームの研究を続けたわけです。

自分も大学ノート何十冊分も研究の結果を書き止めて、その京都帝国大学の助教授と一緒に西洋マッシュルームの栽培の研究をしたらしい。

来る日も来る日も来る日も来る日も、陸軍の馬糞で、西洋マッシュルームの栽培の研究をして、五年目についに成功したらしいんです。

そして、マッシュルーム缶詰にして、ヨーロッパに輸出していた、と。

成功するまでの五年間は試行錯誤の連続です。来る日も来る日も来る日も来る日も馬糞にまみれて、西洋マッシュルームの栽培の研究を、その助教授と一緒にしていたんです。

自分も研究資料を何十冊という大学ノートにまとめて、成功したら缶詰にして、第二次世界大戦の前に、西洋マッシュルームをヨーロッパに輸出していた。女手一つでそこまでやったんです。

それで、おばあちゃんのご主人、つまり私のおじいちゃんは銀行マンだったみたいですけれど、面白いおじいちゃんで、ギャグの固まりみたいなおじいちゃんだったんです。

その性質が母親に移って、さらに私に移っているわけですね。そのおばあちゃんの性質は、私にも弟にも妹にも移っているんです。

私の母親と父親はいとこ同士です。親戚みんなこの西宮の戎さんの氏子です。

お隣に成田不動さんがありますが、神仏習合で、ここが戎さん。その隣の成田不動は、本来は毘沙門天さんを祀っていたんです。

毘沙門堂。ですから、七福神になっていたわけです。この西宮の戎さんが戎で、隣の成田さんは本来、毘沙門天さんを祀っていて、阪神地域では一番有名な毘沙門天さんで、私の父親の子どものころは、毘沙門天さんで有名だったらしいんです。

阪神・淡路大震災で、仏像もすべて倒壊したらしいんですけれど、成田の不動さんのほうが儲かるからということで、お不動さんになってしまったんです。

しかし、本来は毘沙門天さんだったわけです。西宮の戎さんとお不動さん、その円満寺というお寺ですが、そこの壁をよく見てみると修復した跡があって、出入りや行き来がよくできたようです。

伊勢神宮に神宮寺があったように、西宮の戎さんのお寺になるのが隣の円満寺だったらしくて、私の家はそこの檀家総代をやっていたわけです。

それで、昔は借家が五十四軒もあって、本当は私が七代目なんですけれど、三代目は勝海舟に砲台を寄附して、外敵が攻めてきたら困るから一回実験してみよう、ということで実弾を入れて撃ったら砲台が火事になってしまって、二度と再び使えなくなった、と。

そういう、どこか間が抜けた先祖ですけれどね。私たちはよく言いました、「アホちゃうか」と。

きれいな関西の言葉で言いますと、「アホちゃうか」ということです(笑)。中が真っ黒こげになってしまって、二度と使えなかったらしいんです。

そういうことで、親戚同士の父親、母親ともに、西宮の戎様の氏子として、そして円満寺の檀家としてずっとやってきたわけです、おばあちゃんも。その性質を引いています。

ですから私のおばあちゃんは、女の事業家だったんです。五年の栽培の実験結果で、戦前に西洋マッシュルームを缶詰にして、ヨーロッパに輸出するまでになった。

だから私は何かこう、「ウンコ」という言葉が大好きなんです(笑)。おばあちゃんが成功したあの西洋マッシュルームは、馬のウンコのおかげで栽培できた。

おばあちゃんは粘り強い研究で、馬のウンコから見事に、西洋マッシュルームが栽培できて、缶詰にして、戦前に輸出していた。そういう思い出があるからかもしれませんが、何か本能的にウンコという言葉が好きで、異常なぐらいの愛着と喜びを感じているわけです(笑)。

なぜ私はウンコという言葉が好きなのか。ウンコというのはウン(運)が固まったもの、その叡智が授かるとウン智と言うんですけどね(笑)。

粘りとは反復である

新春早々最低なことを言いました(笑)。

西宮戎のこの神域の中で、あまりにも素晴らしい話をしすぎて、私もちょっと具合が悪いから、やはり知的抑制が利かないのか、ウンがよすぎたのか、運びがよすぎたのか分かりませんけれども(笑)、とにかく、そごうを攻め落とすときでも、おばあちゃんが六カ月間、何と言われても、「お願いします、お願いします」と。

そうやって六カ月間も毎日来られたら、夢にまで見ますね、本当に(笑)。

神彰もそうやって、何もないところから何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、反復して通い続けた。

罵声を浴びせかけられても、何と言われても通い続けた。そこまで言う粘りと、そこまで言う根性にはもう負けました、と。

関西が関東に攻め入るとき、特に新しく攻め落とすときの、一つの大きなテクニックでもあります。

うちのおばあちゃんもそれで成功し、神彰もそれで成功したわけです。

粘り、すなわち反復して、毎日毎日、絶対にここを攻め落とすと思っている。その念力でしょう。

絶対にここを落とすんだという思いが相手に伝わって、そこまで言うなら、と。とにかく、何とかしなきゃと思っているから、何とかなるのではないかと思うんです。

その粘りと根気というのがやはり一番大事なんだ、と。優秀な人間とは何か。粘りのある人間だ、と。有能な人間には粘りがある、と。

「そこを何とか、そこを何とか」と、どこまでも粘っていく。バレーボールでも野球でもテニスでも、それが気力であったり、意志力であったりするわけですけれども、「優秀な人間とは粘りのある人間だ」と廣田の神様がおっしゃり、西宮の戎様は、廣田の神様のご神示を受けて、「粘りとは反復である」と。

人材の育成も、それからまた語学の習得も粘りです。そして営業も集約深耕で、何回も何回もテリトリーを回る。

それで、最終的に営業というのは何回も何回も反復してラウンドしていく。

そのときに発注とか、お客さんの知り合いとか情報とかが出てきて、いよいよ攻め落とそうという段になったら、時間を決めて毎日毎日毎日毎日通う。

そういう粘りがあるから、相手も、「そこまで言うのなら何とかしましょう」と言って買ってくれる。熱意とか情熱と言いますけれど、具体的に何を通して感じるのか。

それは、反復して何回も来る、その粘りによって感じるわけです。たとえば、毎日毎日同じ時間にずっと通い続けていたのに、しばらく来ないと、「あれ、どうしたのかな」と。

毎日毎日必ず朝の九時にやって来るのに、今日は八時半になっても九時になっても来ないから、風邪でも引いたんかな、事故にでも遭ったんかな、病気でもしたんかな、と。

来たら来たで、断るんだけれども、毎日同じ時間に来ていたのに、その日ちょっとおくれたり、来なかったりすると、病気になったのかな、と心配になってハラハラするらしいですね。

それで、また来たら、断るんだけれども、「ああ、よかった」と思って、「どうしたの、昨日は。なぜ来なかったの?」と。毎日毎日来ている人間が来ないと、どうしたんだろうか、今日は来ないのかな、もうそろそろ来る時間だなと思って、心待ちにするようになるらしいですね。

来たら来たで断るんだけれども、「大丈夫かな。来るのかな。そろそろ来るんじゃないかな」なんて思うということです。

もう少しのところで合格を逃した芸大の受験生

実は、もう一つ面白い話があって、東京芸術大学に別科というのがあるんですけれど、その別科には邦楽科もあるんです。

笛とか鼓とか謡を勉強する邦楽科。そこには六十歳を過ぎたおじさんが、毎年必ず受験に来ていたんだそうです。

毎年受験して、そして、必ず同じ箇所で間違えるらしい。課題で謡をうたうんですけれど、それが十年間続いたらしいんです。

毎年毎年受験に来て、必=ず同じ箇所を間違えて、また落ちて、また次の年も受けに来て、同じ箇所をやはり間違えてまた落ちて、と。

課題曲というのは年々変わるんですけれど、その課題曲は二種類しかなくて、交代で、たしか「紅葉狩り」と「鞍馬天狗」のキリだったでしょうか、それが交代で出題されるらしいんです。

それを、六十歳を過ぎた人が十年間受けに来続けて、いつも同じ箇所で間違えて落ちる。

だから、試験官の人はみんな、「彼はもう十年間も毎年受けに来たから、来年には絶対に通してあげようね。

たとえ、同じ場所で間違えても、もう十年間受け続けているから、来年来たら必ず彼を通そうね」と言っていたらしいんです。

ところが、その年は受けに来なかった。「もう一回受けたら、間違えても合格させようね」と、すべての試験官が言っていたのに、その年から来なくなってしまったらしい。

本当に運がないというか、惜しい話ですね。受かるまでやると思って頑張れば、十一年目に通ったんです。

ですから、十年ぐらい続けると、試験官も、「十一年目は絶対に通してあげようね」となるわけです。

これはやはり天照坐大御神様、十年ですね。この西宮の戎様は約二十年が一サイクルです。廣田神社で千八百年祭があったときに、私も行きましたが、お祭のために七百万か八百万円寄附をして、ネコがおしっこをする砂地を大理石で固めましたら、阪神タイガース、一ヵ月後か二ヵ月後に星野監督が就任して、まさに固まったわけです。

ネコがいつもおしっこして最下位だったのが、おしっこだけではなく、おしっこもうんちもして最下位だったのが、それが二年かけて優勝した。

それは、千八百年祭でしたから、十八年後に優勝したわけです。阪神タイガースは戦勝祈願をいつも廣田神社でしていました。

商売繁盛はこの西宮の戎さんですけれども、だから、負けても戎さんだけはよく功徳があって、商売繁盛の阪神タイガースなんですけど、それも二十年に一回起きてくる。

西宮戎が教える商いの極意

私の著書「成功経営の秘訣』『本当に儲かる会社にする本』(ともに、たちばな出版刊)にも書きましたが、兵庫二区選出の原健三郎さん(編集部注・・・原健三郎氏は平成十六年十一月に永眠されました)は、この戎さんの功徳で二十三年目に衆議院議長になった人なんです。

衆議院議員になると、内閣総理大臣になるか衆議院議長になるかのどちらかが代議士にとっての夢なんだそうです。

それで原健さんは、衆議院議長になったときに、真っ先にこの西宮の戎さんに来て、神主さんに申し上げて、スーツを着たまま地面に土下座して、「戎さん、ありがとうございました。おかげさまで、衆議院議長になれました。本当にありがとうございました」と号泣した、と。

泣いて泣いて泣いて、「戎さん、ありがとうございました。おかげで衆議院議長になれました」と、土下座して男泣きに泣いた、という話を、西宮神社の神職さんから聞きました。

原健さんは昇殿参拝することなく、入り口のほうでお祈りするだけだった、と。

まあ、ケチと言えばケチだったらしいんですけれど、奉納演説は毎年ずっとやったらしいですね。

十日戎のときに、二十三年間。ヘリコプターで来たときもあったらしいんです。

そうやって二十数年間貫いた。要するに、継続し反復してやったら、この戎さんが鯛を釣らせてくれる、というわけです。

戎さんは鯛を釣って持っています。鯛釣りをする人は、鯛が釣れないからといって、途中でボラを釣ったり、イサキを釣ったり、まあイサキも高級魚ですけれども、ハゼを釣ったり、ベラを釣ったり、イカを釣ったりしてはいけないんです。鯛を釣る人は鯛だけを狙って、たとえ釣れなくてもニコニコと帰っていく。

釣れないときでも、ひたすら鯛だけを狙う。また沖へ出て鯛を釣りにいく釣れなくても帰っていく。

それでも鯛を狙って、鯛の仕掛けだけで釣りにいく。そうやってずっと続けていくと、あるときガーッと鯛が釣れるんだ、と。

要するに根気です。鯛だけを狙って来る日も来る日も反復し、ついに鯛が釣れたときの感動と喜びは何物にも替えがたい。

それで、「めでたい、めでたい」と言うんです。戎さんがなぜ鯛を持ってニコニコしているのか。

鯛というのはそういう気持ちで行かなければ釣れない魚だからです。だから魚の王者なんです。それを、戎さんは教えているわけです。

だから商売の神様なんです。「商売繁盛で、笹持ってこい」と言いますでしょう。戎さんは耳が遠いなんて言われているんですけれども、耳が遠いわけがありません。

要するに、嫌なことは聞かないふりをして、いつもニコニコニコニコしている、と。

十日戎のとき、開門して真っ先に早駆けで本殿に来た福男は、米俵一俵と御神酒が何斗か貰えるらしいんです。

それは、チャンスだと思ったら、どこへでもぶわっと真っ先に駆けていってチャンスをつかめ、ということなんです。

そのように、西宮戎さんで行われる神事には、商売の極意がたくさん詰まっています。

あと、戎さんを背中におんぶして、鳴尾の浜から上がってきたという伝説があります。私も鳴尾出身ですけれども、おんぶしてお尻をつねつねするというお祭があったらしいんです。

最近は廃れているみたいですけれど、男も女もみんなお尻をつねり合うという、そういうお祭があったらしいんですね。なぜお尻をつねるのかというと、要するに尻軽女になっちゃいかん、と。

じっくり尻を据えて、腰を落ち着けて取り組まなきゃいかん。尻軽じゃいけないんだよ、ということを教えているわけです。

そういう意味で、廣田神社の皆さんに対する今年のご神示というのは、「優れた人間とは粘りのある人間だ」と。

「優秀な人材とは粘りだ」と。それを受けて、西宮の戎さんは、「粘りとは反復である」と。何回も何回も反復することを厭わない。

人材の育成にしろ、語学の習得にしてみても、営業のラウンドにしてみても、新しいところを攻め落とすにしてみても、でっかいビジネスチャンスをものにするにしてみても、ずっと反復する。

試験も受け続ける。せっかく十年間受け続けたのだから、十一年目も受ければよかったんですけれど、本当に残念なことをしました、芸大の別科のおじさんは。

そういうふうに、人の気持ちというのは反復してやり続けると動くものなんだ、ということの証明です。

これをヒントに皆さん、今年一年を頑張っていただきたい。西宮戎様は、「商売繁盛で、笹持ってこい」なんですけれども、戎さんの教える今年のビジネスヒントは飽きずにやる、と。それが神様からいただく一つの徳分、商売の徳。商いは牛のよだれのごとく、飽きずにずっとやり続けるという根気がなければいけない。それで「あきない」と言うんだ、と。

古川の水の絶えることなきように、チョロチョロチョロチョロと絶えないようにやるから、商いは「あきない」と言うんだ、ということをよく言いますけれど、まさにそれが戎さんの皆さんに対する今年のテーマです。

今年の皆さんに対する、戎さんのおっしやりたいことだと思います。

以上で、新春新年会、私はちょっと調子が悪かったんですけれども、これで終了したいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)