あなたはきっと副社長になると思うのよ! 菱研 深見所長講演録24(Vol.4)

関東人が関西人に勝つ方法

逆に、関東の人が関西の人に勝とうと思うなら、ねばねばぐねぐねと言う関西の人間性に、蛇のカマ首を一刀両断に刀でズバンとぶった切るという「からたち割りの法」を身につけなければなりません。

関東の人はルールとかマナーとか順序をピシッとわきまえて、約束を守るんですけれども、関西は一応は決めるものの、いざとなったらぐちゃぐちゃになる(笑)。上も下も関係ない。横からでもどこからでも割って入っていく。

だから、脇を固めなければいけないし、礼儀もくそもあったもんじゃない、と。

商売はそれでなければいけないんですけれども、そういうことに対して関東の人が腹を立てたときは、「巳さんのからたち割り」という法があります。

関西の人間に勝とうと思ったら、北辰一刀流の「巳さんのからたち割り」という法があるんです。

それは何かといったら、頭ごなしにカーンと怒って、喧嘩を売ってサッといなくなるんです(笑)。

そういうふうにやられたら、関西の人間は、「まあまあまあ、そう言わないで、そう言わないで」ということで、なるべく収めていこうとします。

それでまたもやカーンと怒ったら、「まあまあ、そう言わないで、そう言わないで」と、少しずつ関西の人間が譲歩していきます。

関西の人間も、いよいよダメだと思ったら、蛇が尻尾の先を割るように、ケツを割ります。

狐の場合は、金毛八尾とか金毛九尾は、尻尾が八つ、九つに分かれていますが、蛇の尻尾が割れるとどうなるのか分かりません。

ケツを割るというのは関西の言葉で、一般的に言うと尻をまくる。まあ、関西弁で腹を立てると関東人は何を言っているのかよく意味が分からないと思います。

六十パーセントくらいしか分からないでしょう。関西弁で怒っている人の話を関東の人が聞いたらよく分からないらしい。しかし、何か迫力だけは伝わってきて、凄いなと思うはずです。

それはそれとして、関東の人が関西の人に勝とうと思うなら、もういいやと思って、あっさりとした気風をさらにあっさりして、からたち割りの法で上からバシーンと蛇のカマ首を刀でぶった切る。

そうすれば、蛇も七転八倒して言うことを聞きます。関西の人があまりにもぐねぐね言うときには、理路整然と真っ向からガーンと怒ったらいいんです。

関西の人は、つい商売を優先して相手のことを考えすぎますので、なかなかそれができないですね。

そういう関西人に対して、相手のことをまったく考えずに、理路整然と筋道を立てて怒ったら、関東の人でも勝てます。まさに武士の武士たる所以の誉れを発揮しますと、関東の人が勝ちます。

しかし、基本的にビジネスというのは、関西の言葉で言えばケツを割ったほうが負けです。諦めやすい人間はやはり脇が甘いんです。「そこをなんとか、

そこをなんとか、そこをなんとか」という、竹下登みたいな粘り強いところがないといけません。

やはり、あっさりしたほうが脇が甘くて負けます。特に接戦になってきたときに、その違いが出やすいんです。

バレーボールでもテスでもサッカーでも、どこまでも粘り強く球を返していくチームは勝ちます。集中力がなかったり、粘りがなかったりすると負けます。

やはり、粘りが念力、意志の力に繋がりますから、粘りのない人は負けます。

二粘り、三粘り、四粘りの根性を持て

ところで、「私のおばあちゃんの商売の仕方が、何となく私の仕事のやり方に似ている」と母が言っています。

私のおばあちゃん、浪速女のド根性を地で行ったような人で、そのおばあちゃんの話をちょっとしたいと思います。

私のところは代々酒樽屋で、私は七代目になるんですけれど、おばあちゃんのころは五代目か四代目です。そのおばあちゃんは母の母ですけど、私の父と母はいとこ同士なのです。

いとこ同士で結婚した。だから血が濃い子どもが生まれまして、変な子と優秀な子とどちらかに分かれて、私の場合は両方じゃないかと思うんですが…笑)。

ですから、私のおばあちゃんは私の父方とも親戚なのですが、あるときまんじゅう屋をやると言って、腕のいいまんじゅう職人、天下一品の腕を持っていると言われる職人と知り合って、その人を引き抜いてまんじゅうをつくり、何とか「そごう」に入ろうとしたんです。

それで、おばあちゃんが日参して、「最高においしいまんじゅうだから、何とかここにお店を出したい」と。

すると、昔からの業者さんがいて、店を出すスペースはない、売り場はもう満杯だから、ということで断られてしまった。

普通は、「そうですか」で終わるんですけれど、私のおばあちゃんは、「そこを何とか」ということで毎日毎日、来る日も来る日も、一日たりとも休まずにデパートの担当のところに行くわけです。

「何とかまんじゅう屋を出させていただきたい」と。

「しかし、何回も言いましたように、うちはできませんからどこか他に行ってください。何度お通いになっても、もう無理ですから」

「分かりました、また明日来ます」と言って、また翌日来て、

「何とかまんじゅう屋をここでやりたいんですけれども」

「いや、何回も言いましたように無理です。そごうではもう売り場もいっぱいですし、何の実績もないゼロのところはお断りしております。

昔から取引しているところがありますので、何度来られても無理ですからお帰りください」「分かりました」と言って、また翌日来て、

「何とかまんじゅうをそごうで売りたいんですけれども」

「何回来ても無理ですからお帰りください、忙しくしておりますので」

「分かりました」と言って、翌日また、「何とかまんじゅうをそごうで売りたいんですけども」

担当が不在の場合には、「また参りましたのでと伝言をお願いいたします。何とかそごうでまんじゅうを売らせてください」

そうやって、担当がいてもいなくても毎日毎日、来る日も来る日も半年間、一日も欠かすことなく担当のところへ行った。

「あんた、いつまで来る気なんだい」

「そごうでまんじゅうが売れるようになるまで来ます」と言ったら、「もう分かりました。あなたには負けました。何とかお店が出せるようにいたしますから」ということで、結局、私のおばあちゃんの粘り勝ちで、そごうに自分のまんじゅうのお店が出せたんです。

それで大成功です。

もともと腕利きの、本当に腕のいい職人を引き抜いていますから、本人も自信を持っているし、味は抜群においしいですから、非常に繁盛しました。

それから今度は、大阪の信太山というところに果樹園、農園をつくったんです。

いま、早川電機工業(現・シャープ)の工場になっているはずです、帝塚信太山という所です。早川電機の工場になっている所ですが、戦争前は陸軍の馬がいて、馬糞がうずたかく積まれていた、と。これを何とか活用できないかと、おばあちゃんは考えたわけです。私が子どものころからウンコウンコと言っているのは、そのおばあちゃんの思い出が母を飛び越えて、私に伝わっているのかもしれません(笑)。

とにかく、馬の糞が陸軍の練兵場に豊富にあったらしく、この馬の糞はただで貰えるわけだから、何とか活用したい、と。

それで、京都帝国大学の農学部の助教授を引き抜いて西洋マッシュルーム、要するに西洋キノコ、当時はまだ西洋マッシュルームが出回っていなかったので、それの開発をしようということで、農園をつくって京大の助教授とともに栽培の研究をしたわけです。

毎日毎日、来る日も来る日も大学ノートにびっちり研究資料を書き込むなど、その助教授から学んで開発したんです。

京都帝国大学の助教授の指導のもと、西洋マッシュルームの栽培をゼロからやり始めまして、五年かけて成功したんです。

それを缶詰にして、ヨーロッパに輸出したんです。

まあ、戦争前のことですが、女手一つで、何もないゼロから京大の助教授を引き抜いてきて、五年かけて、来る日も来る日も来る日も来る日も大学ノートに書いて、研究に次ぐ研究を重ねて、ついに五年目に開発に成功しまして、国内はもとより、缶詰にして外国に輸出していたわけです。これは凄いものですね。

そのおばあちゃんが、戦争になったら食料がなくなって困るなということで蔵を建てまして、三輪そうめんだとかうどんとかお蕎麦の湯がくだけで食べられるようなものをごっそりと蔵に入れたんです。

ですから、戦争中まったく食べ物に困らなかったと言っていました。そういう話を母から聞きました。食べ物がなくなったら、戦争中でも戦後でも親戚の者が来たら皆にあげるわけです。

私のおばあちゃんはそういう先見の明があった人なのです。

ですからまあ、そうやって何もないところからおばあちゃんは五年間、来る日も来る日も来る日も来る日も馬のウンコにまみれて、西洋キノコの栽培の研
究をした。結果、誰もやったことがないようなものを成功させて、ヨーロッパに輸出して大成功するところまでやったんです。

そのおばあちゃんがやった仕事は全部成功しています。一つも失敗していません。ああ、これからは栗が儲かるなといったら、その直感が当たって栗の商でも成功した。

おばあちゃんが言ったことはみんな当たっていた。これからの商売はこれだなというのはみな当たる。

だから、親戚の者がそれを聞きに来て、そっくりそのまま真似したら成功した、と。それを聞いて、「自分のアイデアを盗まれた」なんて言っていたらしいんですけれどね・・・・・・。

そういう性格が母にも伝わっているようです。母は小さいころ、ダットサンというあだ名だったそうです。

植松先生も小さいころ、ダットサンブルーバードというあだ名でしたが、背は小さいけど走るのは速かった、と。似ていますね。母は七十三歳ですけれども(平成七年当時)、その当時運転免許を持っていた。運転免許と言っても、その当時のことですから、広い道を前へ行って後ろへ行って、右へ行って左へ行って、はい終わり、と。それで運転免許が貰えたらしいです、その当時は。

母の家には、能の梅若流の家元さんなどが来るなど、そういう食客が絶えず五、六人いたらしいです。いまもそうです。

植松先生のところにも絶えずお弟子がいて、そういう食客が絶えません。困っているから行くところがない、仕事がないという人がいると、家で預かって、ぶらぶらさせていたそうです。

ですから、その能楽師が戦争に行くときでも、誰も預かってくれないところを面倒を見てもらったというので、色紙に「慈悲」という字を書いてほしいと言った、と。

そんなに字もうまくないんだけれども、本当にお世話になったので「慈悲」という字を書いてほしい、と。それで、その字で書いてもらって、喜んで戦争に持って行ったらしいんです。

そういうことで、知り合った人も困った人も、絶えず面倒を見ていた。先見の明がありましたから、そして、財力と気風のよさでたくさんの人が慕っていたらしいですね。

だけど、戦争で家が焼けてしまったんです。大きな屋敷をつくっていたんですけれど、みんな焼けてしまった。何もないところから全部を自分の才覚で築いた人です。

ご主人はもと銀行マンだったんです。私の母方のおじいちゃんですが、そのおじいちゃんは、もうギャグの固まりのような人で長生きしました。

おばあちゃんは五十六歳くらいで亡くなっています。熱が出て、風邪を引いたと思ったら、実は腎臓が悪くて、尿毒が頭に回って死んだようです。医者の誤診です。

そのお医者さん、「惜しい人を亡くした、自分の間違いだった」と言って、三日三晩泣いたという、いまだったら裁判沙汰ですけどもね。

十分な医療機械もないのですから仕方ないことですけれど、だから私も、腎臓には気をつけなければいかんと思ってるわけです。

そのおばあちゃんに、私の母は顔がそっくりなんです。

根性もそっくりです。

一個飛んで、隔世遺伝で私がそのおばあちゃんによく似ている、と。星は同じ四緑木星ですし、仕事のやり方は似ている。三輪の神様を崇敬していたかどうか知りませんけれど、信心深い人だったと聞いています。

三輪の神様も祈っていたんでしょうか。何もないところから開発して、そごうデパートに毎日毎日、半年通った。とにかく来る日も来る日も、一日も休まずに行って、最後にはデパート側が「もう参りました」ということで、根気と粘りに負けたわけです。それで、そごうに入ったんですね。何もなかったところからそこまでやったわけです。

おばあちゃんの商売は、本当に腕のいい職人さんと知り合って、引き抜くというところから始まるわけです。そうすると、その人を食わしていかなければならないから、何とかやらないといけない、と。

それで一流のところへ何回も足を運ぶ。攻め落とすまで徹底してやる。そういう粘りです。これは驚嘆すべきですね。

それからマッシュルームの開発も、誰もしたことがないのを五年間かけてやったわけです。

自分も大学ノートにびっちりと研究成果を取って、人任せにせずに自分でやって五年かけて成功したんです。

だから、研究力の粘りです。何もないところから事業を興して成功していく、一つの大きなヒントではないかと思います。

ふと、おばあちゃんのことを思い出しまして、皆さんにお話ししたわけですけれど、もちろん、それだけがすべてではありません。

しかし、やはり粘りです。その粘りを三輪の大神様が功徳として与えてくださる。

関西タメカンセミナーに来ている関西の経営者で、粘りがない人は早く生まれ変わって、関東人で生まれてくることですね(笑)。

粘りが命です。「君こそ命、君こそ命。わが一命」という歌がありました。

『君こそわが命」ですが、これを、関西流、三輪大社流の商売に置き換えますと、「粘りが命、粘りが命、わが1命」と言わなければいけませんね(笑)。どうでしょうか。

とにかく、粘りです。だからもう、ダメかと思ったところから、もう一粘り。普通の人がこれでもうダメかと思うところから、三粘り、四粘りするくらいの根性でいいのではないでしょうか。

開発力においても、開拓力においても、従業員の説得に関しても、「分かりました、社長」と社員が言うまで粘らなければいけない。

粘着気質の人間は、あっさり気質の人間に絶対勝ちます。関東の方は関西に来て、水分の多い風土だなと思うかもしれませんが、関東人にない何かを吸収して帰る。

関西の人はみんなご近所がそうだから、それを上回ってウルトラCがあるくらいの粘りを発揮する。開拓力においても、開発力においても、銀行さんにお金を借りるにしましても、うまくいかなかったときは、「ああ、粘りがなかったからだ」と考えて、安直に諦めないことです。

仕事がうまくいかない、販売力がない、顧客が増えない、過当競争でなかな販路が伸びない、それから、お客さんが新しい店に移ってしまって、新規の取引先もなかなか増えない、という人は、「それは粘りが足りないからだ」と。「腰があまりにもあっさりとしていたからだ」と。「二枚腰、三枚腰、四枚腰、五枚腰でなくて、0.5枚腰くらいだった、それが原因なんだ」というふうに、厳しく反省すべきではないかと思うんです。

そういうことで、販路が伸びない、売上げが伸びない、あるいは仕入れのコストダウンができない、粗利がなかなか取れないときに仕入原価が下がらない、というのは努力が足りないからです。

粘ったうえにも粘り、さらにまた粘ったうえにウルトラCで、一段、二段、三段、四段、五段とやるべきですね。

なるべく粘り強い性質が出てくるような食べ物を食べたほうが、経営者として成功するのではないでしょうか。

そういう意味で、三輪の大神様に魂ふりしてお祈りをしていたら、その二つのことが浮かんできました。

まず、気持ちで負けない、呑まれない。どんな場合でも接戦の時にも気負けしないという大物主の大物たる所以の部分と、持っている山を一周り、二周り、三周りと巻いているような粘りが商売の、ビジネスの生命だと考えて、この二つのことをしっかりと肝に銘じてぜひ頑張っていただきたい。

また、三輪の神様にお祈りするならば、いま申し上げた、「経営者にとって足りない二つの部分をどうぞ足してください、応援してください」と祈ってください。

そうすると、ここ一番で粘りが出て、ここ一番で気合が出てきます。自分が主体的になって祈ると、三輪の神様が一体となって応援してくださいます。

ただ拝むだけではなく、ただ振り込みがやってきたというので喜んでいるだけではなくて、一歩も二歩も深めて、これを学んで体得していただきたいと思います。今日は以上でお話を終わります。

「西宮戎流商売のコツ」~平成7年9月8日 西宮市立勤労会館~

未来における楽しい話をいっぱいせよ

今日の会場である西宮市立勤労会館は、阪神・淡路大震災の時に、被災した人たちがいっぱい避難されていた所です。

私もここにたくさんの救援物資を届けに来ましたが、その被災された人たちの思いが今でも凝結しているものですから、言うに言えないような重みがございます。

あの地震のときは、西宮神社の社務所の一階、二階にも被災された人たちが五百人くらいいらっしゃって、そこにも、必要なティッシュペーパーや乾電池などを持っていきましたが、戎様の拝殿の柱の一本が地震で傾いていました。

それで、一本だけ柱を直すわけにはいかないからということで、式年遷宮のようにすべてを新しく建て直したわけですけれど、「お社が新しくなってよかったですね」と、権宮司さんとお話ししたんです。

ところで、今日は西宮の戎様に参拝に行きましたが、スゴイ熱気だったでしょう。実は、西宮の戎様のご神気は三倍強くなっているんです。

というのは、西宮は神戸に次いで被害が多かった所でして、亡くなった方もいっぱいいるし、家がダメになった人や会社が潰れた人もいっぱいいます。

そういう人たちが西宮の戎様に来て、とにかくゼロからの立ち上がりと、一からの再起を期してたくさん祈りに来たので、「ご神気がいつもよりも三倍強いんだよ」と、戎さんがおっしゃっていました。

今日は仮宮での参拝でしたけれども、みんなが本当に困って、「神様、何とぞ!」というように、人々の崇敬の思いが強くなると、それに合わせて、あるいは、それ以上に神様のお力が出てくる、というのが神社の神様の特色です。西宮神社の宮司さんは、滅多に人前には出てこられません。

いつも権宮司さんが出てらっしゃるんですけれど、権宮司さんは浪越徳次郎さんみたいな顔をしている人で、宮司さんのほうが西宮戎様の主宰神の顔に似ています。

宮司さんは学者肌で、国連大学でやりました神道国際学会の会合にもいらっしゃって、「西宮という地名について、西宮があるなら東宮があるんじゃないかということで、西宮という名前がなぜついたのかということに関して学術的に論証をした」と。なぜ西宮というのかということもお話ができる方です。

今度宮司さんにお会いしたら、「西宮という地名がなぜついたのかを、完全に論証した最初の方だと伺っております。

いろいろ説があるようですが、ぜひお聞きしたいんですけど」と言ったらもう、得意満面になってお話ししてくれますよ(笑)。ということで本題に入りましょう。

今日は、西宮の戎様が商売のコツを二つ教えてくださいました。『西宮戎流商売のコツ」ということで、いまからお話ししてみたいと思います。

今日はずっとお腹が痛くて、もうこれ以上何も出ない、という感じです(笑)。しかしそうすると、神様からの叡智がやってきます。

では、西宮の戎様は何をおっしゃったかというと、第一に、「未来における楽しい話をいっぱいせよ」ということです。それはどういうことかというと、まだまだ不況ですし、不況から脱したと言いながら、なかなか脱却できていない。

公定歩合も・五パーセントで、最低の金利です(平成七年当時)。景気の回復が危ぶまれていて、特に就職は大変な状況です。

就職難どころか就職冬の時代、さらに氷河期に入って就職氷河期、あるいは新入社員絶滅期、そういう時代がやってくるんじゃないか、と言われています。

それで、そうなったらどうなるかというと、前にも申しましたように、社員は一つの仕事を五年間やっていたら、一生その仕事が続くんじゃないかと思うんです。

そうすると、経理の女の子でも受付の女の子でも、総務でも営業でも、こんなのが一生続くんだったら何か他の仕事を探そうと、わずか五年続いただけで人はそう思ってしまうんです。

皆さんもどうでしょうか。自分で会社を経営していて、五年やっていたら、一生こんな大変なのが続くのかと思ったりしませんか。二年ぐらいだったらまだ、「いいなあ、面白いなあ」で、三年くらいまでは許せるけれど、五年続くと、それが生涯続くものだと思ってしまう。

そういうデータも出ています。

ですから、大変なのに頑張っているな、というような社員がいたら、四年目、できたら三年目くらいまでに、より有意義な部署、あるいは、やり甲斐のある部署に移してあげないといけないんです。

そうしないと、会社を辞めてしまう可能性があります。特に、中小企業の場合はそうです。面白くないからと言って、すぐに辞めてしまいます。

ですから、会社の将来のために、そして本人のために、部署を移してあげたほうがいいんです。たとえば、幹部候補生だったら財務も分かっていないといけないし、人事も分かっておかなければいけない。

販売も広告も全部分からないとダメですね。特に中小企業の重役は、全部ができなければなりません。

便所掃除から新入社員の採用まで、何から何まで全部ができないといけません。ですから、幹部候補生にはあらゆることを勉強させる必要があるわけですけれど、一つのことを五年以上やらせたら、その人はダメになる恐れがあります。

将来のために必要だと思って、たとえそれが頭で分かっていても、五年経ったらもう一生これが続くんだと思ってしまう。

結婚生活にしましても、五年経ちましたら、こんな毎日が一生続くんだわと思うようになります。

三年目の浮気というのが言われていますが、五年目のころには、そういう場合、完全に破局を迎えてしまう。逆に幸せならば、こんなのが一生続くんだわと、バラ色の結婚生活が長続きします。

まあそういうことで、特に中小企業の場合は、「いまは大変だろうけれども、将来のために頑張ってやらなければダメだよ」と言っても四年までです。

三年くらいで別な興味が湧く部署に変えてあげる必要があります。

銀行の場合ですと、だいたい三年くらいか、早い場合は二年で部署が変わっていきます。それがやはり人事の一つのコツです。

それで、一つの仕事を三年、四年とやっていくとき、どうやったら人は頑張れるのかというと、それは、「未来における楽しい話をいっぱいしたらいいんですよ」ということなんです。

たとえば、「五年後ぐらいには社員旅行でハワイに行こうじゃないか」とか、「いまは大変だろうけど、キミにはこういう能力と長所があるから、それがみんなに認められたら素晴らしくなると思うよ。そのためにいま勉強しているんだから、大変だけれど頑張ろうね」と。

しかし、ただ、「辛抱しなさいよ」とか「頑張ろうね」だけで終わってしまってはダメなんです。「辛抱しなければいけないけれど、三年くらい経ったら、きっとこういうふうにしてあげるからね。

だからいまはこういうことをしなければいけないんだよ」と。これをジョブ・ディスクリプションと言います。

つまり、「これだけ頑張ったら、何年後くらいにはこんなのがあるんだ」ということを言ってあげないとダメなんです。

昔は、会社に入ったら、「まずはとにかく会社に馴染んで、先々も頑張ってやれ。わしの言うとおりにしろ。

会社から言われているとおりにしなさい。とにかく頑張れ。将来的にどうこうするのも、キミの頑張り次第だ!」みたいな抽象的な言い方をしていました。それでも、どうにかなったわけです。

しかし現代では、どこをどのように頑張れば、何年後にはどうなっているのか、というふうなことを具体的に言ってあげる必要があります。

それができる経営者は会社もうまくいくんです。西宮の戎さんがそうおっしゃっていました。

そういうことで、具体的に、「何年後にはこうなりますよ」と言ってあげれば、そうかと思って頑張ることができます。

不況でなかなか営業成績が上がらなくても、給料がそんなにいっぱい出せなくても、ボーナスがなかなか出せなくても、将来の夢を見ることができるから頑張れるんです。

人間はやはり、夢がないと意欲が湧いてこないものです。

では、夢はどうやったら出てくるのかといえば、未来における楽しい話を、具体的にいっぱいしてあげたらいいんです。そうすると、「そうか」と思って頑張れるんです。従業員には絶対そうしなければダメですね。

もちろん、奥さんに対してもそうです。「五年くらい経ったら、ヨーロッパに一緒に行こうね」とか、「いまは育児が大変だけど、子どもが大きくなって学校に行くようになったら、いままで行けなかったところに必ず行こうね」、「来年にはこういう着物を買ってあげるからね」とかを言ってあげないといけません。

とりあえず浴衣を五、六着つくったら、そろそろ浴衣も飽きるだろうから、次は油で、たとえば、七年目の結婚記念日には、最高級とは言えないかもしれないけれども大島紬を買おう、と。

七というのは変化の数字だからね、と。しかし、大島紬は第一礼装にはならないから、結城紬。

これもまた第一礼装にならないので、次はいよいよ第一礼装の友禅友禅染めは見たところ誰が見てもまっさらに見えるんだけれども、実はセコンドハンドとは言えないけれども、いわゆる友禅だ、と。

「作家物となると何百万円もするから、それ風のをはぎれで買ってあげるからね」(笑)と言いながら、結婚七年目のときにようやく大島紬の安いのを買ってあげる。

あれも生地が十字に組んで色が多くなってくると何十万円もしますけれど、一色だったらそれほど高くはありません。

もちろん、産地の証明はあるけれど、そんなに言うほど高くはない。

だいたい七、八万くらいで、高くても十万円以内で収まります。仕立て代が三万円としても、十三、四万で買えますね。

小売りであればその倍くらいの値段がしますけれども、産地買い付けならそれくらいで買えます。

それが大島紬。第一礼装にはならないんだけれども、普段のおシャレ着ならちょうどいい、と。

これは結婚七年目。十年目にして初めて、「友禅染めを第一礼装としてつくろうね。

それまでは着物の着つけ教室で教材として売っているので辛抱してくれよ」と(笑)。「着つけ教室に行って講師になり、それから助教授なり教授になろうよ。

しかし、そこでは教材用もいるから、着物も買わなくてはいけなくなる。それでちょっと辛抱してくれ」と(笑)。

そういう未来における楽しい話を具体的にいっぱいしますと、奥さんも、「うん、頑張る」と。七年目にどうなっているか分かりませんから、世の中ね(笑)。

七年前には言ったけれども、「不況だから、紬を買おうと思ったけど、ちょっと糸紡ぎだけで辛抱してくれないか(笑)」と。

「自分で糸を紡いでニットでも編まないかい。一応、紬の機械は買ってあげるからね。最近、そういうのが流行ってるらしいよ」と。

しかしまあ、そういうふうにしてあげると奥さんは喜びますね。そのように、将来的に夢を持てるような話をすると、やる気が出てくるわけです。

こんなことを書いては絶対にいけない

実は昨日、新潟で本のサイン会がありまして、私の本を何十冊もお買いになった人全員に色紙を書いていたら何時間かかるか分かりませんし、私も来る方もお互いが大変なんで、サインだけにしましょう、ということになりました。

しかし、サインだけでも目に見えないご神徳というエネルギーがあるわけです。

ところが、サイン会の案内文の最後が、「深見先生の本を十冊以上お買いになっても、色紙はありません」と書いてあるわけです。それでは、皆さんは二、三冊しか本を買わなくなります。

まあ、それでもいいんですけれど、菱研の運営メンバーならば絶対にこんな文章を書くことは許さん、と。

「十冊以上本を買っても色紙はありません」なんて書いたらダメなんです。

十冊以上買えば色紙が貰えるわけではないけれども、「一つ一つのサインの中には、著者のエネルギーと運が宿っていますから、冊数が多ければ多いほど、あなたの運は弥増さるほどに増えることでしょう。

三十冊ならば三十倍、五十冊ならば五十倍と考えてもいいのではないでしょうか」というように、具体的に書くべきなんです。

そうすると、「十冊買って色紙が貰えるわけじゃないけど、せっかく深見先生も来てサインされるし、そのサインの中には、先生の運とエネルギーが入っているから、限りなくいっぱい本を買おう」という気持ちになるんです。

しかし、「十冊以上お買いになっても、色紙はございませんのでご了承ください」と書いてあったら、「なあんだ、十冊買ってもしょうがないから、買うのは二、三冊にしておこう」という気持ちになるではありませんか。もちろん事実はそうなんだけれど、やはり未来における楽しい話をいっぱい書かなければいけないんです、しかも具体的に。

サイン会でお配りした案内文は、字だけはえらく綺麗なんです。しかし、たとえぐちゃぐちゃの字であっても、いま言ったような書き方のほうがいいんです。

同じ労力をかけるんだったら、そういうふうに書かなければいけない。私も長い時間をかけてサインしなければならないわけですし、待つ人も長い時間じっと待っているわけですから、どの程度皆さんが本を買ってくださるのかといえば、文章の最後がどういうふうに終わっているかで大きく異なるわけです。

菱研の運営メンバーなら絶対に注意します。「何という文章なんだ。事実をそのまま、ただ書けばいいというものじゃないんだ」と。

事実はまったくそのとおりなんですけれど、やはり、どこをどのようにとらえて書くかなんです。

そのまま書けばいいというものではありません。今言ったように書くべきなんです。

先ほど、従業員の場合と奥さんの場合の話をしていましたけれど、奥さんもご主人に言うときには、夢が持てるように言ってあげなければいけません。

私の知り合いの奥さんはご主人に、「私は、あなたはきっと副社長になると思うのよ」と言っているんだそうです。

根拠があるかといえばそうではないらしいんです。「社長になると思う」と言わないところがいいでしょう(笑)。

とにかく、「あなたは頑張ってるし、きっと副社長になると思うわ」と、いつもそういうふうに、未来における楽しい話を具体的にご主人に言っているんだそうです。

思うのは勝手ですから。しかし、そんなふうに言われたら、ご主人も、「よし頑張ろう」となるわけです。

これを、「住宅ローンは全部払い終わったけど、子どもの授業料も払わなければいけないから、お父さんにはもっと頑張ってもらわないといけないのよね」と言ったらどうでしょうか。

たしかに事実かもしれないし、奥さんのその気持ちも分かるけれども、そうではなくて、「あなたはきっと副社長になると思うのよ」と、未来における楽しい話を具体的にいっぱいしてあげると、ご主人もやる気になります。

「いまは大変かもしれないけれど、一生懸命に頑張れば、きっと運が巡ってきて、副社長になるような気がするのよね」なんて言うと、「頑張らなきゃ」と思うではありませんか。

みんな同じなんです。

奥さんがご主人に対してでもそういうふうに言うと、そんな気分になります。

顧客に対しても、「この化粧品をお使いになりますと、ご自分でも自覚してらっしゃると思うんですが、世界最高の美女と言われているカトリーヌ・ドヌーヴに限りなく近くなられますよ!」と言うと、「まあ、そうかしら」なんてなるんです(笑)。

そうやって、未来における楽しい話を具体的にいっぱいしてあげるんです。人というのは、夢とロマンが広がってくると、前向きになっていくわけですから。

「これが商売のコツなんだ」と、西宮戎様がおっしゃっています。とにかく、お客さんに対して、絶えず未来における楽しい話を語りかけていくことが商売のコツだということです。

阪神・淡路大震災があって、この周辺の人は大変な思いをしました。

しかし、「大変でしたね。けど、そのおかげで周辺の土地がきれいになって、これから神戸は再興して世界一安全な都市になりますよ」と言ってあげたら、地元の人たちも、「そうですよね」と勇気づけられて元気になります。

そういう話ばかりをするコックさんやたこ焼き屋のおじちゃん、呉服屋さん、喫茶店のマスターなんかがいたら、絶えず夢が出てくるし、明るく楽しいものだから、またその店に行きたくなります。感じがいいものだから、ついつい行きたくなりますね。

お互い現実に生きているわけなんだけれども、現実のどの部分を言うか、なんです。現実を踏まえながらも、顧客にも従業員にも奥さんにもご主人にも、また自分自身にも、未来における楽しい話を具体的にいっぱいする。

これがやはり商売のコツであり、そうやっていけば、物がよく売れるし、人がよくいついてくれるし、お客さんが来てくれるようになるんです。

しかし、未来のいいことばかり言って、現実のことを言わないのも困るんだけれども、現実のことは四十パーセントくらいまでは触れて、なるべく未来のいいことを語る。

明日のことでも明後日のことでもいい。

この化粧品を使ったらどうなるかとか、このカツラをつけるとどうなるか(笑)、この着物を着るとどうなるか、菱研に入会するとどれくらい素晴らしくなるか、私の本を読んだ人はどうなっていくのか、というような、明るく楽しくなる話をする。

これが原則です。そういう脳みその使い方が分かっている人は、いつもこの原則に則った行動ができるはずです。

文章でもそうです。いま言ったように、文章を書くときには、一番最後にどういうニュアンスで締めくくるのかが大事であって、「十冊以上お買いになっても、色紙も何もございません」という文章で終わっているから、「それじゃあ、十冊も買うことはないから、二、三冊にしておこう」という気持ちになってしまう。

実際、ほとんどの人が二、三冊の購入でした。私はその分、楽でよかったんですけれどね。

昨日、新潟のサイン会のときにそういうことがあって、そこから今日、このタメカンセミナーに来て、明日はまた朝一番で仙台のサイン会に行くわけですけれど、再びこういう案内文を出さないように、と注意したところなんです。

同じことなんですけれども、最後は、「ますます素晴らしくなるでしょう」という未来に希望が持てる文章で終わらないといけない。三十冊なら三十冊の値打ちがあるし、そのつもりで私もサインを書いていますから。ですから、いっぱい買ったらいっぱい買った分だけ、サインに込められたエネルギーと著者の運が授かりますよ、と。

もちろん私もよりいっそう気合が入りますし、まさにそのとおりなんです。それを最後に書くと、未来における楽しい連想と夢が出てきますよね。

ですから、最後は絶えず明るく楽しい方向に持っていく。そういうように持っていけば、自分も社員も家族もお客さんもみんな喜んで「うわーっ!」と繁栄していく。これが、繁栄のコツなんです。これが絶対です。

具体的に分かりやすくものを言え

『西宮戎流商売のコツ」の二番目は、「具体的に分かりやすくものを言え」と。これは、宮司さんがお話ししている後ろで、戎様がおっしゃっていたことです。

たとえば、「菱研に入ったらどうなるんですか」と尋ねられたら、「それはよくなりますよ。たとえば、一年前に入会したある方がここで勉強されたところ、
売上げがいくらだったのが、一年後には何億円になりましたよ」と。そして、

「いまはこういうふうにしておられますよ」と具体的に言うと、「ほう、そうですか」と夢が持てます。そういうように、具体的に分かりやすく言いなさい、ということなんです。

西宮神社の権宮司さんは国学院大学の出身で、いっぱい本も出しておられるんですけれども、宮司さんよりは、もうちょっと商売人的です。

「西宮神社の特色は、本殿をご覧になれば分かりますように、真ん中に天照大御神様、皆様から見て左側に須佐之男大神様、そして右側には主宰神の戎様がいらっしゃいます。

普通、主宰神様は真ん中に鎮座しているものですが、西宮の戎様は向かって右側にいらっしゃって、これは何を意味するかというと、福は意外なところにあるということでございます。

ですから、当、西宮神社にお参りされますと、意外なところから福がやってくるんじゃないでしょうか」と、宮司さんがニコニコ笑いながら言うと、皆さん、「そうかな」と思いますよね。どこから来るかという保証はないわけですが、何となくそんな気がしてくるでしょう。

権宮司さんの話は、時間にして三分か四分です。しかし、「福の神様というのはそういうことなんです。

天照大御神様を真ん中に置き、須佐之男大神様を左側に置いて、主宰神である戎様は謙虚にしておられるんですよ」と説明されると、そうなのかなと思うではありませんか。

それで、「西宮の戎様は、さすが商売の神様だけあって、十日戎をタイムラグで設けてやっているんです」と、権宮司さんは言うんです。初詣は、だいた正月三が日に行きますね。

もちろん、西宮の戎様にも正月三が日には参詣者が来るんですけれども、十日戎は、正月三が日から日程が一週間ずれているわけです。

だから、伊勢神宮や住吉大社へ初詣に行った方も、十日戎は十日戎だからということで西宮神社へやってくる。

元旦の初詣、二日、三日にどこかの神社に行っても、十日戎には全国から西宮戎様のところへいらっしゃるわけです。

そうやって、正月三が日と重複しないように、一週間ずらしているところが、さすが商売の神様だと(笑)。

もし、あれが三日戎とか二日戎だったら(笑)、参詣客は百分の一以下になるのではないでしょうか。皆さん、自分の住んでいる所から近い神社へ行こうとしますし、住吉様も尊いし、伊勢神宮は何と言っても伊勢神宮だし、熊野本宮大社もいいな、と。

ご近所の神社か、特に思い入れのある神社に行こうとします。だから、業界の用語で言えば、正月三が日は神社同士の顧客の食い合いですね(笑)。マーケティングで言えば、まさに顧客の食い合いです。

しかし、十日戎は日程を一週間ずらしている。初詣を一月十日までやっている神社はまずありませんから。

それで十日戎は、「宵戎」、「十日戎」、「残り戎」と三日間あるわけです。宵戎というのは宵の内。十日戎が本当ですけれども、残り戎というのもあります。

残り福を貰おうと思って残り戎に来る人もたくさんいるんです。

もしも、「十日戎の中心はなんといっても、一月十日の十日戎だから、十一日になりますと、功徳は落ちますねえ」なんて言ったら、誰も来ませんね(笑)。

ですから、「一月十日の十日戎に来られなかったらどうしたらいいですか」と聞かれても、

「いえ、十日は一番ですけれども、翌日は残り戎でございます。

宵戎とは、十日戎に向かってこれから盛り上がっていこうかなというお祭なんで、これは福をどこよりも早く先取りしていく。先取りしたい方には宵戎がお勧めです。

もっと福を授かろうとおっしゃるなら三日間、全部来たらいかがですか。三倍の功徳がありますよ」と言ったら、聞いているほうも、「ほー、なるほど」となるわけです(笑)。

だから、「宵戎」、「十日戎」、「残り戎」の全部に行ってもいいし、十日戎だけ行ってもいい。正月三が日より一週間日程をずらしている。

だから、この十日戎に設定した段階において顧客の食い合いはないわけで、正月三が日にどこかの神社に参拝しても、十日戎は十日戎だからということで、たくさんの参詣者が訪れるわけです。

そして、三日間設定しているから、「まずは宵戎だ」と。

そして、「いよいよ、十日戎だ」と。最後は残り戎で、「残り福までいただこう」ということで、三日連続で来る人もたくさんいるんです。

では、西宮戎では正月三が日の初詣はやっていないのかというと、もちろんそういうことはなく、正月三が日もちゃんとやっています。

それはそれでちゃんとご近所の顧客をきっちりキープして、他の神社に行った人も、十日戎でみんないただいているわけです(笑)。一週間ずらして、十日戎というこの叡智が凄いではありませんか。

さすが商売の神様、福の神様です。

いま私が申したみたいに、具体的に分かりやすくものを言うと、「それはなんとありがたい神様だ」と思って、たくさんの参詣者が来るのではないでしょうか。

「神社は普通、正月三が日。うちもやってますけれども、十日戎と、一週間日程をずらすことによって、他の神社に行った方もまた十日戎には来ていただけるんです」と権宮司さんは言っていました。

だから西宮神社は、宵戎、十日戎、残り戎の三日間で、参詣者が推定百万人と言われています。正月の三が日にもたくさんの方が初詣に来るので、一月は合計六日間のかき入れ時があるわけです。

「一年のうちの九十パーセントの売上げが、正月の三が日と十日戎です」と権宮司さんがおっしゃっていました。

それくらいですから、全国の神社の中でも豊かなる神社のベストテンくらいに入っているのではないでしょうか。

十日戎は日程を一週間ずらすことによって、大勢の方たちがいらっしゃる。

「だから商売繁盛なんだ」と。「西宮神社は商売繁盛の神様ですから、そこがさびれててはダメですよね」と申しましたら、「そうだ」と。権宮司さんの話の長さは数分程度だったんですが、具体的で分かりやすかったですから、それを聞いた人たちは皆、行こうかなという気になりますね。

私はもちろん、学者さんが書くような難しい本も読んでいますし、難しい話もします。

けれども、なるべく分かりやすいように、具体的にものを言うように努めています。そうやって分かりやすい話をするから、また来てくださるわけです。

本は、中身が素晴らしいからといって売れるとは限りません。

やはり具体的で分かりやすく、中身が面白いなという本がよく売れます。

私の本でも、「神界からの神通力」、「神霊界」と、「強運」、「大金運」とでは、売れ行きが十倍くらい違います。

「強運」、「大金運」のほうがよく売れているわけです。

やはり、具体的で分かりやすく、内容があまり重たくないのが売れます。深く突っ込んでカチーッと書いたのは、マニアの方や霊界ものが好きな人は喜ぶけれども、そういう人はどこか変な人ですよ(笑)。

何か複雑なご事情がおありになる方です(笑)。普通の人は具体的で分かりやすく、明るい内容の本を喜びます。

自分たちの扱っている商品、及び自分たちのサービス、自分たちがつくっている製品にしても技術にしましても、難しく言わないで、なるべく具体的で、なるべく分かりやすく説明すれば、うまくいきます。

どういうふうに言ったらいいんだろうかと考えて、相手に理解しやすいように話せば、商売というものはうまくいくわけです。

もちろん顧客に対してもそうですし、従業員にもそういうふうに言わなければいけません。

年率何パーセントから何パーセントでどうなってどうのこうの、というややこしい話を聞くと、結局、何をどうしていいかが分からなくなる。

「要するにキミは、いまの三倍働いて、もっと明るくハキハキと言えばいいんだよ。

そうしたら今年のボーナスは、去年の一・五倍あげよう」というふうに分かりやすく言う。

「ただし、予定は未定だからね」ということも分かりやす具体的に言ってあげる(笑)。

「計画はしばしば変更する。しかし、いま頑張れば一・五倍のボーナスをあげるつもりだ」と、具体的に分かりやすく言ってあげると、社員も理解します。

どこをどう気をつけたらいいのか、気をつけたらどうなるのか、ということを具体的に説明してあげる必要があります。

ひと昔前なら、「余計なことは言うな。黙って「はい」と言えばいいんだ」で済んだんでしょうけれど、具体的に分かりやすく言わなかったら、いまの新人類には伝わりません。

ジョブ・ディスクリプション。キミは何をしなければならないのか、それをやったらどうなるのか、何年くらいやったらどうなっていくのか、という未来像とかを具体的に言ってあげないとダメなんです。

先ほど、五年やっていたら一生続くのかと思うようになる、と言いましたけれど、最近の若い人たちは、半年やったら一生続くのかと思います。

年々スパンが短くなってきています。二年と考えていいです。二年ぐらいなら何とか辛抱しますけれども、それ以上はもたないです、最近の若い人は。早くなったと考えていいです。

昔のNHKの番組を見ていても、テンポがゆっくりです。「明るい農村の時間で……………」、トントントントンとリズムがこんな感じですね。ウォルト・ディズニーのアニメなんかも、そんな速度です。

いまディズニーの新しいアニメを見てください。ものすごくテンポが速いです。パッパッパッと場面が展開していきます。

場面展開の速度は昔のディズニーと比べて三倍から四倍ぐらい速いのではないでしょうか。

NHKも速い。まあ、古舘伊知郎さんのプロレスの実況放送ほどは速くないけれども、昔と比べてお話のテンポや音楽のテンポが速くなっています。

だからいまの若い人たちは、結果が出るまで五年も待ってられるか、と。長くて二年、普通は半年と考えていいです。

そういうふうに絶えずジョブ・ディスクリプションして、「キミは何をどういうふうにしなければいけないのか。

それをどういうふうにしたら何年後にはどういうふうになるのか」と、具体的に分かりやすく言ってあげる。

そして、その努力がどのように素晴らしいのかと、どこが足りないのかということもやはり、丁寧に、具体的に分かりやすく言ってあげないと、いまの若い人たちはよく理解できません。

分かっていても、言うことを聞きません。言うことを聞いても従いません。従っていてもお腹でベーっと舌を出しています(笑)。

そこを分かるようにしてあげなければいけません。六十歳、七十歳の経営者の多くが若い人とのギャップを感じているようですが、自分もギャップを感じるかもしれないけれど、実際は若い人のほうがもっとギャップを感じているんです。

こんな爺ちゃんの言うこと、昔の時代のような言い方、戦前、戦中のやり方なんかにはついていけないよ、と。

若い人のほうが分からないですね。お歳を召している人のほうが人生経験が長い分、相手のバカさ加減が分かりますけれど、若いほうはそれも分からずに、「あんな爺さんが」と、時代が古いと思うわけです。

しかし、これから未来は若い人がどんどん増えてくる。反対に、自分はますます歳を取っていく。

だからやっぱり、これからの時代の傾向を踏まえて、歳を取ってでも第二番目の「具体的に分かりやすくものを言え」に則って対応していかなければ、経済の勝負に負けるでしょう。

今日、戎様が教えてくださったのは、「未来における楽しい話をいっぱいせよ」、「具体的に分かりやすくものを言え」の二つです。宮司さんがお話ししておられたその後で神様が教えてくださいました。

権宮司さんのお話は面白かったですね。今日の宮司さんの話も大変よかったです。学者さんという背景を皆さんご理解いただければ、理解できると思います。

初めてです、人前でああやってお話しされたのは。私も長い間、西宮戎に行っております。ときどき、「ああ」と挨拶もします。けれども、人前に出てこられない。それで、権宮司さんが宮司さんのような顔をしておられるわけなんですけれども、権(ゴン)がつくので、普段は箪笥に入っておられます(笑)。

そういうことで、具体的で分かりやすいギャグで今日も締めくくっておきます(笑)。

スッキリしました。皆さんもスッキリしましたか。

簡単なことなんですけれども、心がけなければダメなことです。自分が分かっているものだから、ついつい専門的に言ってしまいがちです。

自分のレベル、自分の基準で考えて、「こんなこともお前は分からないのか」と言ってしまうわけです。

しかし相手は、「そんな言い方で分かるか」と。それを聞いて経営者は、「分からないほうがおかしい」と。そうやっているかぎり、ギャップはなかなか埋まりません。

時代の傾向はそうではありませんから、今日のご神示「未来における楽しい話をいっぱいせよ」「具体的に分かりやすくものを言え」のほうが絶対に、顧客にも社員にもプラスです。

これが商売のコツです。

もちろん、商売のコツというのはいくつもあるんですけれど、今日のホットなツーポイントのお話です。

まあそういうことで、お話を終わりにいたします。ありがとうございました。(拍手)