管理能力は国語力に比例する
最近、スタッフに感想文を書かせるようにしています。
冬の間、私は冬神業で目いっぱい頑張って脱皮するんですけれど、スタッフは私の話を聞いて、「ああ、そうですか」という程度です。だから、スタッフもともに脱皮しなければいけない、ということで、冬神業のビデオを見せて感想文を書かせました。「三千字で書きなさい」と。次に、「一万字で書きなさい」と。
感想文を書かせてみて分かったのですが、だいたい九十パーセントの人は感想文になっていませんでした。
日ごろ考えている自分の独自な哲学を述べているだけです。特に今回、共通してよく出てくる表現がありました。
それは、「目からうろこが落ちました」とか(笑)、「観念が外れました」「感涙にむせびました」(笑)とか、同じような表現ばかり使うわけです。
感想文とはいったいどういうものなのか、どういうものを感想文というのか、ということが分かっていないのです。
ほとんどの人は粗筋を書いて終わりです。皆さんも、小学校、中学校、高校のときに、「読書感想文を書きなさい」という課題があったはずです。
しかし、「粗筋を書いて終わりだった」という人が多いのではないでしょうか。しかし、あくまでも粗筋は粗筋です。
また、日ごろ自分が考えている独自な哲学を書くのが感想文ではありませんし、自分は一生懸命努力しているんです、ということを書くのも読書感想文とは言いません。
たちばな出版の営業マンの感想文を見たら、「これを励みに頑張ります」と。「何だ、これは?」と。
つまり、感想文になっていないわけです。日ごろ自分が努力していることを縷々書いているだけで、「これを励みに頑張ります」と言っても、そんなものは感想文ではない。
だいたい九割の人が感想文になっていませんでした。今度また、菱研の皆さんにも感想文を書いてもらって、それで、「感想文とはどんなものなのか」ということで、採点をいたしましょう。感想文がきちんと書けているかどうかを見れば、人の話を聞いたり、モノを見たり、体験したりしたときに、それをどう受け取ることができるのか、ということが分かるんです。
というのは、受け取り方が人間の持っている咀嚼力のすべてだからです。
こういう話があります。なかなか価格競争の話にならないんですけれど(笑)、前にも話しましたし、著作でも書いたことです。
たしか読売新聞だったと思うんですけれど、上場会社の管理職を対象に国語力のテストをしたときのことが記事に載っていました。
一部上場、二部上場の企業をアトランダムに抽出して、現代文、それから古文、漢文のテストをしたわけです。
もちろんそこには、論要約のテストもあったそうです。それで採点したら、係長の平均点がだいた六十五点、課長の平均点が七十五点、部長の平均点がだいたい八十点。
取締役になったら平均点が八十五点で、専務、副社長クラスの平均点が九十点。そして、社長、会長の平均点が九十五点だったというのです。
ということは、上場会社の場合、もちろん中小企業でやっても、おそらく同じような結果が出るのでしょうけれど、一部上場、二部上場の場合はおしなべて、役職が上がれば上がるほど国語力の実力が高くなる、ということです。
それは平均点でビシッと出てくるんです。
社長、会長というのは、平均点が九十五点です。
だから、漢字が読めて書けて、古文も読めて漢文も読める。
それか論旨要約をしても、ビシーッと論旨を踏まえて理解し、そして文章として書くことができる。
つまり、要約力、読解力、論述力に秀でているわけです。だから、管理能力とは国語力、読解力に比例するわけです。
そういうようなことは大卒者、とくに難しい大学を出ている人、しかも文科系の人でしたら、本来できて当然なんです。
工学部などの理科系では実験が多いんですけれども、制限時間内で論旨をビシッと書けて然るべきです。
英検一級の試験でも、一番配点が高くて難しいのは、密度の濃い文章を制限時間内で読んで、何字以内で論旨を英語で書きなさい、という問題です。
それが一番配点が高くて、一番難しい。だから、それができたら英検一級の試験に通るし、それができたら本当に実力があると言えるわけです。
しかし、そういうことは社会ではなかなか勉強できません。誰も教えてくれませんから、自分で勉強するしかないのですが、それが結局、管理職の管理能力に正比例しているわけです。
もちろん、会社をつくった当初は、毎月毎月の売上と資金繰りをどうしていくのかということに追われて、そんなに勉強をする時間はないでしょう。
しかし、会社の規模がある程度になってきたら、そういうこともきちんと勉強しなければなりません。
なぜなら、社会におけるその人の実力というものは、国語力、読解力、ものを理解し咀嚼し、それを表現する頭脳で推し量られるからです。
頭が一番動くのは五十歳代ですから、五十代になっても要約力、読解力、論述力がなくて、何が言いたいのか分からない、言いたいことを頭でまとめられない、という人は、人をまとめることができない、ということです。というのは、人の意見がまとめられないからです。
銀行からお金を借りるときも、事業計画書を提出しなければなりません。そのとき、もし事業計画書が平仮名ばかりで書かれていたら、銀行はお金を貸してくれないでしょう(笑)。
「この会社は大丈夫だろうか、不安だ」ということで、まずお金を貸してくれません。
もちろん、漢文の書き下し文で書くと時代錯誤だと思われるでしょうし、「俺は頑張っているんだけどー、金が要るから借りたいんだー。必ず返すから金を貸してくれー。事業計画、今月はこれ、来月はこれ、来年はこれだ!」(笑)なんて書いたら、「貸したいんですけど……………」と言って、断られるに決まっています。
もともと、融資係は断り方が上手ですから、本当に。
やはり、起承転結、序論、本論、結論、それがピシッと書けて、しかも、誰もが「なるほど!」と納得する文章が書けないと、お金を貸してもらえません。
そういう人は、感想文を書くところから訓練しなければなりません。感想文がちゃんと書けるようになると、「物事がピシッと分かっているんだな」ということになるわけです。
スタッフが書いた感想文の九割は感想文ではありませんでした。ちゃんと大学を出ている人もいっぱいいるんです。
東大を出ている人も何人かいるんですけれども、九割は感想文になっていなかった。
スタッフのなかで一番優秀な東大卒の人は、感想文でもやはり一番成績がよかったんですけれど、東大出の人間でも成績が下のほうの人もいました。
感想文というのはどんなものなのかということは、東大でも教えてくれないのでしょう。
当たり前のことだからなのかもしれませんが、そういうことで、一度皆さんにも、そういう機会を与えてみようかと思っています。
話が横道にそれましたけれども、管理能力というのは結局、そういうところに表れてくるわけで、いま申し上げたことから勉強していく一つの手法というのか、勉強のやり方というものを皆さん、ぜひ理解していただきたいわけです。
商品やサービスの価格はどうやって決まるのか
ということで、今日のテーマなんですけれど、ユニクロの前は、「洋服の青山」が価格破壊ということで話題を集めました。
青山商事の青山さんの話を私も聞きましたけれども、スーツ一着が千九百八十円。どうしたらそんなに安いスーツができるのかと思ったら、一つの大きな生地を断裁して、残った生地でスーツをつくって千九百八十円で売るんだ、と。
「ああ、なるほど」と思いましたが、ああいうふうに手の内を明かしてしまったためなのか、しばらくしたらダメになりました。また不況になってきて、最近、ちょっと復活しているようですけれども、安いスーツがあきられて、やが三万円台のスーツが売れるようになりました。
いまはまた不況が続いているので、低価格のところが人気を集めていますけれども、実は、低価格だけではダメなんです。
ユニクロを見ても分かるように、デザインがよくて使い勝手がよくて、かつまた、値段が安いという、三拍子も四拍子もそろったところに人は集まるわけです。
では、「われわれは、どういうふうに考えたらいいのか」ということなんです。
ユニクロやお肉の「あさくま」、「洋服の青山」などを見ていて、いったいどういうふうにしたら、ああいう価格破壊ができるのだろうか、われわれはこのままでいいんだろうか、ただ安くするだけだったら利益がなくなってしまうし、では、いったいどうしたらいいんだろう、どう考えたらいいのだろうか、と。
実はこれが、さっき申し上げた「感想」なんです。どういうふうに考え、咀嚼していけばいいんだろうか、という問題になってくるからです。
そこで、価格破壊の話をしたいわけですけれど、まずは価格の競争。
「こうしたら勝てる価格の競争」ということについてお話ししますと、大学の経済学部でも、「価格っていったいどういうものなのか」ということを学びます。
「価格決定理論」とか「価格の理論」というものを学ぶわけですが、われわれも、その価格とはどんなものなのかというのを価格(科学)的に理解しなければいけません(笑)
私は、会社をゼロからつくって経営していますけれど、会社を経営したことがない人や、OLとか一般事務とかミュージシャンとか総務とか、とにかく、値段をいままで自分でつけたことのない人や、経営とかビジネスがよく分かっていない人の陥りやすい点があります。
それは、愚かな考え方というか、無知(ムチ)というかアメというか(笑)、彼らは価格のことがよく分かっていないんです。
モノの価格を決める要素としては、まず製造原価というものがあります。モノをつくったり、あるいはサービスを提供したりするための原価ですけれど、モノをつくるときにはまず、原料を仕入れます。
モノをつくるのでなければサービスを提供するわけですけれど、その場合には、土地とか建物とか人件費などが製造原価になります。
モノがあったら製造原価があります。それは製造原価というんですけれども、製造原価であって製造原価ではない。
「そ・れ・はな・に・か・と・た・ず・ね・た・ら」(笑)、それは、本当にモノをつくるときの原価なんです。
その原価にプラスして、発送したり、広告宣伝をしたり、それから、つくったモノを売ったり置いたりする費用がかかってきます。
置き場所に必要な費用を倉敷料といいます。要するに、在庫にして置いておくために、どこかに場所がいるわけで、そのために家賃が発生します。
ですから、在庫というのは金利と倉敷料がかかる。在庫の増加は会計上、利益と同じです。つまり、在庫に対して税金がかかるのです。
だから、決算前になったら在庫処分をするわけです。在庫を処分しなかったら、その在庫に対して、国税が四十何パーセントかかり、それ以外にも都なら法人都民税、府だったら法人府民税がかかります。
つまり、税金がかかるわけです。ですから、在庫というのは、会計上利益に計上されるので、決算の前に在庫処分をするわけなんです。
それで、税金がかかると何が問題かというと、三月末が決算だとすると、その二ヶ月後の五月末には、税金をキャッシュで払わなければいけない。
そのとき、帳簿上は利益があるのに、在庫ばかりで現金が足りなかったらどうするか。
結局、資金繰りで足りない分を銀行から借りることになるわけです。短期借入金です。短期というのは、一年以内のことをいいますけれど、銀行から金を借ると利子を払わなければいけないわけで、だから、在庫を持つということは利子がかかると考えるわけです。
在庫を持ったら、税金をキャッシュで払わなければいけない。その分、資金繰りを圧迫するわけで、しかも、二ヶ月後には支払わなければいけない。
もし銀行から借りると、その金利がかかるので、在庫を持つということは金利がかかる。それから、その在庫を置いておく場所がいるから倉敷料がかかる、と。
だから、在庫を持つということは金利と倉敷料がかかるんだ、と頭の中に入れていいわけです。
そういうようなものを全部含めて、モノをつくるのにこれだけお金がかかる、と。
それにプラスして、在庫のための金利と倉敷料、それから、人件費や家賃、広告宣伝、発送など、全部入れて、まあ一般管理費としましょう。経費です。
会社を維持していくために、原価プラス一般管理費がかかります。別な言葉で表現する場合もあるかもしれませんが、いずれにしても、実際に、これだけ経費がかかるわけです。
それで、「かかった原価」と「要る経費」を足して、それだけで値段をつけたらどうなるかというと、会社が潰れるわけです。
それはなぜか。「かかった原価」と「要る経費」に「利益」を乗せなければならないからです。
平均粗利が何割だからということで、十五パーセントとか二十パーセント、あるいは三十パーセントとかの利益を乗せていく。
原価プラ経費プラス利益を何パーセント・・・・・・だいたい二十パーセントとかいろいろですけれども、何パーセントかの利益を足して価格を決める、と。こういうふうに考えるわけです。
価格とは何かといったら、通常、「利益」と「経費」と「原価」がかかっていて、この三つで価格は決定するわけです。そういう価格決定の理論というのがあるわけです。
ですから、OLとか総務とかミュージシャンとかものを書く人とか、そういう人などが会社を興して何かをつくって値段をつけなきゃ、というときになると、この理論どおりに値段をつけるわけです。
原価がこれだけかかって、経費がこれだけかかって、利益がこれだけだから、ということで値段を設定するわけです。しかしこれ、愚かなんです(笑)。
どこが愚かなのか。「えっ、違うんですか?」と思った人、手を挙げてください。愚かーっ(笑)。こういうふうに考える人がいるんですが、それではダメなんです。
今日は、これだけ勉強しただけでも、会費四千円分の価値はありますよ(笑)。
ライバルに打ち勝つ値段のつけ方とは?
それでは、なぜそれがダメなのか。今日は、ぜひこれを覚えて帰りましょう。
考えてみてください、どこが間違っているのか。「原価」と「経費」に「利益」を乗せて価格をつけて、それで果たして売れるのか、ということなんです。
原価がこれだけかかったから、また、つくるのにこれだけかかったから、と。あるいは、これだけの値段で仕入れたから、ということで価格をつけて売れるのか、ということなんです。
ブティックでも、自分でつくらなければ、モノを他から仕入れますから、それが仕入原価です。帳簿上は仕入原価。
原価はこれだけで、それに経費がこれだけかかり、そして利益を乗せる。利益を乗せなければやっていけないわけですから、それらに基づいて計算して価格を決める、と。
しかし問題は、それで売れるのかどうなのかなんです。
もちろん売れたら結構です。
「世界にこれしかない。この店にしかない!」ということで、みんなが欲しいというのなら、好きなように価格を決めていいんですが、皆さん考えてください。ライバルがあるわけです。同業他社があるわけです。そのライバルが、いったいどんな値段をつけているのか、ということを考えなければなりません。
自分で原価や経費や利益を計算して、それらを足していって価格をつける。あるいはまた、授業料を決める、サービス料を決める。
それで売れたら問題ありません。しかし、世の中にはライバルがあり、他の店があるわけです。
同じような品物を他の店でも売っているわけです。だから、よそ様はいくらで売っているのか。これを考える必要があります。
同じ品物が他店より高かったら、誰も買ってくれません。逆に、同じ品物が他の店より安かったら売れるでしょう。
だから、値段をつけるときに、原価や経費や利益を計算して、それらを足していって価格をつけるというような考え方をしていてはダメなんです。
その逆でなければいけない。これはマーケティングの大原則で、この方向からモノを考えてはいけないんです。
では、どこから考えるのか。それはまず、実勢売価からなんです。実際にどれくらいで売られているものなのか。
同じ品物、あるいは同じようなサービスに、どんな値段がついているのか、いくらで売られているのか、それを見るわけです。
一般的にこれくらいの値段で売られているという実勢売価を見るのです。
しかしその実勢売価も、立地条件によっては、かなり違ってきます。すご立地条件がいいところでは、他のところと比べて、高くなっているものもあります。
たしか去年でしたか、研のゴールドフカミクラブの皆さんと銀座へ行ったときに、ある有名な喫茶店に入りました。そこはコーヒー一杯が千円です。関西の人だったら、「誰がそんなもん飲みに行くか」(笑)、名古屋の人でも、「誰がそんなの飲みに行くか、昼飯でも付いてたら行ってやるわい」(笑)というくらいの値段です。
しかし、マイセンというドイツの食器を使っていて、非常におしゃれな木目のデザインがガラス食器に施されていて、コーヒーも全部炭火焙煎で、とてもおいしいコーヒーです。
銀座四丁目の和光のすぐそばで、いつも人でいっぱいです。コーヒー一杯が千円ですが、その千円の中には、もちろん場所代が入っています。
ブルーマウンテンは、たしか千二百円か千三百円です。製造原価から割り出したら、なぜそんな値段になるのか分からないでしょう。
しかし、銀座の四丁目ではそれでもお客さんでいっぱいです。雰囲気もいいし、食器も高級なものを使っていますから、とても賑わっていて、儲かっています。
それから、ゴールドフカミクラブの皆さんで、銀座の「久兵衛」という寿司屋に行きましたが、そこは日本一、世界一の寿司屋です。
ウニとかイクラを海苔で巻く軍艦巻きというのがありますが、あれは久兵衛さんが始めたんです。
北大路魯山人がよく行っていたというので、「じゃあ、われわれも行こうじゃないか」ということで行ったんですが、いまのところは、「あそこ以上においしいお寿司はないですね!」というくらいにおいしい寿司屋さんです。
一人あたり三万円でした。「三万円出しても五万円出してもいいから、おいしいものが食べたい」と言っても、そうそうあるものではありません。
やはり、東京の中央卸売市場に日本中のいい魚が集まってきて、次に大阪、次に京都の卸売市場に行きますけれど、その中でも一番いいネタでにぎるから、三万円なのにいつもお客さんでいっぱいです。
その代わり、十五万二百円ぐらいの感動がありますね(笑)。まあ、計り知れないくらいに感動的な味だ、という意味ですけれども(笑)。
だから、立地条件や雰囲気など、いろいろな条件を考えながら、いったいこの品物、あるいは、このサービスはどれくらいのものだろうかと計算していく。
実勢売価を見ていって、値つけをしなければいけないわけです。
ですから経営者は、格好よく言えば、「価格決定の断を下さなければならん」と。マーケティングの本を見ても、そこに書かれているのはあくまでも原則です。
価格の決定要因というのは原則であって、いくらにするかは、経営者が独自に判断するものなのです。
しかし、実勢売価から見て実勢売価どおりにやればいい、というわけでもありません。
ユニクロみたいにドーンと安くするとか、あるいは、銀座の喫茶店や、「久兵衛」さんみたいにドーンと高くするかです。
今日のタメカンセミナの案内チラシにあったように、丹頂の舞本舗の場合、二百四十五円でもラーメンが売れている。関東でタメカンセミナーをやったときには、丹頂の舞本舗の社長が来られました。七十歳なのに、とてもお元気でした。
そういうことで、ハーゲンダッツのアイスクリームが高いのに売れるのはなぜなのか、と。
実勢売価を見て、雰囲気とか立地条件を考え、さらには他のライバルを見て、下げたほうがいいのか高くても大丈夫と判断するのか。
銀座だったらいまいったような値段でも通用するでしょう。ハーゲンダッツのアイスクリームにしても、みんなが、「おいしい、おいしい」というから、値段が高くても売れるわけです。
価格の決定と貨幣価値理論
貨幣価値というものがありますが、貨幣の価値はどこで決まるのか。これは、貨幣価値理論というんですけれど、貨幣価値はいったいどういうふうに決まるのか。
貨幣価値の理論は、マルクス経済学と近代経済学に大別されます。マルクス経済学は、いまは全然流行りません。
マルクス経済学における貨幣価値と近代経済学のそれとは違うんですけれども、近代経済学における貨幣価値はどう考えられているかというと、絶対的なものはない、ということです。貨幣の価値は、高くなったり安くなったりします。
政府の信用で貨幣の価値が決まるかと思うんですけれども、歴史上有名なのはドイツで、第一次大戦後、恐慌になってしまったときにマルクが暴落しました。
大八車にドーンと札束を積んでも牛乳一本買えない、パン一個も買えない、と。そこで、ドイツ経済をハイパーインフレから立て直すために、政府が発行した「レンテンマルク」という臨時貨幣があります。
最近ではロシアのルーブルが、全然値打ちがありません。たとえ政府が保証する通貨であっても、ルーブルはいま全然ダメなのです。それだけ貨幣価値が落ちてしまっているわけです。
第一次大戦後はドイツのマルクでした。超インフレから立て直すためにデノミネーション、つまり、桁を変えてマルクを発行したんです。
それがレンテンマルクですけれども、そういうふうに政府が保証してもそうなるんです。
ただし、金だけが値打ちが決まっているから、金だけは変わらない、と。しかし、金の値段も最近は変わってきています。新しい鉱脈が発見されたりすると、金も変動します。
では、貨幣の価値というのはどう決まるのか。結論からいうと、社会的環境、つまり、社会的な関連の中で決定される、と。
社会的関連、社会的、相対的な関連において決定されるのです。貨幣の価値は社会的、相対的関連において決定されるというのが、近代における貨幣価値の一般的な考え方です。
もっといろいろな要因があり、貨幣価値理論というだけで、いろいろと幅広い学問や研究があるわけですけれども、一般的にはこういうふうに言われています。
だから、金が貨幣になっても絶対なものはないわけです。総合的、相対的、社会的な関連において貨幣の価値は決まっていくのです。
価格は社会的かつ相対的かつ総合的判断で決める
ならば、値段はいったいどうつけたらいいのか。やはり、実勢売価から見て価格を決定し、他が安いようだったらうんと安くする。
あるいは、うんと高く する、と。また、立地条件や雰囲気などで値段が高くても、銀座の喫茶店や寿司屋「久兵衛」は大繁盛です。
だから、うんと粗利益が取れて儲かっているはずです。では、そういうところでは、何でも値段を高くつければ儲かるかというと、もちろんそうではありません。
実勢売価を見て、社会的かつ相対的かつ総合的な判断で下す。これが価格決定なんです。
しかし、それだけ分かっても、「じゃあ、どうしたらいいか」なんです。原価がこれ、管理費がこれ、粗利がこれ、というふうにしてはいけないわけです。
実勢売価を見て、実勢売価どおりにやるのがいい場合もあれば、安くするのがいい場合もあれば、高くするのがいい場合もある。
もちろん高いほうがいいんですけれども、高くしたら高くしたなりに、納得して買ってもらわなければいけない。売れなければいけないわけですから、そのために、味をよくするとか、サービスをよくするとか、内装をきれいにするとか、あるいは安くしても、デザインとか使い勝手を落とさないようにする、と。
「安かろう悪かろう」の時代もあるし、それで売れる場合もあるんですけれども、安いものがいっぱい出てきたら、安くて、よくて、便利で、というふうに、いくつものメリットがあるところを消費者は選んで買いにいきます。
ですから値段は、実勢売価を見て、社会的、相対的、総合的判断で決定していくものなので、経営者のみに価格決定権といったものが委ねられているわけです。
つまり、経営者の判断に委ねられているというのが、価格決定理論の結論です。
では、経営者の判断とはいったい何なのか。
実勢売価を見ていって、社会的、総合的、相対的な判断に基づいて、「これぐらいの値段にしていこう」と経営者が下すんです。そして、「その値段にするためにはこうしていこう」と。
在庫を残すと利益が飛ぶ
しかし、これだけではダメなんです。もちろんこれが原則ですけれども、それで利益が出なければいけないわけです。
しかも、できることなら、デッドストックがないようにしなければいけない。
利益が出ても在庫が残ってしまったら、そこから税金をとられて、利益が在庫で飛んでいってしまいます。
だから、在庫が残らないように考えなければいけないわけで、在庫が残らないようにするためにはどうしたらいいのかというと、商品がよく回転するように置くことです。
あまり回転しないものは、初めから少なめに持たなければいけない、と。しかし、在庫を少なめにしたらどうなのかというと、スケールメリットがありません。
というのは、大量発注することで値段が安くなるからです。
最近の「菱研ウィークリー」にもありましたように、東京・西荻窪にも「牛角」という二百七十店舗を展開する焼き肉チェーンがあります(平成十三年当時)。
そこでは、総合仕入をすることによってコストを下げています。しかし、総合仕入をしても、売れ残ったり食べ残ったりすると、在庫によって利益が飛んでしまいます。
ですから、少しずつ規模が大きくなるにしたがって、少しずついかに安く仕入れるか、ということを考えなければいけません。
名古屋でしたら、さっき説明した「あさくま」というお肉屋さんがあります。
本店は名古屋です。そのあさくまの社長に、オーストラリアのパースで会ったことがありますけれども、白髪で長髪で、何か変わったおじさんだな、と。それがあさくまの社長だったのです。
なぜパースに来たのかとお聞きしましたら、エビとかカニとかをパースから直接仕入れているからだと。
それで、他にもいろいろと聞いたら、「今度は、バリ島に行くんだ」と。「バリ島へ何しに行くんですか」と聞いたら、「野菜と魚介類とか、バリ島のあたりから直接仕入をするからだ」と言っていました。
つまり、チェーン店ですから直接仕入れて、しかも、大量仕入をすることでコストを下げているわけです。
しかし、大量に仕入れると、在庫として残ってしまう恐れもあるわけですから、だんだん規模が大きくなるにしたがって、コストを下げていく努力も、もちろん必要なのです。
ですから何度も言うように、仕入値段がこうだから、あるいはつくった値段がこうだから、そこに管理費を足して、利益を足して値段をつける、というような値段決定では絶対にダメで、それをしたら会社が潰れます。
では、どうしたらいいのか。実際に実勢売価はいくらで、いくらぐらいでやると売れるのか。
その値段をつけるなら、どういう内装にして、どういうサービスをしていくのか。
そして、それでも利益を出さなければいけないわけですから、利益が出るようにするためにはいったいどうしたらいいのか、ということなんです。
「利は元にあり」
結局、「利は元にあり」で、仕入原価を下げるしかないわけです。
「あさくま」の社長もそうですし、「牛角」の社長もそうなんですけれども、仕入値を下げる。
要するに、原価を下げるわけです。製造原価もしくは仕入原価を下げる。実勢売価から見ていって、いかにすれば製造原価が下げられるのか、仕入原価が下げられるのか、ということです。
これは会社でしたら、資材部の仕事ですが、業者に見積もりをさせて値切っていくのを「業者を叩く」と言います。
あまり叩きすぎたら逆襲されることもありますけれども、入っている業者はいわば叩かれ役で、資材をいかに安く、しかも品質を落とさないようにしていくのか、ということで企業努力が必要になるわけです。
仕入の場合はいかに資材で抑えるか。製造は工場でいかに製造原価を抑えるか、ということが大切です。
トヨタは徹底的にこれなんです。もちろんトヨタだけではなく、仕入原価をいかに下げるのかということで、自動車業界も必死に努力しています。新聞を見たら、日産がいかに仕入原価を下げるかということで、癒着の構造をなくそう、としていたわけです。
かつては、日産グループがあって、定年退職した人は子会社に行くケースが多かったのですが、そういう癒着の関係を続けていると、「なあなあの体質」になって、仕入原価が下がりません。
製造原価が下がらなければ、当然利益が出ない。無理に利益を出そうとすると、実勢売価に合わない値段をつけるしかない。
そうなるとクルマが売れない。売れなかったら潰れる、というような悪循環だったわけです。
安くて本当にデザインがよくて、使い勝手がいいという車でなければ売れませんし、売れなかったら潰れてしまうのです。
ですから、実勢売価に合うにようにデザインを考え、サービスをよくし、それでいて利益が出て、しかも在庫が残らないようにするために、何が何でも原価を下げるという経営者の努力が必要になるわけです。
メーカーでない場合は、原価に経費や利益を足すのではなく、何とか仕入原価を下げる努力をしなければいけない。
いかに安く仕入れるかという、仕入の努力が必要なのです。メーカーだったら資材部がやりますし、中小企業の場合は社長がやるのでしょうが、とにかく、仕入の努力です。
では、仕入の努力とはいったい何なのか。それは、ありとあらゆる知恵を振り絞って、いかに仕入原価を安くするかをつねに考える、ということなのです。
これを昔から「利は元にあり」と言います。名言です。利益というのは元にあるわけですから、いかに仕入原価を下げていくのか、なんです。そうしないと利益が出ません。
私たちも時計を仕入れていましたけれども、仕入の努力を考えるともう、セイコーとかシチズンとか、まあカシオも、もちろん何でもやっていますけれども、全知全能を振り絞って、仕入原価をいかに下げるのか、ということをしなければダメなんです。
そうしないと、実勢売価のなかの競争に勝てないのです。勝っても利益が残らない。そこで、「香港から直輸入をしよう」ということで、五十五掛けで仕入れたりしました。
オリエント時計が一番仕入れやすかったんです。しかし、セイコーですと、仕入原価が六十とか六十五パーセントです。
消費者は基本的にセイコーの時計を欲しがります。しかし、セイコーの時計ばかりを売っていたら、その店は倒産します。
だから、セイコーの時計を買いに来たお客さんに、いかにオリエントの時計を買っていただくか、いかにシチズンの時計を買っていただくか、なんです。
それが、小売店が潰れるか潰れないかの瀬戸際です。みんなセイコーの時計が欲しいし、販売店もみんなセイコーのハッピを着るんです。もちろん、セイコーの看板があります。
テレビでしっかりと宣伝しているし、セイコーだと格好いいんです。
しかし、だからといって、セイコーの時計ばかりを売っていたら、全然利益が出ません。
ですから、いかにオリエントやシチズンの時計を買っていただくか。「お客さま、実は隠れた名品がありまして、それがこのシチズンの薄型なんです。
実はこちらの時計のほうが人気がありまして……」と言って、シチズン、あるいはオリエントの時計を勧めるんです。
とにかく、直輸入するために、自分で直接香港まで行って、直輸入のラインをつくってきました。
すると、直輸入ですから、流通のクッションがツークッション抜けた分、粗利が二十三掛けとか、二十五掛けとかになる。もちろん実勢売価がありますけれど、ツークッション流通が抜けますから、その分だけ、仕入原価がぐーんと下がるわけです。
この「下へ潜っていく努力」をしなかったらダメなんです。何が何でも原価を下げる。そうすれば、その分だけ利益が出ます。
仕入原価を下げるだけ下げて、サービスと立地条件がよくて、家相もよくて、比較的安かったら必ず売れます。
あるいは、高い値付けをしても売れるとなると、もう儲かって儲かってしょうがないですね。
原価を下げるだけ下げて、売価を上げるだけ上げることができたならば、最高に利益が出る会社になります。
ユニクロはあれだけ安くしていて、それでも半分以上利益があるという高収益の会社になっているわけですから、それを聞いただけで、いかに仕入の努力をしているか、ということです。
お肉の「あさくま」さんも、「利は元にあり」です。「薬九層倍」と言いますけれども、「お肉九層倍」「衣服九層倍」と。中国へ行って工場をつくって、しかも、流通を飛び越えているから収益性が高い。
そして、デザインも使い勝手もいいようになっているから、よく売れていて、競争に勝っているわけです。
