辞書は引くものではない
辞書は皆さんにとって引くものでしょうが、日本を代表する作家の多くは、国語辞典を愛読書にしていたそうです。
特に、明治から昭和にかけて活躍した詩人、北原白秋は「辞書は最高の読み物だ」と公言し、国語辞典を丸暗記していたそうです。
これは有名な話です。
国語辞典を暗記するような努力を独学でやる人が、あれだけの詩人になるわけです。だから、辞書は引くものだというのは観念なんです。
電車に乗ったら隅や真ん中に座っていき、満員電車になったら、「う、う、う!」と嫌そうな顔をしながらまっすぐ立っていようとするのも観念。
たゆたうままに任せればいいし、電車がカーブに差しかかったら、隣の人に体をあずけたらいいんです。
電車はどのように乗っても自由です。迷惑をかけなければいいんですから、でっかい声を出すとか、変なことをするとか、隣の人を蹴り上げるとか、電車内で酒を飲むとか、そういうことをすると迷惑をかけますが、ただ普通に乗っていれば文句を言われることはありません。
だから楽しい。
私は電車が大好きです。本が読めるし、英語や謡の練習もできる。リラックスもできる。
それと同じです。なぜ、人様と同じようなことを考えて、人様と同じように振る舞って、人様と同じような人生を送って、人様と同じような霊界に行かなければならないのか。
超一流のプロとか巨匠になるような人は、やはり努力のレベルが違うわけです。
独学で何でもできるんですが、少なくとも私はそのレベルを目指しています。私よりももっと違った考え方の人がいっぱいいるでしょうし、もっとすぐれた考え方の人もいるでしょうが、少なくとも私は著者ですし、出版社も経営しています。私のことを博学だという人もいますけれども、そうやって勉強しているわけです。
ですから、私も本はいっぱい持っています。大学を卒業するころにはだいたい一千数百冊を超えましたが、それから先は計算できません。
というのは、興味を持った分野の本を、一遍に三十冊も五十冊も買ってくるからです。
そういうことで、本というものは、最初から最後までを全部読まなくていいんであって、おもしろそうなところを拾い読みするだけでいいんです。
全部読みたい本もありますけれど、そういうときには全部読んだらいいわけです。
なお、自分をカルチベートして磨いていくには古典がいいでしょう。古典なら拾い読みができますから、精神的にもそれほど負担になりません。
ところが、小説となると、これはもう拾い読みはできません。拾い読みしたら小説のストーリーが分かりません。
ミステリーでも、誰が犯人か分かればいいというのなら、読んだ人に聞けばいいだけの話で、やはり、推理していくプロセスが楽しいわけです。推理小説の結論を先に聞いたらもう、それ以上読む気になりません。
逆にハウツーものは、拾い読みができますし、拾い読みをしたほうがいい。というのは、知識を吸収するのが目的だからです。
しかし、しっかりと論理を追いながら読まなければならないものもあるわけで、その両方を考えながら学んでいくと、独学がどんどん進んでいきます。「そうか、独学か。できるん
だ」と思ったら、絶対にできます。
私は、加藤秀俊さんの『独学のすすめ」という本を、大学のころに読みました。加藤秀俊さんは大学者ですけれども、加藤先生の「独学のすすめ」にはどういうことが書いてあったかというと、「巨匠とか超一流の人は全部独学でやる。独学で勉強できない人だけが学校へ行くんだ」ということです。
中途半端より、無学歴のほうがいい
私の弟子には、いろいろな学歴の子がいますけれど、代表取締役になっているのは東大卒と高卒です。
高卒の人が三人、それと東大卒が一人。東大卒か高卒です。めちゃくちゃ賢くて素直でいい子か、何にでも独学でぶつかっていっ勉強している子か。
そういう子が立派に育っています。若いころから私が教育していますし、その子にもそれだけの素質があるからなんですけれど、中途半端なところを出るくらいだったら、独学の巨匠になったらいいんです。
すべてのものは独学で修得できる。巨匠とか大御所と呼ばれる人はみんな独学だし、独学でやれない人だけが学校に行くんだ、と。
学校では、過去あったことしか教えないから、まったく何もないところから何かを生み出すことができません。無から有を生み出せないわけです。
優秀な外国の声楽家の中には、音大を出ていない人がたくさんいます。
ほとんどそうです。学校を出た人は、学校の先生以上にはならない。ゴッホも学校を中退しています。
そうやって独学でやった人が、美術史を塗りかえるだけのものを残している。だから、学校を出ていないからとか、学校に行かなければならないとか、そんなことを考える必要はまったくありません。
車の免許を取るのには自動車教習所に行かなければならないでしょう。独学で運転を勉強して、あっちにぶつけこっちにぶつけでは困ります。
しかし、基本は独学です。学校を出てないからとか、学校へ行かなければならないとか、そんなことで悩むことはありません。とにかく学校へ行って勉強しなければ、というふうに考えるのは並のレベルであり、並の考え方です。学校に行かなくても独学でできるんです。
何でも独学でできる。専門書を次々と読破していくだけの読書力があれば、独学で何でもできます。
そして、壁にぶち当たって限界を感じたら、先生について教えを請う。
しかも、なるべくいい先生や巨匠と呼ばれているような先生につくと、一番重要なポイントを教えてくれるから、どんどん吸収できて、最高に優秀な弟子になります。
全然うだつが上がらない下のほうの人、下の下の人で、そういう独学でできるという姿勢がなく、自分で学び、自分で体験し、自分で追求していくというのがない人が、たとえ先生について学んだとしても、それは上達しません。
しかし、先生に肉迫し、先生を追い越すというような人は、基本的に何でも独学で勉強できる人なんです。会社の経営も同じです。
ということを考えたら、蔵書はたくさん持たなければいけないんです。
会社の経営者ならば、ティッシュペーパーを買って鼻をかむように本を買う必要があります。
表紙だけ見て積み上げておくのを「積ん読」と言いますけれど、表紙だけ見るというのでは困ります。
本を買ってきても、表紙だけ見ていたのでは、こんな本があるということしか分かりません。
最初から最後まで読まなくてもいい。何冊か買ってきた中でおもしろそうなのを読む。
あとは、プロローグや目次を見て、興味のある部分だけ読む。業界紙は全部読む。毎回目を通す。
これを皆さん、まず習慣づけていただきたい。京都に来た大きな収穫です。
読書力のない経営者は二流以上にはなれない
それからもう一つ、お話ししなければなりません。
最近、スタッフにも言っていることですし、私自身も心がけていることなのですけれど、独学の原点に立ち返って考えますと、「読書力のない経営者は二流以上にはなれない」ということなんです。
松下幸之助さんは、幼いころ家が貧しくて、しかも病気がちで学歴がありませんでした。
しかし、その松下幸之助さんがたくさんの本をお書きになり、PHP研究所という出版社をつくり、それから、松下政経塾をつくって、有能な人材をたくさん育てました。
松下幸之助さんは小学校しか出ていませんが、幸之助さんの著作を見れば分かるように、歴史にも詳しいし、非常に博識です。
その幸之助さんがおっしゃる一番いい勉強方法は、「人に聞くことなんだ」ということです。
「分からないことがあったら、何でも素直に尋ねたらいいんだ、そうしたら、謙虚に腰低く聞かれて嫌がる人はいないから、こうですよと教えてくれる。謙虚に腰低く丁寧に聞くと、たいがいの人は教えてくれる、これが一番の勉強の早道である」と。
しかし、中途半端に学歴のある人間は、人に聞くことを恥ずかしく思っているから、それができなくて伸びないんだ、というようなこともおっしゃっています。
幸之助さんご自身は、単に人から聞いて勉強しただけではありません。
彼の著作を見ていたら、人様から聞いただけでなく、独学でものすごく勉強していることが分かります。
自分で勉強していなければ、あれだけの「世界の松下」にすることはできなかったはずです。
財務から人事から事務の流れから、すべてご自分でつくってきたわけで、決して町工場の一経営者だけではない。彼の著作を見たら、どれだけ独学で勉強してきたかが大変よく分かります。
歴史のことも詳しいんです。「平安時代にはこんな人物がいて」とか、「戦国時代にこんな武将がいて」とか、「明治時代にはこういう政治家がいて」とか、とにかく、小学校で習っただけではなく、松下幸之助さんは本当によく勉強しています。
豊臣秀吉もそうです。尾張中村の百姓の出で、猿に似ていたから猿と呼ばれ秀吉の書や手紙がいまでも残っていますけれども、相当に学問がある人でなければ書けないような文章なんです。
秀吉の手紙を見たら分かりますが、学問を積んだ人でなければ書けないような漢字や言葉、例をたくさん使っています。書はでかかったり、ちっちゃかったりしますけれど、しかし文章には、ちゃんと起承転結があって、自分の言葉として立派に表現しています。
つまり、相当な読書力と読解力があったのです。
やはり、それだけの学問を積んだのでしょう。
誰かについて勉強した形跡があります。でなければ、あんな立派な文章は書けない、というのが歴史学者の共通する見解です。
それから、大阪国際ホテルというのはいまはありませんけれども、大阪国際ホテルの総料理長だった西村修一さんという人は、世界料理オリンピックの日本代表を務めたことのある人です。
コックさんのことを司厨士と言いますけれど、西村さんは大阪司厨士協会理事長で、全日本司厨士協会総本部の副会長・常任理事を務められています。
私の父が西村さんのお父さんの遺言の証人をした縁で、弟が大阪国際ホテルに六年間お世話になったんです。
だからよく知っているのですが、確か、西村修一さんは中学校しか出ていないんです。
料理人の世界というのは、昔の徒弟制度そのままの非常に厳しい世界です。
そんな厳しい世界に知性と教養を持った大学出や、お公家さんのような上品な人が入ってくるわけもなく、中学校しか出ていない人、高校しか出ていない人がたくさん集まって、体で料理を覚えていく。
それがコックの世界です。日本料理の世界でもそうです。
しかし、フランス料理の場合、メニューは全部フランス語で書かなければなりません。
だから西村さんも、中学校しか出ていないんですが、独学でフランス語を勉強してマスターしたんです。
西村さんはフランス語の本が読めます。そして、メニューは全部フランス語で自分で書きます。完璧に書きます。
別にフランスに留学したわけでもありません。みんな独学です。
そういう西村さんを見て、「そういうものなんだ」ということで、弟子たちもみんなフランス語でメニューを書きます。
その西村さんに以前、手紙をもらったんですけれども、素晴らしい手紙でした。適切な漢字がピタッと使われていて、字もちゃんとしていて、文章も起承転結になっている。
実に心温まる素晴らしい手紙でした。だからこそ、コックさんがたくさんいる中で、大阪司厨士協会の理事長であり、全日本司厨士協会総本部の副会長・常任理事なんです。世界料理オリンピックのときには日本の団長を務められ、金メダルを取りました。
常に料理を研究して新しいメニューをつくり、そのメニューをフランス語で書く。確か、英語でも書けたはずです。
そして、日本語の手紙は抜群にうまい。心温まる文章を書くんです。
その西村さんのところへ私の弟が修業に行ったとき、「何も言うことはないが、一つだけ言うとするならば、一日三十分の読書は絶対に怠るな。一日最低でも三十分は読書しろ」と言われたそうです。
ということは、西村チーフご自身が一日三十分の読書を欠かさなかった、ということです。だから、あれだけのシェフになったんです。
そういうことを考えたら、読書力のない経営者は二流以上になれない、ということです。
小学校出で有名な松下幸之助さんが、なぜ松下電器を創業し、あそこまで大きくすることができたのか。尾張中村の百姓の何の学問もないはず秀吉が、なぜ太閤にまでなれたのか。
何の学問もなくて太閤になれるわけがないんです。ちゃんと自分で独学で勉強しているんです。
コックさんは料理が美味しかったらそれでいいのかもしれませんが、やはりトップになる人は、独学で勉強しているわけです。
ですから経営者も、読書力のない経営者は二流以上にはなれないんです。
週一冊、月四冊は必ず本を読め
それで皆さん、胸に手を当ててもいいし、どこでも好きなところに手を当てても結構ですけれど、今月本を何冊読んだのか、振り返ってほしいわけです。
先日聞いたんですが、ワールドメイトの会員さんは、私の新刊が出ても読まないらしいんですよ(笑)。
読んでいるんだけど、平均が月一冊程度と決めているらしい。
だから、七澤さんの本を読んだら、その月は私の本は読まない(笑)。
伊藤洋子さんの本を読んだら、私の本は読まない。読む予定の本がない月に、たまたま私の本が出たら読む、と。
月一冊をどこまでも貫いているんです。それ以上の本があったら、はみ出すから読まないんです。
いろいろ聞いてみたら、だいたい月に一冊です。
しかも、すごく内容が充実していて、分厚い月刊誌が出たら、それがその月の一冊分になってしまって、それ以外の本は一切読まないんです。ということは、二流以上の会員にはなれないということです。
私が同志社大学に入学したときの総長は住谷悦治という人でした。
その人が入学式のときに、「君たち、大学生とは何なのか。少なくとも学問をするのが大学生である。
いろんな青春のとらえ方はあるだろうし、生き方はあるだろうけれども、少なくとも読書をしない大学生は、大学生の値打ちがない」というようなことを言いました。
それを聞いて、「そりゃそうだ」と思いましたが、住谷総長の言う読書とは、週に一冊。すなわち、月四冊は読まなければいけない、ということでした。
月四冊ということは、年間四十八冊です。年間四十八冊ということは、四年間で百九十二冊。二百冊弱です。
「どんな本でもいいから、少なくとも週一冊、月四冊、四年間で百九十二冊の本を読まなかったら、大学生と言えるのだろうか」と、そういう指針を示されたのですが、そのとき、少なくとも私はそれぐらいの本はすでに読んでいたんです。
大学浪人のときは、一日一冊でした。それまではトンボを捕ったり、魚を捕ったりの日々で、高校を卒業するまでに読んだのは、「東海道中膝栗毛」とか「イソップ物語」とか倉田百三の「出家とその弟子」とか、五、六冊程度です、まともな本は。
マンガはいっぱい読みました。私が子どものときは「サンデー」と「マガジン」が競っていて、その後「ジャンプ」や「キング」が出てきましたけれど、マンガはほとんど読んでいました。
小さいときはテレビを見るのが忙しくて、本を見たら眠たくなってしまいました。二ページ目ぐらいになると意識がスーッとなくなってくるんです。
その代わり、ひらめきと発想は、自分で言うのも何ですけれど、ものすごかった。
寝ても覚めてもどうやったらトンボが捕れるのか、どうしたらコウモリが捕れるのか。そればかりを考えていました。
それから、どうやったら人様の屋根を敏速かつ落ちずに走れるのだろうかとか(笑)、手裏剣はどうやってつくるのか、なんていうことも考えていました。
しかし、高校を卒業してからは急に読書に目覚めて、十八歳から一日一冊のペースでした。
薄い本でも何でもいいから、とにかく一日一冊読むんだ、と。それからは鬼のように本ばかり読んでいました。
私が大学一年生の時に四年生の先輩がいて、その人のアパートに行ったんです。
「おい、半田、見ろ。これが、住谷総長が言っていた四年間の成果だ。おれの読んだ本だ。見ろ」
見たら、本がずらっと並んでいる。二百数十冊はある。ところが、石坂洋次郎と源氏鶏太ばかりでした。
「先輩、小説だけじゃないですか」
「ああ、おれは小説が好きなんだ」
純文学なんか全然ありません。
石坂洋次郎も源氏鶏太もたしかに小説だけれども、いまで言えば、高校生が読むコミックの原作みたいなもので、そんなのはいくらでも読めます。
それが自慢するほどの本なのか、こういう本をいっぱい読んだところで何になるのか、と。
確かに、小説も読まないよりは読んだほうがいいです。その先輩はあんまりたいした会社へ行きませんでしたけれど、先輩風を吹かして言うほどの本かと、そのとき思いました。
というのは、私はそのときすでに、一千冊以上の本を読んでいたんですから、どうってことないではないか、その程度の量は、と。
でなければ、二十五歳で植松先生に会ったときに、あれだけの御神示を書いたり、文章を書いたりできないです。
週一冊、月四冊、年間四十八冊・・・・・・これが一つの基準です。推理小説ばかり読んでもしようがないと思うんですが、何でもいいんです。
ときには斜め読みすることがあるかもしれませんけれども、それでもいいんです。
ところが、これがなかなかできない。では、週一冊、月四冊、年間四十八冊読めない理由はいったい何なのか。
一日一時間以上テレビを見たら大成しない
最近、陰山英男先生のことが話題になっています。陰山先生は兵庫県朝来町(現・朝来市)の山口小学校で教鞭をとっていた当時、ゆとり教育に異議を唱えて、独自の教育法を実践していた先生です。
それで、卒業生の多くが有名な国公立大学へ行っている。神戸大学医学部、名古屋大学医学部、京都大学医学部など、国立大学の医学部にたくさん行っていて、その割合は類を見ないほど高率なんです。
その山口小学校があるのは、周囲を山で囲まれた兵庫県のど真ん中の山間部で、田舎です。
そんな田舎でありながら、卒業生がどんどん一流大学に合格しているんです。
偏差値でいうと、全国平均のずっと上の成績を小学校からとっている。そういうふうに紹介されていました。
それで陰山先生がおっしゃるには、「一日一時間以上テレビを見る生徒で勉強のできる子はいない」と。
私も最近、神様から、「お前はこの三ヶ月、劣化しているぞ」と戒められました。
劣化の原因は分かっているんです。イラク戦争と阪神タイガース。これが劣化の原因です(笑)。
それはもう、目いっぱい頑張ったからです。経営者の皆さんも、仕事が終わったら、ストレスの反動でビールを一杯飲みながらテレビを見るでしょう。
仕事を一生懸命したらストレスがたまるから、反動でビールを飲んだりして、リラックスしなければならない。
私の場合は、食べることが楽しみだから、ついつい食べ過ぎてしまう。皆さんも大変でしょうけれど、私には皆さん以上にやらなければならないことがたくさんあって、頭脳の限界、集中の極限を超えて、さらに能力を超えたところで勝負しなければなりません。
だから、超能力が出せるんですけれども、能力を超えた能力を出さなければならない分だけ、めちゃくちゃストレスです。
だからその反動で、四食分ぐらい食べるんです(笑)。
集中するときは、いっさい食べません。水分をとるだけです。そして終わったら、「終わった!」ということで、そう思った瞬間、急におなかがすいて、四食分食べる。
挽回するわけです。集中しているときは、一日とか一日半、何も食べない。それで終わったときには、急におなかがすいて四食分食べるんです。
その反動でやはり、PCBではないけれど、残留脂肪が多くなってきているんです。
それで、めまいがしたときに反省して、「これは神の戒めだ、警告だ、体が叫んでいるんだ」と。それで、四食食べるのを三食にし、二食にし、六、七キロやせたんです、一発で。それでようやく、二週間前から皆さんの前にお目にかかれるようになりました。
急にやせたり、急に太ったりするのが私の特色です。髪型も変わっているから、ビデオを見たら、これは何年代の先生だと、会員さんがすぐ分かるんです。
それで劣化している原因は、テレビをつけてしまう、ということです。小さいときはテレビばかり見ていましたけれど、近年はほとんど見ません。しかし、イラク戦争に関するニュースを見るわけです、証を確認するために。新聞より一刻も早く知りたいので、それでニュースを見る。
しかし、ニュースを見たあと、ついついくだらない番組を見てしまうんです。
「番組、お前が悪いんだ」と言うのですけれど、見る私が悪い。ニュースが終わったら次の番組をついつい見てしまいます。
それから阪神タイガースが気になるものですから、プロ野球ニュースを見るでしょう(笑)。
プロ野球ニュースを見たら、そこでテレビを切ればいいんだけど、つい次の番組を見てしまう。
だから、阪神タイガースとイラク戦争のせいなんです。ついニュースを見たりするものだから、それが原因でめまいが起きる、と。とにかくテレビを見るのがいけないんです。
だから、三十分以上テレビを見るな、と。仕事をした反動で、リラックスしなければいけないんですけれど、実はこれがクセものなんです。
テレビを一時間以上見ている生徒に優秀な子はいない。サラリーマンもそうです。社会人になっても、一時間以上テレビを見ている人間に優秀な経営者はまずいません。
一時間以上テレビを見たあと、なかなか本は読めないものです。
本というのは、取っかかりが大事です。ですから、菱研の所長である私がなるべく見ないようにしているけれど、三十分以上見たら神様が戒める。
だから皆さんも、三十分以上見たら私の敵です(笑)。
陰山先生の結論として、一時間以上テレビを見ている子で優秀な子はいない、ということですから、一時間たったら、親がパシッとテレビを消さないといけません。
そうしないと、絶対に子どもの読書力や計算力は伸びないし、勉強が楽しいというふうにはなりません。
三十分が一つの目安なんです。たとえば「九・一一」のような大きな事件があったときはニュースを見たくなりますけれど、基本的には三十分以上は見ない、と。見たら本が読めなくなります。
これをまず皆さんに申し上げておきます。
小麦粉系食品は食べすぎないように
もう一つについては、私もそうなんですけれど、ゴールデンウィーク神業で鳴門に行くと、どうしても神戸が近いでしょう。
神戸に行くと、いっぱいおいしい店があります。それで、関西では何がおいしいかというと、小麦粉でできたものが多いわけです。
小麦というのは、空気の乾燥した地域でもとれます。
ですから、小麦粉でできた食品を食べていると、保湿効果がありますから、体に水分を常に貯えている。
ところが、日本は湿気が多いところだから、小麦粉系統を多く食べると湿気があり過ぎて、アレルギー性鼻炎にかかりやすくなったり、とにかく体に水分がたまり過ぎてしまう傾向があるんです。
だから、たとえば、「お好み焼き」とか「たこ焼き」「スパゲティ」「うどん」といった、おもに小麦粉でできたものを二週間ほど食べなかったら、どれだけ体が楽か、なんです。
小麦粉は保湿作用があって、水分を体に貯える。そのことについては、漢方の先生が手紙をくださって分かったことなんですが、日本人にはやはり、ご飯と野菜と魚がいいらしいです。
乳製品も本来、日本の気候とは異なる地域でとれたものですから、あまり好ましくない、と。
しかし、完璧でなくても、心がければいいわけですけれども、日本のような湿気の多いところで小麦粉系の食べ物をたくさんとると、体に水分がたまり過ぎてしまうんです。
小麦粉系の食品をたくさん食べる人はよく、ペッ、ペッと唾を吐くでしょう。あるいは鼻をチーンとしたりします。
痰とか唾を吐くのは、体の中の水分が多いからなのかもしれません。それは煎じ詰めれば、お好み焼きとかうどんとか、小麦粉系統の食品をたくさん食べるからでしょう。
小麦粉でつくられている食べ物には保湿効果があるから、乾燥した地域に住んでいる人にはいいかもしれませんが、日本は湿気が多いから、水分がたまり過ぎてしまう。
乾燥しているところの人は、少しぐらい小麦粉を摂取しても問題ないのかもしれませんが、湿気の多いところの人は控えるようにしたほうがいいかもしれません。
酒は飲むべし、飲まれるべからず
これで話を終わりますけれど、皆さんも仕事が終わったあと、「さあ、行きましょう」と、居酒屋に行くことが多いと思います。経営者はお付き合いだからしょうがないんです。しかし、それで酒を飲むと、とたんに体に来ます。
秘書部にSさんという子がいまして、彼女は東京外大を卒業した子なんですけれど、女の子の中では一番賢いんです。
やたらと難しい法律文書でも、あっという間に要約してしまうんです。
それくらいに頭がいいんですが、その子はワインが大好きで、ワインを飲んで顔が真っ赤になってくると、ますます頭が冴えてきて、その後、一気に仕事を仕上げるんです。
しかし私は、いつもぎりぎりの睡眠時間で生きていますから、ちょっとアルコールが入っただけで、すぐに眠たくなります。
お酒が飲めないわけではなく、何でも飲めるんですけれども、少ししか飲めません。許容量以上飲んだら、地球の自転を自覚して、そのまま眠たくなります。
ところが、Sさんのように、お酒を飲むと、かえって頭が回転して文章がスラスラスラッと書けるという、信じられない子がいるんです。
普通は、お酒を飲んでリラックスしたら、難しい本は読めなくなりますし、ましてや文章なんか書けません。
私の過去のビジネスの本で書いたことなので、重複するかもしれませんが、関西に昔、A社という肉屋さんがありました。やがて大手ビーフ会社に統合されましたが、そのA社は肉屋のかたわら、建て売り住宅もやっていました。
当時、毎週日曜日の朝七時から、竹村健一さんの「世相を切る」という番組のスポンサーをやっていましたから、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。
そのA社にはN部長という人がいたんですけれど、その人は以前、確か、大手ミシン会社の支店長だった人です。
ところが、A社の社長が、自分は借家に住んでいるのに、Nさんをヘッドハンティングしたいために、Nさんのために一軒新築を建てて、ここに住んでほしい、と。
自分は借家に住んでいるんです。 Nさんを迎え入れるために、Nさんのために家を一軒建てたんです。
Nさんは、「そこまでおっしゃるんでしたら」ということでA社に来た人で、次々と業績を伸ばす、非常に優秀な取締役営業部長でした。
私も一緒に仕事をしたことがありますが、確か、D工業さんと一緒にトレイの話をしていたのではないかと思います。
私が開拓した冷凍食品業者にお肉をパックにして納めたんです。普通の営業が行ってもダメだったんですが、私は冷凍食品屋さんにモーレツにアタックして、「それだったらぜひに」ということで納めたわけです。
それで、N部長と私は仲よくなりまして、二次会、三次会、四次会までお付き合いするんですけれども、N部長はエッチな話ばかりするんです。
いまの私ならどんなエッチな話でも半分喜びを持ち、半分憎悪を持って聞くことができますけれど、そのときはもう純粋一筋な人間でしたから、そんな話は、ちょっと聞いただけで、いたたまれなくなってしまうんです。
言っている言葉の奥の霊界に感応しますから、「また嫌なことばかり言うなあ。品がないなあ」と思っていたんですけれど、下品なのは口だけで、実際はまじめな人であることが分かったんです。
あるとき、「四次会はぜひ我が家で」ということで、N部長の家に招待されたんです。
そうして、応接室に通されて、「半田常務、これを見てくれ」と。
そのとき私は常務でしたから、半田常務と呼ばれていたんですけれど、応接室に入ったら、周囲がすべて本棚で囲まれていたんです。
一段、二段、三段、天井のスレスレまで本棚にして、本がびっちり詰まっていました。
経済から財務まで、また、円高円安に関する本や、国際関係、契約関係の本など、とにかく話題になっている本という本が、ずらっと並んでいたんです。Nさんは、「一応、これ全部読んだんだ」
「部長、よくこれだけ読めますねえ」と、びっくりした記憶があります。
Nさんは営業部長ですから、三次会にも四次会にもお付き合いする。そういうときは、もちろん午前様です。
しかし、どんなにお酒を飲もうとも、どんなに帰りが遅くなろうとも、午前二時、三時になろうとも、家に帰ってきたら必ず書斎に入って、一時間は本を読まないと絶対に寝ないようにしていたんです。
酒を飲んで酔っぱらって帰ってきても、応接室のソファーにグターッとなったまま、必ず一時間本を読んで、それから寝るんだ、それを習慣づけているから全部の本が読めるんだ、とおっしゃったんです。
そういう努力をしているからこそ、支店長だったのを引き抜かれて、取締役営業部長として行ったわけです。
Nさんは、会社が不渡りを食らってピンチに立たされたとき、伊藤忠さんを窓口に立てて、プリマハムなどに、自分のところのお肉を卸せるようにしたんです。
商社に何パーセントかマージンを払うだけで、逆に販路を一気に拡大したわけです。
N部長は優秀で、らつ腕家だという評判なんだけれども、実はその陰では、そういう努力をしていたんです。
あんな下品で、あんなエッチな話ばかりしていて、いつも酒ばかり飲んでいる人が、こんな努力をしていたとは、ということで、私はものすごい衝撃を受けました。
「こないだの女はどうのこうの」と、すぐに言うんです。
「また品のないことを言うなあ、でも、しょうがない、神様の修業だ」と思って、N部長とお付き合いしていましたが、実は、接待の席でもお酒はあまり飲んでいなかったんです。
自分はコップ半分か一杯ほど飲んだら、あとは水を飲んで、相手に上手に飲ませていたんです。
「N部長、酒を飲んでフラフラなのに、よくまだ飲めますね」とお聞きしたら、「いや、実はあんまり飲んでいないんだ。いつも水をいっぱい飲んでから接待の席につくから、たいして飲んでいないんだよ」と。
ですから、飲むことは飲むんだけれども、最小限度にしておいて、あとは相手にお酒を上手に勧める。
「飲め、飲め、飲め、飲め」と相手に飲ませる。だから、N部長と一緒に飲みに行くと、周囲の人間はフラフラになるけれど、本人はおなかに水をたくさん入れていてあんまり飲んでいないから、そのあと家に帰って、一時間ほど必ず本を読んでから寝ていたんです。
いろいろとお付き合いがあるから、営業部長は接待をしなければならないんですけれども、帰りが何時になっても、必ず一時間は本を読んでからでないと寝ない、と。
そうやって応接間の本を全部読んだんだ、ということで、これはもう本当に参りました。神の教えです。
「お前も見習わなければいけない。どんなに忙しくても、接待で遅くなっても、必ず本を読んでから寝ろ」と。
そのためには、家へ帰ったときにテレビを見ない。テレビをつけると、次々と見てしまいますし、テレビを見ると電磁波が目に来て、どっと疲れます。
阪神タイガースの試合結果を知りたいんだけれども、ぐっとこらえて、翌日のスポーツ新聞で確かめるようにしています。
いま巨人と十ゲーム差ですけれども、しかしこれを言ってしまうと、翌日からまた阪神タイガースが負け始めてしまいますから、うかつに言えませんね(笑)。
ファンとしての信仰心を試されているような球団だから、滅多なことは言えません(笑)。
とにかく、見たい心をぐっとこらえて、試合結果は翌日のスポーツ新聞で確認する。
そして、小麦粉系統の食べ物を控えて、四食食べたいところを一食にする、と。
しかし、普通の人の生活に戻っただけなのですけれど、たちまち六、七キロやせました。そうしたら、エネルギーも気力も回復して、昔のように時間があったら本を読む。
テレビは何時間も見ませんけれども、それでも見たらボーッとなって、本を読む気がしません。
この三ヶ月間というのは、本当に甘かったなあと反省しています。
志を高く掲げよ
たちばな出版から川島隆太先生の「「音読」すれば頭がよくなる」という本が出ました。
その本には、「音読のときが一番頭が働いている。一日十分の音読。これは頭が一番活性化される」ということが紹介されています。
私の場合は、新聞の音読よりも英字新聞の音読をしていますけれど、とにかく十分の音読が頭に一番いいらしいです。
ところで、左の脳と右の脳に関して、右の脳が感性で、左の脳が理解といわれていますが、そうではありません。
真ん中の前頭前野。前頭前野が思考力と人格とか、あるいは、決断力、決定力を司っているんだということです。
決定して実行するのが面倒くさくなったら、経営者は終わりです。決断して実行して、どうするかを考えて、じゃあこうしよう、と決断していくのが、前頭前野の部分なんです。
その前頭前野を鍛えるには音読が一番だ、ということで、たちばな出版から川島先生の本が出ています。皆さん、ぜひ実行してみてください。
だから、右脳は感性、左脳は理解というのは脳の迷信。一番大事なのは、本当は前頭前野なのです。
それは、一日十分の音読で鍛えられる、と。だから、やさしい本から入って、難しい本も読んでいく。私はいま、論文を書かないといけませんから、専門書を読んでいます。
それで結局、何が言いたいかというと、読書ももちろん大事なんですが、それ以上に、「高い目標を持ち続けなければならない」ということなんです。
今日は、結論としてたくさん言いたいことがあるんですけれども、昨日、聞いた話をここで紹介しましょう。
百歳会という会をしている人から聞いた話ですが、昔は百歳以上の人は六百数十人しかいなかった。
徳之島の泉重千代さんが生きていたころです。しかし、泉重千代さんは戸籍に間違いがあって、本当は、百二十歳ではなくて百十歳だったらしい。
十歳若かかった、と。それでも百十歳まで生きたら立派なものです。
それで、百歳以上の六百数十人を調べたら、ある共通項があったというんです。いまは、百歳以上の人が一万五、六千人いるそうなんですが、それは何かというと、「早寝早起き腹八分目、くよくよせずによく働く」ということなんです。
「早寝早起き腹八分目、くよくよせずによく働く」。これが百歳以上生きている人の共通項です。おそらくいまもそうでしょう。
早寝早起きといえば、私も早く起きて、早く寝ています。
朝の六時か七時ぐらいに横になって、十一時ぐらいに起きます(笑)。
だから朝が一番早い。朝は夜の一環として考えているから誰よりも早いわけです。
「私に断りもなく勝手に太陽が出てきやがって、本当は夜なのに太陽が出てきたために、朝になっちゃったじゃないか」と。そういうふうにいつも思って、誰よりも早く起きています。
私の場合は、普通とはちょっと違う早寝早起きですけれど、「早寝早起き腹八分目」。
ついにこの私も、腹八分目。いままでは腹四人前でした。極限への挑戦と思って食べていましたが、ちょっと間違っていました。
「早寝早起き腹八分目、くよくよせずによく働く」私はいま、早寝早起き以外、すべて実行しています。
腹八分目にしていますし、くよくよしないし、よく働いている。
「早寝早起き腹八分目、くよくよせずによく働く」。これが百歳以上生きている人の共通項だというんです。
あともう一つ。
政治家と経済人と学者のうち、一番早く死んでいるのは何かというと、学者さんなんだそうです。
というのは、学者さんは六十数歳から定年で、そのあと講師になっても受け持つ授業がうんと少なくなる。
そして、七十歳以上になったら、どこか私立の学校へ行く人もいるかもしれませんけれど、実質、七十歳以上になったらもう働くところがないから、だいたいそれで死んでしまう、と。
学者の次に経済人が長生きをしていて、一番長生きなのは政治家だそうです。
岸信介先生も確か、九十一歳まで生きられました。中曽根さんもいま八十五歳です。
福田赳夫さんも九十歳まで生きました(平成十五年当時)。それだけ健康に気をつけて、あっちからでもこっちからでもいろいろと頼まれるから、よく働くんです。政治家は一般的にいって長寿です。
基本的に学者さんが一番早く死んで、次に経済人。一番長生きするのは政治家だといわれています。
それはやはり、目標を持って、「わしがやらなきゃいかん、ねばならん」という志と意欲があるからです。これが一番大事なんです。
次に、その意欲を持って、知力を磨かなければいけません。
ストレスのたま仕事をして、その反動でビールを飲むとか、何か遊ばなければリラックスできないというのは、やはり知力が弱いんです。
志が高く、知力が高い人というのは、ストレスをあまり感じない。仕事を一生懸命しても、しばらく休憩したら、次にまた読書とか勉強ができるんです。
ところが、志が低く、読書力が弱くて知力の低い人は、ちょっと仕事をしたら、その反動でビールを飲んで、ゴルフをしてマージャンをしてリラックスしなかったらやっていけないんです。
それでは並の人間です。
やはり高いレベルで仕事をし、高いレベルで一生を送っている人は、高い志と高い読書力、高い知力があって、ストレスがあっても、それをあまりストレスと感じないで、常に研鑽に励んでいる。ストレスがたまったらその反動で、リラックスしなければやっていけないという人は、志と知力が低いんです。
これが分かったら皆さん、たとえ学校を出ていなくても、どんなところから始めても、絶対一流になれる。
ストレスのどんなに多い仕事についていても、絶対一流になれる。業界のトップになれる。大御所になれる。
その法則を頭に入れて、高い志と高い知力を身につけるように努めなければダメなんです。高い志と高い知力はストレスを飲み込んで、吸収できる。
やはり、どこよりも研究し、どこよりも勉強している会社が最終的には勝ちます。
それに、プラス思考で、素直で、勉強好きという人が、だいたい成功しているんです。
船井幸雄さんが言っていますけれど、素直で、プラス思考で、勉強好き。この三要素が、成功している経営者の共通項だ、と。
そういうことで、ちょっと話が横道にそれましたけれども、今日は自分で魚釣れる人間になるための講義をいたしました。魚はいつでもあげられるけれども、自分で魚が釣れる人間になったならば、一生食うに困らないわけです。
そのように、「どんなものでも独学で勉強できるんだ」という独学の具体例皆さんに申し上げました。
少なくとも高い志と高い知力を持たなければいけない。ストレスがあったら発散したらいいんですけれども、それでは並の人間、普通の人間です。
テレビは三十分以上見ない。多くても一時間以内。ニュースを見ても、三十分以上たったら、私に叱られると思って、スイッチを切る。
一時間までは許されても、それ以上見たら、小学生に負ける。勉強のできる小学生に負けるんです。
ストレスを発散するためにビールを飲んだら、N部長のことを思い出して、一時間本を読んでから寝るんだ、と。
酒は酔っぱらうまで飲まず、人に飲ませて、自分は最小限に抑える。飲ませ上手なのも喜ばれます。逆にベロンベロンに酔ったら周囲が大変です。そんな経営者は先が知れています。
とにかく、高い志、高い知力で向かっていって、ストレスがあったとしても、それを超えてさらに勉強していく。
そういう人間がやはり、一流の経営者になっていくんだ、と。そして、「早寝早起き腹八分目、くよくよせずによく働く」ということです。
やはり、体力と健康がある分だけ勉強ができるからです。遊びも体力が要る、というのではなく、勉強のために体力を養い、健康に気をつけていかなければなりません。
そういうことで、京都に来て、いろいろとヒントが与えられました。京都はアカデミックな街で、それ以外にも学ぶところがあると思いますが、いまお話
ししたことを京都の大事な悟りとして、肝に銘じていただければと思います。以上でございます。ありがとうございました。(拍手)
