画聖ゴッホの秘密
ゴッホがなぜ、あれだけの絵を描くことができたのか。
その理由を考えるとやはり、精神的に少し障害があったことと、そして貧乏だったこと、この二つが大きな要因になっているのではないでしょうか。
ゴッホはとにかく貧しかった。何しろ、存命中に売れた絵はたったの一枚ですからね。
ゴッホはちゃんと美術学校へ行ったんですけれど、途中でやめてしまったんです。
「平面、合成、デッサンこんなのは私が求めているものではない」と言って、さっさとやめてしまったんです。
それに、ご近所の方が死んで、デスマスクを描いてほしいと頼まれたときには、「誰かほかの画家に頼んだほうがいいと思う。
私が描いたら、まともな顔に描けないと思いますから」と、断っているんです。写実的にきちっと描くのは職人の仕事で、芸術家の絵はそういうものじゃないんだと考えていたのでしょう。
「ほかの人にお願いしてくだ「さい」と言っているんです。「絵って、そんなものじゃないんだ」と思っていたわけです。
それくらいですから、ゴッホは死ぬまで貧乏で、結局、一枚しか売れなかった。
その一枚も、弟が無理やり買ったみたいです。そしてゴッホは早死にしました。しかし、「百年後に残る絵を僕は描くんだ、神の啓示だ」なんて言って、最後まで自分の生き方を貫いたわけです。
だから、精神病院に入れられたんです。確かに、「百年後に評価される肖像画を描いているんだ」なんて言っても、誰も信じません。
しかし、本当にそうなった。ゴッホが言ったとおりになりました。
ゴッホの絵ってどんなかというと、いろいろな絵がある中で、ゴッホの絵だピカッと光っているんだそうです。
圧倒的な存在感で圧倒的に光り輝いているんですって。だから、あれだけの名作として残るのでしょう。
それから、ムンクの「叫び」という絵があります。ノルウェーに行ったときに、あれを見にムンク美術館に行ったら、ものすごいエネルギーを感じました。
ただただすごい。ムンクの言いようがないほど素晴らしかった(笑)。
ムンクの場合、「叫び」が有名ですけれど、あれ以外にもいろいろな絵があって、ものすごくでかい太陽の絵なんかもありました。
暗い感じの作品が多いけれど、めちゃくちゃ明るいのもあるわけです。
一つひとつの絵からすごいエネルギーが出ていました。あれだけの美術史に残るような、あるいは、美術史を変えるような絵は一枚だけではなく、作品群がすごいエネルギーを発散していました。
やはり、エネルギーのないものは残らないんです。エネルギーを感じさせないものはアピールしないわけですから、絵でもね。
ゴッホと同様、ムンクも不遇なときを超えていたから、あれだけのエネルギーを注ぎ込むことができたと思うわけです。
陽の裏には必ず陰がある
これは中国の易経で言うと太極。中国の陰陽五行説の太極の教えです。太極が、静かなときは太極で、動くと陰陽になるわけです。
陰の中にも陰陽がある、陽の中にも陰陽があって、太極が動くと陰と陽の姿になる。動かないときは太極なんです。だから、易というのは陰陽の教えではなくて、太極の教えなのです。
で、豊臣秀吉のような、歴史に残る大成功を収めた人は、陽の部分と同じだけの陰の部分がどこかにあるわけです。
秀吉の場合、すごく明るくて元気で、派手な面ばかりが知られています。
それから、女性関係にしても、攻め滅ぼした城の女という女は全部囲っていましたから、三百人ではきかないんじゃないかと思います。
それでも、秦の始皇帝は女性の数が三千人ですから、それから比べたらたいしたことはない(笑)。まあ、数だけの問題ではないと思うんですけれども(笑)、その陽に対応するだけの陰の部分があるわけです。
あれだけの派手で華やかな人だったら、どこかに同じだけの陰の部分、静かで寂しいところが必ずあるはずなんです。
それがどこかにあらわれ出ているわけですね。
京都に高台寺というお寺があります。ねねのお墓があるところですが、そこに傘亭という茶室があります。
番傘を開いたような静かなお茶室で、お茶室の周辺に白い砂が敷いてあって、それに月の光が反射して、月明かりが窓から入ってくるような造りになっているんですが、秀吉はねねと二人でずっとそのお茶室に入って楽しんでいた。秀吉にとってくつろぎの場所だったんです。
あれだけ派手に生きた人ですから、やはりそういうのがないとバランスが取れないわけです。
社会的にもさまざまなものを生み出してきた人には、陰の部分が必ずどこかにある。
先ほど、交通経済だとかサービス産業だとか、便利で快適な方向性について話をしました。
それを陽の部分とすれば、その陽を生み出すまったく逆の陰の部分があるはずなんです。
つまり、モノを生み出す、モノを素晴らしくクリエートしていく、常に考え続ける中身というのは、便利さとか快適さとは逆行するものなのです。山伏が食べ物も食べずに、眠りもせずに山へ登拝して、神なるものを感じるというのは、自分自身の陰の中身を極めるためです。
だから、自分の中身を極めようと思ったら、そういうふうな価値基準が動くんだと考えて、自分の内面を極めていく。ゴッホにしても死ぬまで貧しかった。
精神病でありながら一生懸命に絵を描いたけれど、一枚しか売れなかった。その陰の部分があるからこそ、一つひとつの作品に夢と希望とロマンと、異常なほどの狂気というか、エネルギーが宿っているわけです。
本人は神父か牧師になりたかったんです。だから、ものすごく宗教的な世界を大事に考えた人です。たぶん、本当に神からの啓示があったのでしょう。
百年後に残る肖像画を描いているんだなんて言っても、当時は誰も信じない。弟だけがそうかと信じて、援助してくれたんですけれど、誰が信じるか、ですよね。
でも、その陰の部分があるからこそ、作品にそれだけの圧倒的な明るさとエネルギーと力がこもるわけです。
便利さ、快適さに逆行するものとは
では、会社の経営者の場合はどうなのか。
便利さとか効率とか快適さとか、それから気持ちよさとか、そういうものをお金で買っていくんだけれども、それを続けていくとどうなるかというと、逆行するものがあります。
不便だったら腹が立つ、不愉快だったら腹が立つ、文句を言う。時間がかかるものはまあいいやと思って、面倒くさくなって、根気がなくなる。
そのまま行くとどうなるか。経営者はお金を動かせるようになってきたらまず、わがままになります。それから、短気になります。
根気もなくなりますし、辛抱強くなくなりますね、面倒くさいのは嫌だと思うから。ますます世の中が便利になり、ますますサービスが発達して、お金さえ出せば何でも手に入るようになると、その弊害として、すごくわがままで、気分屋で、辛抱が足りなくて、文句を言うようになります。
「お金を出しているんだから、文句がある内面から出てくる「カリスマ性」が人・モノ・金を動かすか」とか、「お金を出しているのは俺なんだ」というような、わがままで傲慢な人間が上場会社の経営者に多いと思いませんか。
上場会社の社長はみんな、競争社会の中で上司にゴマをすってライバルを蹴落としながら生き延びてきた人たちばかりだから、それなりに立派な考え方を持っているでしょう。
あるいはまた、目上からも可愛がられ、同僚からも目下からも信頼されてきたんでしょうけれども、私の見るかぎり、すごく謙虚でいい人はほとんどいません。
それに何より、上場会社の社長と言っても、しょせんは会社の看板を背負っているにすぎず、看板を外されたらただの人でしかありません。
「何が上場会社の社長だ。生意気なことを言うんじゃない」と、私はいつも言いたくてたまらない。
上場会社という看板がなくなったら、どれだけのことができるんだ、と。何千人、何万人の中から生き延びて頂点に立った。
そこは偉いと思います。
人の何倍もの努力と忍耐がなかったら、社長にはなれませんからね。その点は素直に評価しますけれど、一人になったら何ができるのか。
それに対して、創業者は偉いですよ。無から有を生んできたんですから。中小企業といえども、ゼロから会社を立ち上げたんですから、これはすごいことです。
ところが、そういう人たちは謙虚なのに、サラリーマン出世双六でたまたま頂点に上がった人が偉そうにしている。そういう人、多いですね。何を偉そうにしているんだ、と。そう思いませんか。
では、何々会社の社長さんとか会長さんって、定年退職したらどうなるのか。子会社とか関連会社に行くのはまだいいんです。
多くの場合は、社長とか重役といっても定年になったらそれで終わりなんです。定年になったらただの人ですよ。
一年か二年か、嘱託という形で会社に残っても、それが過ぎたらただの人。今は六十歳か六十五歳。だいたい六十五歳を過ぎたらただの人です。
ところが、昔の栄光が忘れられない。だから、もはやただの人でしかないのに、ブライドだけはやけに高く、何かにつけて偉そうにする。そういう人がたくさんいます。
それに比べて、中小企業の社長はどうかというと、そんな偉そうにしていたら、誰も仕事をくれませんからね(笑)。何とか製作所と言っても、聞いたことも見たこともない。
誰も知らない名前ばっかりだから、偉そうにしろと言われても、偉そうにしようがないですね。名前を名乗っても、「ああ、何とか会社の何とかさんですか」と言ってくれないんです。
「えっ、そんな会社あるんですか?」と、クエスチョンで言われるんです。だから、おもしろい人が多いんです、中小企業の社長には。
「ええ格好しいはあきまへん」
では、会社を創業してそこまでやっていくには何が要るかというと、いま言ったように「逆行する」ものなんです。
金もない。知名度もない。社員もろくなのはいない。その分だけ全部、自分でしなければならないですから、まず、粘り強いですね、みんな。
「月末の締め切りまでに何とかこの金を~!」と思ってやり繰りしますから、自然と粘り強くなります。要するに、何とかしなきゃいけないという霊力が強いですね。
資金繰りができなければすぐに会社が潰れてしまいますから、「何とかしなきゃいけない、何とか!」という想いが強いです。
だから、中小企業のオーナーに必要な資質は、第一に粘り強さなんです。関西の言葉でいうと、「ええ格好しいはあきまへん」と言いますけれどね(笑)。
これを標準語で言うと、言えるのかなと思うんだけど、文化翻訳をいたしますと、「こだわりを捨てて、謙虚に何でも粘り強く」と。いい翻訳だと思いませんか(笑)。
「こだわりを捨てて、謙虚に何でも粘り強く」ということを関西の言葉で言うと、「ええ格好しいはあきまへん」。
まあ、そういうことですね。この言葉のニュアンスの奥にあるのは。
では、ええ格好さえしなかったらそれでいいのかというと、そういう意味ではありません。
もちろん、自分はこんなにすごい学歴の持ち主なんだとか、由緒正しい伝統ある家の御曹子なんだとか、一流企業にいたんだとか、そんなことを関西で言ったら、それがどうしたんだ、と笑われてしまいます。
「そんなことより、もうかってまんのかいな?」
「いやいや、もうかってない」
「あきまへんがな」(笑)と言ったら、と言って。そんな家柄だとか学歴なんか関係ない。
「金は?」と言ったら、「昔はありました。今はありまへん」「そんなんあきまへんがな」(笑)
家柄がどうの、学歴がどうの、昔はこうでしてああでしてとか、こんな会社にいましてとか、関東の人の会話は八割方、自慢話なんです。
とにかく自慢話が多くて、聞いていてこそばゆくなるんですけれど、関東に来たら、そういうようなことを普通に言えないといけない。ある程度アピールしないと、風采が上がりませんからね。
ニューヨークなんかに行くと、サラリーマンはお金ができたらどうするかと言うと、格好よくしようということで、大学教授でも何でもスーツをパリッと着込んで、女性はエレガントに服を着こなして、髪形もピシーッとして、メイクもビシッと決める。
そういう人が多いですね。それくらい格好のいい人だったら、「ああーっ、素敵だわ」というので、ファンができてきます。都会ってそうです。ニューヨークの場合はみんな格好いい。そうじゃないと相手にしてくれません。
「おっさん、もうかりまっか」
こんな腹巻きをして、不精ひげを伸ばして、鼻くそをほじりながら(笑)、
「ほら、これ持ってまんねん」と、一万円札を一束、カバンから取り出して、「これ、銀行で今、下ろしてきましてん」
と。これ、もう成金です。
内面から出てくる「カリスマ性」が人・モノ・金を動かす
「これが男の実力や」と言ったら、「なんて品がないんだろう」と関東の人は言いますよ。
「じゃあ、お金要らないのか」と言うと、「ください」と言うんですからね、関東の人は(笑)。
商売を成功に導く粘りと度胸
それはともかく、家柄がどうのとか、どこの会社にいたとか、学歴がどうのこうのといったことも、「ええ格好しい」の中に入っています。
謙虚というのは「ええ格好しい」の逆でありまして、鼻にかけたり、やたらと格好つけたりするのは、謙虚さが足りない。
上には上があるじゃないか。金持ちは幾らでもいるし、成功者はいっぱいいるじゃないか。
たいしたことないのに偉そうに言うな、と。関西の言葉では、「いい子いい子するな」と言いますね。ええ格好するなよという言葉の奥には、こういうニュアンスがあります。そして、粘り強くという意味も込められていますね。
「商売ちゅうのは根性や根性」と関西では言いますけれど、根性とは何かというと、まず粘り強さ。何度も何度も粘り強くセールスに来ると、「あんた、ええ根性してますなあ」と言いますけれど、これを翻訳すると、「相当高いレベルの粘り強さであると評価できる」ということです。
粘り強さの次は、度胸です。粘り強さプラス度胸と根性。関西で言う根性ですね。
熊野本宮大社の先代宮司さんは、「男は根性、女は愛嬌」と言っています(笑)。
これはどういう意味かと文化翻訳すると、熊野の先代宮司の言う「男は根性」というのは、「男には粘りと度胸が必要だ」ということでしょう。そう思いませんか。
根性、根性と言いますけれど、それは結局、粘りと度胸です。粘りだけあっても、根性があるとは言わない。単に粘り強いねと言う。
度胸があったら、度胸があるなと言うけれども、根性があるとは言わない。やはり、度胸と粘りが合体して、根性がある、と。そう思いませんか。この二つの要素ですよね。
だから、こだわりを捨てて謙虚に徹し、何にでも粘り強くやっていかなければいけない。
これに加えてさらに度胸があったら、まさに「男は根性」。どんな人からでも評価されるようになります。
中小企業が大企業に唯一勝てるのは利益
とにかく、こだわりを捨てることが大事なんですが、中小企業のオーナーと社長の場合、大企業の社長に比べて、自慢するものなんか最初からありません。
「従業員数は?」
「私どもはそれほどたいしたことがありませんけれど、二万人ぐらいですかね、社員は。で、お宅は?」
「二人です」(笑)
でも、万がついているかついていないかの違いだけじゃないですか。
「資本金は?」と言ったら、
「資本金は、うーん、二億」
一億円までなら税務署の管轄ですけれど、一億円以上になると国税庁の管轄になります。
だから、国税庁の管轄にならないために九千八百万円とか九千六百万円という資本金で抑えているんです。
管轄が税務署であっても国税庁であっても、それなりのやり方がありますので、どっちがいいとか悪いとかではないんですけどね。
「資本金は?」
「うちは十三億かな。お宅は?」
「うち五十億。じゃなくて、五十万」(笑)
資本金の額では絶対に勝てません。
「年商は?」
と言ったら、「だいたい一千億」
「ああ、うちは一千万。でも、億と千の、漢字一字違うだけじゃないですか」と(笑)。
だから、従業員数でも自慢できないし、資本金でも自慢できないし、売上でも自慢できない。知名度でも自慢できない。
しかし、利益では自慢できます。大企業の場合、何十億という利益を出すでしょう。
それを聞いたらすごいと思うけれど、じゃあ、赤字のときはどうかというと、赤字の場合も何十億ですから。赤字の一部上場会社よりは、たとえ百万円でも五十万円でも二万円でも、利益を出している中小企業のほうが偉いと思いませんか。
だから、利益では勝つ、赤字の上場会社にはね。黒字の会社には圧倒的に負けますけど(笑)、赤字の上場会社には勝てます。
赤字を出した上場会社よりは、利益が出ているんですから、利益は利益です。何年かたって上場会社が黒字になったら、そのときは「負けました」と言えばいいわけです。
それから、定年退職がありませんね、中小企業のオーナーには。ところが、上場会社には定年退職があります。
嘱託で残ったりすることもありますけれど。上場会社でも、オーナー社長だったらかなり好き勝手にできますけれど、社会通念上、一応、定年があります。
利益が出ているということで赤字の上場会社に勝って、定年がないということですべての上場会社に勝つ。と言うより、ずーっと働かざるを得ない(笑)、
一生楽できない、安楽な日がない、と言えばそのとおりなんですけれど(笑)、そんなふうに思うと癪にさわるから、思わないほうがいい。
「お宅さん、立派な会社ですね。でも、どんなに立派でも、定年になれば引退しなければならないし、鉛筆一本買うのでも社内のルールがありますからね」
中小企業の場合は、よほどのことがないかぎり、ルールは関係ありません。定年なくずーっとやっていけるんです。
給料も自分で好き勝手に決められる。好き勝手に決めたらいいんです。収入より多くしてもいいわけです、すぐに潰れるけれどね(笑)。
それでも、給料は自分で勝手に決められます。社員も、気にさわるようなのがいたら、辞めてもらえばいいんです。
悪い言葉で言えば、何でも自分でやらなければならないんですけれども、いい言葉で言うと、何でも自分でできるんです。
人事も経理も自分の思いどおりにできる。それから、宣伝広告も思ったようにやれます。
水道光熱費も自分で払えるという喜びね(笑)。お掃除も自分でちゃんとできる。上場会社の社長とか会長が会社のお掃除をしていたら、「やめてください」と社員から言われます。なかなかやらせてもらえません。
しかし、中小企業の場合は、社長がお掃除していたら、「社長がやっているんだから」と言って一緒にやってくれます。「社長、助かります」と言ってね。
そのように、中小企業の社長はメリットが大きいんですけれど、まさに「ええ格好しいはあきまへん」ですね。社長が「ええ格好しい」の中小企業は絶対にダメです。
「男は根性やーっ!」
まあ、どんなにいい格好しようと思っても、中小企業の社長はいい格好のしようがありません。だって、何々製作所とか何々会社と言っても、ほとんど知られていないんですもの。
しかし、知られようと思ったら簡単です。猟銃を持ってどこかのレストランに立てこもって(笑)、五、六人の社員と一緒に食事をしたらいいわけです。
一緒に食事をしましょうと言って、猟銃を持ってね。そうしたら、警察が来ます。食事をしているだけで、猟銃は好きだからということで、テーブルの上に置いているだけなんですけれど、世間の人は、人質を連れて立てこもったと思いますね。
ピーポーピーポーピーポーいっぺんに有名になります。
有名になろうと思ったら、まあ、できないことはない(笑)。あるいは、どこかのビルの屋上から札束をパーッと投げても有名になれます。
地方新聞には載るでしょう(笑)。世のため人のためと言ってお札を投げた、と。
ただし、インタビューされる場所は警察でしょうけれどね(笑)。
スタジオなんかには入れてもらえません。警察での取り調べになるでしょう。しかし、別に悪いことはしていない。お札を投げただけですからね。
いずれにしても、名前を知られようと思えばできないことはない。
しかし、知られる意味はないんじゃないかと思うし、知名度ではあまり勝負できないですね。会社の名前も知られていませんから。
「年商は?」と尋ねられたら、
「うーん、一千万。でも、漢字一字違うだけでしょ」と。
「従業員数は?」
「少数精鋭主義でやっています」「資本金は?」
「去年のボーナスと同じぐらいかなあ」
「事務所のスペースは?」
「うん、まあ、巨大な犬小屋です」(笑)
そんな感じでしょ。でも、利益が上がっていればいいんです。
では、どうしたらお客さんがやってきてくれるのかと言うと、やはりアピールです。他人様から好かれて、人、モノ、金が寄ってこないとダメですね。人から好かれて、人、モノ、金が寄ってくる。
そういう人でなければいけない。関西の言葉で言えば、「ええ格好しいはあきまへん」。
関東の言葉で言うと、「頑固で傲慢で、しかも粘りがないのはダメだ」と。「あいつはすぐギブアップしちゃうからね」と言われたらおしまいです。
関西では何かにつけて、「男は根性やーっ!」と言っています。関東の人は格好よく言います。
「何事もチャレンジ精神が大事である」とかね。関西では泥臭く、「男は根性やーっ!」。すなわち粘りと度胸です。関東では格好よく、「何事もチャレンジ精神が大事である」と。
でも、チャレンジ精神っていったい何なのか。チャレンジすると言っても、度胸がなければチャレンジできないじゃないですか。
度胸があっても、やるだけやって「はい終わり」ではダメなんで、どこまでも粘り強く食らいついていって必ず成就する。
やはり度胸と粘りです。何事に挑戦するにも勇気が必要なんだけれども、勇気だけあっても実行するという度胸がないと、勇猛な心とは言えません。
勇気の中に、度胸と粘りがある。それを関西で言うと泥臭く、関東で言うとモダンな感じがするだけのことで、意味はあまり変わりません。
関西で昔から言われている言葉は、オーナー社長としてビジネスをやっていくために重要なポイントを、普段の会話の中で大事なこととしてずっと語り継がれてきたことなんです。
それがビジネスを生み出してきたわけで、ビジネスの発祥地を見ても、関西、名古屋、広島ぐらいまでで、あとは四国だったら徳島県、九州だったらば佐賀県でしょうかね。
何度も言うように、ビジネスの発祥はほとんど関西です。三井グループは三重県、丸紅グループは滋賀県、伊藤忠も滋賀県、京都からは住友グループが出ています。
松下電器、それから三洋電機ももちろん関西です。それから三菱は高知県安田は富山県。関東から出ているのはイトーヨーカ堂ぐらいですね。
イトーヨーカ堂は北千住ですけれど、それ以外はほとんど関西ないしは関西以西でして、その創業の精神が短い言葉の中に込められているんです。
そういうことで、中小企業のオーナーとしてやっていくにはやはり、粘りと根性が不可欠です。
十六時間ノンストップで書き上げたメルマガ
私たちのグループの別の部門では、白山の近くで座り続けるとか、海岸のそばで座り続けるとか、氷の上や吹雪の中で携帯椅子に座り続けるとか、ということをやっています。
そのためでしょうか、私は最近、社長室なんかにいると何となく落ち着かなくて、携帯椅子を見ると、これが何か最も居心地よく感じられて、ハイなテンションにしてくれる(笑)。
携帯椅子を見ると、何かこう「よし、やるぞ!」という気持ちになる。たくさん携帯椅子が並んでいると、聖なる気持ちになってきますね。
パブロフの犬みたいなもので、食べ物を見たらよだれが出るように、携帯椅子を見たら、反射的にピッと拝んだりなんかして(笑)。
われわれはいつの間にか、暑さにも、寒さにも、雨にも、寝不足にも、座り続けることにも強くなりました。
最近のメルマガは、ファミレスに十六時間座り続けて仕上げましたからね。
しかも、北京から帰ってきた直後です。北京から成田に帰ってきて、そのまま西荻まで来てファミレスに直行し、十六時間ずーっと書き続けて、二回、三回と推敲して、右に左にひねってね。これでどうだーっ!というような内容を、それだけの時間をかけて書き上げました。
皆さんが十時間とか二十時間、ずっと座り続けているんだから、私も座り続けなければ申し訳ない。
足を何度も組み替えながら書き続けて、いよいよもう座れなくなったら、横になりながらでも書き続けたんですけれど、目がもう、いろんなほうに行きます。
さすがに二十代、三十代のころのような体力がなくなりました。三十代のときは最長四十時間、ノンストップでしゃべり続けたり、書き続けたりしました。
四十時間ノンストップでしゃべり続けたんですけれど、四十時間目になったら話しながら寝ていたんです。
三十五時間というのはしょっちゅうでした。ノンストップで三十五時間。年とともにやはり体力が三分の一ぐらいになりました。
今では十五時間ぐらいがもう限度ですね。十五時間以上はもう、ノンストップでは無理です。
それでも、そのペースでやはりやっていますからね。だけれども、もうダメだ、と。腰もだるいし、熱も出てくるし。
熱が出たら、「腎臓かな?」なんて思ってしまいます。飛行機に何時間も乗って、そのまんまノンストップでやっているでしょ。
その間、三十分ですから、睡眠時間は。そして、メルマガを書き上げたあとは「風車の書画展」がありましたから。
それで、いよいよタメカンセミナーとなると、もうグターッとなったままです。もう、服を着替えるのも苦しいんです。
