便利な時代にあっても粘りと度胸を失うな
ここで、私の大好きな、皆さんにお勧めするものを味わっていただきたい。せっかく遠くから来られたんですから、世の中にこんなにおいしいものがあるんだという、一つの証明をしたいと思います。
普通の人は一袋か二袋だけを買うんだと思うんですけど、私はいっぺんに三十袋ぐらい買うんです。
これをどう食べるか、二次会で皆さんにご紹介しようと思うんだけれども、もうヤケクソでタコせんべいを食べる。
もうヘターッとなっていたんだけれども、何かかんか話していると、だんだんだんだん気合いが出てきて、さらに話をしているとだんだんだんだん脂が乗ってきて、だんだんだんだん回復してきて、それで、「よし!」ということでここに来られるようになったんです。
寝込んだらもう、ずーっと寝たままになってしまいます。だから、風邪を引いても私は絶対に寝込まない。
皆さん、風邪を引いたら寝込むでしょ。それは、風邪を引いたら寝なきゃいけないという観念があるからで、私なんか風邪を引いても寝たことありません。
引きながらまき散らして元気になっていくの(笑)。周りにおすそ分けすると元気になりますね、インフルエンザというのは私もやられてますから、クソーッと思ってね。
誰よりも先に風邪を引きます。そして、すぐに回復して、その年のインフルエンザの免疫力を身につけて、しばらくして大流行になってみんなが倒れたときには、私一人元気なんです。
倒れやすく回復しやすいわけ。だから、みんなと同じときにはかからないんです。
熱が出ていてもグーッと起きてきて仕事して、ボーッとなったままやり続けます。熱が出たら休まなければならないもんだという観念に流されて、休む癖をつけたらずーっと休まなければいけなくなります。
風邪もそうだし、疲労もそうだし、寝不足もそうです。
資金繰りが楽な状態がずーっと続いていて、ときどき資金繰りが大変だったら、すごくストレスがたまって大変だと思うんです。常に資金繰りが苦しかったら、「まっ、こんなもんかな」と思って(笑)、何とかやっていけるという気になりますね。
資金繰りは少しぐらい苦しくても、全然たいしたことありません。人間、どっちが幸せかですね。
だから、さっきの話ですけれど、時間をお金で買う、便利さをお金で買う、快適さをお金で買う、豊かさをお金で買う時代を迎えた今、その代償として何を失っていくかというと、そういう内面性なんです。
すなわち、根性と粘りと度胸がなくなっていくわけです。
お金持ちというのはやはり、みんなわがままです。お金を持っている人間の特色はわがまま。政治家と芸能人の特色は共通しています。
自分のものは自分のもの、人のものも自分のもの。人のものでも何でも、「これ、いただけますか」と言って、「あっ、どうぞ」でしょ。人のものは自分のもの、自分のものは自分のもの。
これ、政治家と芸能人に共通することですね(笑)。
人間本来のものを回復する方法
経営者は自分のものをみんなに分け与える。宗教家もそうですし、そうでなければいけないと思うわけです。
しかし、みんなにちやほやされるから、いつの間にか、芸能人も政治家も、上場会社の社長もわがままになってくる。
社長、社長と言われていると、知らず知らずのうちにわがままになってしまう。中小企業でもそうです。
それを防ぐためには、ライオンズクラブとかロータリークラブなんかに入ったらいいんです。
新参者だからということでボロクソに言われて、「すみません、すみません」と。これがいいんです。ロータリークラブとかライオンズクラブに入る意味はそこにあるのではないかと私は思っています。
会社の中では、「社長、社長」と呼ばれて、誰もがみんな社長が怖いものだから、意見したりはしませんけれども、ロータリークラブとかライオンズクラブへ行くと、先輩方がいるでしょ。
そういう先輩方に気を遣いながらお世話なんかすることで、人間本来のものを回復するわけです。
私も、気難しいゴルフ場が好きなんです。中小企業の経営者とか、昔上場会社の社長だった人とか、全然たいしたことないのにプライドだけがやたらと高くて、生意気なことを言うでしょ。
何を言っているんだと思うけれど、そんな方たちからも、「あっ、素敵な方だな」と思われるようになったら、本当の人間のよさが磨けたことになるのではないか、ということで、そういう不自由なところを自分で求めているわけです、常にね。
お金持ちは、いつの間にかわがままになっていき、いつの間にか自分中心になっていくんです。
お金ができたり、名誉ができたり、部下ができたり、先生とか言われるようになってくると、高貴な内面性をいつの間にか失ってしまうんです。
霊的な中身とか精神力とか精神性とか文化性を大切にする宗教人でも、何もしなかったらそういうふうになっていくんです。
では、どうしたらいいのか。
いろんな先生のところに入門して、頭を下げながら勉強したらいいんです。自分の社員でもないし部下でもないから、ああだこうだと言われるでしょ。
厳しく指摘されるでしょ。それがいいんです。いろいろな会に行くと、ああだこうだと言う人がいるんですけれど、「まあ、そうおっしゃらないで」と、とりなしていく。それで人間が磨かれるんです。
私自身、普段はいろいろとわがままを聞いてもらっています。けれど、エンゼル会でもどこでも、私のほうがわがままを聞いてあげるほうが多く、もうちょっと私のわがままを聞いてほしいなと思うことがあります。
なぜ、こんなに気を遣うんだろうと、自分自身に気を遣ったりなんかしてね。もうちょっと気を遣ってくれてもいいんじゃないか。そう思うことがたびたびあります。
けれど、外部に出ると、わがままな人に気を遣い、お世話しなければならないから、自分自身の内面が健全になっていくのではないかと私は思うわけです。
そうするとどうなるかというと、こだわりを捨てて、何にでも謙虚に粘り強く臨むようになります。
お金持ちとか、ちょっと名前のある人、ちょっと地位のある人間は、こだわを持って何でも傲慢に、嫌なものは嫌だなんてすぐに言ってしまう。
そういう意味で本当にわがままです。しかし、そのわがままがなくなるとどうなるかというと、ますます器が大きくなるわけです。
社長が大社長になり、大々社長になり、大御所がめちゃ大御所になり、とてつもないような人間になっていくんです。
目に見えない何ものかが人の心を動かす
日本盲人ゴルフ振興協会に志賀さんという人がいます。自分で言うのも恥ずかしいから言いたくないんだけど、言う人がいないから言いますが、その協会の会長をしている志賀さんという人がおっしゃった。
「深見名誉会長と比べたら自分は全然たいしたことはないけれど、私にも人に自慢できる特技があります。その中で何が最も得意かというと手相なんです。実は手相が得意なんですよ」
全盲ですよ、全盲。百パーセント目が見えないんです。それで手相鑑定が一番得意だなんて、いったいどうやって鑑定するんだと思いましたが(笑)、今まで何万人も見てきたとおっしゃるんです。
その中には王監督とか長嶋さんと有名な人もいっぱいいて、「この手相はこうだな」と言うと、「そのとおり「だ」とみんなが感心するらしいんです。
で、関西にMさんという人がいて、志賀さんと握手をしたらしいんです。そしたら、
「この人はいい人だ。だけど、これは子どもで苦労する手だな」と。全盲ですから、手相鑑定と言っても手を握るだけなんですが、それを聞いたMさんは、
「そのとおり。子どもで苦しんでまんねん」と、驚いていました。
それで、今まで何万人もの人の手相を志賀さんは鑑定したと言うんだけど、その中で一番すごい手相は私だと言うんですよ。
どういうふうにすごいのか。私も昨日初めて聞いたんですけれど、とにかく、「温かくて、優しくて、厳しくて、何でもできて、あらゆるものを超越している。
これまで深見東州名誉会長のような手には触ったことがない。世の中の誰よりも超越した、まったくこの世にないような手だ」と。
確かにあっちの世界にも行っていますからね(笑)。「超越した手相であり、圧倒的にナンバーワンだ」と、ずーっとMさんにも言っていたらしいんです。
そういう話を昨日、盲人ゴルフ大会の表彰式で聞いたんですが、表彰式が終わってから志賀さんが、「深見名誉会長、もう一回、手を握らせてください」と言うから、握手をしたら、「すごい、やっぱりすごい」と。手から出ている波動で感じるんでしょうね。
そうやって目に見えない何ものかが人に訴えるということは、絵でも書でも、あるいは歌でも何でも、自分の内面から出てくるものが一番人を動かす、ということです。
つまり、人、モノ、金を動かす、ということなんです。この世を動かす実体というのは何なのか。
その人の目に見えない内的な力なのです。
詐欺師が口先で人をコロッと騙すように、確かに言葉にも力があります。しかし、最終的に何がアピールしていくのかを考えたら、経営者自身の中身。それが一番大事ではないかと思います。
カリスマ性はどこから生まれるのか
今日、「風車の書画展」のオープニングセレモニーがありましたけれど、私たちのスタッフで、書も絵も両方とも特選で、前の年も特選という人がいるんです。技術的にはまあまあのレベルなんですけれども、お祈りしながらやっていますから、彼女の絵とか書には仏さんが入っているんじゃないかと思うんです。とにかく、絵も書もどちらも特選。前の年も特選。毎年ずっと特選なんです。
絵とか書の才能もなくはないけれども、普通のような字、普通のような絵なんです。ところが、出てくるパワーが違うんですよ、絵も書も。見たら分かります。書も絵も両方特選、去年も特選、その前の年も特選ですから。いったいなぜなんだと考えたら、やはり絵に霊力がある、書に霊力があるんです。
言葉の説得力というのは結局、こういうところから出てくるんです。やはり、普段の内面性が全部出てくるんだ、と。絵に出てくる、書に出てくる、歌に出てくると言うけれども、経営者の場合は、指示する言葉とか書類に力が出てくる。
それをカリスマ性と言うのではないか、と。数値とか言葉とか理屈では割り切れない、人を引っ張っていく力、すなわち人から好かれて、人、モノ、金が寄ってくるカリスマ性。
カリスマ美容師とかカリスマ性のある社長というのは、やはり内面に何ものかを持っているわけでしょう。
それはどういうところから出てくるのかと考えたら、さっき言った陽として出てくる前の陰の部分。
すなわち、交通経済でいうところの時間を金で買う便利さを金で買う、豊かさを金で買う、快適さを金で買うというもののまったく逆の要素です。
携帯椅子に座り続ける、寒い中で座り続ける、暑い中で立ち続ける、何時間も祈り続ける、電話をかけ続ける。考えたら間尺に合わないことです。だけど、何か善なる心を持って一生懸命やり続けることが尊いわけです。
歌の練習とか書の練習とか、イチロー選手でしたらバッティングの練習、受験生でいうと受験勉強もそうです。
受験勉強というのは、無駄なことをしてはダメですし、合格するための最短の勉強法、合格に直結する勉強法はもちろんあるんですけれども、効率のいい勉強法というか、合理性の追求ばかりを考えていたら、絶対に一流大学には通りません。
間尺に合わないかもしれないけれど、愚直なばかりに一生懸命にやっていると、問題を解く霊力が出てきて、何か知らないけれども実力が身についてくるんです。
魂が壁を越えるか、背後霊が乗り移るのか、そういう一つの目的や目標を持って、目に見えないところで黙々と努力を積み重ねていくと、すべてが御魂の恩頼となり、魂の栄養になるのです。
それがカリスマ性の中身を培っているわけです。
その人の言葉の持つ力とか文章の持つ力に触れたり、あるいは顔を見た途端に、「あ、株買います」「あ、インテリアをお願いします」「あ、派遣します」とか、とにかく、その人に会ったら、なぜだか分からないけれど、「お願いします」とつい言ってしまう。
そういうのがカリスマセールスマン。たまたまトップになったというセールスマンではなくて、毎月毎月トップという人がいます。
常にトップを維持している人は、だいたい月初めに勝負する。月初めにダーッとスパートをかけて、ある程度まで売り上げる。
そして、月末は余裕を持ってセールスをし、翌月の種まきをする。真ん中以下のセールスマンはどうかというと、月の初めはボーッとしていて、途中から「ヤバイなあ」と思って、月の中盤から月末にかけて必死に追いかけていく。こういうセールスマンは絶対に真ん中以下です。トップセールスマンは、月初めに勝負するんです。
会社でも、毎月毎月の売上を確保するためには、月の初めにガーッと勝負をかけなければいけません。
月の第一週、第二週に「やるぞーっ!」と。そして、ある程度数値を上げると余裕が出てくるから、より着実に売上を伸ばしていくことができます。
ゴルフでも、初めのほうでいいスコアを出していたら、後半は余裕を持ってプレーできますけれど、スタートでつまずいてあとから追い上げていくというのでは、なかなか優勝できません。
ですからセールスは、月の初めに勝負しなければいけません。年間を通して言うなら、年の初めに勝負をかけるべきですね。
トップセールスマンというのは、だいたいずっとトップです。真ん中のセールスマンはずっと真ん中で、下のほうの人はやはり下のままなんです。
で、上のほうのセールスマンが来たら、「あ、車買います」「あ、辞書買います」「あ、カセットテープ買います」と、思わず言ってしまう。
その人の思いの世界に引き込まれていくんです。そういう強い思いを持ったセールスマン、内面にカリスマ性を持ったセールスマン、精神力とか目に見えない力を持っているセールスマンがやはり、トップセールスマンとして君臨しています。
技術とかテクニックももちろんありますけれど、彼らは技術、テクニックを活かしているわけで、技術やテクニックだけに頼っているわけでは決してない。
では、テクニックを教えれば誰でもトップになれるのかというと、決してそうではありません。
それだけではトップになれないんです。だから、醸し出すものが一番大事なんです。
自分の意思を他人に伝える場合、言葉の果たす役割は二十五パーセントでしかない、と言われています。
では、残りの七十五パーセントは何かというと、顔の表情とか声の抑揚とか、全身から醸し出される雰囲気であるとされています。
それを考えても、目に見えない内面の精神性を磨くことが一番大事で、それをどこまで磨き上げているかどうかが経営者の実力ではないかと思います。
会社をゼロから創業して成功した人は、みんなカリスマ性があります。松下幸之助さんでも土光敏夫さんでも本田宗一郎さんでも、あるいは盛田昭夫さん
でもカリスマ性を持っていました。彼らはみな、何度も何度も艱難辛苦を乗り越えながら陰の部分を磨いてきたその結果として霊力が養われ、カリスマ性を身につけてきたわけで、それが平凡な日々を送っている人との決定的な違いなんです。
中小企業の社長が持つ、上場会社の社長に勝つポイント
その発端はどこにあるかと言えば、「ええ格好しいはあきまへん」で、こだわりを捨てるところから始まるわけです。
そして、何でも謙虚に粘り強く、できることなら度胸よくやっていく。これがなかったら中小企業のオーナーは務まりません。
会社のネームバリューでも勝てないし、従業員の数でも勝てないし、資本金でも勝てないし、売上でも勝てないし、社員の質でも勝てないし、福利厚生でも勝てないし、ネットワーキングでも勝てないし、頭脳、シンクタンクでも勝てない。
勝てないものばかりですね。勝てるのは利益です。利益なら赤字の上場会社には勝てます。それから定年退職がないことと好き勝手にできることです。
中小企業の社長は自分の好き勝手にできるんですけれども、実際に人、モノ、金が、名もなき中小企業の社長のところに寄ってくるのかどうなのかといったら、寄ってなんかきません。
そこをどうにか寄ってこさせるためには、お客さん、取引先、従業員から好かれるような社長でなければいけない。
それにはやはり、カリスマ性が要るわけです。
そういう社長の中身や社長の魅力で勝負する以外ないわけです、中小企業の場合はね。上場企業の人でこれがある人は、カリスマ社長になっています。
上場企業や外資系企業には、非常に魅力的な社長とか会長とか重役が多いですね。ハンサムで、言葉も声もよくて、あらゆるものが兼ね備わっている人がいます。
それに打ち勝つにはめちゃくちゃ個性的というか、ある意味、化け物みたいな人でないとなかなか難しい。
スマートで格好いい上場企業の社長に勝つのは、化け物みたいな社長ですね。化け物みたいな社長というのは、超カリスマ性がある。
めちゃくちゃに精神力の強い人がさらにその上を行きます。格好よくて素敵な社長の上をいくのは化け物ですね(笑)。
化け物みたいな人はいませんか、皆さんの周りにも。そういう人は例外なくものすごい精神力を持っています。
その背景にはコンプレックスとか、劣悪な家庭環境といったものがあり、それを乗り越えて培った何ものかがあるわけです。
そういうものが大事なのです。ということは、会社をやっていくうえでの難辛苦とかご神業とか、そういうものはすべて、陰の部分を培う糧になっているんだと考えなければいけないわけです。
実際、糧になっているんです。ところが、粘りがなくて、度胸がなくて、こだわりを持っていて、傲慢で、すぐ諦めて、気が小さい中小企業の社長になんか、誰もついていきません。
この目に見えない陰の部分がすごく大きな人が成功しています。そういう中小企業のオーナー、多いですね。
中小企業の社長って、変わった人が多いし、クセのある人が多いけれど、話をしていておもしろい人がとても多いです。
定年退職がないから、何歳になってもおつき合いできるし、時間もお金も自由になるし、楽しいですね。
大企業の場合はなかなか気難しいことも多くて、それなりのよさはもちろんあるんですけれど、おつき合いしていても、あまり楽しくありません。
大企業でも、化け物みたいなめちゃくちゃすごい人がたまにはいます。創業者が多いですけどね。
それから創業者の息子か孫なんかで株を全部持っていて、ほとんど思いどおりやっている人の場合、金と権限を握っていて、好き放題にできるから、めちゃくちゃおもしろい人がいます。
それに対して雇われ社長は、やはり気を遣っているからおもしろくないし、根性もないですね。まあ、それは仕方のないことです。
だから、中小企業の道を目指すのであれば、その道で徹底するしかない。
大企業が何だ、赤字の上場会社よりは勝っているんだ、五万円利益があったんだ、一千億と一千万の億と千、漢字一つの違いじゃないか、どうってことないじゃないか、こっちはゼロから会社を立ち上げたんだ、と。そのくらいに思っていなければダメですね。
艱難辛苦を乗り越えていく下魂セミナー
今日は、研に新しく入った人が三割ぐらいいらっしゃっているので、めちゃくちゃ重たい思いをしましたけれども、私にとって非常に迷惑なアピールポイントが研の案内文にあるんです。
間違っているわけではないんだけれども、「深見先生とお近くでお話ができます」と。確かに近いです(笑)、確かにね。
名前を覚えたら、気持ちも近くなります。ですから、清々しい方たちばかりな私も喜んで近づいていくんですけれど、初めての人はどうしても、初めてという緊張感も持っていて、目に見えない重さもいっぱい持っていますからね。そういう人たちが多いと、めちゃくちゃ大変です。
それで、富士山の上でやるとか、明け方四時ごろに集合するとか、そういうときは、来れるものなら来てみろという気持ちでやるんですが、それでも来る人がいるんです。
しかし、そういう人に対しては私も、「あんたは偉い!」と思ってやるわけですけどね。なるべく楽にお取り次ぎをしたいという意思がないわけではないんですけれど、会場をなるべく来にくいところ、たとえば富士山の上とかオーストラリアのバースとかに設定するんですけれども、それでも参加する人が必ずいるんです。
で、アラスカのタルキトナというところで、こんなでかいマスが釣れるんですけれど、「マッキンリーを見ながらマス釣りをしませんか。
アラスカのタルキトナに集合」と言ったところで、誰が来るんですかね。来たら、どんなことでもやってあげようと思いますけどね。まあ、いつもと同じメンバーが来るんじゃないかと思うんですけれどね(笑)。
その昔、稚内でやった「下魂セミナー」というのがあります。北海道の稚内。これは遠いですね。「北方領土を返せーっ!」て、海の向こうに叫ぶ。それだけのことだったんですけれども、今度やるとしたら南の端、鳥島。
これを中国は島ではなく岩だ、だから日本の領土じゃないと言っている。
「これは日本の領土だあーっ!」ということを言うために、鳥島へ何日もかけて船に乗って行く。
バカみたいな話でしょ。そういう下魂セミナーというのをやったことがあるんです。
