第三章 グローバルな視野で、未来の可能性を求める
愛の心でつながる、深見東州と世界の友人たち マイケル・ボルトン、ジャッキー・チェンらがクリスマスの夜を飾った
ジャッキー・チェン、マイケル・ボルトンらが、サプライズゲストとしてやってきた!二〇一七年末の十二月十九日から三日間、「クリスマス絵画コンサート・ダンス爆発・ジュエリー・時計展示会」(主催・一般財団法人東京芸術財団、共催・株式会社ミスズ、たちばな出版)が、東京・恵比寿のウェスティンホテル東京で行われた。
その三日間毎日のように大物ゲストが来場し会場を沸かせた。サンタも驚くクリスマス・ハンダナイトだった。
主催した半田晴久(深見東州)氏は、この東京芸術財団の会長、ミスズの社長など海外と国内の多くの会社や団体を率い、芸術や福祉活動などあらゆる分野で活躍している。
深見氏は、世界の大物と初対面で意気投合して親友になる。人間じゃない、とまで言われる深見東州とは何者なのか?その謎を解くカギが、このクリスマスパーティーの三日間にあった。
《第1日》踊る会長。ダンス、時計に絵画、スペシャルゲストに沸く会場
サンバの音楽に乗って、サンバダンサーたちが現れたと思ったら、なんとその先頭に半田晴久(深見東州)氏が踊っているではないか!これには満員の会場も大喜び。
セクシーで強烈なサンバのダンス、それに負けない深見氏の踊り。さらに深見氏はチアリーダーたち、ランバダダンサーとも軽妙に踊った。
踊る深見氏、自らダンス爆発のおもてなしだ。雑誌『GG』の編集長が、深見氏の体力に驚いたというが、深見氏こそベストGGだろう。
こうして始まったクリスマスパーティー会場には、ハイゼック、ヤーマン&ストゥービ、カトレックスなど「ハンダウォッチワールド」の48の高級ブランド腕時計、そしてジュエリーが各ブースにザックザクと展示され、周辺には深見氏の絵画八十数点が展示された。
中でも高級腕時計「クエルボ・イ・ソブリノ」にひときわ注目が集まっていた。クエルボ・イ・ソブリノはキューバ生まれ。キューバ革命後に休止したが、その後スイスで復活したラテンテイストのブランド。「スイスのハートにキューバのスピリット」と言われる名品である。
半田(深見)社長が率いる株式会社ミスズは、このほど名古屋に時計店を開店した。西荻窪吉祥寺店に次ぐ出店で、時計販売業界を震撼させている。自身も有数のウォッチコレクターとして知られている。

会場では、あふれるほどの来場者が、腕時計やジュエリーに胸をときめかせ、また深見氏の絵に見入っていた。そういう中で深見氏のミニ・クリスマスコンサートが始まる。
「ベッサメ・ムーチョ」、山下達郎の「クリスマス・イブ」などを歌い、クリスマスムードが盛り上がった。
《サプライズゲスト 叶美香のダイナマイトパワー》
セクシーでファッショナブルな叶美香は、男性にも女性にも人気がある。サプライズゲストとして叶美香が登場した。
胸元が大きく開き、深くスリットの入ったゴールドのスパンコールドレスに、会場は大いに沸いた。姉・恭子のコーディネートだという。
「ファッションは姉がコーデしてくれます。姉が買う服を選ぶと、「こんな(スリットの深い)ドレスが?』と思うようなものを選びますが、そういう服は、その後カンヌやレッドカーペットでヒットするので、姉がいいと言うファッションは信頼してます」と話す。時計についても、「時計は出会い、アッと思ったら買います」と、深見氏の言う「ときめき感」を大事にしている。
「サンバダンサーやランバダダンサーを呼んだのも、叶美香さんの爆発的パワーに負けないためなのです」と深見氏が言う通り、叶美香パワーはすごかった。
《サプライズゲスト 人気プロレスラー八人が舞台を圧倒》
第一日のメインイベントは、八人のプロレスラー軍団の参入だった。プロレスファンの深見氏との交流は長い。
武藤敬司、蝶野正洋、西村修、ザ・グレートサスケ、ジャガー横田、ブル中野、井上京子、Sareeeという豪華メンバーたちが、おのおのの腕時計を巡る爆笑トークでバトルした。
武藤がハイゼックのフェノミナ、蝶野がアビスを腕に巻いて値段の高さを競う。ジャガー横田は、時計のお礼にと、なんと深見氏をコブラツイストで攻める。これには超人深見氏もギブアップ、大爆笑のバトルだった。
サンバ、叶美香にプロレスラー、深見氏は、あらゆるものを自然体で自分のものにする。
《第2日》マイケル・ボルトンと絶妙トーク&歌の競演
《サプライズゲスト キティちゃんキャラたちが勢ぞろい》
サンリオピューロランドの目玉は、ミラクルギフトパレードだ。大人気のハローキティちゃんはじめ、人気キャラがパレードする。マイメロディ、ぽんぽこりん、ダニエルくんにぐでたまなど、サンリオのトップ10キャラがステージに勢ぞろいしたから、びっくりだ。勢ぞろいなんて、めったにないことだから。
どきどきはじめるハート♪可愛いテーマ曲が流れると皆が踊る。♪虹の橋がみんなをつないでいる♪すると深見氏がキャラたちと一緒に踊っている。
キャラ仲間になったように、自然体で溶け込み踊っている。深見氏は”永遠の子供心〟を持った大人なのだ。
経営者でありながら、一方ではオペラ歌手、能楽師、画家、作家など万能の天才と言われる人が、可愛いキャラになり切って踊る。
驚くべき人だ。一日目に、「変面」のパフォーマンスが観客を驚かせていたが、深見氏もそれ以上の変面キャラだと言える。
ダニエルくんが困った時のポーズをとると、深見氏も真似して後ろを向いて肩をすくめる。そのしぐさも可愛いと満場が大喝采。こんなことができる、可愛い人はそういないだろう。
《サプライズゲスト マイケル・ボルトン 二人とも人間じゃない?》
二日目圧巻のゲストはこの人、グラミー賞複数回受賞、世界で最もセクシーな歌手と言われるマイケル・ボルトンだった。
深見氏とボルトンは、かつてシンガポールで出会い、ゴルフをし、マイケルのコンサートで深見氏が歌ってすっかり意気投合した。
そして、お互いに、リスペクトする関係になった。深見氏は、その後武道館や横浜のコンサートにマイケルを招き、共演するほどになっていた。
「マイケルに初めて会って歌ったとき、彼はまるでギリシャの神様、聖なる存在のようだった。人間じゃないみたいだと思った。
そうしたら、彼も僕のことを人間じゃないみたいだと思ったという」と、深見氏は最初の出会いを語った。
そのマイケル・ボルトンが、「ハンダウォッチワールド」のアンバサダーになったのだ。
さて聖なるマイケル・ボルトンの登場に会場は興奮した。この日マイケルはノドの調子がすぐれないということだったので、マイケルには座ってもらい、深見氏は軽やかにトークを交わす。
深見氏は「(ノドの調子が悪い)マイケルに、マイケルカと聞くと、マイケマスと言った」といきなりギャグの発射で会場をわかせる。

深見氏は、マイケルを横浜のコンサートに招いた時のことを語る。深見氏が会場の観客に「マイケルは、アイラブユーをアイラブ・ヒューと歌う。
でも、ここで笑ってはいけません」とことわったのに、マイケルが「アイラブ・ヒュー」と歌った瞬間、会場に笑いが起きたのだ。マイケルも一瞬「何?笑うところではないのに」と思っただろう。
このときのことをマイケルに伝えると、彼は笑いながら、「それも(ヒューというのも)、皆さんへの愛を発信するメッセージです。
世界のすべての人たちを愛するという表現です」と返す。「さすが、マイケルは言うことが違うね」と深見氏。
さて、傍らに座るマイケルのそばで深見氏が歌うことになった。すごいことだ。「マイケルは最もセクシーなシンガーで、私は最もおかしなシンガー」と、深見氏がジョークを連発する。
マイケルは、「半田先生が話すと、なぜ皆が笑うのですか」と首をかしげる。同時通訳者がマイケルに説明すると、「ハハハ」と笑った。名通訳でギャグが通じた。
「それではマイケルに、フライミートゥ・ザムーンを捧げます」と深見氏。
まず、「トニー・ベネットは、フライミーと長く伸ばす国際線的ですが、マイケルは、フライミートゥーと短く歌う国内線的です。この二人のミックスバージョンです」と笑わせる。深見氏が歌うとボルトンは、「ブラボー!!」と拍手した。マイケルはふと足元を見て言う。
「ところで、ここにいろいろなボトルがおいてあるけど、スペシャルマジックの何かが入っているのでしょうか。
さては、エネルギードリンクですね」。酸素吸入の機械もあるのを見て、「酸素が必要ですか」と言う。
すかさず深見氏がマイケルに酸素を吸わせると、マイケルは気持ちよさそう。
「酸素は血の巡りをよくするのです」と深見氏が言うと、「私は酸素は十分にあります」と返す。ボケと突っ込みの絶妙なやり取り。深見氏しかできない至芸だ。
深見氏は「アベマリア」、「アメイジンググレイス」をたて続けに歌った。
「関西では、お茶を飲みに行くことを、「茶しばこうか』と言います。アメイジンググレイスしばこうか」と言って熱唱した。これには、ボルトンも「美しかったですね。
センセイ(深見氏)の歌を聞いて、私もこの歌を歌おうと決めました」と言う。感銘したようだった。
「イルミネーションがきれいですね」と感心していたボルトンは、一曲歌う気になった。「本日はお招きいただき、ありがとうございます。
半田さんの歌はあと一時間は楽しめましたね」。そう言って、スタンダードナンバーのクリスマスソング「ハブ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」をしぼいた。
さすがに聖者の歌声、その素晴らしさに会場は割れんばかりの大拍手。最高のクリスマスプレゼントを贈ったボルトンだった。
世界的歌手とこんな絶妙なキャッチボールができるのは、深見氏以外にはいないだろう。
《第3日》愛の心でつながる ジャッキー・チェンと深見氏
《サプライズゲスト マイケル・ボルトン ジャッキー・チェンとは二分で友達になった》
三日目も、サンバ、ランバダ、チアダンスのパフォーマンスが披露され、深見氏も先頭に立って踊った。
そして待ちに待ったジャッキー・チェンが、その代表作「プロジェクトA」のテーマ曲に乗って、にこやかに舞台に登場した。
すると、満員の会場は興奮のるつぼと化した。ジャッキーの長年のファンも大勢来ていた。
ジャッキー・チェンは香港映画で活躍した後、ハリウッドでも活躍し、今は中国を本拠地にして映画製作などで多忙な日々を過ごしている。
そんなジャッキーが、このクリスマスイベントのためだけに、自家用ジェット機でやってきたのだから、奇跡と言うしかない。それは、深見氏との絆がもたらしたものなのだ。
「ジャッキーさんは、二〇一一年の東日本大震災の時、日本を助けてくれました。ありがとう」と深見氏が紹介すると、ジャッキーも「日本の友達やファンに長年応援してもらって感謝してます。
中国や香港でも何かあると日本が支援してくれます。地球は一つだから、みんなで助け合うべきです」と挨拶した。
今回ジャッキー・チェンは、「ハンダウォッチワールド」のアンバサダーに就任した。そのきっかけを深見氏は語る。
「私たちが、カンボジアで地雷の被害にあった子供たちのために運営している病院に、二回も慰問に来てくれたのです」。
そのカンボジアについてジャッキーは、「病院の外で、子供たちが(サッカー)ボールをけっていたのですが、みんな義足でうまくけれない。
そして、遠くにボールが行くと、だれもボールを取りにいかないのです。そこに地雷があって、踏むと死ぬからです」と言う。

深見氏とジャッキー・チェンは、チャリティ精神でお互いをリスペクトしていて、絆を深めたのだ。
「ジャッキーは中国で二十七校の学校を建てているが、ボクは百三十校建てています。少数民族の女の子が教育を受けられなかったり、戸籍に入ってない子供が無数にいる。
そういう子供たちのために、中国人の半分が属する婦女連合会と協力し、成績優秀な少数民族の女の子を北京に呼び、高校や大学を卒業させてあげるのです」と深見氏が言うと、ジャッキーは「半田さんや僕のような、愛の心が皆さんにあれば、この世に戦争はありません」と言う。
「愛の心」でジャッキーと深見氏は絆を深めているのだ。
大の映画ファンでもある深見氏は、ジャッキーと映画談議に入った。するとジャッキーが「半田先生、映画に出演しませんか。
出演していただいて、僕が監督で半田先生に脚本も書いていただきます。お金は半田先生が出します」と言うと、会場はどっ沸いた。
そのジャッキーの評伝を読んだ深見氏が、ジャッキーを見ていたずらっぽく言う。「伝記を読むと、ジャッキーは体のあらゆるところを骨折していますね。
でも、ただ一か所骨折してない骨がある。どこかと言うと、恥骨なんです」と言って二人は大笑い。
股間を抑えて、おどけて飛び跳ねる深見氏を見てジャッキーは、「セクハラセクハラ!」と指さす。どこまでも仲良しな二人だ。
ところがこの二人、直接会ったのは、前の晩が初めてだというから驚く。あまりにも打ち解けている二人に、周りの人が、「知り合ってどれくらいたつのですか」と聞くと、「知りあって二分」だと言う。二人は、まるで長年の友人のように語り合ったという。
ジャッキーは、中国戯劇学院にいた貧しい子供の頃のことを振り返り、「子どもの頃はわんぱくでした」と言うと、深見氏は「今もワンパクだけどね」と、返して笑い合う。
「子どもの頃は自分のことしか考えていなくて、他人のことなど考えなかった。でもチャリティを始めて、人としてやっていくということは、どういうことなのかを教えられました。
人はどれだけパワーとお金をもっているかではなく、どれだけ他人を助けられるかで決まります。
今は、チャリティは自分の仕事だと思っています。一番幸せなのは、世界中の人が僕と一緒にチャリティをやってくれることです。
昔はワンパクでしたが、今は良いワンパクです」とジャッキーが語る。これには、深見氏もうなずき、「僕も良いワンパクです」
ジャッキーは現在、第二の「ウィ・アー・ザ・ワールド」プロジェクトを進めている。「ワン・ワールド・ワン・ラブ」という。歌手のライオネル・リッチーと共同で、世界中の仲間たちに呼びかけ、みんなで集まって平和の歌を歌うことを考えている。

まさに、深見氏の目指す方向と合致する計画だ。深見氏もそのアイディアに呼応した。「音楽、スポーツ、芸術は国境を越えた存在です。この計画に腰を上げない人は、ジャッキでつるしてチェーンで持ち上げましょう」と、シメのギャグでエールを送った。
「今日は、ジャッキーの良いところをたくさん見てもらおうと、出演してもらいました」と観客に語る深見氏。
愛の心でつながった、良いワンパクの二人がチャリティの輪を広げ、これから世界を良い方向に動かしていってほしいものである。
三日間のクリスマスパーティーは、大成功のうちに終わったのだった。『月刊TIMES』 2018年4月号
■ 第5回 世界オピニオンリーダーズサミット(1)
未来を見据える、深見東州と国際政治のリーダーたちが日本と世界の明日を語った!
二〇一九年十月十七日、東京・高田馬場で、第5回「世界オピニオンリーダーズサミット」が開催された。
NPO法人世界開発協力機構(WSD・半田晴久総裁)主催によるもの。今回は、カナダ前首相スティーブン・ジョセフ・ハーパー氏を招き、日本から国際政治に詳しい専門家や政治家らが参加。
パネルディスカッションを行い、「G7、 G20の中で、日本はどうあるべきか」をテーマに、世界平和と日本の明日を語った。深見氏は、世界の優れたオピニオンリーダーたちを日本に招き、議論を交わすことで、日本にもグローバルな総合視点から物事を捉え、未来を見すえる、現代のリーダーが育つ事を願っている。
世界を見すえて活動する深見氏の構想に限りない未来の可能性を感じた。
《その1》マスコミの注目が集まったハーパー前カナダ首相の参加と基調講演
国際的なオピニオンリーダーは、スピーチも上手である。論理的なスピーチの中にユーモアをまぜ、印象的なフレーズで聞く人の心を動かす。かつての米国大統領J・F・ケネディや前米国大統領バラク・オバマのスピーチは、多くの人に強い印象を残している。
今回のサミットのスペシャルゲスト、カナダの第22代(再選などを入れると第28代)首相・スティーブン・ハーパー氏の基調講演も、素晴らしいものだった。
「世界オピニオンリーダーズサミット」は、二〇一三年にWSD・半田晴久(深見東州)総裁の呼びかけで始まった。それは、「世界平和と日本の貢献」をテーマに、世界の頭脳や叡智を呼び、そこから大局観や独自な見解を学ぶシンポジウムだった。
その年に第1回と第2回が開催され、今回で第5回となる。
そこには、毎回驚くようなスペシャルゲストが参加してきた。第1回にはトニー・ブレア元英国首相、第2回には、ビル・クリントン元米国大統領、第3回には、ジョン・ハワード元オーストラリア首相と元フィリピン大統領のフィデル・ラモス、そして第4回には、バラク・オバマ前米国大統領が参加。
まさか、この人が来るとはというゲストが毎回登場して日本中を驚かせた。毎回、計り知れない半田晴久(深見)氏の実力を感じる。

深見氏はオピニオンリーダーについて、こう述べている。
「現代のオピニオンリーダーは、グローバルな総合的視点から、物事を見る見識が問われます。
そういう、教養の厚みや実績のある人物は、イリオモテ山猫や冠ワシぐらいの数しか、日本にはいないのです。
だから、世界中から優れたオピニオンリーダーを日本に招き、世界と日本、アジアの未来を予測し、熱い議論を交わすのです」「世界オピニオンリーダーズサミット」の大きな意義がここにある。
今回は、「G7、G20の中で、日本はどうあるべきか」というテーマで開催された。主催者、そしてモデレータを務める半田晴久氏は、日本の正装である着物で登場し挨拶をした。
まず聴く人に基本的な理解をしてほしいということで、保守とリベラルの違いを説明した。
そして、保守党であるハーパー氏の今回のサミット参加は、特別な意義があると語った。
「保守は、レセフェールつまり自由放任主義を守るという立場で、減税派で小さな政府を持つ志向です。
民主は、規制して、パイを平等に分けるために増税し、大きな政を志向します。
そして、ハーパー氏は新しい保守党を創設し、首相として9年半保守政権を率いました。
現在は野党ですが、実は十月二十一日にカナダでは総選挙があり、お忙しい中での来日です」(カナダの総選挙の結果、与党の自由党が僅少差で勝利した)。
「本日は10局以上のテレビが取材に入っています。 You Tube では、オンタイムで放映されます。なぜこれだけ注目されるのかというと、ハーパー前首相が退任後、メディアの前で語るのは、初めてだからです。
それは、日本への信頼感があるからです」と、メディアの期待の大きさを物語った。
「テレビと言えば、ハーパー氏は「ナポレオン・ソロ」のイリア・クリアキンに似ていますね。
それだけ、スター性を持っています。今回はハーパー前首相の基調講演をお願いしましたが、彼の話は、論理明快でオリジナリティがあり、具体的でわかり易く、説得力があるのです」と半田氏は紹介した。
またパネルディスカッションの参加者として、安全保障や外交に通じた外務省出身の政治家と専門家を招き、ハーパー氏との熱い討論を期待させた。城内実・衆議院議員、末松義規・衆議院議員、松川るい・参議院議員、そして伊藤剛・明治大学教授の4氏である。
ハーパー前首相の名スピーチ、その極意
そして、ハーパー氏の基調講演が始まったが、その明快さの要因は、「二つのポイント」に絞って話をまとめていくところにあると、モデレーターの半田氏が解説する。
ハーパー氏はまず、今回が6回目の訪日に際し、二つ言いたいことがあると述べた。「一つはラグビーの素晴らしい成績を祝い、ラグビーのWC開催に感謝します。
二つ目は、台風で大切な人をなくされた方々に心よりお悔やみを申しあげます。そして、日本人の強靭さと前に進む気持ちに感動したことです」と、冒頭から二つのポイント話法が飛び出す。
「分断の時代のリーダーシップについて、地政学的事象の二つの要因を挙げたい」と言う。
「一つは、ITやAIなどの技術革命です。これによって破壊と分断がかつてないスピードで広がっています。
例えばスマートフォンによって、世界中の人が瞬時に大量の情報を受け取り、またSNSで自らも発信できるので、政治的ネットワークも作れるのです。
もう一つは、経済のグローバル化です。冷戦の終結により市場経済に移行し、欧米など格差が広がった国もあるが、約10億人が貧困から脱却して中産階級になった。
特にアジアの途上国でみられます。高所得層とそうでない人の格差も広がっています」とハーパー氏は続ける。
「これらの要因によってもたらされた、地政学的な二つの結果を挙げると、一つは中国の台頭です。中国はこれまで以上に国家資本主義に向かおうとしています。
もう一つの結果は、欧米社会で起きている様々な分断の拡大です。ポピュリスト対エリートという両極化が進んだのです」と明快に斬る。
「その中から、中国の習近平と米国のトランプが出現しました。習近平の中国は、国家資本主義と一党独裁の国家です。新しい技術を活用し国家による監視と統制をしています。
習近平は野望を明らかにしています。一帯一路政策、軍事力の増強などで大国を目指しているのです。
トランプもアメリカ第一主義で、中国への視点を変化させ、競争相手として不公正な貿易を是正しようとしているのです」と、二つの大国の脅威を語る。

「しかし私は、民主主義と自由こそが人々の望むものだと思います。問題に耳を傾け、過ちを正す。それが欧米の民主主義だと思うのです」とハーパー氏は希望を語った。
こうしたなかで、「では日本とカナダでできることは何か」について提言した。
「日本とカナダは、他の国とも協力して、世界秩序を維持することです。自由貿易の枠組みの中で、日・米・カナダの結びつきを強めることが大切です。両国がメンバーであるG7が最も重要です。
各国が経済モデルを共有し、民主的な制度で知性的な価値観を持ち、国益も共有しています。だから、G20よりも結束しやすいのです」。
そしてまた、そのために二つのことが必要だと述べた。
「一つはG7の存在感を、アジア太平洋側で拡大すべきです。そのために加わったほうがいい国は、オーストラリアと韓国です。
もう一つは、アメリカがもっと友好国、同盟国を大切にすることです。我々もアメリカに対して、よりよいパートナーになる「べきです」と今回のサミットを実現した、半田晴久氏に対し感謝の気持ちを伝えて締めくくった。
この基調講演を受けて、モデレーターの深見氏が解説した。
「ハーパー氏の講演が素晴らしいのは、スピーチの内容をすべて”二つのポイントにまとめている”からです。
まずポイントを二つあげ、さらにその二つのポイントを、おのおの二つに分けて深めるのです。
だからロジックが明快でわかり易い。さらに、そこに明確な具体例があり、独自の意見があるので、面白くて説得力があるのです。

アメリカや日本、イギリスなどでは、論点を三つに絞る傾向があります。しかし、フランスのアカデミズムでは、強引でもいいから、論点を二つに絞れと言います。
その方がよりわかり易く、より説得力があるからです。私は、英語流で三つに絞りますが、二つの方がより良いでしょう。
ですが、私の場合は、論理明快、ギャグ満載ですが」と言い、ハーパー氏を、「なんと素晴らしい基調講演だったでしょう。こういう方には、もっと世界の舞台で活躍してほしいと願います」と称えた。

カナダ首相を退任後、マスコミの前で語ることのなかったハーパー氏が、今回のテーマにふさわしい貴重なスピーチを披露した。誰もなしえないことを成し遂げる、国際人深見氏は、世界を動かしていく。
(次号《その2》に続く)
『月刊TIMES』 2020年2月号
■ 第5回 世界オピニオンリーダーズサミット(2)
世界の平和のために、日本のリーダーシップが期待される
二〇一九年十月十七日、東京・高田馬場で、スティーブン・ジョセフ・ハーパー前カナダ首相を招聘して開催された、「第5回世界オピニオンリーダーズサミット」(主催: NPO法人世界開発協力機構・WSD・半田晴久総裁)。
「G7、G20の中で、日本はど「うあるべきか」をテーマに、日本からも国際政治に詳しいパネリストが参加、世界平和と日本の明日を語った。
第一回で紹介した、ハーパー前カナダ首相の基調演説をふまえ、今回はパネリストたちとの熱い議論を紹介する。モデレーターを務めた深見氏のリードぶりも鮮やかだった。
《その2》世界平和のためにリーダーの目指すこととは
「サミットは、参加者が自分の意見を述べるだけの場ではなく、アーギュメントが面白くなければいけない」と言う半田晴久(深見東州)氏。
ハーパー前カナダ首相の明快な基調講演の内容を受け、引き続きパネルディスカッションが行われ、深見氏が「G7やG20の中で、日本はどうあるべきかを議論する」と紹介した。
パネルディスカッションの参加者は、城内実・衆議院議員、末松義規・衆議院議員、松川るい・参議院議員、そして伊藤剛・明治大学教授の4氏。いずれも安全保障や外交に通じた、外務省出身の政治家と専門家で、ハーパー氏との熱い討論を交わした。
ハーパー氏のスピーチにならい、「二つのポイントでお話します」と、スピーチの法則を生かしたパネリストもいて、和やかに議論が進められた。
自由民主党の城内実衆議院議員は、G7の重要性が増すと言うハーパー氏の意見に賛同した。外務省時代にドイツ統一を現地で体験したことから、「東ドイツの人々がいかに自由主義、民主主義に飢えていたかを実感し、これからもG7が中心となって、基本的な価値観を世界に訴えていく必要がある」と述べた。
また、「日本とカナダは自由貿易や環境対策の二つで一致しているから、オーストラリアなどを加えて協力していきたい」と加えた。
立憲民主党の末松義規衆議院議員は、野党の立場から保守政権に注文をつけた。「技術革新が進むことで、国民が自分で情報発信ができるようになった反面、プライバシーの保護問題や、国が国民を情報統制し管理するという危機感がある」。
また経済のグローバル化で外国企業との競争が激化し、労働者の賃金や消費力が下がることなどの問題点を挙げた。

モデレーターの深見氏は、「現在習近平とトランプは、かつてのヒトラーに似ている面がある。歴史的に同じ間違いを繰り返さないようにしないといけない。
政党は、真ん中からちょっと右とちょっと左の政党が、歴史的に見て健全な政治が行われます。そういう意味で、野党も頑張ってほしい。
また、強い与党と負けない程強い野党があり、常に活発な議論があってこそ、健全な政治が行われるのです」と、野党の末松氏を励ましながら巧みに議論の舵を取る。
自由民主党の松川るい参議院議員は、「グローバル化と中国の台頭は、まさにその通りだと思う。中国の台頭について思うことは、一党独裁の中国の強みは、意思決定が早く長期的な政策が可能な点にある。
長期政権が少ない民主主義国家はどう対抗すればいいのか」と、ハーパー氏に問いかけた。
松川議員はまた、「アメリカのリーダーシップを補うという点で、日本とカナダは、この変革期の中で、協力してやれることが多い。
半田さんのいう地経学や地政学の見地からみて、海洋国家ネットワークができると思う」と述べた。
ハーパー氏は、「独裁的な政権であっても、長期計画が実現するかは疑問だ。かつてのソ連の長期計画は必ずしもうまくいかなかった。
中国は確かに一党独裁で長期政だが、躍進した理由は、起業家精神が自由化され、国内に多くの起業家が育ったことである」と答えた。
松川議員は、「アメリカと中国は、アニマル的な精神が似ていると思う」と言う。
深見氏は、「夢とビジョンに向けてワーッと突進する点で、米中は似ています。
そのためには、民間のエネルギーと活力が大事なのです」と答えた。「松川さんとハーパーさんの、長期政権の善し悪しについての議論が盛り上がりましたが、こういうアーギュメントこそがパネルディスカッションの面白さなのです」と、深見氏は終始議論をリードした。
リーダーが目指すべきことは、大部分の人が恩恵を受ける包括的成長
国際政治を専門とする伊藤剛教授は、「現在の日本経済は金融経済の時代になって、マネーがマネーを呼ぶ構造です。
保守である自由民主党のもとで、労働者の給与は横ばいである」と、金融政策をしっかりやることが、リーダーとして必要だと述べた。
「より多くの人が豊かで幸福になる社会にするために、政治家やリーダーはどうあるべきか」と問いかけた。
ハーパー氏は、「経済の変化が激しい時代、リーダーは一部の人だけが恩恵を受け るのではなく、国民の大部分が恩恵を受ける、包括的な成長を目指さなければならない」と答えた。
そこで松川議員は、「包括的成長を遂げるためには、どうしたらいいのでしょう」と尋ねた。ハーパー氏は首相在任中の政策を振り返り、「自由貿易を追 求し、カナダの連邦税を最も低い水準まで引き下げ、所得税や法人税、消費税までも 下げたことで、労働者とその家族が恩恵を享受できるようにした。
また、貿易の大きさがアンバランスをただし、自由貿易の恩恵を受けるための政策を進めたのです」と述べた。
日本が包括的成長をするためには、どうしたらいいのだろうか。
城内議員は「適正な所得分配のためには、環境にも配慮した適度な経済成長が必要です。日本の企業の97%が中小企業です。
これら、中小企業や低所得者層の底 上げが必要です」と述べた。
また「5年後10年後にやる公共事業を前倒しして、電柱の地中化などの仕事を創り、賃金を上げれば景気も良くなるはずだ」と力説した。
末松議員は「最低賃金を上げるために、中小企業への兆円規模の国家的支援が必要です」と言う。
ハーパー氏は「カナダの首相として、リーマンショックの時代、金利引き下げなど金融政策で対応しました」と語る。
深見氏は「リーマンショックの時代、最初にカナダが復活しましたが、その時の首相がハーパー氏でした。理論と実行力があるので、G20の中でも、各国に呼びかけて経済の新たな枠組みを作ったのです」と紹介した。
この点をハーパー氏は、「二〇一〇年トロントでのG20では、各国に、金融や財政などの目標設定を求めました」と語った。
ここで、深見氏は話題を変えた。「G7、G20、ASEAN、EUの共通課題は何かというと、地球の環境問題、伝染病対策です。プラスチックごみ問題もそうです。
これらのルール作りをするのもG20の仕事で、日本はその提言をすべきです。
そして、国益と国益がぶつかった時に、トランプが使う〝脅迫と取引き”というディールが必要なのですが、日本の政治家はその点どうでしょう」と問題提起をした。
この点について、松川議員は「二〇一九年大阪で行われたG20サミットでも、デジタルデータの流通の枠組みやプラスチックごみの問題に関する同意書を採択できた。
日本の信用力、リーダーシップとディール力を発揮できた」とアピールした。
城内議員は、「欧米のポピュリズムは、勝ち組という従来のエリートへの反発から出てきている。
今後は、リベラル対保守の対立を超えた考え方や、欧米とアジアの長所を取り入れた日本の価値観が、世界で評価されるのではないか」と言う。
伊藤教授も、「環境、人身売買、SDGs(国連総会で採択された、持続可能な開発目標)への対応など、日本がグローバルな課題に向けて提言していく中で、共通の課題をたくさん持つカナダとの協力に期待したい」と結んだ。
最後にハーパー氏は、以下のように締めくくった。
「戦後、日本は目覚ましい発展を遂げ、国際的な経済大国になった。国民は平和を愛し、規律を守る勤勉さを持っている。
交通の乱れで二時間待たされても、じっと待っています。
もっと、自己主張をしてほしいと思います。そうすれば、この国民性で、今後の世界で一層発展をしていくでしょう」

「第5回世界オピニオンリーダーズサミット」は、世界と日本が目指す方向にとって、大きな成果を挙げた。世界平和のために、日本のリーダーたちにかかる期待は大きい。
パネルディスカッションを通して、深見氏が終始議論をリードし、そのモデレーターぶりはきわだっていた。また、日本の正装である着物姿の深見氏は「日本の着物に自信を持ってほしいのです」と言う。
国際的な場であればあるほど、そうあるべきなのだ、とも。
「教育に人一倍情熱を持つ」深見氏には、ぜひ、国際的なリーダーを育ててほしいと願うものである。
■ 「ハンダウォッチワールド」 仙台たなばた時計店開店
顔もハートも似ている、深見東州と藤岡弘、歌とトークと時計で、復興の街 東北・仙台を盛り上げた
「パンダだねー、かわいいねー、サンバだねー、セクシーだね」
「ハンダウォッチワールド!」
俳優で武道家の藤岡弘、氏が、腕時計を6本ずつ両腕につけて叫ぶ。インパクトのあるキャラクター藤岡氏のCMが、テレビ画面いっぱいに踊った。これには東北っ子もびっくりだ。
二〇一八年十一月二十六日、東北第一の都市仙台の中心街、クリスロード通りに「エ ANDA Watch World・仙台・たなばた時計店!」(株式会社ミスズ)
半田晴久社長)がグランドオープンした。そのためにこのCMが、東北のテレビ6 局と新潟、そしてその後全国にも放映された。
キャラクターを務めた藤岡弘、氏は、「H ANDA Watch World」のアンバサダーとして、時計店のオープニングにも参加した、
仙台時計店のオープンに先立ち、二十五日に江陽グランドホテルで「ときめく・紅葉盛りコンサート」(東京芸術財団主催会長半田晴久)が開催された。コンサートのゲストには、俳優の藤岡弘、氏が駆けつけ、半田晴久氏(深見東州)との豪華な競演が実現した。
深見東州氏は、この時計店オープンで仙台を拠点に、東北の復興を応援したいと言う。常に社会貢献をモットーとする深見氏のパワーが東北に注がれる。
コンサートから時計店オープンまで、深見氏のマルチな活動を追った。

コンサート開始早々、あのテレビシリーズ「仮面ライダー」の主演俳優・藤岡弘、氏が叫びながら登場した。深見氏もライダーキックをし、二人は仮面ライダーの主題歌「レッツゴーライダーキック!」をデュエットした。これには満員の観客も大興奮。
続いて二人は「戦え!仮面ライダー3」を歌う。仙台の秋の夜は仮面ライダーに揺れた。
「HANDA Watch World・仙台・たなばた時計店!」のグランドオープンイベント「ときめく・紅葉盛りコンサート」は藤岡弘、氏のゲスト参加で盛り上がった。
さらに藤岡氏と深見氏が並ぶと、二人が似ているので皆びっくり。世の中には自分に似た人が何人かいると言われるが、深見氏と藤岡氏は本当によく似た二人だ。
以前二人はあるホテルの入り口で偶然出会った。その瞬間二人はともに「オオ、似てる」と思ったという。
また深見氏が初めて安倍首相とゴルフをしたときのこと。深見氏を見た安倍首相の第一声が「初代仮面ライダーの藤岡弘、さんに似てますね」だったと言う。
「二人が似ているというのは、総理大臣安倍さんのお墨付きなのです」と深見氏。
今回のグランドオープンイベントのポスターや新聞広告に二人の写真が載っていた。笑顔の藤岡氏に対して深見氏も珍しく笑顔だ。
実は二人は似ているというので、深見氏がしゃれて自分も笑顔の写真にしたという。常に粋でユーモア精神を発揮する深見氏。
今回深見氏は、「HANDA Watch World」のCMキャラクターとして、藤岡氏を起用。「時計男篇」「ダジャレ篇」を放送した。ギャグをまじえたコマーシャルは、深見流アッと驚くインパクト百倍の効果。深見氏はCMプロデューサーとしても、度肝を抜くアイディアを見せた。
中島みゆきの詞をかみしめて歌う
今回の「ときめく・紅葉盛りコンサート」で深見氏は、ご当地仙台の「青葉城恋唄」(佐藤宗幸)、自身のオリジナル曲「仙台の女」をはじめ、ジャズ、アニメソングなどを歌ったが、「詞の内容が深く東北で歌うのにふさわしい」と、特に中島みゆきの曲を数曲、思いを込めて歌った。
「糸」「時代」「ヘッドライト。テールライト」「地上の星」「最後の女神」「銀の龍の背に乗って」と名曲ばかり。
「最後の女神」はアンコールを受け再度歌ったほど。
「中島みゆきの詞は本当に素晴らしい。詩人としても谷川俊太郎のようだ」と絶賛。深見氏自身、詩人であり文学者でもあるので、中島みゆきの詞の詩的表現や、彼女の人生観の奥深さを深見氏が感じ取り、深い思いを込めて歌った。満員の観客も聞きほれたが、中島みゆきにも聞いてほしいと思った。
コンサートの終盤は、ノリノリで「ヘビーローテーション」「アジアの純真」を、パンダのうちわを振りながら歌う、スタンディングの観客とともに紅葉の秋を歌で染めた。
そして最後は「世界の平和を願って歌います」と、「この素晴らしき世界」を歌って東北の応援コンサートを締めた。
真心の対話ができた顔もハートも似ている二人のトークショー
コンサートの後のトークショーで、深見氏と藤岡氏は熱く語り合った。「(半田)社長の歌は心にしみてくる歌声ですね」と藤岡氏が言う。
深見氏は「柔らかく高い声を出すためには、ふくらはぎとか下半身の筋肉が強くないといけないのです」と声楽家として、魅力ある声を出す秘訣を披露した。

藤岡弘、氏は、一九七一年に開始した、人気テレビシリーズ「仮面ライダー」(原作石ノ森章太郎)の本郷猛役で人気俳優となった。
その後ハリウッドでも活躍、全米俳優協会(SAG)の永久メンバーになっている。その真の姿は武道家でもあるのだ。
「槍、杖術、小太刀、手裏剣もやります。日本刀は毎日振っていて何万回も振っているから、刀剣は体の一部です」と藤岡氏が言うと、深見氏は「私の体にも刀剣のような一部が…」と満員の観衆を笑わせた。
藤岡氏も切っ先を柔らかくかわされて笑う。深見氏のトークの妙が発揮される。
「日本の古武術は素晴らしく、その半分ほども世に出ていないのです。世に出さないように封印されてます」と藤岡氏は日本の古武術について熱く語る。
そういう藤岡氏と深見氏は、顔だけではなく、心も活動も似ていることがわかった。
この二人、慈善活動で社会貢献に尽くしているという共通点もある。深見氏は、「藤岡さんは世界100カ国以上を訪れ、慈善活動を行っているのです」と紹介した。
実際、藤岡氏は世界中の紛争地域や難民キャンプを回り、支援活動をしてきた。深見氏もカンボジアに病院を設立したり、世界規模で慈善活動をしている。
藤岡氏も、「深見さんは、世界的スケールでキャパシティがすごい。僕が仮面ライダーなら、深見さんはスーパーマンです」と称えた。
父親は反面教師
「藤岡さんの魅力は、その出生の秘密にあるのです」と深見氏。
藤岡さんの父親は、戦争中は軍の特殊任務についていたため家族にも秘密で、戦地から十年も帰ってこなかったという。
「だから母親は苦労しました。母は女手一つで命懸けで私や兄を育ててくれたのです。そんな母の背中を見て育ったから、母を助けなければと働いたのです。
僕も兄もアルバイトだけでも四、五十やりました。その反面父親を恨んでました。
でもあるとき父の戦友から、父が国のために犠牲となって戦ったことを色々聞かされ、少しずつ父を理解するようになったのです」
深見氏も父親のために母親が苦労する姿を見て育った。
「私の父も戦時中は特攻隊を守る任務に就いていたのです。そして次は出撃しなければいけなくなったのですが、その一週間前に終戦となったのです。
父親はめちゃめちゃな人だったので母は大変な苦労をし、私も母を助けてきました。私も父親を憎んでいましたが、私が成人して酒飲みの父と、もう父は変わらないから、自分が変わろうと思った。
父は、アル中のまま、楽しく死んで行けばいいのだと思い、一緒に酒飲んで騒ぎまわったのです。父に対する期待を捨て、父親としての過去の蛮行を全て忘れ、本人が納得して、明るく楽しく死んでくれればいい。
それが、頑固で人の言う事を聞かない、父への親孝行だと思ったのです。すると、父から、〝晴久、大人になったな”と言われました。その時、父親を克服したと感じました」
「皆、先祖の業(ごう)を背負って生きていくのでしょう。目覚めるというか、気づくというか。
それが修業、自己発見の旅なのですね」と言う藤岡氏は、かつて父親と風呂に入った時、父親の体が傷だらけなのを見て戦争中にひどい体験をしたことを知った。父親は、何も語ろうとはしなかったという。
「いまなら、父と話したい」と藤岡氏はしみじみと語った。
一秒を刻め
二人とも、ピュアだった父親のDNAが流れていると思うことがあるという。
藤岡弘、と言えば「仮面ライダー」。
仮面ライダーの生みの親、漫画家の石ノ森章太郎は仙台に近い石巻出身だ。仙台から石巻に向かう仙石線の電車には、石ノ森章太郎の漫画のキャラクターが描かれているほど。
「ここ仙台は仮面ライダーの故郷。ここから世界に出たのです。地球を滅ぼそうとすショッカーと闘う、仮面ライダーは仙台の誇りです」と藤岡氏。
そんな藤岡氏に、深見氏からハイゼックの時計がプレゼントされた。
「すごい時計で、絶句しました、ハイゼック」と藤岡氏がギャグると深見氏も、「いい時計を身に着けると、気持ちがハイゼックになるのです」と返す。
今回「ハンダウォッチワールド」のCMで藤岡氏は、「未来を刻め!一秒に生きろ!」と言っている。これは藤岡氏の人生観で、それがCMに使われた。
「時計は相棒ですね。時計が刻む一秒一秒は、心臓の鼓動に似ている。一秒で人生が変わります。一秒を大切に生きる人が人生を大切にする」と藤岡氏が言うと深見氏は、「今を大切に生きる、只今を生きるというのは臨済禅師の言葉です。
詳しくは、「即今聴法の汝の心底や如何』ですが。一流の時計を身につけるとときめきます。
時計は心理学的に言うと、『恋人』を表すのです」と、楽しいトークの中にも、真剣に人生観が語られた。
実は藤岡弘、氏は芸名では、「藤岡弘、」と「、」がつく。これは「我いまだ完成せず」という意味を込めてつけたとか。「自分磨きの旅を続ける」という藤岡氏らしい。「てんでダメとも言います」と笑わせる。
深見氏も藤岡氏も「生涯かけて精進する人」。まさに、一秒を大切に生きている。顔だけではなく、ハートも似ている二人だ。
「今日は真心の話ができてよかった。今日の深見氏との出会いから、また新しいことが始まると思う」と、藤岡氏は深見氏とのトークに感謝していた。
仙台たなばた時計店!盛大にオープン
「HANDA Watch World・仙台・たなばた時計店!」は、東京2店(西荻窪、吉祥寺)、名古屋、大阪に次ぐ5号店だ。
仙台の中心街にオープンした。オープニングのテープカットに先立ち、あいさつに立った深見氏は、
「ここは東北で最もにぎわう商店街です。ここを拠点にして、東北に時計やジュエリを広めるとともに、東北の文化、産業と復興のお手伝いをしたいと願っています」と語った。
店名は、「七夕祭りのときめきが、毎日続くように」という想いを込めて付けたと言う。
テープカットには、藤岡弘、氏、岩手が地元の小沢一郎衆議院議員、亀井静香元衆議院議員、作家で元東京都知事の猪瀬直樹氏夫妻、山田宏参議院議員に、プロレスラーの武藤敬司、ザ・グレート・サスケらがかけつけるという豪華さ。
ぐるりと囲む多数のマスコミに、道行く仙台っ子も目を丸くしていた。
テープカットの後は内覧会となったが、100坪に及ぶ広い店内には、ハイゼックやロベルトカヴァリなどとともに、東北初上陸のブヘラ、ユリスナルダン、ボヴェなど合わせて353ブランドの時計が、所せましと並んでいる。
深見流で、時計を手に取って見られるように、ザクザクと置いてある。店の奥には、深見氏のコレクションも展示され、その素晴らしさに目を見はらせられた。深見氏は開店ギリギリまで、ブランド時計の配置にこだわり、客の導線を考えレイアウトを変えたという。

さらに奥に進むと、なんと和の雰囲気を漂わせた、茶室のような応援コーナーがあった。和と洋を合わせたインテリアも、訪れる人を楽しませるだろう。
「ハンダウォッチワールド・名古屋バナナ店」では、来店した人にバナナをプレゼントし、「心斎橋つかみどり店」では、お買い上げ金額によって、現金のつかみ取りができる。
また、いつもふんだんに「タコ焼き」「お好み焼き」が振る舞われる。
ここ仙台店では、来店者には、コーヒー、クッキー、チョコレートをサービスする。また、もれなく、選び抜かれた絶品の「お新香」と、お茶が食べ放題、そして飲み放題。
そして、購入金額に応じて、ホシヤマ珈琲のコーヒー券、コーヒー、カレーとラーメンをその場でふるまうという。
「お新香やカレー、ラーメンを食べられる時計店は、ほかにないでしょう」と藤岡氏も目を丸くしていた。
この楽しいお客へのサービス、おもてなしが、ハンダウォッチワールドの真髄なのだ。幕末から明治に活躍した歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥は「三親切」と言った。
それは、「作品を創るにあたって大切なことは、役者、座元、観客に配慮し喜ばせる」ことだ、と。
深見氏のポリシーも、それと共通する。常にお客さんを喜ばせ、関わる人を喜ばせ、そして時計店も潤う。

この商店街にも、ほかに時計店があるが、その店の品揃えと競合しないよう配慮している。
また、地元商店街の幹部や、時計店の経営者を招いてテープカットに参加してもらっている。
地元との共存共栄を旨とし、その活性化に尽くし、皆が喜ぶ。これが、深見氏の経営哲学だ。ハンダウォッチワールドは、短期間に時計販売業界第三位の売上高になったという。
時計販売業界に大旋風を巻き起こしているが、今後も、福岡、札幌での出店を視野に入れている。
「私は、いろいろ変身する人です」と自ら言うように、深見氏は今回も歌手として、 経営者として、プロデューサーとして、マルチな活躍を見せた。
「ハンダウォッチワールド!」
バイクで疾走する、 藤岡弘、 の仮面ライダーのように、深見氏は世の中をあっと言わせながら走り続ける。
『月刊TIMES』 2019年2月号
■ 「特別インタビュー」 快進撃の異人 深見東州が語る!
なぜ不可能を可能にできるのか
今やゴルフ界で、ISPSの名を知らない者はないだろう。創設者の深見氏は、ゴルフを通じた社会貢献を目指す福祉家としても知られる。
だが、それは深見氏の顔の一面に過ぎない。画家、書家、作家、オペラ歌手、能楽師、京劇俳優、演劇、演出家など。国内外に十数社を経営する傍ら、深見氏は敢えて、多忙で多彩な活動に身を投じる。
「なぜそんなに色々なことをするのか。なぜ、不可能に思えることが可能になるのか。」―深見氏の、多彩な活動を追ってきた本連載の読者にとって、それが大きな謎だろう。
本稿は、その疑問を本人に直接投げかけた、貴重なインタビューだ。
そこには「ただただ、人々が幸せになり、より良くなり、社会がより良くなる為に」という、深見氏の強い想いがあった。
小林圭一郎ジャーナリスト
現代のルネサンスとして日本の芸術振興に務めるフィロソフィーとは何か
深見氏:それについては、日本のルネサンスと、ヨーロッパのルネサンスの違いをお話したほうがいいでしょう。日本のルネサンスの方が、実は百年古いのですが。
ヨーロッパでは、メディチ家とフッガー家が経済的なスポンサーとして、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ジョット、ラファエロなどのルネサンスの巨匠を、金銭的に支援していたのです。
一方、日本のルネサンスは、室町時代に当たるのですが、日本の能楽を庇護した人は、例えば豊臣秀吉などは、年間十回くらい、能を自分で演じたのです。
台本も、自分を主役にしたオリジナルなものです。徳川幕府時代も、将軍が自ら演じます。
将軍は、女性の役の場合でも、「わらわが……」と女性ではなく、男の声で語りました。
歌舞伎のような女の声だと、将軍の権威が下がるからです。しかし、能は心の声で語るので、観客には女性の声に聞こえるのです。
こうして、将軍は自ら演じることによって、家臣や一族、関係者にも能を見せることで、能を政治的にも、社会的にも、経済的にも庇護していったのです。
しかし、一般庶民は見れなかったので、歌舞伎が発展したのです。
真言密教などでも、空海が真言宗を広めるときは、十大弟子のひとりに皇族がいます。書でも、和歌でも、文化芸術など、何事でも天皇や皇族、貴族がバックアップし、自ら演じ、自ら弟子となって支えてきたのです。その天皇と皇族、貴族社会が、連綿と二千六百年続いているのが、日本文化の骨であり、中心となっているのです。
書道の歴史、美術の歴史、和歌や宗教の歴史を見ても、みな皇族、貴族が文化芸術の担い手になってきました。これが、日本のルネサンスの特色で、ヨーロッパやイギリスのように、政治的にも庇護したでしょうが、お金だけを出して庇護するのとは、大きな違いがあるのです。
もう一つ、日本型のルネサンスとヨーロッパ型のルネサンスとの違いは、フィロソフィーの違いです。
日本のルネサンス期は室町時代です。日本の美意識の多くは室町時代から出ています。その美意識の一つが、いぶし銀の美です。
金閣寺のような華やかなものもありますが、足利義政の銀閣寺の、いぶし銀のような、侘びとサビの世界が、日本の美意識を象徴しています。
このいぶし銀の美は、老荘思想に影響されています。お能も、世阿弥の言う「秘すれば花なり」というのは、「隠そうとする、ゆえに現れる」という、老子の考え方がルーツでしょう。
それから、岡倉天心の『茶の本』(The Book of Tea)では、一体お茶とは何かというと、「道家思想が身をやつした姿が茶道だ」というのです。
そういう、老荘思想をベースとした芸術観が、室町期の芸術観であり、「わび」「さび」のルーツなのです。
ところで、室町期の芸術家は、世阿弥、観阿弥、能阿弥、本阿弥光悦など、好んで「阿弥」という名を使っています。
これは一遍の時宗の影響なんです。阿弥とは、南無阿弥陀仏の真中の二文字です。この南無は帰依するという意味で俗人。
陀仏は仏様になるという意味で、出家を表します。そして、阿弥とは、南無と陀仏の間に挟まれてるのです。
すなわち、俗人と出家の間にあるのです。つまり、これは俗人でも出家でもなく、同時に俗人でも出家でもあるのです。
結局、阿弥とはどんな生き方を言うのか。それは、芸術を通し、またその進化や修練を通し、魂を磨き向上させる生き方です。
その魂の輝きや、内面や霊威が作品に現れ出るのです。だから、死ぬまで作品を進化させ、魂をブラッシュアップし続ける。そういう生き方が、芸術に向かう姿勢であり、阿弥の生き方なのです。
これが世阿弥、観阿弥といった、室町期の日本文化の担い手となった人たちのフィロソフィーなのです。
だから、私もそのフィロソフィーで生きています。日本型ルネサンスに誇りと自信を持ち、そういう芸術家でありたいと願います。
それで、文学の分野では、戸渡阿弥というペンネームを使ってるのです。トトとは、エジプトの文字、文章の神様です。
こういう、阿弥の思想とスポンサーするものが自ら演じ、皆一緒にやろうよという、日本型の芸術振興が、私の芸術に対する取り組みの基本です。
ヨーロッパ型の、政治力やお金を出して支援するだけのとは、根本的に違うのです。無論、お金も出しますが、それだけでないのが日本型です。芸術に対する関与が、より深く、より多様なのです。
西洋人の芸術振興の考え方と、日本人のそれとは、どこが違うのかということ、西洋人に英語で説明するのです。すると彼らは、それが日本型の芸術振興なのですねと感心します。
その日本型の芸術振興の背景には、天皇や皇族、それにまつわる貴族たちが、二六〇〇年続けて来た、万世一系の天皇制があります。
外敵に侵略されず、武家政権であっても天皇制を維持して来た事による、文化の連綿性こそが、日本文化の特性を生んだのです。
中国のように、偉大な文化を生んでも、王朝が変わると破壊するのではない。万世一系の天皇制のおかげで、天皇や皇族や貴族たちが、常に破壊より継承を選び、保存を尊び、新しいものを生むと同時に、廃れたものを復興する事を尊びます。
破壊されてないからこそ、それができるのです。応仁の乱や、廃仏毀釈は悔やまれますが、ヨーロッパのルネサンスも、 BC5世紀のアテネ文化への復興が目的でした。
これも、文物が残っていたからこそ、それができたのです。このように、文化の連綿性は、文化にとっていかに大切かが解ります。
その背景となった、日本社会や政治体制の歴史産物に感謝し、日本文化の精神の柱を継承し、自ら演じながら、常に進化をめざしたいです。こうして、文化や芸術を広めていきたいのです。
あらゆることに幅広く活動し続ける、そのエネルギーが続くのはなぜか
深見氏:幅広い活動に駆り立てる、情熱の根源は何かと問われたら、芸術も宗教も福祉も会社の経営も、最終的には、人々の幸せのためにやるという、宗教的情熱や、宗教的信念からです。
人々が幸せであればいい、より良くなればいい。
人々の塊である社会が、より良くなり、人々が一層幸せになることを願っている、ただそれだけです。
二〇一九年六月に「G20世界宗教サミット」(主催NPO法人世界開発協力機構・半田晴久総裁)を開催したのですが、そこに出席していた、
元英国国教会カンタベリー大主教ロード・ジョージ・キャリー氏は、「英国国教会には信者が八千万人ほどいるのですが、信者を増やすことがどうのこうのというよりも、人々が幸せであればいい、世の中が良くなれば、それでいいのだ。宗教と言っても、それだけだよ」と、言っていました。
まったくその通りです。まったく同感です。どんなに教団が大きくなり、信者が増えても、人々が幸せになっていなければ、意味がないのです。宗教家としては、そこを最も大切にしています。
また、真善美をすべて究めないと、本物とは言えないのです。真善美とは、真は科学や合理性、学術。善は宗教、福祉、教育、スポーツ、文化振興。美は芸術です。三つ全部そろって、初めて神の三局面なのですが、宗教家というのは、その一部である、善の一部分を務めるに過ぎないのです。
それなのに、あたかも己が、神を一番良く知ってるかのごとく、傲慢な宗教家が多いのです。本当は、そうではないのです。
物理科学を究めたアインシュタインが、宇宙のメロディーを聴いたとか、発明家のテスラが、宇宙の中心からメッセージが来て、設計図も浮かんでくるとか、言われています。
音楽家のモーツアルトが、天上界のメロディーを、そのまま楽譜にしたと言われます。
こういう実例は、無数にあります。スポーツであれ、芸術であれ、科学であれ、社会事業家であれ、それを究めた人は、宗教家より、よほど真実の神を知り、体験し、体現してると言えます。
現代の宗教家が、どれだけ宇宙のメロディーや、神の叡智や、神の大愛を表現し、実行してるのでしょうか。できたとしても、ほんの一部にすぎないのです。
ところで、普遍的宗教性というのは何かというと、人類愛と人道主義と社会貢献です。宗教を信じていようがいまいが、人類愛に基づく行動、人道主義に基づく行動、社会貢献しようという心や行動は、普遍的な人類の仏性であり、神性であると言えます。これが、普遍的な宗教性と言えるのです。
そういう、普遍的宗教性のない宗教家は、どう見ても偽物であり、ドグマの塊だと言えます。
若干ドグマがあっても、それは個性であり、普遍的宗教性を実行していれば、それは本物だと言えます。
私はそういうふうに考えて、普遍的宗教性を実行する、神道家というスタンスの、宗教家をめざしています。
厳密に言えば、神の三局面の真善美を、同時に実行する神人であり、そういう宗教家でもありたいと願う者です。
ビジネスでも、基本は同じです。日本型ビジネスは、お客さん良し、社員良し、世間良しという、伝統的な近江商人の、「三方良し」の精神なのです。日本型ビジネスは、最終的に人々が幸せになり、より良くなり、社会も良くなるということで、西洋型ビジネスとは、本来角度が違うのです。
最近は、変形してますが。しかし、私はそういう考えで、当初より、ビジネスをやり貫いています。
そういう精神でないと、神仏も、味方してくれないのです。これらの事が、神仏の御心にかない、神様がやってほしいことではないかと思うのです。
繰り返しになりますが、本当の宗教家なら、信者を増やすとか、教勢を広げるというよりも、人々が幸せになり、より良くなり、社会が良くなるために働く、それだけのはずです。
本当の宗教家なら、もっとそこを見ていかなければいけません。それが、「G20宗教サミット」の結論でした。
福祉、芸術、スポーツ振興、あるいは政治、経済、ビジネスも、究極は、人々が幸せになり、より良くなり、社会がより良くなるためのものです。
私は、それだけのために、一生かけて死ぬまでやっていこうと思います。
ところで、いったい、世の中に何を残すのか。そのための、エネルギーの根源は何かと言う事ですが……。
レオナルド・ダ・ビンチが、死ぬ直前に何を言ったかというと、あの天才が、「すべてが中途半端で、神に申し訳ない」と言ったのです。
神への信仰から出た言葉でしょう。「こんな、すべてが中途半端で死んでいくのは、神様に申し訳ない、「申し訳ない」と言って、死んでいったのです。
また「自分が死んでも、何一つ世の中には残らないだろう」とも、言っています。みんな中途半端だから、自分が死んでも、何一つ世の中に残っていくものはないだろう、と言って死んだのです。
これは素晴らしいなと思いました。私も死ぬときは「ああ、すべてが中途半端で神仏に申し訳ない。ああ、自分が死んでも、何一つ世の中には残っていかないだろう」と言って、死にたいです。
結局、自分がこれはと思って、世の中に何かを残そうとか、世の中に評価されようということは、誰もが思う事で、たいしたことではないのです。意外にこんなことがということが、評価されるのです。
絵画で、私がこれはと思うものは、評論家には全然評価されなくて、コウノトリと妊産婦が合体したような絵をかいて、「えへへ、こんなのどうかな」というのが、「これは素晴らしい、これが最高です」と言われます。
絵の作品でも、書の作品でもそんなものです。自分が思い入れて良いと思ったことが、年月がたって人が見たら、誰もがやってる、たいしたことがない事が多い。
こんなことと思って、軽い気持ちでやったことが、意外にすごいですねと言われて残っていくのです。
借金で追い込まれ、3ヶ月で作った『メサイア』が、ヘンデルの最高傑作と言われる如くです。
ということは、世間から評価されるとか、されないとか、何が残るかとか残らないかなど、一切考えないことです。
とにかく、作って作って作り続け、良いと思ったことを、片っ端からやり続けて死ぬべきです。
そして、死ぬ時は、「すべてが中途半端で、神仏に申しわけない。私が死んでも、何も残らないだろう」と言って、死んでいくのは大変おしゃれな生き方です。
自分は、すべて人々の幸せのために、良かれと思ってやっていきます。それがどれだけ意義があり、どれだけ評価されるかは、年月が経ってみて、後の人たちが判断することです。
だから、人の評価をいちいち気にせず、よいと思う事は、死ぬまで片っ端からやり続けるぞ、と思っています。それで、気持ちを奮い立たせ、常に志を立
て直し、神仏の加護とともにやっているのです。これが、あらゆることをやって、究めていく私の精神的根源であり、エネルギーの根源であり、私のフィロソフィーなのです。
あとがき
深見東州氏は、よく「なにが本職ですか」と聞かれるという。それには「全部本職です」と答えている。
また、「なぜいろいろなことができるのですか」と問われることも多い。
それには、「私は能役者です。能の役者は、お面一つで、老女にも妖怪にも武将にも、何にでも変身できるのです」と言っている。
お面をつけた瞬間にその役になりきる。深見氏は自身を、「変身する人」と称している。
だからなんでもできる、万能の天才、現代のレオナルド・ダ・ビンチと言われる。
それにしても、「こんなになんでもできる人物、深見東州とは何者なのだろう。
なぜそんなに色々のことができるのだろうか」と誰もが思う。この謎の人物、万能のカリスマ・深見東州に肉迫し、その疑問を解明しようと、「月刊TIMES』で連載記事を掲載してきた。
本書は、その一部であるが「集大成」である。
『月刊TIMES』の記事は、ここ数年の深見氏の活動を追っているが、実は深見氏の多彩な活動は、二十年以上前から始動していた。
長い歴史の上に、今日の活動が成り立っているのだ。深見氏の原点を知ると、きっと今のことが見えてくる。
本書でも紹介しているが、バラク・オバマ元アメリカ大統領はじめ、世界の首脳を招致したサミットを開催してきた。
しかしそうした活動は二十数年前から始まっていた。一九九〇年代に、P・ドラッカーや元英国首相のマーガレット・サッチャーら、世界の頭脳を招いて講演会を開催している。
深見氏は堂々たる英語力で世界の頭脳と対話した。
音楽活動でも一九九三年十二月、深見氏は、自ら創作したオペラバレエ「天の河のうけひ」で、二十世紀最高のプリマドンナと言われる、マイヤ・プリセツカヤを招聘し、自らもバレエダンサーとして共演した。
福祉活動では一九九六年に、内戦で医療崩壊していたカンボジアのプノンペンに、24時間無料の救急病院「シアヌーク病院」を作り、以来、一七〇万人の貧しい人たちの治療に貢献してきた。
グローバルな福祉活動は、中国やイギリスなどにも広がり、「一度始めたらやめない」という、深見氏の継続精神は各国で大きな信頼を得ている。
ゴルフ、ビジネスなどあらゆる分野で、グローバルな活動をしてきたことがわかる。
深見氏は二十代、三十代いや十代のころから、崇高な使命感に燃え、長期展望をもって、いろいろな活動に身を投じてきたのだ。この先は、どういう展開を見せていくのだろうか。
二〇二〇年三月十八日から開催された、「深見東州20周年記念書画展」の挨拶で、深見氏はこう述べた。
「白隠禅師は八十三歳で亡くなりましたが、一番活躍した黄金期は七十代です。葛飾北斎が有名な富嶽三十六景を残したのが、七十二歳でした。北斎は九十歳で亡くなりましたが、3万点の作品を残しました」。
白隠、北斎と同じように、深見氏自身も、七十代こそ大きく開花する黄金期ととらえている。
さらにこう続けた。
「私は今年六十九歳、来年七十歳になりますが、二十周年ということで、原点に返りたいと思います。私も六十九年間培った基礎を踏まえて、九十歳まで現役でやり続け、本当の作品を創り、本当の活躍をし、多くのものを世の中に残していきたいと思います。そう考えているので、六十九歳は腰を落ち着けて、じっくり行くということです」と。
「七十代を本当の活躍の時期として、多くのものを世に残したい」。それが、深見東州をして、あくなき活動に邁進させている要因である。
その書画展で、ゲストのトニー・アボット元オーストラリア首相がこう語っていた。
「慈善事業には多くの民間企業の力が必要ですが、ハンダ先生は経営者、ビジネスマンとして成功を遂げています。本当の意味のフィランスロピーとは、確固たる事業の成功がないと成り立ちません。単なるチャリティに終わってはいけないのです」。
深見氏は事業と福祉をうまく結びつけ、フィランスロピーを実践している。
ここが深見氏のすごいところなのだ。
「歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥は、作品を創るにあたって大切なことは、『三親切』つまり、役者、座元、観客に配慮し、喜ばせることであると言いました」と、深見東州氏は言う。この三親切は、深見氏の活動のポリシーでもある。常にお客さん、それにかかわる人たちを喜ばせ、そして自分も達成感を得る。
「人々を幸せにし、社会をより良くする。それを死ぬまで続けるだけです」。これが深見氏の活動の根源で、そのために日夜精進し、あらゆることに挑戦している。
「深見東州とは何ものか?」というテーマを様々な角度で検証してきたが、その答えを出すいとまもなく、深見氏の活動はさらに広く深く進化していく。
本書を第一弾として、第二第三弾と出版していくことで、深見東州の実像を少でも追い続けていければと思っている。
本書をまとめるにあたって、ご協力いただいた多くの方々に感謝を申し上げたい。
令和六年六月 筆者
