第2章 深見流「英語の話し方」実践編 ── 初心者でもこれで大丈夫!
≪1≫ 英作文は英借文 ── 中学・煌々時代の勉強法から私が得たもの
受験英語はほんとうに使えないのか
「中学校三年間の教科書をせっせと声に出して読む。英語の構文をあれこれ言わずに覚える。
そうすれば自然と英語は話せるようになるのだよ」と私はよく言う。そうすると反発する人もいるかもしれない。
「そんなの受験対策と同じじゃないか。日本の若者なら、そんなのはだれでもやっている。でも、ほとんどしゃべれないのはおかしい」と。
たしかに英語を高校受験や大学受験のために勉強し、そのために構文を暗記した人は大勢いるだろう。
しかし、そのほとんどは話せない。けれどもそういう人たちは、試験が終わったら、構文も何もかも全部忘れたのだろうか。
少しは記憶に残っているだろうが、口からは出ない。実はその程度では、覚えたうちには入らないのだ。口から自動的にスラスラ出るまで何回も反復練習していたら、少しは覚えて口から出るかもしれないのだが……。
ほとんどの人たちは、英会話、つまり英語で会話ができるために、学生時代に英語を勉強したわけではない。
別に三ヶ月後に海外に転勤する必要もなく、留学するわけでもなく、たった一回の入試のペーパーテストのためだけに覚えたのなら、その試験が終われば忘れるのは当然だろう。
だから、大学に入るためにさんざん英語を勉強したのに、大学を出てから会話のためだけに英会話学校に行く人が大勢いる。
二度手間である。だが英会話学校に行ったとしても、習うことはしょせん中学、高校の教科書の内容と大同小異。少々違うところは、ネイティブのインストラクターがいて、英語らしい発音やイントネーションを教えてくれることくらい。それに、とても高い授業料を払うということもある。
それなら、ただ同然の中学校や高校の英語の時間に、受験と英会話を二股かけてしっかり勉強しておけばよかった、ということになる。そのとおりなのだ。
日本の英語教育は、英語で話せる人間をつくれないから大間違いだという説が根強い。あなたも、「そうだ、そうだ」と思っているかもしれない。
自分が話せないから。「日本の英語教育が理想的だ」とは、私も思っていない。
けれど、受験英語の知識をもとにしてそこから発展し、プロの英語通訳をしている人もいる。英検一級や準一級、二級の試験などは、英文読解力の深くて速い大学入試直後や、そのまま続けて勉強して、学生時代に合格する人も多い。
私はプロではないが、中学三年の勉強を基礎にして英語を使っている。無論、大学受験の英語もフルに使っている。高校受験英語だけでかなりレベルの高い英語を話す人を、私はいくらでも知っている。英語を話せないあなたが、日本の英語教育はだめだというのは、もっといけない。
せっかく中学、高校と六年もかけて習った英語を、あなたは使おうと思ったことが一度でもあっただろうか。遠くから外国人がこちらに来るのが見えたら、自分か角を曲がって会わないようにしなかっただろうか。
そこが一本道だったら、電柱ゴミバケツの蔭に隠れなかっただろうか。隠れるはずないか・・・。
英語教育そのものよりも、そういうあなたの姿勢が語学修得の発展性を阻害している。
それはともかく、あなたは少し回り道をしたかもしれないが、ようやく英語で話せるようになりたいと思って、入門の入門の門の前にいるわけだ。
その気になってみれば、日本の英語教育がどれだけ役に立つものかをここでお教えしよう。
三浦先生の個人指導に感謝!
読者の皆さんは、深見東州は子供のころから英語が得意だったのだろう、と思われるかもしれないが、そうではない。
私はほんとうに高校受験で苦しんだのだ。英作文がぜんぜんできなくて零点だった。いつも、なんでみんな英作文ができるのかなあと思っていた。ところが、中三のときに三浦先生という担任の先生に出会った。
三浦先生は、コイルのついたメモ帳のような小さいノートを持つことをすすめた。それで、そのノートに日本語と英語を書いて、英文を暗誦するよう、職員室で私に指示した。
「君ね、センテンスの暗記が足りないから英作文ができないんだ。こういうふうに書いて覚えなさい。覚えたら職員室に来なさい」とおっしゃった。

二日か三日して、私は職員室に行った。
私なりに一生懸命暗記して、日本語のあれこれ、英語ではあれこれ…。でも間違える。すると先生は言うのだ。
「あのね、僕が高校受験するわけじゃないし、君が落ちたって他に生徒はいっぱいいるし、他人は痛くも痒くもないんだ。言っとくけど、困るのは君なんだよ」と。
それで強烈に緊張し、真剣になる。また、次の課題が出される。私はまたそれを覚えて職員室に行く。
間違えるとまたいろいろ言われる。そして強烈に緊張し、真剣になる。そうやってくり返しているうちに、英作文が書けるようになっていったのだ。
私は三浦先生に本当に感謝している。私も英語を暗記しなくてはと思っていた。でも、それがいいとわかっていても、なかなかできなかった。
それが先生の側に来て、ねばならない環境で覚えろと言われて、間違えると必ず一言皮肉を言われる。そうして脅かされて、必死の思いで覚えていった。
素直に馬鹿正直に言われたとおりにしていくから、きっとこの子は大丈夫だと思ってそうしてくれたのだろう。でも、その時は全くそういう自覚がなかった。後でわかったことだが、先生にしてみれば油断させるとしなくなってしまうから、私の為を思って最後まで脅かし続けた。
「君が鳴高に通れば全員通るよ」と言われたから、「みんなのために僕が勉強しなきゃいけないんだ」と私は追い込まれ、また変に誤解して一生懸命勉強した。
私が住んでいた兵庫県西宮市には、県立鳴尾高校という進学校があって、私はそこに入りたかった。
でも私の成績は学年で四三〇人中二六〇番くらい、中の下くらいだった。それでまた先生に言われた。
「君、鳴尾高校に行くのには、最低でも上から一六〇番以内にいなきゃいけない。一六〇番以下の人で通った人はいないんだよ。
最低が一六〇番だから、君の上に何人いると思う」と。「一〇〇人いるんだよ。今から一〇〇人追い越さないと、最低でも合格するところまでは行かないんだからね」
「はい」
一六〇番以内でないと、県立鳴尾高校に合格できないというので、私は毎日、生まれてはじめて、まともに勉強をやりはじめた。
まず、勉強する習慣をつける
それでも、勉強しようと思ってもなかなかできるものではない。三浦先生はよく見破っていた。
「きみ、急に勉強しようと思ってもできないだろう」
「ハイ」
「気持ちばっかりあせったって、勉強する習慣がついていない。机に向かって、椅子に長時間座る訓練ができていないんだよ。今日から食事は全部お盆の上に乗せて、椅子に座って机の上で食べなさい。テレビを見るのも、勉強机の上で見なさい」と言う。
その日から、机に向かって三時間、四時間座るという習慣をつけるため、ご飯は必ず言われたとおり、全部お盆の上に乗せて机で食べた。
食べ終わるとお盆を部屋から出して大まかに片づけて、母に取りに来てもらった。そしてまた机に向かって、先生がそう言うから、テレビを机の上に置いて、マンガも机で見た。別にテレビやマンガを見たかったわけではないのだが、先生がそう言ったから、マンガを見てテレビも見て、朝ご飯も晩ご飯も全部机の上で食べたのだ。
そうしたら、机に三時間も四時間も座れるようになった。それまで私は、三十分何かをすると、もう他のことがしたくなる性格だった。私は成長が遅かったから、絶えずトンボを採ったり、魚を採ったり、屋根の上を歩いたりして忍者ごっこをし、近所のいちじくや柿、また田んぼのコウモリを捕る技術などを工夫していた。
中三になって、身長はようやく一四一センチになった。だから、それまでは小さな子供のように落ち着きがなかったのだ。今は、落ち着きすぎてファミレスに二十時間も三十時間も、本を読んで座り続けたりする。
私は中学生のころは、体も頭も、顔もまったくの少年だった。それでも中三になると、高校受験のために一生懸命勉強しはじめた。
三浦先生が脅かす中で一生懸命勉強した。そしてついに、いちばん最後の模擬テストで一七〇番になった。
「きみね、六〇番以内でないと、鳴尾高校には通らないんだよ。きみは一七〇番で、一六〇番より一〇人下にいるんだからね。
きみは受験生の中でいちばん点が低いわけだからね、これから頑張るように」とずいぶん脅かされた。しかし勉強の甲斐あって、めでたく県立鳴尾高校に合格できたのだ。
三浦先生の種明かし
高校に入って、第一回目の模擬テストがあった。校内試験だ。結果は、高校全体で真ん中ぐらいだった。いちばんビリだろうと思ったら、全体で真ん中だったのだ。
それで、早速、母校の学文中学に出かけて行った。私が入学した鳴尾高校とそれまで通っていた学文中学は、隣同士なのだ。道一本か二本隔てているだけなのだ。
そして、早速中学の三浦先生に会いに行き、「先生、僕は鳴高の受験生で最低線の一六〇番以内にすら入らなくて、一七〇番でした。
でも、高校に入った最初の模擬テストで、真ん中の成績だったんです。高校一年全体で、ちょうど真ん中なんです。ビリじゃなかったんですよ」と言った。すると先生は
「そらそうでしょう」と言う。「僕も、それぐらいだと思ってましたよ」とおっしやったのだ。
当時の中学の同級で、私よりも成績のいい子で、同じ鳴尾高校を受けて落ちた平田君という同級生もいた。
その子は、自分はまあまあ合格圏内にいると思って、あまり勉強しなかったから落ちたのだろう。私は、三浦先生の脅かしをそのまま、すべて、百パーセント真に受けて勉強したから、合格したのだ。
「長いあいだ教員をしているけど、私が受け持った生徒の中で、君はいちばん素直だ。近年稀に見る素直な子だ。私の教員生活の中で出会った、最も素直な子です」と三浦先生に言われ、「へぇー」とのけぞる程驚いた。
私は先生の言葉をそのまま全部信じて、馬鹿正直にやっていた。だから先生は、「この子はきっと通るな。高校でも真ん中ぐらいいってるだろうなと思っていた」というわけだ。
「私はちゃんと知ってたんだ。君の性格を知っていて、途中で大丈夫だと言うときっと油断するから、最後まで油断させないために、君を脅かし続けていたんだよ」と、三浦先生はこう種明かししてくれた。
だから、私が英作文ができるようになったのも、高校に合格することができたの三浦先生のおかげなのだ。
三浦先生は、その学文中学でいちばんいい先生と言われていた先生だ。文芸部の担当で、キューピーさんみたいなお顔をし、尾崎紀世彦が天然パーマになったような感じの先生だった。
こうして私は英語をマスターしてきた。このころの私は、英語の先生の言うことを真に受けて勉強して、なんとか高校に受かったくらいのレベルだったのだ。
あなたも、今英語ができなくても、私の言うことを真に受けて真剣にやったら、必ず話せるようになるのだ。
中学英語で会話はできる!
中学三年のときに三浦先生が私に英語をたたき込んでくれたおかげで、大学生になってからも、ESSの部長として突っぱっていられた。中学時代の勉強が土台になっていたのだ。
だから、中学英語がどれだけ大事かということだ。だいたい、日常の英会話の九十パーセント以上は、中学一、二、三年の中学英語が基礎になっている。
そのように、権威ある英語学者が作ったのが、中学英語のテキストなのだ。ということは、中学英語が読めて話せたら、日常の欧米の会話の九十パーセント、九十五パーセントまではできるということである。
だから、中学生のときにしっかりやらなくてはいけない。高校の一年生か二年生ぐらいの文法はうんとむずかしく、大学入試問題の九十パーセントまでは、その高一、高二の英文法が出る。
けれど会話で必要なのは、中学英語なのだ。この中学英語を理解しているけど、口でスラスラ言える程覚えていないから、話せないだけなのだ。また聞き取れないからヒアリングができない、書けないからライティングができないだけなのだ。
中一の後期ぐらいに、過去進行形などが出てくる。たいてい誰でも三人称単数現在まではわかる。現在進行形もわかる。
現在が進行するのはわかっても、過去進行形というのがわからなくなるのだ。過去がどうして進行するのか。
現在完了形にしても、現在は現在であって、現在が完了というのはどういうことか。過去完了形といっても、過去がどうして今さら完了するんだ。過去進行形、現在完了形、過去完了形・・・・・・とこのあたりからわからなくなってしまう。
最初は、「キャット・・・・・・、ドッグ、ドゥユーハブアペン?」という調子で、みんな英語を好きでやるのだが、中一のだいたい秋ぐらいから、全体の半分が英語嫌いになる。その時期にしっかり、真ん中以上の成績を取っておかないと、英語が(一生)嫌いになってしまう。
ひたすら読め-國弘流上達法
國弘先生は「英語の話しかた」という本の中で、「只管(しかん)朗読」を奨励している。道元禅師の「只管打坐」から来ているのだが、「只管」は「ひたすら」とも読む。
ある人が国際会議のチェアマンをしなくてはいけないので、「どうしたら英語がうまくなりますか」
國弘先生に質問した。國弘先生が言うには、「絶対に私の言うとおりにするのなら教えてやってもいい」と。「どんなことがあっても、私の言うとおりにすると約束するのなら、教えてもいい」
ということになり、その人は毎日國弘先生のもとに通ったのだ。ところが先生は、中学の一年生、二年生、三年生の教科書をただひたすら読ませるだけ。
何回も、とにかく音読させる。國弘先生も発音してくれるのだが、他に何もせず、ただひたす音読させるだけ。中一、中二、中三の英語をずーっと、何十回も音読、はいそれで終わりだ。
でもそれをしたら、その人はヒアリングもできて、スピーチもできて、十分にチェアマンの仕事ができたという。
これから海外出張するとか、海外駐在するという人は、これを応用すればいいのだ。海外に行くときに、中学の教材をツルツルと音読したらいいのだ。
そうすれば、スラスラ話せるようになるのだ。中学英語が高校受験問題になると、それがスピーキングとかリスニングになっていない。だから読めて理解はできるのだが、話せなくなるのだ。だから何回も音読したらいい。そして、できたら全ての例文を暗誦して、口からスラスラ出るようにしたらいいのだ。
私が中一のとき、小原先生という中年の男の先生がいた。その先生も、教材を全部暗誦させていた。それで、暗誦したことを、先生のところに言いに行かなくてはいけない。
米軍でやっていたから、英語はペラペラでものすごくうまい先生だった。その先生に、教材を全部丸暗記させられて、しゃべらされる。ペラペラペラペラペラペラと。あの先生に見てもらったら、今ごろはもっとうまくなっていたと思う。
英会話の初心者も、まず中一、中二、中三の教科書のセンテンスを全部丸暗記して、一章終わるごとにチェックしていくことだ。暗記していない言葉やセンテンスは、絶対口から出てこない。しゃべれないのはセンテンスを暗記していないからだ。
一個ずつの短いセンテンスでいいから、よく使うきちっとしたセンテンス、中二の教材のレッスン1とか2とかにあるのを、そのまんま全部丸暗記すれば、ペラペラペラペラと口から全部出るのだ。
絶対に丸暗記しなくてはならない必要最低限のセンテンスや言葉を、ほんとうに暗記しているかどうかが問題なのだ。
暗記するまできちんと見届けて、絶対にやらせてくれる先生がいないから、話せないのだと言えるのだが・・・・・。
國弘先生も只管朗読という方法で、中一、中二、中三の英語を順番に、とにかく全部読んで、何十回も何百回も朗読させて、それだけでちゃんと会議のヒアリングもスピーキングもできるチェアマンをつくってしまった。これは、國弘先生の「国際英語のすすめ」に書いてあることだ。
中学教科書はこんなにすごい!
中学の英語をばかにしてはいけない。それどころか、中学の英語教科書は絶対のものとして信仰しなくてはいけないのだ。
教科書というのはおもしろくない。教科書になったときから、その本はおもしろくなくなる。
でも、見てほしい。いちばん後ろのページには、これを編纂した人たちの名前が載っている。東京教育大学(現筑波大学)の教授とか、日本人や外国人の錚々たる人たちがこれをつくっているのだ。
中学の教科書には、そういう人たちによって厳選された、英語を勉強するのに必要なエッセンスがつまっている。
だから、ここに出てくる単語もイディオムも全部覚えたら、絶対に英語が話せるようになるし、うまくなる。教科書というものは、ほんとうに素晴らしいものなのだ。
「ニューホライズン」(東京書籍刊)のリーダーにしても、教材を執筆した人を見たらわかる。何十人もの人が共同執筆して、必要なことが全部網羅されているのだから。
英会話学校でいろいろ学んだ人も、もう一度、中一、中二、中三の教材を見たら「なんだ、ここに書いてあったのか」ということばかりだろう。
しかも教科書に出てくる英語は、フォーマルで癖がない。スラングではない、ちゃんとした英語が書かれている。
だから中学生も、まず教科書絶対信仰からはじめなくてはいけない。いかに素晴らしいものかを知って努力すれば、それが絶対に無駄にならない。これがわからないと、大学受験もたいへんになるのだ。
だから、私たちの予備校では、大学受験英語をやってもやっても砂上の楼閣というタイプの生徒は、中二の教科書や問題集から入っていく。
中二の問題集でも、はじめはやはり六割ぐらいしかできない。半分ぐらいしかできない子も多い。六十点ぐらい取れたらいい方だ。
だから、中二、中三の問題集で九十点近くをたえず取れるようになればいいのだ。
だいたい中学で基礎ができて高校に入っていくわけで、その基礎がわかっていないから、上のレベルに進めないのだ。
中学英語、それも教科書英語は、最良のエッセンスだということを忘れないでほしい。そこのところをおろそかにして英会話学校に行っても、基礎力ができていないので、なかなか実力がつかない。市販教材をやっても、バランスよく緻密には伸びない。
國弘先生の只管朗読法のように、中学校の教科書を何度も何度も音読することだ。教科書は子供の使い終わったものでもいい。
そこのところをばかにしていたら、絶対英語は身につかない。みなさんが英語ができないとしたら、中学校で勉強しなかったからだろう。三浦先生に出会う前の私のように。
逆にそこをしっかりとおさらいしたら、必ず話せるようになる。ここのところを肝に命じてもらいたい。
受験時代の勉強法
語がすらすらと出てくる。百のセンテンスを全部覚える。それも七通り、七回。だから今でも、次のような英戸にある大道学園という予備校で使って覚えていた。
柴田一夫先生が編纂した千七さらに私は、「マスト・スタディー・イディオムズ」というのを浪人時代に、神戸にある大道学園という予備校で使って覚えていた。
柴田一夫先生が編集した1700のセンテンスを全部覚える。それも七通り、七回。だから今でも、次のような英語がすらすらと出てくる。
Your getting married to such a man is out of the question. I won’t allow it.
「お前があんな男と結婚するなんて、問題外だ。許さないぞ」
out of the questionというのは「問題にならない」という意味だ。このように全部センテンスで覚えていれば、そのまま英語ですらすら言える。
受験したときのセンテンスを応用しているから、受験英語のむずかしいのを今でも覚えていて、今から二十何年前とか、もっと前に覚えた単語が出てくる。
だから、人が「なんでそんなむずかしい単語がすらすら出てくるんだ」と驚く。私の英語は、あるところはものすごくやさしい言い方でも、あるところはとてもむずかしい言い方だったりして、ムラがある。
それは、受験英語がそのまま出てくるからである。ネイティブが聞くとバランスの良くない英語だろうが、「何がネイティブだ。私も日本語はネイティブで完璧だ。私が英語を話す程、日本語を話す英語のネイティブが何人いるのだ」と開き直り、気にせずに良く通じるムラムラ英語を話している。
英作文とは英借文のことだ
これまで述べてきたように、私は中学時代に、どうやったら英作文ができるのかが、わからなかった。高校、大学入試の直前まで「どうして僕は英作文で点がとれないんだろう」と思っていた。
だいたい二十点くらいの配点の問題で、単語を五、六個ばらばらに書いて十点か十五点くらいもらおうと思っても、びしっとしたセンテンスになっていなければ、絶対に点数はもらえない。
正しいセンテンスになっている英文をすらすらっと口で言えて、書ける人でなければ、永遠に英作文で点数はとれないのだ。
英作文で半以上の点数がとれている人は、センテンスを覚えているからとれるのだ。だか英作文ではない。まさに英借文なのだ。英文を借りてくるのだ。
このセンテンスの暗記ができていない人は、死ぬまで英作文はできない。重要構文や重要イディオムの入ったセンテンスを覚えていると、下線部訳でも、空欄補充でも、完璧にできる。
だから、テス問題の下線部和訳、空欄補充、英作文をばらばらに考えてはいけない。
よく出くる典型例文を覚えたら一石三鳥。就職試験でも、大学に入っても、社会に出でも英会話ができるようになる。それを口からスラスラ出せれば、発音さえ正しかったら立派な英会話になる。
私は、千七百題の英文を日本語で見て英語に言い換えるということを大学受験時代にやり、その英文を七回覚えた。今では日本語が出たらスラスラっと英語が出てくる。スペリングも正しく書けるようになった。
英会話というのは、正しい文章を口で言えて、その発音が正しかったらいいわけだ。でも、発音が少々まずくても大丈夫。それに文章も、I think bad. なんて言っても前後関係でわかる。
アラブ人やアフリカ人やフィリピン人も、みんなひどい発音なのだけれども通じている。それは前後関係でわかるからである。このように英文の暗記ができないと英語が話せないし、書けない。
また、当然英作文もできないわけで、何度も繰り返すが、英語の学習の基礎になるのは英文暗記しかない。英語の熟語だけ暗記しても、センテンスの中で覚えなければ、どのように熟語が使われているかわからないから、変に使うと笑われるだけだ。
【実践編】重要ポイント①
●英会話とは、中学で習うレベルの英作文のことである。
●英作文が口で言えたら、英会話ができる
●英作文とは英借文である
●英借文とは、典型例文のことである。まず、それをマル暗記して、口からスラスラ出てくる
●中学英語は役に立つ。わかっていても話せないのは、暗唱できていないからである
話すための英借文
当たり前のことだが、英語で話すには、英語の文章をつくらなければいけない。よほど慣れた人なら英文がパっと浮かぶのだが、入門者のあなたには紙と鉛筆と辞書の助けがいることだろう。
でも、英語の基本構文的なものを暗記しておけば、いちいち書かなくても、それはパッと浮かぶのだ。「あ、そうか」と思ってもらいたい。「丸暗記しておくと手間が省けるんだな」「辞書に頼らなくてもいいんだな」と。丸暗記というのは、頭の中に自分用の辞書をつくることでもあるから、暗記してしまえば、電子手帳より当然のことながら早いのだ。
さて、話すための英借文だ。ここで、あなたが、「~するのははなはだ遺憾である」と言いたいとしよう。これをどう言うか。
英語を勉強している人はもうおわかりのことと思うが、それに対応する構文として、英語にはIt is regrettable that S (主語)+ should+R inf (原型動詞)~というのがある。こういう重要構文の入ったセンテンス、「~するのは遺憾である」を使って「遺憾ながら、彼は孫の顔を見る前に死んでしまった」を英語で言うと、 It is regrettable that he should have died before he could see his grandchild.になる。
ここでは「欠席いたしました」と過去形なので、 should以下は過去形をあらわすように、原型のhave+動詞の完了形に変わる。
だから、こういう構文を一つ覚えておくと、「~するのは遺憾だ」「遺憾ながら〜だ」というのがすぐ英語で言える。そして、文法のことも自然にできているのである。
また、これと似たような構文に、「~するのは当たり前だ」「~するのは当然だ」を意味するIt is natural that S (主語)+should+R inf (原型動詞)~がある。
これを使って、「彼はチリで生まれたので、美しい山々を見にチリに行くのはもっともだ」はAs he was born in Chili, it is natural that he should go to Chili to see beautiful mountains.と言える。
また、「私が洋子さんに司会をお願いするのは当たり前だ」は、 It is natural that I should ask Yoko to be the MC. また「~するのは不自然だ」はIt is not natural that〜と、 notをつけて変える。
このように、言いたいことを知っている構文にあてはめて文をつくっていくと、それは会話として正しい言い方だから、意味が通じるわけだ。
そして、覚えた構文をもとにして、話題にしているのが「彼女」ならIt is regrettable that she should〜に変える。「彼ら」ならIt is regrettable that they should~と複数に変える。話題にしていることが過去のことならIt is regrettable that he should have been absent~に変える。
否定ならIt is not regrettable that ~と、 notをつけて変える。強調したいならIt is very regrettable that$〜と、副詞を入れる。また、「遺憾だ」から「当然だ」に変えるなら、 It is natural that ~と述語を変える。このようにして、言いたいことに応じて変えていけばいい。
これらは皆、中学英語のレベルである。英会話には、中学の教科書に出ている以上のものはほとんどない。
九十五パーセントまではそれに出ているようなものだと考えていい。だから、何度も言うが、わかっていても話せないのは、暗唱していないからなのだ。
これは英語でどう言うんだろう?と考えない
例えばあなたが「〜はさしつかえありません」「〜は問題ありません」を英語で言いたくても、それを英語でどう言うかわからない場合はどうしたらいいか。そこで「どうやって話そうかな」と考えてはいけない。言いたいことを言おうと考え込んでしまったら、絶対に話せなくなる。
そういう時はどうするかと言うと、知っている構文を何とか使って、無理矢理それにあてはめて、会話をねつ造するのだ。
だから、「〜はさしつかえありません」を英語で正確にどう言うのかがわからなくても、 It is regrettable that〜の構文を自分で覚えていれば、それを使って、「〜はさしつかえありません」を「〜は遺憾ではない」に置き換え、 It is not regrettable that〜と言ったっていいのだ。少し固くて、少し変かも知れないが、十分に意味は通じる。
このように、言いたいことを正しく英語で言えなくても、それを置き換えて、自分の覚えている英借文のほうに引き込んで、主語述語、テンスを変えていったらなんとか話せるのだ。
気の利かない表現を覚えよう
さらに、「複雑怪奇な我が胸のうちを聞こし召せ」をどうやって英語にするかを考えてみよう。
まず、ここでは全体を「複雑怪奇な我が胸のうち」と「聞こし召せ」の二つにブツ切りにして分けて考える。
そうして、前半の「複雑怪奇な我が胸のうち」をまず、「極めて表現できない私の胸」というように、やさしい日本語に言い換える。するとそれはMy heart, which is impossible to explain. となる。ここで、 impossible to explainの部分に、 in turmoilといったUseful expression (役に立つ表現)も使えそうだが、そんなUseful expressionなんてのは無尽蔵にある。それを覚えようとすると、いつまでたっても話せないので、入門の入門レベルではなるべく、このimpossible to explainのように、気の利かない英語表現を覚えることをおすすめしたい。 My heart, which I cannot explain. とか、 My heart, which is difficult to explain. もそうだ。気が利かない表現だが、ものすごくわかりやすい。
そして、後半の「聞こし召せ」は、 please understand. だから全体で、My heart, which is difficult to explain. Please understand. と言えば、それが通じて、相手はI’m sure you feel very sad, because you had a very miserable experience. 「ひどい目にあったんだから、ひどく悲しいんだろう」と言ってくれる。
だから、気の利かない表現でも十分通じるのだ。「複雑怪奇な」というのをどう言うんだ、と考えて、「複雑」はcomplicated,「怪奇」はmysterious、「な」は’s、「聞こし召せ」はPlease expand your imagination toと考えて言ってみても、さっぱりわからない。
それから、「人類最後のときを、あなたはどうしますか」と英語で言いたいならどうするか。まず、基本表現のWhat do you think of〜を使って、 What do you think of the last day?とする。そして、それから続けて It is said that the year is the last days of the earth. と言えばいい。
このように、もとの1つの文の内容を、 2つにブツ切りにして、自分の知っている2つの構文にそれぞれ引き込んで言い換えていけばいい。
2つの文の間をwellやsayと言ったつなぎ言葉で埋めていってもいいのだ。無論、それを三つや四つにブツ切りにしてもいい。
だから、頭のなかで言いたいことが浮かんできたら、意味を簡単な表現で言い換えて、自分の覚えている英文を借りてきて話せばいい。
それで十分に話せるのだ。気の利いた表現をたくさんブツ切りで覚えても、応用できないし、いつまでたってもスラスラスラスラとつながって話せない。
英会話学校へいってそういった気の利いた表現を覚えても、いつ、どこまでやったら英会話ができるようになるのかがわからない。それだから英語ってむずかしいな、どうやったら話せるのかなと誰でも
heartだと考えて思ってしまう。でもそれは一言で言うと、中学レベルの英作文の暗記ができていないからなのだ。逆にそれができていたら、あまり切れ味はないものの、十分通じるオーソドックスな英語が話せるようになる。
典型的な例文を丸暗記して、口からスラスラ言えるようにならないといけないと私が強調するのは、このような理由からなのだ。
センテンスはいくつ覚えればいいのか
ところで、典型的な例文をいくつ覚えればいいかというと、入門の入門レベルの人は、まず30個覚えるところからはじめてほしい。
そしてその300個の例文を、口からスラスラ出るまで丸暗記するのだ。
このカベを越さないから、いくら英会話学校に通おうと、外人に個人レッスンを受けようと、またちょっとぐらい留学しようと、「英語がペラペラ話せる」「英会話ができる」という実感が湧かないのだ。これがクリアーできたら、入門英会話はマスターできたことになる。
そうすれば、イントネーション(抑揚)がどうであろうと、単語のアクセントの位置さえまともなら、一応相手は理解してくれる。
もし、これを、止まらずに早口で言えたら、 You speak English very well!と外人はほめてくれるはずだ。ぜひ死ぬ気で、口からスラスラ出るまで、バカまる暗記に徹して下さい。それで入門の入門はクリアできます)。
【実践編】重要ポイント②
●なるべく気の利かない英語表現(構文)を覚える
●言いたいこと、訳したい文章は、やさしく言い換えて、自分の覚えている英借文に引き込む。そのときに重要なのは、主語(または主部)を変える、述語(または述部)を変える、テンス(時制)を変える(現在形を過去形、未来形、現在進行形、現在完了形、過去完了形などに)、単複を変える、一つの文で表現できないときは、それをブツ切りにして二つか三つに分けて、二つか三つの英借文で表現する
●入門の入門レベルの人は、まず典型的な例文を300覚える
