パリ・コレクション(Vol.3)

神人合する人は幸せな結婚はできないか?

先程私は、普通に女性が好きだが結婚はしない、と書いた。いつもそう言っているからかも知れないが、こういう質問を受けた。

「神人合一(神の如くまで己を極め、神様と一体になること)する人というのは、独身の人が多いようですが、結婚生活が幸せだと神人合一ができないんでしょうか」もっともな質問だ。

独身だったり、どこか変わった人物しか神人合一できないか、幸せだと神人合一できないかと言うと、そんなことはない。ただ神人合一のレベルがそれぞれなのだ。

人の得がたいものを得よう、極めがたいところを極めようと思えば、やはり、あれもしたい、これもしたいと手をつけて全部満たされて、しかも極めがたい気持ちまでいくのはまず無理というものだ。

人に得られないものを得ようと思ったら、やはり好きなものを辛抱し、やりたいことを堪えてこそ、そのかわりに人のトップに立ち、頂点に立ち、人に得られないような最高の境地が得られるのだ。

これは世の中の一般法則だ。

幸せな結婚もし、子供もでき、全部持って、しかも世界のだれも到達したことのないような境地にもなりたいというのは、これは欲張りというものである。

しかし、そういう人でも神人合一はできる。ただしレベルが、己のすべてを投げう人とは違うということだ。

その人の神人合一のレベルというのは、家庭を幸せにし、夫を幸せにし、その人の役割と職業範囲のベストを、さらにベストにする神人合一のレベルだ。神人一体というのは、家庭でも仕事でもできるが、そのレベルがおのずから違ってくる。

人類を救済するほどのレベルを求めるのであったら、それだけ打ちこむ必要があろう。体験と徳分と悟った絶対量が必要で、それに合った分だけしか神様のお取り次ぎはできないからだ。

しかし、家庭を持ち子供と配偶者に恵まれ愛するということは、基本的に幸せだ。

神人合一というと得がたいものを得るために自分の好きなものを捨てること、あるいはまた、戒めを持って生きるということで、不幸を背負っているようなニュアンスがあるが、そうではない。

その人にとってはそれが幸せなのだ。

人の得がたいものを得るためにどんなことをしても、というのがその人の幸せだから、神様は神人合一をさせようとなさる。

神人合一する理由は最終的には何かというと、それが本人の幸せだからで、神様が苦しめようとなさることでは絶対ない。

配偶者を愛せなかったり、独身だったり、どこかハングリーなところがある人というのは、不遇でも、もっと別な幸せを感じる。

本人が幸せを感じるなら、神様はあえて試練を与えていく。また、家庭を持って幸せだったら、それはそれで神様の御心に合っているのだ。幸せになるのが基本的な神の願いだからだ。

家庭を持って幸せに暮らしても、本物の信仰があれば、何となく月末はこうしたほうがいいんじゃないか、夫はこうすべきじゃないか、子供はこうあるべきじゃないか、自分のお仕事をこうしたほうがいいんじゃないかと、そういう閃き、直感があって、神様とともにいるという感覚があるから、神人合一のあるレベルまではもちろん到達できる。

ただし、それ以上を求めようと思ったら、絶対的な量と、越えなきゃならないプロセスと、山坂が要求されるから、どちらを選ぶかは本人の自由に任せられるのだ。

その上でその道がいいからといって、夫と別れ、子供をどこかに預けるという人もいる。

一遍上人もそうだ。「これは」という女性がいても、私は仏の道に生きる、済まないけどと別れた。

一遍上人はそのようにしか生きられなかった。お釈迦様もそうだ。王様で奥様もいたし、子供もいたんだけれど、自分はもっと人生の究極なところを目指したいと思い立って、王子様の仕事も立場も捨て、家族も捨て、妻も捨てて、仏道を成就した。

それだけ得たものが大きいから、人類の救い主の一人になって、これだけ世界に影響力を持っておられる。

どの道を選ぶか。それは本人の自由だ。

だから、幸せな結婚の道を選んだからと言っても、全然卑下なさることはない。それなりの神人合一のレベルで人生を幸せにできたらいいのだ。

奥さんが仕事をするなら家庭が安心な仕事を選ぶ

「女性が結婚し、かつ仕事も続ける場合、女性が本来持っている陰の要素の働きと矛盾するのでしょうか。

女性本来の役割に逆らって生きることになるのでしょうか。信仰力を高める最大のポイントは何ですか」という質問もあった。この問題について考えてみよう。

仕事をすることについてご主人が納得なさればそれでいい。女性の働きというのは、ズバリ言えば安心感だ。

いつも家にいてのはいいけれど、私はそういう女性よりも仕事に就いてある程度社会性をもち、ともに話し合いながらいくほうがいいと思っている。

しかし、土曜日と日曜日だけは家庭の日だから、その二日間安心をもたらしてくれればそれで十分。そんな風に、ご主人がそれでよかったらそれでいいのだ。妻の働きは十分にできるし、仕事をしながらでも安心感を出すことはできる。

ただ、その仕事が、株の売買とかになると、かなり修羅道っぽくなって、具合が悪い。土曜日と日曜日は安心かもしれないけど、平日は絶えず株価を気にして、「おい、おまえ、夕食の支度は?」

「ちょっと待って。あ〜下がった上がった」

これだと、なかなか家の中は安心というわけにはいかない。株の売買とか競馬の予想屋とか、そういう目が血走るような仕事は向いているといえない。

例えば、株の売買の営業マンで、絶えず株の上がり下がりを見ている人が家庭を持つと、ご主人に安心感よりも恐怖感を与えるからである。

もしこの株が暴落したら来年どうなるだろうかと奥さんが悩んでいるところに、ご主人が、「ただいま~」と帰ったら、「ちょっと養老乃瀧に行って食べてくるわ」というような淋しい家庭になってしまう。

ずばり言って、妻が仕事を持つのはよいが、職業による。仕事と家庭とパッと切りかえができて、安心できる家を持とうと心がければ、妻の役割も果たせる、というわけだ。

子供が小さいうちは仕事を控えるのがベスト

しかし子供が生まれたら、三歳ぐらいまでというのはやはりお母さんの肌の感覚がなきゃいけない。

できるものだったらなるべくペースダウンをして、三年ぐらいお仕事を少し中断してでも育児に専念したほうがいいだろう。

かぎっ子になると、そのさびしい分だけ、どこか孤独の影を持った子になってしまうからだ。

だから、幼児の間はなるべくお母さんがいたほうがいいし、働いていく場合は、母親の手の足りない分だけ夫婦が揃って補う努力をしていかないといけない。母親がいなかった分だけ、当然、苦労のしわよせが出てくる。

仕事、仕事で生きているお母さんだと、ご主人は納得しても子供はなかなか小さいから納得しない。わからないからだ。

中学ぐらいに大きくなればいいが、手が放せない状態のときに、仕事がおもしろいからといって仕事に熱中すると、やっぱりその愛情が欠落している分だけ、子供が大きくなったら、お母さんは苦しむことになる。

それはもう自分が選んだ道だから仕方がない。

お母さんと絶えずいるという女の子男の子と、お母さんがほとんどいなくて育ったかぎっ子はどう違うか。かぎっ子は一人でポツーンとしてるのも平気なのだ。

だから、大勢の中にいても一人ポツーンと座っている。どこか集団生活でなじめないというところはやはり否めない。

でも、ポツーンとするのが得意な仕事、例えば、物書きとか、それからお習字の先生とかにはかえって向くかも知れない。

あんまり絶えず和気あいあいとしてたら、絵でも書でも書き物でも没頭できないから、孤独な影がポツンとあっても、ポツーンとしたのが幸せな道にしていければ、それでよかったということになるかも知れない。

けれども、集団生活の中で、どこか母親の感覚が足りない子というのは、その分だけ大事なものが欠落していることは事実だ。

それを承知の上で、仕事をせざるを得ない。母としての重要な役割をやはり犠牲にすることになるから、女性本来のの働きの中での、その面はやっぱり果たせないのだ。

一番いいのは、子供がちょっと大きくなるまでは仕事をやめて、大きくなったらまたやることだ。

仕事がおもしろくてやりたいというのだったら、その母の役割の分だけはどこか削られる。夫に対しては夫がそれでいいと言えばいいが、子供への責任となると問題は残ることになる。

というわけで、結婚について、幸せな結婚をどうやってつかむかとか、結婚生活と神人合一とか、いろいろな角度から述べた。これらを参考にして、是非良縁をつかんでいただきたい。

ところで最後に、「どうみてもわが家の運勢はよくない」とか「特に自分の運がよくない」という場合について補足しておこう。

たとえば、大事なところで必ずへまをする、チャンスが巡ってこない、人間関係がうまく行かない。

さらには、家がゴタゴタもめている、ノイローゼや重病患者、事故が続出する…………などの場合。

もちろん、なかなか結婚できないとか、姉妹そろって縁遠いとかいう場合もあるだろう。これを家運とあきらめて、因縁をそのまましょいこむ前に、一度ぜひ「救霊」(ついている霊を救済してはらうこと)を受けてみることをお勧めする。

というのは、じつは問題の多い家系には、あなたの先祖の代からずっと恨んでいる霊(たたり霊)がいて、霊界から強烈にしかえしをしている場合がほとんどだからだ。

こんな霊にたえず人生を妨害されたら、節目節目でまちがった道を選ばされたり、才能の芽をつぶされて、なかずとばずの人生になりかねない。

くわしくは「神界からの神通力」(深見東州著/たちばな出版刊)などにゆずるが、恋愛運を根底から改善したい方は、お受けになってみるといい。

人生の黒雲が払われ、陽光をさんさんとあびるように、想像もできないほど運勢が向上するはずである。

第二章 究極の縁結び

良い縁結びを実現するには?

結婚について、いろいろ考察したが、さてどうやったら悪い因縁を絶って、良縁を結べるかという方法を、突っ込んで考えることにしよう。

少々神霊的に言うと、縁結びには先天の結びと後天の結びがある。前者は無形の、後者は有形の結びだ。先天の結びというのを変えるには私が行う秘法もあるのだが、誰でもそうやすやすとできるものではない。

しかし、後天の結びというのは、自分の性格、傾向を知って良い方向に直すことによって因縁を絶ち、ひいては先天の結びを変えることにもなる。

この章では、結婚運の良い人、悪い人というのがどういう人か見分けながら、自分をどう変えたら結婚運が良くなり、良い縁結びができるか述べてみたいと思う。

素直な人には良縁がどんどん舞い込む

まず、大変わかりやすいことだが、性格が素直な人というのは、男性でも女性でも周りの人が放っておかない。

すごく結婚運が良くて、すばらしいパートナーに恵まれる。それは以下の理由によるのだ。

小さい頃から、お父さん、お母さんに厳しく育てられてきた人は女性でも男性でも、非常に素直だ。いつも厳しく言う人でも、一度注意すると「はい」と素直に反省するので、あんまり言うと可哀想だと思って、一回注意したらそれ以上言わない。だから、結局は素直な人はあんまり叱られないことになる。これは叱られ上手でもある。

そういう素直な女の子の場合は、もう必ず、すぐ結婚が決まる。決めたくないと思っても周囲が放っておかないのだ。

明るくて素直で、はきはきしていたらもう言うことはない。そういう人は結局運がいいわけだ。

生まれ育った環境の中で、少なくともわがままを言わないで素直に「はい」と言う人というのは、女の子として非常に運がいい。

だから男の子もそうだが、親にしっかりしつけてもらえるというのはすごく運がいいことなのだ。

甘やかされたわがまま娘は最後まで取り残される

反対に、わがままで育ってきた人は、自分のわがままの思いどおりにいくような目下の人とか、気心の知れた人に気持ちが向く。

生まれ育ってきた環境により、いつも自分を抑制するような相手とか、厳しく叱りつける人とか、細かく注意する人はなるべく避けるようになる。

一人息子、一人娘で、お父さん、お母さんが溺愛して、わがままに育てたために自分の気分を抑えることができない人は、目上から厳しく言われるのに非常に抵抗を感じる。

だから、厳しく言われると、もう聞きたくない、もういいとなる。だからいつもおどおどしていたり、厳しく言えば言うほどグッと逆に反抗して、にらみ返したりする。

黙っていてもお腹の奥で「こんちきしょう」と思っている。厳しく言われるという感覚に、子供の時から慣れていないからこうなる。

そうすると、厳しい上司などは注意しているのをこいつはわかっとるのかと怒る。

自分が足りないから注意されてるのに避けるようにすると、一層わかってるのかと思って、また言いたくなる。

グッとにらみ返されたりすると、ちっともこいつはわかっとらんな、というのでさらに叱られて、いつも叱られている。

ふてくされている、叱られているからということで、いつもその(叱る)人と会うと不愉快な思いにかられている。

叱られる方も、また言われるんじゃないか、言われるんじゃないかと思うと、「言われるんじゃないか」という念を出すから、言いたくなくても上司はその人に会ったら言ってみたくなるというサイクルで、どこまでも叱られている。

だから結局、「あの女の子は問題が多いね」ということで、なるべく触れないように触れないように、腫れ物に触るように周囲は動いていく。

当然のことながら、自分の知り合いが、あの人と結婚したら不幸になるというので、あの人とだけは縁談があったら壊そうというぐらいな気持ちになる。

当然、良い相手を紹介してもらえることはない。死ぬまでひとりで威張っていれば、ということになる。世間は素直な人には優しいが、わがままな人には冷たいのだ。

御魂が良い子は、良くしつけられるような環境に生まれる

だから、結婚する、しない、運、不運というのは、結局生まれ育ってきたしつけの問題ということになる。

目上の人に対して素直で、叱られ上手の子は、叱られないで、どこまでも運がスーッと開ける。それが因縁というもので、そういうお父さんとお母さんのもとに、小さいうちに育てられたわけで、本人が気がつかないだけだ。

よき御魂の子は、やっぱりそういう両親のところに生まれてくるものだ。

そういう両親の間に生まれても、五人兄弟の中で一番悪い御魂の子の場合は、お母さんが仕事をして働いて、しつけができなかったり、教育ができなかったというときにたまたま生まれ合わせてきて、どうしてもしつけがしてもらえなくて、放ったらかしになったりする。

兄弟の中でその子だけがわがままに育ったりということで、その子だけ運が悪い。これはやっぱり因縁の働きだ。不思議なものだが、これが基本である。

稀に、すごく前世の徳分があって、ものすごくわがままなのに、そのわがままを辛抱するのが好きだというような夫と結婚できることもある。

それはわがままを超えるだけの、色の白さだとか、顔立ちのよさだとか、それを欺くだけの説得力だとかが備わっている場合などである。

それで男性もだまされて次々にプロポーズするが、たいてい三年以内には別れてしまう。いずれも長くは続かない。

化粧をサボるのは怠りだ!

化粧というと軽く見る人がいるが、とんでもないことだ。恋愛はもちろん、他人と縁を結ぼうと思ったら、自分を美しく見せる努力をしなければならないに決まっている。「外見ではなく、中身だ」なんて言う人間に限って、とても人前に出せないような面相だったりする。そんなのは怠り以外の何物でもない。

私は私がリーダーをつとめているワールドメイトのスタッフや若い会員さんには、この点は厳しく言っている。

お化粧をしない女なんて、度胸のない男みたいなものだ。最近は化粧に熱中する男も増えたのに、女の子の方が研究が足りないのは情けない。

最初、私は愛と慈悲があるから言えなかったのだが、スタッフたちが余りにも平凡な顔をして来る。可哀想だ、やっぱり注意しなきゃだめだ、と思うようになった。たとえ顔のつくりが多少ゆがんでいても、女はお化粧できるからいいのだ。私なんかは、したくてもできない。

そこで私は相談に見える人・・・・・・とくに女性にはお化粧の仕方から教えているし、セミナーなどでもよく話す。

おかげでようやくスタッフも美しい顔になってきた。仕事を増やしたかっこうだが、これも私の役目のひとつと心得ている。

結びのハイテク、化粧法を公開しよう。このくらいのこともしていない人は、怨念霊並みの人相なのだ。

こうすれば貴女はベティ・ブープみたいに変身!?

私は鼻が低いから…と沈んでいるだけの女の子は多い。鼻が低かったら、ファンデーションを二種類使いトーンをつける。鼻のワキに影をつくれば高く見えるのに何故しないのか。

それから、えらが張ってるのに、そのまま張ったままで終わる人もいる。そんな人は、アゴに暗目のファンデーションを塗れば、ほほが出て細くなる。

特に女の子の化粧で足りないのは、アイラインを描かないことだ。一重まぶたでそれをそのままにするから、二日酔いのような腫れぼったい目でお化粧をしたような感じがする。

まぶたの上にアイラインをスッとつければ、スッキリした目になるのに何故やらないのだろうか。

私はそういう顔は霊界でいっぱい見ているのでもういい。見た目にきれいだったらいいわけだから、まず上まぶたのアイラインをはっきりして、ビューラーでまつげを四十五度に上向ける。

そしてマスカラでそのまつげを濃くし、固める。そしてパチパチパチとすれば、ベティ・ブープみたいにきれいじゃないかというのだ。それをしないのは怠りだ。

ファンデーションも大体普通一種類しかしないようだから二種類使えばいいし、一重まぶたの人だってテープを貼れば二重になる。

お肌が荒れていたら乳液を少し塗ってからお化粧をしてやればいい。サメ肌みたいな人でもファンデーションの厚みを五ミリぐらいにすれば、もう大丈夫だ。

びっくりすることはない。京都に行けば舞妓さんがやっている。それでいいではないか。

歌手志望の子にアドバイス―アッと驚くほどきれいに!

ある時、歌を歌っている若い子に、声がきれいでも、ステージに出るんだから、見てきれいでなくてはだめだと僕は注意した。

例によって化粧法を指導したのだが、皆さんにもお目にかけたいくらいうまくいった。

「先生、これ、どうですか」と聞くから「だめ、思い切りが足りない。アイラインをはっきり描きなさい」と言った。

それから、「美容院はどこ?近くの美容院でしょう。だめ、六本木に行きなさい。有名人のいるところの美容院に行って、私はこれから歌手としてデビューしますからと言いなさい。向こうはその気になってやりますから」とアドバイスした。

ステージだけじゃない。そのようにしてみなさんも会社に行けばいいのだ。別にファッションがどうだからといってやめさせられたりしない。だから、見てきれいならいいと言うのである。

その子は、私が二度、それはだめと言って、三度目にアッと驚くようにきれいになった。

今、私の指導する若者達の間でも、私の美容アドバイスがブームになっている。パッと見て、アッきれいになったなという人は、まず美容秘法を受けたか、あるいは私のアドバイスで化粧を変えたか、この二種類のどちらかだとさえ言っていい。

女性はいくらでもきれいになっていいのに……

女性は自由にお化粧ができるんだから、そのままでほったらかしにしている女性を見ると、もし私が女ならどれだけやっているだろうかと思ってしまう。そのできない歯がゆさは何とも言えない。

髪の毛にしても、パーマも自由にできるわけだ。薄かったらかつらもできるし、長すぎればカットもできるし、女性は自由自在である。

そうやっているうちにスタッフたちも、みなそれぞれ大分きれいになってきた。はじめは愛があるから言えなかったのだが、やはり教育ということを考えたら言わなきゃいけないと思った。

耳が痛い読者も多いことだろう。よくそういう平凡な顔で、お化粧もせずにいるなあと私からすれば思ってしまう。

したとしても、サッササッと一種類で終わり、という感じである。まゆ毛でも、ゲジゲジまゆ毛なのにそのままでいるとか、何とかして…と思ってしまう。ちゃんと細く、スマートに描けばいいだけだ。

中には上唇が薄くて、下唇がヒドく厚いというのに、口紅を同じように塗っている人もいる。よくそういう化粧をするなあとあきれる。

上を重いようにするとバランスがとれてみえるだろうに、と。

口が顔の半分もあるほど大きい人で、ごていねいに全部塗る人もいる。それで、「先生、チョット……」と言われたら、もう恐ろしくて、食べられてしまうんじゃないかというような気がする。

巨大口の人だったら、真ん中あたりに少し書いてまわりをファンデーションでごまかしたらいい…と言いたい。

一見見たところおちょぼ口、黙ってさえいれば、ばれない。

それでバクバクバクと食べていればばれるけれど、少なくとも真っ赤にするよりはましだ。少しずつごまかしていけば、本当に口紅一つでもきれいになれるのだ。

「今の流行」に安易に乗らない

ところで、顔色が冴えない女性が、また冴えない色のメイクをしていることも結構ある。

色彩感覚がどうなっているのかと思ってしまうのだ。そう言うと大体「今流行なのに……………」と言ったりする。

またアイラインを描いているのはいいが、赤とかピンクで描いている。稲荷そつくりだ。私は、稲荷の除霊のときにはいつも見ているから、目のふちの赤いのはもう見たくない。それを、

「今、それは、先生、ブームですから」と言う。

ぜひ知ってもらいたいが、赤は、結局性的に発情しているときに、目の上に赤い色を付けたくなるものなのだ。

だから、これを付けるのは、そういう精神状態のときだから危険だ。清々しい霊格というのは大体ブルー(紺)だ。

守護霊様でも目からブルーの霊光が出ている。紫だと娼婦の色になる。

また、本当は金の霊光の人がいるけれども、金龍神そのものみたいに思われて怖がられるから、目に金はなかなか塗れない。

そもそも、今流行だからといって赤いラインとか、くすぶった冴えない色とかに飛びついちゃいけない。悪い霊に誘いをかけているようなものだからだ。

目と鼻をシャドウとラインで美しく見せよう

人間の顔は、大体目と鼻のあたりが一番目立つ。私は守護霊画を描いたりするので、彼らの顔を研究していてわかったが、まず、アイラインをはっきりする。

それで、目の上に少しブルーを入れると立体感ができる。ファンデーションでも一種類じゃなく、何種類かを使って、鼻の横を少しトーンを落として影にすれば高く見える。同じ色ならてっぺんを白く塗る。そうすると鼻が高くなるのだ。

そのようにすれば鼻は高く見えるし、脇を少しブルーにすれば立体的に見える。まゆ毛もハの字じゃなくて、きれいに描けば、それなりに見られる。守護霊に近い顔になるというものだ。

まぶたにはブームでも赤のアイラインなんかしちゃだめだ。

性的な発情をますます助長するから、そういう霊を呼び込む。なるべくブルーか、もしつけたかったら緑かどちらかだ。緑を少し入れれば清々しい霊格の高い顔になる。

中身は人にはわからない。まず美しく見せよう

ガガーンとアゴの発達した人もいる。アゴそのものの大きさは変えようがないが、ほおを少し明る目にして、アゴの部分のトーンを落としてダークにすると目立たなくなって、顔が立体的に見えるようになる。

アゴが出ているのは幾らでも工夫ができる。

小っちゃな耳の人は貧しく見えるから、イヤリングをしたらいい。ネズミみたいな耳をして、小っちゃい耳でも、華やかになる。

これがポッチャリとした耳だったら、これをやると仏様みたいになるからしない方がよい。どうしてもしたいというのなら小さいイヤリングにすることだ。

そうやって化粧した分だけきれいに見える。長く付き合ってみなければ人のよさなどわからないのだから、まず最初は、この努力が結婚運をひきよせるもととなる。中身も美しかったら外も美しく、少しでも印象がいいように努力すればそのようにやっぱりなる。

女性でもお化粧を真剣に考えない人は、中身がきれいだからいいです、と言うかもしれないけれど、男の方の立場からいったらお断りしたくなるはずだ。

中身もよく、外もよりきれいな方がいいというのが、男も女もお互いの共通意見だ。顔が変わらないのならお化粧してくれということだ。

ともかく、少しでも自分を良く見せることは、みなさんが考えている以上に大切なことだ。それをやらないで神様に近づきたいなんて虫がいい。

あなた自身が、ものすごく汚なくて気持ち悪い男性や女性と、お茶を飲んだり恋人としてお付き合いをしたいかどうか考えたらいい。神様だって同じだ。

目上の人に愛されるように努力しよう

仕事でも恋愛でも、長続きする人は自分よりも目上の人に愛されて、慈しまれてかわいがられるという性質を持っている。

そういう女の子はどこへ行っても幸せだ。それがない人は、空恐ろしいぐらい何かの職能力がないと、今生でそれなりの幸せを得るのは難しい。

顔の形が少々悪くても、素直な女性、素直で楽しい女性で、さらに気がきくとなると男性はもう、放っておかない。

だから、目に見えない世界(神霊界)で神仏にお願いして縁をどんなに結んでも、日常生活の中で、わがままに育ってきた人は異性に好かれくてもしようがない。

今さら子供の頃には帰れないので、まず女性なら男性に好かれる手始めとして、目上の人に愛されてみようという努力が必要となる。

特にお父さんと仲の悪い人は、社会に出ると上司の男見しものた然、結婚すると、だんなとも仲が悪い。

逆に、お父さんとそれほど仲が悪くない、まあまあだという人は、社会に出て上司の人とまあまあやっていける。

お父さんとの関係がそれほど悪くない女性は、大体お父さんと同じような人を理想の男性像に持つ。

また、男性の場合、お母さんとそんなに悪くないという人は大体、理想像を聞いてみたら、お母さんと同じような像を求める。

これは逆に、お父さんと犬猿の仲だった女性は、父親と逆の男性像を求める。お母さんと犬猿の仲だったらお母さんと逆な人。細目だったら太い、あるいは、太目だったら細いタイプを好むものなのである。

そのように、逆の像を人は求めるものなのだ。

だから、肩幅の狭い男はもてない

そういうふうに、この因縁、悪い因縁、悪い結びというのは、自分自身の生まれ育った環境の中で育まれた性格、好み、傾向に左右される。

特に女性の場合は、その男性に抱かれた瞬間に思いを馳せる。だから肩幅の狭い男性というのはあんまりもてないのだ。私の長年の統計の結論として、顔はハンサムだけど肩幅が狭い人というのはどうももてない。

女性がイメージの中で、あの人に抱かれても、胸が狭くてだめね・・・・・・、こんな感じなのだ。

反対に何かどこか、髪の毛が薄くても、ポーッとしていても、肩幅の広い人は何とな~く、抱かれた瞬間に抱かれやすいという感じを、女性はその瞬間を連想するようだ。

女性が夢見るのは?

男性にとってもそうに違いないが、未婚の女性にとって結婚というのはすごい夢だ。

特に、女性が夢見るのは、何と言っても結婚式だ。

手相家のNさんの手相鑑定に来たお客さんで、「色情因縁(色事で悪運を呼ぶ因縁)がありますね」と言ったら、「あ、やっぱり日本閣がいいでしょうか」「いや、そういう意味じゃないんです」という変な思い込みのやりとりもあった程、女性にとって結婚式のイメージは大きい。結婚式と言ってもクライマックスは和服じゃなく、ドレスを着て新郎新婦が手を結ぶキャンドルサービスの瞬間だ。

「さあ、ただいまから新郎新婦の新しいスタートの灯し火が灯ります」

というアナウンスと同時に順番に火をつけて行く。

すると中には友達がいじわるして、ロウソクの上にコップで水やビールをかけたりしていてなかなか火がつかない。

でも「やっとついた~」と言って、パチパチバチっていうあの瞬間、あれだ。

そのイメージを三十数年描き続けているけれども、全然実現しないというイメージ倒れの人もいるものだが。

女性は性的好みで男を選ぶ。高い声は直そう

さて、世の女性達は、どういう基準で男性を伴侶として選ぶのか。そもそも、そういう一般基準はあるのか?

それは間違いなくある。

女性がパートナーを選んでいくとき、潜在意識の八〇%から九〇%までは性的な好みで選んでいる。

たとえば抱擁された瞬間に、肩幅が狭い人、あるいは声がえらく高いのは嫌われる。

カン高い声で「こんばんは、お元気ですか。僕と一緒に暮らしませんか」なんて言う男はもう絶対だめだ。

だから、私が見て、なかなか縁談がうまくいかない男性は、えらく声の高い人だ。これはだめだ。

だから低音で、テノールをバリトンに変えることから始める。「あ、あ、あわてが雁之助だんねん。わてが守護霊だす」とか、低音で、

「逃げた~女房にゃ、あ、あ、あ、結婚してください」とか、とにかく発声練習は随分大事だ。

それと囁き。女性はデートしたときの囁きを連想するわけだから。(高い声で)

「君は最高だ、きれいだね」とか、公園で散歩してるときに、(高い声で「あっちのほうへ行きましょうか」なんて言ったら、忍者ハットリくんかと思われる。

女性は全然ロマンリムードに浸りきれない。ともかく声の高い男性は、これはもっと低音の練習をしたほうがいい。

女性からするとデートのときのムードはすごく大切だかれたときの瞬間、肩幅が広くて、自分より背が高くて、真ん中か真ん中よりも下ぐらいの声で、やわらか$301Cいような声の人なら一発だ。

で、スーツがピッと似合って、レストランへしょっちゅう連れていってくれて、おみやげをくれるというのならばノープロブレムだ。

ケーキをくれる、花束をくれる。必ず別れる前に一言、「君はすてきだね」と歯の浮くようなことを言ってくれる男性。

歯を浮かしながら、「今夜の君は最高だったよ、愛してる」とかなんとか。そのロマン。

それがない男性だと、女性はどうしても結婚に踏み切れない。

こういう女心の機微がわかっていると、男性はそのあたりを気をつければ、大して学歴もよくないし、頭もよくないし、出世もしていない、さらに運も悪くて……………という男性でも、次々と女性とうまくいく。

男の目で観ると、どこがいいんだと思うような男でも、女性を惹きつける。

要するに女性は、その酔える瞬間を期待するのだ。大体肩幅が広くて、声が真ん中ぐらい。そういう男性に次々次々女性は惹かれていく。

だから、男性を選ぶ基準は、男性の中身じゃない。やっぱり性的な好みが九割。ムードというのがない男性には、どんなにいい人だと思っても結婚には踏み切れないのである。

これが世の女性の、男性を選ぶ一般的な基準だ。ばかみたい、と思うかも知れないが真実だから仕方がない。

逆に、この基準を知っていると、その逆を突くことによって抜群の良縁をつかむことも可能になる。

角隠しは古代の叡智

話は変わるが、昔の結婚制度は良かった!

隣近所の家と家の結婚では角隠しをしていた。あれは私たちのご先祖の叡智である。だれでも結婚できるからだ。あれだったら、真っ白にして、おまけに首から上をおおうような角隠し、つまりそれによって新婦の面相がわからない。

「私、何か角隠しして、結婚するまで夫の顔が見れないまま結婚させられましてね」なんて、時々おばあさんが言ったりするが、それがどうしたのかと私は思う。

このおばあちゃんの昔の顔がどんなにきれいと言っ
てもたかが知れている。

小鼻が目一杯張ってて、大きな口のおばあちゃんで、目が一重まぶたで、どんなにきれいと連想しても、それは限度がある。

それでも結婚できたのは、角隠しのおかげだ。

今は皆さん、大変不幸な時代にいる。素顔をそのまま出さなきゃいけない。だからもうファッション、美容が命。一重まぶたでもテープを貼れば二重になれるし、厚ぼったいまぶたでも、シャドウを入れて、しかもシャドウも二段階にしてやると立体的になる。

ファンデーションのダークのやつを入れると鼻が高く見える。

口紅でも、やや黒めの濃いやつを下にして、真ん中にいわゆる薄いのをすると、プクッとする。

口は大きくはならないけど、立体的に色っぽく見える。あのメイクのやり方で、いくらでも自在に変えられるのだ。

現代で一番幸せな人は、ノッペリした顔の人だ。どのようにもお化粧できるから。ある程度完成度の高い顔の人はいじりようがないから、かえってあるレベル以上は超えられない。

本当に不幸な話だ。ハンペンに目鼻をつけたようなノッペリ顔になりたいものだ(というのは冗談だが)。