マーケットは限りなく広いのだ。たとえば、アデランスというカツラがあるが、あのカツラをつけている人がみなさんの周りに何人いるだろうか。初めの頃はゼ口か、多くて一人か二人といったところだろう。また、テレビのCMで有名になったアート引越センターという会社があるが、あの運送会社を利用したという人が、近所にいるだろうか。やはりゼロか、多くて一人か二人だっただろう。
しかし、アデランスにしてもアート引越センターにしても、優良企業である。なぜか。彼らが相手にしているマーケットは、海のように広いからだ。実際、日本には一億人以上の人がいる。それだけの需要がある限り、どんなにマスコミが騒ごうが、いっさい問題ではない。
私に言わせれば、先の社員は単に時計を扱うことに飽きただけなのだ。これには注意しなくてはならない。一つの仕事を七年か八年もやれば、必ず社員は飽きてくる。経営者自身も飽きてくる。飽きてくると、もうこの業界はだめじゃないのかな、という気になってくるのだ。すると、これからは建築の時代だとか、マルチメディアの時代だとか、いろんなことを言いはじめる。
これは大会社の経営陣が言うせりふである。中小企業の社長は絶対にそんなことに耳を貸してはいけない。では、どういうふうに言えばいいか。
「君、それは大会社の話なんだ。あれだけ大きな固定費を払うには、それに見合う大きなマーケットと売上が必要だろう。だからそう言うんだ。われわれの会社はどうなんだ。たった十数人の給料と家賃を払って利益が出たらいいんだろう。
業界うんぬんじゃない。会社というものは月々利益が出て、年間締めて黒字だったらいいんだ。それぐらいの需要は無尽蔵にあるぞ」
現実に、日本人はみな時計をつけている。しかも、香港の工場から直輸入して、バーゲンで直売したら、利ざやがニクッションも三クッションも抜ける。円高になれば、また粗利が上がる。
参入当初、急成長したのはすべて輸出業者だった。ところが、円高のために次々と倒産していく。それを見て私は、輸出は危険だと感じ、輸入専門にした。国内でさばくルートを地道につくって成功し、その後の円高で、ますます粗利が上がってきた。予見が的中したわけだ。
まあ、直感が当たったわけだが、数少ない社員が月々食べていけて、年間締めてみて利益が出て、配当ができて、ボーナスをふつうの会社より少し多めに出すぐらいの需要というのは、この日本にはいくらでもある。五人や一〇人の社員なら、時代がどう進もうが関係ない。業界がどうあろうと関係ない。社員が一〇〇○人近くいたら少しは考えもするが、少ない社員だったら何一つ考える必要なんかない。中小企業は強いのだ。
日本なら何をやっても食っていける
テレビも新聞も、日本経済の見通しはどうのこうのと言っている。それを聞いて、不安になったり安心したりする経営者がいるが、そんなのは大企業の経営者に任せておけばいい。大企業の経営者なら、経済見通しを見て、利益とかマーケットをどうするか、考えることもあるだろう。しかし、私たち中小企業の経営者は、そんな経済予測なんかまったく気にしないでいい。何となく、少しずつ、ヤバそうな雰囲気だなということだけがわかったら、それで十分である。中小・零細企業のマーケットは無尽蔵なのだ。
従業員五、六人から一〇人、多くても何十人かの企業、つまり中小・零細企業は、何をやったって食うことができる。小回りのきくサイズなのだ。突飛な話だと叱られそうだが、ちょっと例を挙げてみよう。
食えなくなったら、まず、廃品回収業がある。これが一〇人くらいは十二分に食える。
みんなで釣りに行くのもいい。必死の思いでヒラメだの鯛だのを釣って、大阪かどこかの日本料理店に持っていく。
「あの、鯛、釣ってきたんですけども、買っていただけませんか。本日限り、現品限りで、○万円でけっこうです」
それを続けても、何とかやっていける。
いずれにせよ、たかだか五、六人の社員である。みんなの気持ちが一丸となっていたら、何をやっても大丈夫、生きていける。世界に冠たるこの日本だ。何でもいい、何かやったら生きていける。
人は石垣、人は城
日本では3Kをやったら大丈夫。危険、汚い、きついのが3Kであるが、誰もやりたがらないから確実に儲かる。危険、汚い、きついということに社会的な意義と人生の意義、そして使命感を持って取り組んだら、会社は絶対成功する。行き詰まったら3Kをやったらいい。
ただしそれには、社長のことが好きで、社長と一緒に仕事をするんなら、どんな仕事をしてもいいという従業員が必要だ。
「今月は給料がこれしか出ないけど、私も辛抱しているから頑張ろう」
「いいすよ。頑張りますよ」と言える社員。もちろん、社長がぜいたくをしていては話にならないが、そこまで社長と志を同じくする社員がいれば、会社は磐石である。松下電器でもどこでも、創業のころはみんなそうやって頑張ってきたのだ。
社長と社員の関係がそうなるかならないか、これは社長の愛情、やさしさ、人望、魅力で決まる。中小企業の社員は、そうした温かい人間関係で会社に居ついているはずだ。厚生施設もない、昇給率も悪い。でも社長と一緒に仕事をするのが楽しい。面白い。だから居つくというのが、中小企業の従業員だと思う。
だから、抽象的なことはどうでもいい。いかに客を増やすか、いかに製品を売り込んでいくのか、どうやって来月の売上を上げるのか、いかに従業員の心をつかむのか、ということに命を燃やすほうが、中小企業の社長にふさわしい。
マスコミに惑わされるな
先ほど、仕事に飽きると書いたが、じつは、飽きるのは社員だけではない。経営者だって、やはり飽きる。自分が飽きていることを自覚したうえで、いかに事業を維持し、同時に新しいものを模索していくのか。これも中小企業の経営者に課せられた重要なテーマと言えるだろう。
創業当初こそ赤字が続いた私の会社も、五年目からグーッとみんなで頑張って黒字に転換してきた。その結果、いまでは取引銀行の特Aの評価をもらうまでになった。
ある日、高島屋から電話が入った。
「ぜひ、お願いしたいことがあるんですけれど……。アクセサリー売り場に入っていた業者が倒産しまして。いろいろ調べた結果、お宅が一番、財務内容がきちんとしていますので」
ついては、高島屋へ入ってくれないかという話であった。高島屋としては、潰れる心配のない、安心できる会社を入れたいんだと言うのだ。要するに、ライバルが次々と潰れていく中で、最後まで粘り強く、しぶとく頑張っているのは、私たちだったのである。同じような顛末で、神戸大丸、岡山の岩田屋にも入ることができた。そこで私は、社員に言った。
「かつて君たちは、もうこれからは時計の時代じゃない、と言っていたが、今日、大きなところに入ることができたのも、あのとき頑張ったおかげじゃないか。セイコーやシチズンに一万本、二万本単位でOEMしているのも、頑張ったからこ「そではないか」
大きなビジネスチャンスが巡ってきたときには、パッと業種転換するのもいいかもしれない。しかし理想は、ベースの事業は継続しながら、新しいことをやっ成功するというパターンだ。ベースになる会社の資金力と銀行の信用があるのだったら、新しい試みをやっても成功する確率は高い。そうではなく、ベースの事業から撤退して、あっちこっちへウロウロするのは、経営者としては負けである。そこを、中小企業の社長はしっかりと考えるべきではないかと私は思う。
業界の展望なんか、雑誌に任せたらいい。三菱総研や三和総研にとっては、書類にもっともらしいことを書いて話題を提供するのが仕事なのかもしれない。しかし、彼らが中小企業を経営するわけではない。だから、そうした情報は情報としてキャッチしておけばいいだけの話であって、中小企業の社長が鵜呑みにするようなものではない。
情報は取捨選択するもの。勉強は、自分の哲学を補強するためにするもの。そ姿勢を忘れてはならない。ハクをつけたいと思うのか、とかく中小企業の社長はさまざまな知識を求める傾向がある。それで考え方なり戦略、戦術が明確になるなら、それに越したことはないが、たいていは「下手な考え休むに似たり」で、かえって頭が混乱していくのがオチである。社長の頭が混乱したら、社員はもっとグチャグチャになってしまう。社長が迷えば、従業員全部が迷う。だから、社長は絶対に迷ってはいけない。
「わが社は、こういう方針でやっていくんだ!」
という断固たる決意で臨むべきである。そうすれば、その分、社運、エネルギ業績がプラスとなるはず。これは間違いない。
絶えず情報収集のアンテナを立てよ
企業経営に成功するうえで、飽きの心を克服するほかに、もう一つ、重要なポイントがある。それは、既成概念にとらわれず、つねに新しい発想を持つように心がける、ということである。
だが、すでにワンパターン化してしまった自分自身の行動様式、思考様式から脱却するのはなかなかに難しい。日本人にはとくに、この傾向が強い。
それは、食生活を考えてみるとわかりやすい。たとえば、一度、評判のレストランの味が気に入ると、そこを行きつけの店にしてしまい、行くたびに同じメニューを頼む人が少なくない。いわば、それが一つの習性にすらなってしまっているわけだが、こういう客は店側から見ればとてもありがたいお客である。常連客をつくることが商売繁盛につながるからだ。
だが、企業の経営者たる者、絶対にそんなワンパターンの行動様式に収まってはならない。絶えず、新しい店を開拓する姿勢が必要だ。
新しい店に入ったらまず、
「このお店の一番人気のメニューは何ですか」と聞いてみる。そのときもし、五種類のメニューを紹介されたら、なるべく五種類全部を注文する。そのためにも、新しい店に行くときには四、五人で行くべきである。また、お薦め品を教えてくれない場合は、周りの客が食べているものを観察し、人気メニューをさぐる。そのほか、気になるメニューがあったら、それも注文する。とにかく、可能な限りたくさんのメニューを調べるのだ。
そうやって注文したメニューを食べながら、味を見定める。そうすれば、なぜこの店が繁盛するのか、あるいは繁盛しないのか、その理由がわかるし、自分が飲食店を経営しているならば、経営の参考になる。この程度のこと、飲食店の経営者なら誰でもやっていることだが、飲食店の経営者ならずとも、こういうクセをつけたいもの。それが新しい情報や商品との出合いのチャンスをもたらすのである。
それは飲みに行くときでも同じだ。若い子のいる店、美人がいる店、サービスのいい店、高級感のある店、安くても雰囲気のいい店など、三〇店ぐらいのレバートリーは絶対に必要だ。
それくらいの情報の持ち主となら、どこへ行っても楽しく面白い夜が過ごせるということになれば、近づいてくる人も自然に増えるはず。その分、商売の話をするチャンスも多くなる。
とにかく、経営者は情報通になることだ。飲食店一つとってみても、何の目的もなく一つの店に通い続けるということをしていると、中小企業は勝ち残れない。会社の経営者なら、情報の先端を行き、つねに新しいものを見出し、クリエイティブにものごとを考えていくクセをつけるべきである。
研究グセが身を助く
一口で言って、研究に次ぐ研究を飽きずに続けられる人でないと、会社の経営は難しい。飽きやすい人、研究熱心でない人は経営者に向いていないのだが、その点、私は恵まれていた。
先にも述べたように、私が時計会社を設立したのは、「時計産業はもうだめだ」と言われ、実際、いろいろな会社がバタバタと倒産していた時期だった。そんな時期に時計業界に乗り出そうというのだから、当然、不安があった。不安があったというより、不安の塊だった。その不安から逃れるために、私は何をやったかというと、経営技術の研究であった。
第一章で述べたように、会社を経営するには基本的に販売管理、財務管理、労務管理、資金調達、税金対策の五つの要素が必要だが、それらの技術を一つひとつ、人の何倍も努力して研究した。それはもう、死に物狂いと言っていいほど、研究に没頭した。もちろん、利益を生み出さなければならない責任を背負ったうえでの研究だから、並大抵の苦しみではなかったが、斜陽期をどうにか生き残ることができたのも、そうした研究のおかげだと思っている。
もし、好況期に始めていたらどうだろう。スタートが調子よく、スイスイと業績を上げていくことができたら、甘い経営技術でも渡っていける。その結果、こんなものかと見くびって、研究を怠る。それでも、業界全体が好況を維持していれば、どうにかやっていけるだろうが、ひとたび不況の波が押し寄せてきたら、ひとたまりもない。日ごろからの努力と研究が足りないのだから、真っ先に潰れて路頭に迷う。そんな末路を迎えていたに違いない。
そんなことを考えるにつけ、不況期にスタートして本当によかったと、つくづく思う。私が経営にタッチしている時計産業や教育産業と直接関係のない飲食店に入っても、つねに味の研究を怠らないのも、不況期に身につけた研究グセのおかげである。そういう研究グセを身につけている経営者なら決して負けることはないと思う。
成功の秘訣を探る努力を惜しむな
とにかく、事業で成功しようと思ったら、徹底的に研究することである。どん商売でも必ず同業他社、ライバルがあるわけだが、それを徹底的に研究して、成功している理由失敗した理由を探り出す。その理由は、一つではないかもしれない。いくつかの理由が複合的に絡み合って一つの大きな成功、失敗に結びついているケースがほとんどだから、考えられる理由をすべて探り出す。
そういうつもりで研究していけば、「あっ、ここだ。これが成功の秘訣だ」「あつ、ここがユーザーにウケている理由だ」と気づく点が必ずある。その理由をさらに掘り下げて、さらに一ひねり二ひねり加えたうえで自分の会社の経営に応用すれば、成功を得ること間違いなしだ。
だから、何よりもまず同業他社の研究、成功しているところの研究が欠かせないわけだが、その際、重要なのは必ず現地に足を運ぶ、ということ。これを忘れていたら、机のうえで経営書を開いてどんなに考えても、生きた知恵は決して浮かんでこない。とにもかくにも現地に足を運んで、目で見、耳で聞き、体で感じること。これが肝心なのだ。
それだけ腰をすえて研究すれば、何らかのひらめきが必ずある。そのひらめきを得るために何度でも現地に足を運ぶ。それくらいの徹底した姿勢がなければ、競争の激しいこの世の中、同業他社との戦いに勝ち抜くことは難しいだろう。だから私は、美容院に行ったときでも、ボケーッとしている時間がもったいないから、
「一人の美容師さんで、だいたい何人ぐらいのお客の名前を覚えるものなのですか」と話しかけたり、マッサージをしてもらっている間は、どう揉んだら気持ちよくなるのか、マッサージのやり方を研究したりしている。同じマッサージでも、人によって全部やり方が違う。それを鏡で見ながら「ああ、こういうふうにやるのか」と目で覚え、会社に帰ってからスタッフを相手にやってみる。
「そのマッサージ、どこで覚えたんですか」
「美容院で覚えたんだよ」
「よく見ているんですねえ。ぼくだったら、気持ちよくなってウトウトしちゃいますけどね」
と、誰もがびっくりするが、それくらいは当たり前。どこへ行ってもボケーッとしていないで、必ず何か新しい発見をすること。それが私のモットーなのだか
ところで、ある美容師に聞いたところでは、人気のある美容師はふつう、三〇○人からの人の名前と顔、それから趣味くらいは覚えているものなのだそうだ。三〇〇人の名前と顔と趣味を覚えているとは、まさに驚異的ではあるが、それを聞いて私は決意した。「よーし、だったら私は最低三〇〇〇人の顧客の名前と顔を覚えるぞ」。以来、会う人ごとに名前を覚えようとしたが、なかなか覚えられない。どうやったら確実に覚えられるんだろうかと、いろいろ試した結果、
出身地や出身大学などに絡ませると覚えやすいことがわかった。
「やあ、久しぶりですね。あなたはたしか北海道出身の鈴木さんでしたね」
「えっ、よく覚えていらっしゃいますね」
人は、名前を覚えてくれていたということだけでも、何かうれしくなるものである。それに反して、
「えーと、お名前、何とおっしゃいましたっけ?」
なんて言ったら、寂しい思いをさせることになる。名前を覚えるなんて小さなことかもしれないが、そういう小さな努力とサービスの積み重ねがリピートオーダーにつながり、「また頼もうかな」という気持ちにさせる一つの要因になるのは間違いないだろう。
一口に工夫と努力とか研究と言うが、成功をめざす経営者は、どんなときでも、どんなものでも研究し、分析し、徹底的に調べ上げるくらいの情熱とエネルギーが必要ではないだろうか。
成功を約束する「人の三倍の努力」とは
経営者として大成する最も大きな可能性を秘めている人は、素直で好奇心の強い人、研究熱心な人である。私はつねづね、そう考えている。実際、成功している経営者には素直で研究好きな人や好奇心の強い人が非常に多い。
ところが、成功とはほど遠いところにいる経営者の中にも、研究好きを自負している人が多いのもまた事実である。
「私は何にでも興味を持っています。一度興味を持ったら、とことん研究しないと気がすまない性分なんです」
と言うのだが、ご自分の事業はいまひとつパッとしない。そんな方に、これまで何度となく会ってきた。
同じく好奇心が強く研究好きだと言いながら、片や成功、片やイマイチ。その違いは一体どこにあるのか。思うに、イマイチの成功しか収められないのはイマイチの研究しかやっていないからではないだろうか。関心のあること、業務内容に関係のあることなら研究するものの、それ以外のことにはまったくの無関心。
また、研究したとしても、すぐにわかった気になって、それ以上の掘り下げにチャレンジしようとしない。一言で言えば、すべてが中途半端で終わってしまう。だから、会社の経営も中途半端になってしまう。私はそう考えてきた。
だから私は、そば屋さんに行こうが、美容院に行こうが、店に入ったら鵜の目鷹の目で“何か”をキャッチしようと、決して気を抜くことがないように努めている。
たとえば、そば屋さんに行ったら、黙ってそばを食べるのではなく、できるだご主人と話す機会をつくり、そば談義を持ちかけるようにしている。二八そばのつなぎと味の特色、そばどころ長野県の南北における味の違い、九州そばの特色といった談義をふっかけるわけだが、これを始めたら二時間でも三時間でもディスカッションできる。これまでのそば研究の蓄積があるからこそのことではあるが、これをやるとたいてい、「ご実家がおそば屋さんなんですか」
なんて言われる。
「いや、そうじゃありませんよ」
「隠さなくてもいいじゃないですか。おそば屋さんなんでしょ」
うどん屋さんに行くと、これまたうどんの話が延々とできる。「お宅、うどん屋をやっていたんですか」
「いや、違いますよ」
美容院に行けば美容院に関する話をする。
「美容院をなさっているんですか」
「いや、違いますよ」
「じゃあ、これから始めようと考えているんですか」
「いえ、そんなこと考えていませんよ」
どこへ行っても、同じ業種の人間と間違えられる。
「なぜ、そこまで研究するんですか」
とよく尋ねられるが、興味があるし、ボケーッとしていたら時間がもったいないから、どこへ行っても情報を収集するように心がけているだけである。なぜ、こっちの店は流行っているのに、あっちの店は流行っていないのか。きっと理由なんだろうかと、そばを食べているときでも調髪をしてもらっているときでも、絶えず研究しているのだ。
私は、経営者だろうが従業員だろうが、誰にでも気軽に話しかけて、その店の情報を入手するように努めている。その結果、何かひらめくことがあったら、「これは天の教えだ」と考えることにしている。「単なる偶然かもしれない」とは決して考えない。偶然だと受け止めたら最後、何一つ発見できなくなってしまうからだ。
そのように興味を持って観察していれば、意外な発見ができる。人の話の中に眠っている宝を見つけ出すことができる。その宝を発見したら、次の店に行ったとき、「先日、あるお店で、こんな話を聞いたんですけど、それって本当なんですか」「いや、そうじゃないですよ。それはね・・・・・・」
向こうはその道のプロだから、半分意地になって教えてくれる。そしたらまた別の店に行ったときに、
「何でも、こういうことらしいですね」
「いや、そういうこともあるけど、それだけじゃないですよ」と、さらに深い情報が入ってくる。だいたい七軒ぐらい回ったら、プロと同じぐらいの知識と情報を入手できる。
こうやって私は、成功のノウハウをどんどん吸収してきたのである。これはどんな業種にも通じること。成功を願うなら、研究に研究を重ね、同業他社の情報をはじめ、あらゆる情報の収集に努めるべきだ。私はつねづね、
「成功の秘訣は他になし。人の三倍の努力がすべてである」というような話をするが、一口に人の三倍と言っても、それくらいまでやってはじめて人の三倍の努力をしたことになると考えている。こういう努力や研究が足りているか、つねに自らを省みる姿勢が必要である。
信用獲得のコツ
研究と言えば、私は信用調査会社を調査したことがある。と言っても、調査会社の財務状況を知りたくて調査したわけではない。調査会社は何を調査し、どのように評価するのか、それを研究するために、自分で自分の会社の信用調査を依頼したのだ。
会社を設立して間もないころ、新規開拓した取引先からの依頼で調査会社の人がやってきたことがある。何分にも会社を始めたばかりなので、信用調査と言われても、何が何だかさっぱりわからない。私は問われるままに答え、私なりの経営理念と経営指針を精一杯、語った。しかし、評価としてはかなり低かったらしく、新規取引先から色よい返事をいただくことはできなかった。
やっと開拓した取引先である。大切なその取引先を、たった一回の信用調査、しかも見も知らぬ調査会社の評価で失ったのだ。私は、悔しさで身の震える思いだった。だが、そんなことで落ち込んでなんかいられない。「それなら今度は、こっちが調査してやる」ということで、信用調査会社を調査することになったわけだ。
その結果、どこにマイナス点をつけられるのかがわかった。
まず社歴が三年未満。これはすべてマイナス評価である。それから、社屋が民家の借家というのもマイナス評価。さらには経営者が若いというのもマイナス。これはかなり大きなマイナスだ。
おおむね、そんなところが判明したわけだが、社歴はもちろん、社屋についてもいますぐ変えるわけにはいかない。しかし、経営者に関する調査については何とか対応できる。要するに経営者は年をとっていたらいいらしいということで、私はすぐに父親に名前だけの代表者になってもらった。
それ以来、信用調査は一発でOKである。
「私は若造ですから。私たちの経営者は大正生まれで、非常に計数を尊重する経「営者なんです」
「ああ、それがいいんですよ」
経営者に関して説明をつけ加えれば、年配であるうえ、計数に明るいというのが一番点数がいい。信用調査では、夢とロマンなんか語るとだめ。計数に明るいところを見せておけば、「社長として理想的である」なんていう項目に丸がつく。信用調査のコツがわかってからというもの、もう何回調査されてもばっちりOK だ。
信用調査会社の研究は、信用調査対策に役立っただけではなかった。日常のビジネス取り引きでも十二分に活用することができた。
当時、私の会社には五人の従業員しかいなかった。何しろ五人しかいないのだから、すぐに常務、専務、副社長も夢ではない。よくあるケースは、従業員五人のうち四人までが取締役で、あとの一人がヒラ社員というケース。私のところも似たようなものだった。ヒラの営業マンの上がいきなり二〇代の常務。つまり私である。
あまりに若い人間が役職についていれば、どうしたって小さな会社だと思われる。しかし、小さな会社ほど大きな会社の胸を借りなければ大きくなれないのだ。その大きな会社を相手に商談をするときにはどうするか。私は極力、低音でしゃべることにした。もちろん、電話で、である。
「常務の深見さんですか」
「ああ、そうですが」
と低音で答えると、年配の人かと相手は錯覚する。だが、会えばすぐにバレてしまう。そのため、私はなかなか取引先と会わないようにしていた。私の下の営業マンは常に私の指示通りに動き、なかなかに優秀な営業マンだったので、彼に会った取引先は誰もが、ヒラの営業マンがこれだけ優秀なのだから、上にはもっとたくさん優秀な人材がいるんだろうと、勝手にイメージしたらしい。実際には常務の私一人しかいないのだが、その美しいイメージを壊さないために、私はなるべく取引先には会わないようにしていたのだ。
大きな会社と取り引きを始める場合、東京では必ずと言っていいほど、役職を尋ねられる。
「どういう役職の方ですか」
「ああ、常務をしておりますが」
低音で、ゆっくり堂々とした声で話すと、大きな会社だという感じを与えることができる。実際に取引先に出向いて行くのはヒラ社員なのだから、わかりはしない。そうやって仕事が整い、しばらくして先方が会社へやってくると面白い。「ああ、どうも」
なんて挨拶をするのだが、
「おっ、こんなに若いんですか」
「ははは、若く見られるんですよ」
「はあ…… 」
二七歳のときである。向こうは四〇歳ぐらいだろうと、ずっと思っていたらしい。二七歳でも、低音でゆっくり話せば年をとっているような感じがする。最初に会っては不利になる。こんな若い人がやっていて、本当に大丈夫なのかと思われるに決まっている。日本では、若さは信用されないのだ。
銀行対策のコツ
信用調査対策も考えておくべき大切な技術かもしれないが、中小企業経営者にはもっと重要な、絶対に身につけておかなければならないものがある。銀行対策がそれだ。
もちろん、事業に取り組んでいるのだから、自己資金もあるだろう。しかし、事業を回転させるには、それだけで足りるわけがない。そこで銀行から借り入れるわけだが、このとき、しっかりとした銀行対策を身につけていないと、なかな貸してもらえるものではない。
ご存じのように、銀行というところは預金は勧めるものの、貸すとなると態度を一変させる。それも「貸しません」と正面きって言うのではなく、「信用保証協会というのがありまして」と、巧みに信用保証協会を勧めて貸そうとしないのだ。なかなか手がこんでいる。
銀行の融資係は断りのプロである。相手の感情を害さないように、かつ銀行が損をしないように、上手に断る。きっと、毎日毎日、そういう練習をしているのだろう。
それに、銀行というところはやたらと細かいところでもある。現金と帳簿が合わなければ、わずか一円の齟齬であっても、夜の一〇時、一一時まで延々と計算をするような、本当に細かいところまでチェックする会社。それが銀行である。まして、融資係になると、その細かさに断り名人の要素が加味されるのだから、よほどうまく頼まないと、まず貸してもらえない。
第一章で述べたように、銀行とは「晴天の雨傘」である。必要ないときに「どうぞ、借りてください」と言ってきて、雨が降ってきて本当に傘が要るときには、決して貸そうとはしない。ちょっと待て。雨が降ったときにこそ傘は要るんだ、と言いたくなるが、それが銀行というものである。
銀行員はまた芸者でもある。金を持っている客なら、「あーらスーさん、いらっしゃーい」なんて猫なで声で擦り寄ってきては、三味線をじゃんじゃん掻き鳴らす。その代わり、金がなくなったとたんに、サーッと姿を消してしまう。もちろん、誰一人として近寄ってくる者はいない。銀行とは、本来そういうところである。
銀行マンの読者がいたら申しわけないが、中小企業にとって銀行とは、共通の敵とまでは言わないまでも、少なくとも味方なのか敵なのか、よくわからない存在である。お金があるときは味方のように見えても、お金のないときは敵に見える。それでも銀行を味方に引き入れなければ、会社はやっていけない。
業績が上がっていけば、その分、変動費が増える。もちろん固定費も増えるが、主に変動費が増えていく。しかも、売掛金の回収はあとからだから、どうしても短期借入金での資金繰りが必要になってくるわけだ。株式会社の基本的な資金調達法は株の発行。株を発行してキャピタルを増やすのが原則だ。けれども通常は、「株の発行他人資本人様から借金」するよりも、銀行から借りる。
ということで借りざるを得ないのだが、借りた実績がないと銀行も貸してくれない。適度に借りて返すという「銀行とのおつき合い」、いつも必ず返済してきたという「実績」をつくってはじめて、貸してもらえるのだ。
銀行交渉の極意
中小企業をマネジメントしていくうえで、銀行とのおつき合いは避けることはできないわけだが、そのつき合い方にもポイントがある。
銀行に出かけていって話をしていると、相手の担当者はまるで刑事のように、サッと手帳を取り出してメモを取る。このメモが曲者で、以前こちらが言ったことと矛盾がないかどうかをチェックしているのだ。一言でも違ったことを言おうものなら、
「以前、こういうふうにおっしゃってますが……」
と突っ込んでくる。それだけに、よほど記憶力がよくないといけない。対等にやろうとするなら、こちらも同じようにメモを取っておくといいだろう。
ところで、銀行工作のときに、「さあ、今日は一世一代の大勝負だ。この一戦にわが社の興廃がかかっているんだ!」なんていうような、深刻な顔で行ったら
奇妙である。銀行に気合と気迫は似合わない。
銀行は基本的にセコイところだが、それでも税務署とは違う。
税務署は、税金を納めていない相手には、隠しているんじゃないかと疑い、納めすぎても、もっと隠しているんじゃないかと、何でもかんでも疑ってかかるところである。いわば、性悪説で仕事をしているところが税務署だと思って間違いない。対して銀行は、そこまではいかない。一定の要件さえ満たせば、貸してくれるし、銀行のほうとしても優良な企業には貸したいと思っている。
さて、その要件とは何かと言うと、担保などの保全と歩積み預金などのメリットと事業計画書である。もちろん、事業計画書といってもしょせん計画書であり、事業が寸分違わず、計画どおりに進んでいくためしはない。だから、あくまでも計画書にすぎないのだが、少なくとも経営者のビジョンを示さなければ、銀行は信用してくれない。これくらいの資金、これくらいの規模でやれば初年度はこれくらいの上がりで、これくらいの利益が出るという事業計画書を出さずに、無計画に口頭で説明しただけでは信用してもらえない。
そもそも、事業計画書さえ出せないような経営者に融資したら、回収できるのかどうか、銀行としても不安になるだろう。だから、事業計画書だけはビシッと書かなければならないのだ。
ところが、中小企業経営者で、大学で経営の勉強をやった人は少ない。よしんば大学を出ていたとしても、事業計画書なんて書いた経験がないから、どう書いていいのかわからない。だから、もっともらしい事業計画書をすぐにつくってくれる事業計画書作成会社というのがあったら、繁盛するのではないかと思うが、ふつうは、税理士に書類のチェックを頼むのが一番いいだろう。あるいは元銀行マンの人に頼んでもいいし、書き方を教えてもらってもいい。
その際、注意を要するのは、前に言ったことと矛盾しないように書くこと。とくに数値に関する矛盾は絶対にいけない。ただ、あまりに事実とおりに書くのも考えものだったりする。
「これから始めようとする事業ですから実績はありません。実績はこれからです。期待してください」
なんて言ったら、まず信用してくれない。要は豊臣秀吉の墨俣城方式を真似ることだ。当面の敵に対処するため、とりあえずプレハブの城だけでもつくっておく。そして、敵が城を見て逡巡して退却している間に、ぼちぼち本当の城をつくっていく。プレハブの城でも何でもいいから、とりあえずは、すぐに城をつくらないと相手にしてもらえないのだ。
さて、事業計画書をビシッとつくったら、融資係への説得が始まる。
「これだけの資金が必要です。返済計画は短期、一年でお返しします」と言えば、担保能力のいかんによっては、貸してもらえるかもしれない。しかし、担保がなければ、たいてい、
「一億円貸してほしい」
「一億二〇〇〇万円、定期預金していただけますか」
といった話になる。これを歩積みと言う。本来歩積みはご法度である。しかし、銀行としての本音と建前は違う。歩積みの要求は(暗にあるものと心得ていたほうがいい。
一億二〇〇〇万円の定期預金を担保に一億円貸すなんて、そんなの誰だってできる。たとえ、借りる額より少ない歩積みを要求されても、ついついそんなふうに思いたくもなるが、それを口に出したら、銀行はこう言ってくる。
「だったらけっこうです。しかし、それではこれまでの話し合いや審査は意味がなくなりますねえ」
これでは貸すと言っているのか貸さないと言っているのか、よくわからない。じつは、ここからが押したり引いたりの、丁々発止のやりとりが始まるのだ。私も最初に予備校経営に携わったときには本当に苦労した。何しろ実績なんか何もないのだから、銀行が信用してくれるわけがない。
前にも書いたように、そもそも三年未満の会社というのは、世間様にまだ認めていただけない。だから、三年目ぐらいからきちんと黒字が出るようにしなくてはならないのだが、売上は上がり、利益も上がっていたとしても、それまでに借り入れているものがあるので、帳簿上は赤字になっていることが多い。いわゆる累積赤字というやつである。
そういう負の返済も全部終わり、さらに利益を計上してはじめて、本当の意味での黒字になるのだが、最初の三年間がなかなかうまくいかない。五年続けて赤字を出したら、まず倒産である。
だから、この最初の三年間が辛抱どころなのだが、そういう苦しいときには銀行もなかなか貸してくれない。 A銀行がだめならS銀行があるさと出かけて行っでも、S銀行でも、ぐちゃぐちゃとわけのわからないことを言うばかりで、貸そうとは言ってくれない。
私はM銀行にも行った。で「もういいや、担保を探し出そう」という気持ちになったとき、S銀行から借りられる可能性が生まれてきたのだった。つまり、A 銀行とS銀行とM銀行を競わせた結果、S銀行から最小限の担保で必要なお金を借りることができたのである。
だから、銀行は競わせるべきである。そうやって首尾よく借りられたら、あとは、ちゃんと返せばそれでいい。そして、不必要なときでも借りてやって、その都度きちんと返していったら、銀行の信用は自然とついてくるものである。とにかく、はじめの一歩が難しい。どんな会社だって、はじめの一歩というのはある。はじめから調子のいい会社なんて、まずない。だから、どうやって金を借りるかという知恵が必要なのだ。
やはりオドオドしていては、銀行も不安になる。基本的には担保がなければ貸してくれないだろうが、きちんとやれば、担保がなくても五〇〇万円とか、支店長枠で信用があるなら一〇〇〇万円とかを貸してくれる場合もある。業績のいいところなら、無担保で一億円だとか六〇〇〇万円を貸すという場合もある。
その信用は、経営者の人物だなんてことを銀行は言うのだが、一体どれだけその経営者と食事をしたり酒席をともにしているのか。そうそう人物なんてわかるものではない。
銀行が人物を判断する基準は、決算書と担保力と返済実績と月中、月末預金残高実績であり、まず、それらが最も大切な人物の中味である。そして、その他に、洋服がきちんとしているかどうか。次に、髪形がきちんとしているかどうか。時間を守るか、言葉に迫力があるか、勇気や自信を持っているかなどを、ほんのちょっぴり加味するものである。
しかし、迫力や生命力の息吹がないと、銀行も安心できない。
担保がなければ基本的に貸してはくれないのだが、担保がなくても貸してくれることもある。それはやはり、その人の言葉の真実性なのだ。前に言ったことといまの発言に変化がない、誠実で知恵があり、事業計画書がきちんとしていて、返済実績があり、息吹を感じさせる人だったら、「ああ、これだけ頑張っていたら大丈夫だろう」と融資係も信じるのだ。
銀行に提出する決算書というのは、限りなく大風呂敷に近い。粉飾と言っては言いすぎだが、装飾している会社は多い。経営者の意思に沿った前向きな拡大解釈、そういうものだということは銀行も承知である。一応資料にはするが、税務署へ提出した決算書と共に、やはり経営者の人となりも見るのだ。最終的に貸し倒れにならないようにと、慎重に考えている。銀行もやはり真剣勝負なのである。だからそこで息吹と知恵と言葉が生きてくるのだ。
絶対にやられない税金対策
銀行対策と並んで重要なのが税金対策である。
いかに合理的で合法的で賢明な納税をするのか、これを研究するのも、中小企業経営者の責務である。とくに、売上が上がってくると税務署から目をつけられるので、順調に成長している企業の経営者は、きちんとした税金対策を立てておくべきである。
私のところでも誤解されて査察に強制調査をされたが、私たちのグループはこれ以上ないほど、きちんと税務署の指導どおりの経理をしていた。だから、どこをどう調べても何も出てこない。もちろん調査の結論は「シロ」である。その「シロ」の結論が出るまでは、うんざりするほど調べ上げられたが、おかげで、マルサの調査がどういうものかよく理解できた。それをまとめて、「マルサに勝つ法」という本でも書いてやろうかと思っているほどである。
それは冗談として、「マルサが来たら困る」という人に、マルサに勝つ法、税務署に勝つ方法を教えよう。
どうやったら勝てるのか。答えは簡単、税金をごまかさずに納めれば勝てる。「何だ、そんなこと当たり前じゃないか」と思った人は気をつけたほうがいい。私が言っているのは、ごまかさない、ということである。税金をごまかすというのはどういうことかと言うと、具体的には入りをごまかすことを言う。入りをごまかすと、これは脱税である。一方、出費をどのように扱うかというのは、見解の相違であって、違法ではない。だから、入金をごまかしてはいけない、というのが私の結論である。
税務署の調査官は超能力者である。あなたがどんなに上手にごまかそうとしても、あちらのほうが断然、上である。これは間違いない。中途半端に隠しごとをしても、たちまち見破られてしまう。まず目でわかるらしい。それならばと「安「全な目」というものを研究しても、今度は耳の動きでわかったりする。ごまかそうとか、してやったりと思うと、そのときのムードでわかるらしい。いくら帳簿がきちんとできていても、電話帳だとかメモ帳だとか印鑑だとか、原始資料というのがある。それを見ていくと必ず矛盾が出てくる。税務署というのは超能力者、霊能者の集団なのだ。
霊能者に勝つには、何も思わず何も意識しない境地、いわゆる無の境地で立ち向かうのが一番。霊能者に会うとき、霊能者に勝つために何かしてやろうと思うと、その思いが相手のアンテナにひっかかって、こちらの心を見透かされてしまうが、何も思わなければ、いかに霊能者といえども、見破ることはできない。
すなわち、税務署に勝つには、合理的な納め方はしても、ごまかそうなんて考えないことである。すると目が輝いて、相手も安心するのだ。その年の決算がちゃんとできていたら、さかのぼって調べたりはしない。ごまかそうという思いがあるから、何かあるぞと感じて調べにくるのだ。その結果、何も出てこなくても、調査に入った以上、向こうも何かしらの「おみやげ」がないと帰れない。そこで、半ば強引にやられる、ということになる。やはり、きちんとした正攻法が一番強い。
われわれも税務署にはさんざんお世話になったが、その原則を貫いていたために、結局、何も立証できずに引き揚げた。少しぐらい見解の相違があっても、不正は一切ない。結局、そのほうが勝つ。大きい声で自信を持って、「こうだ!」と言い切る。その迫力と目の輝きで「もうけっこうです」となるのだ。
それでも理不尽なことを言われたら、国税不服審判がある。どう考えても税務署はおかしい、あの税金の取り方はおかしいと思うなら、泣き寝入りすることなく、国税不服審判所に不服申請を起こす。これで勝つ人は意外と多い。だから、不正もなく、おかしいと思ったら大いにやるべきだ。
そこまでいかなくとも、税務署は書類だけでなく、その人の内なる波動、叫び、あるいは目を見ているものである。不正さえなければ怖くはない。思いきって、多いに議論闘争すればいい。堂々とやるのが一番である。そのためにも、税務に関しては日ごろから、ある程度は研究しておくべきだと思う。
発明・特許な落とし穴その1
ある意味で、究極の調査・研究は発明・特許かもしれない。特許何とロマンチックな響きだろう。特許で一発当てて、大儲けしたい。そんな思いを抱きつづけている人も少なくないはずだ。中小企業経営者にとって、特許を取るというのはまさに夢である。
発明・特許という話になると、必ず思い出す人物がいる。米を機械に乗せると自動的に米俵になって出てくる自動米俵編み機や、玄米から養分を抽出してつく健康ドリンクを発明した人である。そのドリンクを、私が携わっている商社でも扱ったことがあるが、それを飲むとあらゆる病が改善する、という触れ込みだった。
それ以外にもこの人は、何百という特許を持っているのだが、悲しいかな、ビジネス化に取り組むと、とたんに不渡りを食らったり騙されたりで、ことごとく失敗に終わった。その一部始終を見ていた私は、発明する能力と事業化する能力とはやはり別ものであって、事業化する能力に欠けていたら、いくら特許を持っていても成功はおぼつかない、ということを学んだ。いや、もっとはっきり言えば、下手に発明・特許にのめり込もうものなら、かえって自分の首を絞めることになりかねない、特許なんかに手を出さないほうがいい、と痛感したのであった。とくに、「これがあればすべての病がよくなる」とか「これがあればすべての問題が解決する」といったうたい文句の発明・特許には要注意。絶対に引っ掛かってはいけない。なぜなら、それが凄い発明・特許であればあるほど、それが世に出るまでには繰り返しテストをしなければならないし、どのように商品化するかをよく考えなくてはならない。すなわち、実用化とマーケティングに向けての準備が必要なのだが、それには当然、時間もかかれば資金も要る。そのうえ、そのプロジェクトが動いている間、本来の仕事に手が回らなくなる。実際に特許製品に関係したことのある人ならご存じだと思うが、
「こんな素青らしい発明・特許はほかにはありません。絶対に儲かります。どうですか、一つ、ジョイントベンチャーでやりませんか。加わりませんか」
と誘われて手を出すと、「これが要る、あれも要る」とばかり、湯水のごとく金が流れていく。途中で不安になっても、経営基盤の脆弱な中小企業ほど「ここまで来たら、もう引き返せない」ということになり、またまた金が出ていく。先物取り引きの落とし穴と同じである。
仮に幸運にも二年か三年たって実用化できたとしても、そのときにはまた膨大な資金が必要となるから、まさに金食い虫そのものである。
さらに、実用化されたとして、その先どうなるのだろうか。ベンチャー中小企業に、果たしてバラ色の未来はやってくるのだろうか。発明戦士に栄光の日々はやってくるのだろうか……。
答えはノーである。
その発明が小さなマーケットしか形成できないものなら、あまり問題はないかもしれない。しかし、大きなマーケットを形成するものであればあるほど、大商社、大メーカー、大資本が狙ってくる。政治家が出てくるわ、ヤッチャンが出てくるわで、見たこともないような社会の裏側をかいま見て、しっちゃかめっちゃか、スラップスティックな大ドタバタの挙げ句に、スッカラカンになってしまうのがオチだ。
特許の持ち主が、自ら事業化に取り組み、何年かかけて成功したものなら、その間に培ったノウハウと特許で、ある程度は守られるだろう。しかし、大きなマーケットでやろうとすれば、必ずやられる。なぜなら、資金力、販売力、情報力、ネットワーク、人材、銀行のバックアップ、つまり、人・物・金のすべてを持つ大企業が、そんなおいしい餌をみすみす見逃すわけがないからだ。
彼らは、おいしい餌を目にしたら、必ず商権を握ろうとするだろう。闇の世界からもアウトローが殴り込みをかけてくるだろう。そうでなくても、特許ギリギリの、限りなく似ている製品の製造・販売をしかける業者が出現するのは必定だ。そうなったら最後、コスト面でも販売力の面でも、中小企業がかなうわけがない。さんざん苦労して、やっとビジネス化できた、投資した分を回収できるんだと感涙にむせんだその刹那、大企業にパクーンとかっさらわれるわけだ。
たとえば仮に、画期的な電気冷蔵庫を発明したとしよう。だが、いったんそれが商売になりそうだとなれば、すぐさま、大手メーカーが鼻を利かせて動きはじめるだろう。そして、最新設備の研究室で、特許の裏をかいくぐる、安くて機能・デザインにすぐれた商品をアッという間に開発し、圧倒的な宣伝力と販売網で売りまくるだろう。これまでに、どれほどの中小の人間や会社が泣いたことか。一時期のパソコン業界はその典型だった。
パソコン業界と言えば、かつてはソードというユニークな会社が存在したり、いろいろな会社が群雄割拠していたものだ。それが、パソコン産業が成熟してきたらどうなったか。大手が軒並みに参入して、ハードもソフトも全部やられてしまった。いくつか特許を持って先行していた中小のコンピュータメーカーやソフトハウスはどうなっただろうか。ソードを含め、その多くが倒産の憂き目に遭ったのは記憶に新しいところだ。
マーケットが大きくなると、必ずそうなる。最初は黒字で順調であっても、途中で大企業の餌食にされてしまう。そんなのはもう、目に見えている。
だから、もし特許ものをやろうとするなら、どれほどの人材を動かせるのか、どれだけの資金を動かせるのか、自分の会社の実力を十二分に把握したうえで、やるかやらないかを判断しなければならない。そこを、夢と希望で特許を信じすぎると、苦労と苦渋だけが残ることになるだろう。
発明・特許の落とし穴その2
とは言っても、発明・特許の世界で中小企業が成功する道がないわけではない。ちょっとした発想の切り替えをすれば、十分に可能だ。その発想の切り替えとは、すなわちマーケット・セグメントで特色を出していくというやり方である。中小企業が特許で成功するためにはマーケット・セグメンテーション、すなわち市場を細分化して、その一分野でのトップをめざすしかない。
たとえば、電気冷蔵庫なら、全体をつくるのではなく、製氷皿に関する特許とノウハウをいくつも持つ。そのように、一つの狭い分野だけにターゲットを絞れば、他社には真似できない、確固たる技術と細やかなサービスが可能になる。これがいわゆるマーケット・セグメンテーション、あるいはニッチ、すき間産業などと言われるやり方である。
松下電器だって、何もかも特許やノウハウを押さえているわけではない。多額開発費と時間をかけて開発する価値のない、値段の安い小さな部品は外注に頼っている。冷蔵庫にしても、心臓部に関してはいくつもの特許やノウハウを持っているが、製氷皿など周辺部品はよそから買っている。あるいは、ドアの塗装技術なども同様である。
そういうやり方をしていけば、マーケットがセグメントしてくる分、それに関しては日本一、あるいは世界一になることができる。中小企業で、堅実に成功しているところはみんなそうだ。何かのパーツ、それもある部分だけを専門的にやって収益を上げている。
大手メーカーはそこに参入しても採算が取れないから、参入してくることはない。ただし、マーケットが大きくなったら大企業にパックリ食われる危険性がある。だから、マーケットサイズと自分の会社の人材と経験、そしてとくに資本力を照らし合わせて考えることが大切だ。銀行から五〇〇〇万円借りるのに四苦八苦している会社や、一億円借りられて「ああ、よかった」などと言っている会社が、何千億円、何兆円動かす大会社と勝負できるわけがない。そんな分野には、絶対に進出すべきではない。
ところが、発明・特許を売り込みに来る人は、あくまで甘い言葉で擦り寄ってくる。
「これは世のため人のために役立つ、社会的意義のある技術です」
「これで公害問題がなくなります。みんなから喜ばれますよ」
「癌も治るし、医療の問題はこれで解決します」
「クリーンな生活環境が実現する」
なんてことを平気で言う。そんなセールストークに騙されて、特許の事業化を業務の中心に据えようものなら、会社は遠からず倒産する。百パーセントやられると言っていいだろう。だから、そんな魅力的な話を持ってくる人があったら、ペッパッパッと唾を眉毛につけて、「誘惑には絶対に負けないぞ」と思い定めることが大切だ。
事業家は事業で失敗する。本業がありながら「革命的な特許」に手を出すのは、一人勝ちを求める心である。欲と甘い誘惑に目が眩んで大失敗するのだ。それでは経営者の社会的責任は果たせない。
やはり、段階を踏んで成長することが大切だ。
まずマーケットをセグメントして、少しずつ銀行の信用と実力を養い、資本と人材を蓄積する不断の努力をする。それができたら、少しずつ大きなマーケットに出ていけばいい。会社が倒産する一番大きな理由は放没経営だが、その次にくるのは特許製品、すなわち無計画な商品開発、無計画な経営なのである。
発明・特許の落とし穴その3
なまじ特許を取ったがために会社がおかしくなる理由は、もう一つある。
たとえば、ヒット商品が一つ出たとしよう。すると、どうなるか。
「売れた!ヒットだヒットだ、もっと売れるぞ、バーンと行け!」ということで、人を入れる、事務所を拡張する、設備投資をする、というのが一般的ではないだろうか。
ところが、商品には寿命というものがある。最近はますます商品寿命が短くなっているから、三年続けばいいほうで、短いのは三ヵ月。商品寿命が落ちてきたときに支払いがあるわけだ。
利益を上げたら、その決算年度は税金も払わなければならない。決算が終わり、税金を払ったら、次には予定納税がある。予定納税は半年前には払わなければならない。しかもキャッシュで。つまり、なまじヒット商品が出たりすると、かえって資金繰りが逼迫して、苦しくなるのだ。
資金がショートすれば、銀行から短期の借入をして回転させることもできるが、税金までは手が回らない。結果、また銀行から借りるか、税務署に「すみません、物納します」とか「分割にしてください」という話になる。それでも、税金はキャッシュで払わなければならないから、結局、銀行から借りるしかない。
頭を悩ませるのは税金だけではない。攻撃に出ている分、経費もかさんでいくから、その手当ても必要だ。
その一方で、ブームは次第に下火になり、いつしか商品寿命が尽きるときがくる。ブームはしょせんブームでしかないのだが、商品寿命が尽きてきて売上が二落ちたら、もう利益は半分。三割落ちたら利益は吹っ飛ぶ。それでも、次のヒットが出ればどうにかしのぐこともできようが、ヒットというものはそうそう飛ばせるものではない。そうやって、次のヒットが出ないまま、結局、一発屋として倒産していく。これが特許で失敗する典型的なパターンである。
たとえば、かつてエレンスパックという商品があった。覚えている方もいると思うが、泡でぶくぶく洗えば、顔がきれいになりますよという、あの美顔器である。あれはものすごい勢いで売れた。だが結局、あの会社は美顔器ブームが去ると同時に潰れてしまった。次のヒットが出せなかったのだ。
ここらへんの商売が上手なのが、「二光お茶の間ショッピング」で有名な二光通販(現・西友リテールサポート)である。また、日本文化センターなんていう会社も上手だが、特筆ものはやはり二光だ。
二光という会社は、新しいもの、売れるものをコンスタントに出すために、ものすごい商品開発と販売にネットワークを張っていて、絶えず商品開発と販売のための研究をしている。実際、つねに売れるものを供給しているから立派なものである。
ところがこの会社は、一つの商品がある一定量売れると、もうそれ以上売らないのだ。売れすぎると資金繰りを圧迫するからという。だから、ある一定のところで止めてしまうのである。
売れすぎると、その分、山と谷の大きな差のある支払い計画を立てなければならない。特定のものの在庫を沢山持たなくてはならない。そして、それが突然売れ行きが止まると、全てがデッドストックになる。売れたら売れたで、資金繰りを上手にしなければならない。そのことをよく知っているから、売れた売れたといってぬか喜びをしない。だからこそ、二光はああやって安定しているのだ。
ところが、マネジメントのド素人はそれができない。ちょっとヒットが出れば、前後のみさかいなく「それ行けーっ!」と、大量の資金を投入する。しかし、次の商品を出せないで、結局、倒産の憂き目に遭う。これがド素人のやり方だ。そうではなく、もしヒットが出たら、次に何が起こるか、何を準備すべきかを頭に入れておくのがプロというものである。それができないようでは、マネジメントのド素人と言われても仕方がない。そういう人は、経営者としての実績に基づく知恵がないものだから、みすみす倒産していくことになる。
とくに特許製品がヒットした場合には、本当に眉にツバをしたうえで、いくつかのシリーズを用意しておくこと。公害関係なら、そのシリーズでいくつか関連商品を用意する。防災関係でも食品関係でも、それぞれのシリーズで複数の商品を用意しなければならない。一つの商品がだめになったら次の商品というように用意しておく。
商品が一つしかないというのは危険である。商品寿命は本当に短い。それに、その商品がもしよかったら、同業他社が必ずライバル商品を出してくるだろう。前述したように、大きなマーケットであればあるほど、大きな会社がやってくる。われもわれもと過当競争になり、最終的には安くて品質がよくてサービスのいいものが残る。これは経済の法則である。
大きなマーケットならば、いち早く高品質・低価格・グッドサービスの研究をし、企業努力をしたほうが勝ち残る。スピードの勝負である。それをしない会社は淘汰され、潰れていくだけだ。「売れたぞー!ホホホーッ!」と安直にかまえ、安穏としているうちに、マーケットが変わって、いつの間にやら四面楚歌、倒産の危機を迎える。逆に、小さなマーケットは安全だが、購買数が少ないから地道な努力と根気が必要になる。どちらを取るのが賢明か。よく考えてみるべきだ。
いずれにしても、特許ですべてが解決するかのような「おいしい話」には絶対に手を出してはいけない、というのが私の持論である。
本業にエネルギーのすべてを注入しなかったら、必ず経営に穴が開く。売上が落ちればボーナスも出せなくなって、従業員とその家族を不幸にする。仕入れ先も自分の家族も不幸にする。経営者は会社経営の責任がまず大事であって、そこを見誤ってはいけない。
社会的な信用を得るには年季が必要だ。社歴三年未満というのは信用調査上、会社ではない。どんなに売上と利益が上がっていても、社歴三年未満では銀行も会社として認めはしない。この不況下、おいしい話を聞くと手を出したくなるだろうが、マーケット・セグメントを忘れないように。大きいものは大手に任せ、中小は部分の特許だとか関連ノウハウだとか、的を絞った小さな分野で会社という城をビシッと固めたほうが、業績は安定する。それが何よりも確実な道である。
現金決済なら会社は潰れない
企業経営者はつねに、最悪のケースを考えなくてはいけない。
私は、会社をつくるときにたくさんの倒産の劇を見た。そこで、なぜ倒産するかを考えた。答えは簡単だった。
倒産とはふつう、不渡りを出すことを意味する。小切手が不渡りになるというのはあまりないから、要するに、約束手形が期日に落ちないことを一般に倒産と言うんだ、ということがわかった。逆に言えば、約束手形さえ切らなければ普通の倒産はしないわけだ。もちろん、売上がなければ会社はやっていけない。しかし、約束手形さえ切らなければ、いわゆる不渡りというのは出しようがなく、倒産もない。それがわかってからというもの、私は約束手形をいまだかつて一度も切ったことがない。
では、手形を切らずに資金がショートしたらどうするか。何はともあれ、まずは大家さんのところへ行く。そして、
「この不況でございますので、今月はお家賃がちょっと……」と、ひたすら頭をさげる。水道、ガス、電話もこれと同じく頭を下げる。二、三ヵ月電話が止まっても、公衆電話かコレクトコールを使えば間に合う。「あ、すみません。ここにおりますので、ちょっとお電話ください」と言って、すぐに電話してもらえばいい。
私たちはそういう修羅場を何度もくぐり抜けてきた。最悪のケースでも、手形さえ切っていなかったら、これでどうにかしのぐことができるのだ。
給料に関しては、まず社長自らが給料を半分にする。それから従業員も半分にしてもらう。もちろん、上手に説明しなくてはいけない。
「会社の内容はこうだ。君たちの努力によってわが社は前途洋々たるもんだ。ただ、いまちょっとショートしているので、大変申しわけないが・・・・・・」
と、真心込めて説明すれば、中小企業には組合なんかないんだから、たいていは納得してもらえる。
もらった手形が不渡りになったときの対策としては、中小企業倒産防止協会というのがある。これに入会して月々積み立てておけば、半年据え置きの五年分割払いで一〇〇〇万円でも二〇〇〇万円でも借りられるから、これは積み立てたほうがいい。
土下座してでも会社を守る覚悟があるか
次に走らなければならないのは、支払い先である。ただし、支払い先に限っては、期日になってからでは遅い。危ないと思ったら、何を差し置いても真っ先に走ること、これが肝心だ。不安感を与えると、最悪の場合、仮差押え申請で、銀行口座とか営業権を取られることになるからだ。
「今月、不渡りを食らうという事情がございましたものですから、お支払いはこういう約束になっておりますけれど、何とかこれを三回に分割していただけますようお願いいたします。会社の業績は上がっておりますので、必ずお支払いできます」
社長自ら足を運び、正面から頭を下げて誠意を尽くし、払わないと言わないで、分割にしてほしいと言うのがポイントである。また、金額の大きいところから訪問すること、これも重要なポイントだ。
深々と頭を下げて、
「どうにか分割でお願いいたします。ずっと支払い続けるということは、お宅様との長いおつき合いができるということですので、これもよきご縁じゃないかと思います」と、明るく説明する。
一方、販売先に対しては入金を早めにしていただく。
「一つ、こういう状況でございますので、半手半金ぐらいにしていただけませんでしょうか。金利分だけおまけいたしますので・・・・・・」と、とにかく誠意を尽くして、入金を早めにする。
そうやって、入金を早め、出金を抑えめにという資金繰りをしていけば、三、四ヵ月ぐらいの資金繰りは大丈夫だ。絶対に潰れない。
手形を切っている場合、連鎖倒産の危機が来たら、とにかく早めに手形を回収すること。菓子折りを持って、社長みずから真っ正面から訪問する。そして説明するときには、
「あの会社この会社もご協力いただきまして、お宅様が最後でございまして」と言わなくてはならない。お宅が最初だ、などと言おうものなら、とたんに「うーん」と順になる。
「何々会社にもご協力いただきまして、お宅様がもう最後でございます。わが社の命運はお宅様のお気持ち一つで決まるんでございます。従業員一〇人のために、一つお願いいたします」と言って、四五度から四八度以上、深々と頭を下げる。頭を下げたら一分間は上げてはいけない。二分か三分、頭を下げっぱなしにして、最大限の誠意を尽くす。
手形こそ切ってはいないが、私はこれを全部やってきた。顔から火が出るほど恥ずかしいけれど、従業員のことを考えたら恥も外聞もない。ひたすら頭を下げるしかない。
手形は銀行に預けている場合が多いのだが、
「金利分、手数料だけは払わせていただきますから、そこを何とか」
引き揚げてもらう。そして、一部をちょっと払って、三つか四つぐらいに小さくして、長い手形に書き換えていただく。一ついただければ、次々に「お宅様が最後で・・・・・・」と回って行く。
そこまでやれなければ、中小企業の経営者としては失格である。プライドとかメンツは邪魔なだけ。一切合切をかなぐり捨てて、裸でぶつかっていけば、フィーリングとか誠意は伝わるもの。それを信じてぶつかっていくしかない。
学識と教養と学歴も備えたうえで、それができる人がいたら、最高の経営者になれるだろう。だが、学歴や教養のある人は、概してそれができない。プライドとメンツが邪魔するのだ。一流大学から一流企業、一流企業から脱サラ、というパターンで会社をつくった人が簡単に会社を潰したりするのは、そのためである。逆に、学歴のない、裸一貫から身を起こした経営者はそれができるから、会社を潰すことはないし、成功を収めることもできる。中途半端な学歴や経歴など、むしろないほうが幸せなのかもしれない。松下幸之助や本田宗一郎が、まさにそうだったのである。
じつは私は、資金ショートがものすごく好きだった。資金がショートすると、ウワーッと若人の血が燃えたぎって、躍動感がみなぎってくる。大和魂が奮い立つのだ。
「いよいよ私の腕の見せどころだ!」
「これはチャンスだ。会社はこれから発展していくんだ!」
「これから社員の気持ちが引き締まっていく!」
と思って、ついニコーッとしてしまう。最近はそういう機会もなくなって、じつはちょっと寂しさを感じていたりもするのだが・・・・
どうしようもないときには返品でしのげ
支払いに困ったときには、土下座をしてでも支払いを延ばしてもらわなければならないが、ときにはそれだけではしのげないこともある。そんな場合にはもう、返品するしかない。
かつて、時計と同時に宝石のビジネスをやっていたとき、従業員が安直な仕入れをやって、八〇〇万円の在庫を抱えてしまったことがある。当時、月の売上が三〇〇万円から四〇〇万円。そんなときに八〇〇万円もの在庫を抱えてしまっただから、にっちもさっちもいかない。しかし、いくら従業員がやったこととは言え、安直に仕入れさせてしまったのは私の責任である。
だが、どんなに責任を感じようが、現実問題として支払いができない。手をこまねいていれば倒産の憂き目を見るだけである。やむを得ず、私は返品するしかないと考え、仕入先へ夜訪をかけることにした。
いまでも覚えているが、先方に到着したのが夜の八時。それから相手の夕食が終わる九時まで待って、いよいよ夜の一〇時に闘いのゴングが鳴った。
闘いと言っても、ひたすら頭を下げるだけである。延々、深夜の一時まで平謝りに謝って、言葉のラリーで交渉に勝つまでやり続け、とうとう八〇〇万円分すべて返品。おまけに、末締め翌月末現金払いの予定だった支払いを、二〇日締め末日起算九〇日現金払いに延ばして帰ってくることができた。さすがに相手も撫然としていたが、次に会ったとき、
「あんたもよくやるねえ。あんたがいるんだったら、お宅の会社は大丈夫だ。これからも品物を納めさせてもらうよ」
と、お褒めの言葉をたまわった。相手も経営者、会社の為を思ってぶつかって行く捨て身の誠は、必ず通じるものなのだ。
しかし、実際問題として、こういうケースはきわめて異例で、返品を認めてもらえないケースのほうが圧倒的に多いはずだ。それだけに、仕入れに関しては慎重のうえにも慎重に考える必要がある。
商品を仕入れても必ず売りさばけるという保証はどこにもない。だから、できれば、あらかじめ返品を了承してもらったうえで仕入れるのが一番。それも、どれくらい売れるのか、具体的な数値を計算しながら、少しずつ仕入れていく。掛け率が少しぐらい高くても、急がば回れで、少しずつ確実に仕入れていくことだ。間違っても、掛け率に目を眩ませるようなことがあってはならない。ある程度まとまった数量なら掛け率を低くしてくれるからといって、最初から大量に仕入れたら、結局は在庫を抱え込むことになるからだ。
もちろん、在庫が少なければよいということではない。回転在庫として少なくとも一ヵ月分くらい、多くて二ヵ月分か三ヵ月分の在庫は必要だ。しかし、それ以上の在庫を抱えると、結局、帳簿上の利益がモノでおねんねしてしまい、それに対する税金やら支払いやらで、結局資金繰りに苦しむことになるのだ。
だから、最初はあくまでも少量仕入れが基本。そして、返品ができるかどうかを確認すること、これも基本である。とくに、単品売りの訪販や、顧客に直接売っていく直販で商品を仕入れる場合には、返品できるかどうかを考えないと、在庫を残してしまう。
それだけ慎重にかまえていても、在庫を抱えて資金繰りが危なくなることも、ときにはある。そしたら、夜訪でも土下座でも何でもして、
「そこを何とかお願いします!」
とひたすらお願いして、何が何でも返品する。それくらいの交渉力がないようでは、経営者としては甘い。そう批判されても仕方ないだろう。
仕入れを安直に考えるとこんなに危険
もうずいぶん前のことだが、あるとき、イオン水製造機を売っている人から、「助けてくれませんか。このままでは今月中旬に不渡りを出してしまう」という電話がかかってきた。
「ビルも何もかも全部、担保に取られてしまって・・・・・・」
「なぜ、もっと早く言わないんですか。だいたい、イオン水製造機の販売をするのに、なぜビルを売ばさなくちゃならないんですか」
聞けば、負債が二六〇〇万円もあるという
イオン水製造機を売るのに、どうして二六〇〇万円もの負債を抱え込むことになったのだろうか。メーカーではない。小売業である。何とも不思議な話ではないか。
じつは、このようなケースは小売業の世界ではよくあることなのだ。たとえば、メーカーが、
「○○台以上仕入れれば、七掛けのところを六掛けにしますよ」
なんて言ってくると、「売りさえすれば、掛け率の安いほうが儲かるじゃないか」と軽く考えて、ついついまとめて仕入れてしまう。掛け率が高くても、最小ロットで商売したほうが在庫が少なくてすむはずなのに、そういうことをしてしまう小売業者は少なくない。安直に宝石を仕入れた私の部下もその一人だ。
在庫は、財務上は資産である。この場合の資産とは、利益が商品の形で眠っている、ということであり、これには五割の法人税と一割の住民税がかかってくる。しかも、支払いも待っている。ところが在庫はさばけない。在庫で給料を払えればいいが、そんなことができるわけがない。給料も家賃も、そして電気代電話代みんなキャッシュでの支払いだ。資金繰りが苦しくなるのは当然である。
掛け率が安くなるからと、まとめ買いをする。メーカーが払ってくれというから払う。ところが現金は月々の給料と家賃、諸経費で消えていく。で、あっちからもこっちからも借りる。金利がかさむ・・・・・・その悪循環である。
資金繰りが悪いからと返品を申し出ても、なかなかうまくいくものではない。とくにこのケースでは、訪販業者相手のメーカーだから、脅したりすかしたり、「返品だなんて言うなら裁判だ」ということぐらいは言っただろう。小売業者の資金繰りが苦しいのを見てとって、「手形を切ってくれ。決済を早くしてくれ」と手形を切らせたわけである。
それが不渡りになりそうなとき、あっちからもこっちからも借りまくって、もうこれ以上借りられないというとき、どうすればいいのか。手形が何億円のレベルなら、これはもうどうしようもないが、何百万円かのケースだったら、まず死を覚悟することだ。
「おれは会社と従業員を愛している。よし、死んでも従業員と会社を守るぞ」命を捨てる覚悟ができたら、命を捨てる前に、とりあえず恥を捨てる。恥を捨てたうえで、前述したように、手形を切ったところへ手形を返してもらいに行くのだ。手形を回収したらビリビリッとやる。それが一番いい。手形は手形交換所にさえ回らなければ、決して不渡り手形にはならないのだから。そして、長い手形に切り直す。もっとも、向こうも「危ないな」と思うと、裏書きして外へ回すことがある。町の金融で割り引いていたりすると、手形はヤッチャン方面に流れてしまい、結果土地を奪われてしまうだろう。危なそうな会社の落ちない手形を集めて、土地を奪い取るというやり方である。そんなところに手形が回ったら、これは難しい。
回る前なら、顔から火が出るくらいの恥を忍んで、
「手形を返してください」
と頭を下げに行く。
「鍋釜家財、一切合切を質屋に入れてでも、とにかく必ず返済いたします。私にどんなことがありましても、お返しいたします。生命保険に入っておりまして、過労死でも自殺でも、自分が死んだらとにかく保険が入ります。最後はそれで必ず払いますから、返してください」と命を張って、土下座して言う。それが経営者としての覚悟である。ミサワホームの三沢千代治さんなど、実際にそうしてきたのだ。
とにかく土下座をしまくって、手形を一つひとつ回収する。二日前とか三日前では遅い。危ないと思ったら早め早めに、少なくとも一〇日前か一五日前、なるべく二〇日ぐらい前に土下座をする。回収してくれば、まず倒産は免れる。
本当は手形さえ切らなければそう簡単には倒産はしないのだ。手形でなければ、代金を取りにきたとき、入口で攻防戦をしたらいいのだ。
「そこを何とか、そこを何とか」
政治家でも土下座をして選挙をするのだから、会社を守るためにはそれぐらいはやって当然だろう。土下座なんかタダである。しかし、余程追い込まれないと、普通はそう簡単にできるものではない。
また、もし商品の仕入れをして支払いができないのなら、返品に行けばいい。もちろん、「待ってください」と言うギリギリ寸前まで、支払うための最大限の努力をしなければいけない。そのうえで、どうしても商品が売れなかったら、返品に行けばいいのだ。手形を切ってくれと言われて、まんまと切るような根性ではいけない。自転車操業で手形を切ったら不渡りになるに決まっている。先ほどのイオン水製造機のケースでも、もっと早く相談があれば、私は「返品に行きなさい」と言っていただろう。しかし、危急の場合は手形を回収に行くしかない。その人は私の具体的なアドバイス通りにやって、見事に倒産の危機を脱することができたが、仕入れはそれほど重要なことなのである。「まあ、いいんじゃないの掛け率を負けてくれるんなら」などと簡単に仕入れてはいけない。資金繰りを考え、売れるか売れないかを考える。つまり、仕入れに責任を持たなければいけないわけだ。
第三章 従業員を生かす労務管理のコツ
従業員は期待できない、それが中小企業の宿命
この章では、中小企業における人材活用法について少し掘り下げて書いてみたい。
人材不足は、いつも、いつでも中小企業経営者の頭を悩ませる問題である。私はこれまで数え切れないほど中小企業経営者からの相談を受けてきたが、彼らが一様に打ち明けるのは、
「うちには頼りになる従業員がいないんですよ。優秀な人が来てくれたらいいんですけれどねえ」
という悩みであった。
しかし、よくよく考えれば、中小企業に優秀な人材が来る道理など、あろうはずがない。優秀な人材は学校を出ると即、大企業へ行く。中小企業に来るのは優秀ではない人か、あるいはどこかに問題のある人しか来ない。たまに優秀な人が入ってきても、才能と能力のある人はたいてい、仕事を覚えると独立していく。しかも、他の従業員を引き連れて独立するなんていうこともある。また、寝首をかかれることだってある。
いずれにしても、優秀な従業員はまず入ってくることはないし、入ってきても長く居つくことはない。
中小企業に入ってくる人材をランク分けすると、やや問題あり、かなり問題あり、非常に問題あり、信じられないくらい問題が多い、の四ランクである。これが一般的だ。もちろん、中には優秀な人材に恵まれている企業もあるだろうが、中小企業の人材はどこか問題があるのがふつうだ。
だから、自分の会社にはいい人材がいないだの、従業員の質が低いだのと嘆いたりしないこと。たとえ思っていても絶対に口に出さないこと。もちろん、会社が成長すれば、それにつれていい人材も集まってくるかもしれないが、創業時は九十五パーセント以上、社長個人の才覚、商売の才覚でやっていくしかない。だから、従業員の質がどうのこうのと考えないことである。
従業員はお水を汲むだけでいい、というくらいの覚悟が必要だ。
電話で「はい、もしもし。いま社長に代わります」
それだけできれば十分である。あとは全部社長がやるべきである。
中には「このままじゃ、とうてい世間様ではやっていないだろうなあ」という人もいる。そこを温かく迎え入れてやるのが、中小企業経営者の「腹」というものである。長い目でみてやれば、本人だって「やっぱり、ここ以外では働けな「いだろうなあ」という自覚を持つものだ。社長もそう思っている。お互いがそう思いながら五年、一〇年たつと、どんなに質の低い社員でも仕事を覚えていく。そこを信じて、このレベルからスタートしないと、とても中小企業というのはやっていけるものではない。
掘り出し物はそこにいる!
中小企業でも、応募や紹介で来た中から、選択できることもある。
一人ほしいところに三人来た。どれも大したことはない。大したことはない人たちだが、とにかく人手が要るから一人選ばなくてはならない。さて、どれを入れようか。
そんなときに役立つのが、これから説明する「掘り出し物の発掘方法」、すなわち従業員の選び方である。と言っても、中小企業は大会社と違うのだから、当然、従業員選びのコツも、大企業のそれとはまったく違う。優秀な人材の中から選ぶ方法などではない。レベルの低い人材の中から掘り出し物をどうやって発掘するか、これが中小企業の場合には大切で、その一つの方法を紹介しようと思うわけだ。
その方法とはほかでもない、私自身がふだんから心がけていること、つまり、典型的な中小企業における掘り出し物発掘法である。
私のところの若手社員にS君とN君というのがいる。
S君は兵庫高校を卒業後、しばらく実家の饅頭屋で働いたあと、いまでは私のグループで幹部職員として働いている。文章を書かせれば立派な文章を書くし、仕事をやらせればそつなくこなすという、なかなかに優秀な人材である。しかしそのS君、組織における命令系統というものがわかっていなかった。饅頭屋というのは言われたことをその場その場でやる仕事だから、組織の中での経験がなかったのだ。それでも、それは何回も訓練していくうちにやがて覚えた。
一方、N君は出身。お父さんは大工である。
お父さんは家業の大工を継がせたかったのだがN君はそれを嫌って東京に飛び出し、アルバイトをしながらカメラの専門学校に通っていた。しかし、カメラの専門学校を出れば必ずカメラマンになれるかというと、世の中それほど甘くはない。ご多分に漏れず、N君が就職した先は、都内のとある電器屋さん。そこの見習いをすることになった。その後、客が一日に五~六人しか来ない新小岩の喫茶店の店長を経験し、さらにその後、煎餅屋の配送をしていた。
そうして、二十七歳のときに私のところへやってきたのだが、いろんな職業を経験しているものだから、まことに重宝な面もある。電気器具が故障するとパッパッパッと直してしまう。来客があると喫茶店の店長経験を生かして、コーヒー、紅茶やジュースをサッとつくってしまう。
しかしこのN君、礼儀というものをまったく知らない。そのうえ教養もなく、およそ口のきき方を知らない。仕事も、お茶汲み、電話番、コピー取りといった、新入社員がする仕事しかしないうえに、新入社員がコピーを取りにいくと、やたら気安く声をかける。
「Nさんの前だとコピーしにくいんです。話しかけられて仕事が進みません」
とにかく苦情が絶えない。そこで私は、N君をつかまえて、こうアドバイスした。
「ねえ君。君が一生懸命やっているのはわかるんだけれどねえ、新入社員のするようなことばかりやっていてはだめだよ。男ってのは、最終的には会社でも組織でも、頂上を究めようという気概を持たなくちゃ。
会社でいう専務取締役以上になろうと思ったら、財務がわかっていなきゃいけない。財務がわからないと、専務取締役にはなれないんだ、ふつうは。だから君、授業料を出してやるから、経理学校に行って経理の勉強をしなさい。
簿記二級を取ること。そうしたら、組織の中枢が理解できるようになる」
「はい」
「N君、自分の金で経理学校に行くのと、公費で行くのと、違いがわかる?」
「はい、あの、自分で行くときには身が入るけど、公費のときは・・・・・・」
「そんなことはない。両方とも身を入れないといけないんだ。公費で行こうが私費で行こうが、行くチャンスに恵まれた以上、それだけ頑張って、必ず合格しなければいけないんだ!」
「はい、わかりました」
「で、私費で行くのと公費で行くのとの違いは?」
「はい、必ず通らないといけません」
「そう、そのとおり!六ヵ月で取るんだ!」
N君は中野の経理学校に通い、六ヶ月で簿記二級を取った。
「N君、よくやった。よし、今度は簿記一級だ。簿記一級をめざして頑張れ!」
ところがである。あるときのこと、私がN君の仕事部屋をガラッと開けたら、N君が椅子のうえに足を乗せて週刊誌を読んでいるではないか。
「N君、簿記一級の試験の傾向、最近変わったんだね。週刊誌の論旨要約が出るの?」
「いえ、出ませんけども・・・・・・」
「君、勉強しているんじゃなかったの?あ、こんなとこから試験るの?」
「出ません、出ません」
「じゃ何やっているの?仕事を免除して勉強の時間を与えたからといって、真昼間から椅子に足上げて週刊誌を読んでいるとは何ごとだ!もう簿記は二級でよろしい。一級を勉強する資格はなし!」
N君に限らず、ちょっとうまくいくと調子に乗ったり、怠慢になったりするのは、とにかく学問がないせいである。学問の裏づけのない人は顔に締まりがない。もちろんN君の顔もたるみきっている。そこで、
「N君、鏡を見てごらん。自分の顔がばかそうに見えるだろう。みんなそう言っている。顔が引き締まらないのは、きちんとした古典に書かれている素晴らしい言葉、深い知恵の文章がインプットされてないからなんだ。君は、大工の跡取りが嫌だから飛び出してきたんだろう。だったら、もっと勉強しなさい。まずは「論語」から読みなさい」
と、新たな課題を課した。それからしばらくして、社内で顔を合わせた際にN君に尋ねた。
「論語」、どうだった?」
「論語」はですね、ああでこうで」と、いろいろと感想を語ってくれたのだが、ことごとくポイントが外れている。
「おい、待て。他の人の前でそんな事言うんじゃないよ。本の最後に解説があるだろう。あれをまず読みなさい。解説を読んで、なるほどそうなのかとわかったような気分になって、それから本文を読めばいい。君が読んだところで、解説に書いてある以上に理解できるはずがない。論語を読んでどうだったかと人に聞かれたら、解説のところに書いてあるようなことを答えればいい」
「はい」
それが何冊も何冊もつづいた。そして、十冊近くになってくると、
「N君、いま何を読んでいるの?」
「いまは「易経」を読んでいます。「易経」はこういうところがいいと思います」「おっ、なかなかいいこと言うじゃないか。感心、感心」
てなことになってきた。さらに四年、五年とそれを続けていくうちに、次第に文章が書けるようになり、ものの理解力ができてきた。その昔に比べれば、顔も本当に賢そうに見えるから、学問の力というのは凄いものである。
饅頭屋だったS君も同じである。初めて会ったときに、
「一日三時間、最低でも三〇分、毎日読書しろ。活字力、理解力、読解力がなければ、饅頭屋を続けても、饅頭屋チェーンを出すことすらできないのだ」
とアドバイスした。それを彼はずっと忠実に守った結果、いまでは私のグルーブの重要な職責を任されている。
ほかにも掘り出し物はいた。A君という美容師だった男の子である。二十二歳で私のところにやってきたときには、大したことはなかったが、勉強するようにとアドバイスしてからというもの、メキメキと頭角を現すようになり、二十五歳になるころには“できる社員〟の部類に入るようになった。
もちろん、そういうふうに仕向けてもだめな人もいる。だが、ここに挙げた掘り出し物諸君はいま、私のグループの幹部職員になっており、取締役になっている。
この諸君に共通したポイントは何かというと、全員、気のきく子だということである。気がきいて、何でもすぐに実践する。そういうタイプの若い人間だったら、活字訓練をして読解力ができてくると、仕事ができるようになる。頭の動かし方がわからなかっただけなのだ。勉強し始めると、知恵をどう使ったらいいのかがわかるようになり、さらに気をきかすから、どんどん伸びていく。
じつは、学校の成績もには気のきかし方にかかっている。中学卒業まで成績の悪かった子でも、あるふとしたきっかけで頭の使い方を理解し、ぐんぐん成績が伸びる子もいるのだ。教育とはそこが大切なのである。
そういう掘り出し物を発掘するのは、じつに楽しみである。
掘り出し物とは反対に、有名な学校を出た子でも全然役に立たない子がいる。
「君、学校で何してたの?」
「勉強してました」
「勉強って、何の勉強?」
「授業でやること、教科書に書かれていることです」
たしかに、学校ではそれなりに一生懸命、勉強していたようだ。しかし、仕事をさせると何もできない。S君やN君と違って、気が回らないからだ。だから書類整理をさせるだけ、要約をさせるだけである。
この手の人材は、どこの会社に行ってもだめだろう。とくに、理屈よりも先に実践することが求められる中小企業では、気働きのない人材は箸にも棒にもかからない。それどころか、学校を出て余計な頭脳が発達している分、かえって恐いものがある。
私は、そういう従業員を何人も抱えている。そのうちの一人、M君の話を紹介しよう。 M君は私と同じ同志社大学経済学部卒。金融論を専攻、簿記一級を持っている御仁であり、私が経営する予備校では経理を担当していた。
あるとき、予備校の夏季講習で、上智大学のキャンパスを借りたことがある。上智大学は有料でキャンパスを貸してくれるのだ。もちろんそのときも、上智大学から「今月末までに使用料金をお支払いください」という電話がかかってきた。「おいM君、今月末までに上智大学の使用料を振り込んでくれ」
「はい、わかりました。これからすぐ振り込みます」
私はてっきり、振り込んだものと思っていた。ところが、それから一年半後、上智大学からものすごい怒りの電話がかかってきたのだ。
「いろいろな予備校に貸していますけど、一年半も振り込まずにのうのうとしている学校はお宅がはじめてです。もう二度と貸しません」えらい剣幕に、しばしポカーンとするばかりであった。「え?そんなはずはない。払ったはずだ」
で、M君に問いただした。
「おい、あのとき確かに払っておきますと言ったよな、どうなっているんだ?」「まだ払っていません」
「払ってない?どうして払わないんだ?」
「振り込もうと思って上智大学に電話したら、「ああ、いつでも結構ですから」とおっしゃったんで・・・・・・」
「いつでも結構ですと言われても、限度というものがあるじゃないか」
「いや、その後とくに払ってくれとも言いませんので」
「相手は大学なんだよ」
「いや、いつでもいいとおっしゃったので」
「忘れてました」
「いつでもいいって言ったら、一年でも二年でも払わないのか?」
「忘れた?なぜ忘れたんだ?」
「単純にただ忘却と言うか、忘れただけでございます」
こういう恐ろしいばかりのことが、創業以来、何度も何度もあったのだ。言えばきりがないほどだが、そんなことがあればあるほど、その分、こちらも直感力が磨かれる。朝、食事をしているときに、何か恐いものをピーンと感じて、ひょっとしてと電話をかけたら、危機一髪ということもよくあった。本当に直感力が磨かれる。
なぜそうなるかと言えば、前述したように、M君は気がきかないのだ。そこが、掘り出し物とそうでない子との違いである。
では掘り出し物クンはどうやって探せばいいのだろうか。「掘り出し物」クンを分析していったら、結局、高校生活に大きく関連していることがわかった。
「掘り出し物」クンはこうやって探せ
われわれは年に数回、何千人という規模のイベントを行なう。これを運営するためにプロジェクトチームを組んだりするのだが、最初のころは運営のやり方を誰も何も知らないので、私が手取り足取り一から教えなければならなかった。何しろ運営スタッフと言えば、ギタリストに手相家、図面書きが本職である。だから、段取りや準備のやり方のすべてを私が教えるほかなかった。
と言っても、私はイベントの専門家ではないにもかかわらず、イベントのやり方に通じているのは、過去にそういったイベントや予備校の合宿を企画してきた経験があるからだ。予備校の合宿というのはそれまであまりなかったが、思いきってやったら成功し、その後、どこの予備校でもやるようになった。
それだけ大きな規模、何千人という人を動かす術をいったいどこで覚えたかと言うと、じつは高校時代である。
高校に入った、その年のことだ。生徒会の選挙があった。同級生にMさんという賢くてかわいい女の子がいて、生徒会選挙には彼女が立候補することになっていた。なのに、なぜか急に取り止めてしまった。立候補者がいなくなってしまったのだ。困ったのは選挙管理委員の子である。立候補者不在という事態に頭を抱え込んだ選挙管理委員会は、体育の時間、校庭に集合したわれわれに切々と訴えた。
「立候補する人がいないと困るんです。クラスから一人立候補してください」
その子の懇願を聞いているうちに、全然その気持ちがなかったのに、「手を上げろ!」という声が腹の奥からグワーッと湧いてきた。そこで、グーッと腹を抱えて、いや、そんなことを言うなと抑え込んでいた。
「何、うずくまっているの?」
隣の人が不思議そうに言った。
「いや、ちょっと」
私はただごまかすしかなかったが、その間にも、選挙管理委員会の人は大声を張り上げている。
「立候補する人はいないんですか」
私はうつ伏せになって、腹を抑え込んでいたが、無意識のうちに大きな声が出てしまった。
「はいっ、ぼくが立候補します!」
(そんなばかなことを)と考えているのだが、手だけは勝手に上がっているのだ。結局、高一で行事委員長をやることになった。
その高校では、一年に一回の文化祭のときに、ファイヤーラリーというのをやることになっていた。ところが、いつも時間や運営やタイミングがバラバラで、うまくいかなかった。二〇〇〇人ほどの生徒をまとめきれなかったのだ。
それが、前年からはうまくいくようになった。成功した理由は、前々年から計画書と反省書をきちんと書き始めたこと。リーダーはこれ、音楽係はこれ、材料係はこれ、生徒誘導係はこれ、門番はこれ、火を灯す人はこれ、道具係はこれと、何十項目というスケジュールを一枚の紙にして、秒単位で細かく計画書をつくったのだ。
その計画書と反省書を残しておけば、次の年にはそれをヒントに、進行を改善することができる。それまでは先輩たちが記録を残さなかったために、手順が継承されなかった。そのことに気がついて、前の前の生徒会長から記録を残しはじめ、前の生徒会長で、初めて大成功したのだ。
その行事の責任者である私は、まだ身長が一四一センチの高一だった。先輩からは叱られ、モタモタ、ウロウロしながらも、一つずつ覚えていった。それが、イベント管理の始めである。
私の高校時代の思い出というと、生徒会だ。選挙管理委員長になったり、何と委員長になったり、生徒会のことばかりやっていた。二年生のときには、生徒会の委員を四つも兼任していた。そのうえ、書道部の部長もやりと、超多忙を極めていた。当然、勉強なんかできるはずもない。
二年生の一番最後に模擬テストがあって、すべての成績順位が実名入りで発表された。それまでは学校もそういうことはしなかったのだが、生徒を励ましハッパをかける意味で、実名入りで発表したのだ。そのときは四五〇人中、四二五番。真ん中くらいの成績で入学したのが、急降下である。
