ニャンでもやればできる(Vol.3)

第二章 自分を高める はってん編

NO.1 人間は何のために生まれてくるのか

まず、人間は何のために生まれてくるのか。ひと言でいえば魂の向上のためであり、錬磨のためである。そして神とひとつになって、功徳を世に発揮するためである。

神様のような人間になるため、神人合一するために、何万年という歴史を通して、再生転生をくり返しているのである。だから、私たちの人生は前世、今世、来世と連綿と続いているのであり、その中で絶えず御魂をレベルアップさせるべく、修業していかなければならないのである。

「大天運」第三章 前世の秘密と因縁からの脱却

NO.2 只今只今をどう生きるか

只今只今の自分、今現在の一瞬一瞬の自分の想念、考え方、行いが、前世の悪いものを消しもするし、来世のいいものを生み出しもするのである。

だから、只今只今が初めであり終わりなのである。善にするのも悪にするのも、幸せにするのも不幸にするのも、只今只今をどう生きるかによって決定されるのである。その意味で、すべては人間の自由意思、自由選択にゆだねられているといえる。

「大天運」第三章 前世の秘密と因縁からの脱却

NO.3 今日一日と思って自分を救い続け、豊かにする

今日一日、今日一日と思って、地味ではあるが自分を救い続け、豊かにし続けながら、臨終のその日まで、修養と研鑽を積み重ねればよいのである。

これを「恒の徳」といい、これこそが天地人を貫く道の妙識なのである。そして、この妙諦にたてば、真に実り多い人生を送ることができる。

そうして、ある時ふと後ろを振り返って見れば、前世の劫も家伝の悪因縁も相殺されてすでに消え、自分の周囲には有形無形の福と富と名誉が備わっているものである。これが本当の創運のやり方なのである。

「大創運」第五章 こんな時、どうすればいいのか

NO.4 迷ったら元に戻る

『易経』の中に「遠からずして元へ復る」という言葉がある。

本来、人の生きる正しい道があるのだが、この道を見つけるには、さまざまな修業を積まなければならない。

その間、人は、深山に迷い込んだ状態で、自分の進むべき道を模索しなければならないのだ。

「よし、こっちが正しい道だ」と見当をつけて、歩み出しても、どうも様子が違う。さてどうすればいいのか。

山登りの達人は、このような状況に立ち至った時は、即、元の場所に帰る。

様子が違うとわかったら、それ以上深入りはしないのだ。

「大創運」第一章 運を創るのはあなただ

NO.5 嫌な相手とも上手につき合う

出世をし、巨大な金運をつかもうと思うなら、嫌な相手とも上手につき合わなければならないのである。実力のある人ほど、性格にクセがあるからだ。

相手側が性格を変えてくれるのなら話は別だが、こちら側が相手に合わせていくことがほとんどだ。また、そういう体験を通して、こちらの人格が円満になっていくわけである。すべてを修業だと思えば、嫌な相手の顔も、仏様とまではいかなくても、口うるさい父親ぐらいには見えてくるものだ。

そして、不思議なもので、こちら側が自分の殻を破って、打ち解けた態度で接すれば、相手も、また違う別な一面を見せてくれたりする。このあたりが、人情の機微というべきものだろう。

「大金運」第一章 幸せになれる儲け方と使い方

NO.6 悩みを聞くことも修業

たとえば、人に悩みを訴えられたとする。お互い首をひねってもよい解決策はみつからない。

「ごめんね、何の力にもなれなくて」と、自分の無力ぶりを申し訳なく思ったりする。

だが、あなたは決して無力ではない。悩みを聞いてくれたことで相手の心は、相当にすっきりしたはずである。

その上、悩みを聞き、ともに考えたという行為はあなた自身の努力であり、また修業なのだ。確かにことの解決には至らなかったが、あなたは心の中で相手と悩みを共有し、時々繰り返して考えるはずである。これもまた、あなた自身の修業と努力なのである。

「大創運」第二章 守護霊が、創運を助ける

NO.7 三つの徳を調和させる

いちがいに徳というが、これは三つに分けられる。
まず、人徳がある。

この人徳というものは、自分自身を修養して高めている人格面をいう。その人物の人間的色あい、魅力をさしているのだ。

人徳があっても恵まれなかったりツキがないのは、もうひとつの徳が足りないからである。

それが第二の徳、地徳である。この地の徳というのは、前世において自分がどれほど徳を積んできたかという過去の徳分のことである。

三つめが、天徳である。この天の徳は、神の道に生きようとする人間、根源的な信仰力を持っている人間に備わるものなのである。

「絶対運」第三章 他力運をどう呼びこむか

NO.8 陰徳は本当の徳

陰徳とは、人の見ていない所、知られていない所で行う善行の報い。陽徳とは、人の見ている所、知らるる所で行う善行の報いである。

陽徳は、すぐに名誉や幸福感に還元されて消えていくが、陰徳は蓄えられてなかなかなくならない。だから、本当の徳とは陰徳のことを言うのである。「天知る、地知る、我が知る」の言葉も、陰徳を積む人の心の支えにすべきだ。カルマを乗り越え、独りで修業をやり続けていく人の、孤独に灯る神明の光とすべきなのだ。

この光こそが「本当の信仰の力」、「真実の学問の力」というものなのである。

「大創運」第四章 不運を嘆く前に

NO.9 まず「いい感じ」を持つ

あなたが一つの仕事をしたとする。商品を作ることでも、テレビドラマを作ることでもいいが「仕事をしよう」という行動は、まず第一に、その仕事に対して「いい感じ」を持たなければならない。

仕事が「大嫌い」という思いが最初にあれば、結果としての成功は絶対に約束されないのである。創造的な仕事なら、全てがそうであるといえよう。

「いいな」「すばらしいな」という思いが、次に「どのようなやり方をすればうまくいくのか」という思い、念を生む。その想念が、仕事、すなわち現実の行動を引き起こすのである。

「大創運」第一章 運を創るのはあなただ

NO.10 コンプレックスを克服する努力

体型上のことだけでなく、人の持つコンプレックスは多様であって、他人にはうかがい知れない部分もある。しかし、コンプレックスを克服する努力を積んだ人間は、強靭な魂を持つことができ、成功への道を歩むのである。

「大創運」第五章 こんな時、どうすればいいのか

NO.11 一代限りで終わらない経営者とは

「金儲けだけが生き甲斐」という人は、しょせん何百、何千人もの社員を擁する会社のトップには立てないだろう。仮に立ったとしても、一代限りで終わる運命にある。

結果として金儲けはするが、それはひとつの手段であって、最終的な目的は人々の幸福と社会への貢献、及び企業の永続的発展にある―こういう経営者こそが、神霊界が喜び、そして守り得る人物である。

「金運」第三章 億兆単位の金はこうして動かす

NO.12 微動だにしない心
出世を望み、大きな金運をつかむためには、山あり谷ありの人生航路を進まなければならない。いろいろなことが、その途上で起きるだろう。しかし、台風がきても地震が起きても、「必ず出世するんだ。金運をつかむんだ。ぼくは守られているんだ。

わけもなく運のいい男なんだ」と確信し、微動だにしない心をもてば、道はおのずから開けるものである。

「大金運」第一章 幸せになれる儲け方と使い方

NO.13 本能だけで生きると

色街ばかりに出入りしている人。こういう人は、ほとんど間違いなく死後、狐か蛇になってしまう。性欲は、神様が人間に与えてくださった本能の一つであるが、こればかりに没入している人間は、畜生と同じである。

畜生は本能を充足させることしか知らない。だから、本能だけで生きている人は、人間の姿をしていても、心は畜生となっているわけだ。

「神界からの神通力」第四章 決定版動物霊論

NO.14 環境に対して主体性を持つ

良い環境であるか否かは本人の尺度いかんなのであり、良い環境にしてしまうのも悪い環境にしてしまうのも、すべては本人の意志と努力ととらえ方にかかっているのである。

だから、社会的な客観的基準からして、すべての環境が劣悪だと判断したら、こうして、本人の尺度を柔軟にパッと変えてみることだ。

「幸せないい感覚」を失うことがないよう自分自身を救済するために。

こうして、常に環境に対して主体性をもち、「ふとした感覚」を大切にする人は、常に善霊を呼び込むことができるし、いかなる場合にも、強運に恵まれる人となることができるのである。

「大除霊」第二章 これだけは知っておきたい「悪霊に勝つ法」

NO.15 六根清浄の誓い

才能開発と強運を引き寄せるために、一歩踏み込んで次のようなことをおすすめしたい。

●目にもろもろの不浄を見て
心にもろもろの不浄を見ず

●耳にもろもろの不浄を聞きて
心にもろもろの不浄を聞かず

●鼻にもろもろの不浄を嗅ぎて
心にもろもろの不浄を嗅がず

●口にもろもろの不浄を言いて
心にもろもろの不浄を言わず

●意にもろもろの不浄を思うとも
心にもろもろの不浄を思わず

●身にもろもろの不浄を触れても
心にもろもろの不浄を触れず

これを「六根清浄の誓い」という。

「絶対運」第一章まず自力運をつけよ