入門 成功する中小企業の経営(Vol.7)

第四章 中小企業経営者に求められる経営姿勢

本当のリスクマネジメントとは

これまで述べてきたように、中小企業の命運は、すべて経営者本人のやる気と考え方にかかっている。逆に言えば、経営者自身の才覚を磨かない限り、中小企業を発展させるのは難しい、ということでもある。

では、経営者の才覚を磨くにはどうしたらいいのだろうか。あるいはまた、中小企業の経営者に求められる経営姿勢とは、どのようなものなのだろうか。本書の最後に、この問題について語ってみたい。

さて、早いもので、世界中を震撼させた阪神淡路大震災が起きてから二十年。大震災の記憶は年月とともに人々の心から次第に遠ざかっているようだが、一つだけ、日本人の心に定着したものがある。それはリスクマネジメントという言葉である。

それまで、リスクマネジメントなる言葉はほとんどなじみがなく、われわれ一般人が耳にすることなど皆無に近かった。

それが、あの大地震が起こってからというもの、にわかに人口に膾炙し、何かにつけてリスクマネジメントが確立しているとかしていないとか、さまざまに語られるようになったのだから、世の中の移り変わりほどわからないものはない。

先だって、北朝鮮の不審船を海上自衛隊が追尾、威嚇射撃するという事件が起きたときも、メディアはさかんにリスクマネジメントという言葉を連発していた。

では、そのリスクマネジメント、日本語に訳すところの危機管理とは、一体、何なのか。

それも、中小企業の経営者にとってのリスクマネジメントとは何かを考えてみたい。

危機には、健康の危機、夫婦仲の危機、企業の危機、経済社会の危機、国家の危機などいろいろあるが、危ないと思われているときが一番安全で、反対に安全だと思われているときが一番危険である、と言われている。

たしかにそのとおりで、健康にしても夫婦仲にしても、あるいは企業にしても国家にしても、危機は気の緩んだときにやってくる。

「天災は忘れたころにやってくる」という箴言は、そのへんの事情を端的に表現している言葉であると言えるだろう。

危機は気の緩んだときにやってくる、ということを裏返せば、気を引き締めていれば危機を未然に回避できる、ということになる。

実際、気を引き締めているときには、危機の萌芽をいち早く発見できるし、また素早い対応もできる。その限りで、気を引き締めるのがリスクマネジメントの最大のキーポイントであると言っていいだろう。

では、気を引き締めるにはどうしたらいいのだろうか。思うに、つねに前向き、積極的にものごとに取り組んでいくことではないだろうか。

意識するとしないとにかかわらず、前向き、積極的に何かに取り組んでいるときには、自ずから気が引き締められているものだ。

それとは逆に、消極的、後ろ向きに生きているときには、どこかしら気が緩んでいる。その限りで、「君子危「うきに近寄らず」という消極的な姿勢は、かえって危機を招きやすい危険なリスクマネジメントと言える。

専門分野ではないのでよくわからないが、医学の世界でも、プラス思考で生きている人は、ストレスや病気とあまり縁がなく、よしんば病気になっても回復が早いという。

一方、マイナス思考の人はつねに病気がちで、治りも悪いということである。まさしく「攻撃は最大の防御」なのだ。

もちろん、積極的であることと無謀であることとは別なのだから、何かにチャレンジするときには細心の注意が必要だ。

たとえば、行ったことのない外国に出かける場合、ありとあらゆる危険性を考え、極力、事故や事件に巻き込まれないように細心の注意を払う必要がある。

にもかかわらず危険に遭遇したら、そのときはしょうがない。海外に出なくても、クルマに乗っていれば事故に巻き込まれることもあるだろうし、スキーをやっていれば骨を折ったかもしれないと、割り切ることだ。

それでも、「危うき」を恐れて「近寄らず」というのよりはずっといい。なぜなら、たとえ危機に遭遇したとしても、その体験がかえってプラスに働くこともあるし、あとあと必ず生きてくるからだ。

無為という態度からは何一つ学ぶことができない。人生に一番役に立つ、体験的知恵が得られないのは言うまでもないだろう。

私はかねがねオートバイの免許を取りたいと思っているのだが、その話をすると、こう忠告してくれる人がいる。

「オートバイは危ないですよ。事故で死ぬ人が多いんですよ」

ご親切に心配していただいているので、

「たしかに、乗らないよりも事故に遭う確率は高いかもしれないね」と答えることにしているが、何もせずにただ寝ていたって、地震で死ぬ人もいる。

トラックが突っ込んできて死ぬ人だっている。人間、死ぬときには死ぬのだ。危機とは本来、そういうものなのである。

しかも、えてして、怖い怖いと思っている人間がやられるのだから、ビクビクしながら生きることほどつまらないことはない。

ビクビクしている人間ほど危ない-これは、戦場では常識とされている法則”で、真っ先に突撃していく者は死なない、と言われている。

なぜか。敵陣に突撃するとき、敵は突撃してくる兵の姿を見てから銃をかまえるため、照準を合わせるまで間があいてしまう。

すると、真っ先に突撃してくる兵には弾丸は当たらず、後ろから恐る恐るやってくる三人目あたりの兵隊に当たることになる、というのだ。

要するに、いくら気をつけていても、事故に遭うときは事故に遭うわけで、それを恐れて何もしなければ、チャンスを逃すだけ。

チャンスを逃せば、未来へ向けた可能性、発展、成長といったものが生まれてくるはずもない。危険なところに飛び込んでいく人が、結局、チャンスをものにするのだ。

消えたネルソン精神

この、チャンスをつかもうとするハートは、日本の企業から消えつつある。まことに残念ではあるが、チャレンジ精神旺盛な日本人や日本企業が少なくなっているのは、どうやら間違いなさそうだ。

一方、欧米の企業はどうかと言うと、チャンスへ向けての貪欲なまでの気性は、いまだに根強く残っている。

たとえば、クメール・ルージュが劣勢になってからのカンボジアへ真っ先に行ったのはアメリカの企業であった。また、天安門事件後の中国へ真っ先に行ったのも、やはりアメリカ企業だった。

アポロにしてもスペースシャトルにしても、最初にやるのはおれだ!とばかりに、勇敢に行動する。死ぬかもしれないけれども、やる。こういう進取の気性はどういうわけか、アメリカやイギリスなどの英語圏の人に強
いようだ。

進取の気性…それは何も英米人の専売特許ではなかったはずだ。開国以来、日本人の心を奮い立たせてきたのが進取の気性であり、それをわれわれの先祖は誇りに思ってきたのではないだろうか。

それがいつの間にか、安全第一の奇妙なことなかれ主義、官僚的な発想が染みついてしまったのだ。

いつごろからそうなったのだろうか。これはじっくり研究しなくてはならないが、すでに太平洋戦争のころから、その萌芽があったのではないかと思う。

たとえば、南雲中将という軍人は真珠湾攻撃を指揮したことで有名だが、彼の行動などまさしくその萌芽であったと思われる。

戦争は長丁場だから、航空機や船舶を大事にしなければいけない、無闇に損失してはならないと考えた彼は、アメリカ太平洋艦隊の息の根を止めようとせず、攻撃途中で引き揚げてしまったのだ。

敵を徹底的に攻撃してこそ、味方の航空機や船舶を守れるはずである。にもかかわらず、少しばかりの損失を恐れて、攻撃を中途半端に終わらせた南雲中将の行動は、とても理解できるものではない。

それほど損失を恐れるのなら、真珠湾など攻撃しないほうがよかったのではないか。あのとき太平洋艦隊を徹底して叩いておけば、カリフォルニアをはじめとする太平洋岸の防衛に力を割かれ、アメリカはヨーロッパ戦線には行けなかったはずだ。そうなれば、太平洋戦争も結果は変わっていただろう。

誤解しないでほしいが、戦争をしたいとかアメリカが憎いとか言っているのではない。戦争のよしあしは別として、人は、戦うべきときには徹底的に戦わなければならない、と言いたいのである。

ところで、ネルソン精神というのをご存じだろうか。ネルソンとは、南アのネルソン・マンデラのことではない。一八〇五年、トラファルガー沖海戦でフランス・スペイン連合艦隊を撃滅して戦死した、大英帝国海軍提督・ネルソンのことである。

敵とまみえたら、たとえ玉砕しようとも徹底的に戦う。仮に、その戦が全体から見て無意味な戦いであっても、敵を見たら倒す。それをネルソン精神と言う。いまの日本人に一番欠けているのは、これだと私は思う。

先んずれば人を制す

いまは失われたネルソン精神。それはしかし、日露戦争のときには日本にもあった。いや、日本全体がネルソン精神に覆われていたと言ってもいい。

とりわけ、日本海海戦での東郷元帥など、まさにネルソン精神そのものであった。

東郷元帥が統率する連合艦隊の使命は、一隻残らずバルチック艦隊を日本海に沈めることであった。たとえ一隻でもウラジオストックに逃げ帰してしまっては、満州で戦っている日本陸軍への補給に支障を生じるからだ。

そうなったら、戦局は一気に不利になる。ただでさえ、陸軍大国・ロシアを相手に、兵器や砲弾の不足で苦戦を強いられているところへもってきて、海上輸送が困難ということになれば、もはや日本陸軍の命運は尽きたも同然。日本の敗戦も決定的である。だからこそ、一隻残らずバルチック艦隊を撃沈せよとの厳命が下ったのだ。

日本海海戦はまさに、「皇国の興廃、この一戦にあり」だったのだ。

厳命を受けて東郷元帥が採った作戦は、日本海を縦一列で北上してくるバルチック艦隊の前方を、味方艦隊が次々と横切りながら一斉攻撃を加える、というものであった。

艦隊同士の戦いでは、船の横腹を敵に見せたほうが圧倒的に不利になる。敵に横腹を見せるというのは、まるで沈めてくださいと言っているようなものだからだ。

ただし、舷側の砲をすべて同じ照準で、しかも一斉に撃つことができるという点で、攻撃には有利に働く。

いわば東郷元帥は、肉を斬らせて骨を断つ戦法を採用したのであり、玉砕覚悟で日本海海戦にのぞんだのであった。その玉砕戦法に東郷元帥は賭けたのだ。

このような、互いに刺し違えるような戦いの場合、勝敗の帰趨はひとえに司令官の度胸にかかっていると言われるが、東郷元帥はこのとき、最初から最後まで、砲弾の雨降る艦橋に立ったまま微動だにしなかったと伝えられる。

それでも、同乗の将兵が砲弾に打たれてバタバタと倒れていく中、東郷元帥一人、まったくの無傷だった。

ビクビクしている人間ほど危ないというのは、どうやら本当らしい。戦うときのものの考え方は、こうでなくてはいけない。

結果は、魚雷艇が三つか四つ沈んだだけで、わが帝国海軍のパーフェクト・ゲームだった。その魚雷艇も、折からの高波のために沈んだのであって、撃沈されたわけではない。我艦や巡洋艦には一隻も被害がなかった。

一方、バルチック艦隊のほうは、巡洋艦が一隻、ほろぼろになって、命からがウラジオストックに逃げ帰っただけで、ほかの艦船は全部、撃沈されている。

戦うときには、やはり腹を据えなければいけない。うろうろしていたら、本当にやられてしまう。

危機に向かってあえて行くときには、何かが得られる。そう思える人間こそ、人に先んじて勝機を得る人間である。チャンスをものにすることのできる人間である。

経営者に求められる自己責任

こう私が主張すると、

「では、リスクを冒して倒産でもしたらどうするんだ。面倒を見てくれるのか。自分の肩には社員と家族の生活がかかっているんだ」という反論が必ず出てくる。

ばかなことを言ってはいけない。甘えてはいけない。誰が、そんな逃げ腰の経営者の面倒などを見るものか。進むも地獄引くも地獄のこのご時世に、座して死を待つがごとき心がまえの者に、社員の生活を託されているなどと言ってほしくない。そんな社長では、社員だってさっさと見切りをつけているだろう。

少々手きびしいかもしれないが、評論家のように、高見の見物で言っているわけではない。私自身、この厳しい荒波を、中小企業の経営者として汗水たらしながら、どうにかこうにか乗りきってきた。そういう経験があるからこそ、言う資格があると思って言っているのだ。

経営者、とくに中小企業の経営者は、大企業のサラリーマン社長とは違った意味で、まことに孤独である。社長をやめればすみそうなものだが、やめられはしない。資金繰りから営業から、すべてを一人で引き受けながら、首をくくるも自分、夜逃げするのも自分、そして、儲かってニコニコするのも自分なのだ。

そういう立場を楽しめなくて、なお経営者だと言えるのだろうか。そこには、経営者マインドというものはもはや存在していない。

責任を恐れる心、責任への無自覚。情けないことにそれは、日本人の心から野心や冒険心、あるいはジャパニーズドリームとも言うべきものが消え去ってから蔓延してきた現象である。

ところが、また欧米の話になって恐縮だが、欧米では自己責任の思想はいまだに健在なのである。欧米人は、目の前に新しいビジネスチャンスがあれば、潰れるのを覚悟のうえで、新しいものにチャレンジする。

フロンティア精神でぶつかっていく。失敗しようが成功しようが、すべて自前で戦う。

マイクロソフトのビル・ゲイツやCNNのテッド・ターナーがその典型だろうが、そんな人間がアメリカには掃いて捨てるほどいる。

日本人にはそれがゼロだ、とは言わない。だが、安全第一がどうも最近の日本人の性質になってしまったようである。

「痛いのも気持ちいいのも自分持ち」

という考え方が身についている欧米人は、危険なところへもどんどん行くが、十分に気をつけて行く。それこそが、自己責任の本当の姿なのだ。

アフリカに行ったとき、日本では考えられないようなことがあった。

私が泊まったホテルの庭に「これから先、奥へ入っても責任は持てません」と看板がかかっていた。

一体、何ごとだろうと思って尋ねたところ、その奥には湖があって、そこにカバがいるのだという。ホテルの庭から細長い小道をたどれば、すぐにその湖に出ることができる。柵もなければ鉄条網もない。

ホテルの説明によれば、以前、イギリス人の宿泊客がカバに食われて死んだことがあるというのだ。カバが人間を食うなんて、にわかに信じられない話ではあったが、早朝、内臓の破裂した死体が発見されたというから、恐らく件のイギリス人は、夜の間に、その小道を歩いていて、カバに襲われたのだろう。カバというのは夜行性の動物で、動くものには、とりあえず反射的にかぶりつくのだそうだ。

そういう事故があったために、ホテルとしては一応、注意を喚起する看板を立てたのだが、では、注意を守っていてカバに襲われた場合、ホテルが責任を持ってくれるのかというと、別に責任を持ってくれるわけでも何でもない。

実際には、カバのほうが自由にホテルの庭にやってくるのだ。それを防ぐ柵があるわけでも、鉄条網があるわけでもない。

つまり、その看板の本当の意味は、

「カバを見たら、自分の責任において、さっさと逃げなさい」

ということなのだ。これが日本であったら、ホテルの管理責任だの柵を取りつけろだの、過剰で過保護な反応をするに違いない。そして、そういう平和ボケを不思議だとも何とも感じていないところに、日本人の最大の不幸があるのだ。

中小企業の経営者のリスクマネジメントはどうあるべきか、私の考えを理解していただけただろうか。もちろん、あくまでも私個人の考えにすぎず、これが絶対に正しいというつもりはない。

だがしかし、守りに入ったらおしまいだ、ということだけは肝に銘じておくべきだと思う。安全をあまり考えすぎては、新しいものに挑戦する意欲を失い、ひいては、勝機を逸する結果となるからだ。

攻めの姿勢を保っているか?
自己責任を楽しんでいるか?

つねにそこをチェックしたい。鳴かず飛ばず中小のままで終わってしまうか、大きくなっていくかは、そこがターニングポイントになるからだ。ただし断っておくが、何も準備せず、気をつけることもせず、とにかく前へ前へという、単な楽天主義を薦めているわけではない。

たとえば、売れそうな商品だからといって、マーケット調査もせずにいきなり大量生産したり大量仕入れするのは暴馮河。

単に無謀なだけだ。大切なのは、誰もやったことのないところに誰よりも早く行って、危なかったら誰よりも早く帰ってくる、という姿勢である。そうすれば、どんな仕事であっても、どんな業種であっても、必ず成功する。

盛田昭夫氏に見るチャレンジ精神

ネルソン精神、チャレンジ精神を持った日本人と言えば、今は亡くなられたが、ソニーの盛田昭夫氏を筆頭に上げていいだろう。

盛田さんにまつわる逸話は多いが、五十歳を過ぎてからテニスとスキューバ・ダイビングを始められたという話には、深い感動を覚えた。何でも、政財界の人々と一緒に風呂に入ったとき、人間、足腰から老化するもんだとしみじみ感じて、足腰の鍛練のためにということで始めたらしい。

さらに驚くことがある。何と、六十歳になってスキーを始めたのだ。それだけでもすごいが、もっとすごいのは、カナダにあるスキー場のオープンセレモニーに招かれて、デモンストレーターとして、大回転を転倒せずに滑り通したことだ。

それが、何と六十七歳のとき。大回転競技では、スキー靴とスキー板を足にがんじがらめに結び付けて滑るから、一歩間違えると骨折してしまう。

それが、六十七歳でデモンストレーター役を無事果たすとは・・・・・・。

そういうチャレンジ精神を持ちつづけてきたからこそ、戦後、東通工という客細な企業から身を起こしたソニーを、世界的な大企業に育て上げることができたのだ。

その間、次から次へと大ヒット商品を開発したのも、やはりチャレンジ精神のたまものだろう。

器の差というのはそういうことなのだ。ただ単に頭がいいとか、金の計算ができるというだけでは経営者とは言えない。

それよりも大切なのは、危険なことでも挑戦するんだというスピリッツがなくなったら、企業家としての生命は終わりなんだという気持ち。

それが何よりも経営者には求められるのではないだろうか。逆の見方をすれば、本当に危ないのは、現状を維持しようという守りの気持ちが強くなったとき。売上が伸びていると安心しているとき。これは大変危険な状態だと思ったほうがいい。

万事調子よくいっている会社ほど、何かの理由で売上が落ちたときの反動は大きい。

中小企業の場合、好調が二年続くと三年目にはバーンと落ちる。そういうパターンを踏む企業が多いのだ。それを避けるためには、攻撃的な舵取りをするしかない。

それには、利益が出ているときに、思いきってひと味、ふた味、ひとひねり、ふたひねり加えたやり方で攻めていく。

つまり、新しい試みのために投資をし、失敗した分は損金で落とし、創造的開発のためと同時に、節税効果をねらうのである。

利益が出ている時にこそ、それに安住せず、節税と創造的投資の一石二鳥をねらい、次の利益を生む種を植えるのである。

そのために、業界動向を伝える新聞・雑誌をよく読んで、成功しているパターンを絶えず研究する。同業種の中で、成功しているパターンを取り入れる。そういう努力が必要だ。

前にも言ったように、公認会計士や税理士を信用してはいけない。銀行のアドバイスも信用してはいけない。

証券会社の分析なんか論外だ。そういう頭のいい人たちは、すでに結果の出たものについて、ああだこうだと分析するだけなのだ。

中小企業の経営に平家は要らない。誰も考えつかなかったことをやらない限り、成功の二文字はやってきはしないのだ。

そのヒントは消費者の生の声、顧客の生のクレームや要望の中にこそある。経営者は、それらに常に謙虚に耳を傾けなければならない。

考える力が経営者を強くする

では、ネルソン精神、チャレンジ・スピリットを持続させるために、経営者はどういう工夫をすればいいのだろうか。

結論を先に言ってしまえば、考える力を老化させるな、ということだ。

松下幸之助はご存じのように、貧乏で学歴がなく病気がちだったが、絶えず考えていたそうだ。彼の著書に口ぐせのように出てくるのだが、幸之助は考えて考え抜いた結果、ふと浮かんできた「姿」でものごとを判断していたらしい。

考える力が老化し、考える力を失ったらどうなるか。最終的にはボケることになるのかもしれないが、そこまでいかなくても、さまざまな症状に見舞われるのは避けられない。

とくに経営者にとって致命的なのは、経営そのものや複雑な目標、またややこしいことの内在する新しい試みが面倒になるという症状だ。

新製品?もういいや。来年度の目標?いまのままでいいじゃないか。そうなってしまう。

そもそも現状維持など、経営者にはあり得ない話だ。ときは常に流れ、時代は絶えず変わりつづけるのだから、現状維持とはイコールじり貧状態なのだ。

ライバル会社も絶えず進歩向上している。自分の会社も常にライバルから研究されているのだ。

また業界も絶えず変化している。だから、万が一これでいい、これで満足だと考えたら、会社は必ず衰退し、やがて潰れていく。

人から聞いた話やセミナー、書物……そういうものに影響されて、考えが揺れ動くようになったら要注意だ。

自分自身の本来の考え方やスピリットがどこかに消えているに違いない。

これでは判断を誤るし、そんなことで失敗しては後悔するだけだ。経営者たる者、成功するも失敗するも、自分で判断しなくてはいけない。

考える力が老化した社長、その任にあらず。相談役にでもなっていただくのが、世のため人のためというものである。

考える力の衰えない経営者というのは、松下幸之助のように、絶えず経営のことを考えている。新製品をどう開発するか、どうすれば売上が上がるか、従業員の悩みをどう聞くか、面倒くさいと思うこともなく、常に考え抜く。

それが健全な経営者だ。だから、経営者としての実力を維持するためには、考える力を老化させず、むしろ強化していくことだ。

すなわち「強い頭」をつくること。これからは「強い頭」が必要とされる時代なのだ。

頭にも、クリエイティブな頭、切れる頭、シャープな頭、フラットな頭、電球頭、絶壁頭と、まあ、いろんな頭があるが、切れる頭というのは脆い。

なまじ先が見通せるものだから、客観的情勢が厳しいときには、トライもせずにあきらめてしまう。トライをしたとしても、途中であきらめて、すぐに引き返す。そして、精神的にも深いダメージを受けてしまう。

たとえば住友銀行元頭取の磯田一郎さんなど、その典型だろう。あれほど優秀で、切れ者と言われた人でも、ひとたび栄光への道が頓挫すると、未来はもう考えられなくなる。ジ・エンドになってしまう。

これでは中小企業はやっていけない。

一番いいのは、どんなに問題を抱えていても、決して投げ出さず、公私にわたる複雑な問題を、焼き切れずに考えつづける頭。

これが私の言う「強い頭」だ。やるべきことはやる。それで失敗したら、しばらく駅前でたこ焼き屋をやりながら、次の試みを考え続けるという「強い頭」があれば、中小企業は潰れない。

不渡りを食らっても、売上が落ちても大丈夫。業界が不況に見舞われようと関係ない「潰れない会社」になるのだ。

考える力を養う読書法

考える力の老化を防ぐにはどうしたらいいのか。簡単なことだ。評論文を読みつづけるべし。これが私流の思考力の老化を防ぐ対策である。

いくつものことを粘り強く永続的に考えていく力は、小説好きな人からは生まれない。小説、とくに恋愛小説だとかサスペンス小説だとか、そういったたぐいのものは、読んでいるときはたしかに面白い。感情移入してストーリーに酔いしれ、ふわーっとした情感豊かな世界を満喫することができる。だが、たったそれだけの話である。

小説で強靭な思考力が培われることはまずない。

どういうものか、小説好きは女性に多い。あるところまでくると、もうだめ、やっていけない、やってちょうだい、と会社を投げ出す女性経営者が多いのも、そんなところに由来しているのかもしれない。

この本をお読みの女性経営者にはそんな方はいないと思うが、もしそんな気持ちが湧いたら、自戒していただきたい。

私など、五日から一週間、評論文を読まないと、体から発散するエネルギーがシャープさを欠き、ふわーっとしたものになってくる。何だか、自分がばかになったような気さえする。

ただ、感情だとか情感は研ぎ澄まされていくので、音楽や絵画や書道など、芸術活動のほうにはプラスに働くという面もあるにはある。

気をつけたいのは、いまという時代は、考える力がどんどん奪われる時代だということである。

その原因は情報化社会にある。とくに、スイッチを入れるだけでニュースや情報、あるいは評論家の言葉が勝手に耳に入ってくる、テレビやラジオの影響が大きい。

それでも、絶えず批判的に受け止めるようにしていれば、それなりに考える力も養われようが、大方の人は、向こうから発信される情報を無批判に聞くだけで、思索をめぐらすということがない。

これでは、考える力がますます衰えていくのも、当然と言えば当然である。

ましてや体は老化していく。女性は二十七歳、男性は三十五歳がターニングポイントで、それ以後、肉体的なポテンシャルは年々、低下していくと言われている。

その一方で、年をとればとるほど、果たすべき役割と責任とストレスは増えていく。そこにわれわれの悩みの種があるわけだが、ただ、よくしたもので、脳の働きが一番活発なのは五十代だと言われている。

しかし、残念ながら記憶力は衰える。だから私など、外国に行くと必ずカンツォーネを覚えて帰るようにしている。

外国へ発つ前に楽譜を買い集め、飛行機に乗ったら座席で一人ごとのようにブツブツとやって歌詞を覚え、トランジットで次の便を待つ間や、外国の街角で歌いまくって練習する。

実際にやってみるとわかるのだが、若いころに比べると、覚えるのに五倍から六倍の時間がかかる。

そのうえ、覚えたと思ってもすぐに忘れる。どうやら記憶力の低下に抗うことはできないようだが、それでもしかし、忘れる以上に反復してやれば、必ず覚えることができる。

心理学では、四十八回反復すると必ず覚えると証明されているのをご存じだろうか。

つまり、覚えられないのは四十八回やらないだけのことなのだ。やれば絶対に覚えられる。だから、記憶力に関しては、老化を恐れることはない。

問題は考える力である。確実に衰えてゆく考える力。それを維持、強化する最善の方法は、絶えず評論文を読むことにある。私はそう確信している。

「小説はだめだと言っても、実際には、司馬遼太郎だとか山岡荘八だとか吉川英治だとか、歴史小説を好む経営者が多いではないか」

という反論もあるだろう。たしかに、経営者には昔から歴史小説の愛読者は多い。しかしこれは、読み方の問題だ。

単に面白いから歴史小説を読むという経営者が、考える力を維持できているとは思えない。トップ中のトップは、まず歴史小説を読み、次に、時代背景や疑問点について我が身にあてはめて考え、歴史評論や種々の論評も読んでいるものだ。つまり、歴史小説を通して、歴史から人間そのものを学んでいるのである。

とにかく、ストーリーを追うだけという読みだめなのだ。ふつうの人なら、それでもいいだろう。

しかし、経営者がそういう読み方をしていてはだめである。入口としての歴史小説であれば許せるが、歴史小説に止まっているようではいけない。

歴史小説を入口に、そこから歴史評論や原典、評論文や中国古典が読解できたら、次に和漢洋の哲学書に行く。これが人間を知り、考える力を身につける最善の読書法である。

経営者は宗教書に親しめ

哲学書に親しんだら、そこからさらに宗教書にトライするといいだろう。私はそうやって、自分自身、人間と社会の根源を知り、あらゆる問題を考え抜く力を養ってきた。

さて、一口に宗教書と言っても、いろいろある。最近は、仏教評論家のH氏が手広く書いているような、わかりやすさを主眼に置いた解説タイプのものがよく読まれているようだ。

ま、それも悪くはないが、どうせ読むなら、もっと極まったところの宗教書がいい。番いいのは儒教や道教や、聖書、仏典などの教典。

それが難しければ、その解説書。せいぜいこの範囲である。

最初のうちは苦しいかもしれないが、慣れてくれば誰でも読める。とにかく原典を読んで、イエスならイエス、仏陀なら仏陀の息吹に直接ふれることである。

これらの人々は、民衆の心と魂をつかんだ巨匠なのだから。社員や取り引き先や社会のあらゆる人々に対するときの、心をとらえ、心の問題を解決し、また魅了する多くのヒントがそこにある。

「親鸞上人の一生」というような伝記や小説仕立ての評論は、親鸞の勉強をするには役立つかもしれないが、それよりやはり『教行信証」や「歎異抄」など、親自身が著した書やその弟子たちが書いたものを読むほうがいい。

日蓮宗関係なら、日蓮は何を言いたかったんだろうと、『立正安国論」や「開目抄」を現代訳でもいいから読んでみる。ついでに「立正安国論について」という学者の本も読んでみる。

日蓮上人の伝記も悪くはないが、中には、絵本みたいなものを、わかりやすいからと買ってくる人もいる。一般の人ならそれでもいいが、経営者がわかりやすいものばかり読んでいるようではだめだ。

深く思考するのが面倒だというクセができるからだ。

強い頭をつくろうとするなら、弘法大師の「弁顕密二教論」とか「十住心論」、あるいは「十住心論について」ぐらいのものは読まなくてはいけない。

政界のトップや一部上場企業の社長たちは、みなさん年をとっても、それぐらいの読解力、考える力を持っている。

一部上場企業の社長たちの知性や考える力、裸一貫でやってきた中小企業社長のド根性、その両方を備えたら、これはもう間違いなく経済人としてはトップだ。

どんな時代になっても、絶対に、小さい会社を大きくする経営者になれる。病弱で、学歴がなく、貧乏だった中小企業のおじさんが、天下の松下幸之助になるのだ。

松下幸之助が晩年になるまで、どれだけそういう勉強をしていたのか、その著作を見ればわかる。

あの豊臣秀吉に関しても同じことが言える。秀吉の残した書の真筆を見れば、彼の独学で学んだ教養と学問の深さがわかる。

こうして、宗教書を読んで、面白い、楽しいと感じるだけの読解力がついたら、そのときは、また小説に帰ればいい。

より深く読みこなせるはずだ。深く読みこなす読解力、これこそがトップに立つ人間の、考える力と行動力から出てくる判断力なのだ。

地位の差は国語力、読解力の差

すべての文化の基本は母国語にある。

学問的にはもうずいぶん前から指摘されていて、教育界では「考える力の復権」が主要テーマになっていた。「考える力」の根幹をなすものは、当然のことだが、母国語の力、それも読解力だ。

それを受けて、文部省(現・文科省)の学習指導要領の改定でも、「考える力」を養成することと、その方法としてのメディアリテラシー(コンピュータ・ネットワークを使いこなす能力)が大きなテーマとなっている。

これまで、画一的、金太郎アメ状態の青年を生み出してきた教育方法・受験制度への批判と反省からだ。

とりわけ、日本の将来を憂える産業界からの批判は強烈だった。そのことを端的に裏付けるエピソードがある。

たしか読売新聞の記事だったと思うが、それによると、一部上場企業の管理職・経営者の国語力をテストしたことがあったそうだ。

古文、漢文現代文の論旨要約だとか空欄補充だとかの試験、それを管理職や経営者にやらせたのだ。

テストが終わってから、役職別の平均点を出してみたら、じつにみごとなまでに、役職による国語力の差が明らかになったという。すなわち、係長クラスが5点、課長クラスが70点、部長80点、取締役55点、社長90点、会長95点であった。

いかがだろうか。地位の差とは、まさに国語力、読解力の差なのだ。決断をしたり、懸案事項を解決する立場の人は、考える力が深くて広く、頭の回転が早い。

それを見識と言うのだろうが、もののみごとに結果が数字にあらわれている。

もう一つ面白いものに、イギリス銀行協会の調査結果がある。イギリスで頭取になっている人は、どんな人物なのかという調査を行なったところ、シェークスピアをこよなく愛している人が一番多いという結果が出たそうだ。計量経済の専門書でもなければ、財政論の専門書でもない。

シェークスピアの作品は、人間の善し悪しもわかったうえで、人間を肯定的に見ている。そのシェークスピアを鑑賞し、読解し、愛するだけの中身がある人でなければ、イギリスでは銀行の頭取にはなれないということだ。そこがじつに面白い。

専門的技術たことは、コンピュータや技術者に任せればいい経営トップに求められるのは、考える力、咀嚼力、国語力、読解力である。年をとってそれが衰えないというのは、目に見えないところで、それだけの努力をしているということなのだ。それこそが、経営者として、社長としての努力の責任である。

一日三十分でも読書しよう

ところで、読書のペースだが、できれば一日一時間。できなければ三十分でもいい朝でも夜中でも、とにかく毎日頭を強くする、易しくない本を読むようにしたほうがいいと私は思っている。

一日三十分、ばかにしてはいけない。酒を飲んで帰っても、日中どんなに忙し疲れていても、必ず一日三十分、本を読む習慣をつける。すると、月三冊から四冊は読めることになる。年間で三十六冊から四十八冊。五年もたてば、軽く本箱一杯分の読書量になる。まさに「塵も積もれば山となる」である。

船井流経営法〟で有名な、船井総合研究所の故・船井幸雄さんの就寝時間は、夜十一時。朝四時に起きて、本を読むそうだ。船井さんはセミナーで毎月「今月読んだ本」を紹介していらっしゃるのだが、「今月は少ないですね」と言われぬよう、励みにしているのではないかと思う。

それは船井さんなりの努力なのだが、われわれも、読書を習慣づけるために、何かしらノルマを課して始めるべきだ。

不思議なもので、読書の習慣がつけば、面倒くさいという気持ちは次第に消えていくもので、年をとっても、考える力を維持することができる。

人に話をするネタがいつも吸収でき、より高い見識を持つこともできる。積極的で前向きで、新しいプランと説得力に満ちてくるのだ。

それから、セガの親会社のCSKの社長・大川功氏のように、「日舞がプロ並み」というような、何か趣味における大胆で面倒臭い領域に挑戦する試みも大切だろう。

経営者がそうあってこそ、零細企業が小になり中になり、あるいは大企業になることができる。その結果、商工会議所、経済同友会、経団連といった経済団体での活動や、経済活動そのものを通じて、社会に役立つこともできるようになる。少なくとも、それぐらい次元の高い「自分づくり」を考えるべきではないかと私は考えている。

継続は力なり

考える力と並んで重要なのが、継続力である。

いつだったか、かつて私のラジオ番組「オーバーヘッド・カム・レディオ」のゲストに日吉ミミさんがいらした。「恋び$301Cとに、振られ〜たよ、よくある話じゃないか~」という大ヒット曲を持つ人だが、いまもって新曲を出しつづけていらっしゃる。

「歌が好きなんですよ、私は」

ラジオ番組で曲が流れている間は出演者には休憩時間なのだが、日吉さんは、その間にも自分の曲を口ずさんでいらっしゃる。本当に歌が好きな方とお見受けした。

聞けば日吉さん、デビュー以来二十五年間、音楽活動を休んだことがないそうだ。

コンサートもキャンセルすることなく続けているし、年に一回は必ずレコーディングもしている。バーやキャバレーを回る「営業」もやっているのだとか。歌が大ヒットしているときには、コンサートを開けば三〇〇〇人からのファンが集まったそうだ。それから少しずつ減って、やがて三〇〇人に。さらに三〇〇人が三十人ぐらいになった。しかし、

「三〇〇〇人のときも三〇〇人のときも三十人のときも、自分は変わらない。

私は歌を歌うこと自体が好きだから、三〇〇〇人でも三〇〇人でも三十人でも同じ。聞きに来てくれる人が一人でもいるということが、ものすごくうれしい」と、日吉さんはおっしゃる。

まったく同感だ。私も、スタッフのミーティングであろうと、お茶会であろうと、菱研(菱法律経済政治研究所)のセミナーであろうと、みなさんに喜んでいただければ、という思いでいつもやっている。たとえ一人でも二人でも、聞きに来てくださる人がいれば、それだけでうれしい。

ところが、ふつうは、なかなかそうはいかない。客が大勢のときは燃え、少なくなるとやる気をなくす。気分が停滞する。

そういう人はフィロソフィーがない。人生観というものも持っていないことが多い。

実際、三〇〇〇人が十分の一になり、百分の一になったとき、ああ、自分も落ち目になったなと、1人も思ったはずだ。

ところが、歌を歌うことが自分の人生であり、喜びだから、精一杯歌おうと、パッと心の切り替えをしている。

人生にしても会社経営にしても、調子のいいときもあれば、調子の悪いときもある。一生懸命努力しても、運や不運に左右されることもある。

好景気、不景気というものもある。だから、企業経営には浮沈があるのが当然なのだが、調子がいいときには喜び、調子が悪いときには気が沈むというのではいけない。

そういうのは誰にだってできる。そうではなく、環境に左右されることのない、一定の価値基準を持つこと、それが経営者には不可欠である。

フィロソフィーのない人間は、何をやっても一流になることがないように、フィロソフィーを持たない経営者が一流の経営者になるのは、やはり難しい。

調子のいいときも悪いときも、絶えず自分をハイな状態に持っていく。自分のフィロソフィーを持って原点に帰り、パッと切り替える。

一つのものごとを継続していく。そうするうちに、大きなチャンスが来たり、じわじわと人が増えて繁盛したり、繁栄したりするものだと思う。

私は、運不運とか調子のいい悪いに影響されないで、絶えず自分のベストを出しつづけるのが、経営者の責任者としての修養だと考えている。

日吉さんがいまだに歌手としての命を保っているのも、二十数年、風雪に左右されることなく歌一筋でやってきたからこそだと思う。人生はまさに「待てば海路の日和あり」である。

そういうふうに、倦まずたゆまずやり続けていたら、チャンスはまたやってくる。上昇気流がめぐってくるまで、じっと釣り糸を垂れておかないと大魚は釣れない。

目先の利だけを追う人間は、それができないから結局、大家にはなれないのである。

そば屋、うどん屋、ケーキ屋、ブティック、訪販でもみんな同じだ。

歯医者でも、患者が増えたり減ったりするたびに、一喜一憂する。それはいい。しかし、それを奇貨として、常に店舗経営の原点に帰ることだ。

お客さんが減ろうと増えようと、常にいい仕事を提供して喜んでもらう努力を惜しまない。

そういうメンタリティーのあるオーナーの店というのは、「あそこよかったよ」といい評判が立って、浮き沈みがあっても結局どんどん客が増えていく。ライバルと競争になっても勝ち残る。

不況のときにこそ、のフィロソフィー、マインドが試されているのだと心得るべきだろう。

経営哲学を持て

経営哲学を持て一意専心ということが、ビジネスのうえでも大切だということなのだが、その表現方法は人によってずいぶん違う。ストイックに、修行僧のようになる人もいれば、好きだからということで、ごく自然に淡々とやっている人もいる。

私のスタッフにH君という人物がいる。

和歌山の工業高校を出て、いきなりメキシコの大学の医学部へ行き、二年後に東洋医学がいいと日本へ帰ってきたユニークな男である。

そのH君、何と十一ヵ国語ができる。一番得意なのはスペイン語だが、彼の場合は「好き」がすべてである。

文字が横に並んでいるのを見ると、ゾクゾクするほどうれしくなるのだそうだ。ギリシャ語だろうがラテン語だろうが英語だろうが、何でもいい。

文字が横に並んでいたら、何時間でも見ているのが幸せ。そのこと自体にフィロソフィーを持っているから、いくらでも語学がうまくなるわけだ。

企業の経営に携わっていれば、売上が上がったり下がったり、税務署がやってきたり、従業員同士がもめたりと、いろいろある。

しかし、そんなのが好き、会社の経営そのものが好きだという原点、フィロソフィーを持っている人の会社は、絶対に明るくて強い。

何かしら思い入れを持っているところに、従業員も魅かれてくる。熱っぽく語るところに銀行も金を貸す気になる。事業計画書もあやふや、漢字も間違っている。

担保価値も大してない。しかし、この人の熱意と情熱とに賭けてみよう、と銀行内で融資が通るように、率直なアドバイスや協力をしてくれる。

企業人の持てる幸せというのは、そこではないだろうか。経営それ自体にフィロソフィーを持っている人は、とても幸せな人生が送れるのではないかと思う。

調子が悪いからといってしょげるのは、企業活動をする人の中身としては大したことがない。黒字になったり赤字になったり、世の中というのは何があるかわからない。

自分の幸せというものを、それによって曇らすことはないし、生き甲斐とやり甲斐と喜びり・テージを落とすこともない。ましてや不幸になることはない。

小から身を起こして大きくなった企業人は、いっとき調子が悪くても、すぐにリカバリーするといったドラマを十年、二十年、三十年と続けている。

企業人としての中身は同じ。何十年も黒字を出し続けている会社のオーナーは、みんな経営者としては一流なのだ。

もちろん運もあるだろう。松下幸之助も、自分が今日成功しているのは九○パーセントまでは運だと言っている。

彼自身、そう実感しているのだ。ただし、勘違いしてはいけない。松下幸之助の性質とか考え方、フィロソフィーというのがあったからこそ、運を呼び寄せることができたのだ。

そこはもう考えてもしようがない。私たちは、企業人としてのフィロソフィーのスタンダードを持って、この時代と業種の背景の中でベストを尽くすだけだ。それこそは、めぐり合いの縁と徳分かもしれない。

あきらめの心を克服せよ

会社を軌道に乗せ、事業を成功に導くには、とにかく徹底した研究を継続し、企業努力を積み重ねていくほかはない。

そうした姿勢を貫いていけば、必ずや成功を掌中のものとすることができるだろう。とは言え、そこにいたるまでには、乗り越えていかなければならない壁がいくつもある。

その一つが“あきらめ”という壁である。徹底した研究と精進努力をすればぐに成果があらわれる、というのなら誰も苦労はしない。

しかし、現実は甘くはなく、そうそう簡単に結果は出ない。こんなに頑張っているのになぜ業績が上がらないんだろう。

どうしてヒット商品が出ないんだろう。こんな儲からない仕事なんか、いっそやめてしまったほうがいいんじゃないか。

そんな悩みに潰されそうになることもある。そこをグッとこらえて一年、二年、三年と黙々と企業努力を重ねていくと、ある日突然、パッと道が開けたりするものだが、そこまで達しないうちにあきらめてしまう人が非常に多い。

これは何もビジネスの世界に限ったことではない。芸術にしろスポーツにしろ、どんな世界でも、その道で業をなすためには、越えていかなければならない大きな壁がある。

ほとんどの人がその壁を乗り越えることができずに、道半ばで断念してしまう。

その壁をいかに乗り越えるか。そこに、一流の域に達するか、まあまあで終わってしまうかの分かれ道がある。

奥が深いと言えば言えなくもないが、性格的に“あきらめがいい人はとかく、「ああ、おれには才能がないんだ」と途中であきらめてしまいがちだ。

努力しても努力してもなかなか売上に反映しなかったり、実績が伸びなかったり、従業員が居つかなかったりすると、どうしても「おれは経営に向いていないんじゃないか。才能がないんじゃないか」という思いにとらわれて、企業経営を断念してしまうわけだ。そういう人は、私の周りにもいっぱいいる。

それに対して、大成功を収めた経営者はみんな、あきらめの壁を乗り越えてきている。成功者の体験談を見聞すればわかることだが、彼らもあきらめの壁に何度もぶちあたっている。

けれど、どんなに大きな壁にぶちあたっても決してあきらめることなく、さまざまな工夫をこらしながら、その都度、みごとに乗り越えてきた人々である。

成功とは、その延長線上にあったのだ。その意味で、成功者と常人との違いは、あきらめの壁を乗り越える知恵を持っているか否かにある、と言ってもいいだろう。

経営は単なる技術である

一つの道を究めようとするとき、誰もが壁やスランプを体験する。

たとえば、長年にわたって日本のトッププレーヤーとして活躍していたジャンボ尾崎や中島常幸といったプロゴルファーにしても、あそこまで昇りつめるまでにはいくつもの壁を体験し、その都度、必死に努力をして越えてきたに違いない。

やったことのある人なら誰でも知っているが、ゴルフというのは練習しても練習してもなかなか上達しないスポーツである。

スキーや水泳だったら、努力すればした分だけ腕が上がっていく。

また、それを実感することができるし、一度、体が覚えたら二度と忘れることがない。つまり、努力の成果をそのままストレートに実感できるスポーツと言える。

ところが、どういうわけかゴルフは違う。少し練習した程度ではうまくならないし、うまくなったという実感も得られない。

また、何かコツをつかんだように思っても、翌日になったらまた元どおりの悪いフォームに逆戻り。そんな繰り返しばかりが延々とつづくスポーツである。

まことに奥の深い、難しいスポーツであり、そこに多くの人を魅了する理由もあるらしいのだが、反対に、なかなか上達しないもどかしさに嫌気が差して、やめてしまう人も少なくない。

さて、この壁をどう乗り越えたらいいのだろうか。これについて、プロゴルファーの中島常幸が素晴らしいことを言っている。曰く、「ゴルフはしょせん、技術なんだ」

彼はいろいろな大会で優勝してきた。

しかし、世界という大舞台で活躍するにはこれまでのフォームではだめだ、フォームを改造して大きく脱皮するんだ、と考えて、フォームの改造に取り組んだ。

ところが、なかなか思うようにフォームが固まらない。そのため、二年もの間、悶々とした日々を過ごしたという。

その間は優勝もない。優勝できなければ、賞金も入ってこない。もちろん、そういうことも彼を悩ます理由の一つだったろう。

しかし、もっと彼を苦しめたのは、「おれには、ジャンボ尾崎のような才能や能力がないのかもしれない。おれはだめかもしれない」という思いだったに違いない。

ものすごい天才を目の前にすれば、誰だってやる気を失う。そんな絶望感にも似た思いが彼の心を支配していたはずだ。

それでも彼は、もっともっと大きくなるんだという夢を捨てずに頑張りとおし、いまや三〇〇ヤード以上飛ばすようになった。マスターズでも日本人最高の六十五のスコアをマークした。

そういう成果を見て、「これでよかったんだ」と納得したということである。

その中島常幸が述べたせりふが、「ゴルフはしょせん技術である」という言葉だが、この背景には、それだけの苦労があったのだ。

ゴルフに限らず、何かを習得しようとする場合、素質がなければだめだとか運がなければだめだとか、いろいろ言われている。

もちろん、素質も必要だろうし運も必要だろう。しかし、素質論や運命論でとらえてしまうと、努力する意欲をなくしてしまう。

そこを中島常幸は「ゴルフはしょせん技術なんだ」と割り切って、クラブをどう使っていけばいいのかとか、雨のときにはどう攻めていけばいいのかとか、あらゆるケースを想定して技術を磨いていった。

ものの考え方、メンタルな部分の持ってゆき方、クラブの使い方、コースの攻め方あらゆる技術の習得に励んだ。スランプに苦しんでいるときにも、「ゴルフはしょせん技術なんだ」と自分自身に言って聞かせたわけだ。

そう割り切って努力を続けていくと、有形無形の技術革新ができて、結局は非常に技術が練達し、達人の域に達する。運不運というのはその次にくるものなのである。

会社経営も、これと同じだと言える。

松下幸之助は経営の神様として尊敬されていたが、あの域に達するまでには幾度とない苦しみや葛藤があったはずだ。

そして、試行錯誤を繰り返しながら、いわゆる経営の技術を磨いていく歴史があったに違いない。最初から神様であったわけでは決してないのだ。

もちろん抜群の素質もあったろうが、華々しい実績ばかりに目を奪われて、他人の目には見えない努力の部分を見逃してしまうと、結局、「おれには才能がない。素質がない、だからだめだ」ということになりかねない。

ゴルフも技術、経営も技術なんだと思えば、努力しようという気が起きてくる。努力する意欲さえ持つことができれば、あとは、何をどう努力し、研究するか、である。もちろん、苦労はまだまだ続くかもしれないが、努力、研究を続けていければ、いずれの日にか必ずや光明が訪れるはずである。

いまの仕事を天職だと思え

人間誰しも、一つのことをずっとやっていると、いつか必ず飽きてくる。仕事でも趣味でも何でも、一つのことをやっていると必ず飽きるときがやってくる。

その飽きるという壁をいかに乗り越えるか。これも、まあまあで終わってしまうか、一流の域に達するかの大きな分かれ道であり、あきらめと並ぶ経営の大敵であると言える。

もちろん、企業が軌道に乗らないうちは、飽きもヘチマもない。ただひたすら、シャカリキになって頑張るだけである。しかし、ある程度の基盤ができて、企業がどうにか軌道に乗ってくるようになると、誰にも飽きるという問題が生じてくる。

「もっとほかに自分に合った仕事があるんじゃないだろうか」

「もっと有意義な仕事はないんだろうか」

こんな思いが一陣の風となって心の中をサッと吹き抜けたときに、じつは放漫経営が始まったりするのだ。

それだけに、飽きる心の克服は、経営者にとって非常に重要なテーマである。

では、どうしたら克服できるのか。これについて、経営コンサルタントの故・船井幸雄さんがいいことを言っている。曰く、「いまの仕事が天職だと考えよ」

たとえば不動産屋だったら、「私には不動産屋が天職なんだ。これ以外にないんだ」と考える。大工だったら「大工が天職なんだ」、学校の先生だったら「教「師が天職なんだ」と、いまやっている仕事を天職と信じ込む。それが秘訣だとおっしゃる。

たしかに、天職だと思えば気合が入る。腰が入る、腑が入る。

「よーしやるぞ。自分の天職は不動産屋なんだ。不動産屋で一番になるんだ」と

次に、ものすごい気合が入る。そして、気合が入った分だけ、いくらでも注意が行き渡るし、精進努力が続く。反対に、

「天職なんだろうか、どうなんだろうか。もっと自分に向いている仕事があるんじゃないんだろうか」

なんて迷っていると、集中力、没入力が弱くなる。だから、飽きの心がうずいてきたら、とにかくその仕事を天職だと考える。

「下手の考え、休むに似たり」と言うではないか。安易に道を変えようと悩むくらいなら、居眠りするほうがマシというものだ。

お客さま第一主義にせよ

「自分の仕事は社会の役に立っている」

と考える。現実に役立っているかどうか、そんなことは考えない。とにかく、役立っていると思い込む。ここがポイントだ。

この場合、世の中のためというと少しばかり漠然としてしまうので、お客さまに役立っている、消費者に役立っている、と考えるといいだろう。つまり、お客さま第一主義に徹するわけだ。

「お客さまは本当に喜んでくれているだろうか」

「お客さまは何を求めているんだろうか」

こういう気持ちで絶えずやっていくと、そこに愛と真心が入り、注意が行き渡る。サービスが行き渡る。気配りが行き渡る。

そういうお店なり会社なりには、そこはかとない温かな空気が流れるから、「ああ、いいなあ、このお店は」といってお客さまが逃げない。

顧客が逃げない。逃げないどころか、何回でも来たくなるし、紹介もしてくれる。

ところが、失敗する人はそこまでの気合が入らない。気合が抜けている。その抜けた分だけお客さまも抜けていく。お客さま第一主義の愛と真心に欠けているからだ。

その愛と真心はお客さまに向けるだけではない。会社には従業員もいるだろうし、従業員の家族もいるだろう。それから自分の家族もいるはずだ。それらすべてに愛と真心を向ける。

「従業員は喜んで仕事をやっているだろうか」

「従業員の家族は喜んでいるんだろうか」

「自分の妻や子どもたちは喜んでいるだろうか」

そこまで徹すれば、従業員は逃げないし、妻が逃げ出すこともない。

とにかくまず、「天職だ」「世の中に役立っているんだ」と思い込むこと。そうすれば仕事に熱が入り、魂が入り、心が入っていく。

経営者がこういう姿勢を貫いているところは、ライバルの多い過当競争の中でも、みごとに勝ち抜いているのである。