日蓮上人が「神通力」を得られた理由
例えば日蓮上人などは「南無妙法蓮華経」―これこそが真実の教えだと信じきりました。 安房小湊の誕生寺で生まれた、あの日蓮さんです。
小湊誕生寺の上のほうに、当時は天台宗だった清澄寺というお寺がありまして、そこに虚空蔵菩薩さんをお奉りしてあるのですが、 その清澄寺で日蓮上人は考えました。
いったいこの世の中には、例えば浄土宗、浄土真宗、禅宗があって、天台宗も真言宗もある、と。 それから律宗、華厳宗、 法相宗など南都六宗もいろいろある。
そして、みんな「我がところの教えが一番だ」と言っているが、お釈迦様はお一人なのに、なぜこんなに仏教の宗門宗派が多いんだーと疑問を持ちました。どこの宗派も「うちが正しい」と言っているが、いったいどこが一番 正しいんだ、というわけです。一番正しいというからには、それは一つでなきゃいけないはずです。
「矛盾しているじゃないか」と思ったわけですね。
日蓮さんはそう考えまして、何とかそこのところを解決して、真実のものを得たいと決心いたしました。
そして発願し、虚空蔵菩薩様に「日本一の知恵者 たらしめ給え」と祈り、そう祈願して一生懸命に仏教を勉強したわけです。
比叡山にも行きましたし、それから高野山にも行きましたし、ありとあらゆるところに修行に行きまして、一切教典を全部読破いたしました。
そうして日蓮さんは「法華経こそ真実なんだ」と、そういう悟りに達したわけです。
ところが日蓮さんは、それで終わりませんでした。真実を探求し悟っただけではなくて、「これから我は、国難に立ち向かい国の柱となる」 というわけです。
考えるスケールが大きいですね。皆さんもスケールの大きな想念を出したら、神様からスケールの大きな反応が返ってくると思っていい。 「何とかこれだけ、何とかこれだけ実現できれば、まぁいいや」という小さな気持ちですと、それだけの霊界になって、結局それだけの小さなスケールに、こじんまりと収まってしまいます。
ですからパート1でも申しました「情熱力」の大きさというものが、日蓮さんは違うわけです。
なにしろ「我は日本の柱になる」というのですからね。お釈迦様の教えの真実にまで本当に踏み込もうと思いながら二十四時間、一年三百六十五日を使おうと思っている人と、「まぁ、なんとか生活ができて、何と人様にあまりご迷惑をかけないで暮らせれば、まぁいいんじゃないか」ぐらいの気持ちで一年三百六十五日を過ごしている人では、こんなに差が開いてし まうのです。
とにかく日蓮上人さんはそう決心して、そしてある日の夜明けに、清澄寺のところで昇ってくる日の出を見まして、「南無妙法蓮華経」と唱えた。
これが日蓮宗の立教宣言です。そこから日蓮宗が立教し、日蓮宗の歴史が始まったわけです。
この瞬間から熱烈に説法を始めまして、あまりに熱烈なものですから、親からは「お前ちょっと変じゃないか」と言われ、お師匠さんからも「お前、変じ ゃないか」と言われるようになります。
在地の地頭からも「あいつ、おかしい」と言われてしまう。
その地頭は熱心な念仏信者でしたから、日蓮さんが 「念仏の法然上人こそ日本の国賊だ。 念仏がなくなれば日本は良くなる。
みんなが念仏宗を信じるから、こんなにも天変地異が起きたり、疫病が流行るんだ。 今、日本国は目覚めなきゃいけない。念仏宗を葬り去らなきゃいけない」なんて講義すれば、そりゃあ地頭は激怒しますよね。
十三年にわたって修行して帰ってきて、清澄寺での講義で「念仏こそ日本を滅ぼす」と説法したわけですから、念仏の熱心な信者の地頭は「何をこいつは!」なんて怒って、何度も日蓮 さんを殺そうとしたのです。
そういうことがありまして、日蓮さんはそれから鎌倉へ行って、煙草を吸っ たかは知りませんが(一同笑い)、「日本の国を救うんだ」と主張します。
今、 日蓮がここにいたら、「あいつまた、狂っているじゃん」 (一同笑い)と言われかねませんが、しかし彼は信じているわけですよ。 必ずや仏の導き、神の導きがあり、日本の国は「法華経」で救えると確信しているわけです。
法華経に書いてあるのですが、法華経を信じる者はいろんな艱難辛苦に遭うだろうとあります。ですから日蓮上人も迫害を覚悟していました。この法華経については、聖徳太子も 「法華義疏」 などを書いて日本に広めた人です。
それから伝教大師も天台智顗から「お釈迦様の教えの一番の中心は法華経だ」と教わりまして、法華経を中心にして日本天台宗を作りました。
そしてこの法華経の「如来寿量品」というところには、久遠実成本佛の釈迦牟尼仏、ようするにお釈迦様と合体しているところの宇宙創造の神ともいうべきものが出てきます。
宇宙創造の法界を統率する仏様ですね。日蓮さんは 「これが本当なんだ」と悟ります。
阿弥陀如来様も薬師如来様もお地蔵様も、すべてその法性仏ないし本佛は、久遠実成本佛の釈迦牟尼仏である。
すべては、この宇宙創造の神様であり仏様である久遠実成本佛の化身だというわけです。
日蓮さんからすると「なぜ化身を拝むんだ。 本佛を拝まなけりゃいけない「じゃないか」というわけです。それ以前、 まず、中国の天台大師智顗という人が「そのことを書いているのは法華経だけだ。 その中の「如来寿量品」しかない。
だから法華経が一番だ」ということを主張しました。
そして、日本の伝教大師さんも「法華玄義』 『法華文句』 『摩訶止観』などを書いて、法華経をベースにして、比叡山をお開きになりました。
法華経にはまた、こんなことが書いてあります。「後世、末法の世に法華経を流布する人はあらゆる艱難辛苦、あらゆる迫害に遭うだろう」と。
「島流しになったり、ひどい責め苦や中傷に遭うだろう」と書いてあるのです。けれども、「法華経行者はそれを辛抱して行をやらなければいけないんだ」ともあります。
そして、「それをやるにあたっては、必ずや大きなお力が授けられるだろう」とある。日蓮上人さんは、この法華経に書いてあることを、その通りに信じているわけです。
ですから日蓮さんは「私こそ本当の、法華経を行ずる行者だ」と確信します。
上行菩薩というのですけれど、お釈迦様が法華経を説くということを全部、その上行菩薩に委託するわけです。「その化身、つまり上行菩薩というのは私だ!」と信じておるわけです。
法華経に書いてある通りなのだと信じ切ります。そういえば、聖徳太子様もそんな島流しにあったことはないし、迫害されていない。
伝教大師最澄も別に島流しにあったわけではない。「島流しになった のは私だけじゃないか!」(一同笑い)、と日蓮さんは思ったかもしれません。
だから「法華経に書いてあることからして、私こそが真実なんだ」と考えたのでしょう。日蓮さんは、島流しに遭ったとき喜びさえしました。
普通の人でしたら 「そうかぁ…。 あーあ、島流しだー。 静かに煎餅屋をやっていたらよかったー」 なんて思うでしょうけれども (一同笑い)、 彼はそうは思わない。
「島流し? あっ、これは法華経に書いてある通りだっ!」と、ニコッと笑うわけですね。お経に書いてある通り、 島流しに遭う。
「これは本物だ。私こそ仏様から選ばれ、久遠実成本佛から選ばれた、法華経を流布する真実の人間に違いない」と 確信します。「違いない。違いない」と、信じているわけです。『開目抄』の中で日蓮さんは、そう言っております。
さて、日蓮さんのように、こういうふうに信じることのできた人が当時、何人いたでしょうか。法華経を読んで、一切教典を読んだ人の中で、日蓮上人様のようにお考えになった人が、果たして何人いたでしょうか。
迫害されて、「わーい、迫害だぁ」(一同笑い)と喜ぶことのできる人が果たしていたでしょうか。
「龍口の法難」で今や処刑されるというとき、日蓮さんは鶴岡八幡宮前を通過し、連行されて行きました。
そして、「法華経を信じる者には、諸天善神、皆 これを味方するというけど、守護しないのか、お前は! どうなんだ!」と、 パッと砂か何か投げちゃいました。
「八幡! 鶴岡! ふざけるな! しっかり真面目にやれ! 守護しないのか!」(一同笑い)と言ったかどうか……。
龍口で首を斬られるというときに、この八幡様に「守護しないのか!」という 感じで喝を入れて、そして死刑場へ向かったのです。
そうしたら八幡さんが「あ、そうだった。 忘れていた」と(一同笑い)、思ったのかどうか分かりませんが、とにかく龍口で、まさに首を斬られるかという瞬間、江ノ島の方から光の物体がビューンと飛んで来て、役人らは腰を抜かしたわけですね。
ビューン、ビューン、ビューンと飛んで来て、 みんな「何だ、 今のは?」。現代だったら、「あっ、円盤だ」って言うのかもしれないが、当時はそんな円盤もクソもない。
「光の固まりだ!」と、みんなガタガタ震えだしまして、日蓮さんは助かったのです。要するに、この時、 雷がガリガリッと落ちて、役人の刀が折れたのですね。
「念彼観音力刀尋段段壊」って言いますけれど、その観音の力を念ずることで、刀がもう段段に、バラバラに割れちゃいますよって、法華経の二十五番目、 「観世音菩薩普門品」に書いてあります。
この「刀尋段段壊」をやりましたのは、ほかには役行者がそうですね。
役行者さんが伊豆の大島に流されたときですが、 お母さんを人質に取られて、「出てこい」と言われて、それで役行者さんは役所に出て行きました。
役行者さんは、処刑される直前に、「ちょっと待ってくれ。ちょっと刀を舐めさしてくれ」 と言って、刀をペロペロッと舐めると、刀がフニャフニャになりました。 そしてハッポ、ハッポ、ハッポー(ジャイアント馬場のまね、実際はやっていない)といって刀がパンパンパンと割れて、 クニャッと曲がってしまったのです。
そのことを天皇様が知りまして、これはやっぱり神様仏様からの加護のある聖人だということで、役行者さんは処刑にはならず、大島に流されるにとどめられ後に許されたのです。
日本の歴史で観音経にある「刀尋段段壊」をやった のは、大雑把に見ると、役行者さんと日蓮上人ぐらいではないでしょうか。
それはともかく、日蓮上人さんは、お経に書いてあることを「そうであるはずだと、そのまま信じて、命をかけて国のために一途に情熱を燃やしているわけです。
だからこそ、ちゃんと鶴岡八幡が「あ、そうだったね」というかたちで加護してくれた。まぁ鶴岡八幡が円盤になって来たのかどうか分かりませんが、役人の刀が三つに折れ、光の塊が来て、誰も日蓮上人の首を切ることができなかったわけです。
それでこの龍口の御法難のあと、それから佐渡に流されたわけです。
それだけではございません。 その「龍口法難」の後のことですが、これから船に乗って流されに行きますというときに、結果として帰って来てしまったこともあります。
法華経には、法華経を流布する人間には必ずや月天使、つまり月の神様がその証をお見せになると書いてあります。
だからその時は、日蓮上人は「何にも証しを見せないのか」と、お月さんに文句を言ったわけです。昔、大阪に人生幸朗という漫才師がいまして、「責任者出てこい!」と言ってぼやくのですけ れど(一同笑い)、日蓮上人は鶴岡八幡には「もうちょっと真面目にやれ、お前は、分かってんのか!」と言いますし、お月様にも「何の証しも見せないの か! 月天使は」と、言っているのです。
お月さんも「あっ、そうだったね」と言ったかどうか、最初は他の光通信で忙しかったのか、ともかくしばらくしてから、明星が降ってきた。
キラキラキラキラと、お庭の木に明星がピカピカピカピカと降ってきました。光っていた わけですね。 龍神さんじゃないかとも思うのですが、とにかく、星が木の上に いくつか止まりましてピカピカ光っていた。みんな驚きまして、「凄い、凄い、凄い、 何だこれは」となったのです。
法難の時には光の固まりがビューンと飛んできますし、月天使の証しとして は星が落ちてくるし、そういう人なのですよ。
このように日蓮上人というのは、悪く言えば誇大妄想狂というか、スーパー・ロマンの世界にいるわけなのでしょう。
けれども、仏法を信じて、真実のものを伝えて、この末法の世の人々を救おうという人です。「日本の国の柱と ならん」と、そう決意している人なのです。
やはり信じる力が抜群ということなのですね。法華経を流布する人間は艱難辛苦にあうよと経典が予言しておりましたので、 法難があればあるほど、苦しみがあればあるほど、逆に感謝して、必ずや進み行くんだと強く決心するわけです。
ですから、日本の宗教全体を見ましても、日蓮上人ほど奇跡を現わした人はいません。お母様が死んでしまったというときに、日蓮上人さんが「南無妙法蓮華経」と言いますと、生き返ってきました。
蘇って、何年か生きておられましょう。
した。 真言行者と力比べをいたしましたときには、石をグワーッと持ち上げて 「南無妙法蓮華経」と言うと石が落ちなくなってしまった。 まさに意志 (石) の力です。
日蓮上人の「神通力」というのは、その予知能力と合わせまして、日本の歴史に燦然と残っています。
今や日蓮上人の名前を知らない人はいませんが、当時は「日本の国を救いに行くんだ」とか、「またあんなこと言ってる」などと、ボロカスに言われました。
鎌倉の辻々に立ちまして、「南無阿弥陀仏を信じる者は地獄に堕ちる」とか、「真言宗は国を滅ぼすんだ」とか、「禅は天魔だ」なんて言って、道行く人や坊さんに説法した。
そのような行動に日蓮上人は敢え挑戦して、 そして、どんな艱難辛苦があっても絶対に負けなかった。
まさに毎日毎日が「大死一番」だったでしょうね。肝っ玉がおそらく大きかったのでしょう。 肖像画の顔を見ても分かりますが、思いきりがよかったので法華経の言うように、神仏が我に与えてくれた試練であると、すっかり思い込んでいる。
すると蒙古来襲の予言も全部当たりました。
お経を信じ、法華経を行ずる者はこうあるべしと信じ、仏様の言うことのおかげというもの、あるいは働きというもの、真実というものを流布するのだという信念を持っていました。
日蓮上人のあの神通力は、信じていくというその力が、誰よりも強かっ たところから発しているものなのです。
大きく祈り信ずる。「神通力」をどこまでも磨く
日蓮上人のあの「神通力」の凄さは、そうとしか説明がつかないと思います。 皆さんも、まさに、おそらく除霊の前の、あのハラハラ、ドキドキの中で、 限界を超していくには信じきるしかないのです。
そりゃあハラハラも、ドキドキも、緊張もするでしょう。
しかし緊張といったって、上には上の日蓮上人さんがいるわけです。 初めて島流しに遭ったのは 伊豆ですが、途中、嵐が来そうな天候になって、満潮時には沈んでしまうよう
な岩にチョコンと乗せられまして、役人らは「さよなら」と帰ってしまった。時間が経つと、岩の上に海水がどんどん、どんどん寄せて来て、満潮になった溺れ死んでしまう。
時間が経つにつれ、膝からお腹の方へと水がどんどん上がってきて、しかも誰もいないのですよ。
日蓮上人は、ただただ「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と唱え続けた。
これほどハラハラ、ドキドキした人はいないでしょう。限界に追い詰められ、徐々に潮が満ちてきて、もう溺れ死んでしまうなどという時に、皆さんは何をよすがとしますか?
伊豆の岩場の日蓮上人は、ただ海に向かって 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」です。
もう死んでも生きてもいい。ただもう一心に信じて「南無妙法蓮華経」と言うしかない。そうしたら、「あれー?」と言いながら漁師が船でキィーコ、キィーコと通りかかりました。
「あれ? 誰だ?」なんて言いながら、「お乗りくださいませ」。そうして命が助かったわけです。
最初は船なんか通りかかりそうもなかったのですが、「南無妙法蓮華経」と 祈れば、まさに「天道は人を殺さず」です。
「天道は人を殺さず」。これは孔子さんが言った言葉です。私はよく、このセリフを自分に言って聞かせています。
孔子さんが、たしか衛という国でしたでしょうか、周囲を囲まれまして、今や命を落とすかもしれないというときに、孔子さんが言いました。「天道は人を 殺さず」と。
天の道は、その天の道に生きんとする人間を殺しはしない。そう言いまして、その通りに、危ういところを孔子さんは助かったわけです。
このように、先人たちは皆、それだけの奇跡を、まぁ「あまり奇跡は語らず」なんて孔子さんは言っておりましたけれども、まさに「天道は人を殺さず」で、どこまでも神を信じ、道を信じ、そしてこのような神通力というものを与えられて、奇跡を起こしてきたのです。
天道は人を殺さず」。まさに日蓮上人もそうです。ハラハラ、ドキドキなんていう境遇は常時のことでしたでしょう。
「龍口の法難」のときは、半ばヤケクソもあったかもしれません。だから鶴岡八幡宮様に対して、ああいう不平のような言葉も使いましたけれども、伊豆への初めての島流しに遭った時などは、 どういう気持ちだったでしょうか。 たぶん生きた心地がしなかったでしょうね。
そんな境遇になっても、結果として救われているはずだということを信じていたのかどうか、ともかく「南無妙法蓮華経」を唱え続けて、助かったのです。
最初に申し上げた、名刺で割り箸を割るというとき、その結果を信じるのと同じかどうか分かりませんが、信じきったのです。
以上のように、今日のお話のテーマは、くどいようですが、日蓮上人さんも 経典を信じ、法華経の妙力というものを信じ切った。
おそらく神様仏様から夢で霊告を受けたりしたこともあったでしょう。その神様のお告げをどこまでも信じて、そして信じ通した力が結果となって神通力が出てきたのでしょう。
信じ通した力というものが、まさに神通力を現ずる源泉であったわけです。パート2の最後として申し上げたいのですが、神様といいますのは、小さく、小さく神様の方へ向かっていって、小さく信じたら、小さくしか返ってこないのです。
逆に、大きく、大きく向かっていって、大きく情熱を燃やし、大きく信じて、信じ切っていけば、大きく、大きく返ってきます。それが神様というものなのです。
ですから日蓮上人も「日本第一の知恵者たらしめたまえ」と言ったように、その出発からして大きかったですね。だからこそ、大きな人生をドラマチック に終えることができたのです。
でもその分、苦労はたくさんあったでしょう。人一倍の艱難辛苦も多かったのですが、やはり最初の発願で、心を大きく、大きく打ち出したものは、やがて大きく返ってきたわけです。
信じて通じる力が「神通力」なのですから、どうせ同じなら、大きく、大きく、この神通力の偉大さ、素晴らしさで、世の中の事を良くしようという広大な発願を、皆さんも持ったほうがいいのではないでしょうか。
「大死一番」で、大きな肝っ玉を持ちまして、思い切りよく、神様のためなら喜んで死んでいこうというぐらいの気持ちで、同じ生きるならそういうふうに生きようという気概を持ってほしいと思います。
神様に向かって大きく、情熱をますます燃やし続ければ、この神通力というものは、どこまでも、どこまでも磨き続けられ、出続けます。
霊的な限界、 神霊能力の限界、神人合一の道の限界をどんどんクリアして、皆さんも進歩していけるはずです。
「ちょっと私は、霊的に見えない」とか、「キャッチがなかなかできない」とか、「ときどきキャッチもできるけれど、今は筋がよくなくて、でも何歳の時に恋に落ちるという姿が見えるようになった」とか、「キツネちゃんの尻尾が出ているのを、ちょいちょいちょいと押さえて、人霊ギツネの尻尾を倒した」 とか……、人それぞれで、それなりに霊的に進歩している人も「私は全然ダメだわ」なんて思う人も、今の私のお話をよく捉えて、志を大きく持って、情熱を燃やして、もっともっと大きく志を構えてほしいのです。
肝っ玉の小さい、思い切りのよくないなんてことではなく、「やれる」と信じて、志を大いに燃やし続けてほしいと思うわけです。
日蓮上人のケースが私たちに、そのことを物語っているのではないでしょうか。
神通力とは「信じ通す力だ」「信念が通じる力だ」ということをキチッと抑えてほしいと思います。お話は、割り箸を名刺で割る話から、大きく発展しましたが、これでパート2を終わります。
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深見東州の土曜神業録25(VOL.4)
