昭和六十二年 上高地神業御神示(一)

ふり仰ぐ
穂高の峰に
守りする
スの神々の
みつ(三つ・密・満つ稜威)のお姿

人麻呂


穂高に来たる
神々の
仰ぎたきかな
すがたまのかた

一休


たかまなる
穂高に来たる
神々の
尊きすがたま
仰ぐ今日かな

道真

*注:これは、前出の一休禅師の歌を道真公が校正したものです。


ひろがりて
海原広く
魂広く
くだり(降臨)くる神
地にまくばりぬ

木花咲耶姫


中秋の
月より出でて
国常の
立ちさかえゆく
夜半の集いぞ

国常立


邪に秀で
魔を呼ぶものは
金なれど
慈悲持つならば
富高きかな

国常立


哀 (愛) 楽の
もとにこそあり
神々を
恋しく思う
心の枯れ木

盤石のもとを作るべし
神界の経綸、よろず世の道、盤石をこそ尊びてあり
赤岳に陽は出づる。赤岳となるぞよし
心根に情熱、山向こう精進の徳
霊界の魂のごと、 うるわしき人となり
万人に尊ばれ、万人に慕われて、万人に道広むため
荒磯の国の様、よく見れば和がありて、よく見れば道ありて
人々も喜びて和むかな
来年ぞ、来年ぞ
来年に事つくせ、一生の功となる
さりながら、あせるなら叩かれて弱くなり、灯も揺らぐなり
人頼りまかすべし
わが魂は軸となり、天理にて車軸に回転を与うべし
回転が速くなり極まれば、ますます軸たらん
動くなよ、岩の如く、山の如く
風さそうこともあるも出づるなよ
山中にありて身を守れ
穂高三神、元神なれど山中をでず

情操の元に神々の里あり
世俗に流れて欲情となり

神仙に近づきて妙趣霊厳たり

天御中主