【第一章】第一章ご神業と結婚について(昭和61年11月1日)
天変地変を怖れず、結婚するなら結婚しよう
【深見先生】えー、土曜日の講義を行いたいと思います。本日のテーマは、「ご神業と結婚について」という講義です。
えー、当初はですね、M教団にいた人がおりまして、名古屋から来た人です。三十歳なんですけども独身なんです。
「どうしてあなた、三十になって、一人なんですか」と聞きました。私も三十五で一人ですけども、聞いたわけです。そうしましたら、「それは先生、もう、私たちは昭和五十五年に全部死ぬと思ってましたから」と言うんです。「全部」って、人類全部のことです。はあー。
「天変地変があるので、結局、結婚しても、子供ができたらかわいそう。それから、相手の人と一緒にいると気の毒です。特に生まれてくる子供がかわいそう。だから、どのみち死ぬんなら、皆で一緒に死のうねと言ってたんです」と言うんです。
だから、ボーナス、お給料は目一杯、M教団に寄付してます。もう、生活できるぎりぎり一杯までやってます。全部、出たら寄付する。 M教団に寄付する。しかし、昭和五十五年には何事もなかった。「ほんとに皆さんの努力のおかげで、五十五年は危なかったですが、何とか持ち堪えられた。
しかし、今度は、五十八年が危ない」ということで…。そして、五十八年になると、今度は六十年が危ないって言ってたんですけども、結局、大丈夫だった。それで、「皆が一生懸命努力しないと、今度は六十五年が危ない」と言って、延ばし延ばしになってるわけです。
そういうふうに、献金につぐ献金をしている。結局、結婚しても、皆お互い死ぬんだからと。それで、そうやってお金を使ってたわけで、もちろん結婚資金もないし、そういう話があっても断ってたらしい。
非常にかわいそうな話です。そうこうしてるうちに、もう三十になったわけですね。どっかの化粧品屋さんに勤めてた人なんですよ。何とまあ、かわいそうなことよと思いました。
そういうふうに、天変地変を怖れる人は、なかなか結婚に踏み切ることができにくい。
これ皆様、例えば、もし天変地変が近いんだったら、結婚すべきかどうかと考えますと、私は結婚して子供を産むべきだと思います。
それで生まれてきた子供は、運が悪かったと。もし、天運が悪くなかったら、そういう時には生まれてきませんから。まあ戦争中に生まれてきた子もかわいそうです、空襲でね。
それから、天明の飢饉とか天保の大飢饉、ありましたね。あるいは、蒙古来襲のときジンギスカンがヨーロッパのほうに攻めていってるときに、生まれてきた子供たち、かわいそうですね。全部、殺戮で死ぬわけです。
このように、天変地変でなくても、戦争で死にます。
広島にたまたま生まれてきた子供、かわいそうですね。長崎もそうです。かわいそうな時代に生まれてくる子は、歴史始まって以来たくさんいる。
だから、今度、天変地変で死んだとしても、地球生成以来四十六億の中で大したことありません。お父さんと一緒に死のうねって言って、死ぬときも一緒に死ねば楽でしょう。
子供が死ぬのはかわいそうだからということでなく、死ぬときは死ぬんです。死ぬ前日まで喜んで、幸せに生きて、大変な状態になったとしても一緒に乗り越える。
いつ来るともわからない天変地変に備えて、それがようやく来たという時に、八十歳だったらどうなりますか。もう子供も死んでたり、本人も長生きし過ぎたなんてことになります。
ですから、そういうものに驚かされない。結婚したい人がいたら結婚して、子供が欲しいと思ったら生まれまして、死ぬ時には一緒に死んでいく。だから、そんなことは怖れないことです。
天変地変があるから子供を産まないなんていうことは、まやかし物であります。
ですから、そういう観念を捨てるべきです。一緒に死ねばいいんで、満足して死にますね。
自分も死ぬんだし、奥さんも死ぬんだし、地域いっぱい死んでるんだから、子供の一人や二人死んだって、どうってことないわと思えばいいんですよ。そういう所に生まれてくる子が悪いんです。そう思いませんか?
天変地変が来るからと驚かされて、結婚もできず、子供もできない人は、結局、死んだらどうなるか。天変地変が来るから、大変だからと思って結婚もせず、子供も産まず、戦々恐々としております。
それで、交通事故で死んだら、戦々恐々霊界に行きます。
子供も産めないし、結婚もできないで天変地変が来る、天変地変が来るって、おろおろ、おろおろする霊界に行きます。ですから、死ぬ時には、ああ、これで死ぬんだなと思い切って、堂々と死んでいくべきです。
最近のタイ航空の事故(註:昭和六十一年十月二十六日のタイ航空機爆発事件)なんか見ましても、三十二分の間、飛行機がふらふらふらふら飛んでるわけです。
煙がわっと出たり、急に気圧が下がったり…。子供を抱きかかえたお母さん方が、子供ごと一メートル上に飛ぶんですね。頭がガーンとなって落ちます。皆マスクしながら、ダッチロールしてたわけです。
その間、皆は、「ああ、僕の誕生日に死ぬ。命日になったな」、「妻は僕の洋服がわかるかな」と思いながら、三十二分を過ごしたらしい。で、三つぐらいの気圧系統のうち二本がだめになって、一本だけがかろうじて生きてました。
中には泣き叫ぶ人、あるいは遺書を書く人、南無阿弥陀仏を言ってる人もいたけど、たぶん僕は、「ウンテントーボーエータート」とか、咒を上げてる人がいたんじゃないかと思いますね。
後でインタビューしたらよかったと思うんですけど、二百数十人のうち、一人でも咒を上げてた人がいたら、そのおかげで助かったんだとしか考えられないような奇跡です。
ああいう時は、やっぱり遺書を書いて死ぬんだという覚悟を決めて死んでるようです。
日本航空の事故(註:昭和六十年八月)では、そうでした。タイ航空の時も、見事に死のうという心構えができてたのでしょう。三十二分の間に、覚悟を決めてたわけです。
例えば、ムー大陸アトランティスとか、天変地変がありましても、水がぐわっと来るまで、三十二分ぐらいはあると思うんですよ。
何だあの音はということで、三十二分ぐらいはあります。その間に十分覚悟ができます。死んだら霊界に行くんだ。
そういう時機なんだと思って、死後の霊界生活を子供にも言って聞かせて、行けばいいわけです。
ですから、死ぬことを怖れないで、前日まで努力するのが人のあるべき道だということがわかれば、世の中がどうなっても、怖れなくていいわけです。
人は毎年死んでおりますし、事故でも死ぬんですから。天変地変で死ぬ確率が高くなっても、怖れることはないと思います。
神人合一の道にプラスになる結婚、マイナスになる結婚
話は変わりますが、当初、私たちのご神業では神様のご神業に来る人は、二十五歳までということで、二十五歳ぐらいまでの人が、どういうわけか来てました。
そこから、予備校を作ってきて、今日まで来たんですけども、二十五歳までという形で来ております。まあ、栂村先生のように遙かに超えて来た人もいますが、一般的には二十五歳まででした。
ところが、二十五までというのはほとんど独身でございまして、女の子は結婚したい男の子も結婚したいという、悶々とした心がある。もう、結婚、結婚という、いわば人生の発情期です。
しかし、その時は神様の一つの基礎を作っていくところでもありましたし、若い間に、修業しなければ身にならないもんですから、結婚、結婚という人は、もう、あっちに行きなさいと。ここは修業のために来たんだからと言っていたわけです。
私たちは、集団見合い場を作るために、このワールドメイトを作ったわけではありません。みすずもそうです。
神様のこともしたいし、いい人も見つけたいし、いい仕事もしたいし、いいお給料も欲しいし、有意義な人生も送りたいしと、いっぱいしたいことはあるんでしょう。
しかし、ここはやはり、神人合の道、神人一体の道を求めることを中心にした人でないと、人種が違います。
いろいろ会社がありますので、そういう人はそういう人の世界があるわけです。
もちろん、神人合一の道のために、あとは全部否定するという、そこまで言っておりません。
しかし、神様は私には要求が厳しいので、毎日がんじがらめで、こんちくしょう、こんちくしょうと言わざるを得ない日々を送らされてるわけです。その代わり、誰よりも神人合一するわけですけども。
とにかく、ここは、神様の道が中心に来ます。ところが、結婚というものが、男性にとりましても、女性にとりましても、一番大きな修業の心の障りになります。
これをどういうふうに考えて、どう生きていけばいいのか。さっきのM教団の女性は、考え過ぎで恐怖が多かったんですけど、修業の道にありまして、いかに結婚を考えればいいのか。
ある時には、子供を育てることによって、女性は一人前になる。子供を育てることによって、神の愛を感じることができる、という植松先生の教えがありました。
皆、それを聞いて、もう子供が欲しい、欲しいと思ったわけです。
今度は、別の人が来ましたら、その人に合わせて話が出るもんですから、「結婚、結婚なんて言う人はバカよ。
結婚、結婚と言う人の気が知れないわ」となる。この二つを冷静に考えましたら、一体どちらをとればいいんだと、混乱をきたします。
このあたり、明解な答えが要るのではないかと私は思うわけであります。
まず、神人合一の道という、一つのテーマが決まっています。そういう人材を育てながら、世の中に流布していく。自分が向上していきながら、向上した分だけ、人様に徳を与えていく。修業には陰と陽があります。この神人合一の道に、プラスになる結婚と、マイナスになる結婚があるんです。
神人合一の道とは生まれ変わり、死に変わりしていく中での中心テーマでありますし、このワールドメイトが存続している理由でありますし、神様が出されているテーマです。
ですから、あくまで神人合一の道を中心にいたしまして、これが損なわれるものは仕事であっても、本当の仕事じゃない。本でも、活動でも同じです。
金銭とか組織の拡大とか、あるいは結婚もそうです。男女の情愛というものも、神人合一の道にマイナスになるものは、なるべく避けたい。すべてが神人合一の道の糧ですから。子供を育てるのも、このテーマであれば生きてくるわけなんです。
人間というのは、お金があればお金に目がくらみ、ライバルの組織がありましたら、あれに負けるもんかと思って頑張ってしまう。
きれいな人を見たら気持ちがそっちへ行ってしまう。何かが溜まってきますと、むずむずしたりします。
そういうふうに、目前の見たり聞いたりするもの。
食欲、性欲、睡眠欲、金銭欲、名誉欲。いろんな欲望がありまして、そういうものを見たり聞いたりしますと、どうしても、そちらの方へ行くわけです。
ですから、その欲望によって、御魂の道、神人合一の御魂の道が昧まされないように。昧まされないで、神人合一の道が成就して、欲望も生きるような形で肯定するのが、弘法大師さんのやり方です。欲望を否定せず、いい形で肯定して開花させよう。
精神的なものと物質的なもの、その両方を幸せにしていこうと。
しかし、精神が主であって物質的な幸せが従です。内面的な魂が喜ぶことが主で、肉欲的なことや物質的な喜びは従です。
いわば霊主体従の法則と言いましょうか。陰と陽のバランスです。
だから、あくまで霊的なものを優先的に考えて、体的なものを従にして霊体一致すると陰陽が和合します。
こういう道を、絶えず、あらゆる局面において考えなきゃいけない。結婚もそうですね。
この観点から言いますと、私たちが考えなきゃいけない重要なところであります。
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深見東州の土曜神業録24(VOL.2)
