昭和五十三年 十二月十三日御神示

六次元に入るには、心の品が華麗で、
やわらかき気高さと
清涼なるものが漂う趣きが必要である。

言葉も心も姿もかくあらねば
すっぽりと六次元に居るとは言えない。
いかなる時もこの精神のあり方を忘れぬように。

近々に神の楽しき仕組あり
日一日と旭は近づく

いかなる道もはてしなきなり
夢をもてどもあせることなし
高砂宮の雪どけ
日の輝きの神さびし
善き身の高さときじくぞ

ふりつつあらたか山のすそ
いずれは人の長となる
その修養ぞ楽しまん

自分の姿を慎むべし
調わす心こそみやびへ入る
道の始まりなれ

六次元にこだわるなかれ
観音であらねばふたあけはなし
心を開くには、
その人の境地と好もしく思うところのつぼを
瞬間に見抜き、
対応する必要がある。
気品は自ずから出ずる魂の輝きなり

日の神の洗礼は喜びなり
月の神の洗礼は智略なり

精神統一とは決して
集中力のことを言うのではない。
自分の想念の出るすきがないくらい
何かに全力を尽すことであり、
大いなる誠の道行きを言うのである。

手力男の神来たり
関の松雪と霜、河の流れの
累々として景色織りなす
七色の雲見ゆ、
そは出雲の神仕組なり