昭和五十四年 一月御神示(一)

人知れず悶々と苦しむ人は、
あがないをしているのである。
前世のあがないとは限らない。
今世自己の踏み違えた、

天道のあがないが大半である。
前世からの因縁というものは、
大半が性の偏向にある。

人生の苦難を経て、
玉のごとく磨かれるのが修業である。
それは業を修めることを云うのである。