昭和五十四年 一月御神示(三)

太古清真の気に満ちた若人が育ち、
行途ゆきを任う国々の柱となりたり
全て家内を良く調えを大切にしたからである。

聖観音はちまたに降りず
伽藍がらんに来たらず
太古のに来たるなり。

心の謎は家庭和楽より生ず
陰気な家はうたぐりの心を生ぜしむる

かもす=かみます
花鳥風月かちょうふうげつ神坐かみますところ斎庭なり
大庭神魂神社の由来は
大いなる斎庭神坐す(住)やしろより生ず。
屋型神殿はそのことを人々に知らすものなり。

即ち万物を生み出す神は人の素朴な
住居におわすことなり

聖とは 正とは
霊智ひじり 一で止まる不動心

日智ひじり 一より生ずる生化育

非知ひじり 一でとどめる要の意なり

正観音は屋型にあらず
人の身の内にあり
観音、神魂、全て身の内にあり。
住居は正しくおさめるための大斎庭なり。

聖母は家をとりかこみ
かみの気を育てるなり

天母は至聖先天老祖の体現なり