どんな物事でも時を逃してはならない。
人の心は常に変わり続け
全ての条件が揃うには、
天運きたる恵みの時でなくば世に現れることはない。
複雑な気持を簡単にするのは、
ただ自分のことを忘れ、
周囲の状況と魂の修養になることを選んで、
自分を鍛えて行くようにすることである。
若き日に必要なことは修錬であり
魂の修業である。
からだを鍛え
心を練り
魂を磨く。
これより他に若者の美徳はない。
灯台元はまっくらがりであるぞ。
神試しはいつもつづく。
てんきのように晴れた神試しをさずくなり。
雨のような神試し、
嵐のような神試しばかりではないぞ。
よくよく魂の修業の意味をわからんと
神の仕組は遂げられんぞ。
はずむ心をとりもどし
明るき笑顔をとりもどし
天下の衆知を集める。
才能とはいつも入れ替わりたち替わり
新しき自分の道を切り開く
変身の妙である
相乗の気
ふわっと一つになる妙気を言うなり
やりがいのあることをやらねば
確かに生きた証ではない。
子供はしかってもだめ。
自分で覚るように誘導するしかない。
理論で折り合ってもうまく行くとは限らない。
人はその息づく源のメロディーを
会話のふしぶしで感得し、
魂の音曲を聞きわけるものだから。
親と子も同じ。
他人に対して
最高の親切とアドバイスを与える如くすれば、
心根の伏水は流れて
呼吹の妙なる一致が生まれる。
そびえつるかなたの山のしらべこそ
思う愛慮の言葉になさん
やさしい言葉がいいとは限らない。
大事なことは断固譲らない覚悟がいる。
授業中に落ち着きがなく
集中力がないのは、
じっくり腰を落ち着けて、
薄い本を読み通す練習をするのが良い。
根気は根気でも、文字や言葉を最後まで聞き、
理解する根気でないと、進歩ある人柄とは言えない。
自分が正しいと思うことは、
最後までやり通すことを
幼少時代に身につけ、
子供から大人にかけては
自分だけが正しいのではないことを、
知る必要がいる。
子育てで一番難しいのは、
辛抱の必要なことである。
何事につけ、しかる時期というものがあり、
その時を良く見るこつが、
子供を生かすか、萎縮させるかの分かれ目となる。
まずは、辛抱、忍耐からである。
しかし、子を観て生かす母心、
忍ぶばかりがよくことでなし。
小さな頃は
子供が本当に口であやまっていても、
一応は体罰を加えるべきである。
なぜなら、口で悪いとさえ言っておけば、
許されるものだと思い
親の目を盗んで、陰でこそこそやる 人間になってしまうからである。
自分で選んだ道ならば
嬉しい事は厳しさだ。
やさしい言葉を聞く度に、
今日もまた、自分をだめにして
毒を耳から入れてしまった。
と、思いて悩む人ならば、
明日の怒りは限りなし。
しおれる花より悲しわが心
またも聞きたるおだての言葉
みだるるは心にあらずまなこなり
すみたる目には明日もゆるなり
時惜しみ明日の吾が身を創りゆく
日々学舎にある心たれ
満たされぬから美味しいのだ。
あれもないこれもない。
だからこそ求め、真剣なのだ。
いつだって勉強時間はあります。
道路は、歩いて単語を覚える為にこそ生き、
床は、漢字を指でなぞってこそ楽しく、
風呂は、発音と例文を、
口で言う調子に合わせてこそ湯気を出す。
さあ勉強だ、忍耐力だ、トレーニングだ。
頭のスポーツだ。
どうしてあいつはあんなに勉強ができるのかなあ。
君の三倍努力して、十倍真剣だからだよ。
