イボが取れた奇跡を体験!
じゃあ、この神第一主義の信仰生活っていうのは、抽象的にはわかりますけれども…。
これは自分の体験ですけど、この神第一主義ということに関しまして、えー、神様に志していこうとか、神様が素晴らしいなあと思ったのは、私が十四、十四歳の秋でした。
秋か夏頃でしたでしょうか。十五歳で、十五の四月八日に、お釈迦様の誕生日に私は入信をしました。神様の道に生きていこうと決心したのが十五の春でございます。三月十八日生まれですから。
それでですね、神様の道というふうに思ったんですけども、毎日毎日、当時は今ほど、別に神様のご神示を得るとか、そういうふうでございません。
とにかく神様の道に役立たせていただきたいと思っていました。当時は世界救世教に私は入ったわけですけど、えー、まず実践だということで、神第一主義だということで。
まあ、神第一主義という言い方ではなかったんですけど、毎日毎日、高校に入学しましてから、学校に行く前に学校は八時四十五分から始まるんですけど、支部に参りまして。
とにかくそこの支部がございましたので、毎日、朝八時十五分か、学校が始まる三十分ぐらい前に行きまして。
そこの便所掃除「下座の行」(板書)をしようと。とにかく神様の役立たせていただけるような人間になろう。
下座の行をしよう。一番いいのは便所掃除だということで、私は毎日毎日、毎日毎日行って、お便所掃除をしたわけです。
支部長先生に「まあ、そんなに便所なんか掃除しなくてもいいですよ。この専従の人がいるんだから」「でも、これ、それは別に先生のためにやってるわけじゃありません。私は神様の道に志しているんで、自分でとにかく下座の行をして、何でもハイハイと、どんなことでも黙々とやるような人間でなければ駄目だと思いますんでやるんです」と。
とにかく便所掃除をさせていただきますということで、毎日毎日便所掃除したわけです。
その時に、私の妹がいるんですけども、悪い癖がございまして。イボですね、
イボ。「お兄ちゃん、ちょっと」って「どうしたの?」「ちょっと、じっとしてて。イボイボ橋渡れ」って言って。このイボ、イボからこっちいってね、こうやる。「イボイボ橋渡れ」。
そうすると「そんなんでうつるか」って言ったけど、本当にうつりまして(笑)。
妹のイボはポッと取れまして、私の薬指にイボができたわけです、大きく。日増にそのイボが大きくなっていったんです。
それで、私がその時に発願した。何を発願したか、イボが治りますように(笑)。
妹は、異母兄弟ではございませんでしたけども、まさにイボをうつされまして。もう、何をやっても、ますます大きくなりまして、カリカリカリカリと、どんどん。
それで、とにかくイボを治そうということで発願をしました(笑)。
下座の業、毎日行きました。二年ぐらい続けたでしょうか、毎日毎日行きまして。とにかくお掃除を便所をきれいにして。
女子便所も、男子便所もきれいに雑巾がけしまして、廊下もきれいに雑巾がけしまして、それで行ってきまーすと。とにかく学校に行く前に、まずさせていただいた。
そうしましたら願いが叶いまして、二月か三月しましたら、パッと見たら、あれほどしつこくって取っても取っても血が出ても、ますます、その血の取った汁で大きくなっていくんですけれども、パッと見たらイボがない。
あっ、奇跡、イボが取れた(笑)。
とにかく便所掃除。神様と思いまして、一生懸命、神第一です。
学校に行く前にも何よりも、起きて、とにかく、下座の業、イボを取ってくださいということで便所掃除をしました結果、功と衆生済度か(笑)、真諦か上乗かわかりませんけれども(笑)、とにかくまあ、神第一主義でやりましたら、見事にイボが取れた。非常に感激いたしました。
年四回の聖地参拝を発願
それから、今から言えば、まあ、かわいかったなと思うんですけど。そのあとですね、教会で「皆さん、えー、今年は聖地へ最低四回参拝しましょう。聖地へ参拝すればエネルギー、神気をいただきますから、みんな御魂が向上できますよ」と言われました。それで「ハッ、みんな四回行かなきゃいけないんだ」と思ったんです。
私は西宮に住んでおりましたが当時聖地と申しますと熱海なんですね。それで「熱海の夜」を歌うわけじゃないんですけども、なんせ聖地参拝四回、四度行こうということで、私は願を発しまして。
「どうぞ神様、聖地参拝、皆さんが四度行かなきゃいけないっていうんだったら、私も四回行けますように」と。「四度、どうか行けますように」ということで、私は願を発したわけです。
聖地へ、熱海へ、年間四回行けますように。これはもうイボも治りましたので、きっと神様にお願いすれば聞いてくださると。
別に聖地参拝に行くのは、自分自身のためじゃありません。こうすることによって、神様も喜ぶし、家もよくなるだろうし、みんなもよくなるだろうかと思いまして。
私自身のエゴイズムのためにするわけでも、煩悩を充足するためでもなく、とにかく、ただただ聖地に行かしていただきたいと、純な気持ちで。
「みなさん、行きましょう」と言われましたんで「ああ、そうか」と。
毎日毎日、またお掃除しまして、毎日毎日、学校に行く前に、御神前で「何とぞ、年間四度聖地へ行けますように」とご祈願しました。
ところが、私の父が反対しておりました。息子がまた宗教狂いってことで、えらいひどく言われておりまして。口を開けば、「宗教はアヘンだ」と言われ続けておりました。
「お前は人間が変わっている」と今でも言われておりますけども。とにかく、そういうことで父にもし知られますと、そういうふうなところに行くなんて言うと、母がやられますし、弟も妹もやられる。
それほど厳しい父でしたので、今でもそうですけども。
とにかく、この聖地へと私、願を発したんだから、きっと神様が聞いてくださる。しかし、お金もございません。
高校生でしたし、お小遣いもあんまりもらっておりませんでしたので。お金もなかったけども、きっと、でも神様は全知全能だと言うから、お金もくださるだろう。
きっとお願いが通ればと。イボが治ったんで、非常に勇気を持ちまして(笑)。イボも治ったぐらいだから、きっとできるだろうと思いまして祈り続けたんですね。
そうしましたら、何とか母がお金を作ってくれて行けたんです。
土曜日の夕方から、バスに乗って行くんですよ。片道八時間。片道八時間で熱海に行きまして、日曜日に、お参りやお祭りがあるわけです。
春季大祭とか、秋季大祭とかっていうお祭りです。そして、月曜の朝五時に帰ってきたんです。
ところが、父は直感力の鋭い人だから「おっ、晴久、どこ?いるのか?」「え、ちょっと、うーんと、いますよ、上に」って言って、母も、弟も、妹も口裏を合わせてくれた。
「いますよ、上に」「そうかなあ、どうも見かけないけどな、今日は」「寝てるんだ、疲れて」「そうかなあ、ほんとにいるのか、晴久は?」って言って、父何か気配を感じてたんですね。
その時、来そうだなということで、私の弟が今でも感謝をしてるんですけど、布団のところに枕を並べまして、こう盛り上がりを作って。で、それで「ああ、いるな」って形で、また見ていく。
父はその頃、一日ずっと家にいましたから。ですから見つかる確率は非常に高いわけでして。
弟も、兄ちゃんが行ってるからやってあげなさいってことで。
私も、丸坊主でしたから、その頃学校は。で、今度はおかしい、晴久は夜、ご飯も食べに来ないし。
友達の所に行ってるらしい、それにしても見ない。夜に、もう一度見に行くという時に、弟が「あ、ちょっとヤバそうだ」ということで、今度はパッと布団の中に寝て(笑)。頭だけ、寝てるっていうことで。
同じ丸坊主でございましたので、お布団から、こう丸坊主だけ頭出して。
「あ、いるな」と父は、何せ、神様を毛嫌いしておりまして、激しい厳しい父ですから、怒ったらどうなるかわからないというふうに恐れていました。
まだ私も若かったですから、いつもビクビクしておりました。
体も強いし力も強いし、喧嘩も強いしということで、ぶっ飛ばされるんじゃないかと思っておりました。
バスの中で、みんなは楽しそうに「わー、参拝だ」と言ってましたけど、僕はずーっと祝詞をあげながら、
「どうぞ見つかりませんように。どうぞ見つかりませんように。ほんとに神様がいらっしゃるんだったら見つかりませんように。
ほんとに神様という方がいらっしゃるなら、きっと、きっと、この聖地参拝が見つからずに発覚せずにできますように。どうぞ無事に帰ることができますように」と。
「父に見つかりませんように。母や妹や弟が、見つかって怒鳴られませんように。これが一度しくじって見つかったら、あとはもう来れない。参拝に来れない。だから、どうぞ神様、見つかりませんようにお願いします」と、バスの中で八時間、ずーっと祈ってた。
もう祈り続けて、祈り続けて。参拝して、感動しまして「あー、参拝できた」と。帰る時も「どうぞ見つかっていませんように、見つかっていませんように」と、祈り続けて、祈り続けて。
普通の人たちは楽しそうに来て帰っております。「家族そろって歌合戦」(注:テレビ番組の名前)じゃありませんけど「ああ、家族そろっての信仰っていいな」とうらやましく思いました。
僕は迫害されていましたから。
でも、やっぱり神様に志してるから、やり通すんだと思いまして。
帰る時も、ハラハラドキドキして、五時。
五時にパッと帰ってきたら「どうだった?」「いや、見つからなかったよ。危なかったけれども、弟が頭出して」。
ハーッ、神様の加護だと思って、よかったーと思って、それを聞いて私、涙が出てきました。「神様ありがとう」と言いながら、電車に乗って通学しました。こういう参拝の経験です。
祈り続けてやり遂げた四回の参拝
二度目の時はですね、一生懸命、毎日毎日、願を発して。もう、とにかく参拝が四回できますようにと、あと三回ですね、やっております時に、お金もないわけです。
その時は父が選挙に出まして。恥を言うようですけれども、落選いたしまして。それで井戸と塀と借金だけ残ったということで。
一年間、私はずっと学生服でした。今でも覚えてますよ。どこに行くのも学生服。一度、母がセーターを買ってくれました。
細かい話ですけど、黒いセーターに縦の白い縞の入ったセーター、買ってもらって嬉しかった。しかし一着ですよ、一年に。
あとは全部、学生服でした。帽子もピチッと、少しでも歪んでたら「あみだにかぶるな」って叱られるので、パッとこう。その学生服で(笑)。
もう選挙で落選しておりますし、父も母も苦しんでおりましたので。家にもずっといますし、落選したということで。
私はですから「うちは因縁が深いんだ」と思っていました。「神様にお願いすれば、きっとみんなも幸せになる。自分もよくなる。世の中に少しでも役立つような人間になりたい」と思ってたんです。
それで一生懸命御祈願してたんですけれども、参拝するお金が全然ないわけです。
西宮から熱海まで行って、往復のバス代とか食費がかかりますから。それでも、きっと神様は聞いてくれると思って、毎日毎日行って通学前に祈ってるわけですよ。
そうしましたら、教会の支部長先生が女の先生でK先生っていうんですけど、先生が「半田君」って呼んで、もう参拝に行く二日前ですよ。
二日前でも、きっと神様は聞いてくれるっていうんで、でもお金がないわけですよ。
その先生が参拝の二日前に呼んでくれて「半田君、あなた毎日毎日神様にお願いして、一生懸命毎日来てね、学校に行く前に御祈願してるけど、私には子供がないからね、今度の参拝にね、私の息子に行かすというつもりでね、あなたにその参拝費用を出してあげるからね。あの、もらってちょうだい」と言ってくれたんです。
それは見るに見かねて、そこの先生がくださったんですよ。「本当にありがとうございます」と言って、神様に涙ながらに感謝しました。
本当に神様はいた。家にはお金がなかったけども、支部長先生がくれた。やっぱりお金は天下の回りものだから、回ってくるんだ。
僕の信念は正しかったと思って、二度目の参拝もパスしました。お金はなかったんですけれども参拝の時のお金が来たわけですね。先生も喜んでくれました。
この時も行き帰りは全部同じです。
また土曜日の夜行って、必死の思いで、「見つかりませんように、見つかりませんように。神様のためにしているんです。決して私利私欲のためじゃありません。見つかりませんように。もし見つかったら、母も弟も妹もみんな苦しむし、父も神様の道を邪魔したということで苦しみますから。見つかりませんように」って、行き帰り祈り続けました。
それで二度目も何とかパスしたんです。
そして三回目、四回目も何とかやり遂げた。
とうとう一年間に、一度も見つからずに、参拝できたわけですね。僕はもう高校生、これ確か高校二年生の頃だったと思うんですけども、とにかく神様を第一にしてやった。
神様のためにと思っているんだから、本当に神様がいるんだったら、きっと聞いてくださるに違いないと思ってやったんです。家庭生活ということを考えたら、そういうことしない方が親も弟も妹も苦しまないし。あるいはお金のこと考えたら、わざわざそんなとこに行くことない。
学校、学業のこと考えたら、勉強してた方がよかったんですけど、とにかく神様のことで「みなさん四回行きましょう」って言ってるんだから、四回行こうと。素直でしたから。
あとで聞いてみたら、四回も行ったのは僕一人だけでした(笑)。
ごく普通の裕福な人が一回か二回で、四回も行ったのは僕だけだったんですよね。
なんだ、みんな行くのに僕だけが行けなかったら困ると思ってたのに。うちは信仰一家じゃないから、ハンディキャップがあると思って行ったのに私だけですよ、四回行ったのは。
なんだ、ばか正直だったなと思ったけど、まあ、神試しだったんだと思い直しました。
とにかく神第一主義で、今のように霊力も霊感も神示を受けるなんてこともございませんでしたけれども。とにかく神様を第一にして、どんなことがあっても、聖地へ四回行こう。
神様が本当にいるんだったら聞いてくださいと、毎日毎日、毎日毎日、学校へ行く前に祈願して。この四回の聖地参拝をやり遂げたんです。
神様を第一にすれば、必ず神様は動いて下さる
たったこれだけのことですけれども、僕は、ほんとに神様が奇跡を現して下さったと思いました。一度も見つからなかったし。
お金がないところも、何とかお金ができた。最初はイボだけだったんですけども今度はその聖地参拝ということで、その当時なりの大きな奇跡をいただきまして。体験ですよね。
「ハー、神様というのは、ほんっとに真心で、一生懸命、願をお願いしたら必ず聞いてくださるんだ」という。
こういう体験というのを、もう何万回も積んでおりますけども。当時の僕は十六歳ですから、その時の僕にとってみたら純な気持ちで。今も純ですけども。
まぁ、大きな大きな体験を積んだ思い出がありますね。
まあ、神人合一とまではいきませんけど、神様からお蔭をいただくとか、神様から力を貸していただくとか、願いを聞いてくださるっていうことは、まずはもちろん発願です。
四回できるのかわからないんだけども、神様というのは宇宙創造のとかって話を聞いてましたから、本当に全知全能だったら何でもできるのかなあと思って。
だったら、これ聞いて下さいって毎日毎日祈りました。イボが治ったという自信で、ここまで来たわけですけれども。このように、神様を第一にして、家よりもお金よりも、仕事よりも、何よりも、神様のこれっと思って、思い続けて、実践していくっていう。
その気持ちというものには、どんな神様も力を貸してくださる。
動かない人も動いてくださる。お金とかそういうものはきっと神様が与えてくださるという、その時の体験は、今でもやっぱり身にしみております。
どっかに参拝するとか、北陸に行くとか、東北に行くとか、お金がない時には、いつもこれを思い出しますね。絶対に行けると行けると思って、どこまでも思ったら、神様が「よし」と言って行かしてくださるんです。
もちろん、神第一主義の信仰生活といっても、もっと細かい面でいろいろとあります。
お玉串を出す時の気持ちとか、御参拝の時に朝からちゃんとピシッと、参拝とかお祭りっていう時には、その前の日からピシッとした形で準備して。
心の準備をして、させていただくという行いですね。
とにかく、人の道で、形で、神様を第一にしているという心と姿と行いです。
これを常に持たないと、神様のお力とか、神様の方から守護してやろうかな、神様の方から地位を与えてやろうかなという人にはならないわけです。
この発願を続けて神第一主義の信仰生活を続けるということが、やはり神人合一の道を進めていって、頂点を極めていくというには一番大事な基礎ではないかと思います。
これが、本日のパート1の講義として終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
