【第二章】幸運から幸運へとつなげていくコツ(昭和61年3月8日)
「なんとかなるんじゃないのお」という人生観
「御魂の力。因縁と運命を良くする」というテーマで、本日はお話ししておりますけど、パート2はです、今度はすごく運勢のいい人。その法則性とパート 1でお話しした人との法則性の違いを明確にしてみたいと思います。
先日いらしたAさん。AさんとBさんという二人のモデルさんがおりまして。
Aさんの特色は「何とかなるんじゃないのお」「そーお? 何とかなるんじゃないのお」というようにして、ほとんどこの人の人生観は「何とかなるんじゃないの」という人生観。パート1でお話ししたSさんは「大変なのよね。なかなか難しいのよね」でしたけれども。
この人はお友達にも「何とかなるんじゃないの」と。どんな話を聞きましても真剣に、「でも、何とかなるんじゃないの」と。本人もそうですし、人もそういうふうに言っておりまして、彼女はいかなる場合にも、モデルさんとしてもトップを極めております。
考えたらモデルさんというのはですね、あまり哲学とか主義主張とか、セールストークとか関係ないでしょう。
「はい、カメラさん」という中で洋服に合わせて、インドの服だったらインドというムードに合わせて、和服だったら和服っていうふうな世界に、衣装とカメラさんとシーンに合わせて内面性をこう変えていくから、霊的には、やはりあまり観念ができなくていいわけですね。
モデルさんというのはみんな例外なく、霊的にはあれで、自分の仕事をしっかり持っていますので、そういうペースがあってしっかりしていると。私も見ていて研究したわけですね。
もう一人のBさんの方はものすごく霊的にも素晴らしいんですけれども、お父さんが絶えず厳しくて「君はだめだ。なぜお前、そういうふうにするんだ」と言って父親が厳しかった。
箱入り娘さんではあったんでしょうけれども、絶えず批判するもんですから、そういうような中から負けるもんかと、私は負けないぞ、私は負けるもんかと、こういうのがですね、あるわけです。
それが頑張りのばねになってきたわけで、一生懸命してしっかりはしてるわけです。
Aさんはそういうふうにも思わず、「うーん?」って形で、何とかなるんじゃないのという人生観だった。
片やBさんは「大変だ大変だ」という大変だ霊界。調子が悪くなると「こうこうこんなにして、こんなに費用を出したのに、ちっとも仕事はうまくいかないで」なんて言って、想念が暗い。
Aさんは「だけどみんなそういうふうに言うのだけれど、そういうふうに言うのかなあと思って、何とかなるんじゃないのおと思うんだけどね」と。
「そういうふうに、ああでもないこうでもないと言うのがわからない」と言うんです。だから、いかに何とかなるんじゃないかの霊界が徹底しているかということですね(笑)。
「いいなぁ」という霊界
もう一人さんという人がいます。Aさんが、Cさんのファンだったんです、彼女の音楽の。だから何とかなるんじゃないのおの延長線上の、スーパーメルヘンの、もう何とかなっているという霊界です。
「あなたはどうしてシンガーソングライターになったの?」「うーんと、あのー。お友達がね、コンテストがあったから出ないかーって言って、出ようかなって言って出たんです。そうすると、レコードの人がいて、歌手やってみないかと言われたもので、なったのお」
人生というのは何かもう、幸運から幸運がいくような感じでしょう。
彼女は失敗しても、それも明るく言うわけですよ。新宿コマ劇場五人だったかな、たしか。
コンサートをやったんだけれど、お客様が五人しか来なかった。「五人しか来なくって」とずいぶん明るく言って、お客が少ないということがいいことみたいに言うわけです(笑)。
それで辞めてしまったんですけど、それでもLPを五枚出して。ある一つは七澤さんでも知っていたくらいですから、やっぱりそれなりの人であったわけですよ。
うちのお弟子でも、ファンがいるわけです。それで、それをCさんに「あなたのファンがまたいましたよ」と言うと、「えー」と驚くわけです。
「それは珍しい。偉い」と言うんです(笑)。
普通それだったら「あ、そうですか。どうもごひいきにいただきまして」と言うでしょう、おそらく。「ああそうですか。「どうもどうも」と言いますよ。
それがCさんは「偉い。それは偉い、珍しい」と言って。マジに思っているみたい。まあ、謙遜なんでしょうけども。
今はカメラマンをやっていて、いいなあ、と思って。Cさんは「いいなあ」の霊界なのです。「出てみない?」「いいなあ。それ出てみようかな」「いいなあ」の霊界だから、レコード会社の人が聴いていて、あ、いいなと思って、「レコード出さない?」と思った。
「いいなあ」という世界を持っているわけです。
それで今度は写真を写すにしても、今カメラマンですが「どうしてカメラやったんですか?」と聞いたら、いいなあと思って撮った写真を、たまたま写真のコンテストに出したら入賞したんだって。
それから写真っていいなと思ってから、ヨーロッパに行ってお墓ばっかり撮っていた。きれいだなと思ってヨーロッパのお墓の花を撮るわけです。
きれいにお花を飾っているでしょう。いいなあ。だからいっぱい浮遊霊が憑いてたんですけれども(笑)。
だけども彼女の世界は「いいなあ。何とかなるんじゃないかなあ」の世界。いいなあと素直に表現するので、N社のカレンダー、海外向けのN社のカレンダー、彼女が全部編集して、彼女が全部写真を作っているわけです。
なかなか素晴らしい才能です。写真家としても才能があると言われていて、やはり、一流のところ、全部押さえてしまっているわけです。
「五人しか来なくって」なんていうことも、「いいなあ」という世界の中に、こう包み込まれたような。絶えずそういう目で見ている。
ですからあの人はそんなに嫉妬心を受けないでしょう。うらやましいなあという念を受けないわけ。見ていたらみんな笑うんです、逆に。
だからなかなか恵まれている人といえば、恵まれていますね。あの人の中には、人を憎んだり、憎々しいとか、こんちくしょうという念があまりない。
ほとんど彼女の世界というのは「いいなあ」「すてき」「いいなあ」というのがほとんどなので、また次から次へと「いいなあ」「いいなあ」という霊界がやってくる。
音楽にしましてもテレビの声にしましても、今度は写真にしましても、どれもみんなうまくいって、それなりのところにいっているのは、あれをやってこれをやってという競争意識というのがあまりなくって、レコードもあなたのファンですというと「あ、どうもごひいきにいただきまして」と言わずに、「へー、珍しいなあ。そういう人っていいな」というわけで、素直なんですね。
だから嫌味というのがあまりない、世界がすごくいい世界を作っているものだから、それからそれへと発想の世界が呼び込めるわけでしょう。発想とかセンスをどんどんどんどん呼び込んで、運勢もいい方にいい方に彼女を回っていっているわけです。
おそらく「いいなあ」の世界の奥には「何とかなるんじゃないか」という霊界があって、「何とかなるんじゃないかなあ」という霊界から「いいなあ。いいなあ。いいなあ」という霊界に行くんでしょう。
なるほどと僕は観察しておりました。
「あ、すてき。いいわ」「お茶っていいわ」と何かマイナス点があっても、「できないかもしれないわ」と言って、自分自身を苦しめていないわけです、念で。失敗がありましても。
だから次から次といいものがいいものがと開いていって、みんなからも好かれているでしょう。
そういう不思議な魅力というのが彼女の音楽を聴いておりましても、お話を聞いておりましても、作品見てても全部に出ているわけです。
すごく運勢いいし、どれやってもトップ、自然に行っているという感じです。これに関しまして、AさんとCさんは共通しているわけです。
いいことを人に話すと…
これに対しまして、こちらのBさんはちょっと、一癖二癖あるわけです。私も負けるもんか。モデルなんて何でやるんかと言われながら、艱難辛苦を超えてやってきたんで、頑張り屋ではあるわけなんですよ。
ところがちょっとすると負けるもんかという念を出すので、同じく、人の方から負けるもんかという念をもらっちゃうわけです。Aさんももらうんだけども、「何とかなるんじゃないかなあ」というので、ほあーんと包んじゃうんで消えていっちゃう。
こちらのBさんは、人に対する念をわーっと出すもんだから。
あの人はああなんだ。この人はああなんだ。ああなんだこうなんだというふうに出すもんだから、こういうふうに返ってきて、調子のいい時と悪い時があって、堅いんです。
だから運勢はある程度は頑張って、ふわーんとしてる要素もあるんだけれど、そこのちょっと灰汁があるもんだから開ききらない状態でいつもいる。ただし、霊的には素晴らしいものを持っているんです。
お父さんがいっつもなるべく意志をくじくように、なるべく才能を出さないように、女はもっとかっちり、ちゃんとおうちにいるものだと、モデルなんていうものはあれだと、絶えず言われている中で、ぴりぴりしながら、クソッ!私も負けるものかという形で。
ばねにはなってますけど「負けるもんか、負けるもんか」という念を出すから、人も「負けるもんか」という念で返ってきて「負けるもんか、負けるもんか」という環境が絶えず、来ているわけですよ。
確かに一つの、魂のばねにはなっているんでしょうけれども、もう少し、人に対する競争心とかそういうんじゃなくって、もっと何とかなるんじゃないか、素晴らしいんだあという形で向っていかなかったら、とげとげしいような運気になってしまいます。
ある程度の一流ライン、一流と二流の中間地点です。
このBさんはシンガポールに行ってから調子良くなってきたんですが、この調子がいい、調子がいいという霊界を作っていったんですけれども、今度は先程言いましたのとは逆で、調子がいいのよ、調子がいいのよ。
やっぱりモデルというのはこうでなきゃいけないのよという大きな理想像、自分の理想に燃えなければというので、理想像を持って、調子がいい、調子がいいって言ってたんですけども。
そうしましたら、さっき言いました嫉妬の念を受けてしまった。人間の持っている餓鬼念、生き念で「そんなこと、モデルというのはビジネスでお金を儲けないとだめなのよ」と言われまして、ペショーンとなっちゃって。
お友達にこうあるべき、あああるべきなのよと言ったのですが、みんなから「そんなのはだめよ」と「モデルはビジネスなんだから、お金にならなきゃだめなのよ」という形で、無慈悲な言葉がぽんぽんぽんと返ってきて、ぺしょーんとなっちゃった。
モデルはモデルでやってるけれども、それ以外のところをいくつもいくつもやるんだということで、才能を磨いて頑張っていくんだ、神人合一の道を行くんだという、彼女は一番そういう意味で、ご神業とか霊的には、咀嚼力は持っているわけです。
だけども本日のテーマは「運気」というテーマですので、ちょっとテーマを絞ってお話ししているもんですから、そこはあまり触れませんけど。
さっき言ったのは、友達に相談するとか、ストレスを発散するために、マイナスの時にああなのよ、こうなのよ、とついぼやいてしまう。
ありのままの気持ちを言ってしまう。ストレスは解消できるけど、運気は伸びないという話をしましたが、今度は逆に、すごくいいことを言うわけです、友人に。
今度は親しい人間にああなのよこうなのよという形で言い過ぎますと、モデルが何人かいる中でも、絶えずメインでなってくださいといわれるので、調子がいい、調子がいいよという霊界ができてしまったもので、調子に乗りまして。
そうすると嫉妬の念が来て、冷たい言葉で返ってきたら、今度はぺしゃんとするわけです。
顔を見たら、輝かしいオーラがぺしゃーんとなって、「先生冴えないんです」という形で、Sさんの場合とはちょっと違うケースで、冴えない。
嫉妬の念とか、厳しい現実界の法則。お金とかビジネスという世界で割り切った答えが返ってきたんで、夢と理想とロマンの世界も崩壊されちゃったわけです。
