深見東州の土曜神業録17(Vol.5)

何となくの世界を変えるには

そのように私たちというものは考え方とか、性格ですね・・・。

この性格と申しますのは如何なるものかといいますと、立心偏(忄)というのは心という意味ですから、「性」は生まれながらの心。「格」は、儒教で言いますと「格物致知」と言うんですけど、これは至るとも読む。

ですから生まれながらの心が至ったものが性格です。生まれながらの心が非常にコンデンスト(凝縮)されて、体質になっちゃったのが性質です。生まれながらの心の至りと、生まれながらの心が積み重なったのが性格、性質なんです。

何となくの世界が消極的で、それから退廃的で、疑り深くって、後のことをああでもない、こうでもないと考える両親に育てられたらどうなるか。

逆に、元々御魂のいい人というのは、明るくて発展的で何事も素直に考えていこうという両親の元に生まれてくる。生まれてくる環境の宿命というのは、霊界でよくわかってるわけでございまして、それから産土の神様もご存知ですから。

どうしてもそういう両親にきたということは本人の因縁で、高いランクの人はそういう両親のところに生まれてきます。

お父さんはマイナスでもお母さんだけ明るかったとか。必ずそうなってます。ですから親を嘆くよりも、自分自身の霊層と御魂のランクを考えたらいいわけなんです。

74

何となくの世界が消極的で暗くって退廃的で、ぶつぶつぶつぶつ不平不満の暗い考え方の人、霊層が暗い。冷たーい考え方の人、霊層が低い。八寒地獄に近い。それから何でも執着心の深い人は重いですから。

下の方は重くって暗くって冷たいですから、地獄の方は。天国界というのは、軽くって明るくって暖かいですから。何となくの世界がもう決定しております。

そういうふうに、兄弟の中でも何となくの世界が明るくて発展的で、物事を積極的に考えていく方には、家の因縁がありましても、あまり積極的の方には来ないで、どちらかというとなるべく考え方が深刻で、マイナス的で退廃的で消極的に悩みが多いという方へ、霊障は行きやすい。

ですから兄弟でも、例えば五人兄弟でも、因縁がない、霊障がないという人は明るいんですよ。心が軽やかで明るくって、発展的、積極的です。

霊障のある人というのは、だるくって暗くって重くって消極的で、絶えずぶつぶつ悩んでいる。霊障に犯されているんです。なぜ犯されているかというと、本人の霊層が低いからですよ。そういう霊層を形成してるから。

そこで、この性格を改めれば、人間というものは霊障もある程度解決できるし、霊層向上はできるわけです。

この性格を改めるというところが、人間社会の中の葛藤とか、あるいは宗教。宗教団体に入るとか、本を読むとか、道徳、教育、倫理。本人の努力で性格を変えていこうと。

性質を変えていこうという努力をする人は、霊層が変わっていくわけです。

明るくて軽やかで、発展的で前向きで悠久なビジョンをもって生きているというような性格に変わりますと、霊層が向上するわけです。

そういう気持ちになったら、そういうふうな守護霊が来ますし、そういう人間関係が出来てきますし、そういう環境が出てきて、徳を積んだり功を積んだりして、まずは、いい功を積んでいくというきっかけが出来てくるわけです。

それはどこから入るかというと、性格。この性格は、生まれながらの心ですから、じゃあ性格を変えるのにはどうしたらいいかと。

性格を変えるのにはどうしたら言いかといいますと、生まれながらの心の至りですから、刻々に出てくる、今の心です。今の心、すなわち念です。その人の念。考え方。その人の

刻々の念が重なってきて、生まれながらの心となって性格になったわけですから、刻々の想念。念を変えていく。なるべく明るく、なるべく積極的で、なるべく陽気で、発展的で感謝の念をもって生きましょうというところに、宗教教理とか倫理観とか、努力があるわけです。

一番大事なのはまず想念転換。想念を転換させていくという努力が、性格を変えていくということなんです。愚痴らない。

それから、あまり人の欠点ばかり言うと、最悪のケースばかり考えますと、その人の想念の中は人間の悪い面ばかり見てしまって、最悪のケースばかり育てますと、最悪のケースの霊界を作っちゃうから、最悪のケースが起きてしまう。

最悪のケースがあっても、パッと想念を離しまして、絶えずいい方へいい方へ発展的に前向きな想念転換をしていかないといけない。

ですから、そういうふうな想念転換をすることが、人間の努力というのは一番、ここから持っていくのが大事なんです。いくら主義、主張とか観念がありましても、それはまやかし物でございまして、哲学とか思想には救いがありません。守護神、守護霊の世界や霊界の存在がわかりますと、何となくの世界の、只今の想念というものが全てでございます。

マイナス的な考え方の中に霊が入っている

最近、除霊のお客様で、「僕も三十歳ぐらいになって何もできなかったら、到底駄目じゃないかと思いましてー」なんて言う、ホホホなんて笑う人がいましたけど、もう聞いてて暗いんですね。

その考え方の中に霊が入ってるんですよ。今言いましたように想念転換って言いましたけど、そういうふうな性格が暗くって、まあその人の霊層もそうなんでしょうけど。

もうとにかくいくら言っても、考え方が、「まさか、でもこうじゃないか、こうじゃないか。でもあの人も失敗したし、お友達も全部だめだったし」という考え方なんです。

「七澤さんっていう人は、三十歳からはじめて剣道二段になったんだよ。二十歳からピアノやってプロになってる人もいるよ」と私が言うと、「えっ。生まれて初めて聞きました」って。情報が足りなさ過ぎるわけです。

なるべくマイナス情報、マイナス情報の方にくるから、そういう考え方になっちゃってる。

「もうとにかく青森の田舎の方では、だいたい三十歳ぐらいになって何にも決まってない人間はろくでもないと言われたもん。友達もそうだし」って言うんだけど。

「青森はそうだけども、東京ではこういうユニークな人多いですよ」「ああ、なるほど。そういう人がいたのか」と。

浦上玉堂なんて六十過ぎて、はじめて絵をやって日本一ですよ。その当時の」「はぁーっ」「その人は特別な人じゃない。特別な人の発想のはじめは、前向きなところから始まって、後で特別な人になったんだ。

本人は、僕は特別な人だと思ってたかどうかはとにかく、一生懸命やったらそうなったんだから、そういうケースだけ頭に考えて。

自分の想念というのはプラスの、やれるという想念だけ持つ。マイナス的に行く方が幸せか、前向きに信じていくのが幸せか。

三十になって二十五に戻れるのか。十八歳に戻れるのか。戻れるんだったら戻ればいいんだけど、三十まできたということは、来年は三十一にならざるを得ないわけで、前向きに行くか後ろ向きに行くか、どちらかでしょう。

前向きに行く方がいいに決まってるんだったら、前向きな情報をインプットして、前向きに前向きにと思ったら前向きになりますよ」というふうにその人に話したわけです。

そういうマイナス的な考え方の中に、ちゃんと霊が入ってるんです。ですからそういう霊層を作ってしまうので、そういう考え方、マイナス的で消極的で、駄目じゃないかなあと。暗くって発展性がない考え方。そこに霊が入っているんです。

考え方を変えない限り、霊障から脱却できない

パート1なんかはもう、全く霊障皆無の考え方ですね。パート1の人生二万年計画は。パート2はですね、もっと詳しく言ってるんですけど、そういうふうな考え方の中に、二重写しで、亡霊が入っている。

だいたい亡霊っていうのは、「さあ!これから積極的に生きよう」という想念の人はいません。とにかく「はあ、私ってこの先どうなるのかしら」と思うから自殺するんですよね。

「さあ、人間は益々頑張らねばいけない、さあ自殺しよう!」なんて言って自殺した人いないでしょうよ。自殺者って、陽気な自殺者、楽天的な自殺者、それから夢と希望に満ちた自殺者、それから明るい霊界にいる自殺者、見たことないですよ。みんな暗くって冷たくって、こんな顔してますよ。

そういう霊層を作っているから、自殺霊の波長に感応するんですね。そういう暗い考え方が霊層を形成いたしまして、性格の奥にこういうふうなのがおりまして、そこに自殺霊が感応するんです。

感応しまして、合体してるんです。その人の性格か、その人の性格がそうだからそういう霊を呼ぶし、そういう霊がいるから、益々これが影響されて、補強されていると。これを称して霊障人間と言いますね。

ですから、霊を取っても取っても取ってもですよ、この人の考え方が変らない限り、新しい霊がまた感応する。

「やっぱり人生は、決して夢と希望などあるはずがない。お父さんもそうだったし、親戚のおじさんもそう。あの人もそうだったし」という形で、何となくの世界から直感がひらめいて。情報が少ないからね。

そうじゃない人も多いんだけども。「あのおじさんもそうだったし、やっぱり駄目なんだ」という認識が出てしまって、そういう人間になっちゃう。こういう公式ですね。全くそのとおりです。

ですから、こういうふうに自らの霊層があるから、そういう霊と感応いたします。どちらが自分かもうわかんなくなっちゃってる。で、パッと想念を切り替えますと、ピカッと霊層があがりますから、こういう低いのはもう憑いていられなくなっちゃって、いたたまれなくなりまして、離れるわけです、パッと。

ですから、除霊をしたら今度は、中の考え方を変えなきゃいけないし、あるいは除霊をしなくても、霊障から脱却する方法というのは、考え方を全く改めるということが、霊障から脱却する方法なんです。

そういう意味で、とにかく霊障っていうのはいろいろな、体に来たり、胸が悪いとか、腰に来たり、頭が痛いとかって来ますけれども、一番巧妙で本当に人を不幸にする霊障は私たちは気が付かないんですけども、考え方の中に霊障というのは潜んでいるんです。

ですから、本を読んで新しい考え方を勉強するか、今ここで御魂返し、問答をしているのがそう。その人の考え方で、そう思い込んじゃってる中に、霊障が潜んでる。

例えば、Tとか、特定の悪い、もう許せないような宗教の棚が入ってるということは、その宗教の考え方というのが頭の中に沈殿しちゃってるわけです。

その考え方をパッと、「あっ、この考え方違ってた」と変えない限り、パンと霊が出て行かないんです。それが温床になっているわけです。特殊な考え方という世界の中に住んでるわけですよね、霊が。

ですから、考え方を改めることが、本当に霊障というものを自分自身の中から皆無にして、素晴らしい神霊というか神様の世界というものに、御魂が向上して、幸せになっていくという、大事なところですね。

取っても取っても、除霊しても除霊しても霊が来るという人は、本人の中の霊層、考え方の中に大きな霊障が入ってるから、誘引して連れてくるわけです。ここに気が付かないと、絶えず霊に悩まされているという人間になります。

まあ、霊障というのはいろんな角度で見られますけども、そういう意味で、考え方の中にあるというふうにお考え頂いていいんじゃないでしょうか。これを直さない限り、決定的に霊障から脱却する方法はないとお考え頂いて、まず間違いないです。

その解決方法は、今言ったように想念。刻々の念を・・・。例えば、長い間十年、二十年、狸とかへびとか狐とか、強烈な霊障が四十年ぐらいいたとして、除霊で取れますね。しかし、磁石が鉄に長い間付いておりまして、磁石を取っても、その鉄には磁気が残っておりますので、ちょっとした鉄粉が来たらパァーッと付いてしまう。

ですからいい守護霊様に守っていただいても、四十年間その霊障と、そういう霊と仲良くしてきて一緒に霊障的な考え方で育んできた私自身というものは残ってしまっていますので、努力して努力してプラスの方へ想念を変えて行く。

たまたま二十年か三十年の自分の性格ですから、自分自身なんてあてにならないですから、もう捻じ曲げて、あるいは自らを偽っても、嘘でもいいです。

兼好法師も「偽りても賢を学ばんを、賢といふべし」って前に講義しましたけど、自分自身を偽っても賢い人を勉強して、少しでも賢くなろうと努力している人が賢者ですと。だから嘘でもいいんですよ。

そんな考え方はどうかわからないなんて、その主義なんて全く嘘ですから。概念なんかも嘘ですから。そんなのはもうどうでもいいんです、はっきり言いまして。

自分が幸せになるような、前向きな考え方にもう無理に曲げる。幸せにならざるを得ないという考え方を、自分の考え方に作ってしまう。

大作曲家にならざるを得ないような考え方と、努力の方程式を作っちゃったら、もうそうなるんですよ。嘘でもいいから、考え方を強引に変えていかない限り、幸運な人生にパッと変わるということはなかなか難しい、ということですね。

皆様、よく認識していただきまして、考え方とかイデオロギーとか哲学とか、自分自身の感情とか性格、こういうようなものに騙されないように。霊層を高くして、霊的な位を上げて、幸せな人生に、生きても死んでも行くような、発展的で楽天的なよき人生に行くような考え方、生き方をしていただきたいと思います。

ということで、パート二、終わりたいと思います。

どうもありがとうございます(拍手)。