本当の忍耐とは
ところが、忍耐力でもいろんな種類がありまして、どういう忍耐力かと。私が、その今でも覚えております、苦しんだ、忍耐力の養成期間はですね、今でもそうですが、商事部出したとき。
そのときにですね、もう毎月毎月毎月百万円赤字なんですよね。百万円ですよ。
やりくりと借金と。借金ったって、神業にやっていこうという形で、あっちで借り、こっちで借りて。何だか知らないけども、やるんだあという気持ちで。
だけども、何とかそれをしようという形で頑張ってきて、毎月毎月。まぁ、内輪の話ですけども、栂村先生も、大ママさん(深見先生のご母堂)も、みんな、「また今月足りませんね、何とか頑張ろう」と。毎月百万赤字ですよ。
そのときに仕事をしなけりゃいけないって、頑張ろうという形で、勇猛の境地で行くんですけどね。それで行けば大して苦しくないんですよ。
ところが、その一緒に、まぁ、今その社長になっている、三輪さん、父ですね。内輪の事情も知りませんし。さぁ、仕事をしよう、しようって言って、僕は一生懸命頑張るぞって言ってても「お前は、それガタガタせずに、そのD 興業・・・」と。
(D興業は)Dデパートの系属の商社でして。仕入れ部門が商社になったんですけれども、非常に優秀な大きな商社なんですけれども。一番が伊藤忠ですか、二番が三菱商事かな、三番目ぐらいです。
そこと最初仕事を、小さな仕事をしたんですけど。大きい、この取引ができて。あんまり父も商売人じゃありませんでしたので、紹介してくれるだけでありがたいんだと。
目の前のことが困ってるんだけれども、「お前、そういう風に仕事はガタガタ焦るな」と。はっきり言って、すぐにお金にならない仕事ばかりやるわけですよ。
あっち行って、こっち行って。「紹介したから行ってこい」と。一生懸命それを使って。だけども大きな会社っていうのは、なかなか…。
始まれば早いですけれども目の前で赤字でキーキーしているのに、それも言うに言えないと。(父に神業のことを)黙ってしてて、教えてない。教えれば腹も立つだろう。
だから協力してくださいっていう形で、頭を下げて、頭を下げてお願いしたわけですから。
「ああ、来てやろう」という形で、あっち行って、こっち行って、あっち行って、こっち行って。
(父は)商売したことありませんから、こちらの事情もわかりませんから。それでもう、今すぐ目の前のことをやれば仕事になるのに、何でそんなことをね、いつお金に変わるかわかんないような仕事を、なぜやるんだということで、若い私は、純粋一途にいた私は、非常に苦しくって。父との軋轢もありましたけども。
こう、無理もないわけですよ。それが半年から一年続いたんですよ。その間に、必死の思いでやりくりをいたしまして、もうただただ忍耐ですよ。
自分の努力で開花するんなら、まだいいんですよ。自分の努力で開花できるんなら、まだ忍耐といいましても楽なんですけど。自分が努力してもしなくっても、あるいは努力で開花できないという、ただただ辛抱するしかないというのが忍耐なんですよ。
例えば、自分の体が苦しいんだったらいいんですけど、子供が病気のとき。子供が病気のときですね。もう、ワンワンワンワン泣きましてですね、手術しもう死ぬかどうかっていうときに、もう、ただただ、私がもう代わってあげたいと。その子の苦しみを見るに忍びない。
この子が苦しむぐらいなら私が代わってやりたいという。その、病気で喘ぎ喘ぎしている、かわいらしい赤ちゃんが。
もう何ヵ月も、何年も、病気でね。だからHさんのお母さんですね、 Hさんの、とにかく弟さんがご病気で苦しんで寝込んでてあれだというのを、もう、ただただ見ていると。
ただただ看病して、自分の努力じゃどうもできないというのを、ただただ見てかわいそうにと言って、看病している母親の気持ちっていうのは、もう大変な苦しみですよ。
代わってやりたいと。だけども私が、もう死にたいと、病気の看病で疲れて自殺する人いますよね。
それがいつ治るともわからない、ただただかわいそうにというのを見ている。ですから、ただただ忍耐するしかないわけですよ。ただただ悲しみを忍耐して、耐えているというのが本当の忍耐ですよ。
だから、自分が努力して、どんどんどんどん解決して生きていくというのは、まだそのね、試練とか苦しみとか忍耐じゃありません、私から言えば。自分の努力でどうすることもできずに、天の時を待って、いつ知れるともわかんないんで。
もう、ただただ忍耐して、毎月毎月の百万の赤字を、何らかの形でやりくりしてやってきたと。その半年、一年の間、死ぬようなもんでしたよ。
だから、その忍耐が、忍耐がありましたので、徐々に形が大きくなりまして。神様に「何とかやれて、いける方法は・・・」「この父も納得して、家計のほうもちゃんとできて、何とかやれる方法をお願いいたします」と。
今月も百万赤字、今月も百万赤字、累積していって、何とかやりくりしている。Oさんや、Sさんや、皆が苦しんでいるのを見て、僕が頑張らねばならないというときに、(父は)「何やってんの、焦るな、焦るな」(笑)。
「こっち行け、あっち行け、ほら、あっち行け、ああ言ってるんだからそうしろ」と。パッと見た瞬間、霊感でね、「ハー、これは全然商売にならない」とわかってても…。
自分は全部駄目だとわかっているわけですよ。だけども、その人がわからないから、「わかりました、行ってきます」といってやるわけですよ。もう、先は全部見えているんですよ。だけども、「お前はそういう目をして何だ」と。
「親の言うことを。わしがやってるんだから協力せえ。だから黙って、ただ素直にハイと言え」。白のものも黒ですと、黒、黒。白のものを黒と言って。
「それ、白じゃありませんか?」って言う者は「お前はその、目上の者に対して言う言葉じゃない。
目上に対しては、それは間違ってても、黒いものを白だと言ったら、白ですねと言うのが本当じゃ」という形で、徹底的に怒鳴られたり、蹴られたりしましたけども。
「ああ、そうですね」と、ただただ、もう毎日。だけども、それ、焦りますよ。月々それだけ赤字ですから、何とかっていうときに、駄目だというときに、やれ、あれせえ、これせえって言いますから。
それで目の色が悪いと、そういう目つきは駄目だと。目上に対してそういう目は何だと。わしがせえっていうことを、嫌だとしてもハイと言えと。ハイと。そういう毎日ですよ。
だから、ただただ忍耐するしかないんですよ。わかりましたと、すいませんでしたと。だから、これはもう忍耐力の養成で、我をなくせと。
こういう形で、こうだと思ったら、どこまでも自分の努力でね、一つのものを会得したとか。
その苦しみっていうのは、まだ発展的ですけど、何の発展性もなく、駄目だとわかっていながらも、毎月毎月、その苦しんでいる人のバックを私はこうやって担っているんだけども、「はい、すいません」と、毎日一年間も忍耐するんですよ。
一番、自分が人間的に修業されたときだと思います。ご神業はしなければならないし、そうかといって、みんなのお台所は担わなきゃならないし。
辛抱に次ぐ辛抱を重ねて…
そうしていきながら、何とか救いたまえという気持ちで、神様に祈り続けて。一月や二月じゃないですよ、一年ですよ。
何とか、何とかっていう形で、その赤字の分を徐々にクリアできまして。何とか何とかですよ。
それで、何とかが極まりまして、健康機器に巡りあいまして。健康機器のほうは、ね、この奥に何かがある、何かがあるって形で。(父は)「こんなもの、お前、そんなものなんて儲かりっこないと、やめろやめろ」って。(私は)「わかりました」と言いながらやってるんだけれども。
数字が上がってきたら、「儲かるね」って(笑)。形が出て初めて、「儲かるね」と。
だけども、「これは儲からない、ああだこうだ」って、自分の意見なんか言うと「人に命令するな」と言う。「すいませんでした」と。
だから、然るべき数値という実績を上げて、自ずから、「ああ、やろうかな」という気分になって頂くまで、もう忍の一字ですよ。
そして地道に数字を上げてきて、結果が出てきたら、「これ、いいね」と。そしてようやく、その健康機器の代理店を十七カ所、全国に作ったんですよ、沖縄まで行って。それまでが、もう忍につぐ忍でしたから。
健康機器の飛び込み訪販っていうのは、大変苦しいことですけれども、敢えてみんなが頑張ったわけですね。
それでも、まだわかりません。新しい商品が来たら、(父は)「これやってみろ」と、こうね。
雑貨から何から、もうありとあらゆる商品。これがD興業、もうこれいいから、半田さんやってみなさいという。「あ、来たよ、お前やれ」といって、こんなの儲かりっこないのに、一通りやらなかったら、返事しなきゃいけないんで。
一通り、儲からない失敗するということで直感が出てても、ただ、これは忍耐力の、忍耐力の養成だと。白が黒と言ったら黒と言って、駄目だと思っててもやらなきゃいけないと。
そして、その虚しさに耐えまして、儲からない分でも一通りやって、駄目でしたねと。こういう理由で駄目でしたねって言ったら「あれ、駄目みたいね」といって(笑)、電話一本。
虚しさを成就せんがために、それをやる。忍耐力を神様が磨いているんだと思って。そういう形で来て、すぐにこれは利益が上がるやつに邁進できないわけで。
そして三年目ぐらい経って、やっぱりあそこと商売しててもメリットないみたいだなっていうと、色々体験積みまして、その社長も。
父も理解できたのが三年目。だけども最後に、神様がやっぱり神試しですね、何とかっていう形でやった結果、シチズンさんが、そのD興業さんとやってるという、それだけの信用だけですよ、D興業さんとやってたという信用だけで。
普通、ちっちゃな会社がやりまして、あの、現金で入ってくる仕事。例えば
訪販とか、あるいは塾なんかもそうですね。現金が入ってくる仕事というのが、一番、独立しまして、脱サラして、成功する率が高くって。
会社信用がありませんから、現金でする商売が成功する確率が高いと言われているんですけども、ほとんどが訪販は訪販だけで終わってしまうんですね。
訪販会社から、普通のルートセールスの会社にっていう形で脱皮する会社は、十社のうち一社あるかないかです。普通、ほとんどが訪販、訪販の会社という中で終わってしまうんですが。
私どもはそういう形でやりまして、最初、立石電機ね、立石っていう。もう、何とかこれも脱皮できますようにっていうことで、祈りながら、祈りながら行ったら、その立石電機の立石さんという、立石電機の息子さんですよ。
私の大学の先輩に当たるらしいんですが。立石電機の専務なんですけれども、社長の息子さんで。
たまたま会いまして、今、こういう健康機器、うちが全部で十何点していますと。ホォと言うから、あとで電話がかかってきまして。
どうぞ神様、ご縁のある方と巡り会えますようにっていう形で、同窓会でもどこでも、藁をもすがる気持ちで必死ですよ。そうしたら、あとから電話かかってきまして、半田君来ないかっていうんで。
うちの商品もやってよという形で。「ああ、いいです「よ」という形で来たわけですね、立石です。
そのときにいた、僕のクラブの、僕の一つ前のESSの副部長だった人が、たまたま担当官、隣に座ってた人で。その人が大石っていうんですよ。
立石、大石が続いて座って、「ほぉ、面白いなぁ」と。それで、立石電機とのお取引を初めてやったわけですね。それだけのルート商品、商品というのが初めて手に入ったわけです。
それまではD興業さん、ちっとも実らないのが続いてきて(笑)、これが、二年目ぐらいでしょうかね。それがありまして、初めて今のシチズンさんとの取引ができたわけです。
シチズンさんと取引するには、やっぱりD興業と取引してるということと、立石電機とちゃんと取引してるという信用があるから、シチズンさんと取引できるわけでして。とにかく誰でも知っている。
もう、ナショナルブランド、お客様のほうがよく知っているブランドです。それまでは健康食品、機器で、その、知らない名前ですよ。
開発商品というんですけれども、開発商品では利幅が取れるんですが、商売になりやすいのは、自分よりもお客様のほうがよく知っている商品。そういうものを商社としては扱っていくと、利幅は少ないけども売りやすいと。
開発商品を持っていって、何度もD興業に泣かされましたから。「すいません、今度もっと儲かるの持ってきます」っていう形でやってきました。
「うちは七、八割まではナショナルブランド。誰もが聞いている、知っている、お客様のほうがよく知っているという商品。それから開発商品というのは二割ぐらいですよと。
君もそういうナショナルブランドを持ってきなさい」なんて言われて、今でも覚えてますよ、D興業の大阪の部長に。チクショウと思って、何とか神様、誰もが聞いてる、知っている、そういう、皆さんが知っている商品を扱いたいと、必死の思いで(笑)。
だけれども、こういう形がありまして、その発端がね、立石電機から始まって、シチズンさんとの取引ができたわけですね。
それをベースにして、今はセイコー、シチズン、オリエント、それからカシオ。とにかくそういうところと取引していますから。
それ以下のところは、どこでもお取引できるわけですね。これで一流ブランドというのは、全部うちは揃えるようになったわけです。それで初めて、訪販からの意志を立てて……。
(立石、大石の)「石」っていうのは「意志」を立てるんですよ。立石、大石という、ここがターニングポイントで、訪販からルートセールスへという形で脱却できたわけで。
そのとき初めて、D興業さんとお取引してて、ちっちゃな会社だけの、目先の利益だけじゃなくって。辛抱に次ぐ辛抱を重ねた結果、こういう大きな取引先とお取引できるようになったわけですよ。
本当のご神業とは
そのときにね、あー、よかったと。色々な商品を勉強できてきて、あのときに、もう非常に苦しくって、ただ忍の一字だったけど、一年間以上。毎月毎月赤字なのに、踏ん張って、踏ん張って、ハイと。
白が白ですと、黒が黒ですというので、この、父もここのやる気を燃やして、徐々に覚えてきまして。
一緒に私も勉強しましたけれど、覚えてきて、こういうとこをお取引先にするのには、やっぱりその社会信用。D興業さんに支店を置きまして、こういう人がちゃんといるという、その社会信用があるから、こういう所と取引できるわけです。
ですから私だけの独力でやってたら、あまり大したこと……。売上は上がってたかも知れませんけども、こういう所の一流の所とはお取引できなかったと思います。だから、結局はちっちゃな所で終わってしまうんじゃなくって、忍耐した分だけは、大きく大きく、活動はやれることができたんだと。
そこで、あとで神様にね、ありがとうございましたと、あれでよかったんだと。あのとき目先のね、仕事だけで、もう目の前のことだけで、もしやってたら、こういう風なとこのお取引はできなかったと思いますと。
もう忍耐力の養成ですよ。その一年間の苦しみがあって、初めて、立石、大石というラインになれるように、神様がそれを見そなわせ給いて与えて下さったわけですよ。一流にね。
そういうプロセスなくして、絶対に素晴らしい天の恵みというか、天の宝物っていうのは来ないわけです。
今、本当のご神業というのは、たとえそのまま滅んでもいいと。お尻のほうに火がついてこないとね、「ああ、そうですか、そうですか」っていうままですよ。
神様は、この忍の修業、荒魂の修業、辛抱の修業を、どこまで神様を信じるんだったら、どこまで全知全能の神様としてやるんだったら、信じて、この忍、忍耐、辛抱をやり続けながら、しかも勇猛の心の衰えがないか。
皆の所帯を抱えまして、毎月毎月赤字だけども、それでも神様は、天道は人を殺さずだと。天は人を殺さない。天道に正しい天の道に歩もうとする人間を、天は殺さないんだと。
そう信じて、何とかやれるんだ、何とかやれるんだと思いながら、それが何とかやれるようになるのに八年かかりました。
それだけの神試しが、毎月毎月。それは十万や二十万のだったら、何とかね、ちょっとで済むんですが。百万の桁へいきますと、それに勝るだけどっかで稼いでこないと、これ、埋め合わせできないわけですね。
しかも累積していくと、どっかで、その累積するに余りあるだけ、こう稼ぎが来ないと、これも脱却できないという苦しみを、私を始めとして、みんなで努力してきたわけですよね。
だから筋金が入っていると。まぁ、神様の修業っていっても、いろんな方向性があるでしょうけれども。
これを支えていって微動だにしない、それでもなおかつ勇猛の心を持ちながら、どんなことも忍耐でやって、神業が成就できるようにと。(神業に)志した人が、みんながハッピーになるように。
和魂、幸魂、奇魂が、さちわいなかったら、ご神業をやり通したということはできないんじゃないかと思うんですね。
ま、そういうことで、私のつたない経験から言いますと、そのように、この荒魂というか、忍耐というのは今言ったように後ろに火がついてて、もう、ただただ自分の努力をして、自分の努力で切り開けるっていうのはまだいいんですよ。
こんなもの、忍耐でも試練でもありません。やったらやっただけの成果があって、誰だって忍耐しますからね、そんなことは。苦しいなんて感じませんけど。
本当の忍耐とか試練とか辛抱というのは、自分の努力を、どうしてもやることできないことを、ただただ忍耐して、ただただ辛抱するというのが本当の忍耐だということで。
それを乗り越して支えているものは何なのか。信仰力なんだと。それを支えているものは信仰力しかないんです。
本当の神試しというものを乗り越したか、あるいは神様が試している試練を受けて、立ち向かっているということが言えるかどうかじゃないかと思いますね。
ま、それが忍の修業。今日のテーマの忍の修業について、これが本当のご神業なんだと。神試しなんだということで、この講義を終わりたいと思います。
どうもありがとうございました(拍手)。
