品陀和気命の宣り直し
八幡様は、三つの御社、比売大神様と神功皇后様と応神天皇です。
応神天皇様は、神功皇后様が朝鮮に出兵するときにお腹の中にいた。胎中天皇と言いますが、イン腹ベビーだった。神功皇后様は、臨月で三韓征伐に行ったんです。
ただし、妊娠中に行くなんて言いますと、士気が衰えるというので、「子供は死産しました、もう死にました」と発表したのですが、ほんとうはお腹の中にいたんです。
妊娠中であるにもかかわらず、命をかけて、日本の国を守るために行ったわけです。
そして、三韓征伐から帰って参りました。応神天皇様は、そのころ品陀和気命と言っておりました。八幡さんへ行きますと必ず品陀和気命と出ています。ご祭神です。
この品陀和気命が即位する時に、「ほんとうはお腹にいまして…………」なんて言ったんですけど、神様は「だめだ」と。お腹の中にいたんですけど、「もう死にました。あの子は死産でした」と世の人々に言ってしまった以上、その子は穢れている。
だから、神功皇后の跡に即位することはできない、と。
応神天皇様、品陀和気命が即位するときに、神様がストップをかけたわけです。いったん死んだと発表されているから、品陀和気命は穢れている、そういう穢れた人を天皇様にすることはできない、と。
神功皇后様は、神様に深々とお詫び申し上げまして、ではどうすればいいでしょうか、と。「それではもう一度宣り直しなさい。品陀和気命は、今、生まれ変わりました」と宣り直しなさい」と、また新たにご神勅が出ました。
品陀和気命さんは福井の気比神宮というところに行きまして、「亡くなったんですけれども、今、生まれ変わりました」と。禊祓いをきれいに致しましたということで宣り直したわけです。
ですから、日本の神道はこうなんです。何か悪いことをしましても、宣り直す。「罪」というのは、言霊でいいますと、「積み重ね」です。悪いことを積み上げていったら罪。罪をとるのには、積み重ねたことを祓えばいい。
穢れといいますのは、祝詞にもあります。「罪穢れを祓いたまえ、清めたま「え」と言いますね。井草八幡さんの祝詞にもあります。穢れるというのは気が枯れるから穢れなんだと。だから、罪穢れというものを祓う。
これを宣り直すと言います。さっきのはこうなりました。自分が失敗したら、間違っていたと思ったら、間違っていましたと。
「私たちのために、天はその一人子を世につかわされたほど世を愛したもうた」というのが、プロテスタントのキリスト教の教義の中心です。神様は本当に人類を愛されたので、罪も穢れもない一人子を、たった一人の子を世の中につかわされました。
そして、贖い主としてキリストは現れました、と。だからみんな罪人で、イエス・キリストを信じたら、その罪がイエスさんのところに行くから罪がなくなる、という単純論理なんです、キリスト教のプロテスタントの教えは。
日本の場合は、プロテスタントのように罪人だ、贖罪だというものではあ りません。
汚かったらお洗濯して洗えばいいじゃないか。お掃除、お洗濯して、きれいにすればいいじゃないか。それで罪がきれいになる。あ、もうまっさらだと。そのように、「身の過ちは、見直し、聞き直し」と言います。
伊弉諾尊の禊ぎ
「古事記」の話が多いんですけど、伊弉諾尊が黄泉の国から戻ったときに、もうこんな汚らしいところに来るんじゃなかった、と言って禊ぎした、というお話もしておきましょう。
伊弉諾伊弉冉尊の夫婦げんかのもとはどこから起きたかといいますと、伊弉冉尊は、炎の神様を産んだ時にある部分が焼けただれまして、死んでしまったんです。黄泉の国に行ってしまった。
伊弉諾尊様は黄泉の国まで迎えに行きましたが、伊弉冉尊様は「見ないでね、見ちゃだめよ」と。そう言われたら、男たるもの、見たいじゃありませんか。それで、見た。「見ないでね」と言うのに見てしまった。見てみたら、陰とか頭とか体とかに雷ができて、見苦しい格好をしていた。
伊弉諾尊様は「うわーっ、あんなの見るんじゃなかった」、大変だと逃げました。伊弉冉尊様は「見たな~!」というやつです。「黒塚」「安達原」という謡曲がございますけれども、「見たな~!」と。次から次に、醜女を出して追いかけさせました。
醜女というのは、不細工なブスのことです。醜女が追いかけて来たので、伊弉諾尊は冠を捨てました。それから時計ブレスレット、靴や草履や財布を全部投げた。
醜女は「あっ、こんなのがあった」としばらくの間は気を取られるんだけど、「あっ、追いかけなきゃいけないんだ」とまた追いかける。また、伊弉諾尊様は身につけていたものを投げて、「こんなのもらっちゃった。あれ?何してた。あっ、追いかけなきゃいけないんだ」。こういう形です。
最後に、伊弉冉尊は「あなたは、私の見てはいけない姿を見ましたね。許せない。だから私は、あなたの国の子供を一日千人殺してあげるから」
「何を言うんだ。おまえが一日千人殺すんだったら、おれは一日千五百戸の産屋をつくって、千五百人子供を産んでやる。合計五百人勝っただろう」と伊弉諾尊は言いました。
それから、人は一日に千人死に、一日に千五百人、人が生まれる。差し引き一日に五百人ずつ人口増加が始まったと言われているんです。
そうやって黄泉の国からようやく脱却して、「ああ、あんな穢わしい目はもうおれは嫌だ」と言った。嫌だという気持ちから出たのが、八十禍津日神様。
それから、大禍津日神様があらわれて、神直毘神、大直毘神様があらわれて、そして、体をきれいにして、おれはもう一度人生をやり直すんだと。
ですから、ここで離婚というのが決定的になりました。印鑑押して(笑)。
「もう別れました。結婚なんかもうこりごりだ、見るんじゃなかった、最初から言われたとおりにするか、ぶん殴るとか、結婚自体が間違っていたんだ」なんて言いながら、反省したわけです。
そして、伊弉諾尊は小門の阿波岐原という海原に行きまして、お祓いしたわけです。左の目を洗った時に出てきたのが天照大御神様、右の目を洗った時に出てきたのが月読命様、鼻を洗った時に出てきたのが素戔嗚尊様。
三貴神といいます。三体の貴い神様があらわれた。
左の目から出てきた天照大御神様に、「あなたは高天原を守りなさい」、要するに高天原を統率しなさいと。
右の目から出た月読命様には「あなたは月の国を守りなさい」、月界ですね。鼻から出てきた須佐之男さんには、「あなたは海原―この地球ですを守りなさい」と。これが三貴神です。
夫婦げんかして嫁さんがいなくても、僕だって心身を浄めれば、立派に神様が生まれた、と伊弉諾尊はいたく喜ばせたまうて、三貴神を生まれました。
高天原を統率するのは天照大御神、お月さんの国を守っているのが月読命、この地球は須佐之男命だというのは、この「古事記」から出ているわけです。
伊弉諾尊は、神々が生まれましてから、淡路の国の多賀というところにお隠れあそばしました。これが、今の淡路島にある伊邪那岐神宮です。確かに、大きなご神霊がいらっしゃる、すばらしい神社です。淡路島に行ったら、ぜひお寄りになればと思います。
見直し、聞き直し、宣り直す
それはいいんですけど、なぜこれ(神直毘、大直毘)を書いたかと言います…。
八十禍津日神様は、伊弉諾尊様の「ああ、もう、あんな穢らわしいことは嫌だ」という気持ちから出てきました。
大禍津日神様は「もうあんな汚らしいことは絶対にやるもんか。汚らしいものから守るぞ」という気持ちで。大禍津日神様というのは正しい神様なんですよ。
汚らしいもの、嫌らしいものからバシーッと身を守って、その後、神直毘神様、大直毘神様が出てきます。これが大事なんですね、私がここで言いたいこと。
神直毘というのは、「ああ、黄泉の国に伊弉冉尊に会いに行ったからいけなかったんだ」と自ら反省する心です。
大直毘というのは、大いにそういう気持ちを断って、「よーし、もう二度とああいうことは繰り返すまい。この前は失敗したけど、また新しく人生をやり返すんだ。自分自身がほんとうに間違っていた」と前向きに立ち上がる心です。
この神直毘、大直毘が、日本神道では非常に大切です。神直毘、大直毘がなければ進歩がない。
神直毘、大直毘、自ら反省し、大いにやるぞと前向きに自ら立ち上がりまして、やっていくという気持ちがあって初めて、この三貴神、天照大御神様、月読命、須佐之男命という素晴らしい神様が生まれてきたわけです。
先ほどの神功皇后とどういう関係があるかといいますと、日本神道の場合は「神直毘、大直毘に、見直し、聞き直す」。嫌なことをやる人がいたら「あれ、だめじゃないか」と言うのではなくて、「いや、おれ自身も言い方が悪かった。
もっといい言い方をするべきだった。ああいうことを聞いて癪に障るけれども、やっぱり、おれも一本電話入れておけばけんかしなかったんだけれども、マイペースでやったもんだから、また女房とけんかしちゃって」なんて言って「ああ、やっぱり、おれ自身もよくなかった」と、見直し、聞き直しして、宣り直す。
応神天皇様が即位する際、気比神宮で、「私は死んだと言っておりましたが、新しく生まれ変わりました」と宣り直した。そして初めて応神天皇様が位につかれたように、見直し、聞き直し、宣り直す。
こうして罪穢れというものがなくなって初めて、人間の大きな節々において、自捨新生できるのです。これは、あらゆる場面に通用します。
人生いかなる場合においても、伊弉諾尊が黄泉の国で味わったように、苦しかった、辛かったというプロセスがあります。
詐欺に遭ったり、倒産したり、あるいは夫婦仲が悪くて、ということから脱却して、また新しくやり直そうかといった場合「ああ、もう、ああいうことは絶対に嫌だ」という八十禍津日神様が最初に出ます。まず、嫌だという気持ちがあって、それから反省する。
省みる。神直毘です。そして、大いに自らを改心しまして、やっていこうという大直毘ですね。見直し、聞き直し、宣り直しということがありまして、応神天皇様でしたら天皇に即位する。
こうすることで、日本神道は、罪や穢れというものが流されまして、きれいなお洋服でまた再出発できるのです。神道にはこういう思想があります。
仏教は「前世の因縁で、ああ、私は因縁深い。ああ、やっぱり親の因縁があるからこうなるんだ、親の因果が子に報い…」と、非常に暗いんです。積極的精神というのがない。キリスト教にも仏教にも、神道のような思想はありません。
日本人の「罪穢れ」とは今言ったような思想ですので、たとえ過去に失敗がありましても、うまく行かない場合がありましても、見直し、聞き直し、宣り直しをすることによりまして、積極的に前向きにやっていけるわけです。
前にもお話ししましたが、キリスト教ベースのヨーロッパでは、こんなことがあります。日本人がフランスに行きまして、
「果物を売ってください」「日本人に果物なんか売れるか。私のおじいさんは第二次世界大戦でドイツ野郎に殺された。そのときのドイツと日本は同盟国だったじゃないか。そんなやつに果物なんか売れるか」と言うんです、今でも。フランス人は、それだけ頑固でしつこいんです。
日本は、世界で最初に、長崎、広島に原子爆弾を落とされて、何十万人という人が殺されました。ところが、「ああ、やっぱり原爆はよくなかった。ニュークリア・ウェポンはよくなかった、戦争で仕方なかったんだ」と。
戦争が終わりましたら、コカコーラなんか飲みまして、積極的にアメリカの民主主義を取り入れまして、あれだけ原子爆弾を落とされましても「くそ~、アメリカ「野郎め」と、アメリカを憎んでいる人ってあんまりいないです。
今、日本で世論調査しまして、アメリカを憎んでいるという人がいるでしょうか。戦争は憎んでいるとか、原子爆弾はよくなかったという人はいても、アメリカのことを考えたらしゃくに障るという人、あんまりいないです。
それは、日本人の魂の中に、見直し、聞き直し、宣り直すという精神が宿っているからです。「ああ、もう戦争は嫌だ、原爆は嫌だ」と、八十禍津日。「もう二度とああいう悲劇は起こしてはいけません。
我々は帝国主義だったからできなかったんだ、国粋主義だからできなかったんだ」と、神直毘、大直毘に見直しまして、日本は戦後復活しようとしてアメリカの民主主義を取り入れまして、ヨーロッパの教育、文明を入れまして、わずか三十年の間にこれだけ大きな国に脱却したわけです。盛り返したわけです。
アメリカとかヨーロッパは、古い因習に囚われています。ドイツ野郎にやられたから、その同盟国だから相手のペナルティーだというような思想がありますから、脱却できないのです。
これは、キリスト教ベースの国、仏教ベースの国と比べて、日本の惟神の精神構造を知らない間に持っている日本人の魂の強さ、性格の面、ということが言えるのではないかと思います。
王の位を持つ八幡大神
ということで、今日は応神天皇のお話をしました。
宇佐八幡様は、第一殿に応神天皇、第二殿に比売大神様がいらっしゃいまして、第三殿に神功皇后様。このご三体が宇佐八幡宮となっているわけです。この宇佐八幡宮のお話なんですけれども、比売大神様というのは、昔から宇佐八幡に降臨なさいまして、この土地にいらっしゃった神様なんです。
あるとき、西暦五七一年ですか、三歳ぐらいの若々しい応神天皇様が池の上に降りてこられまして、金色色に輝いていたんです、ピカピカに。
大神比義というおじいさんの霊能者がいまして、「我は応神天皇、品陀和気命なり」と、三歳の応神天皇がパーッと輝いて降臨なさいまして、瞬間に鷹に変わったわけです。鷹に変化して降臨された。
これを、植松先生が和歌山に参りましたときに、霊眼でご覧になったんです。階段があって、その上のほうに御社があって、そこへ鳥がふわ~っと飛んできたという、靄の上にあった御社が、霊眼でパーッと見えたんです。
あれは何年ですか、十年以上前ですね。
【植松先生】十五年ぐらい前ですね。
【深見先生】十五年ぐらい前に、植松先生が霊眼でご覧になったその御社は、
どこだろう、あの鳥は何なんだろう、御社は何なんだろう…と、十五年間、どこだろう、どこだろうと探してたんです。
ひょっとしてそれは出雲大社じゃなかろうかということで、栂村先生と一緒に、京都から西谷さんの故郷、鳥取砂丘を経て出雲大社に行ったんですけど、階段が二段か三段ぐらいしかない。出雲大社というのは、非常にフラットな場所に建っているんです。
がっかりしまして、ここじゃないということになりました。
それはそれで、出雲大社の大国主命さんにお目にかかりまして、こんなに大きな顔で、金色で出ておられました。大国主命さんは大国主命さんで独自なテリトリーがありまして、その後もちょくちょく助けていただいていますけど、そこじゃなかった。十五年間謎でした。
ところが、ひょっとしてここでは?と宇佐八幡へ参りましたら、階段がございました。百段という階段があるんです。
後で文献を見ましたら、鬼が「人間を食らいたいんだけど、神様いいですか?」「おまえが一晩のうちに階段を百段つくったのなら許してやろう」と。
鬼は必死になりまして、「よーし、つくるぞ」と、一晩で九十九段までつくりました。ところが神様も、「もし百段つくったら、こいつは人を食べてしまう。あっ、コケコッコー、済みません、もう夜明けです」「しまった。九十九で終わりか」と、鬼はそれを苦にして自殺した、と。
非常に律儀な鬼でして、百段という階段が残っている。
植松先生がごらんになったのは、宇佐八幡宮の階段のかなたにある御社だったのです。あっ、間違いない、霊眼で見た御社はこれだったわけです。
応神天皇様が鷹に化身してそこにおられたというのは、鷹は鳥の王です。つまり、八百万の神々様の王の位をお持ちなんだということです。私がご神霊にお会いしましたときに、八幡大王という形でお出ましになったんですね。八幡様は、八百万の神様の王様だ、王の位を持っているんだということです。
ですから、応神天皇様は別名八幡大神とも言うんです。神仏習合のときには八幡さんは八幡大菩薩。弘法大師さんや伝教大師最澄が唐の国に行くときにも、宇佐八幡にちゃんと祈願しております。海外との結びをつけるんだと。
弘法大師も仏教のことをお願いしまして「真言宗がどうぞ日本の国に広まりますように」とご祈願しますと、八幡大王が僧侶のお姿で出てきました。これを僧形八幡といいます。八幡大神様は僧の位、お坊さんの格好でも出てこられる。非常に自在なんです。僧形八幡というお姿になってお出ましになりました。
平安時代の神仏習合のころですから、日本の神道なんて言うのではなくて、仏教がメインで動く時代には仏教の姿で出てくる。王ですから非常に柔軟なんです、八幡さんというのは。
ですから、八幡大菩薩ということで、戦のときには戦の神様、比売大神様ですから商売繁盛、交通安全、出産。
それから事業繁栄、商売繁盛、出版事業もばっちりです。教育事業であれ、どんなことでも全部やります。それだけの王の位をお持ちですので、万能な働きを現実界に直接お顕しになる。
いわば、八幡さんを王としますと伊勢の神様は天皇です。ご自身は働きはないんですけれども、天照大御神様の光明によって八百万の働きが出てくる。王の位をお持ちなので、どんなこともオールマイティーになさる、これが八幡です。
お話は長くなりましたが、宇佐八幡に参りましたので、もっと詳しい話もありますが、次のお話ができなくなりますので、第一部のお話をこれで終わりたいと思います。(拍手)
