深見東州の土曜神業録13(Vol.2)

【第一章】禅僧に学ぶ(昭和59年7月28日)

お釈迦様の修行時代

【深見先生】先日、松本道弘先生がここにいらっしゃいましたときに、いろいろと比較発想学なんかもお話しなさっているんですけれども……。

守護神さん、背後霊さんがいらっしゃいまして、お話をするために、導入部分といたしまして、いろいろ仏教の系譜からお話ししたんです。

だから今日は、道元さんのお話に入る前に、もう少し禅宗というものがなぜ起きたのかというお話をしてから、道元さんのお話をしたほうがよくわかるということで、誰かの守護霊さんが言っておられますので、第一部といたしまして、禅宗がなぜ起きたのか。

仏教も、仏教がなぜ起きて、どうしてこういうふうに禅宗が起きてきたのかという流れを、まず大きな流れをお話ししたほうがいいだろうという声がございましたので、そちらのほうのお話をお話ししたいんです。

皆さん、お釈迦様。お釈迦様という・・宇佐のウルトラマンシリーズで、「あっ、ウルトラマン、仏教が荒廃している、助けて」「シャカッ」(笑)という形でウルトラマンが出てきた、なんていうギャグがございましたけれども、八人だけが知っているんですけど。

このお釈迦様という方は非常にすばらしい方だと誰でもそう思っているんですけど、意外にお釈迦様が出家しました理由というものは単純でございまして。

奥様でヤショダラ姫という姫さんがいまして、このヤショダラ姫となかなかうまくいかなくって、どうも倦怠期が来たというときに、少女の十七歳ぐらいの何とか姫という方で、お釈迦様はこっちのほうがいいなあと言って。

さらにもう一人のライバルが来まして。ヤショダラ姫が、「若い人に、あなたは何よ」「だって……………」、と言いますけど、非常に気が強い人だった。

それで、またこちらのほうにも新たに現れたので、お釈迦様はこっちにしようか、こっちにしようかというので、三角関係でほとほと疲れ果てて、もう、こういうふうに宮城にいて王子さんの暮らしも飽きた、こんなに三角関係で苦しむんだったら、もう死んだほうがましだ。これが出家の原因らしいんです。最初の発端は。

ですから、まだまだ皆さん(笑)、あきらめないでも、発端はたとえそういうつまらない理由でありましても、以後の精進が立派でございますと聖人にもなれると。お釈迦様は、そうらしいんですけど。

一体、生とは何なんだ。死ぬとは何なんだ。たくさんの人が苦しんでいるじゃないか。私が三角関係で苦しんだように、貧乏で、あるいは病気で、年をとるとか、いろんな苦しみを人々が持っているじゃないか。なぜこうなんだ。

お釈迦様は悩みまして、苦しみまして、よし、一念発起して、おれは禁欲生活、瞑想にふけろうと。

インドでございますから、ヨガ、ヨギですね。ヨガの行者さん、ヨギのところへ行きまして、六年間、一日お米、粟粒一つ。一日粟粒一つという断食修行をずうっとお釈迦様は続けてこられたわけです。いろんなところで勉強しました。

ほんとうの真実とは何なんだ、生きる死ぬを乗り越えた苦しみのない世界というのはどこなんだ。輪廻転生しなくていい世界はどこなんだ。

前にも申し上げましたように、輪廻転生。インドの人たちはカースト制度がございました。今でも二千種類、三千種類のカースト制度がございます。例えば、坊様で生まれますと、生まれ変わり死に変わりしましても、ずっと坊さんだと。

草履作りですと、生まれ変わり死に変わりしましても、ずっと草履作りだと。

生まれ変わるということは非常に苦しいことなんだ、だから生まれ変わってこなくていいというふうなものになれないんだろうか、これが涅槃ですね。生まれ変わってこなくていいようになれないだろうか。

ですから、仏教では、そういう形で涅槃寂静ねはんじゃくじょうというのが一つの大切な教義となっておりますので、お釈迦様は、六年間、米粒一つ、粟粒一つを食べまして断食修行した。

そして、たしかアララ仙人ですか、「一体、宇宙の神髄、生きる死ぬの本質というものは一体どういうものなんでしょうか、ぜひ教えてください」と。もうよれよれのガリガリにまでいきまして、お釈迦様は断食修行したけど、本質が悟れない。

もうほとんど無の状態とか、霊的にそういうものをキャッチはできるようになりましたけど、本質を自分は体得していない。このアララト仙人に聞いたわけです。

「一体、人生の本質はどこにありますか。人間の生きる死ぬの本質はどこですか。生まれ変わってこなくていいような本質はどこにありますか」と聞いた。

アララト仙人いわく、「うーん、それは何も考えないことじゃ。何も考えないというぐらいなことも考えないぐらいに何も考えないことじゃ。ここに真実があるだろう。うーん、何も考えない、何も思わないということも思わないぐらいに思わない」

お釈迦様はそれを聞きましたときに、変だなと。

「じゃあ、謹んでアララト仙人に質問いたします。何も思わない、何も思わないということも思わないぐらいに思わないときに、果たして私という自我はあるんでしょうか。私の自我というものはあるんでしょうか、ないんでしょうか」

アララト仙人に試した言い方したんです。そうすると、ギブアップ。「うーん」と言ったまま返事がなかった。お釈迦様は考え続けまして、何も思わない、無念無想、無念無想ということも思わないぐらいに無念無想のときに、一体、自我はあるのかないのか。

私という本質はあるのかないのか。お釈迦様は断食修行をいくらやったってだめだった。そうかといって、享楽生活を続けていても悟れない。だから、中道をいっています。

極端な禁欲生活をしたってだめなんだ、そうかといって、好きなように生きてたってだめなんだと。

天上天下唯我独尊

それで、お釈迦様は、皆さんもよくご存じのように、沙羅双樹、菩提樹のもとで坐禅したわけです。瞑想したわけです。そのときに、暁の明星がぴかぴかぴかとお釈迦様を照らして、はっと悟ったわけです。

天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん

これは、天が上にも天が下にも俺ほど偉い者はないという意味じゃありません。ここまで究極的にお釈迦様が悩みまして、自らを追い詰めて、六年間一日粟粒一つなんていうふうに瞑想、修行し、ヨギにいくら質問しても得られなかった。

それだけぎりぎりの精進努力、生きるか死ぬかのぎりぎりのときまで行きまして、夜明けの明星でぴかっと悟った。

ああ、天が上にも天が下にもただ私一人、これが尊い。

そういう魂がぱあーっと割れまして、禅で言いますところの底が抜ける。悟りを開く。文字や言葉を乗り越えた歓喜の世界です。うわーっとお腹の底から出てくる喜び、歓喜。えも言われぬ、表現できないような喜び。

禅では、「手の舞い足の踏むところ知らざるなり」と。底がありますね、おなべの底がすぽっと抜けたとか言います。手の舞い足の踏むところ知らず。喜び、喜び、歓喜、歓喜。御魂の世界、魂の世界をずばっと想念の世界から乗り越して、無じゃなかったんだと。

瞑想では、無、無と言います。禅宗でも無、無と言います。無の状態というものは、いいものも来るけれども悪いものも来る。想念がなかったという状況です。要するに、四次元の念がないという状況で、これは悟りじゃありません。

その奥を乗り越したら、もう歓喜、歓喜、喜び、喜び。これが涅槃の極致というんです。文字にも言葉にも言えないような喜び、歓喜がお腹の中から、手の先から、足の先まで、うわーっと出てくるような。

まあ、神霊と合一したときがそうです。神様と合一したときはそういう感じになりますけど。天が上にも天が下にもただこの私の尊い存在、この歓喜、喜び、これがあったんだ、これが私の本質だと。

何も思わない、何も思わないということも思わないぐらいにない、そのときに自我はあるのかないのか。

あったんだと。この自我、この喜び、歓喜、これが天が上にも天が下にもこれほど尊いものはないんだ、私には、という悟りにお釈迦様は六年間の断食修行した後、悟ったわけです。あまりの歓喜、喜びで、文字や言葉に表現できない。

天上天下唯我独尊。そういうプロセスがありまして、歓喜の悟りがあった言葉なんです、これは。天上天下唯我独尊。何と尊いんだろう、この私の悟っ魂の世界の喜びは。

お釈迦様は、これだけの感激、歓喜というものを体験しまして、これは誰に説明してもわからないだろう、何人にこのことを説明しても理解できないだろう。だからしばらく自分は黙っていようとしたわけですけれども。

お釈迦様の布教

そのとき、梵土の梵天ぼんてん大王、梵天、要するにブラフマンですね。インドの土着宗教はブラフマン教ですから、ブラフマンがあらわれまして、梵天がお釈迦様のところに参りました。

「釈尊よ、汝が悟ったことは何人にも言えないとおまえは思っているかもしれないけど、その涅槃の究極的な幸福感、歓喜をわからない人間がたくさんいるんだ。そういうことを言わないで、一生おまえはそのことを人々に告げなさい。それを汝の天命としなさい」

というふうに、梵天はお釈迦様に言ったわけです。

それで、「わかりました。私が体験したこの神秘の体験は、文字や言葉では到底言いあらわすことができませんが、何とかして衆生に少しでも、一歩でも近づくように、私は努力しまして布教しましょう、説法しましょう」というふうにお釈迦様は決心された。

それから、三十五歳ですから、沙羅双樹のもとで悟りを開かれまして、八十歳ですか、五十年間というものお釈迦様は、たくさんの人々に仏教を述べられたわけです。

仏教というのはどういうのかといいますと、この境地になるために、少しでもこれに近い状態になるために、要するに衆生をほんとうの意味での幸福に導くために、お釈迦様は、レベルと性格とその人たちに合わせまして、ありとあらゆるものを、教えを説かれたわけです。

そして、それを仏典結集、お弟子さんたちが、ああ、私はお釈迦様からこう聞いた、ああ聞いたということで、いろんなお釈迦様から聞いたことを弟子たちが編集しまして、今の大蔵経。あるいは一切経といいます。

これは、お釈迦様が説かれた教え。小乗仏教も大乗仏教も全部一切経、本にしまして、何十巻あるでしょうか。一生かかっても読めないぐらいです。比叡山にもございますけれども。

仏典といいますのは、文字にも言葉にも表すことができないような歓喜、生まれ変わることも死に変わることもないような、ほんとうに喜びの幸福の極致なんですけれども、私はお釈迦様にかくのごとく聞けり。

ですから、「如是我聞」。お経を見ていますと、必ずこれが出てきます。このごとく我聞けりと。私はお釈迦様からこういうふうに仰せられた。最初に「如是我聞」というのが、このごとく我聞けり、お釈迦様から。

バイブルもそうです。如是我聞です。キリストがみずから書いたサインなんてございません。大体、マタイかルカですね。マタイかルカの聖書史家が書いたもので、大体十二使徒、ルカは直接いなかった。

十二使徒のそば近くにいまして、十二使徒がキリストはこう言いましたというようなことを編集しております。バイブルも如是我聞ですね。

こういうふうな状態で、お釈迦様は五十年間いろいろと布教されまして、亡くなるときに、世の中は変わり続けると。

あるとき、お釈迦様はもう七十何歳のときに風邪を引かれまして、お釈迦様は回復されて、「よかった、お釈迦様が病気で亡くなっちゃったら、僕らはどうしようかと思っていました」

「何を言うんだ。やがて生あるものは死ぬんじゃないか」ということで、遺言ですかね。お釈迦様が、「私が死んだ後どうするか。物事はすべてのものが変わり続けるんだ。だから、みずからを灯し火として修行を怠るな」ということを言いました。

こういうことを、五十年間のお釈迦様がこういうふうなことがありまして、如是我聞というような形で仏教はあったんですけど、その後、小乗仏教、大乗仏教というふうに分かれました。

小乗仏教と大乗仏教の違い

小乗仏教でいいますところの仏というのは、仏様はイコールお釈迦様なんです。釈迦牟尼仏イコール仏様だと。小乗仏教の仏様ってイコールお釈迦様です。

ですから、小乗仏教で仏様になるように努力するということは、お釈迦様のこの境地に達するために努力しなきゃいけないんだということでやるんですけれども、絶対に自らは仏にはなれないんだ。これに近い阿羅漢状態。

ですから、羅漢さん、羅漢さんと言います。阿羅漢というのは、そういう、これまでは行かないにしろ、これに近いような状態になるとき。

だから、羅漢さん、羅漢さんと言うんですよ。大分県に行きますと、こういうのがあります。五百羅漢図とか、羅漢さん、羅漢さんとか。羅漢状態ってどういうことかといいますと、いわゆるこういうふうな仏様に、お釈迦様にはなれないけれども、それに近いような状態になりましたというのが羅漢さん。

阿羅漢状態というんですね。これは、阿羅漢にはなれますよと。これを目指したんです。

ところが、大乗仏教でいうところの仏様はどうなるかといいますと、これはお釈迦様ではございません。

人格のあるお釈迦様に、釈迦牟尼仏という方に宇宙の本質的なお釈迦様、お釈迦様と一体となったところの宇宙の根元。これを大乗仏教では、法相、法身の釈迦牟尼仏といいます。

あるいは、真言密教では毘盧遮那仏。要するに大仏さんです。

黙っている毘盧遮那仏というのが奈良の大仏さんです。毘盧遮那仏が、それを初めてみずから言葉を語ったというのが大日如来です。『大毘盧遮那成仏神変加持経」というのが、大日経です。大日経と金剛頂経とというものが密教の二大経典ですから。

金剛頂経、大日経というのが、胎蔵界、金剛界を根差したもの。弘法大師さんもこれを学ばれたんですけど。

これ、宇宙の根源、あるいはまた久遠実成、本仏の釈迦牟尼仏といいます。永遠に久遠に実成。実を成していく本仏の釈迦牟尼仏だと。久遠実成、本仏の釈迦牟尼仏。

こういうのなんか、仏教の話をすると、神道系の人は眠いんですけどね。よくわかりますけど。もう少し神様の話になると、スカーッと明るくなるんですけど、仏教の話、眠いですね。

弘法大師の話をすると、みんなこうなるんですよ。四次元ですから。もう少しご辛抱ください。

久遠実成、本仏の釈迦牟尼仏。お釈迦様と一体となって人々に説法なさった、これがほんとうの釈迦牟尼仏なんだということで、これはイコール完成された人格。

完成された人格ですよと。これが仏様なんだ。だから、生まれ変わり死に変わりしまして、こういう久遠実成、本仏の釈迦牟尼仏。完成された人格になるために精進努力していく。これを大乗仏教では菩薩道といいます。

R会の人たちとか、S学会とか、大乗仏教と言われるものを信心している人は一生懸命活動します。信者を増やしましょうとか、選挙に票を入れましょうとか、政党をつくりましょうとか、お掃除しましょうとか。

全部菩薩道なんだ。菩薩道というものを通して、今世並びに来世、その来世という形で、すばらしく完成された人格になっていこう。人間お釈迦様と合体しておりましたところ久遠実成、本仏の釈迦牟尼仏。毘盧遮那仏に一歩でも近づいていこうじゃないかと。

また、日本の平田篤胤、国学の本居宣長。平田篤胤というのは、大乗仏教はまやかしものだ、小乗仏教こそ真実の仏教なんだという説を唱えております。それは、お釈迦様がこういうふうになられた状態を言いまして、本質はこれなんだということを言っている。

非常に小乗仏教の人はまじめで、ほんとうに敬虔に勉強しております。インドとかシャムなんかに行きますと、インドにはあんまりございませんけど、タイなんかに行きますと、小乗仏教の僧侶は非常に敬虔に熱心に仏教を勉強しております。

その信仰姿勢というのは、いいかげん大乗仏教の人なんかよりよほど立派です。

ここで皆さん考えていただきたいのは、小乗と大乗という形で、なぜこう二つに分かれているかと。というのは、お釈迦様の神髄というものはこういうプロセスで仏教が来たんですけど、小乗仏教は、直お釈迦様がそういうふうになさったプロセスを、我々も勉強して阿羅漢になろうじゃないかと。

大乗仏教は違うんです。お釈迦様が説法なさったのは、修行したからじゃないんだ、大悲なんだと。この大慈悲、大きな慈悲があったからお釈迦様は五十何年間も説法なさったんだ。

だから、この大きな慈悲で人々を救わなきゃいけないんだ、世の中をよくしなきゃいけないんだ。

世の中をよくしようという気持ちで菩薩道を行わなければ、何のためにお釈迦様の弟子であることができるだろうかということで、大乗仏教

龍樹菩薩というのが龍樹という人が大乗仏教を起こした接点になる方なんですけど、そういう形で小乗、大乗というのは分かれたんですけど、そういう形で小乗、大乗とか、その大乗仏教の中にもいろんな宗門宗派が出てきました。

それは、如是我聞という形で、大分前にお話ししましたように、道の神髄というものは、目に見えない、形にできないものだよと。指先のこうだよというのは教えです。

みんなこの教えの教義とか、文句とか、経文経典にとらわれまして、小乗じゃ、大乗じゃ、大乗の中でも浄土宗じゃ、いろんな宗だ、華厳、法相、三論、律宗とか、いろんなものが出てまいりまして、仏教の中にも宗門宗派がもうたくさん出てきました。

お釈迦様が、「じゃあ、言うに言えない文字に解けないものだけれども言おうじゃないか」といった、如是我聞のお経、言葉、こういうものにとらわれましたために、いろんな宗門宗派が出た。

お釈迦様の原点に戻った達磨大師

この小乗、大乗と分かれておりますときに、達磨大師が出たわけです。達磨大師という人が出てきました。

壁の前で八年間座っておりまして。高見山みたいな顔していたらしいんですけど。七転び八起きなんて言いますね、ダルマ様。ほんとうのお釈迦様の教えは一体どうだったんだ。

大梵天王間仏決疑経」の中にこういうのが出ております。皆さんよくご存じの拈華微笑ねんげみしょう/rt>。あるとき、お釈迦様は、たくさんのお弟子さんの前でこう言いました。

「ただいまから、三千大世界の本質、真髄を、私が今日まで学んできたものを、弟子たち、おまえたちのうちの誰かに授けよう」

お弟子さんたちは、えっ、どういうものを授かるんだろうと。お釈迦様をじいーっと見まして、いまや授かるかと見たわけです。

そして、お釈迦様は何をしたか。有名な、蓮のお花を一本持ちまして、ぱっとこう出して、にこっと笑った。一人摩訶迦葉のみが、摩訶迦葉という人がそれを見てにこっと笑った。今三千大世界の真実、私の教えの本質というものを、摩訶迦葉に伝えたと。

拈華微笑という。以心伝心、文字や言葉で言えないようなものだけど、ぱっと出したその蓮華のお花一本を見て、みんなは文字じゃないただ摩訶迦葉のみがお釈迦様が授けようとしたものを、ぱっと魂でキャッチした。

今、ぱっと見て、にこっと笑っている、にこにこっと。これだけで伝授が終わったわけです。今。だから、お釈迦様の後を継いでいるのは摩訶迦葉。

三代目が、これが阿難尊者であります。阿難尊者というのは、もうお釈迦様のそばで十数年間、お釈迦様のそばで一番よくお話を聞いていた人なんです。阿難尊者

たくさんの教えも、ヒアリング・ナンバーワンなんです。お釈迦様の教えを聞いていたんですけど、悟れない、これだけ教えを聞いていても、迦葉のほうに行っちゃったから、おれは何十年も聞いていたけどだめだった。

常にお釈迦様のそばにいたけど、だめだったと。これじゃあだめだ、本質的に内面性を磨かなきゃいけないんだと修行しまして、第三代目に阿難尊者がなったわけです。

こういうプロセスがありまして、達磨大師が、確かそうじゃったはずじゃと考えているんです、壁の前で。そして、朝から晩まで達磨大師は、お釈迦様がこうであったように瞑想しまして、一切のものを捨てまして、本質は何だったんだ。

大乗仏教小乗仏教、いろいろ出ているけれども、いろんな教えが出ているけれども、そんなものじゃなかったはずだ、お釈迦様の原点に戻らなきゃいけない。達磨大師は真剣に考えて実践したわけです。

そして、八年たちまして、彼もお釈迦様と同じように、ああ、天上天下唯我独尊。わからないような字で書くぐらいに複雑な境地から脱却しまして、「ああ、悟った、お釈迦様の教えは一言で言うならこれだ」

達磨大師は、よくダルマ、ダルマと言いますよね、七転び八起き。こういうのがあったわけです。

本質は何だ、お釈迦様の教えはこの一言に言えるんだ、「不立文字」だと。八年間、壁の前で手足がもうへらへらになっちゃうぐらいまでなりまして、最終的に釈尊の教えは不立文字だと。つまり、文字には立たないもんだ。

これが悟りです。八年たって何がわかったか、不立文字だ、教外別伝だと。四つのことを達磨大師さんが悟られまして、その後、禅宗というものは達磨大師さんから起きているんです。

ああ、お釈迦様の真実の教えは不立文字だった、お釈迦様の原点はこれだ。「教外別伝」。いろいろ教えがあります、説法はあります、お経があるけど、そういう教え以外に、ティーチングとかレクチャーとか、そういう以外に別に教えるものだ。

教外別伝。一つのお経をみんなであげまして、あっちへ行こうかというんじゃないんだ、教えてやるんじゃないところからぱっと伝えなきゃいけない。教外別伝だと。

それから「直指人心じきしにんしん」。人の心は刻々に変わっている、境地も刻々に変わっている。それを一つのレクチャーとか、お話だけじゃあだめなんだ。

直に、直指人心。ほら、その心がいけない。ほら、その想念が女のことを思っちゃだめだ。今は講義に集中しなさいとか・・・・・・あなたのことじゃないですよ、例えばですよ。

そんなこと思っちゃだめだ。直指人心、刻々に変わっているその境地をぱっととらえてやらなきゃだめなんだ。教えにとらわれまして、やれ何々尊が言っております、こういう立派な教えがありまして、すばらしいなんて言って、ともに皆さんで祈ろうなんていう。

それはありますけれども、直指人心。じかその指を、心をとらえて、こうだ、こうじゃなければお釈迦様の本質は体得できない。

そして「見性成仏けんしょうじょうぶつ」。みずからに当たっている性質。「性」というのは、立心偏というのは心という意味ですから、性格の性というのは、生まれながらの心というのが性なんです。

これが格になっているのが性格ですよね。これが、もっとコンデンスされたのが性質です。生まれながらの心がずうっと重なってきまして、それが性質でしょう。それがもう格になっちゃっているのが性格というんです。性格は、生まれながらの心が変われば変わるんです。

つまり、見性成仏、みずからに宿っているその性、心の奥にあるものをぱっと悟りなさい。お釈迦様が、天上天下唯我独尊、見性成仏、文字や言葉を乗り越えて、うわっと。みずからそういうふうな仏になりなさい。

生きながらにして、すばらしい境地を得なさい。

これが、禅宗の四つの柱です。不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏。これがお釈迦様の原点に戻ることなんだ。

小乗仏教も大乗仏教も華厳、三論、法相関係ないよ、文字や言葉じゃない世界は、文字や言葉じゃない世界へ直接入って体得しなきゃだめなんだ。これが達磨大師の教えです。