深見東州の土曜神業録12(Vol.7)

学問の道は他なし、その放心を求むるのみ

もう一つは、最初に言いました、心の教養とか真の学問で、儒教のほうから見てみますと、孟子の言葉にございます。学問とはいったいどういうもんなんだと。

「学問の道は他なし、その放心を求むるのみ」(板書)と。学問というのはどういうものなのか、勉強とはどういうものなのか、真の学問とは一体いかなるものなのかということです。

大学を出ても、知識だけ吸収しても、学問したとは言いません。いくら理解力や、分析力、筆記力があったり、読書力がありましても、学問したとは言えません。学問の本質と真実とは、一体いかなるものなのか。

孟子は、「学問の道は他なし、その放心を求むるのみ」と。放たれた心、放心、放心状態と言います。放たれた心を求めるというのは、例えば、ああ、あの子は今頃どうしているかなと考える心。

受験勉強でも仕事でもそうなんですが、恋をしていますと、あの子はいったいどうしてるんだろかな、今頃紅白で何やってるだろうかな。

妻は、うちの娘は何やってる。お正月になりますと、神社参りしておりまして、ああ、祭典が始まるけど、ほんとは今かくし芸大会やってると思う(笑)。

神様の前においても、放たれた心、異性のこととか、お金とか地位とか名誉とか権力とか、明日バーゲンやってるからとか、今しなけりゃいけないことあるんですけども、とにかく心があっちこっち、あっちこっちに放たれてしまう。

これを行なえど心ここにあらず。これをやってるんだけども、心がそこにいない、ただやってるんだけども、心がそこにない、これを行えど心ここにあらずというんですけど、どこにあるのかと言ったら、あっちこっち行ってるわけです。

地位とか名誉とかいろんな物事に、心が放たれているんです。これを「意馬心猿いばしんえん」と言ったりします。意は馬の如く、どこまでも行って行って、舵取りしなかったら、どこまで行って行って、行きっぱなしです。

心は猿の如く、疲れを知らない子供のように……。意志は馬の如く、ずーっとどこまでも行っちゃって、帰るところを知らない。心は猿の如く、じっとしてない、ころころころころしている。放心とは意馬心猿。いろいろとあっち行ったりこっち行ったり思ったりして、ころころころころ動いている放たれた心。

「いや、自分は神の道を目指そうとしたんだ。本当のものを勉強しようと思ってきているんだ。人として生まれてきた人生、人として生まれてきた天命、宿命を理解して、生きなきゃいけないんだ。

神の心にも守護神、守護霊の心にも、あるいは大きな天、神のために、私が生まれてきた天命のために生きなきゃいけないんだ。そのために自分は生きてきたんだ。

ああ、お釈迦さんもそうだったじゃないか。聖徳太子さんだって、伝教大師さんだって、弘法大師さんだって、日蓮上人だって、それぞれの時代時代にああいう人たちもいたじゃないか。あれほどやれた人がいるんだから、昭和の僕たちだって、やれる範囲の中で精進努力し、志を最後までやらなきゃだめだ。

そういう人たちのことを学んで、そういう道を聞いたんだったら、そういうふうに実践するべく、きっとそのために生きなきゃいけないんだ。そういうふうにやろう」と、心は常に誘惑されてあっちこっちに放たれるんですけど、それを自分で求めて、今なすべきことをしなきゃならないと。

これは、儒教的な面から魔を払っていく、自分自身で正しくただいまのいい方向へと向かっていく方法です。このように自分自身を持っていけない人は、いくら知識があっても、いくら理解力がありましても、いくら書物をよく読んで読解力がありましても、学問したとは言えないんじゃないか。

一つのものを志して、やろうと思ったら、やり通したっていうことがなければ、どこに人間の値打ちがあるのか。生きてき功があるのか。

吉田松陰の大和魂

この孟子のことを特に大好きだったのは、有名な吉田松陰先生です。吉田松陰という人は、三十歳で亡くなりましたんですけれども、彼がやったことは何一つとして成功しませんでした。

国外脱出しようと思って船に乗りましたら、発覚して牢屋に入れられ、クーデターを計画したら、また発覚して牢屋に入れられまして、何をやりましても全部途中で失敗しまして、何一つ志を遂げたことがありませんでした。

最終的には三十歳の時に牢屋に入れられまして、救われるんじゃないかと思いながら処刑されて死んでいった。

その吉田松陰が、あれだけ吉田松陰の名前を知らしめた松下村塾を、わずか数年間、山口の萩でやってたわけです。松下村塾は、わずか数年間です。吉田松陰が、別に功なり名を遂げたわけじゃないんだけども、吉田松陰先生の薫陶くんとう受けて、久坂玄瑞高杉晋作伊藤博文なんかもそうです。みんな松下村塾で学んだ人たちで、どこでもやるぞっということで、大いに明治維新の原動力になったわけです。明治維新なんかやろうというのは命懸けです。

陽明学、王陽明先生の話もしましたけど、吉田松陰先生は、野山の獄っていうところにつながれまして、そこで「講孟餘話』(板書)という有名な著書を出しました。牢屋につながれておりまして、いつ保釈されるかわからない。牢屋で書物を開きまして一生懸命勉強している。

朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。朝、本当の道の神髄、本質というものを、人として生きるべき道、正しい道、これを聞いて、悟ったんだったら、夕方に死んでもいいと。

もうそれ以外何も考えないということです。吉田松陰先生は、まさに牢屋の中で、いつ保釈されるかわからない中でも、本質的な生き方というのはいったい何かということを求めて、孟子を見て、研鑽に次ぐ研鑽をやったわけです。

同じ牢屋の中に政治犯がおりました。その人も政治犯で、いつ保釈されるかわからない、無期懲役というんですか、いつ保釈されるか、可能性も保証もないわけです。

その人に、吉田松陰先生は「講孟餘話」、あるいは、陽明先生、古の聖賢、故事、あるいは本当の学問とは何なのかといういうことを講義するわけです。

その政治犯は、いつ保釈されるかわからない無期懲役の人で、絶望感に打ちひしがれまして、まさに暗しい心、地獄界、あー、あんなことしなきゃ、こんな牢屋に入んなかったなーと後悔するような思いです。慈悲の心なんて別に持つことありません。牢屋に入ってるわけですから。

いわば霊界の地獄界にいるようなものです。地獄界というのは、牢獄にそっくりですから。牢屋に繋がれ無期懲役の人には、慈悲の心は関係ないでしょう。呪い、絶望感でいっぱいで、明るい精神を持てというのはまず無理です。牢屋を出られたらいいだろうなあと、常に思ってます。虚しさとの闘いです。

吉田松陰先生は、その囚人に対して、本当の学問とは何か、生きるとは何か、人生とは何かを語ったわけです。

そうしたらその囚人は目を輝かしまして、一生懸命、うん、僕も学問するんだ、勉強するんだと言って貪るように読んで、生きる勇気、希望、生きる勇気と希望、といっても牢屋で無期懲役ですけれども、本当に内面的に自分自身の魂が生きるとはどういうことなのか、命ある限り、天がまさにその人にまだ使命があるから命あるわけで、牢屋に入りましてもやることができるわけで。

宮本武蔵の三年というのが、吉川英治の、宮本武蔵の小説の中に出ておりますけども、三年間、武蔵は牢屋の中に閉じ込められた。朝から晩まで、脇目をふらずに、間を空けずに、真剣に真実を求めて生きたっていう時代があるわけです。

人間は病気するか、牢屋に入るか、浪人するか、無職か、これ三つあったらもう最高に立派な人間になる、なんていわれておりますけど、うち一つあっても、非常に内面的なものが磨くことができます。

そういう真実の生き方ということを、絶望の人たちが希望を燃やしまして、浩然の気を養うという孟子の教えで、牢屋の中で生きる希望、本質的な道というものを勇気を持ってるわけです。明るく生きていこうという明るさがあって、思いが前向き、積極的なんです。

吉田松陰先生は、自分がそういうところに置かれたとしてみても、牢屋、老人の囚人に対して、講義をし、その囚人も感動した。それだけのものを持ってたわけです。わずか数年間でしたけれど、吉田松陰先生は、することなすこと全部失敗した人でしたけれども、みんな吉田松陰先生の言霊です。

その言葉の迫力、真実、そういうふうに求めて生きよというご本霊の力。心の教養をしっかりと持つことによって、グラグラグラグラしない。

江戸の末期の、明治維新の時代です。なさねばならない、することはこれだ。生きるか死ぬかなんて考えないで、ねばならない道に生きるんだ、それが本当に私が生きたという証拠なんだと。

肉体の命なんかはもういい、誰だって死ぬんだし、ある程度の耐用年数が来たら滅んじゃうから、若い間になさねばならないことしようと、彼等は息吹きを燃やして、情熱を燃やして、闘志を燃やして、明治維新をやり遂げたんです。

日本がこのように近代化したのは、明治維新の大きな奇跡と世界の歴史では言われております。

もちろんそれだけじゃございませんけども、大きな原動力になった吉田松陰の一生、その心の教養、真の学問ということを、孟子の「学

問の道は他なし、その放心を求むるのみ」、牢屋の中でまで語り続けたというあの精神力、魂の力、ご本霊のカー。

吉田松陰先生にこういう歌があります。「かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂」、こうしたらこうなるということは分かっている、しかし已むに已まれぬ気持ちがあるんだ。この已むに已まれぬこの気持ちが大和魂というもんなんだと、それを言っております。

『講孟餘話』では、吉田松陰は孔子に対して文句を言ってます。君子が孔子の能力とか才能を認めてくれない場合、孔子は本当の道を知る君子を求めて、あっち行ったりこっち来たりしているわけです。

なんだ、孔子、あっち行ったり、こっち行ったり、自分の君子に忠言して、それで聞いてくれなかったら、また君子を求めてあっちこっち行くとは、何事だ。言ってることは正しい、いいこと言うけども、そこは私は反対だ、と。吉田松陰先生は、孔子の姿勢を真っ向から批判しております。

もし自分の君子に正しい道を説いて聞いてくれなかったんだったら、その場で死ねばいいんだ。これが孝というものだ。それでいいんだ。本当の本質というものを貫き通しますとそれでいい。本質的な生き方とはそういうもんなんだ。その場で死ねばいいんだ。

牢屋に入れられたら牢屋に入ればいいんだ。それが本当の生き方というものだ、と。

確かにそうです。孔子のように、君子が聞いてくれないと言って、あっちに行ったりこっちに行ったりして、みんなが本質的なものを求めていたら、一つの組織なんか成り立ちません。

本当に思うんだったら、それぐらいの気持ちでなければだめなんだよということを、吉田松陰は陽明学から習いまして言ったのか知りませんが、自分の意見ですね。

まさに吉田松陰先生はそういう生き方でしたから、本人は失敗しましたけど、それを見ていた人たちが、大和魂の素晴らしさに感化され、素晴らしい魂の息吹きを受けました。ご本霊がウワーッと集まった。

至誠にして動かざることいまだ是れあらざるなり

一長一短ありますから、明治維新の時の、志を遂げねばーという時には、吉田松陰先生を思い出して、それぞれの過去の時代時代の・・・・・・。

聖徳太子さんのように、万能であったり……。

弘法大師のように苦労してあれだけの才能があっても真言密教は広まらないということで、十何年間苦しみまして。弘法大師さん、日頃はなんとか真言密教を広めるために、一に忍耐、二に忍耐、三に忍耐と。

そして、伝教大師のようにエリートじゃございませんでしたので、身分も位も低い人間が、霊能力だけじゃやっていけない。

真言宗が本当に広まるためにはっていうことで、あの高野山はスースー行ったように思いますけども、十数年というのは、苦しみと悩みと葛藤の中で広めていってるんです。弘法大師さんは心の教養、学問というものを積んでおられるので、あれだけの状況の時代の中にあっても、判断ができたんです。

そういうふうに、私たちは、単なる宗教とか神様とか、霊障のことだけじゃだめでございまして、ご本霊、魂、守護神、守護霊、天界、霊界、人の道、天人地というものに対して、これを貫くものは誠しかないんです。

天の道、天界、あるいは地の道、あるいは霊界法則、人の道、貫くものはこの誠しかない。「至誠天に通ず」「至誠にして動かざることいまだ是れあらざるなり」という孟子の言葉があります。

「至誠天に通ず」。誠じゃありません。至誠。誠至る。「至誠天に通ず」、天にまで通じますよと。至誠にして動かざること、天地、あるいは人々、守護神動かざることなし。抽象的にしか言っていませんけど、至誠であれば、天が動き、地も動き、人々も動き、人々の御魂様、ご本霊、もちろん守護神、守護霊も動く。

至誠にして動かざること、守護神、守護霊、産土さん、神々様、人々の御魂、動かざることいまだこれあらざるなりと。いまだかつて動かないものはなかったよと。「至誠にして動かざることいまだ是れあらざるなり」(板書)。

素晴らしいこの言葉が出るまでに、孟子はどれだけ勉強したのでしょうか。

もちろん頭の勉強じゃありません。本当の心の学問、教養、真の学問、至誠天に通ず。至誠にして動かざること、いまだこれあらざるなり。

いまだかつてなかったよと、天界の神をも動かし、守護神、守護霊も人もう全部です。

これは口と心と行い、これが合致したところの愛から発しまして、例えば物事なんでも明るく考えて、執着心がなくて、いい人だっていうだけじゃだめなんです。何を世の中に残したか。天地も動かすばかりのものがあったかというその御魂、ご本霊。

その人の悟った度合い、行ったレベル、これに合わせまして、同じ浄土でも ……。少なくとも地獄には堕ちません。いい霊界に行くとなっている。それから上です。

もっと天界にも最高の位に行くのにはどうしたらいいかといえば、その人の咀嚼力、御魂様、ご本霊の心の教養、真の学問、これの差です。

これのある人は、自然に守護神、守護霊もいますし、「守護神、守護霊が、霊界が I」なんて言わなくても、素晴らしいところに行きます。約束されております。

基礎レベルでは、まず地獄に堕ちない方法というのは守りです。こうやったら極楽に行ける。あくまでそれは、私というものから心が離れない。

もっと大きなものに志して、意識というものを高く生きていく。何を目指して、どういう価値観を持って生きてるかということで、今度はもっと拡大して。これが神上がりです。

神人合一、自らが仏様か菩薩様か神様かというぐらいになるまで向上するには、このレベルです。地獄に堕ちないようなことを講義している、地獄に堕ちないような方法を教えるっていう会じゃございません。

ここは、あくまで神人合一の人を育成する、神人合一の道を伝える。そのためには地獄に堕ちない方法って、法則はありますけども、それよりも、心の教養、真の学問です。

これを積んで、これを実践しなかったら、なんのために生きてきたのか。

ここは、そういう大きな天命と宿命と大きな御魂の命を持っていて、前世にそういうことも勉強した人が多く集まっていますから、今日は年納めの大福を食べまして、六月七月から毎回毎回来て、この大福まで食べた人というのは、やっぱり御魂に、ちょっとやそっと聞いてもまだ納得できない、もっともっと素晴らしいものをという、御魂の奥の叫びがある人です。

守護神、守護霊もよくご存じで、本当のものは形じゃ分かりませんけれども、もっともっと素晴らしいものを御魂が求めている。そういう人たちであろうかと思います。納め大福までいらっしゃった方は。

そういうことで、パート3を終わります。(拍手)