深見東州の土曜神業録6(Vol.2)

【第一章】神気にふれる(昭和59年10月21日)

神気にふれる

【深見先生】五十九年、十月の二十一日。えー、十和田湖にまいりまして、今、非常にいい十和田湖のお話をいたしました。よかったですね。

【植松先生】うん。

【深見先生】ということで(笑)、今から、みなさまお待ちかねの「神霊と一つになる方法パート2」。パート2、パート3、パート4といくつもあるんですけど、一番やはり興味の深いところじゃないかと思います。

まああらゆる角度、全部言いきれないとは思いますけれども、あらゆる角度からこういうものについて考えてみたいと思います。

えー、神霊と一つになる方法。今、十和田湖のお話が縷々るるございまして、テープに入ってないところが非常に素晴らしいんですけれども(笑)、ひとつまあ、神霊といいましてもいろんな種類、次元がございます。

神霊といいましても、たとえば形に出てくる、こういう形ですね。姿、形となって現れた神様っていますね。とにかく形に出たご神霊というのがあります。

まあ、もっと・・・、まあ神気といってもいいと思うんですけども、さんざん十和田湖に行ったりね、そういうなんとか見物じゃありませんけれども、まあ見物してるんですけど、わざわざ十和田湖行って…。

それから、神社に行くんだったら、神社といいますのはこういうご神霊、現れたなんとかの神様を拝みに行くとかというんですけど、それはもう次元がずいぶん降りてきまして、人の形とか、神気とか、働きの次元になっているんですけども…。

本当は、植松先生おっしゃっているように、十和田湖へ行って、湖に炁胞が出てるとか、お話ございましたね。形に出てくる、顕現神として出てくる前の炁の状態、炁胞きほうっていうんですか。

まあ働きの神様が出てくる前の世界、天界とかっていう気ですね。ここからいろんな形のある神様なんかも出てらっしゃるんですけど…。

弘法大師さんなんかも、この神霊と一つになる方法、つまり、求聞持法ぐもんじほうとかする前に、室戸岬のところで海岸をずーっと見まして、海から出てくる、海の中にも、要するに海の神霊界ってのがありますから。

そこに大綿津見おおわだつみの神様、まあ竜宮城ですね、大綿津見、竜宮城にありまして、たとえば瀬織津比咩せおりつひめ速開津比咩はやあきつひめとかっていうのは、川の中に、川の水の中にいらっしゃるとか、あるいはその海の、まあ海の中に竜宮城ってあるんですけども。

それはもう、形じゃなくて神霊界ですから。だから、たとえばその銚子の大潮のときですか、われわれ一度行きましたけれど、銚子十字屋の売り出しがあったときですけど…..。

一年に一度、満ち潮のときにお祭りがあるんですよ。大潮祭りっていいまして。

で、その旅館で窓を開けて見てましたら、海からどんどこどんどこ声が聞こえるんですよね。

まあ声っていうよりも、そこにボーッとしてるだけでいろいろな、仕事のこととか、歌とか、もうどんどこどんどこ発想が出てくるんです、無尽蔵に。それだけ大潮祭りっていうくらいに、海の気にご神霊、ご神気がもう凝結してらっしゃるわけです。その気を受けて、どんどん閃くわけですね。

ですから弘法大師さんも中国に渡る前に、やっぱりさんざん海で修業してるんですよ。これ、海で何をするかっていうことですよね。日蓮上人もとにかく、海岸で修業したっていうでしょ。この海の気を受けてたんですよ。

そして自分に眠っている潜在意識を、その気を受けることによって蘇らせていく。

山に行きますと山の気にふれて、本来は山の気というのが、昔はこういうふうに、いまこれ神奈備山っていうんですけど、神道では。

これは、「かんなび」と読む。まあ神奈備山とか神奈備っていうんです。要するに富士山のように、富士山はもう、それそのものが神奈備で、一番古いかたちはその山にご神霊がいらっしゃると。

それで役小角さんというのは、こういうふうなところに炁胞全部、全国六十六州にその天界とのパイプ口をつくられたわけです。

それが、修験道というものの起こりなんです。天界から、その天から来るところの、要するに風土ですね。風土のそこに同じく、現実界と同じくそれが重複してあるわけです。

人間にもたとえば肉体のTさんがいますけど、Tさんの中の霊体があって、その奥にTさんの御魂っていうのがあって、御魂が素晴らしいと顔の形もやっぱり美しくなってきまして。

まあ形には限度があったとしてみても(笑)、それなりに一番美しく見えるという輝きというか、何か「ああいいな」っていう顔の人と、形はいいけども冷たいとか、いやらしいとか、もう顔がゴテゴテしてるとかね、目になじまないとか(笑)、色々な顔があると思うんですけど、お山もそうです。

神奈備山かんなびやまというのはそこに神様がいらっしゃって、大和時代なら、大和三山。畝傍うねび耳成みみなし香具山かぐやま。あの大和三山というところがやはり神奈備山だった。

そこに神様がいらっしゃって、みんなそこを崇敬してたと。

神籬、磐境

だから神社ができる前は、お山、山岳信仰だったんです。そこで、あの神籬とか磐境というのをつくりまして、神籬というのは、いわゆるストーンサークルのような感じで。あるいはそのもっと奥には、天津金木というのがあったらしいんですけど・・・。

岩室をつくりまして、そこへこう神様が、ご神霊がいらっしゃると、これが磐境いわさか。あとは神籬ひもろぎ/rt>

まず磐境というのは、石にご神霊がいらっしゃって、神籬というのは要するに、こんなのありましたね。

神社なんかでも、松があったり、お榊とか小賀玉かなんか、そういう木にこういうものをつけまして、そこにご神霊に来ていただく。こういうの神籬っていうんです。

みんな神籬を立てるっていいますけど、そこにはご神霊がいらっしゃる。ご神霊といいましても、今の神社ではそういうかたちで、ご神体というのはだいたい神籬であったり、あるいはお鏡を神籬にするとか、石を神籬にするという言い方します。

神籬というのは要するに、ご神霊がおかかりになる場所。ご神木というのがありますけども、ご神木の場合はやっぱり木にこうかかる。だいたいが龍ですけどね。本当の神様はこういう神籬という・・・。だからここに、鏡をこういうふうにぬきつけてやるわけです。

これはあの、天照大御神様が岩戸隠れをなさったときに、天児屋命あめのこやねのみこと様と天太玉命あめのふとたまのみこと様が天照大御神様に来ていただくために鏡を出しまして、それから今の神社のお祭りとか、祭式が起きたといわれています。

そうして天照大御神様が出てらっしゃって…。ここではお鏡を設けまして、ここにご神霊がいらっしゃる。その前の形は磐境といいまして、こういう岩に、岩室にご神霊をお迎えする。

ですからここにおこもりをするとか、岩室にこもりとか、籠もり信仰というのが神道であるんですけど、そこにおこもりをして・・・。

真っ暗な暗室のような暗いところでおこもりをして、ご神霊と。まあ「かまくら」もそうですね。こういうようなかたちで神様がお鎮まりあそばすと。

それ以前の原形はとにかくお山、神奈備山にいらっしゃる。それよりもっと太古は神人一体、人間に神様がおかかりになるという時代です。

ですから私たちのご神業は、神奈備山が出てくるもっと古代の人間に神様が直接おかかりになる、人と神とがひとつであった時代と同じです。一般には神と人間が離れましたので、神奈備とか、こういうものに拝むんですけど・・・。

まあとにかく、神奈備山というのがひとつのご神霊がいらっしゃるというところで、古代の神様がいらっしゃる。富士山も霊峰富士といいまして、お山をご神体としています。ふつう神社というのは、まあこういうかたちでお社があるんですけど、このお社から神社をお山に向かって遥拝すると。

遥拝するというのは、遠方から、遠くからそのお山に向かってお祈りをする、拝むと。これはもう、あそこでも同じです。日光の二荒山神社ですか。そういうかたちで拝みます。古代の古いかたち。三輪大社もそうです。

三輪の神様も、三輪山というそこのお山に神様がいらっしゃって、そこをこちらの方からお山に向かって拝む。これが一番古いかたちの神社ですね。ま、あの岩木山もそうです。

いい気にふれることが大事

そういうかたちで、この山の気というものを役小角さんが、全国津々浦々やりまして、修験道というのはここから起きたわけです。だからこの山の気というものを受けることによって、自分自身の中の潜在意識とかっていうものを出していく。

その炁胞ですね。炁胞炁胞って今お話がありましたけど、十和田湖の炁胞のそういうところへ行って、神気というものを受けることによって、自分に内在する神様というのが出てくると。

内在する神霊界のありさま、つまり、因縁のよくない人いますよね。もう何やっても失敗したり、くらーいという人と、まあ男性がいたら、そういう女性とおつきあいしたり結婚したりしますと、人生暗くなっちゃって、運気が全部よくないと。

同時にその人のもってる悪い面ばかりが出てくると。逆に言うと、すごく明るくって常に神いますような、ニコニコニコニコしたような明るい気を出している人といっしょになりますと、もう発想がいくらでも出てくる。

運がどんどんよくなっていくと。ま、女性もそういう男性とつきあいますと、運がよくなったり全然だめになっちゃったり魂を削られたり、御魂が半分くらいゴボッと取られたりします。

過去そういうご神業がございましたけど、そうなっちゃう。

だからなるべく、神奈備山じゃありませんけど、いい気にふれて、いい内容が出てくるようにする。弘法大師様でも役行者さんでも、今の日本を代表するような、まあ霊的な高いものをもってる方っていうのは、本来は、その山の気を受けるために行くんです。

けれども、今や山の動物霊を受けるためにおこもりするんですよね(笑)。「山で荒修業してて受けた」なんて言いますけど、山で荒修業して顕在意識が朦朧として、自分の内部に動物霊を入れて霊的に磨いてる。「あ、神霊と一つになった」という神霊は、動物霊だったりするんです。

本当の、形に出てくる前の姿というものが神気、炁胞。そこから形に出てくる神様がいろいろと出て、表現神となって顕現神となって現れる。それがもとの形なわけです。

ま、植松先生が言ってる十和田湖の気にふれるとか、$7081胞にふれるとかっていうように言っておられますけど、それはもう一番古い、太古の神霊と一つになるということです。神と一つになっていくっていう方法です。

原始的な一番の古いかたちなわけです。だから磐梯を開けたということも、磐梯山という中にある炁胞にふれに行くということです。

だいたいこの神社というのは、今もこう出てきましたけど、前に説明しました。有名な弘法大師さんも、九つの川と八つの峰ですか、これ蓮華台上にっているんですね、高野山。それから京都というものもそうですし、まあ有名な風水学。

韓国にも地観というのがいまして。地観というのがありまして、韓国に。山の中に霧が全部かかっているところで地観という人が出てきまして、「ここだ!」と言った場所、そこにお墓をつくるんです。山の気の凝結してる場所ですね。そこにお墓をつくると、永遠に子孫が栄えていく。

中国人というのは気が長いですから、徳を磨いて七代先に素晴らしい子孫が出たらいいっていうんで、それにはお墓だと。中国には生まれながらの推命学とか、方位学とか、姓名判断とかいろいろあります。

印鑑学とかの開運法もありますけど、もともと運の悪いのが生まれたら、もういくら開運しても限度がある。

もともと運の最高にいいのが生まれるっていうのが一番いいんだと。それにはお墓だといって、非常にお墓に凝るんです、中国人は。だから四柱推命とか易学とか知らない人がいても、風水は誰でも知ってるんですよ。そういうところにお墓をいかにつくるかによって、家門をいかに上げるか。

まあその風水学というのを使いまして、これで弘法大師さんも高野山をつくったわけです。もちろん役行者さんも霊的にそういうものをキャッチして、山につくったわけですね。それから、京都というのもそうです。

これは伝教大師最澄が風水学を勉強しまして、ここに都を定めたわけです。鳴くようぐいす平安京。七九四年に平城京から移されたわけです。それも全部、風水学です。

だから当時の霊的な、まあ霊能者は、天の気というものがどういうところのどこの場所にあるのかっていうものをパッとキャッチするという能力が、やはり一番大切なんです。都を定めるにしましても、霊場をつくるにしましても、館をつくるにしましても、全部それでキャッチして・・・。

神社もそういうところで、霊的に磨かれた人が、そういうことをキャッチして神社をつくるんです。

で、そこのたとえば神います土地というんで、米土というのがあります。

たとえば、風水学で、藤原鎌足ですか。これも談山神社というのが奈良の桜井というところにあるんですけど、これは鳥がこういうふうに降りて、羽をこういうふうに広げて、へそのところに、龍穴がある。要するに龍の穴というエネルギーの、大地のエネルギーの凝結ポイントがあるんですよ。

その下を掘ってみましたら、ピンク色の土をしてるのがありまして、米土、ピンク色してる。三十分ぐらいたったらそのピンクの色がピャーッと消えていくんですよ。

そういうふうな土が出てくるところが、いわゆるその龍穴の証だといわれてるわけです。

弘法大師さんの地観というのも、韓国なんかでもこれを見ているわけでして。そういうところにお墓をつくって談山神社っていうんで、藤原氏が、鎌足がつくりまして、その七代目が藤原道長。

これに基づきましてつくったのが日光東照宮。山王一実神道さんのういちじつしんとうの天海和尚は、やはり同じく風水学を知っておりまして、その徳川家康が江戸城つくったのに、わざわざ日光まで行ってお墓つくったわけです。

関東のひとつの大きな龍穴として、徳川家を安泰にするのはお墓だというわけで、日光東照宮に徳川家康のお墓をつくりまして…。行ったらそう、方角盤みたいですよ。方角盤のような形でお墓がなってましたね。

方角盤、東西南北の。それに合わせたお墓つくってるんです。だから徳川家も長く何百年も栄えたんだと。これはお墓ですけれども、神社というものもそういうふうなところにみんな、霊的に感応のある人がつくっているわけですよ。

そこで神社を・・・まあふつう、太古は山というものにご神霊がいらっしゃるとつくるんですけど、そのお山からくるところの霊的な凝結地ですね、そこへ神社をつくった。

だから十和田湖にもきっとそういうところがあるんじゃないかと。

磐梯は磐神社というところがございましたけれど、やっぱりすべてのエネルギーの、ご神霊の山を遥拝してやるような、霊的な米土が出るような、これ、神います場所です。本当の霊的な人というのは、そこに神社をつくります。米土を知らなくても「ここだ」と。「神様がここにせいって言ってる」という、そういうところにあるわけです。

だからそこにエネルギーが来るので、こういう顕現神となって、神気というものが神様の姿となって出てくる場所として、出るわけなんですよね。

ま、そういう形で神社というのはつくられていまして、われわれが神社に遥拝してきたりするのは、そういう場所。

もっと大きく言えば、その気を受けに行くんですけど・・・。形が出てくるのはこういうところから出てくる。これはも基本なんです。なぜ神社をそういうところにつくるかっていったら、そうなんですね。

ここのご神業というものは、そういうふうにしてお山に行かなくっても、神社や龍穴に行かなくても、こういうところでわれわれの御魂と御魂が合流しまして、魂の合霊状態に天の御柱を立てることによって、そこの神気をいただく。

あーそうだなという気持ちが集まるでしょ。気が凝結してくるわけですよね。

お互いの気持ちと気持ちの、内在する御魂と御魂が凝結することによって、天界からご神霊がブオンといらっしゃる。あーでもないこーでもないとガチャガチャ思ってたら気が凝結できないから、邪気がはびこって来ないわけです、ご神霊が。

だから気持ちをひとつに向けて集まるということ、ここ(ワールドメイト)はそういうかたちにして神様が、お山じゃないけれども、神奈備山とかそういうものをつくるかわりにご神業をすることによって気を合流させまして、神気をいただくんです。

神社参りしただとか、お山にね、神奈備山に登ったのと同じような功徳、それ以上のものを得ようと。移動式ですからどこでもやれるわけで、便利になっています。

ここにひとつのご神業の基本原則というもの、神霊と一つになっていくという法則があるわけです。神奈備山、太古の信仰とこの度のここのやり方というのは、そこに関連をもってるわけです。これはもう基礎ですから。

えー、そういうふうに十和田湖に行ったり、伊勢とか、熊野はへそですけれども、そういうところにちゃんと、熊野本宮は神社をつくってるわけです。

山がこういうふうになってるところで、川がこうなっているところの、霊的なポイントのところに…。ちゃんと熊野本宮つくってます。だからそこへ行って気持ちを合わすということで、通じるわけですね、そこのご神霊に。

この場合は、十和田神社というのは南祖坊なんそうぼうさんのところがありまして、本当にその、十和田の、風水の霊的なポイントとなってるところがどっかあると思うんですけど、通常はそういう能力のある人がそこに神社つくってるんですけど…。まだわかりませんけど、これはね。

【植松先生】湖の中。あそこだからね。

【深見先生】うん。湖の中だからつくりっこないよね。

【植松先生】そこ、水湧いたみたいにこう。

【深見先生】水が湧いてるの、うん。中海なかうみから湧き出てるんですよ。だいたい湧き水が出るところってのはそうなんだね。白龍さんがいて、湧き水がある。水が出ているのが見えるのね。

【植松先生】それでもう、シューッと前に炁胞が立ってんの。シューッと、すごいのよ。

【深見先生】だから行ってる間に僕は、学苑のことでも、いろんな、ヒラヒラヒラヒラ浮かんでくる。ハガキこういうふうに出したらいいとか、商事部の仕事はこういうふうに、こういうふうにオリジナルつくったらいいなんていうことが・・・、旅館行ってたらヒラヒラヒラヒラ浮かんでくるんですよ。

だから、音楽家だったら音楽がヒラヒラ出てくる。画家だったらヒラヒラヒラヒライメージが出てくるという・・・もとの気ですからね、御魂の。

そういうふうに神霊界と通じることによって出していくという、ひとつの一番古い、神霊と感応する方法の太古のかたちですよね。修験道のもとになったのも本当はそうなんですれど、今度は行力と術の方に入っちゃってるから、ちょっと不自然な形でね、行者界というのをつくっちゃったんですけど、本来はそうなんです。

で、炁胞のないお山もあるんです。炁胞のあるお山というのは、本当に美しいんですよ。なんかこう、神秘の感動っていう、美しい素晴らしいというところが、ご神霊がいらっしゃるという証です。

人間もそうですよ。神霊が、素晴らしい神霊が来たら、すがすがしいスカーッとした美しさのある人。

男性も女性もそうなんですけど、そうじゃないものがいますとこう、妙になまめかしいとか。同じ美しくってもこう、どうもなまめかしくってね。

ある部分が非常に刺激されるという、それはちょっと美しさの種類が違う。スキーッとしてもう感動するという、「美しい!」という、さわやかなのが本物です。

十和田湖の特色は、水の静けさと水の澄みきり具合ですか。澄みきった感覚と静寂というのが日本一なんだと言ってましたよね、旅館のおばさんが「十和田湖の特色はとにかくあの、澄みきってるということと静寂だということ」これが十和田湖の特色だと言った。

「それが日本一だというふうに言われているということで」って、こういう感じですよね。旅館のおばさんふうのものまねしましたけど。

とにかくまあ、そう、澄みきってんですよ。まあ、これが神霊と一つになっていくっていう方法。十和田湖の話から出てきたんですけど…。(次章に続く)