【第一章】禅と御魂返し/祝詞の霊力を出すには(昭和59年8月11日)
指一本の話
【深見先生】(拍手)五十九年、八月十一日パート2。
あのー、禅宗にはね、『禅七部集』という本が基本テキストであるんですが、『無門関』と『碧巌録』が二大テキストになってるんですね。で、『無門関』は、どちらかというとロジカル、理論的。『碧巌録』は、詩的な要素がある。ポエムな。
日日是好日なんていうのはね、『碧巌録』にあるんですけど。で、その『無門関』だと思うんですけど、そこであるお坊さんがいまして、お師匠さんが「仏様の真髄とは如何」と言ったら、パッと人差し指一本出すわけです。
【西谷先生】すごい。
【深見先生】「宇宙の真髄は」って言ったら、バッと黙って、パッと人差し指を(笑)。「本来の悟りの境地はいったい如何」と言ったら、パッ(笑)。どんな禅問答がありましても人差し指一本、こればかり。
【西谷先生】最高ですね。
【深見先生】専売特許で、もういかなることがあってもパッ。それで、「わかりましたー」とかっていう形でね、禅問答挑戦してきた人はみんな、「恐れ入りました」って形で帰って行く。
お弟子さんがいまして、お弟子さんが。お師匠さんがいつもそれ一つだから、真似しまして(笑)。パッ(笑)。ワンちゃんがワンワンワン、おのれ、犬め、ちょっとこっちへ来い、パッ(笑)。
どこに行くのも、もうパッ、人差し指。
それを見まして、内容面が伴わないと…、そういう人差し指をパッとやるときの内面性がね、もうそれでブワッと文字や言葉、乗り越えた世界でこれだっていうことを、禅問答というものは、言っているんですけど。
この、パッと一本出した指の奥から出てくる、その人の境地をバッとわかるわけですね。
自分より高いと。もう、何でもそうですよ。父母未生の世界については如何と。お父さんとお母さんとの中から自分が生まれて来たその前はいったいどうだって言ったら、パッと人差し指。
そのお弟子さんがあんまりそれやるもんだから、お師匠さんが嘆きまして、お前はもう、ちょっと来いと。師匠の形だけ真似して(笑)、あっちでも、誰を見てもパッ、パッ、パッ、パッ。けしからんというんで、お師匠さんが、これ、罰を与えると。
そんなことしてちゃお前だめだろというんで、人差し指を、残酷にも無残にもバシーッと、切り落としたわけですね。
もうそら指を切られたわけですよ。ヤクザじゃありませんけど人差し指を、もうできないようにしてやると。
もう弟子が痛くて痛くてウワーッと泣きまして、ひどいひどい、むごいむごいと、こんなにひどいことするなんてって、ワンワンワンワン泣きまして、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いと、指が取られたから。
ワンワンワンワンもう絶叫ですよ、痛いから、まさに。お師匠さんのしひどい仕打ちと、指の痛さ、はかなさで、ウーワッと。で、お師匠さんの顔もう涙ながらに見て、クソーッ、憎らしい思いでウーッと見るときに、お師匠さんがジーッと睨んで、パッと人差し指を出した。そのときにハッと悟ったというんですね。
それからその弟子は、人差し指がなくなったけれども、その瞬間に、本当の極意というものを。
お師匠さんがそのパッと出した人差し指は、お前のこと思う慈悲なんだよと。決して、人差し指を切り落とすなんていう残酷なこと何でするんだと思うんですけど、それはその、やったことは残酷ですけれども、その境地。人差し指にパッと出したときのお師匠さんの気持ちがウワッと伝わりまして、悟りがフワーッと開いたわけですね。
そういうお話が残ってます。だから禅宗ではあの、お師匠さんをほめる意味で、あなたほど頭の悪いひどい人はいませんでしたと。この禅宗が始まって以来、あなたほど悟りのよくない、頭の悪い人はいないだろうと。
あなたさえいなかったら、この禅宗はどれほど繁栄し、どれほど衆生は救われたでしょう。
ああ、まさにあなたと会ったということは、私の不幸の中の不幸、残酷の中の残酷、これほどの悲劇がありましょうかということを、謹んで師匠の前に奏上いたしますって言うんですよ。
ああ、なんとお互い師匠を思う慈悲、あの真心、尊い師弟愛をなあというふうなことが出てるわけ。考えたら、脳が破裂しそうでしょ(笑)。
禅宗ではね。それは、口ではそういうふうに言うわけですよ。
「お師匠さん、あなたほどのひどい人はいなかった、歴史始まって以来馬鹿はいなかった、あなたほど悟りの低い人はいなかった、あなたがいなかったら禅宗はどれだけすばらしかっただろうか」と言う奥が、その言葉の奥が、本当にお師匠さんを思う慈悲の心、尊敬し、崇敬してる気持ちでいるということは、禅をやった人は、その奥の気持ちがビンビンわかるから、「ハアー、師匠のことをこれほど尊敬してる人はいなかった」という形で、解説が出てるわけですよね。
こういうとこを読まなきゃだめなんですよ。だから「馬鹿者!」と言ってる言葉で、Aという人が「馬鹿者!」と言ったら、なんてひどいやつなんだと、ガンガンケンカすると。
しかしお師匠さんが「馬鹿者!」と言ったら、「ありがとうございました、優しいお言葉をいただきましてありがとうございました」って帰っていくわけですね。
「馬鹿者」の陰に、その言葉の奥にある境地ですよ。この奥ね、道。どういう内面性で言ったのかを、文字や言葉にとらわれなくって、パッとわかると。これが大事なんですよ。
御魂返しのご神業
だからそういうことがあって人差し指一本ていうのは、そういう意味があるわけですね。だからあの、御魂返しですか、冬のご神業になりますと、ポッ、ポッ、ああでもないこうでもない説明しません。
神様がいらっしゃって一言、「宇宙は」って言ったら、「愛です」と言う。「いいです」と、ね。「森羅万象は」って言ったら、「地獄です」、「いいでしょう」と。
「森羅万象は、地獄とは」。「天国です」と。「うーん、そうです、草木や草木です」って、全然わかんないでしょう(笑)。
そういうふうな会話がね、その、愛っていう一言でピッとこう…。で、御魂がアッとこう返っていくっていう。禅問答の最高のあれが、冬の、みなさんがもう少し向上しましたら、御魂返しのあれもそうですね。そんなベチャベチャベチャベチャ解説しません。
【植松先生】御魂返しなんかね、もう言葉使わない。
【深見先生】言葉使わない。ただ黙って二人が座ってるだけで、植松先生なんかだったらその御魂を天界へずーっと連れていく。ある程度まで連れてきたら、そっから、御魂さんが御魂さんをこう、連れて行くんですよね。上の方へ行きますと。
楽しみでしょ。もう黙って座ってるだけですよ。ね。冬のご神業になったら、魂があの、火の鳥ってありましたけど、鳥になるんですよね。
顔は西谷さんで、飛んで飛んで飛んで、激しく盛り上がりながらって感じで、御魂がそういうふうにパタパタパタっと飛んで行きますよね。しばらく一週間ほど天界の方に行きまして、ボーッとしてるんですよね。ね、御魂返しされると。そうですね。
【植松先生】そう、フワフワしてるのよ。
【深見先生】それで、天界で御魂が何かね、勉強してきて帰って来たら、人間が変わるんですね。
【植松先生】そう、フワフワしてるけど日常生活はもう、今まで以上にね。で、自分がね、今何してたのかわかんないの。だけどピチッとなってんの。自動的にもう動いちゃってね。そこまで行くにはね、ちょっとね。
【深見先生】まあ、冬ですね。天界が澄みきってきて。そういうレベルにみなさんが一日も早くと思いますけどね。
【植松先生】だから、何にもなくなんなきゃね。だからこう、お勉強しながら、今までの観念も全部なくなんなきゃね。エキスだけが入ってる。
【深見先生】その冬の、恩頼を受けて(笑)、春夏秋というのがまた一年間やるんですね。少しの時期ですけどね。そうですね、少しだけね。一年のうちに。
【深見先生】最初のご神業、冬、そうでしたね。
生きているうちに体験することが大事
【深見先生】それと、冬の中でも、人のレベルによって違うんですけど、その人のご本霊の天界の御魂いらっしゃいますね。御魂がスパッと変わったときに、瞬間に、コロッと変わったときに、天界からその御魂がウワーッと来るの、神霊が。
頭のてっぺんからブワーッと来ますよね。そのときにはあの、天上天下唯我独尊のような形で、涙がウオーッと出てきまして、体中が電気がビリーッと走りますね。
西谷さんの求めているのはそれだと思うんですけども、この頭の上からご神霊がズボーンと来るんですよ。
それからいろいろその、剣みたいのパッと神様から渡されたり。僕の妹なんかそうでしたけどね。剣と玉とこういうのを上から、パーッと金色色のが来てパッと渡されたり。
それ御魂の中に入るわけですよ。そういうことがやれるような、能力とか感性とかっていう恩頼受けるんですよ。
で、ご神霊が直接にブワーッと来たときはもう…、まああの、Kさんですか、あれで嗚咽で泣きましたよね。あの、身投げした、佐渡の海へ身投げした人の霊を取ったときに)。あの(救霊歌が)新しいメロディで出てきましたけど。
ああいうふうなのじゃなくって。あれは心の奥からワーッと泣くでしょ。そうじゃなくてもっと感性が、もうビュアーッとくるような。ご神霊がいらっしゃったらもう…。
ご神霊と一つになったときの感動ていうのはそれはすごいですよ。
それでね、みんな涙がバーッと出てきますよね。極まって、感極まって。そういうのが冬のご神業の醍醐味ですね。
そういうもの一度、体験しますとね、死んでから、記憶が残ってるわけですよ。こうじゃなかったな。地獄の方に、晩年悪いことして落とされた場合はあれですけど、それでも必死に般若心経あげて(笑)、自分で脱却しようという形で。
ある程度ランクに行きますと覚えてましたら、御魂に記憶で残ってますよね。それを覚えてますから。死んでからでもそういう世界に、自分で行けるんですよ、ある程度。導かれまして。
体験してなかったらだめですね。ね。
【植松先生】だって、そういうの行ったことないのに行かれないでしょ。生きてるうちに行けば、死んでから行けるわけ。
【深見先生】また今、住吉の神様とか、産土の神様、冬になりますと八幡さんでもね、時々ご神前でこうバーッとお辞儀して、あれと思ったら八幡さん。ピカピカピカピカ光ってますよ、こういうふうに。
チラチラのお稚児さんのようなのつけたり、それぞれ衣装があるんですね。そういう五次元神界の神様っていうのは、感じますよね。
ここへ長くみんないる人は、みんなそれぞれなりに感性が鋭敏ですから、神様いらっしゃったら、「あ、今見えた」とか、「感じた」とか、普段見えなくてもご神業のときにはパッとそれがわかって。
ですから親しくそう、神様の姿見たり、気を感じるでしょ、温度とか暑さとか心とか、その境地でね。高貴な感覚というものがわかってますから、神社行きましても死んでからでも、神様をやっぱり体得してるんですよね。
文字や理屈ないですよ。そういうふうな神様の神気を受けて点てたお茶は、この世のものではないようなお茶ですよね。
守破離(『土曜神業録3』参照)の後に、神人合一の神人一体となったお茶があるんですよ。神茶といったりね(笑)。
静岡の、ハハッ。まあ、茶のね、千利休のことを、茶聖・千利休って言いますけど、まさに、我々の目指すものは茶神。茶神・植松愛子っていう感じですね、ええ。全部一杯の御薄の中に、濃い神気が入ってると。全部、境地が味になりますからね。目指すものはこれですよ。神人一体。神人合一のお茶。
【西谷先生】お茶が自分か自分がお茶か(笑)。
【深見先生】自分がお茶か(笑)。「あ、これは何だったかしら」(笑)。「植松先生、それはお煎茶」(笑)。御薄ですよってね。ハハ。
これは道という形ですけどね、本当はまた普通の世界に、それはするときはするときで、神人一体となってごく普通の世界に帰るんですよね。
禅の悟りと神界の違い
大森曹玄さんという人(禅の高僧)にね、一度お会いしたことありますけど、もう枯れて枯れて、田舎のおじさんが、今刈り入れを済ましてきて、普通ちょっと慣れないスーツを着てお話して、立ってるという感じですよ。
「(非常にゆっくりと)えー、私が、あー、以前、お話したときは、あー」とこういう感じですよ。大森曹玄さんの物真似しますとね。丸坊主で。
「あー、それでー」ってこういう感じですよ。ところが神人合一した人ってのはごく普通に、明るく、伸びやかに。
【植松先生】ほんとに田舎のお百姓のおじさん。
【深見先生】も、枯れて。すべてから離れている。人間世界からも離れて。そう、だから禅宗の極意というものは、ちょっと気をつけないと。
ちょっと神様の世界じゃないんですよね。あくまで、これからもっと芸術とか美の世界へ入ってって、日本のあるような形で、ごく普通の、美しいすばらしい生活へ行かなきゃいけない。道元さんの、「柳は緑、花は紅」っていう形の、普通の生活をしてる中での形でなきゃいけないんですよね。
【植松先生】でね。うん、そうね。神界、神様の世界へね、通じてる方っていうのはね、こう輝いてる。輝いて・・・、とっても明るくってね。それでね、やっぱり芸術的ね。きれいな、気が。ものすごいきれい。でもめったにいない。あんまり巡り会ったことない。
【深見先生】一通り全部こういうものやって禅宗も極めて、それから惟神の道に入って、全然普通のすばらしい芸術活動しているとか、生活をしてすばらしい人っていうふうになっていくと、惟神の道は生き生きしてますからね。
【植松先生】で、バネがあるのね。
【深見先生】ちょっと違うんですよね、禅宗のあれと。
【植松先生】そうね、ちょっと違うわね。もう見たらわかるわね。
【深見先生】まあですから禅宗的な要素というのはね、神様の道を―、文字や言葉乗り越えた世界ですから、いい面がありますんで。現実界の観念とかをはずすとかね、境地の中に入って行くっていう場合は、禅的な要素というのは、ですからいい面がありますね。
【植松先生】そうね、やっぱり最初はね、こう生活禅でね、生活の中からそういう修業していって。
【深見先生】・・・おなかがいい気持ちですね。フワーッとした気持ちですね。確かに趙州禅師という方だって、こちらにも何度もお出ましになったことあるんですけど、禅宗の極意、仏の極意というものは一体どこにありますかと。本当の仏の姿は何ですかと聞いたら、それは、食べたいときに食べ、寝たいときに寝るんだと。
こういう話がある。趙州禅師に、「あの、入門したいんですが」
「ああ、そうか」「します」
「どういうふうに修業すればいいですか」
「修業か。じゃあ、言う通りにするか」
「お前は飯を食べるか」「ええ、ご飯食べます」
「そうか。それじゃ、ご飯を食べた後、(食器を)洗え」
「は、それが修業ですか」「それが修業だ」と。
三年間、ご飯食べたら洗う、そればっかりやってるんですよね。「そうか。もういいだろう。非常によくできてきた」と。
結局、洗い物というものを嫌がらないで、洗い物の中に、平々凡々な生活の中で、境地が開けてきた。
単純作業っていうのはね、仕事のやる意義とかっていう形じゃなくて、単純作業の方がいいんですよ、内面性磨くのに。その人は趙州禅師の門下に入りますと、三年間ずーっと、ご飯を食べたら、あと洗えと。自分が食べた物ぐらい洗え。人様のも洗えと。一生懸命洗い物ですよ。
「もうよかろう」と。
「あ、いいですか」
「非常によくできるようなった」
「その次に、お師匠さん、どういう修業したらいいですか」
「言う通りにするか」
「言う通りいたしますから、みなさんのようにすばらしく私はなりたいです」
「そうか。じゃあ聞くけど、お前は糞をするか」「ええ、恥ずかしながら、いたします」(笑)
「じゃあ、その周囲をきれいにしなさい」と。
便所掃除六年間。それが汚いとかきれいとかっていう気持ちじゃなくって、ごく何にも考えないで、鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように、おトイレを、ごく普通、自然にお掃除して、汚いとか嫌だとか、お掃除するとかっていう気持ちでなくしてる。これでよかろうと。
そして、食べたいときに食べ、寝たいときに寝ればいいんだということは、食べなきゃ食べなきゃ食べなきゃっていうよりも、ね。ぐうたらな生活しろっという意味じゃないんですよ。
ごく自然に、おなかがすいたら食べて、眠くなったら寝ると。そういう平々凡々な中にあるんだよ、真髄というものはと。それを行ってるその内面性ですからね。
そういうことが残ってますね。非常に日本の禅宗っていうのは、その趙州禅師のあれに近いと思うんですけどもね。寝たいときに寝、食べたいときに食べる。それが極意だよと。ね、九年間それですよね、まさに。
【植松先生】うちにいる女の子たちもそうね。
【深見先生】そうですね。
【植松先生】三年間。お茶碗ばっかり、三年ぐらい洗って。うーん、お洗濯ばっかり
【深見先生】そういう気持ちでやんなきゃウソですけどね。
ですから洗い物、「ご飯食べるか」「食べます」「その後、洗え」と。
「糞をするか」「します」「その周囲をきれいにしろ」
それだけですよ、生活禅ていうのはね。趙州禅師のあたりから、特に強調されて言われてると。
その趙州禅師が現れて、いくつも僕に問答を言って、問答をしたことありますよね。そういう問答ですよ。境地と境地のやりとり。最近いらっしゃらないですけどね。
禅関係をやってきた人が来たら、お出ましになると思うんですけどね。臨済さん、白隠さんは、ここでよくお出ましですけども、そういう趙州禅師とか……。
臨済、白隠さんの場合は典型的な方ですけども、趙州禅師もいいですね。禅でもやはりやる人たちによりまして、全然、違いますからね、内面性が。
趙州禅師。まあ七年前だから、二十五のときですよ。二十五か六のときですね。一生懸命僕が『無門関』見てて、「趙州禅師が、ハアー、すごいな」と感動してたとき趙州禅師がお出ましになって、やってたんですよね、直接。すばらしいなあと思って。
また、それやりましょうよ、ここで。いいですよ、やはり。だから禅宗も、いろんなもの勉強すればいいんですよ、多方面。
