深見東州の土曜神業録5(Vol.5)

【第二章】阿弥陀如来からのメッセージ(昭和59年8月11日)

菩薩と如来

あの、菩薩何とか菩薩、菩薩ってありますよね。菩薩というのは悟った境地なんだと。

ですから四次元なんですよね、菩薩というのは。前にあの、次元界の説明しましたよね。菩薩というものはあくまで、何かを悟った境地のことをいうんですよ。

で、菩薩戒を授けられましたっていうことは、それだけいろんなことに徹底して悟りましたっていうことを言うんですよね。

で、その菩薩が極まりまして、菩薩の境地でずーっと行いを積み重ねていますと、最終的に如来の位にいくと。如来っていうのは位なんですよね、如来という位置悟った位置ですね。

これはあの、法華経で言いますところの、如来の位に立てば法華経の、如来寿量品に、あの、如来の境地に立ちますとそこから自由に方便をたれていくことができると、優しい人には優しく、厳しい人には厳しいように。

孤独の人には孤独のように、よく悟った人には悟ったようにと、悟った位の人には更に上のようにというかたちで、自由に方便を出すことができるんだと。如来の位置に立たないとそれができないんだと。何とか如来、釈迦如来とか。釈迦菩薩て言わないでしょ。

お釈迦さんは如来って言うんですよ。必ずその位があって方便の門を自由に高くすることができるんだよと。菩薩じゃできないんですよね、自分自身が悟った境地でやってますから。今度、与える方の立場になるには如来の位置というふうにならないとできないと。

如来とは何かっていろんな説があるんですけど、如く来たると。だからおそらく、その人のある如く来るっていう。前に、儒教で「予れはを以てこれを貫けり」と。ある人に聞いたら、とは何ですかって言ったら乱暴するなと。ある人が聞いたら親孝行せえ。

ある人に聞いたら本をしっかり読め。いろいろ孔子様がおっしゃるのには違うんだと。

なんで同じ「仁とは何ですか」っていうふうにして聞いたらこういうふうにね、答えが違うのかなと、お弟子さんが聞いた。曾子に聞くと、うん、じゃ、お師匠さんに聞いてみようということで孔子に聞いた。孔子はそれを言って、「うん、予れは一を以て之れを貫けり」。

私の言うのは一つのことで貫いていますよと。お弟子さん、わかんないんで曾子に聞いた。一とは何ですかと。曾子は曰く、「夫子の道は忠恕のみ」。前にも言いましたよね。

(黒板に書く音)忠恕。忠というのは心の中と書きますから真心だ。恕というのは心の如くだから思いやりだ。真心と思いやりだよと。

私は、言うことは全部、忠恕で貫いてます。真心と思いやりで貫いているから乱暴する子路のような人には、乱暴しないで人に優しくすることが仁だよと。

もう優しくできてる人は、しかし親不孝してるから親孝行をすることが仁。しっかりと勉強してないから仁とは何ですかと聞くから、しっかり勉強することが仁、人々のためにつながるんだよ。

全部、レベルが違うから、それに合ったかたちで真心と思いやりあるから、それぞれいろんなことが言えるんだよと、いうことが儒教。お釈迦様の人見て法説く、人見て法説くと。これ全部、如来という位置に、孔子様もお釈迦様も達してたからそれができる。相手の如く来たる。如く来たることができると。

如来という世界に、菩薩の境地で一生懸命努力してていかないと、ランクが向上しないんですよね。そうでしたね。

【植松先生】はい。

【深見先生】これ法華経にも出てます。植松先生はあんまり別に法華経全部見たわけじゃなく、「ああ、それは法華経に出てる、如来の位置にして自由に方便を出す、方便の門をすることができるっていうのと同じですね」と。位置だと。ピッタリしてますねっていうことですね。

だから阿閦如来とか、阿弥陀如来とか如来ってついてる方は自由に、いろんな方便がこう、やることができるんだよと。如来ってついてたら全部そうですよね。菩薩というのは修業してるプロセスで。自らが努力して人のために世のためにするけども、一つの菩薩の一例。菩薩だから。そのワンパターンですよね。

【植松先生】悟った境地。ね。

【深見先生】うん、それで修業してるわけですよ。

【植松先生】悟った境地。ね。普賢菩薩とかね。

【深見先生】如来から上が神様ですね。

【植松先生】そうです。

【深見先生】こういうふうに思うと、あー、大変だーと思っちゃって。永遠に続くのかと思って大変だと思うんですけど、これは後天の修業から考えたら大変だと思うんですけどね、そういう、これからの修業していくプロセスということで。

【植松先生】それは悟り方を知ればね。悟り方がわかれば、もう一瞬。悟り方を知ったらもう、どんなことにでも一瞬にして悟れる。あの、悟るという中に入ってますよね。

【深見先生】植松先生、最初にご神業にいらっしゃるといつも、悟り方の勉強だと悟るということを悟りなさいと。悟り方がね、マスターできたらね、もうどんどん向上しますよね。

【植松先生】そう。それ信仰のコツなのね。最初の。

ご神霊が降臨!

【深見先生】これ、植松先生、お話ししてたら、最初、菩薩というぐらいですけど、如来・・・。

【植松先生】澄み切ってきましたね。

【深見先生】澄み切ってきましたねー。ね、Tさん。さっきのビッとした感じから、今度、温度が出てきましたね。暑、あつー。ね。上にファーッと上がってきましたね。足腰とか背中はビッとしてて、どっかがファーと。

【植松先生】そうそうそう、ファーッとして。

【Aさん】日本語ではね、菩薩とかね、如来とかあるけれども、例えば、英語でするとね、ゴッドっていう一言になっちゃうわけですよね。そういうの例えば、そういう如来とか菩薩って言葉を理解しない、そういう言語を持たない人が理解するの難しいですよね。例えば、英語しかわからない人がいたらそういう言葉ってないわけでしょ。

【深見先生】難しいですね。

【Aさん】最初から日本語を知って、やっと如来っていう言葉の意味を説明するのももちろん難しいですよね。

【深見先生】うん、まあ、でもね。それは別な表現できるんですよ。

例えば、キリスト教の中でもスウェーデンボルグとか、それからダンテの神曲とか、そういうふうなことで、天国界とか、そういうふうな有様というものを別な角度で見ててね。バイブルだけじゃなくって。

エンゼルの位ていうのに立つと、如何なる人にも自由にね、それがやれるだろうと。エンゼルの境地だと。エンゼルの気持ち、これが仏教でいうところの悟った悟りの境地だよと。エンゼルの気持ち。

エンゼルになって生きていく、霊界で生きてる人の気持ちと、エンゼルにならなくてウロウロウロウロ生きてる人の気持ちとの、同じ気持ちでもね、レベルが違うでしょ。

あの、プライオリティ(優位)がその、エンゼルとして、神様から羽をもらって生きてる人の心の状態は、コンディションは、菩薩と言うんだよと。

こういう状況がもう少しランクが高くなってきたら、自由にどんなことでも教えを出せるような、そういうスーパーエンゼルになるんだと(笑)。

如何なるときにもそれがやれるようなランクをね。もらうんだと、神様から。どんなものでも指導できる、そういうスーパーエンゼルのような、ステータスをもらうことができるんだよと、向上すると。

これが霊界にもそういう法則があるんだっていうかたちで、キリスト教的なダンテの「神曲」とかスウェーデンボルグとかそういうことで例えて出てますから、ヨーロッパ的に表現されて。そちらの方の知識があったらね、あの、表現はできるとは思うんですよね。

なんか違いますね、顔の輝きのここが。こっちの世界とこっちが。目が。なんか、空間が。

【Tさん】違いますね。

【深見先生】違いますね、Tさんがこういうふうになっちゃって。Tさん、僕の顔見て、ちょっと違うでしょ。

【Tさん】違いますね。僕、なんか、ずっとさっきから違ってるんですけど。

【深見先生】どういうふうに?

【Tさん】あのー、やっぱり…何ていうんでしょうかね。

【深見先生】ここが感動してる?

【Tさん】そうです。

【深見先生】ここ、ん、空間が違うでしょ。僕も違った空間に・・・。全然違うよ、西谷さん、いかがですか?激しく澄み切ってますね(笑)。

【西谷先生】ですね。

【深見先生】気が。Tさんのとこにこう、ね、金色色というよりも…。今のエンゼルのお話しして、何か感じませんでした?

【Tさん】感じましたね。

【深見先生】ねっ。背後にいる人が「そうだ」という形で。要するに天使長てんしちょうという位ですよ。天使何とかという、何とか天使という位ですよ。

【Tさん】なんか、それぞれの人の後ろに、こう・・・その、白い、もうちょっその人より大きな・・・みんなのエンゼル…。

【深見先生】ここが感動してる、泣きそうなぐらいに感動してる。ねっ、ここ。

【Bさん】伝わってくる。

【深見先生】「うれしい、僕」って感じで。

【Bさん】うん(涙ぐんで)。

【Aさん】何か伝わってくる感じ。

【深見先生】伝わってくるでしょう、ここが。何か泣きそうに、うれしい。

【Tさん】気持ちいいですね。

【植松先生】気持ちいいでしょう、すごく。

【深見先生】気持ちいい。

【植松先生】すごくね、だんだん気がこう一つにまとまってきたのね。不思議ね。

【深見先生】さすがに上級コースですね。

【植松先生】だんだんこうなるのよね。だんだんこうなるの。もっともっとすばらしくなるわね。

【深見先生】さすが上級コースですね。うれしいわー。

【植松先生】こういう気に包まれてるとね、もう体中全部癒えちゃうのね。

【Aさん】うん。

【植松先生】何も考えないでしょ。あしたどうしようとかね、ふふふ。何かこう現界的なことって、どっかへこう、どんどん消えてっちゃってね。

【深見先生】 Aさんの頭の上の方、こういうふうになってますね。

【Aさん】そうですか。

【深見先生】大体、本箱の上ぐらいに、縦長にこういうふうにびよーんとなっていますよね、今。

【Aさん】ああ。

【深見先生】さっきとはお目々がもうちょっと違っている。

【Aさん】さっき、如来という言葉が出たときにね、あのね、このお部屋がね、こう何か手の上に乗っかって、すーって、こうなったのね。高いところに乗って。何かこう小っちゃな頃絵本で見たね、何か飛ぶ家の物語があったんだけど、家族が全員お家の中にいて、何か気持ちいいと思ってね、飛んでんです、お家が。

【植松先生】お家がね。

【Aさん】ぽこっとね。

【植松先生】そうそうそうそう。

【Aさん】この部屋は何か手に乗っかって、こうすーっと。こういう感じ。

【植松先生】こういう雰囲気がね、素の雰囲気なんです。故郷のね。

【Aさん】きれいなこうすーっとした手があるでしょう、仏像のね。

【植松先生】うん。

【Aさん】その如来という言葉を聞いたときからそういう感じがして気持ちいいなって、私はそういう感じです。

【植松先生】ほんとそうよ、ほんとそう。だから、この部屋だけね、ここだけが何か別世界なのね。そう感じません?

【深見先生】(Cさんに)頭で考えちゃいけません。そうだろうなーと。気持ちよく乗るんですよ。BGMに合わせて運転する…。

【植松先生】で、ふっとこうほら、真空状態になった感じじゃないの。

【西谷先生】非常に澄み切った…。

【深見先生】真空、ぴたっと空気がストップしてる。

【植松先生】うん。

【栂村先生】ああ、いい気持ちですね・・・。

【深見先生】Tさんがまた光ってる。金色ですね、いつもあなたの光は。

【Tさん】そうですね。きょうもまた金色になってきましたね。

(間)

【深見先生】「状況判断ができないから善が悪になるんだと。善良な人、善の行い、善の心は持ってても、状況判断ができないから悪に転ずるんだ。

それができるような環境になって初めて、人を救うという資格ができるんだよ。如来の位に立たずして、ほんとうに人を幸せに、功徳を与えるというのはできないんだと。それぞれの立場でこれを学び、実践しなさい」と。

(阿弥陀如来さんが)今そう言っていますね。

情熱を傾けて仕事をすればいいっていうもんじゃない。Tさん、無欲で仕事をすればいいっていうもんじゃないんだと。状況判断だ。

ああ…化した仏教を立て直すために親鸞は、状況判断、時代の状況判断ということを得て、浄土真宗というものを出したと。だから如来の位が授かっているんだと。

形骸化した仏教を立て直すという意味で、親鸞は法然から学んだことを、時代の状況判断ということを得て、浄土真宗によって工夫したんだ。

法然上人の足りなかったところはそれだったんだと。八五パーセントぐらいまでは行ってたんだけど、あとの一五パーセントにそれが足りないために、かえって迫害を受けたり。迫害を受けましてもね、足りなかったのね。

(間)

【深見先生】ね。「状況判断というのが如来の知恵だ」と。

先ほどのね、馬の話ありましたね。海老名弾正えびなだんじょうさん(『土曜神業録3』参照)。

海老名弾正さんの話ありましたけど、今おっしゃってんのは、あの話聞いてたんだな、如来さんも。鞍とか手綱とかにとらわれないで、裸馬に乗るというのには、状況判断ということができるから、伊勢神宮にもお参りをして、敬虔な祈りを捧げ、靖国神社にもお参りし、英霊を供養し、善光寺にもお参りする。

状況判断ということができるからだと。キリスト教でも、それができる人、神父さん。如来の位置にあるキリスト信者ですよね。

そういうことだよというふうに言ってますね、Aさんに。状況認識。

それが如来の位置。それができるかできないかというのが、平のキリスト信者と、最上位にあるさっきのお話の神父さんの違い)。位置が違うんだよと。面白いですよね。

だから仏門にいてね、仏教の形骸とか、一つの禅宗だったら禅宗だけの形にとらわれている。今日の始めのテーマはそれでしたからね。

それは一生懸命努力して悟った境地には居るけど、状況判断ということができて宗門宗派にとらわれないでやるという、如来の位置がないんだと。いかなる信徒になったといえ、如来の位置を授かった人はそういうことができる。

日常生活で応用しなさいと。如来の修業だと、状況判断は。固定概念があっちゃできないよと。自我慢心があったらできないよと。本当の状況判断というのは、自分が無でなきゃできないよと。

ここでいう神人合一の道っていうのは、最終的には観音の道ですよね。三十三相に化身して、置かれた状況状況で、大慈大悲の心でやりこなす人。そうい多角的な人ですね。

だから一芸に秀でた人というのはあるんですけど、一芸を通して観音の位に、まあ観音の位置に。観音、三十三相に化身します。将軍様で苦しんでいるときには将軍様になるし、商人で苦しんでいる場合には商人の姿にぱっと変化して。

観音様というのは、名前は観世音菩薩と言いますけども、こういったものを観音様。救いも、状況判断も、今度はそれに化身でなりきってやることができる。それも大慈大悲の大きな愛でできるんだよと。

これの関門を越さないと、本当の観音、生きながらの生きた観音様になれない。決して難しく考えちゃいけないね。

会社の経営者、例えば会社の経営者で言いますと、財務も、販売も、人事も全部わかって、一通り全部のことがこなしてて、会社をどういうふうにしたらいいかということを天の機を知って、状況を見て、状況を判断する。決定を下す。

これが経営者ですよ。学校でも理事長とか、本当に無になってそれをやれる人の能力はどこかっていったら、最終的には状況判断。画家もそう。

ぱっと一つの絵を見たら、どういう構図で描いていったらいいか、どういうふうに表現したらいいか、瞬間に。もう、乗り越えた世界が、ぱっと状況判断が自然にできると。これ、如来の位置を持った方。

玉つきの神法

そういう修業は、日常生活でできますよと。難しく考えちゃいけない。音楽の道でもそうです。観衆の状況に合わせて、こういう演奏をして、言われなくてもぱっとその状況判断をやれる。この逆はワンパターンですね。ワンパターン。これはこういうもんだと、固定概念がある。

絶対まず固定概念を崩す。それから悟った境地で実践していく。そうして状況判断が自然にできると。それから神上がりですよね。これが本日、阿弥陀如来様が我々に教えてくれる一つのテーマです。

【Aさん】きのうね、夜から朝の五時ぐらいまで、今朝まで夜が明けるまで、寝ないでしゃべってたんです。

【深見先生】何を。

【Aさん】仕事のこと。今、言われた…。

【深見先生】状況判断。

【Aさん】ずーっと、それにたどりつくまでにこの辺のことごちゃごちゃ一生懸命考えてね、眠れないでね、(Tさんと)朝まで話してたんです。

【深見先生】ああ、そうですか。

【Tさん】あの、善意でやると、自分の気持ちは善意なんだけど、その人の幸せは、その人にとってみたらわからない……。

【Aさん】細かい日常生活の中でもね、出来事としてそういうことってたくさんたくさん、結構目についてきて。で、私、ずっと言わないでいたんですけど、夕べどうしても話したいと言って、で、ちょっとテレビを消して話を聞いてくれって言ってね。

十二時ぐらいに話し始めて、五時ごろまで、小さなね、こういうことがあった、こういうことがあって、こういうことに対してはどう考えたらいいだろうというふうにね、話し合っていたんです。それで、その疑問を抱えてって感じで…。

【深見先生】ここが納得したというんで、今ここにすとーんと、神様から何降ろされましたからね。ああ、それだ。そういうふうに求めてきたから、ぴたっと答えが出たわけですね。状況判断。だから善意が善意でない、善の行いでなくなると。それは如来の地位がない、状況判断ができない。もうその一言ですよ。はあ、目がはっきりしてきた。目がはっきりと。目が、目があいてきた(笑)。楽になった。

【Aさん】びっくりしちゃった。

【深見先生】えっ?

【Aさん】びっくりしちゃった。答えが出たんで。

【植松先生】出ちゃったね。うふふ。

【Bさん】すごい。

【深見先生】ここがじわーっとあいて、納得したーと言って。

【植松先生】すごい進歩

【深見先生】すとーんと降りていったからね。

【植松先生】そう、だんだんそういうふうになってくるのよね。うん、あの、すばらしいわよ。

【深見先生】すばらしいですね。

【植松先生】だって、うん、きちっとこう、何かの、答えを・・・・・・。

【Aさん】算数の問題が解けないのを、一晩中悩んでてわかったような感じが。

【植松先生】うん。そう。そういう動きがあるとね、早いのね。そうすると必ず不思議とね、問題が……。

【深見先生】教えられたのね、今ね。

【植松先生】うん、答えが出る。

【深見先生】答えが、何かびっと。

【植松先生】でもそれはさ、普通ね、あの普通だったら、そういうことがあってもね、それをこう、そこで解決する言葉がそっちから出たかどうかってこと気がつかないのよね。

でも、それがぱっと気がつくというところがすごい進歩でしょう。確実に進んでるわね。私たちはそういうのをこう見ながらね、あ、今この人はここまで行ったなって見るわけ。すばらしいわね。うれしくなっちゃう。うふっ。

【深見先生】ここがこう、Aさんのうれしいって言って(笑)。気持ちいい、ねっ。

【植松先生】だんだんね。あ、これで答えが出たとかね、みんなだんだんそういうふうになるのよね。

【深見先生】坂本さんもそうですよね。守護神さんにお願いしたら、答えがどんどん出た。あの、前のHさんかお話ししてたことで、新幹線で。あれも全部、何で僕が出口王仁三郎の話を・・・。「出口王仁三郎って何だろうと言ってたんですよ」って。

【植松先生】あ、あの方、今日見えないわね、そういえば。

【坂本さん】仕事なんです。

【植松先生】ああ、そう。きょう、一人なんか……。何か足りないなと思ってたら。ねっ、お仕事じゃないしようがないわね。ちゃんと神様が記録していらっしゃるのね。こう覚えてらっしゃるのよね、やっぱり。何か気にかけていらっしゃいますよ、不思議と。

【深見先生】もう、ここがあったかくなってきたでしょう。

【植松先生】だからね、ずっと何でもなくてね、何も考えてなくて何かしてるところに、ぱっとこう浮かんできたりとかね、ぽっとこう。

【深見先生】だからね、どういうわけか、そちらの方へそちらの方へお話し

してたでしょう。ねっ。それはそういう意味だよと。今日の教えはそれだよって言って、そっちへ行ってたんですよね。特にAさんに。

【西谷先生】「求めよ、さらば与えられん」ですね。

【Aさん】名指しで。

【植松先生】ほんとですね。ねっ、そうなの。昨日もそれだけ本当こう、ね、伏線があるっていうかね。それは別に真っ正面じゃなくたってあれなんですよ。そういうものをこう、キャッチするんでね。別に横だって後ろだってね、斜めだって、こう。気が濃ければね。濃いってその、すばらしい、充実っていう意味のよ。

【深見先生】だから最初、こちらのほうへぴかぴかっと、ね、いらっしゃって、如来さんが。次にこっち来たんですよ。こっち(Tさん)を通してこっち(Aさん)を教えてるでしょう。ここの神業はそうなんですよ。

何かこういうふうにやって、一つの悩みがあって、そちらで出るんですけど、それを見てて、実はそれを見てた周囲の人が悟ったと。本当はそういうことを知りたかったんだというのが、こっちの人でこっちが悟る。

【植松先生】そうそう、こちらにお答えが返って、その答えを聞いて悟る人がこう、ぱっと出てくるのよ。だから、ちょうどこう玉突きと一緒ですよね。

【西谷先生】そうですよね。だから、ふっと来るもんがありましたもん。やっぱり、ね、人の話聞くと、ふっとこう、いつもありますよね、必ず

【深見先生】まだビッとしてますね、気が。

【植松先生】どっかね、芯がね。ピッとしてるのね。張ってるの。周りの気はね、とっても柔らかいのよ。

【深見先生】だけども芯がピッとしてる。よかったですね。今、Aさんの中に、温度の塊の、柔らかいのが、脳の上かへその下あたりに、どんどん行ってますね。

【Aさん】頭がくるくるしちゃって。

【植松先生】頭がくるくる(笑)。

【深見先生】そうそう、そう。くるんくるんしてますよ。ふわーっとね。それがこの、くるんくるんがビューッと中に入ってって。こういうふうにビューと入ってって、こう。

【Aさん】こう答えがかえってきてね、あんまりにもね、こうほんとに答えっぽくみたいだったから、ドキドキしちゃったのと、頭がくるくる働いちゃったのと、なんか深見先生の周りにいっぱい顔が見えちゃってドキドキしちゃってなんか、いっぱい、一度にいろんなことが起こって(笑)。

【深見先生】顔が。顔がね。

【Aさん】顔、顔なんですよ。深見先生より一回りおっきい顔。おっきい顔がね、なんかその、上の方からね、こうやってものすごい、見下ろしてるような角度の、シルエットのような人がいたんです。

【深見先生】んー。何種類も?

【Aさん】たくさんていうか、こうまわりにこうパッパッ、パッパッ。

【西谷先生】同じ顔?

【Aさん】空気が違う…。

【植松先生】いろんなもの?(笑)

【西谷先生】観音さまですねー。

【Aさん】こう、観音さんとか…。

【植松先生】三十三相に変化して(笑)。

【西谷先生】やっぱり、ここに来るまでの心構えで、神様現れるから。

【深見先生】うん。今日もお願いしますという奥にね、違うんですよね。何テーマを持って疑問点を持って、一生懸命自分なりに、求めて求めてきたら、必ず、答え出ますね。そういう人が集まってると、やっぱりいいご神業できますね。

【植松先生】そうですよね。だんだんそうなりますよ、みんな。だんだんコツがわかってきて。

【深見先生】それが悟り方のコツですよね。

【植松先生】非常にね、穏やかに、こうね。安心の中にいるのね。安心していられるというか。

【西谷先生】みんなが一緒に神がかれる…。

【植松先生】そうそう。うふっ。だんだん、回を重ねるごとにね、気が一つになって。

【深見先生】うわー、今度はまたなんか、スカッとしてきましたね。気が。少し変わってきましたね。変化してきましたね。スカッとしてる、という。体がね、スカッとしてるんですよね。

はあー。上級講座はいいですね。ほんとにいいですよ。はあー。もうズボーッ、ズボーッと行ってますね。Aさんの方に。

【Aさん】難しい問題集一冊やり終わったという感じ(笑)。

【深見先生】ああ。

【Aさん】全部できたにはできた(笑)。

【深見先生】あ、そう。

【Tさん】大学行ってるよりここに毎週来てた方がいいよ。

【Aさん】大学、行ってないんですよ、私。でね、大学行きたい、行きたいって言ってきたのね。

【深見先生】 ……ああ、次の、来てますね。Aさんのそれに対して、もう少次のが出てます。

あの、「素朴で素直が神一厘」と。今日もう一つお話しするテーマで、浮かんでたんですけど・・・。

(第三章に続く)