第三章 浅草観音の秘められた功徳 ~浅草でのセミナーより 平成5年7月10日~
浅草観音が授ける六つの功徳
浅草の観音様に初めてお参りした人は手を挙げてください。
「四万六千日」(七月十日)に初めて来た人は?はい、わかりました。皆さん、お参りできてよかったですね。
皆様もご存じのように、仏様にはいろいろなご縁日があります。お地蔵様のご縁日は二十四日、観音様は十八日、お不動様は二十八日です。室町時代のころには、ご縁日のほかに功徳日がもうけられまして、この功徳日に参詣すると百日分の功徳が授かるとか千日分の功徳が授かる、などといわれてきました。
その観音様の功徳日の中で、授かる功徳の日数が一番多いのが七月十日で、この日、浅草寺に参詣すると四万六千日分の功徳がいただける、といわれております。
そういうことで、江戸時代からこの日のお参りが盛んになってきたらしいんですけれど、なぜ四万六千日なのか。
ものの本によると、四万六千の法門があるからという説、あるいはまた、一升枡には白米四万六千粒が入り、この日にお参りすると一生(一升)を通じて無事息災に過ごすことができるという説があります。
それから、この日にお参りすると四六時中、つまり一日中、功徳がいただける、それが千日だと四万六千だ、という説もあります。
さらには、源頼朝公が石橋山の合戦に敗れ、源氏ゆかりの将兵を集めて浅草寺の境内で布陣したのが七月十日で、そのときの軍勢が四万六千騎あったことからいわれるようになった、という説もあります。いろいろ説がありますけれど、すべてたわいもない話、根拠のない話です。
以前、たまたま「四万六千日講」で来ることがありましたが、どういうわけか三十六という数字が浮かんできました。それで、三百六十円か三千六百円か、三、六、九の倍数でお賽銭をあげるといいですね、という話を二年前、皆さんにいたしましたが、今日もズバリ、結論から申しましょう。
浅草の観音様には六つの功徳があります。二年前にお伝えした四つの功徳に加え、浅草の観音様から、今回はさらに二つの功徳を教えていただきました。
六つの功徳のまず一つは、「父祖伝来の縁を結んでくださる」。
縁結びといえばすぐに結婚を思い浮かべますが、その結婚でも、浅草の観音様が導くご縁というのは、同じご先祖様から出ている子孫同士の縁を結ぶ。そういうパターンが多いんです。
それから、同じ血脈を引く取引先との縁を結んでくれる、というものもあります。
あるいは、前世、助けていただいた縁で今世は助ける立場になるとか、逆に、前世では助けたので今世は助けてもらう、ということもあります。
父祖伝来の縁を結ぶというのは、そういうふうに遠い祖先から繋がりのある人との出会いを結んでくださる、前世に縁のあった人との出会いを結んでくださる、ということでありまして、「何か初めて会ったような気がしませんね」というような人との出会いをつくってくださるわけです。
この功徳はお参りした三日後から出始めます。そして、六日以内に何らかの出会いがあります。ですから、今日から六日以内に出会った人は、父祖伝来の縁のある方と考えていいでしょう。ただし、すべてがすべていい縁であるとはかぎらず、あとで、その人から戒められる可能性も十二分にあります。
観音様にお参りするというのはどういうことなのか。これを私たちは考えなければなりません。私は、地方のスタッフにいつも言います。
「君ねえ、わざわざ東京へ来て観音様にお参りしたということは、どういうことかわかってるの。艱難辛苦の道を与えていただくということなんですよ」と(笑)。
本当に困っているとき、観音様は救ってくださいます。しかし、心が緩んでいるとき、間違った方向に向いているときは、真っ逆さまに落としてくれます。これも観音様の功徳なんです。
だからといって、ただ突き落とすだけではありません。あとになったら必ず、これでよかったんだ、自分にとってプラスだったんだ、というふうにしてくださいます。
ですから、打たれたり磨かれたりするときには、安心して打たれたり磨かれたりすればよろしい。逃げることはありません。正々堂々と打たれればいいのです。
この父祖伝来の縁を結ぶという功徳がまず第一。
浅草の観音様は、過去、現在、未来をすべてお見通しです。そういう意味でこれが一番です。
ちょっと黒板に整理して書きましょう。
一番目は、父祖伝来の縁を結んでくださる。
二番目は、清浄なる澄み切った気分にしてくださる。
三番目は、布施行の成就を守護してくださる。
四番目が、万行成就の徳を与えてくださる。
五番目が、色々雑多なことを整理して、足りないポイントや為すべきポイントを知らせてくださる。
六番目は、祖霊を救ってくれる徳あり。
一番目は先ほど言いましたように、父祖伝来の縁を結んでくださる。
そして二番目、清浄なる澄み切った気分にしてくださる。
それは、気分・心・霊体。浅草の観音様にお参りしたら、そういうご守護があるわけです。
三番目、布施行の成就を守護してくださる。
これは要するに、徳を積むチャンスをつくってくれる、ということです。体施・物施・法施の徳を積むチャンス、環境、場、役割を与えてくださる。徳がないと徳も積めませんからね。
板書
一、父祖伝来の縁を結んでくださる
二、清浄なる澄み切った気分にしてくださる
三、布施行の成就を守護してくださる
四、万行成就の徳を与えてくださる
五、色々雑多なことを整理して、足りないポイントや為すべきポイントを知らせてくださる
六、祖霊を救ってくださる徳あり
四番目、万行成就の徳を与えてくださる。
これはどういうことかといいますと、いつももうちょっとのところでダメになっていたり、中途半端で終わっていたものが、スーッと通るようになる、ということです。そして、あるレベル以上まで押し上げてくださるわけです。
五番目、いろいろ雑多なことを整理して、足りないポイントや為すべきポイントを知らせてくれる。
六番目が、祖霊を救ってくれる徳あり、と。
五番目、六番目は、これまでお伝えしていた浅草の観音様の四つの徳に、二つ足してくださったわけです。
どうですか、甘く柔らかい“気”が上から降りてきましたね。一気にこれで救ってしまおう、ということです。甘く柔らかい“気”が上から降りてきているのを感じませんか。感じる人は手を挙げて。これでご先祖さんを一気に救ってしまうんです。ご先祖さんを救ってくださる功徳があるのです。
甘く柔らかい“気”が降りてきていますでしょう。これが本当の観音様の気です。柔らかいですね。
ですから、気が沈んでいるときに浅草の観音様にお参りすると、何か気がすっきりします。それというのも、ぴょんとくっついていた霊が救われるからなのですが、なぜかといいますと、浅草寺では供養をするごとにお護摩を焚いているからです。
浅草寺さんでは言っておられませんけれども、護摩を焚くと十倍パワーが強くなります。
観音経をあげるときの心構え
観音経については以前にもお話ししたと思いますが、「観音様がいかに素晴らしい方なのか」ということが書かれてあるのが、観音経です。
この観音経を、一回程度あげただけではダメです。
観音様って何と素晴らしいんだろう、ということが見事に表現されているのですから、観音様の功徳は素晴らしいなと思いながら読む。すると、魂と意識がその世界に没入するから、観音様がいらっしゃる。
恋しい恋しいという思いで観音様を礼拝し、崇敬し、見事なる表現力で観音様の功徳が表現されている観音経を読む。そうやって、読んでいる自分の意識が観音様の世界に感応するから、観音様がいらっしゃるのです。
お経をあげれば観音様がいらっしゃる、というものではありません。お経をあげることによって、自分の意識とか心とか魂がその世界に没入する。それがお経の意味で、お経自体がありがたいのではありません。
お経を通して、真我没入するがゆえに感応するわけですから、観音経というのは一回あげるだけではダメですね。
最低でも二度。普通は三回。今日は、三回ぐらいから体が軽くなってきまして、四回目ぐらいになってきたらもう、観音様のお香の香りがしておりました。
前にもいったように、お経というのは意味がわからなかったらダメなのです。
リズムと音だけでも、霊界ではピカピカ光り輝いていますけれど、お経は、音とリズムの言霊であって、文字の霊がありますし、漢文の文字自体に霊がありますから、金色に輝いているのですが、意味がわからないと、お経をあげてもあまり意味がありません。
そのお経のいわんとするところ、意味するところが会得、成就、体得できて初めて、智力、力、法徳が出てくるわけですから、やはり意味を理解したうえでお経をあげなければいけません。
普段から読み慣れている人は意味がよくわかっていますから、唱えるとすぐに情感が湧いてくるはずです。
しかし、読み慣れていない人、あるいは初めて経文を見る人の場合、意味がわからないから、情感も湧いてこないでしょう。やはり、「世尊妙相具我今重問彼……」と、声に出して読みあげればいいというものではありません。
意味もなく、ただ声に出すだけで神仏がやってくるわけではありません。観音経だけでなく、お経に関するかぎり、意味を理解する必要があります。
延命十句観音経とは
「延命十句観音経」という短いお経がありますね。これも、意味をよく理解したうえであげるといいんです。
觀世音 南無仏
与仏有因 与仏有縁
仏法僧縁 常楽我浄
暮念觀世音 朝念觀世音
念々從心起 念々不離心
という非常に短いお経ですから、覚えるのは簡単ですが、皆さん、意味を理解していますか。
延命十句観音経に関しては、白隠禅師がお書きになった「延命十句観音経霊験記」という本があります。「延命十句観音経」の功徳は偉大なものだということを白隠さんが書いているんです。
その「延命十句観音経霊験記」の中で白隠さんは、延命十句観音経は北野天満宮、すなわち天神様の霊告によって出てきたものである、といっております。
ある人が、重病に苦しむ家族のために北野天満宮に日参していたら、お坊様が現れて、「あなたにありがたい経文を教えてあげよう」と言って教えてくれたのがこの延命十句観音経だった。
そして、これをあげたところ、命がないといわれていた病人が一晩で全快した。いったい、あの坊さんは誰だったのか。北野天満宮、すなわち天神様のご化身だ。僧形となって現れ出た北野天満宮だったのだ、ということが書かれております。
おそらく、天神様のご神示を受けて教えてくれたのか、あるいは神懸かっていたんでしょうね。そういうようなことをはじめとして、延命十句観音経でどれだけの奇跡が起こったかということが、よく記述されております。
白隠禅師の「延命十句観音経霊験記』、分厚い本ではありませんから、すぐに読めます。それに、延命十句観音経の意味と功徳についてよく書かれておりますから、それを勉強していただければわかります。
そうやって意味を理解し、経文を暗記して、歩いているときでも唱えるように全てすれば、観音様と心が一つになりますね。
観音様はの大神様の化身
老祖様の北極神界においては、観音様は「蓮台聖」という名前で出てこられます。それから、「南海大士」という名前でも出てこられます。
の神様の化身であられる観音様は、いくつも名前をお持ちなのです。北極神界では、観音院において「蓮台聖」という名前で教えを出しておられる。老祖様の配下に下って教えを出したり、導いたり、試練を与えているわけです。
それらはすべて救済のためです。
の神様が観音となるときには救済で出てこられますから、観音はすべて救世観音と同じということになりますね。
「観音様の位」に達すると、三十三相に化身し、人間界では「菩薩の位」となって出てくる。観音様はそのように、あらゆるところに出現されているのですが、それというのも◎の大神様の化身だからです。
前も言いましたように、阿弥陀如来様が西方浄土を成就しようというときには、勢至菩薩とともに阿弥陀如来様の脇侍、脇仏となって現れ出てくる。阿弥陀如来たなの配下に下って、阿弥陀如来様の発願成就のために働こうというわけです。
大日如来様の胎蔵界、金剛界の中においては、同じく大日如来様の配下に下って、観音院というところで救済を司っていらっしゃる。
観音様というのは
の大神の化身で、ランクでいえば一番上なのですが、「俺が、俺が」とは決しておっしゃらない。大日如来や阿弥陀如来の配下に下って発願成就のお手伝いをし、北極神界の老祖様の下では「蓮台聖」という名前で、人々に永遠の教えを与えながら導いていらっしゃる。
先ほども言いましたように、観音様は「南海大士」という名前でも出ていらっしゃいます。「南海に遊び、青山に至る」という言葉があるように、人々を幸せで豊かな観音霊場、あるいは幸せになる道に導いていくときは、「南海大士」という名前で出てきます。
観音様は観音様でも次元が違えば名前も違うんです。の神様はそうやって、あらゆる局面に現れて活躍していらっしゃるわけです。
では、浅草の観音様はどうなのか。
一口に観音様といっても、いろいろな観音様がいらっしゃる。四国の観音霊場にはいくつも観音様がいらっしゃいますが、浅草の観音様は聖観音様です。
多分、関東では唯一だと思いますが、浅草の観音様は聖観音様でありまして、五次元の神社の神様と同じランクです。産土の神様と同じランクを持っていらっしゃいます。
観世音菩薩というのもありますね。この「菩薩」がつくと仏界。観音様が仏界に入ると観世音菩薩になるのです。聖観音は菩薩ではありません。神社の神様と同じランク。聖観音というランクなのです。
そして、「四万六千日」のほおずき市が立つこの日(七月十日)を迎えますと、富士の観音様が降りていらっしゃいます。今日、私たちは、「四万六千日」一番乗りでございます。富士の観音様は、正観音でございます。
神界のランクでいうと、六次元神界。そこから、三千メートル級の大きな観音様が巷の底辺に降りてこられるのです。
浅草の観音様は、本来、聖観音様なのですけれど、「四万六千日」のこの日は、富士から正観音様が降りてこられて、その日にほおずき市が開かれるわけです。
「四万六千日」になぜほおずき市が立つのか
なぜ、ほおずきなのか。ほおずきとは「法好き」。
要するに、仏心、菩提心、神仏が好きだという縁を結んでくださるわけです。
仏法を修めたり、神仏の道を研鑽したり、勉強をしたりするのが面白いなあ、素晴らしいなあという菩提心の芽を植えていただく。そういう功徳が授かるのが、ほおすきなんです。
では、ほおずき市のそもそもの由来は何なのか。
これにはいろいろな説がありますが、江戸時代の絵師でもあった戯作者、山東京伝の「蜘蛛の糸巻」という物語が有名です。
それによると、芝青松寺の門前の武家屋敷で奉公していた仲間が、六月二十三日の朝、庭を清掃中に一株の千成ほおずきを発見し、前夜、愛宕権現の霊夢にあずかったことを思い出した、と。
そして、「六月二十四日の功徳日に、愛宕山の神前で、青ほおずきの実を水で鵜呑みにすれば、大人のの種を切り、子供は虫の気を封ずる」という愛宕権現様のお告げがあったと吹聴したところ、早速、翌二十四日に試みる人がいて、不思議に功徳があり、いつしか愛宕山の境内に、御夢想の虫薬と称して、青ほおずきの市が立つようになった。
この六月二十四日は、愛宕権現の本地のお地蔵様のご縁日で、しかも、「四万六千日」に当たるとされていたんですけれど、元来、四万六千日は観音様の功徳の日であったから、浅草にもほおずき市が立つようになり、愛宕山をしのいで盛大に行われるようになった、ということです。
ほら、甘い香りがしますね。また降りていらっしゃった。
いま申し上げたようなことで、浅草でもほおずき市が立つようになったんですけれど、ある人曰く、「いやあ、愛宕権現の夢のお告げなんて、信じられない。だいたいほおずきというのは、色町では、昔、これを食べて避妊薬に使っていたんだ」と。
本当かどうかは知りません。いろいろ説がありますから、そういうこともあったかもしれない。
けれども、ほおずきを通して神霊的に教えていることがあるのです。ほおずきの神霊的な意味を私たちは素直に受け入れるべきです。
神道のルーツについて書いてある本がいろいろありますが、「古事記」に書かれている因幡の白兎の話なんか、アジアのどこにでもあるんだ、と。そうやって神道のルーツを辿っていくと、神道は何も日本独自のものではないんだ云々と書かれています。
それはそうかもしれない。しかし、そうやって、何でも知性的、分析的に考えていたら、神霊世界を正しく受け止めることはできません。神様は、愛宕権現の霊告を受けた仲間のような一人の人間を通して動くんです。それをきちんと理解しなければなりません。
それについては、お地蔵様の逸話があります。
ある村に、お地蔵様が真っ赤に変色したら大洪水がやってくるという言い伝えがあった。あるとき、村にやってきた二人の泥棒がその言い伝えを耳にし、「ははーん、そんな言い伝えがあるのか。だったら、町を混乱させて、その隙に泥棒しよう」ということで紅殻を買ってきて、お地蔵さんを真っ赤に塗ったんです。
翌朝、真っ赤になったお地蔵さんを見た村人たちは、上を下への大騒ぎ。「うわ一っ、これは大洪水がやってくる証だ」ということで、みんな村から疎開したのです。
村から疎開するといっても、どこへ疎開するのか。一層ひなびたところへ逃げるのか、もっと山奥に行くのか知りませんが、とにかくどこかへ疎開した。その隙に、二人の泥棒は家々に上がり込んで、金目のものを盗んだんですけれど、結局、つかまったんですね。
そして尋問したら、実は、村にこんな伝説があったので、それを利用して村を混乱させて泥棒を働いたんだと白状したわけです。
その話が知れ渡りましたら、「何だ、そうだったのか」ということで帰ってきた人がいたり、「つまらない言い伝えを信じていた俺たちがバカだった」と反省する人がいたり、まあ、大変だったけれど、泥棒がつかまったのでよかったよかった、ということで一件落着したのですが、その一方で、「そうじゃない。昔からの言い伝えなんだから、やっぱりこれは神様、仏様、お地蔵さんのお告げに違いない」と、村から離れた人もいた。
そうして一週間ほどたったら大雨が降りまして、その村は本当に水没してしまったんです。
すなわち、神様や仏様は肉体がないわけですから、泥棒を使って村人に警告したんです。泥棒はただ使われていただけ。そういうふうに解釈するのが、神霊的解義というものなのです。
どういうわけか、「四万六千日」のときにほおずき市が立つのは、やはり証があるからで、そういう風習の奥に動いているご神霊のお働きとか、功徳の証があるわけで、それを読み取る人が、神霊界に通じている人なのです。
「ほおずき」というのはそういう意味があって、観音様の功徳が授かる。富士神界から降りてこられる正観音。一番高い神様なるがゆえに、一番下の庶民のところに降りてきてくださる。最高の神様というのは、一番卑近な庶民のところに降りてき救済してくださるのです。
私の「大天運」に書いてあります。
「水戸黄門」、「遠山の金さん」、「暴れん坊将軍」、それから「桃太郎侍」、全部同じパターンです。将軍あるいは副将軍、お奉行さんというやんごとなき身分の方ではあるけれども、巷の私たちのそばまで来てくれて、庶民の悲しみや葛藤や怒りを聞いてくださる。
そして、ちゃんとしたお裁きをしてくださる。
観音様に対して思い描いている像が私たち日本人の心の底にあるから、ああいうドラマが生まれてくるわけです。私たちは、観音様のような方が一番尊く、一番素晴らしい人なんだと思っている。
「大岡越前」もそうですね。「水戸黄門」、「遠山の金さん」、「暴れん坊将軍」、「桃太郎侍」、時代劇はすべて同じパターンです。すべてといったら言いすぎかもしれませんが、あのパターンが多い。
「わかっていますよ。出るぞ出るぞ、もうすぐサクラ吹雪が出るぞ。そら、出たあーっ」と言ってスカーッとする。
チャンチャンバラバラが始まり、「この紋所が目に入らぬか」と大見得を切ってるんですけれど、必ず悪が負けるということがわかっているから、安心して見ていられるんですね。
イタリア映画なんていうのは、最後まで残酷で、見ていてストレスがたまります。
フランス映画も似たようなものです。やはり日本人はハッピーエンド、勧善懲悪でないとスッキリしない。流行歌でも、♪最後に愛が勝つというのが流行るぐらいですからね。
浅草の観音様が、まさに観音様のお働きと功徳の代表的なパターンとして示されているわけです。聖観音様が救済に当たるときが救世観音。救世観音というのは本来、聖観音なのです。
馬頭観音だとか楊柳観音だとか、あるいは岩の上にいる岩上観音だとか龍に乗っている龍頭観音だとか、いろいろな観音様がいらっしゃいます。中には鉄観音という飲み物もありますけれど(笑)、たくさん名前がありすぎて、何のことかよくわからないでしょう。
何々観音という名前は、要するに、現れ出てくる局面を表現するものであって、たとえば柳の下にいる観音様なら楊柳観音、岩の上にいる観音様なら岩上観音というわけです。
先ほど言いましたように、阿弥陀如来様のおそばにいるとき、老祖様の配下でいるとき、大日如来様の下にいるときでは、それぞれ観音様の働きが違います。現れ出る局面の違いによって、異なる働きを名前で表しているのです。
ただし、名前が違っても観音様であるかぎり、大神様の化身であり、
の大神様のお姿と考えていただいて結構です。
そのなかでも一番高いのが、浅草の観音様。日本一です。一番上にいらっしゃりながら、一番下まで降りてきてくださるのが浅草の観音様なのです。
聖観音様を祀っているお寺はいろいろありますけれども、何といっても浅草の観音様が日本一でしょうね。いまなお、弥栄えて繁栄していますからね。
浅草の植木市の意味
浅草の植木市の話についても、ちょっとしておきましょうか。
私の手元にある資料によると、「植木市とは、浅草警察署斜め前にある浅間神社、俗にいうお富士様の祭日の別称で、植木市が開かれるところから呼ばれるようになりました。
浅間神社はその昔、浅草寺の支院の修善院が別当で管理しておりましたが、明治の中ごろに廃絶し、現在では浅草神社の宮司が管理している」
「ご祭神は木花開耶姫。元禄のころ、駿河の国の富士郡浅間神社から勧請したものといわれておりますが、つまびらかではありません。この社の位置は富士山から見たら裏鬼門に当たり、小高い丘の上にあるので、富士山がよく見えたといわれております。
昔から富士山に対する信仰は盛んで、全国各地に浅間神社の勧請や富士講の組織づくりが行なわれ、富士山の山開き六月一日には、富士参りのできない人々が各地の浅間神社で参詣したといわれております」ということです。
ですから、木花開耶姫をお祀りしているんです。私は、そのことを知らずに、富士の正観音がこられているんだということを言っていたのですが、資料を見たら、植木市が開かれるところに浅間様があったんですね。
植木市で資料を見せてもらって初めて知りましたが、私の言っていたことがこれで当たりましたね。
これは、全然知らなかったんですけれど、昔は神仏習合でしたから、浅草の警察署の前にお富士様と呼ばれる浅間神社があって、今は浅草神社が管理しているのですが、まさに、富士山の木花開耶姫です。
今日、この資料を見て初めてわかったことです。
「昔の祭日は五月の晦日と六月の一日で、明治以降は富士山の山開きが七月一日になったので、六月の晦日と七月一日にも行われるようになりました。現在、合計四日もある珍しい祭日になっております。
表参道の富士通りはいろいろと物売りが出て、明治以降は下屋敷跡を中心に植木市が立つようになり、ちょうど入梅どきで植木を移植するのにも最好期に当たり、お富士様の植木市で買った木はよくつくと言い伝えられて、次第に盛んとなり、現在では五月、六月の最後の土曜日に柳通りを中心に約三百五十店の植木屋が、時ならぬジャングルをつくる。富士通りの出店は廃れてしまったけれども、ちなみに平成三年度の浅草警察署の調べでは、四日間の植木市で約三十三万人」
観音様のほおずき市も大変な賑わいでしたけれど、植木市も平成三年度は三十三万人もの人が出たようですね。
まあ、浅草に植木市が立つようになった経緯は、この資料にあるとおりですが、昔は花開耶姫の浅間様をあの近くで祀っていた。だから、当然、富士の観音様が「四万六千日」の七月十日にこられていたんですよ。
そして、富士の山開きの日に、富士山まで行けない人は、夜明けのころ、富士山を遥拝していたというのですから、富士の神様に対する信仰は相当真剣なものだったんでしょうね。
「浅草のり」の意味
また、観音様が「浅草のり」について教えてくださいました。
「浅草のり」とはどういう意味があるのか。
観音様がおっしゃるには、「浅草というのは、要するに民草のことで、一般庶民のことを浅草というんだ」と。青人草というではありませんか。庶民のことを青人草といいますよね。
その青人草をお産みになったのは伊邪那岐大神様だから、浅草というのはそういうことで、名もなく地位もない一般庶民のことなんだ、ということです。
では、「のり」というのは何かというと、のりは「教」でもあるし、「法」でもあります。その「教」と「法」、すなわち観音様の教えと法がもたらされるから、「浅草のり」が取れるんだ、と。
そういっておられましたね。ほおずき(法好き)というのはそういうことでしょう。
おなかがポカポカとしてきましたか。
関東の仕組に動かれる浅草観音
そうやって、庶民に教えと法をもたらす浅草の観音様は、漁師の網にかかって浅草の地に祀られるようになったのですが、それは仕組の中心が関東に移るのをお見通しだったからです。関東が仕組の中心になるので、一番最高の神が来て降りてこられたのです。
鎌倉幕府の成立は、「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」で一一九二年。その鎌倉幕府成立の少し前に、川崎大師が創建されております。夢の中に弘法大師さんが出てきて、「私を刻んで祀ってくれ」とおっしゃった。弘法大師さんも、関東に仕組が移ることを予見していたわけです。
関東に鎌倉幕府ができて初めて、東北まで統一された。統一国家をつくったのは頼朝ですからね。その後、いっとき室町に移りますけれども、室町幕府の足利氏も源氏の末裔で、また江戸に幕府が移ります。そういうことをちゃんと見通して、川崎に大師様を祀るべく動かれたのです、弘法大師は。
弘法大師は、白檀の柔らかい香りと、電流みたいなビビビッというのと、二つの面を持っています。
関東に現れ出た空海が、川崎大師です。関東に仕組が移ることを予言して川崎に出てこられた。奈良とか京都ではなく、関東に仕組の中心が移る鎌倉幕府成立のころに出てこられた。
そういう理由でここに出てきて、仕組をしておられるのが浅草観音であり、川崎大師なのです。両方とも素晴らしい仕組の仏様。関東における仏界の姿となってあらわれ出てくる最高の神様です。
なぜ、川崎に弘法大師が現れたのか。
一言でいえば、政治を守り導くためです。とくに詔を発布するときには、大いに働かれました。「御成敗式目(貞永式目)」というのがありますね。
あれは、御家人を束ねるための法律のようなものですけれど、弘法大師さんがお懸かりになって詔を書かせております。つまり、陰で働く仕組の人となり、政界を大きく動かしていたわけで、国の政治を動かす守護霊なのです。
今日、浅草の観音様のことを皆さんに発表しましたので、民の直接的な救いが始まるでしょう。一方、高いところでは、政治の立て替え立て直しのために、空海が動いておられます。私は政治家ではありませんけれども、少しでも役立つように、応援できるようにしたいと思います。
おなかが熱くなってきたでしょう。
日本の政治を改める空海は、鎌倉幕府成立の直前、なぜ関東にお出ましになったのか。そして、一般庶民を救うために、なぜ富士の観音様が浅草にお出ましになったのか。ずっと仕組のために大いに働ける今というときを、ずーっと待っておられたわけです。
「観音の働き」を自覚しよう
私の師匠である植松愛子先生は、木花開耶姫様の天界の教えを司られています。
私はそれを地に降ろし、三十三相に化身して民を救っていく。最高の神様が地に降りてきて、聖観音のレベルで多くの民を救済していく働きです。
ですから、どこまでも庶民の中にいて生きていく深見東州でなければいけない。
死ぬまで一求道者であり、一奉仕者であり、一取次者であり、一社会人でありつづける。庶民とともに生きていく人間でなければいけない。そういう生きざまのほうが、ピシッと腹にすわりますよね。
で、結論として何がいいたいのかと申しますと、私一人ではできないわけです。
皆様と力を合わせ、心を一つにして初めて、聖観音様の働きが日本全国、さらには世界に広げていってこそ、この現実界に神様が顕現できるわけです。そのご自覚を持っていただきたい。
巷の人々とともに生きて、仕組の一翼を担っていく。一つか二つの役割、あるいはいくつもの役割を果たしていく人もいるでしょう。そうやって、天上界の神様のことと、現実界のことの両方を両立する。これが「伊都能売の働き」であり、「観音の働き」であります。
それを皆様にやっていただきたいわけです。皆さんにやっていただけなければ、私の使命と天命が果たせないわけです。
これが、本日の結論です。
私という一個人の中だけではなく、その中身と意志と志がわかれば、いくらでも浅草の観音様の分魂が出てきます。浅草の観音様の分魂が、皆さんにもお宿りになって、皆さんに課せられた役割を果たす。
こういうのを「地のミロク」といいます。「天のミロク、地のミロク、人のミロク」。地のミロクを持って動く人が「人のミロク」。
天のミロク、地のミロク、人のミロクの三つが揃ったとき、「ミロク三会の暁」といって、「ミロクの世」がやってくる。
地球全体のミロクの世というのは、世界連邦政府ができて初めてできるんですけれども、一個人の家庭、一自分の職場の中のミロクの世は、いくらでもできます。
弥勒菩薩様は設計図とプログラミング。実行するのは観音様なのです。弥勒信仰と観音信仰というのは、あの三蔵法師のころからあります。
雷門には、「金龍山浅草寺」と書いてあるでしょう。金龍さんがいるんです。
あのごみごみした浅草の雑踏の中に。お空にいらっしゃいます。ピンク色の龍もいるのですけれども、今日お出ましになってきたのは紅龍。紅龍といってもピンク色なんですけれども、五つのご眷属の神様がお出ましになりました。
金龍神。これが筆頭です。二番が青龍、三番が黒青龍、四番が緑龍、五番が紅龍。
富士神界から出ていらっしゃる龍神様です。それが、今日、雨を降らしになったんです。私たちが「延命十句観音経」と「観音経」をあげたあと、雨がさあーつと降ってきましたよね。
ほら、空気が澄んできているでしょう。これ、浅草の観音様のご眷属。三百メートルくらいの龍神様がいらっしゃるので、病気が治ったり、功徳が起きてくる。
はい、そういうことで時間がまいりましたので、今日のところはこのへんで終わりにいたします。
※参考
浅草の観音様のあらたかな霊力とは、人々の誠を受け取られた聖観音様が、金龍に命を下し、お与えになっておられる力なのである。
それゆえ、お祭りで龍の舞いを行ったり、「金龍山浅草寺」と命名されているのである。
浅草の観音様の「ほおずき市」のあるとき、この日は「四万六千日」といって、一回の参詣で四万六千回観音様にお参りしただけの功徳がある日と言われている。
参詣者集めの方便だと思われるかも知れないが、実際に行ってみると、その日の観音様は、いつもの聖観音様ではない。富士山頂高くにおわす大神霊・正観音様が来ておられるのである。ウソではないので、読者の方も行かれるとよい。
だが、誠で祈らねば、行くだけではだめであることは論を待たない。
