こどもを持ったら読む本(Vol.5)

産土神社へのお願いの仕方

受験指導みたいな話になってきたが、ここらで神様へのお願いの仕方についてお話しすることにしよう。産土の神様にお願いして、子供の学力を高めてもらうこともできるのである。

「奇跡の開運」(学研刊ーたちばな出版からも文庫450円で発売中)に書いたように、産土の神様というのは、子供が生まれる時に御魂をコウノトリみたいに運んできてくれる。

そして出産を司る。だから、出産祈願というのは、産土様のお力によっていい御魂を授かりますように、安産でありますようにとお願いするものである。

そして産土様(鎮守様)が、その子供の御魂を霊界から運んできておなかに宿す仲介をされるから、出産後に「ありがとうございました」と、感謝のお宮参りに行くのが原則だ。

出産のほか、人の一生の大事な入学、結婚、離婚、再婚、そして死んであの世へ行く時も、産土さんは管轄してくださる。

だから、子供の問題点は、何であっても産土様へのご祈願が一番いい。どうすることもできない子供の場合、受験については、やっぱりお力のある産土神社に二一日間お百度を踏むといいのだ。

子供の問題というのは、母親の問題である。一章に書いたが、親の因縁を引いているのだから、その子が生まれた時のお父さんとお母さんの精神と生活と頭脳のレベルに合った子しか授からない。

その子がおなかに宿った時のお父さんとお母さんの志す内面性に合った子供しか授からない。やっぱりカエルの子はカエルなのだが、それを介在するのは産土様だ。

いわば子供がこの世に出てくる際の仲人さん役をなさっている。だから子供に問題が起きた時には、産土さんは「これは私の出番だな」と責任を感じていらっしゃるのだ。

そこで産土神社に二一日祈願、よほどの場合はできたら夜もお百度を踏む)と、一番効く。

そういうことで、英語嫌いと数学嫌いがないように育て上げるのが親の役目なのだが、うまくいかなかった場合は産土さんにお願いする。

そうすると、お父さんお母さんの言うことを聞いて、勉強が好きになるということもある。

母親に反抗する息子をどうする?これしかないウルトラC作戦!

高1の終わりぐらいになったら、もう親の言うことを聞かない。本心がどうであったとしても、お母さんが言うことだからまず反対しておこう、一応お母さんの言うことだからやめようといった調子だ。

「うちの子は大学行かずに就職する、就職すると言うんですよ」と、相談に見えるお母さんが少なくない。しかし、それは必ずしも、子供の本心ではない。

お母さんの言うことにはことごとく反抗して、言うことを聞かない年頃にいるから、そう言うのだ。そこのところを、世のお母さんたちは知らなすぎる。

たとえばここに、私のセミナーでもらった質問がある。

「高校生の二人の子供がいますが、学校の成績がふるいません。親として頑張ってほしいとは思いますが、口で「頑張りなさい」と言いつつも、心の中では期待を持たないほうがよいのでしょうか。

本音は、頑張って成績を上げ、大学受験も、目標をかかげて進んでほしいと思っていますが、現実がかけ離れているので、広く言いますと、親の理想と子の進む道との食い違いということで、結局、親はアドバイスをするだけで、見ていくしかないのでしょうか」

五〇歳のお母さんだ。子供が小さい時にはお母さんの影響力はあるんだけど、高校生になったらだめだ。その時は、いよいよお父さんが出てくる番なのだ。社会性が要るわけである。

父親に代われる存在は……

それでは、お父さんがいないバツイチの人はどうしたらいいかと言うと、お父さんに代わる存在を使うことだ。

少し1章でふれたが、高校になったら子供が誰の言うことを聞くかと言うと、一番聞くのは学校の先輩だ。例えばクラブの先輩の言うことなら、お父さんの言うことよりも、お母さんの言うことよりも、三宝荒神の言うことよりも聞く。この法則を使わない手はない。

次に子供は、学校の同級生の言うことを聞く。もちろんそれが恋人ならもっとよく聞く。その次に、塾の先生の言うことを聞く。

その次ぐらいに、お兄さんとか親戚のおじさんだ。お父さんの言うことを聞くのは、その次あたり。最後にお母さんだ。

だから、お母さんは学校の先輩、クラブの先輩のことを聞き出して、その人とお友達になる。

そして「うちの息子がいつもお世話になりまして」とアプローチして、その子と仲よくなって、いろいろ頼むのだ。それで先輩が「うん、わかりました、何と彼に言って上げますよ」と引き受けてくれたら、これは一発で効く。

これが、高校生反抗期対策のマル秘のウルトラC作戦だ。私の長年の研究の結論で、教育事業をしてきた成果である。

だから子供が高校生になったら、クラブの先輩、学校の先輩の名前を聞き出して、先輩ともそのお母さんとも親しくなって、いろいろとプレゼントしたりするといいのである。

先輩やそのお母さんとつき合いができると、その学校の事情もわかって別のメリットも得られる。

次にお友達、それから塾の先生、家庭教師がお兄さん的にアドバイスしてくれるのも聞くから、そちらの方面に働きかけて、協力してもらう。

はっきり言って、学校の先生の言うことはあまり聞かない。

みんな「先公がヨ〜」なんてバカにしている。たまに尊敬される先生もいるが、学校の先生を尊敬してるという生徒は、高校生になったら基本的にいないと思っていい。

そういうことで、高校生になって尊敬するその子の先輩が遊んでばっかりいたら、これは厳しい。

子供が母親に反抗するのは、こんな理由だ

ところで、子供が「俺は就職するんだ」と言っても、あまり気にすることはない。社会性がないのだから、どこに就職するかなんて、現実問題として考えられないのだ。

夢はせいぜい理想の大学生活キャンパスライフぐらいで、考えられるわけがない。

そういうことは、私たちには分かりきったことなのだが、うちの学校にお母さんが来て、「うちの子は、就職する就職するって言って、きかないんですよ、部屋に行ったって漫画ばっかり見てて」と悩みを打ち明ける。

それで私が担任の先生に「そういうふうにお母さんが言うんだけども、どうなんだ」と聞いてみたら、第1章に書いた、早稲田をめざしている子のようなケースだったりする。

いつもはまじめに勉強しているのに、お母さんが来たら、宿題をしてても引き出しの中にしまって、パッと足を投げ出して漫画を読んで「就職するんだあ」とふてくされて見せるのだ。手がこんだことをするものである。

高校生になったら男の子は変わるのだ。要するに自我の目覚めである。放っといてくれという心が、大体高1、高2ぐらいから出てくる。

こうなると、お母さんの言うことは聞かない。子供の本性のまにまに、天命のまにまに行くんだと思って、親は自分の好きなことして、あんまり子供のことは考えないほうがいい。

お母さんに反抗する子はかえって安心だ

稀に高校生でも、お母さんの言うとおりにし、よくコミュニケーションする子がいる。

大学受験の時もお母さんの意見を聞くとか、素直な高校生はいる。

ところが、そういう子はどうなるかと言うと、大きくなって毒ガスをつくったりする。化学兵器をつくったり、国家転覆のはかりごとをしたりなんかもする。

ここのところ国家転覆のはかりごとをしたり、毒ガスをつくった人というのは、インタビューを聞いていたら、全員が小さい頃から近所でも評判のいい子で、賢い子で、ほんとに問題のない素晴らしい子だったということになっている。

あの子はほんとにいい子で、学校の成績は優秀で、近所づき合いもよく、親の言うこともよく聞いて、素直で、お母さんの思いどおり、親の思いどおりに育った子なんですよ、と。こういう子が大学に行って、大人になった時に、今度は逆になってしまった。

それは、小さい頃の自分に対する反動で、自分の本質は何なんだ、やりたいことは何なんだと思った結果、ああなってしまうのだ。

だから高校生の時に親に反抗する子は、普通の成長過程にあるということで、将来に極端な危険はないのだ。お母さんは、かえって安心していいようなものだ。

サリンをつくった人々は、「もっとしっかり勉強しろ」とか「世の中に意義を貫くんだ、それが信徒だ」と言うけれど、なんかポアしたいとか、ガスをつくりたいとか、兵器をつくりたいという夢とロマン(?)に生きていく。

子供の頃、親に反抗しなかったことの反動が来たのだ。だから、何でも親の言うとおりの素直ないい子に育ったからといって、決して安心できない。

かえって小さい時とか高校生の時にさんざん反抗した人は、反抗疲れで、あとは社会に順応していく。反抗するのもエネルギーが要るからだ。

前にも言ったように、ほんとに躾ができて、教育ができて、ちゃんとよくなったからといって、その子が素晴らしくなるとはやっぱり限らない。

それが最後まで吉で行く人もいれば、全く反対のほうに行く人もいる。

メキシコに羽ばたいた羽畑君

高校に入れるなら、優秀な普通高校がいいと私は言った。しかし、もちろん絶対ではない。見たことも聞いたこともない田舎の工業高校を出て、素晴らしい運命を切り開く人もいる。

そういう例も紹介しておかないとアンバランスだから、紹介しておこう。

ワールドメイトのスタッフである羽畑君がそうだ。彼は和歌山の工業高校を出て、メキシコの大学の医学部に進んだのである。もちろん、その学校では創立以来のできごとだった。

実家は和歌山のミカン畑をやっているのだが、実は偉大なる位牌と偉大なるお墓のある家なのだ。

何しろ「羽畑家先祖代々」と書いてある。「羽ばたけ!先祖代々」である。なんともすごいではないか。こういう素晴らしい位牌を持っていたから、ほんとに彼は羽ばたいていったのだろうと聞いたら、本人も苦笑していたが…..。

彼はメキシコに行きたいと発願し、まずメキシコに行った。メキシコの大学の医学部で二年生まで勉強して、それからやっぱり西洋医学に行き詰まりを感じて日本帰ってきた。

だから、メキシコの医学部中退というわけだ。

羽畑君のすごいところは、その語学力だ。彼はいま、11ヵ国語ができる。英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ラテン語、ギリシャ語、韓国語、タイ語、エトセトラ……。

メキシコに行っていたからだが、一番得意なのはスペイン語だ。

11ヵ国語ができるくらいだから、横文字は万能だ。

横文字を見るとウワーッと喜びを感じて、単語を一回見ただけで覚えてしまう。日本語は縦文字だから(?)あまり得意ではなかったけれど、最近は、縦文字も、ワープロ変換で横文字にしたらいいわけで、だいぶ楽になったらしい。

松本道弘先生も絶賛!

しかも羽畑君のすごいところは、11ヵ国がただできるというだけではない。抜群にできるのだ。

以前、NHKの英会話上級講座の講師を務めた、同時通訳の松本道弘先生に「どうですか、ちょっと彼の英語見てやってください」と言ったら、あの英語名人の松本先生がおどろいてこう言われた。

「ああ、英語を日本語に訳せる人はいっぱいいる。だけど、日本語を英訳にするとなるとしっかり出来る人はほんとうに少ないんだ。

だけど、この子(羽畑君)の訳は完璧だ。僕が英訳を頼む時は、この子に頼みたい」それだけの実力がある。

見たところ、とにかく面白い、バナナみたいな顔をしているのだが、一一ヵ国ができる。田舎の工業高校を出ていても、御魂の本性で、こういうふうに力を持つ人もいるのだ。

実力がある人は祈り方も違う

こういう人だと、お祈りの仕方ひとつとってみても、人とは違う。産土神社に行っても突然、玉砂利の上にガバッと正座して、祈ったまま動かない。

その時はたまたま曇り空だったから、「神よ、証しのためにこの雲を晴らしてお天気にしたまえ、お天気にするまでここを動かない」と言うではないか。

親といっしょにどこかの神社参拝に行った時に、玉砂利の上に座り込んで、三時間、四時間、五時間祈って、ほんとに雲が晴れたというのである。

親も「この子はこういう子ですので、この子の思いどおりにさせてやってください」と言って、諦めてる。そういう変わった人で、いま、秘書部の国際課の課長をしてくれている。

和歌山県といえば、南方熊楠みたいな大天才を生んだ土地ではある。

けれど和歌山の工業高校から、英語界日本一とも言われる松本先生をして、英訳を頼みたいと言わしめるほどの語学天才が出てくるとは、一般法則からは考えにくい。だから、絶対の方程式はないということだ。

高校生になったら大人として対するべし

教育環境を選べと言ったり、工業高校出が語学の天才になったりすると私は言っている。どっちが本当なんだ、と言われるかもしれないが、どっちも本当だから仕方がない。

私が書いているのは原則なので、とにかく高校受験までは親の言うことをだいたい聞く。聞かない子もいるけれど一般的傾向として、高校受験までは聞く子が多い。

高校になったら、親の言うことを素直に聞く子も稀にはいるけれど、大体はクラブの先輩、学校の先輩の意見で自分の指針を決めるようになるから、親は普通の大人として会話してやって、あまりかまいすぎないほうがいいのだ。

かまいすぎて大学受験の時にお母さんがずっとついていくというようなことになれば、マザーコンプレックス系となって社会で困るだろう。

少なくとも高校に入ったら、相手はもう大人だと考えて、あまり監視しすぎないことだ。第1章でも書いた通り、高校生ぐらいになってきたら、前世の自分の御魂が前面に出てくる。

それが三〇歳ぐらいでほとんど出てくる。二八歳ぐらいまではそのプロセスだから、いろいろやっぱり蛇行することもある。この原則がわかっていたら、それで十分だ。

しかし、これはあくまで一般原則であって、万人共通の方程式はないのだから、一般原則から子供がはずれていたとしてもあまり深刻に考えてはいけない。

子供が高校生になったら、こういう意味でも、大人として普通に話し合っていく。親は自分の子をいくつになっても小さいと思っていたがるが、全然違うのだ。

人種が変わったと考えたほうがいい。人類だって変わってきた。ネアンデルタール人とかジンジャン・トロプス・ボイセイだったのが、ホモサピエンスか、最低でもクロマニョン人になっている。

自分の子も、そういうように人間の種類が変わったようなものだ。大人として扱い、あまり干渉しすぎない。

ああだこうだ言わないで、相手の意見を聞いてやる。言いたがらなければ、そのままそっとしておくといい。

その時はお父さんが出てきて、社会性についていろいろ言う。そこからはお父さんの世界。

お父さんがいない場合は、高校生になった時から大変だというのは、こういうことだ。

もし、お父さんがいない場合は、先に述べたようにクラブの先輩、学校の先輩と仲よくなって、お父さんの代わりをしてもらう。

おじさんとか、お兄さんとかでもいい。そういう人との出会いをつくって、社会性について大人として話し合える関係をつくってやる。

そうしないと、子供がいたずらに反抗するだけで終わってしまう。

それが原則だが、あんまり腹がたったら、親も反抗してやればいい。「何なのよ。あんたばかりに好きはさせないよ」と言ってやるといい。

そしたら、その子供が「母がわがままで、狐つきのヒステリーみたいなんですが、この母とちゃんとつき合っていくのにはどうしたらでしょうか」などと私のほうに相談に来る。

そういう場合、私は「もう諦めて、お母さんの思うようにしてあげたほうがいい。君が変わるしかないんだ」というふうに言ってあげるから。

子供はいずれ去って行く。とらわれていてもむなしい

いくら私が言っても、世のお母さんたちは自分の子供にかまい続けたがる。

そうまでしたって年をとったらどうなるか。とくに男の子は、結婚したらお嫁さんを主にするようになって、お母さんを顧みなくなる。お母さんというのはほんとにダシガラみたいなものだ。

迷惑だからってあっちへ行ってくれと言われて、老人施設に行くことになる。

親は親で、子供に面倒を見てもらいたくないからと、自分から施設に行く人も少なくない。とくに長男の嫁が自分たち夫婦のことだけ考えていて、うとましくてならないと言う人が多い。

最近は嫁が圧倒的に強い時代で、身内だと気を使うことになるから、かえって他人さんに老後の面倒を見てもらうのがいいということだ。

朝日新聞の世論調査によると、老後は施設で他人に見てもらいたい、と言う人が二七パーセントだそうだ。嫁に気を使い、息子が悩むのを見ているのがつらい、と言う。

それが現実であり、運命だと思ったほうがいい。

いくら思いをかけたとしても、大人になったら子は親の言うことを聞かない。老後の面倒なんかほとんど見てくれない。

だけども、充実して輝いていたら稀に、産土樣の働きか自分の運で、期待しなかったのに、子供がよーく面倒見てくれたりもする。しかし、期待したのにだめだった時には、もうがっかりだ。だから、こういう考え方は損だ。

北欧では若者が、日本では年寄りが自殺する!

スウェーデンとかテンマークでは自殺が世界一多い。中でも若者の自殺が多い。ところが老人の自殺が一番多いのは日本なのである。

私の一生、何だったんだ。子供を育てて一生懸命やってきたのに、晩年になったら置き去りにされてしまった。自分一人で大きくなったように思って家を出て行った。

お母さんは、自分を充実させ豊かにする趣味も特技も仕事も持たず、家庭と子供だけだった。

その手塩にかけた子供が結婚したら万事、自分のペースで、おねだりの時だけ帰ってきて、またスッといなくなってしまう。親孝行なんていうことを学校では教えない。社会も教えない。

そうなったら私のところに来れば、こう言ってあげよう。

「霊界で叱られるぞ。親孝行をすればご先祖様が喜んで、自分の運も強くなるのに、何をやっているのだ」

そう私は教えるが、社会ではそういうことを学ぶ機会がない。

お母さんががっかりする気持ちはよくわかる。

だから高校生になったらお父さんに任せたほうがいい。お父さんがいなかったら、お父さん的な人間に任せておいて、お母さんは、老後が楽しくなるように、趣味と特技と一生の生きがいになるようなものを若い時から習得しないといけないのだ。

子育てだけで終わったら絶対に後悔することになる。

そのポイントだけ押さえてもらいたい。いくら頑張っても結局、子供は本人の天命のまま、本性のまま生きていく。

あまり子供が、子供がと思いすぎないほうが、かえって子供にとっても気が楽なのだ。

だから、子供のためにあまり深刻にならないで、自分が充実して、納得できる人生を送ったほうがいい。小さい時にある程度、躾をしたらそれでいい。腹がたったらガーッとけんかしたらいい。

子供は天命のままに生きている。親が教育してても、自分の御魂のままに人生を歩んでいくから、あまり深刻に考えなくてもいい。

自分の人生なんだから自分で考えて、自分でやりなさいと子供には言って、お母さんは自分の思ったように人生を楽しんで、充実して、幸せになるべきなのだ。お母さんの一生なのだから、あまり子供のことを考えないようにしよう。

子供にしてやれるのは中学まで。それ以降は、お役ごめんでいいのだから。

忘れるな、国語力は基本だ!

その、中学までにお母さんが是非、子供にしてやるべきことを追加しておく。私は英語力、英語力と言うが、英語力は進学に絶対に重要だ。

実は、その英語力を伸ばすには、欠かせない土台が要る。それは国語力だ。子供の頃から使っている国語の力が弱くて、それでも英語が伸びるなんていうことはあり得ないことだ。

早く読書力を身につけた子は、何かにつけて成績がよくなる。

読書力とは活字を読んで、活字に書く力のことだ。その読書力は活字のでかい本でも絵本でも、何でも読ませてやればついていく。

国語力が学習の基本で、国語がだめだと教科書が読めない。問題が読めない。算数も難しくなってくると、文章題ができなければいけない。何を問われているかわからなければ、答えを出せるわけがない。

英文解釈でも、高校受験、大学受験、どこでも長文読解ができないとだめだ。

社会も公民も日本語で書かれているし、理科も算数も、配点の多い難しいところは文章題だ。

だから、活字になじんだ子というのは全科目にわたって成績がいい。

学校の成績がいいからといって、すべていいわけではないが、少なくとも、子供が絵本とか何かを見て、読んで、活字になじんでいく子はなじませたらいい。

しかし、なじまない子はいくら本を与えても絶対なじもうとしない。それはその子の本性だ。やらせてみてどうしてもだめなものはその子の運で、仕方がない。

しかし、やらせてみることは大事だ。

勉強のできるできないというのは大体、活字に対する読みと理解力にかかる。だから、本が好きな子で成績がよくないという子はあまりいない。

早くに本を読むことが好きな子にしてあげること、これは子供に対する大きなプレゼントだ。

また、それはお子さんが小さい時に、お母さんだけがしてあげられることで、高校生くらいになってからでは絶対にやれないことでもある。

馬を川に連れていくことはできても、いやがる馬に水を飲ませることはできない、と言う。子供によってはいやがる子もいるだろう。

でも工夫して、本になれ親しませやることも親の大事な仕事だ。そのためには、親も本になれ親しんでいないとだめだ。というわけで結局、お母さん本人が自分の人生を楽しんでいるのか、いないのか、自分が文化的にどのくらいかというところに戻っていく。

ワールドメイトに来たり、チャーミングミセスセミナーに来て、教養を磨いているお母さんなら、自分のお子さんに読書の楽しみを教えてあげることは、そう難しくはないはずだ。

一家団らん家庭の子供は、中位から伸びない

家庭環境は、子供の成績をものすごく左右する。

テレビを見ながらお母さんとお話しをするといった、コミュニケーションがよくて会話の弾む家庭の子というのは、真ん中ぐらいの成績の子が多い。

お話しするのが好きですごく人柄がよくて、お友達づき合いがいい人は文科系、それも真ん中ぐらいの私大に行く子が多い。

こういう子は友達に誘われて「いや」と言えない、断れない。そこからその子の不幸が始まるのだ。

そういう時の受験勉強のさせ方は、まず、ご飯を家族団らんで食べない。勉強机で一人でご飯を食べさせる。食べ終わったら、牢屋に入っているみたいにスーッと食器を回収していく。

テレビを見ながら食べたら、必ずその続きが見たくなるし、満腹になるとおなかに血が行ってしまって、ボーッとしてしまう。

そして三〇分番組が終わった時には、次の番組のイントロが始まってしまう。「セーラームーン」とか何かを見たら、次が見たくなる。

三〇分番組が終わって、「勉強部屋に行こうかな」と思うと次の番組が始まって、

また見てしまって、また「行こうかな」と思ったら、今度は八時から一時間番組が始まる。一時間番組を見てしまったら、九時になってしまう。

「さあ、勉強を始めるぞ」と思っても、長時間テレビを見ていたから頭がボーッとしていて、すぐには勉強ができない。

そこでラジオを聴いたり、漫画を見たりする。これで大体九時半。九時半から一〇時ぐらいになったら、今度は深夜番組を聴きたくなる。

こうやって一時から二時まで目をはらしながら起きていても、勉強時間は一時間半ぐらいにしかならない。

なんか勉強したような気持ちになってはきても、実質勉強時間は一時間半だ。

どこから始まるのかと言うと、一家団らんで食事をした時から過ちが始まっている。このどうしようもないサイクルを断ち切るには、一家団らんの食事をなんとかしなければいけない。

それができないと、東大、京大とか、早稲田、慶応、上智に行くのは難しい。

学校から帰ってリラックスした時どうするか?

もうひとつ言うと、学校から帰ってきた時の、子供の心理状態の問題がある。学校から帰ってきて、「ただいま」と言ってドアをあける。

家に入ると制服を脱いで、リラックスをする。人は緊張からリラックスには移行しやすいが、リラックスか緊張には移行しにくい。

だから「ただいま」と制服を脱いで常服に着替えたら、それから机について勉強するというのはなかなかできないものだ。ここをなんとかする工夫が必要になる。

私はどうしたかと言うと、ドアをあける瞬間が勝負だから、制服を着たまま勉強部屋のいすに座ったのだ。おなかがすいている時は勉強できる。

お母さんが「ご飯食べなさいよ」と言う前がよく勉強できる。ご飯を食べたら満腹になって、ボーッとするから勉強ができない。

リラックスから緊張に移行するのが大変なのに、そこでご飯を食べたり、テレビがあったら、勉強よりもテレビのほうが面白いから絶対にテレビを見る。

だからお母さんはテレビのスイッチを切って、ご飯を自分で運んで食べなさい、と咲けなければいけない。

それでも子供がその気にならなければだめだ。

一家団らんで会話が弾む家庭で、人柄がよくて、友達からお誘いがあって、テレビと漫画が好きで、音楽が好きで、ずっとラジオを聴いている子供は、大体真ん中ぐらいの成績で止まる。ちょっと勉強すれば上のレベルに上がるのに、惜しいなあと思う。

私自身がそうだったから、そのあたりはよくわかる。

中ぐらいの子供だったから、今日の私がある

私は、そういう習性がついている人間だったのである。勉強していくというのは私には大変なことだったのだ。

なにしろテレビ番組の主題歌を全部、いまでも覚えていて、コマーシャルソングも、イントロから歌詞はもちろん3番まで全部覚えているし、間奏から後からみな付けて歌える。

おまけにコマーシャルの提供社名までしっかり覚えているくらいだから、当然成績は真ん中ぐらいだった。

しかし、高校受験で神様のご守護があって、勉強し始めることができた。目も悪くなって、大学受験で勉強してまた悪くなった。

大学に入ってからようやく勉強を本格的にやり始めるようになった。成績の優秀な子ではなかったから、教育事業をしても、成績がよくない子供の理由がよくわかる。

自分が体験しているから、その転落パターンがよくわかるのである。

それと、成績のいい子の特徴としては、一人で長時間本が読める、ということがある。

孤独な一人の時間が持てる子は、絶対上位になる。こういうところも、子育ての参考にされるといい。

ただし、いじけて一人でいるだけ、というのではテレビを見てボーッとしている老人といっしょで、落ちこぼれだ。

子供がいつも一人でいて、どうも読書や勉強に集中していないようなら、要注意。そんな子のまま放っておいてはよくないから、やはり親がちゃんと見てやらないといけない。